超音波エコー法を用いた転がり軸受の異常診断

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カテゴリ: 第14回
1.緒言
回転機械の主要な故障原因の1つとして転がり軸受の異常が挙げられる。現在、軸受の異常診断は振動法を用いて行われることがほとんどであるが、この方法では異常の早期検出が難しいことが知られている。そこで著者らは、超音波エコー法に注目し、この方法で得られた超音波反射強度(Ultrasonic Reflection Intensity、以下URI) の時間変化にウェーブレット解析及び自己相関性による 解析を適用して検討を行ってきた[1]。本研究では、その 一環としてURI の解析結果に運転条件が与える影響を調 べたところ、興味深い知見が得られたので報告する。
2.実験および解析方法 2.1 超音波反射強度の測定 玉軸受(No.6210)を用いて、通常は垂直荷重 2.5ton、 軸回転数 1000rpm、軸受温度 60°Cの条件で連続疲労試験 を行った。ただし、URI の解析結果に異常が現れ始めた ところで、軸受の損傷の急な進行を避けるため、連続疲 労試験の荷重条件を 2.0ton に変更することとした。URI の測定は、2日目から所定の間隔で垂直荷重を0.5~2.0ton、 軸回転数を500、1000rpm と変化させ、パルス繰り返し周 波数5NHz、測定間隔 200μs で、6 秒間行った。ここで、 測定の頻度については実験開始当初は 1 週間に一度とし たが、URI の解析結果に正常ではない何らかの変化が見 られた場合、その後は3~4 日おきに行うこととした。さ らに、いずれかの運転条件において2.3節で説明するACC の代表値が0.8を下回った場合、2日に一度の測定とした。 一方で、運転時間が経過し、解析結果に異常の兆候が確 認できたのち、垂直荷重 2.0ton についてのみ、軸回転数 250rpmの低速時における測定を行った。 なお、本文中で測定条件を引用する場合、条件名に[ ] を付して表示した。すなわち、[2.0-1000]は垂直荷重2.0ton、 軸回転数1000rpm を意味している。 2.2 ウェーブレット解析 周期的な信号の解析に適するガボール関数をマザーウ ェーブレット関数とした連続ウェーブレット変換を URI の時間変化に適用し、URI の時間変化とガボール関数の 間における周期性の相関度合いを周波数パラメータ a と 時間パラメータb の相関の強弱に置換えて解析した[2]。 2.3 自己相関性による解析 URI の時間変化において、ある時間tとそこからN 時点 後のデータ間の自己相関係数(Autocorrelation coefficient、 以下ACC)をN の関数r(N)として求め、r(N)の極大値の最 初から10個の平均を取り、この値を軸受の運転状態を表 すACCの代表値とした[2]。なお、これまでの検討結果で は、異常のない円滑な運転状態の場合はACCの代表値が 0.8 を下回ることはない。一方、この値が0.6 程度まで低 連絡先: 若林利明、〒761-0396 高松市林町 2217-20、 香川大学 工学部 材料創造工学科 E-mail: twaNa@eng.Nagawa-u.ac.jp - 28 - 下している場合は明らかに異常があると判断できる。ま た、0.6~0.8 の間は異常の兆候あるいは損傷の進行に対応 するものと思われる。 3.結果および検討 3.1 URI の解析結果の時間に対する変化 運転開始2日目および30日目の[2.0-1000]におけるURI の解析結果を図 1、図 2 に示す。図 1 より、運転開始 2 日目においては、ウェーブレット解析では時間に対して 周波数が安定しており、自己相関性による解析でもACC の代表値が 1 に近く正常な状態だと判断できる。また、 ミスアライメント等もなく、実験としては適切な状態で 開始できたことが確認された。一方、図2の30日目では、 ウェーブレット解析の時間的な安定性が失われており、 周波数が2 日目の68.2Hzから54.3Hzへと低下していた。 また、自己相関性による解析でも ACC の代表値が 0.823 まで下がっていることがわかる。さらに、同日の[1.5-1000]、 [1.0-1000]でのURIの解析結果においても異常の兆候が現 れ始めたことが確認された。ただし、軸回転数500rpm の 場合のみ、どちらの解析結果においても異常の兆候は認 められなかった。以上のように、いくつかの運転条件で URI の解析結果に異常が現れたため、前述の通り、連続 疲労試験の垂直荷重を2.5tonから2.0tonに変更した。 連続疲労試験の垂直荷重を 2.0ton に変更したのち、軸 回転数 500rpm の場合にいずれかの荷重条件で初めて ACC の代表値が0.9を下回ったのは、運転開始から91 日 目で、垂直荷重2.0ton の場合であった。そのURI の解析 結果を図3 に示す。図の通り、ウェーブレット解析ではa と b との相関に時間的な揺らぎが発生し、周波数が正常 な場合の34.1Hzから33.0Hzへと低下したことが確認され、 軸回転数500rpm において、運転開始から91 日目で玉の 転がり挙動に遅れが生じるという影響が出始めた。さら に、ウェーブレット解析結果の上部にあるURI の時間変 化を見てみると、左から11番目の山頂部の一部に突発的 なピーク状の低下が認められた。これは一時的に超音波 反射が弱くなった、つまり面圧が上昇したことを意味す るため、摩耗粉による噛み込みが生じたものと予想でき る。また非常にはっきりしたピーク状の低下であるため、 関与した摩耗粉は比較的大きいものだと推測される。一 方、同じ 91 日目における[2.0-1000]での URI の解析結果 を図4に示す。運転開始から30日目に比べるとウェーブ レット解析の周波数がさらに低下しており、ACCの代表 値も0.8を下回っていることが確認された。 (a) Wavelet Analysis
Fig.1 Analysis results of URI: [2.0-1000] 2days Fig.2 Analysis results of URI: [2.0-1000] 30days Fig.3 Analysis results of URI: [2.0-500] 91days (a) Wavelet Analysis Time parameter b [sec] Power spectrum (b) ACC ACC=0.823 (a) Wavelet Analysis Time parameter b [sec] Power spectrum (b) ACC ACC=0.982 Power spectrum Time parameter b [sec] (b) ACC ACC=0.889 この軸受の場合、試験期間が想定した寿命の倍以上に 達してしまったため、軸受の損傷をより早く進行させる 目的で、連続疲労試験の垂直荷重を上昇させることとし た。この際、軸受の推定寿命が 2.0ton と 2.5ton の場合の およそ中間になるような荷重を計算し、2.3tonに決定した。 垂直荷重を 2.3ton に変更して試験を継続したところ、運 転開始から159日目には、軸回転数500rpmの各荷重条件 でACCの代表値が0.9を下回った。そして、そこから約 20日が経過した181日目にはすべての運転条件でURIの 時間変化に玉の転がり挙動以外の突発的なピーク状の上 昇や低下が顕著に確認できた。また、図 5 に示すように [2.0-1000]でのURIの解析結果において、ACCの代表値が 0.6程度の水準にまで低下していることが確認された。こ のような低いACCの代表値は運転開始から179日目でも 同様に認められ、連続した 2 回の測定で軸受に明らかな 異常が発生していると判断できる値が得られたため、連 続疲労試験を中止した。 3.2 URI の解析結果に対する軸回転数の影響 前述のように、同じ経過時間でもURI の解析結果への 損傷状態の現れ方は運転条件によって異なる。そこで、 軸回転数の影響に着目して以下のような検討を行った。 軸回転数 500rpm において初めて ACC の代表値が 0.9 を下回った運転開始から 91 日目における[2.0-250]での URI の解析結果を図 6 に示す。図 3 の[2.0-500]、図 4 の [2.0-1000]とは異なり、[2.0-250]ではウェーブレット解析 及び自己相関性による解析のいずれにおいても、円滑な 運転状態を示す結果となっている。次に試験を中止した 181日目の[2.0-250]におけるURIの解析結果を図7に示す が、これも、ウェーブレット解析では円滑であり、ACC の代表値も 1 に近く正常な状態だと判断できる。一方、 1000rpm については図4と図5より、運転開始91日目か ら181日目にかけて軸受の損傷がさらに進んでおり、図8 に示した500rpm でも、軸受の損傷の進行が見てとれる。 上記の結果は、例え同じ経過時間でも本研究による解 析を用いた異常の判断が、軸回転数によって分かれるこ とを意味する。今回の試験では、30 日目の時点で軸回転 数 1000rpm の結果から、軸受には何らかの損傷が発生し ていると推測されるが、その損傷による解析結果への影 響は500rpmで現れるまでには至っていなかった。それが、 91 日目には 500rpm でも影響が認められるようになるの に対し、250rpmの場合、正常な状態に対応する解析結果 になるという興味深い現象が確認できた。すなわち、軸 Fig.4 Analysis results of URI: [2.0-1000] 91days Fig.5 Analysis results of URI: [2.0-1000] 181days (a) Wavelet Analysis Time parameter b [sec] Power spectrum ACC=0.984 Fig.6 Analysis results of URI: [2.0-250] 91days - 30 - (b) ACC (a) Wavelet Analysis Time parameter b [sec] Power spectrum (b) ACC ACC=0.632 (a) Wavelet Analysis Time parameter b [sec] Power spectrum (b) ACC ACC=0.771 受に発生した損傷の影響は、運転条件の一つである軸回 転数で異なるものと考えられる。 以上のことより、軸受の損傷が異常としてURI の解析 結果に現れ始めるのは高回転数側からであると推測され る。ここで、軸受の転がり挙動については、運転初期に は円滑な状態だが、時間の経過に伴って軌道面に軽微な 損傷、例えば圧痕が発生し始め、それが影響を与えるこ とが考えられる。このとき、圧痕が油を蓄える、いわゆ るオイルポケットの役目を演じ、そこを転動体が通過す ると、回転が速いほど転動体と軌道面との間に起こるす べり現象が顕著になると想定される。また、高回転数の 方が圧痕の上を転動体が通過する単位時間あたりの回数 が多くなるため、このすべりを受ける頻度が高くなると 考えられる。一方、今回の試験では、こうした損傷状態 が 250rpm の低速回転において転がり挙動に影響を与え る程度までには至っておらず、URI の解析結果に異常が 現れなかったものと思われる。 3.3 URI の解析結果に対する垂直荷重の影響 今回の連続疲労試験で得られた軸回転数 500rpm、 1000rpmにおけるACCの代表値の時間に対する推移を図 9に示す。図9の通り、いずれの軸回転数でも垂直荷重の 値が大きくなるほど同じ経過時間における ACC の代表 値が低くなっていることがわかる。また、500rpm より 1000rpmの方が運転の早い段階からACCの代表値が大幅 に低下している。一方、運転開始 2 日目から 181 日目に かけて、ウェーブレット解析の周波数を比較すると、軸 回転数500rpm では2 日目の周波数が34.1Hz であるのに 対し、垂直荷重 1.0ton では変化しておらず、1.5ton では 31.7Hz に、2.0ton では 28.7Hz に低下している。次に、 1000rpm では2日目の周波数が68.2Hzであるのに対し、 1.0ton では56.7Hz に、1.5ton では 47.0Hz に、2.0ton では 38.5Hz に低下している。このような周波数の低下につい ては、その低下の度合いが大きくなるほど転がり挙動が 円滑でなくなることを意味している。 これらの結果から、軸回転数の違いばかりではなく、 垂直荷重の値によってもURI の解析結果が異なり、軸受 の損傷が異常として解析結果に現れ始めるのは高荷重側 からであることが明らかになった。これに関しては、軸 受にかかる負荷が大きいほど、損傷の影響を受けやすく なることに対応しているものと思われる。さらに、その 垂直荷重の影響は高回転数側ほど大きいこともわかった。 これについては、高回転数側ほど負荷を受ける頻度が高 Operation time [days] Operation time [days] - 31 - Fig.7 Analysis results of URI: [2.0-250] 181days Fig.8 Analysis results of URI: [2.0-500] 181days Fig.9 Changes of ACC with time (a) Wavelet Analysis Time parameter b [sec] Power spectrum (b) ACC ACC=0.799 (a) 500rpm (b) 1000rpm (a) Wavelet Analysis Time parameter b [sec] Power spectrum (b) ACC ACC=0.920 まり、転がり挙動に与える影響が強まるためであると推 定される。 3.3 続疲労試験後の軸受の観察 本実験における連続疲労試験を終了したのち、そこに 用いた軸受を分解し、内部観察を行った。まず、保持器 の表面写真を図10に示す。この図に示したような傷が多 数確認できたことから、保持器から多くの摩耗粉が発生 したと想定でき、これが 3.1 節で示した URI のピーク状 の低下をもたらした主因と考えられる。次に内輪および 外輪軌道面の表面写真を図11、図12 に示す。なお、白い 帯状のものは軌道面の損傷とは無関係の光の反射である。 いずれの写真にも見られる白い点状の部分は圧痕と考え られ、特に図11、図12において丸で囲んだ箇所には比較 的大きい圧痕あるいは小さいはく離と思われる部分が確 認できる。こうした圧痕がオイルポケットの役目を演じ ることで、すべり現象が生じやすくなり、URI の解析結 果に影響を与えたと3.2 節で推測したが、図11 および図 12の観察結果は、その推測を裏付ける証拠と考えている。 4.結論 軸受の損傷が異常としてURI の解析結果に現れ始める のは高回転数側からであることがわかった。また、軸回 転数の違いばかりでなく、垂直荷重の値によっても URI の解析結果は異なり、高荷重側から異常が現れ、その影 響は高回転数側ほど大きいことを明らかにした。 これらの運転条件の影響は摩耗粉の噛み込み、軸受の 内輪および外輪軌道面における圧痕や小さなはく離の発 生と強く関連していることが明らかとなった。 参考文献 [1] 若林利明ほか: 10 回評価・診断に関するシンポジ ウム講演論文集, 日本機械学会(2011), 91-94. [2] 須本賢太朗ほか: 平成26 年度日本設備管理学会秋 季研究発表大会論文集, (2014), 41-44. Fig.10 Photograph of damaged parts of retainer Fig.11 Photograph of inner ring raceway Fig.12 Photograph of outer ring raceway - 32 - 超音波エコー法を用いた転がり軸受の異常診断 若林 利明,ToshiaNi WAKABAYASHI
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