「原子力発電所に対する津波を起因とした確立論定リスク評価に関する実施基準」の策定

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カテゴリ: 解説記事


1.津波PRAについて
2011年3月11日14時46分に東北地方太平洋沖地震が発生,40分後から津波が相次いで襲来し,福島第一原子力発電所では全交流電源喪失及び最終ヒートシンクが喪失した後,交流電源の復旧に時間を要したため,炉心損傷,燃料溶融,放射性物質の放出に至った。
日本原子力学会の標準委員会ならびにリスク専門部会では,津波のリスク評価(PRA: Probabilistic Risk Assessment)を実施することが喫緊の課題であるとの判断から平成23年5月に津波PRA分科会を設置し,津波PRA実施基準の作成を開始した。
また,土木学会原子力土木委員会津波評価部会では,平成15年から確率論に立脚した津波評価法を検討しており,その手法は「確率論的津波ハザード解析の方法(平成23年9月)」として整備,発行されている。この津波評価手法を津波PRA標準に反映するために,津波PRA分科会には土木学会の委員も参加して策定を実施してきた。
津波PRAを含む外部事象PRAは,外部電源喪失を考慮した津波影響,地震と津波の相互作用,火災や溢水等の他の外部事象,全外部事象の総合リスク,という4つのステップで今後開発を行う予定である。
本稿では第一ステップの津波PRA手法についてその概要を紹介する。
2.評価手順
津波PRAの評価手順は以下で構成される。図1に評価の流れを示す。
・ プラント構成・特性及びサイト状況の調査
・ 事故シナリオの同定
・ 津波ハザード評価
・ 建屋・機器フラジリティ評価
・ 事故シーケンス評価
各項目の調査・評価結果は,フィードバックして再検討されるため,各手順は並行で実施する場合もある。
また,PRAは偶然的要因と認識論的要因に係わる不確実さを明示的に取り扱う評価手法である。このため,品質を確保するために,専門家判断の活用,ピアレビューの実施,品質保証活動についての規定も定められている。次節より各手順の概要を述べる。
3.プラント構成・特性及びサイト状況の調査
3.1 サイト・プラント情報の収集
原子炉設置許可申請書,プラント機器配置図,活断層の記録や先行PRA等から,各評価に必要となる関連情報の収集・分析を行う。以下を対象とし,必要に応じて追加の調査などを実施する。
・ サイトの最新の状況,設計,運転管理などプラント及びサイト関連の固有の情報
・ 同一サイト内の電源融通などの複数のプラントで共用,融通する設備に関する情報
・ 既存の津波PRAに関する情報
・ 国内外の津波災害事例,関連する文献
3.2 サイト・プラントウォークダウン
また,品質確保の観点から,専門的知識及び技術を有する複数の専門家からなるチームを編成し,範囲を明確にしてサイト・プラントウォークダウンを行う。実施に際する着眼点は以下のものである。
・津波影響の確認(建屋開口部,対象設備の高さ等)
・間接的な被害の可能性の確認
・建屋の区画の確認
・津波後のアクセス可能性の確認
4.事故シナリオの同定
4.1 事故シナリオの分析・選定・明確化
事故シナリオの広範な分析を行い,事故シナリオをスクリーニングし,評価対象とする事故シナリオを明らかにする。津波起因の直接的な被災による事故シナリオの考慮(表1)だけでなく,間接的な被災による事故シナリオ(津波によって発電所内の施設から流出した漂流物,あるいは発電所周辺の漁港又は貯木場等から流出した漁船又は木材等の漂流物が発電所施設に衝突する場合など)を,サイト条件に応じて考慮する。遡上時の土砂移動は,このような間接的な被災の要因の一つとして考慮する。また,津波後の運転員による操作によって,炉心損傷に間接的に繋がる可能性のあるような事故シナリオも分析・選定する。
また,複数基立地サイトでの,電源融通等の共有するアクシデントマネジメント策が津波に影響される可能性などは「事故シーケンス評価」の人的過誤モデル化の対応操作の阻害要因として考慮する。
表1 直接的な被災による事故シナリオとして考慮すべき影響
津波の影響 建物・構築物,機器・配管系への影響
浸水による設備の没水,被水 設備の動的機能喪失,電気設備の発電/送電機能喪失
津波波力,流体力,浮力 建物・構築物,機器・配管系の構造的損傷
海底砂移動 海水取水設備の機能喪失
引き波による水位低下 海水取水設備の機能喪失
4.2 起因事象の分析
起因事象に係る建屋・機器及び緩和設備を分析し,事象の進展が類似している複数の起因事象を一つの起因事象として分類する。
4.3 建屋・機器リストの作成
炉心損傷の防止達成のために必要な建物・構築物,機器・配管系の選定及び,建物・構築物,機器・配管系間の相対的な重要性の把握を行い,評価に必要な建屋・機器リストを作成する。建屋・機器リストは,建屋・機器フラジリティ評価と事故シーケンス評価,サイト・プラントウォークダウンで活用し,必要に応じて情報をフィードバックする。
5.津波ハザード評価
 炉心損傷頻度(CDF)評価,あるいは構造物・機器のフラジリティ評価のための津波高さとその年超過発生頻度の関係を示す津波ハザードを評価する。
5.1 津波発生モデルの設定と不確実さ要因
 対象サイト周辺の地震発生様式に応じて分類された各発生領域における各地震のマグニチュード範囲,発生確率,連動,さらに断層モデルを設定して津波発生モデルを設定する。
 モデルにおける偶然的不確実さは,特定規模の地震の津波高さの確率分布として表現し,マグニチュード範囲等の認識論的不確実さ要因はロジックツリーの分岐として選定する。
5.2津波発生・伝播の数値モデルの設定 
 津波発生領域の断層特性及び津波伝播特性を考慮して,特定位置で特定規模の地震が発生した場合に評価対象サイトで生じる津波高さの確率分布を評価するための数値モデルを設定する。数値モデルは海底地殻変動モデルと津波伝播モデルから構成され,前者の発生モデルでは,ある断層モデルにおける海底地殻変動を算出する。伝播モデルでは,それを入力条件として海域の津波挙動が再現され,評価対象サイトの津波高さを得ることができる。
5.3ロジックツリーの作成
 選定した認識論的不確実さ要因から,不確実さに大きな影響を及ぼす要因を対象として,技術的な難易度を判断し,ロジックツリーを作成する。
5.4津波ハザードの評価
 ロジックツリーを用い,着目する地点での津波高さと,ある期間にそれを超える津波が発生する確率(年超過確率又は年超過頻度)の関係を評価し,図2に示すような津波ハザード曲線として表現する。
 超過確率と超過頻度の変換は「原子力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施基準:2007」に基づいて実施する。
5.5フラジリティ評価用津波水位変化の作成
 津波高さは,原則としてサイト海岸線で定義されるが,具体的な損傷評価を行うために対象建物・構築物及び機器の場所での浸水高及び浸水深を遡上解析等によって求め,フラジリティ評価用の津波水位変化を作成する。
図2 津波ハザード曲線の例
6.建屋・機器フラジリティ評価
6.1評価対象,損傷モードの設定及び評価手法の選択
 建屋・機器フラジリティ評価関連情報及び,建屋・機器リストに基づき,起因事象及び緩和設備に着目し,対象とする建屋・機器を設定する。対象とする建屋・機器ごとに,津波の被水・没水,波力,洗掘,漂流物衝突及び海底砂移動による機能喪失に至る損傷モード及び部位を抽出し,損傷の指標を設定する。また,対象とする建屋・機器の津波に対する現実的耐力及び現実的応答の評価手法を選択する。
6.2現実的耐力・現実的応答の評価
 対象部位における構造的及び機能的損傷の限界を現実的耐力として確率分布で評価する。その際には,シビアアクシデント対策に基づく浸水対策等を必要に応じて考慮する。
 また,構造的及び機能的損傷に至る損傷モードに対応した損傷部位における応力,ひずみ,及び津波の浸水高等の損傷指標を確率量にし,現実的応答として確率分布で評価する。基準点における津波高さは,津波ハザード評価の定義を用いる。
 評価手法としては,実験を含む経験,解析を含む理論,あるいは経験及び理論を踏まえた工学的判断に基づく手法がある。
6.3フラジリティの評価
 現実的応答が現実的耐力を上回る損傷確率を算定し,図3に示すような建屋・機器のフラジリティ曲線を求める。選択した評価手法の精度等に対応するフラジリティ曲線の認識論的不確実さは,専門家による判断等に基づき適切に設定する。
7.事故シーケンス評価
7.1起因事象の設定
 事故シナリオを分析して,津波時に誘発される起因事象,並びに,起因事象をもたらす建物,構築物,機器を設定する。
7.2事故シーケンスのモデル化
 津波に起因して炉心損傷に至る事象の進展を評価するために,起因事象に対し,炉心損傷を防止するために必要な安全機能を選定し,各機能に係る設備の組合せを成功基準として設定する。炉心損傷防止に必要な機能に対応する設備の動作/不動作をモデル化してイベントツリーを作成する。
 また,イベントツリーのヘディングに含まれる各システムの津波時における信頼性(損傷確率)の論理モデルをフォールトツリー手法によって構築する。
7.3事故シーケンスの定量化
イベントツリー及びフォールトツリーを用いて,事故シーケンスの発生頻度及び炉心損傷頻度を不確実さも含めて評価し,重要度指標として評価する。
8.おわりに
津波PRA手法の標準策定により,我が国の原子力発電所における津波リスク評価が進むことによって,炉心損傷頻度及び影響が分析され,安全設計・運転管理・安全規制などの広い分野における意思決定プロセスの支援となることを期待するものである。
(平成23年11月28日)
「原子力発電所に対する津波を起因とした確立論定リスク評価に関する実施基準」の策定 桐本 順広,Yukihiro KIRIMOTO 「原子力発電所に対する津波を起因とした確立論定リスク評価に関する実施基準」の策定 桐本 順広,Yukihiro KIRIMOTO
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