高速道路トンネル内の路上落下物視認性向上のための 基本照明最適化

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カテゴリ: 第14回
1.緒言
交通事故の死者数は、昭和 45 年に過去最高の 16,765 人を記録してから減少傾向が見られ、平成 8 年に 10,000 人を下回った。平成 8 年以降も続けて減 少傾向にあり、平成 28 年には 3,904 人となり、昭和 45年の時と比較すると約77 %の減少を実現した[1]。 これは道路交通環境の整備、安全運転の確保、車両 の安全性の確保等、交通安全に基づく諸対策の推進 によって改善されたと考えられる。しかし、現在も 年間約4,000人が交通事故によって亡くなっており、 これからも交通安全に関する対策を発展させる必要 がある。平成 26 年度の道路種類別の交通事故発生件 数は、一般国道が 136,095 件、高速道路が 5,340 件の うち、死亡事故数は一般国道が 1,153 件、高速道路 が 139 件となっている。交通事故の発生件数は一般国道の方が遥かに多い が、事故による死亡率は高速道路の方が約 2.7 倍多 いことが示されている[2]。また、首都高速道路湾岸 線で行われた調査によると、トンネル部の事故率は 明かり部に比べておよそ 11 件/億台高くなっている [3]。以上のことから、一般道と比べ高速道路での事 故は死亡率が高く、高速道路トンネル内は明かり部 と比べ事故率が高いことから、安全性向上の為には トンネル内の視認性を確保できる照明方式の開発が 最重要であると言える。 トンネル内の照明方式は、設計速度、交通方式、 交通量、トンネル断面形状などを考慮して選定され ている。トンネル照明においては、路面輝度を確保
対し安定した視認性が得られるプロビーム照明や、 入口照明に適しているカウンタービーム照明といっ た、非対称照明も導入され始めている。路上障害物 や先行車の視認には、背景の路面輝度よりも低い輝 度で障害物を視認するシルエット視と、背景である 路面よりも高い輝度で障害物を視認する逆シルエッ ト視の 2 種類の方法がある(図 1)。先行車の視認性を 評価した研究は過去にも報告されている[5][6][7]。一 方、シルエット視と逆シルエット視の両方を考慮し た路上障害物の視認性評価指標として、総視認率: Total Revealing Power (以下、TRP)[8]があり、TRP に 基づいた研究が岡田らや平川らによって報告されて いる [9][10]。TRP はシルエット視と逆シルエット視 のどちらで視認したかの区別なく定量化しているた め、路上障害物の反射率によっては、路上障害物ご との見え方について判断できないという欠点がある。 本研究では、アスファルト路面において反射率 10 %以上の全ての落下物を視認可能な照明条件を検 討する。アスファルト路面は路面輝度が低いため、 アスファルト上にある反射率の高い落下物は逆シル エット視となり、反射率の低い指標はシルエット視 となる。反射率の低い指標も逆シルエット視となる 照明環境とすることで、シルエット視から逆シルエ ット視に変化する間の、背景路面と指標の明るさが 重なる視認出来ない状態を無くすことを目指す。現 在用いられているプロビーム照明は、車両進行方向 に 45 度傾けて点灯しているものが多い。本研究では、 プロビーム角を 45 度以外に 60 度、70 度、80 度と変 えることで、鉛直面照度と視認性の関係を明らかに し、アスファルト路面において反射率 10 %以上の全 ての落下物を視認可能な照明条件を決定する。 2.実験方法 2.1 実験装置 実験に用いたトンネル模型の概略図を図 2 に示す。 ンネル模型を用いることにより、実物のトンネルで は実現が困難な、点灯方式やプロビーム角の変更な ど複数の点灯条件による比較を行った。 縮尺は 1/24 で、アスファルトを模した路面を有し ている。またトンネル壁面には内装板を模した同縮 尺の白色パネルを設置している。トンネル内の基本 Reverse Silhouette view silhouette view Low Reflectivity of the objects High Fig.1 Relationship between negative or positive contrast viewing and visibility. 7100mm トンネル模型 (縮尺:1/24) 220mm 4170mm Tunnel model(Scale:1/24) PC Spectroradiometer 420mm Object Fig.2 Schematic structure of the visibility evaluation with 1/24 scale tunnel model. Lb1 Lb2,b4 0.1 m Lt Lb1 Lt Lb2 Lb3 Lb3 Fig.3 Luminance of target and background location on the pavement. Reflectivity Pics 0.10.230% Lb4 4.17 m Fig.4 Objects and reflectivity (Size: 0.8×0.8cm). - 220 - 照明部の路面輝度は設計速度により基準値が決まっ ており、設計速度 100 km/hのとき 9.0 cd/m2である[4]。 ただし、交通量が少なく透過率が高い場合には平均 路面輝度を低減できる。トンネル一本当たりの交通 量が 1 日当たり 1 万台未満の場合は基本照明の路面 輝度を 1/2 まで低下させても良い[4]。本実験で用い より大きくなるほど視認性が高いことが分かる。す る平均路面輝度の値は、100 km/h 走行時に必要な路 面輝度の 1/2 である 4.5 cd/m2とした。 べての被験者が「見えにくい」と回答した評価点 2 2.2 照明条件 点は、被験者が指標を認識出来た下限値であり、2 点より低い評価の場合は、その輝度比では「見えな 鉛直面照度を変化させる為、対称照明とプロビー い」被験者がいることを示している。 ム照明の比率を 100 : 100、75 : 25、50 : 50、25 : 75、 プロビーム角 60 度、プロビーム比率 25%、指標反 0 : 100 と変化させた。また、プロビーム照明の角度 射率 20%時の輝度比 1.32 より輝度比が高い場合、評 は、基準となる 45 度に加えて、60 度、70 度、80 度 価点が 2 点以上になっている。すなわち輝度比 1.32 の 4 種類で行った。水平面照度は、路面輝度の設定 以上の場合、指標は逆シルエット視によって視認出 基準値 4.5 cd/m2に対し、トンネル照明におけるアス 来ることが分かる。また、プロビーム角 80 度のプロ ファルトの平均照度換算係数 18 lx/cd/m2より換算し、 ビーム比率25%反射率10%指標の輝度比0.73より低 81.0 lx とした。水平面照度の基準測定点は、観察お い輝度比でも評価点が 2 点以上になっている。すな よび輝度観察箇所のトンネル入口から 4.17 m(1/1 わち輝度比 0.73 以下の場合、指標はシルエット視に スケールで 100 m)、左側壁面から 21 cm(1/1 スケー よって視認出来ることが分かる。以上より、すべて ルで 5.0 m)とした。 の被験者が指標を逆シルエット視で視認できる輝度 測定に用いる指標は、実際の道路において視認す 比は 1.32 以上となった。 るべき最小サイズである 20cm×20cm を基準として 図6に、プロビーム角80度時の指標の写真を示す。 指標サイズを決定した。これより、トンネル模型の 図より、逆シルエット視において、プロビーム比率 縮尺に合わせ0.8×0.8cmを本実験での指標サイズと が高いほど輝度比が上昇し視認性が向上しているこ する。指標は実際の距離で 100m となる被験者から とが分かる。プロビーム比率 100 %時に 20 %指標、 4.17m の位置に設置した(図 3)。指標の種類は反射率 30 %指標ともに評価点は最も高い 4 点となっている。 が 10%、20%、30%の 3 通りとする(図 4)。上記の条 しかし、この時の 10 %指標は逆シルエット視となっ 件で 5 名の被験者(22~23 歳の成人男性)による主観 て視認可能な輝度比 1.32 以上を満たしておらず、評 評価を行った。評価方法は「よく見えた」場合 4 点、 価点は 1.8 点であった。アスファルト路面では、す 「見えた」場合 3 点、「見えにくい」場合 2 点、「見 べての指標を視認するためには逆シルエット視であ えない」場合 1 点として、5 人の平均により数値化 る必要があるが、本実験ではすべての被験者が 10% した。また、定量的に視認性を評価するため光学測 指標を視認できる条件はなかったため、今後さらな 定を行った。光学測定は分光放射計(TOPCON:SR3) る照明方式の検討を行う必要がある。 を用いた。図 3 に示すように指標の中心輝度 Ltと、 指標の周り四方の背景輝度 Lb1、Lb2、Lb3、Lb4の、計 3.2 水平面照度と輝度比の関係 5 点の輝度を測定した。測定した輝度は、次式 次に、従来の対称照明のみの場合と、今回最も視 認性が良い条件であったプロビーム比率 100 %でプ 輝度比 C=Lt/{(Lb1+Lb2+Lb3+Lb4)/4} ロビーム角 80 度の場合において、水平面照度を変化 させた場合の輝度比の変化を評価した。対称照明の より算出し、被験者による視認性の絶対評価結果と みの場合の水平面照度、輝度比、消費電力、指標の 比較することで、被験者が指標を視認可能な輝度比 写真を図7に、プロビームのみの場合を図8に示す。 のしきい値を求めた。 図 7 より対照照明のみの場合、水平面照度の変化に 3.実験結果 関係なく、指標と背景路面の輝度比はほぼ一定とな っていることが確認できる。水平面照度が基準値の 3.1 落下物指標の視認に必要な輝度比 倍の 164.3 lx の場合においても、20 %指標と背景路 実験結果を図 5 に示す。輝度比が 1 に近い部分で は視認性が低下し、1 より小さくなる、あるいは 1 面との輝度比は 1.14 であり、この時の消費電力は 1.38 W であった。対照照明のみの場合、シルエット - 221 - Reflectivity of objects Pro-beam 0% Pro-beam 25% Pro-beam 50% Pro-beam 75% Pro-beam 100% 30% E.V. L.C. 3.6 1.99 3.6 2.58 4.0 3.25 4.0 3.89 4.0 4.57 20% 1.0 1.08 2.0 1.35 2.8 1.75 3.4 2.01 4.0 2.45 10% 2.6 0.59 2.4 0.73 1.4 0.96 1.0 1.07 1.8 1.29 E.V. Evaluation value L.C. Luminance contrast Fig.6 Measurement result of luminance contrast, evaluation value of visibility, and pictures. (Pro-beam angle: 80 deg.) 視と逆シルエット視の間の視認できない反射率の指 標が存在するため、水平面照度を高くしても安全性 は確保出来ないことが分かる。一方プロビーム比率 100 %でプロビーム角 80 度の場合、水平面照度が高 くなるにつれて輝度比が僅かに高くなっている。消 費電力が 1.38 W のとき 10 %指標と背景路面との輝 度比は 1.29 であり、水平面照度は 84.2 lx であった。 以上の結果より、水平面照度の変化に対して輝度 比の変化は僅かであり、落下物に対する視認性に殆 ど影響が無いことが確認された。 - 222 - Positive Negative contrast contrast e ulavn oitaulavee garevA05 4...Good 43...Slightly good 322...Slightly bad ● 45 deg. 1...Bad ● 60 deg. 1● 70 deg. ● 80 deg. 0 1 2 3 4 5 Luminance contrast Pro-beam angle 0.73 1.32 Fig.5 Visibility evaluation results 4.考察 本研究結果より、指標輝度と背景路面の輝度比と 視認性評価を比較することで、視認性を得るための しきい値を得た。しかし、照明条件として必要な鉛 直面照度は、路面反射率で変わる可能性がある。ア スファルト路面の反射率は、舗装初期が最も低く、 汚れが進むと灰色がかる為、本実験時よりも高い鉛 直面照度が必要となると考えられる。 被験者全員が落下物指標を視認可能であった輝度 比 1.32 の条件と、視認出来ない被験者が存在した 輝度比1.29の条件について、その差は0.03であった。 人間の目のダイナミックレンジは 1:100 と言われて おり、0.03 という輝度比の違いは認識できるレベル であることが分かる。しかし、ダイナミックレンジ の下限が路面輝度または落下物指標輝度となる一方 で、上限値は視界に入る全ての対象物の最大輝度と なるため、ドライバーが前方の路面を注視していな ければ、輝度比 1.32 付近の落下物は、見落とす可能 性が高いギリギリの値であると考えられる。実際に 本実験で用いたトンネル模型は、内装用パネルを模 Reflectivity of objects Reflectivity of objects Input power 1.71 W 30% 4.42 4.56 4.57 474 4.83 20% 2.36 2.44 2.45 2.49 2.53 10% 1.19 1.23 1.29 1.29 1.32 Horizontal illuminance 54.4 lx L.C. Horizontal illuminance 67.3 lx Fig.8 Measurement result of luminance contrast and pictures. (Pro-beam angle: 80 deg.) - 223 - Horizontal illuminance 81.1 lx Horizontal illuminance 84.2 lx Horizontal illuminance 104.9 lx L.C. Luminance contrast Input power 1.38 W 30% 1.97 2.01 2.06 2.13 2.14 20% 1.04 1.06 1.11 1.13 1.14 10% 0.54 0.55 0.58 0.56 0.56 Horizontal illuminance 55.3 lx L.C. Horizontal Horizontal illuminance illuminance 68.3 lx 81.4 lx L.C. Luminance contrast Fig.7 Measurement result of luminance contrast and pictures. (Symmetric beam) Horizontal illuminance 120.2 lx Horizontal illuminance 164.3 lx Input power 0.88 W Input power 0.48 W Input power 1.08 W Input power 0.58 W Input power 1.28 W Input power 0.69 W した同縮尺の白板を有しており、その明るさが本結 果に影響を与えた可能がある。視認性を高める手法 として、トンネル壁面の輝度を路面輝度に近づけ、 ドライバーの視野に極端に明るい対象物が無い視環 境を作ることで、より効果的に視認性が上がる可能 性が高い。今後は、本結果をもとに、内装パネルの 有無や、灯具からドライバーに向かう直接光などの 影響が視認性に与える影響について、検証を進める。 Input power 1.38 W Input power 1.01 W 5.まとめ 本研究は、高速道路トンネル照明における対称照 明とプロビーム照明の照明比率とプロビーム照明の 角度を変更し、指標輝度と背景路面輝度との輝度比 と被験者による視認性の絶対評価と比較することで、 被験者が視認可能な輝度比のしきい値を求めた。そ の結果、アスファルト路面において、逆シルエット 視で視認可能となる輝度比は1.32以上であることが 分かった。実験結果で最も視認性が良い照明条件は、 水平面照度 81 lx の場合、プロビーム角 80 度でプロ ビーム比率 100 %点灯時に視認性が最も良く、その ときの輝度比は 1.29 であった。また、水平面照度を 変化させた場合、プロビーム角およびプロビーム比 率が一定の場合は、輝度比は殆ど変化しないことが 確認された。この為、ドライバーに対して安全な視 環境を構築するためには、水平面照度を高くするこ とは有効では無く、鉛直面照度を高くして、落下物 と背景路面輝度の輝度比が1.32以上となるように設 計することが必要である。 参考文献 [1] 公益財団法人 交通事故総合分析センター_平 成 28 年中の交通事故発生状況”(2017) [2] 警察庁交通局:_平成 26 年中の交通事故の発生状 況”, (2015) [3] 後藤秀典, 田中淳, 赤羽弘和, 割田博:_都市高速 道路のトンネル区間を対象とした事故分析” , 交 通 工 学 研 究 発 表 会 論 文 報 告 集 25, pp.49-52(2005) [4] 社団法人日本道路協会:_道路照明施設設置基 準・同解説” ,改訂版第 1 刷、日本道路協会、東 京、2007、pp13、14、64 [5] 武内徹二、清水正則、宮川勝海、小林浩之: _ト ンネル入口部における先行車の視認性(その 1)- ブライトネスと視認性-”平成 7 年度照明学会全 国大会(1995) [6] 山中彦、坂本正悦、宮川勝海、小林浩之: _トン ネル入口部における先行車の視認性(その 2)-視 認性の改善に関する検討-”平成 7 年度照明学会 全国大会(1995) [7] 唐沢宜典、坂本正悦、早川正昭、鈴木靖亀、手 嶋英之: _トンネル照明下における先行車の視認 性”平成 14 年度照明学会 35 回全国大会(2002) [8] J. M. Waldram:_The Revealing Power of Street Lighting Installations”, Trans. Illum. Eng. Soc. (London), 173-186(1938) [9] 岡田晃夫、加賀啓記、伊藤勇人、坂本正悦: _ト ンネル照明下における先行車の視認性”照明学会 誌、第 90 巻、第 8A 号、pp495-503(2006) [10] 平川恵士、唐沢宣典、吉田幸信: _トンネル照 明と自動車前照灯の融合時における路上障害物 の視認性価に関する研究”照明学会誌、第8A号、 pp352-361(2014) 高速道路トンネル内の路上落下物視認性向上のための 基本照明最適化 大草 光司,Koji OHKUSA,重松 大樹,Daiki SHIGEMATSU,三宅 賢二,Kenji MIYAKE,池田 善久,Yoshihisa IKEDA,神野 雅文,Masafumi JINNO
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