福島事故を踏まえたレジリエンスマネジメントの考察

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カテゴリ: 第14回
1.緒 言
2011年の東日本大震災で、福島第一原子力発電所(以下、福島第一)は安全機能を広範に喪失し、復旧が試みられたものの重大事故への進展を止められなかった。こ のことから、何らかの原因で喪失した安全機能を、必要な時間内に必要な性能レベルまで回復する能力、すなわ ちレジリエンス(回復力)の重要性が認識された。 一方、同じ震災で福島第二原子力発電所(以下、福島 第二)では、福島第一とは被害の程度に差があったものの、原子炉を除熱するシステムが全て機能喪失しながら、事故進展の緩和措置を取りつつ、最終的に除熱システムを復旧して原子炉冷温停止に成功している。この対応では、安全機能の回復に至るまでのマネジメントが重要な役割を果たしたと考えられる。 本稿では、福島第二および第一の経験を分析し、レジリエンスによって重大事故への進展を防ぐマネジメントのあり方について考察する。
2.福島第二におけるレジリエンス
2.1 緊急事態発生後の緩和措置
東日本大震災発生時、福島第二の4基(BWR、1100 MWe/基)は定格出力で運転中だった。これらは地震加 速度の感知で安全システムが正常に機能して自動停止し たが、その後の津波で海水を用いる冷却設備の大半が、 電源盤やポンプの電動機の被水により機能喪失した。ま た、冷却系機能喪失の影響で他の多くの安全設備も動作 不能になり、 1、2、4号機では原子炉冷却用の全ての除 熱設備と非常用炉心冷却系が機能喪失した。 この状況で原子炉への注水継続に用いた設備をFig.1 に示す。高圧注水設備のうち冷却系を必要としないのは 原子炉隔離時冷却系(RCIC)のみで、まずこの系統が 用いられた。その後、逃がし安全弁(SRV)で原子炉を 減圧し、アクシデントマネジメントの手順で代替注水手 段に位置付けていた復水補給水系(MUWC)が用いら れた。このように高圧注水から低圧注水へ連続的に移行 させ、炉心は常に冠水状態が維持された。 一方、崩壊熱で発生する蒸気はサプレッションチェン バに導かれたが、冷却できないので原子炉格納容器(以下、格納容器)の圧力が上昇した。そこで、原子炉注水 に用いていたMUWCを格納容器スプレイに間欠的に切 り替えて、圧力上昇の抑制を図った。ただし、スプレイ は原子炉注水の合間にしか実施できなかったため、最高 使用圧力到達に備えて格納容器ベント準備を行ったが、 結果的には残留熱除去系(RHR)が復旧し、ベントには 至らなかった。 この対応では、プラントの設備と運転状態に関する情 報収集と分析によって継続的に状況認識の精度を高める とともに、不確かな要因に対して、常に対応手段の代替 可能性を増加させるように戦略が組み立てられた。原子 炉注水はRCICが当初の唯一の手段だったが、時間経過 とともに故障などの不測の事態が発生することも考えら れる。一方、減圧すればMUWCや消火系などが使用可 能になり、多様な手段による代替可能性が増す。このこ とを念頭に、継続的な対応が行われた。格納容器圧力抑 制についても、代替スプレイに加えてベントという次の 手段を準備しつつRHRの復旧を急ぐなど、代替の選択 肢を増す対応がとられた。 また、上述の活動を実行するうえでは、情報収集手段 の確保と、緊急時対応要員間の認識共有には特に注意が 払われていた。主要計測制御系の機能喪失に起因し、情 報が錯綜した福島第一では、このような活動が著しく困 難になっており、レジリエンスの成否に大きな影響を与 えた要因のひとつと考えられる。 2.2 安全機能の回復 津波被害現場へのアクセスには安全上の様々な問題が あり、当初は現場活動が制約を受けた。初動において、 復旧作業は、必要資材が到着した13日に本格的に行 われた。被害を免れた電源盤および発電所外から緊急調 達された電源車から、総延長約9 Nmの仮設ケーブルが 敷設され、ポンプ用電動機が交換されてRHRが復旧し た。この安全機能回復により、冷温停止が達成された。 これらの活動においても、情報収集と認識共有が重要 な役割を果たしたと考えられる。特に重要なことは、設 備の被害状況を把握し、必要な時間内における復旧可能 性を分析したうえで、復旧の優先順位を定めるととも に、これらに関する認識を、緊急時対応要員間で共通の ものにすることである。 課題としては、現場活動の安全確保や準備に時間を要 するなどの制約条件から、事故発生からある程度の期 間、現場活動が十分に展開できなかったことがあげられ る。また、発電所外からの支援についても、自然災害と の重畳による輸送の困難さ、輸送体制の準備不足などの 要因から、時間を要したことが課題だった。 3.緊急時対応の強化策 3.1 緊急時対応の課題 福島第二では、限られた情報と人的・物的資源で事態 への対応を開始し、対応しながら状況認識を高め、対応 戦略を順次改定して状況に対応すること、すなわち対応 の戦略そのものだけでなく、戦略を立案・改定し続ける 機能(戦略プランニング機能)が重要だった。しかし、 従来の典型的な緊急時組織では、情報収集、事故進展予 測、運転対応の検討、復旧対応の検討の機能が分散して おり、戦略プランニングを統合的かつ継続的に行う機能 が必ずしも明確ではない。 上述の課題解決のため、Incident Management System [1] (以下、ICS)の原子力への応用を検討した。ICS は米 国で自然災害対応に実績のあるもので、状況変化への柔 - 436 - 安全を確保して要員を派遣するまでに約7時間、被害状 況の確認作業にはさらに約7時間を要した。 被害状況の把握後には、復旧戦略の立案と必要資材の 調達が行われた。損傷した電動機の代替品は、自衛隊に よる空輸や、トラック輸送によって発電所に届けられ た。トラック輸送では、災害による国道の寸断、迂回ル ート案内の混乱、輸送チームと発電所対策本部の通信手 段の不通等により、予想以上の時間を要した。 3.2 Incident Management System の応用 画面の上側に原子炉とその制御の状況、格納容器温度・圧 力の制御の状況、下側に原子炉水位のTAF到達予測時刻、 格納容器ベントが必要になる予測時刻が纏められている。 また、左側には外部電源、非常用電源、非常用炉心冷却系 の使用可否に関する情報が纏められている。一方、右側に は重大事故等対処施設のうち、電源と注水に関する設備 状況が記載されている。 また、福島第二の教訓から、初動の一定期間は現場活動 が制約される可能性を考慮した戦略プランニングが重要 である。初期は恒設設備を用いた対応で当座の安全確保 を可能にし、時間経過とともに対応手段の代替可能性を Fig.2 Site ERO structure with ICS concept applied. 高めるようなフェーズドアプローチを考慮して、対応に 備えておくことが望ましい。 軟な対応を考慮した設計であり、想定を超える事態に対 Fig.4 にフェーズドアプローチの概念を示す。フェーズ 処するマネジメントシステムとして検討価値がある。 ドアプローチでは、緊急時対応を 3 つのフェーズに分類 ICSを応用した発電所緊急時組織の基本構成を、Fig.2 して戦略プランニングを行う。第 1 フェーズでは、現場 に示す。対策本部長のもとに戦略プランニング(情報分 活動の人的資源が限定されること、安全確保ができるま 析と計画)機能の責任者、運転操作や復旧という実行機 で現場活動が制約される可能性から、可搬の安全設備に 能の責任者、国・自治体への通報やマスコミ対応等の外 必ずしも期待できない。したがって、恒設設備での対応を 部接点の責任者、総務機能の責任者を配している。 基本とする。福島第二ではRCIC とMUWCを用いて原子 炉注水を継続させ、当座の安全を確保したが、これが第1 3.3 ICSにおける戦略プランニング機能強化 フェーズに相当する。第 2 フェーズでは所内配備の可搬 福島第二では、対策本部から中央制御室に派遣された 設備や予備品等を活用して、安全確保手段を追加しつつ 連絡要員からの情報と、緊急時対応情報表示システム 復旧を進める。さらに第 3 フェーズでは、所外からの人 (SPDS)からのプラントパラメータの情報が纏められ、 的・物的支援を導入して対応の厚みを増し、安全確保の継 対策要員の認識共有のために掲示された。プラントパラ 続性を確かなものにする。福島第二では所内に復旧機材 メータそのものだけでなく、その分析結果や予測、設備の がほとんど無かったことから、第 2 フェーズ相当の活動 動作可否、復旧進捗が、重要な情報として共有されている。 ができず、所外から資材が届くのを待って第 3 フェーズ こうした情報の項目は発電所の設備構成から決まるので、 に相当する復旧が行われた。 あらかじめ標準形式化して備えるべきである。 なお、各フェーズの継続時間は事故に応じて異なり、フ これをコモン・オペレーション・ピクチャとして、紙と ェーズドアプローチの概念に沿って、必要な活動の優先 電子媒体で表示できるようにした。Fig.3 に一例を示す。 順位を踏まえて戦略を構築することになる。ただし、事前 に安全設備や要員構成を設計する際には、各フェーズの 時間をある程度想定しておくことが、検討上必要になる。 Fig.3 An example of a common operation picture. Fig.4 Concept of phased approach in emergency - 437 - 発電所毎に、重要ハザードや、安全設備の構成、地理的条 件等を考慮して想定すべきだが、福島第二の例では現場 へのアクセスと状況確認に半日を要しており、フェーズ2 に期待するのは事故発生から12時間後がひとつの目安に なりえる。また、フェーズ 3 に期待するのは、所外が災 害の影響を受けている可能性を考慮すると、一般的な災 害経験から7日後がひとつの目安と考えられる。 4.安全機能回復までの緩和措置と原子炉格納 容器フィルタベント 4.1 機能回復過程における事象緩和措置 前章では安全機能を回復させるための緊急時対応につ いて、主として組織活動の能力強化の観点から検討した。 このような活動で、最終的には喪失した安全機能の回復 を目指すが、回復活動そのものと同様に重要なことは、回 復までの期間に、回復不能な事態に陥ることを防止する 緩和措置である。 福島第二では、除熱機能を回復するまでの緩和措置と して、原子炉代替注水による炉心冷却が継続された。ここ で、仮に炉心冷却に失敗する場合には、格納容器に核分裂 生成物が放出されることから、そのバウンダリを維持す るための措置をとり、環境への放出を抑制することが重 要となる。 そうした措置のひとつとして、福島第一事故で課題と なった格納容器ベントについて以下で考察する。この事 故では、格納容器ベントに失敗した 2 号機から、最も多 くの放射性物質が環境に放出されたと推定されている[2]。 4.2 格納容器ベントの役割 2 号機格納容器の圧力変化の実測値とMAAP コードに よる解析値は、東京電力[2]によってFig.5のとおりに公表 されている。ドライウェル圧力が 3 月 15 日 7 時から 11 時の間に著しく低下しており、この時間帯に格納容器が 閉じ込め機能を喪失したと考えられる。 2 号機では格納容器ベントが試みられていたが、ベント 配管に設けたラプチャーディスクの作動設定圧力が、格 納容器最高使用圧力にあわせて 0.528 MPa[abs]だったた め、Fig.5 に示す圧力急上昇前にベントができなかった。 なお、この圧力上昇は 19 時 54 分以降の原子炉注水再開 で、水-ジルコニウム反応が進行したためと推定される。 このときまでに、格納容器上蓋フランジ等のシールに 当時用いられていたシリコンゴムは、150°C以上の蒸気環 境に長時間暴露されていたことから、基本構造となるシ ロキサンポリマーの加水分解により、性能劣化が進行し ていたと考えられる。ただし、圧力上昇後も暫くは圧力を 保持していたことから、圧力上昇をもたらす原子炉注水 再開前に仮に格納容器ベントが成功していれば、大量の Fig.5 Pressure trend of the PCV at Fukushima Dai-ichi Unit 2. - 438 - 放射性物質の漏えいを防止できていた可能性が高い。一 方、格納容器ベントが実施できていれば、サプレッション プール水によるスクラビング効果によって、放射性物質 の放出量を大幅に抑制することができたはずである。 また、格納容器ベントには、蒸気を放出することによっ て格納容器内の熱を大気に輸送する役割もある。原子炉 および格納容器に外部から注水を行い、発生した蒸気を 逃がすことで、機能喪失した除熱システムを復旧するま での間、大気をヒートシンクとする除熱システムとして 機能させることができる。 日本ではチェルノブイリ事故以降に、格納容器ベント がアクシデントマネジメント策の一つとして整備された。 ただし、当時は格納容器が圧力もしくは温度の限界条件 に達しないように、その手前に設定した圧力、温度条件で 作動させる運用を想定し、上述のラプチャーディスクの 設計などにもその考え方が反映されていた。 しかしながら、今後は格納容器ベントをレジリエンス 戦略の一環として位置づけ、設定圧力に達したか否かだ けでなく、例えば福島第一 2 号機のように格納容器圧力 の急上昇が予測される場合に、予め格納容器ベント系統 を通気状態にしておくような予期型のベント運用も含め、 状況に応じたフレキシブルなタイミングで、確実に使用 する運用に考え方を変えるべきである。 なお、上述した格納容器シール材のシリコンゴムは、既 に耐熱・耐蒸気性能の高い改良型EPDMへの交換が進ん でいるものの、より確実にレジリエンスを成功させる観 点から、このような変更を提唱するものである。 4.3 格納容器フィルタベント 格納容器ベントにレジリエンスに向けた積極的な役割 を期待する以上、その放射性物質除去性能を大幅に向上 させるフィルタを追加するとともに、その性能を高いレ ベルで確保することが重要である。 水酸化セシウム等の粒子状の放射性物質や、無機ヨウ 素を除去するフィルタについては、さまざまな研究開発 が各国で行われている[3]。日本においても独自開発によ る実用化が行われており、重大事故時に想定される粒子 状放射性物質に対する除染係数(DF)が1000以上、無機 ヨウ素に対するDFが1000以上確保されている[4]。 さらに、従来から開発が行われてきた上述のフィルタ に加えて、これまでは除去が困難とされてきた有機ヨウ 素に対しても、環境放出を抑制することが望ましい。この 観点から銀ゼオライトを用いたフィルタが新たに開発さ れており、実用化段階にある[5]。 これらを組合せた格納容器ベントシステムの系統概要 を、Fig.6に示す。 5.緊急時対応の強化とフィルタベントによる 総合的なレジリエンスマネジメントの改善 前章までに検討した緊急時対応の強化と、フィルタベ ントによる安全機能回復までの緩和措置、さらにその前 提となるシール材の改良等による格納容器の耐性強化は、 相互に関係してレジリエンスマネジメントを向上させる ものとなる。Fig.7 にその概念図を示す。 Fig.6 Basic configuration of the filtered containment venting system with organic iodine filters. response. Fig.7 Proposed measures in this study to improve management for resilience and their relationship. - 439 - 6.結 レジリエンスを成立させるためには、安全機能が回復 言 するまでの緩和措置によって回復不能な状況に陥ること を避けるとともに、最終的には設備の復旧によって安全 機能を回復させるマネジメントが重要である。 マネジメントに関して、本研究では ICS を原子力に応 本研究では、レジリエンスを成功させるためのマネジ メントを改善する目的で、緊急時の組織能力と、格納容器 フィルタベントの運用に関して改善策を提言した。 用したシステムを提案し、緊急時対応の組織能力を強化 することを提言した。また、緩和措置に関して本研究では、 格納容器に対する従来の考え方を変える提案をした。す なわち、想定を超過する事態では、ミニマムリリースを含 む制御可能性を確実に維持することで、格納容器破損の 防止を確かなものにするべきで、それによって回復不能 な事態に陥ることを防ぎ、最終的なレジリエンスの成功 につなぐということである。その観点から、予期型ベント を含むフィルタベントの柔軟な運用を提案した。なお、こ うした柔軟な運用を確実に実施する観点でも、ICSを応用 したマネジメントによって組織的能力を高めることが重 要である。 参考文献 [1] Federal Emergency Management Agency: “Introduction to the incident command system”, ICS 100, (2010) [2] 東京電力株式会社: “福島原子力事故調査報告書”, (2012) [3] OECD/NEA/CSNI: “Status report on filtered containment venting”, NEA/CSNI/R(2014)7, (2014) [4] 川村慎一, 木村剛生, 大森修一, 奈良林直: “原子炉格 納容器フィルタベントシステムの開発”, 日本原子 力学会和文論文誌, Vol. 15, No.1, pp. 12-20 (2016) [5] 川村慎一, 木村剛生, 渡邉史紀, 平尾和紀, 奈良林直: “原子炉格納容器フィルタベント用の有機ヨウ素フ ィルタの開発”, 日本原子力学会和文論文誌, Vol. 15, No.4, pp. 192-209 (2016) - 440 -“ “福島事故を踏まえたレジリエンスマネジメントの考察“ “川村 慎一,Shinichi KAWAMURA,奈良林 直,Tadashi NARABAYASHI
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