沸騰水型原子力発電所における低炭素ステンレス鋼の応力腐食割れの経過と教訓(3)
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3 低炭素ステンレス鋼の応力腐食割れ
3.1 応力腐食割れの発生
恒久対策として、低炭素ステンレス鋼製にSUS304製のシュラウドおよび原子炉再循環(以下PLR;Primary Loop Recirculation)配管を取り替えていた 1990年代後半に、福島第二原子力発電所(以下2F)および柏崎刈羽原子力発電所(以下K)の最初から低炭素ステンレス鋼製であったシュラウドやPLR配管に応力腐食割れ(以下SCC;Stress Corrosion Cracking)が発見されSCCの第Ⅱ期が始まる。
低炭素ステンレス鋼は恒久対策として開発され導入されたことから、関係者のショックは大きかった。まだ維持規格に基づいてSCCが発生したプラントを運用する環境は整っておらず、原子力発電所のトラブル情報の透明性を求める社会的要請を強く意識しながらも、結局従来から続いていた慣習を打破できず内部的な評価に留め、プラントの実態をすみやかに全て公表して地域や社会の不安解消や信頼獲得に努めるとともに維持規格の整備や新たなSCCの原因究明と対策立案を加速する行動は取られなかった。
従って、SUS304のSCC対策時のような産官学の総力を結集する体制を立ち上げることもなく、プラントにSCCを抱えたまま維持規格が早く整備されることを願いつつ運転を続けてデータの不正な取扱いが継続する、第Ⅱ期は低炭素ステンレス鋼のSCCを扱いかねたまま時間が経過した時期であった。
1997年の定期点検で見つかった2F―3シュラウド下部リングのほぼ全周にわたるSCCは代表例である。外観検査結果を内部的に評価した後、公表せずにそのまま3サイクル運転し、2001年にき裂深さを調べたところ対策が必要と判断して、タイロット工法で修理した。その際SCCは2001年の定期点検で初めて発見されたと発表した。これらの詳細は原子力安全・保安院の報告書を参照いただきたい〔1〕。
その修理の前年の2000年7月にGEの子会社のGEII元社員から届いた内部告発の調査がなかなか進まない中、米国では2001年に内部告発により粉飾決算が発覚した全米第7位の巨大企業エンロンが倒産するなどの不祥事が相次いで発生していた。2002年にGEから東京電力(株)のシュラウド点検データの改竄等点検記録に係わる不正な取扱いが原子力安全・保安院に報告され、8月に公表されるや、その一件一件が連日のようにトップニュースとして報道される大事件となった。そして国内の全BWRの総点検が実施され、SCC問題は一気に第Ⅲ期に突入する。
3.2 低炭素ステンレス鋼のSCCの挙動と関連要因
3.2.1 シュラウドのSCC
3.2.1.1 シュラウドの構造
110万Kwプラントのシュラウドの構造を図―3.1に示す。炉心部外側に設置された直径約5~5.5m、厚さ約5~5.5cmの円筒で、周方向溶接継手には上から順番にH1からH7の識別番号が付けられている(プラントの型式によりH7付近等の構造に若干の違いがある)。SUS304の取替えは既に終了しており、シュラウドの材料は極低炭素SUS316Lが殆どで、一部のプラントにSUS304Lが使われている。シュラウドは原子炉圧力容器(以下RPV;Reactor Pressure Vessel)内部にあるのでき裂が貫通していても原子炉の水が系外に漏れ出ることはない。
図―3.1 シュラウドの構造と周溶接継手の呼称
3.2.1.2 シュラウド表面のSCCき裂の特徴
(a) SUS304に見られた溶融境界に沿って直線状のき裂(タイプA)
溶接継手部溶融境界に沿ったほぼ一直線状のき裂形態〔2〕をタイプAとする。タイプAはSUS304製シュラウドの溶接熱影響領域(以下HAZ;Heat Affected Zone )に多数の発生事例があり、鋭敏化SUS304の粒界型(以下IG ; Intergranular)SCCの典型的な形態である。
(b) 溶融境界近傍のノの字状の断続的な周方向き裂(タイプB)〔3〕
図―3.2にK-3号機(以下K-3)のSUS316L製シュラウドH7aのリング部内表面から採取したボートサンプルを示す。このように、表面上で溶接継手に対して斜め方向にノの字状のき裂が断続的にほぼ全周に生じたき裂形態をタイプBとする。タイプBはシュラウドリングの端面に多く発生している。
図―3.2 シュラウドのき裂(タイプB)
タイプBはき裂の位置がタイプAに比べて溶融境界から離れたものが多く、斜めに生じたき裂の大部分は同じ方向に傾斜している。破面観察結果から表層のき裂は粒内型(以下TG;Transgranular)SCCで、その後IGSCCとして進展している。
図―3.3に断面Aの深さ方向のビッカース硬さ分布を示す。溶融境界から4.5mm以上離れた位置では、深さ50μm程度迄の硬度が300HVを超えており、製造過程で旋盤加工を受けたシュラウドリング端面の表層は硬化している。溶融境界から1.2mmの位置の硬度が低いのは溶接入熱の影響により再結晶等が起き軟化したと考えられる。溶融境界から離れた所にき裂が多数存在し溶融境界近傍に少ないことから、表層の硬化がTGSCCの感受性を高めたと推定される。
図-3.3 タイプBき裂発生領域の硬度分布
図―3.4は、図―3.3のSCC発生領域における表面の残留応力分布を、軸対象モデルを仮定した熱弾塑性有限要素解析(以下FEM:Finite Element Method)により求めた結果を示す。
図-3.4 タイプBき裂表面の残留応力分布解析
低炭素ステンレス鋼は殆ど熱鋭敏化しないため、相対的に応力要因の影響が強まると考えられ、上側溶融境界から離れた周方向斜めのき裂先端が上側の溶融境界に近づくにつれ、き裂進展方向は絶対値の大きい周方向応力の寄与によって次第に軸方向に変わり、ノの字状のき裂になったと推定される[3]。
実機のより複雑なき裂形態には、旋盤加工による残留応力が重畳したと推定される。
(c) 溶融境界近傍の放射状き裂(タイプC)〔3〕
図―3.5にK-1のシュラウドH4胴部に発生したき裂を示す。溶接継手部近傍の放射状のき裂をタイプCとする。
図―3.5 シュラウドのき裂(タイプC)
図―3.6にき裂近傍(図―3.5のAおよびB点)の深さ方向のビッカース硬さ分布を示す。
図―3.6 き裂近傍の硬度分布
溶接継手部周辺は溶接後にグラインダによる研磨を受けており、全面に、300HVを超えるがタイプBに比べ薄い硬化層が形成されている。また図のようにSCCが溶接金属内に進展した事例が確認されている。
更にH4はほぼ炉心中央部に面し中性子線量率が高く、当該位置の単位面積当りの累積中性子照射量は4.5x10 n/m で照射誘起(以下IA;Irradiation Assisted)SCCの発生閾値に近い値[4]に達しており、胴部は中性子照射によるSCC進展加速も考慮しなければならない。
図―3.7に図―3.5のSCC発生位置(シュラウド内側)における表面の溶接残留応力分布をFEMにより求めた結果を示す。
図―3.7 タイプCき裂表面の応力分布解析
溶融境界から約10mm迄は、周方向応力が軸方向応力の約2倍程度と大きいため、き裂は軸方向に生じやすく、10mm以上離れた領域では逆に軸方向応力が大きくなるため、き裂は周方向に向きを変えたと考えられる。また、軸方向と周方向の成分が同程度の領域ではき裂は特定の方向性を持たずに放射状になると考えられる。
実機の複雑な模様は、溶接後のグラインダ加工の影響が重畳したと推定される。
(d) 溶接と無関係な放射状き裂(タイプD)[3]
図―3.8に2F-2のSUS316L製シュラウド中間部胴の溶接継手から約320mm離れた位置に発生したSCCき裂を示す。
図―3.8 シュラウドのき裂(タイプD)
このように溶接継手部から遠く離れ溶接残留応力がない位置に放射状のSCCが発生しており、これをタイプDとする。表層では部分的にTGSCCであるが深さ方向には主としてIGSCCで進展している。SCC発生領域には深さ約50μmの硬化層が形成されていた。その箇所は、薄肉で径の大きいシュラウドが製造過程で変形を防止するために取り付けた仮支柱を除去し、その痕の外観を良くするためグラインダで研磨していた。このグラインダ加工による表層の硬化と掛けやすいようにグラインダを動かした方向性のない残留応力が放射状のき裂を起こしたと考えられる。
3.2.2 PLR配管のSCC
3.2.2.1 PLR配管系統の構造
図―3.9にPLR配管系統の概略を示す(K-6,7以降の改良型沸騰水型原子炉(ABWR;Advanced
Boiling Water Reactor)には、RPV内にポンプを挿入したインターナルポンプ方式を採用しているためPLR配管系統はない)。
図―3.9 PLR配管系統図
PLR配管は、炉心流量を変化させ炉心内の蒸気体積比率すなわち減速材である水の密度を変えることにより原子炉の核分裂反応を変えることが出来るBWRの特性を利用するため、大型ポンプとRPVを結ぶ系統を構成する。110万キロワットのプラントのPLR母管は外径約625mm、肉厚約39mm(以下600A)である。PLR配管はRPV内部の構造物であるシュラウドと異なり、高温高圧の原子炉水を直接内包する構造物(1次圧力バウンダリー)である。
3.2.2.2 SUS316NG製PLR配管のSCCの特徴[3],[5]
東京電力(株)では総点検でSCCが発見された溶接継手部を切り出し詳細に調査した。図―3.10にK-1PLR配管(600A)の溶接継手部近傍のSCCき裂の液体浸透探傷検査結果を示す。き裂はいずれも溶接継手に沿って周方向に発生している。
図―3.10 PLR配管内表面のSCCき裂
600Aの配管溶接継手部のモックアップを製作し内表面の残留応力を切断開放法により実測した結果は、軸方向応力が引張り、周方向応力が圧縮であり、き裂の方向は周方向になると考えられる。
図―3.11に図―3.10のき裂断面観察結果を示す。
図―3.11 溶接継手部近傍の断面顕微鏡写真
この事例では、き裂は溶融境界から数mm程度離れた位置から発生し、深さ方向には溶接金属に向かってIGSCCで進展している。SCC発生件数で見ると600A配管が多いが、600Aは溶接継手数も多いので、平均すれば口径に係わらずSCCが発生している。
図―3.12にプラントの運転時間とき裂深さの関係を示す。運転時間にかかわらず、殆どのき裂は深さ
図―3.12 き裂深さと運転時間
10mm以下である。このことからSCCが発生すると一定の深さまで比較的早い速度で進展し、その後進展速度が低下すると推定される。
図―3.13にK-1のPLR配管の溶接継手で発生した別々のき裂の先端を示す。このように、き裂は溶接金属内部にも進展するが、多くのき裂は図のように先端が溶融境界近傍に留まっていた。
図―3.13 溶融金属内に進展したき裂先端の様子
3.2.2.3 PLR配管のSCCき裂の進展形態[3],[5]
① 深さ方向の進展の4パターン
き裂の進展形態は図―3.14に示すような4パターン、すなわち、き裂先端が溶融境界に達していないもの(パターン1),き裂先端が丁度溶融境界に達しているもの(パターン2),き裂先端が溶融金属内に進展しているもの(パターン3)およびき裂先端が溶融境界付近に達した後溶融境界に沿って進展するもの(パターン4)に分類できた。
図―3.14 き裂進展形態の4パターン
き裂断面の観察から、図中に定義したΦとLの関係を図―3.15に示す。溶融境界近くで発生したき裂はほぼ90°の角度で進展し、き裂発生位置が溶融境界から離れるにつれ角度が減少しており、き裂は溶融境界方向に向かうことを示している。
図―3.15 ΦとLの関係
②き裂の進展経路
図―3.16はFEMにより求めた600A配管の溶接継手部近傍の溶接残留応力分布を示す。両端の矢印は主応力の方向を示す。図中の太い矢印は実機の600A
図―3.16 溶接残留応力分布とき裂の進展経路
PLR配管で確認されたき裂進展経路を示す。き裂は最大主応力にほぼ垂直に進展している。パターン4も、調査した結果、方向を変えたのは直近のより深いき裂の方へ引き寄せられたためと推定され、より深いき裂は主応力に垂直な方向に進展していた。
③ き裂発生位置
き裂近傍の硬度測定により300HVを超える硬化が認められた。これは、溶接前に配管内径を一致させるために行うグラインダ加工により生じたのと考えられる。2006年に2F-3600APLR配管の溶融境界直近にSCCが発生し溶融金属内に進展した事例が発見されたが、シュラウドのタイプBき裂と同様に多くのき裂は溶融境界から離れ溶接入熱による軟化が少ないと推定される位置に発生している。
④ 溶接継手部溶融境界近傍のき裂の進展挙動
き裂先端の深さとき裂が溶融境界に達した所の深さとの差として定義する⊿d(図―3.14参照)の度数分布を図―3.17に示す。
図―3.17 ⊿dの度数分布
多くのき裂先端は溶融境界およびその付近に分布し、溶融境界付近でき裂の進展速度が低下することを示している。溶融金属はδフェライト含んでおり一般的にはSCC感受性が低いと言われ〔6〕また溶融境界近傍ではδ―フェライトの母材への希釈が影響していると推定される。これら領域でのSCCの進展挙動についてはなお研究が必要である。
以上、シュラウドおよびPLR配管のSCCの調査分析から、SUS304と比べ極めて熱鋭敏化しにくい低炭素ステンレス鋼のSCCの要因は製造過程における溶接,旋盤,グラインダ加工等により形成される残留応力および材質変化と推定される。これは、実機と同じ製造条件で低炭素ステンレス鋼製シュラウドラドのH3およびH4の実物大の部分モックアップを製作し、そこから採取した試験片のSCC試験,残留応力測定,硬度などの材質測定を行ったモックアップ試験でも再現され、確認されている〔7〕。
第Ⅲ期は不幸にもわが国の原子力発電史上に残る大事件で始まったが、世界に類を見ないほど膨大で詳細な実機SCCデータが一気に蓄積され、それらデータを基に、モックアップ試験,模擬試験そしてSUS304のSCC当時に比べ格段に進歩した分析・観察装置やコンピュータ解析等を駆使し、原因とメカニズムの究明および再発防止対策に係わる技術開発が産官学総力を挙げて行なわれている。特に、ミクロ面からSCCの発生と進展のメカニズムが解明されることが期待されている。
また、総点検から軽微なき裂も多数確認され、運転後のプラントは年数が経つにつれ当然劣化するのでプラントを出来るだけ新品同様に保つことを目指してきたこれ迄の管理の考え方を改め、構造健全性が十分担保されればSCCを持ったまま運転できる科学的で合理的な維持規格の必要性が広く理解されるようになった。第Ⅲ期は、歩みが遅く諸外国に比べ遅れていた維持規格の確立および法体系や関連諸制度の整備が大きく進む事になる。
参考文献
(1)例えば、原子力安全・保安院;東京電力の原子力発電所における自主点検作業記録の不正等に関する調査について,(平成14年9月13日)
(2)東京電力(株)福島第一原子力発電所;25年の歩みートラブル事例その原因と対策―,p465-467(1996)
(3)鈴木俊一,高守謙郎,熊谷克彦,大木俊,福田俊彦,山下裕宣,二見常夫;BWRにおける低炭素ステンレス鋼のSCC形態の評価,圧力技術,Vol.42 No.4,p12-22(2004)
(4)Kodama,M. et.al; 6th International Symposium on Environmental Degradation of Material in Nuclear Power Systems Water Reactors, ANS, P948 (1992)
(5)Kumagai,K. , Sizuki S. , Mizutani J. , Shitara,C. , Yonekura,M. , Futami,T. , ; "Evaluation of IGSCC growth behavior of 316NG PLR piping in BWR", Proc. Of 2004ASME/JSME Pressure Vessels and Piping Conference, ASME PVP-Vol.479, pp217-223 (2004)
(6)Hughes, N. R. ; "Intergranuler Stress-Cracking Resistance of Austenitic Stainless Steel Castings", ASTM STP 756, pp. 26-47 (1982)
(7)高守謙郎,鈴木俊一,大木俊,二見常夫,安斎英哉,加藤隆彦,斉藤善章,坪田基司;高温純水中における低炭素ステンレス鋼のSCC発生に及ぼす表面加工の影響評価;圧力技術, Vol.44, No.3, p8-24(2006)
(2006年4月20日)
沸騰水型原子力発電所における低炭素ステンレス鋼の応力腐食割れの経過と教訓(3) 二見 常夫,Tsuneo FUTAMI