福島事故を踏まえた安全性向上の取り組み

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カテゴリ: 第14回
1.緒 言
福島事故の教訓を踏まえ、東京電力ホールディングス では原子力発電所の安全性向上の取り組みを進めてい る。本稿では事故の教訓のうち主要なものとして、1外 的事象に対して、発電所の防護手段が不十分だったこ と、2共通要因で、安全機能が広範囲に喪失したこと、 3設計を超える事態において、事故進展を防止する備え が不十分だったこと、4放射性物質の地表沈着により、 長期の住民避難や経済活動の停止など、甚大な社会的影 響をもたらしたこと、5複数プラントの事故が同時進行 することに、緊急時組織が十分に対応できなかったこと をとりあげ、これらを踏まえた改善のあり方について論 じる。 2.外的事象からの防護 福島事故の直接的な原因は、地震による外部電源の喪 失と、津波による重要な安全設備の機能喪失である。こ のことから、外的事象の影響を再評価して、発電所の防 護を強化した。この検討にあたっては、外的事象を網羅 的に評価する観点から、IAEA SSG-3 [1]、NUREG/CR- 2300 [2]等から事象を収集し、自然現象として40事象、 人為事象として20事象を取り上げて再評価した。 また、従来から考慮していた地震と津波に対しても、 最新の知見を反映した評価を行い、設計基準とする条件 を見直した。地震に関しては、断層連動の可能性等をよ り保守的に考慮するとともに、震源を特定しない地震動 についても最新の知見を取り入れて評価した。また、見 直した設計基準の条件に基づいて、耐震安全性の再評価 を行うとともに、津波に対しては多重の防護設計で、安 全上重要な施設への浸水を防止する対策を講じた。 柏崎刈羽原子力発電所(以下、柏崎刈羽)での対策例 をFig.1 に示す。津波遡上高さより低い敷地には防潮堤
Fig.1 Tsunami protection measures taken at Kashiwazaki Kariwa Nuclear Power Station.
を設置して浸水を防ぐとともに、重要な施設の建屋外壁 には防潮板や水密扉を設置して、仮に敷地に浸水しても 建屋内への浸水を防止できる設計としている。また、建 屋内でも枢要な部屋への浸水を防止する措置や、排水設 備を新たに設けた。 3.安全機能の共通要因故障防止 福島事故では、津波という共通要因で重要な安全機能 が広範囲に失われた。津波対策は上述のようにとられて いるが、津波以外にも火災や内部溢水のように、共通要 因故障を引き起こす可能性のある事象が考えられる。 共通要因故障の可能性を低減するためには、多重化さ れた設備間の物理的および電気的な分離を徹底すること や、対策を多様化することが有効である。 Fig.2 に内部溢水への対策例を示す。安全上重要な設備 が設置されている部屋への浸水を防止するために、水密 扉や浸水防止ダンパ等の設置や、壁貫通部の水密処理等 が行われている。 火災についても、事故以前の防護策から対策を強化し た。難燃ケーブル等の使用によって火災の発生を防止す るとともに、複数の異なる原理の感知器を設けて速やか に火災を感知し、消火できるようにしている。また、異 なる区分の安全設備の間には延焼を防止する壁等を設 け、柏崎刈羽ではこれに3時間の耐火性能を持たせた。 さらに、壁を貫通する配管等を通じて熱が伝わることで 悪影響が生じないように、必要な措置を講じている。 3.設計を超える事態における事故進展防止 決定論的アプローチで保守的に設定する設計基準事故 時の条件を超える事態を検討するために、確率論的リス ク評価の手法を用いて、様々な事故進展の可能性と、そ の安全上の重要度を検討し、代表的な事故シーケンスを 選定した。Fig3 にその一例を示す。 Fig.2 Internal flooding protection measures. Fig.3 Fault tree analysis to identify accident sequences. Fig.4 An example of accident management sequence utilizing diversified, alternative measures. そのうえで、設計基準事故に対処する安全設備とは独 立で、可能な限り多様な対策を検討し、事故収束におけ る人的活動の成立性(人数、時間、環境条件等)を確認 した。Fig.4 に重大事故における対応の検討例を示す。事 故発生から、時間経過に沿ってどんな認知と判断が可能 であるか考え、とるべき対応措置を順次検討する。この ようにして、どのような対応が有効か評価される。 こうして検討された事故進展防止の設備の例を、Fig.5 に示す。この例では、多種・多様な代替手段を用いて、 原子炉が高圧の状態から安定冷却を継続できるまで、設 計基準事故に対処する安全設備とは独立の代替手段を用 いて連続的に対処ができるようになっている。 なお、消火系を用いた原子炉への代替注水は、平成6 年3 月に設置方針を決定して整備が進められ、新潟県中 越沖地震後には消防車を接続できる送水口も各発電所に 設けられていた。しかしながら、福島事故ではこの代替 注水系の水の一部が、原子炉ではなくタービン設備側に もバイパスしていたことが事故後に判り、Fig.6に示すよ うに、中央制御室から容易にバイパスルートを隔離でき るように改善を加えている。 - 178 - Fig.6 Modification made in a system to inject water from the Fire Protection system reflecting lessons from the Fukushima accident. 4.放射性物質による周辺環境への影響緩和 上述の対策によっても重大な炉心損傷が防げない場合 には、原子炉格納容器(以下、格納容器)によって周辺 環境への影響を緩和しつつ、復旧による安全機能の回復 (レジリエンス)につなぐ。 福島事故では2号機から放出された放射性物質が、周 辺環境へ最も大きな影響を与えたとされているが[3]、そ の原因は格納容器ベントができず、高温蒸気環境下で格 納容器上蓋フランジのシール材の復元力特性が劣化する ことで、格納容器内圧の上昇によるフランジ面の変形に シールが追従できなかったと推定されている[4]。これを 受けて、格納容器に用いられているシール材の耐熱、耐 蒸気、耐放射線性等を再評価し、改良型EPDM等の材 料が、従来のシリコン系材料に代わって導入された。 また、重大事故時に代替手段で格納容器を冷却する代 替循環冷却系を開発し、柏崎刈羽に導入した。Fig.7にそ の概要を示すが、海水と熱交換できるシステムを搭載し Fig.7 Alternate circulation cooling system to remove heat from the Primary Containment in severe accidents. たトレーラをプラントに接続することで、代替注水ポン プ(復水移送ポンプ)でサプレッションプール水を冷却 してから、格納容器内にスプレイすることができる。こ れにより、重大事故時に格納容器の温度、圧力の上昇を 抑制することができる。 さらに、代替循環冷却に失敗する場合には、格納容器 のフィルタベントを行う。このシステムは川村ら[5][6]に よって開発され、Fig.8 に示す構成で柏崎刈羽に導入され ている。フィルタの除染係数(DF)要求仕様は、粒子状 物質と無機ヨウ素に対してそれぞれ1000以上、有機ヨ ウ素に対して50以上であるが、性能試験結果から、実 力として粒子状物質に対しては10000以上、有機ヨウ素 に対しては起動時の過渡的状況で50を切ることなく、 起動直後を除く定常的な条件では1000以上であること が確認されている。 また、重大事故時にアルカリ薬液を格納容器に注入 し、内部の水をアルカリ性に保つことで気体状ヨウ素の 生成を抑制することができる[7][8]。この原理を応用し、 Fig.5 Alternative measures for water injection and heat removal to manage severe accidents. - 179 - Fig.8 Filtered containment venting system. 格納容器pH制御システムを開発して、新規制基準対応 以上の自主対策設備として柏崎刈羽に導入している。 5.複数プラント事故にも対応する組織能力 福島事故では複数プラントの緊急事態が同時に進行し たこと、ならびに事前の想定を超えた事態が発生したこ とから、緊急時対応が困難になった。 東京電力における事故以前の緊急時組織では、発電所 の緊急時対策本部長以下に、12 の機能班がフラットに配 置されていた。事故を想定して定めた手順に従って対応 できる場合には、各班が同時進行で迅速に活動を展開す ることができる体制だが、想定を超える事態において は、本部長が有効に管理できるスパンを超えてしまい、 各班の活動の統制が取れなくなる弱点があった。そこ で、Incident Command System(ICS)[9]を原子力に初め て応用し、緊急時の主要機能を集約して階層化するとと もに、管理スパンの適正化と指揮命令系統の明確化を図 る改善を行った。ICS は米国で自然災害対応の分野で発 達してきた緊急時対応システムであり、想定を超えて事 態の拡大が予測できない場合にも、柔軟に対応するため の仕組みが備えられている。 ICSを応用した発電所の緊急時組織体制の概念をFig.9 に示す。この体制では、情報の収集・分析を行って、対 応戦略を立案する機能が明確になっている。事前の想定 を超える事態においては、限られた情報をもとに緊急時 対応を開始し、対応を継続する中で得られた情報に基づ いて随時戦略を改定し続けること、すなわち予め定めた 対応戦略ではなく、戦略プランニングを継続する機能そ のものが重要である。このことは、東日本大震災におけ る福島第二原子力発電所(以下、福島第二)の緊急事態 organizations at the time of the Fukushima accident and において、情報収集を継続して状況認知を高めつつ、対 応の優先順位を明確にして事態収拾にあたった経験が示 している。 また、対応戦略の立案にあたっては、フェーズドアプ ローチを取っている。これは、福島事故でも福島第二の 緊急事態でも、発災直後には対応リソースに制約がある ことや、安全確保の観点から、現場活動に制約を生じた ことを教訓とし、対応初期には恒設設備で対応しつつ、 時間の経過とともに、可搬設備他の代替手段の導入、発 電所外からの支援を順次加えて対応の厚みを増す戦略で ある。Fig.10にフェーズドアプローチの概念を示す。こ のように、現実的な制約条件を考慮して、事故対応が成 立するように資材、要員、手順を時間とともに展開する のが、このアプローチの特徴である。 さらに、運転と復旧という従来は個別に分かれていた 機能も、現場対応のオペレーション機能として統合され た。これには、可搬設備の運用における運転と復旧の連 携、レジリエンスに向けた復旧活動と当面の緩和オペレ ーションの連携などを改善する狙いがある。 Fig.10 The concept of a phased approach in severe accident management. - 180 - Fig.9 Structures of the site emergency response after application of the Incident Command System. 6.結 言 福島事故を踏まえ、東京電力ホールディングスでは、 外的事象に対する発電所防護の強化、共通要因による安 全機能喪失防止、設計を超える事態での事故進展を防 止、放射性物質による環境影響の緩和、複数プラント事 故にも対応する組織能力の強化に取り組んでいる。これ らは、柏崎刈羽に導入されて安全性の向上が図られてい る。引き続き訓練および各種の評価を通じて、これらの 有効性を確認し、継続的に安全性を向上させることとし たい。 参考文献 [1] IAEA, _Development and Application of Level 1 Probabilistic Safety Assessment for Nuclear Power Plants”, Specific Safety Guide SSG-3, 2010. [2] Nuclear Regulatory Commission, _A Guide to the Performance of Probabilistic RisN Assessments for Nuclear Power Plants”, NUREG/CR-2300, 2016 [3] 東京電力株式会社、_福島原子力事故調査報告書”、 2012[4] 川村慎一、大木俊、奈良林直、_福島第一原子力発 電所2号機の原子炉格納容器漏えいを踏まえた格納 容器の事故時耐性強化と格納容器ベントの運用につ いて”、日本原子力学会和文論文誌、Vol.15, No.2、 2016、pp.53-65. [5] 川村慎一、木村剛生、大森修一、奈良林直、_原子 炉格納容器フィルタベントシステムの開発”、日本 原子力学会和文論文誌、Vol.15, No.1、2016、pp.12- 20. [6] 川村慎一、木村剛生、渡邉史紀、平尾和紀、奈良林 直、_原子炉格納容器フィルタベント用の有機ヨウ 素フィルタの開発”、日本原子力学会和文論文誌、 Vol.15, No.4、2016、pp.192-209. [7] L. Soffer, S. Burson, C. Ferrell, R. Lee, J. Ridgely, _Accident source terms for light-water nuclear power plants”, NUREG-1465, 1995. [8] E. Beahm, C. Weber, T. Kress, G. ParNer, _Iodine chemical forms in LWR severe accidents”, NUREG/CR-5732, 1992. [9] Federal Emergency Management Agency, _Introduction to the incident command system”, ICS 100, 2010 福島事故を踏まえた安全性向上の取り組み 川村 慎一,Shinichi KAWAMURA
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