原発運転差止仮処分裁判に見る課題 第一報 原子力の裁判問題とその論点 第二報 判決に見る技術論の課題 第三報 原発裁判の判決例-原子力をめぐる司法判断 第四報 原発裁判の課題への対応-まとめ

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カテゴリ: 第14回
はじめに
原子力規制委員会が認めた審査の合格に反論し、運転の差し止めを請求する訴訟が多発している。 筆者らの検討会では、何が技術的課題なのかを明確にして、裁判で説明しきれていない技術的論点について、正論を示すことを狙って活動している。この活動の中間報告としてとりまとめた。第 1 報か ら 4 報に分けて論点を明確にして報告する。
本論文は、“原発運転差止仮処分裁判”について の検討会の議論をまとめた以下の4つの課題(四編) の概要をまとめたものである。 第一報 原子力の裁判問題とその論点 1.原子炉規制制度 原子炉は内在する放射能量が大きく事故時に周辺環境 へ影響する危険性があるので、原子炉等規制法などの法 律により厳重に規制されている。一方原子力発電プラン トの設計から建造には原子力工学を中心とした多分野の 最先端の知見と製造技術が必要で、その確立に向けて多 くの研究と技術開発が行われ、その成果の上に許認可制 度と安全稼働が成立している。その成果は関連学協会、 研究機関、大学、産業界など膨大な人々の活動の結果と して生み出され、その過程では科学的技術的な議論や異 論についても評価され検討されている。 2.原子力をめぐる裁判例 これに対し原子力に批判的な人々により裁判を利用し た反対活動が行われている。裁判は社会関係における利 害の衝突や紛争を解決、調整するために、法定の形式に 従い当事者に対して示す拘束力のある判断であるが、本 来当事者間の争いの解決を目的とした制度で、科学的な 正否と妥当性を問うものではない。裁判では裁判官の心 象として原告と被告のどちらの言い分に理があるのかと いう線上で判断される場合もある。原発裁判でも事情は 同様で、原発稼働を認める判断では、行政府の高度で専 門的な判断過程とその結論を是とする。稼働を否とする 判断においては、行政府の判断の一部に誤りがあると断 定しているが、その誤りの指摘に至る過程で様々な論理 - 475 - の飛躍を伴っていることが多い。 3.本件研究の目的 原子炉設計は成案に至る過程で様々な方式や形が検討 され統合されて完成しているので、いわゆるセカンドオ ピニオン的な異論は包含され、処理された上に完成され ている。そのため原発反対の見地から科学的に異論を挟 み込む余地はほぼ無い。そのため原発を否とする決定や 判決にある妥当性に欠ける内容が、報道では裁判所が原 子力発電に白黒を付けたという切口でしか伝えられず、 国民に伝えるべき情報として誤解の多い内容となる。特 に我が国の目指す科学技術立国としての発展の上で障害 要因になりかねない。 裁判所の判断を例にとって安全工学面を中心に検討し、 何が問題と指摘されたのか、その指摘の意味するところ や問題点について検討をすることは、これからの原子力 の発展のために重要と考えられる。良きにつけ悪しきに つけその具体例を議論して原発裁判の本質的に包含する 問題点を摘出することを目指したい。 第二報 判決に見る技術論の課題 1.リスクの理解 リスクへの理解がなされていないことが最も重要な課 題となっていると言える。絶対安全はないと認識されつ つも、リスクが残ることに納得感がない、というのが多 くの市民、裁判官の思いでもあるようである。「安全」と いうのは「リスク」があってはならないのである。しか し、科学的には、リスクはゼロにはならない。社会は科 学のみで理解されるものではない、「トランスサイエンス」 と言われる科学を超えてコンセンサスの形成が求められ る時代である。そこで、リスクと言う言葉、リスクの理 解が重要となる。「リスク」とは、“将来に、ある好まし くないことが起きる可能性”*1であり、「原子力安全」に ついてのリスクは、放射性物質が放出されてその影響を 受ける可能性である。そこで、安全の社会通念という概 念がでてくる。社会で正確に理解されているわけではな いが、どの程度のリスクが「安全」という社会通念で得 られている状態のリスクであるのか、そこに一つの論点 がある。一方、裁判では「安全」の技術的判断は、原子 力規制委員会が行うものであるとしている。しかし、規 制委員会は「安全」と言う判断を回避していることから、 裁判では、個別課題ごとに規制の要求を満たしていると し、異議を退けている。 耐地震動評価においては、耐震基準の2006年の改定時 には、確定論としての基準地震動以下での構造健全性の 確認は従来の評価と同じであるが、新たにこれを超す場 合のリスク評価を求め、「残余のリスク」として、リスク 低減への努力を求めた。 リスク評価では、手法の一つとして PRA(Probabilistic Risk Analysis)を採用している。この手法への疑問が指摘さ れている。一つは事象の進展モデルの妥当性であり、ど のように妥当性が検証されているのか明確にしなければ ならない。また、PRA で得られた結果の信頼性について は、どの程度信頼できるものか、また発生頻度、発生確 率の“ばらつき”がどの程度のものか、の疑問が出され ている。すなわち、決定論での保守性との関連で、信頼 性の扱いや“ばらつき”の位置づけを示すことが必要で ある。 2.地震動の設定と評価 耐地震動評価に用いる基準地震動の設定についての疑 問が多い。地震動発生と伝播の問題は、様々なモデルが 提案され議論されてきた。検証の難しさから、誰のモデ ルが正しいのか判断ができず、“レシピ”という概念が取 り入れられている。多くのそれらしいものを取り入れた 包括モデルを用いている。この概念が理解されておらず、 分かりやすい説明、解説が必要である。特に震源を特定 しない場合の、地震動の決め方にわかり難さがあるよう である。最近は地震動の地下構造での伝播のゆがみなど が経験され、地下の構造モデルに注目が集まっている。 どのようにモデル化するか、十分なデータのない状況で 重大な課題となっている。 入力の大きさをどのように設定するべきかに関連しては、 断層をどのように考えるのか、動きとしてどのように与 えるのが妥当なのか、まだまだ研究要素が大きい課題で ある。地震動として同じモデルの地盤が崩壊することは なく、常に得られる振動データも異なる地盤での崩壊に よる地震動である。現象の解明が重要な課題であり、そ のためには物理モデルを最も妥当な信頼できるモデルで 構築し、中央値を求めることが大切である。そのうえで、 ばらつきは広がりを評価して、どの程度の信頼性がある のか、を推定し、リスク評価に活かしていくことが妥当 な方法と考える。 一方、振動を受ける側での課題もある。振動モデルと - 476 - 福井地裁判決や、高浜原子力発電所の再稼働を差止めた しては、建屋や構造物のモデル化にも課題が投げられて いる。モデルの妥当性は、何に関して評価しているのか 大津地裁仮処分決定のように、裁判所が、原子力規制委 が明確でないことなど、指摘されているようである。地 員会の判断を否定する司法判断も出てきている。 震動評価は、振動の大きさを評価すればいいのか、構造 それらの裁判所の判断理由を概観すると、以下のような 物としての機能が評価されればいいのか、破壊を評価す 疑問について、裁判所が納得できていないことから、原 ればいいのか、「安全」と言う観点から評価の選択を考え 子力規制委員会の判断を覆したものと考えられる。 なければならない。それは、振動問題だけではなく、構 ・原子力規制委員会の策定した新規制基準で、(福島事 造強度の問題でもあり、システム安全、機能維持の問題 故のような)事故は防げるのか。 でもある。 ・地震動は確実に予測できるのか。 3.設計基準、想定を超える事象への対応 ・津波は確実に予測できるのか。 前者の疑問の根本には、福島事故の原因が解明できて 深層防護とはなにか、についての理解ができていない いない、という思い込みがあるように思われる。これは ようである。説明もされていない。深層防護としての、 マスコミ報道の影響もあるものと考えられる。 AM 対策や訓練、防災の位置づけやその訓練など、リス 後2者の内、地震については、2008年の岩手・宮 ク低減にどのように役立つものであるのか、理解がされ 城内陸地震において観測された約4000ガルという数 ていない。 値と、個々の原子力発電所において想定された基準地震 性について説明が必要である。また、サイトでの事故を 想定した訓練がリスク低減に大きく役立つものでること、 電源の重要性や可搬型の電源ポンプの位置づけ、重要 動との関連を誤解していることに原因があると思われる。 したことが原因と考えられる。 津波については、津波を記録した古文献を過剰に評価 を説明することが必要である。 2.状況改善への提言 それにより、異常事態への対応、予期せぬ異常気象、 さらに根源的なことをいえば、本来、原子力発電所の テロ対応にも役立つものであることを示さなければなら 安全性について専門知識を有しない裁判所が、以上の諸 ない。 点について、専門組織である原子力規制委員会の判断を 第三報 原発裁判の判決例 覆したのには、同委員会の専門性への不信があるものか らと思われる。 1.原子力をめぐる司法判断 しかしながら、原子力規制委員会の説明責任回避等の ている。福島事故による損害賠償を東電、国に求めるも の、福島事故に関する東電役員の責任を追及するもの、 関係役員の刑事責任を追及するもの、中でも多いのが、 各地の原子力発電所の運転差止めを求める裁判である。 以降の特色として、その多くが特定の弁護士集団の運動 によるものであることが挙げられる。また、彼らの方針 とも考えられるが地元の反対の意思尊重ということで、 一つの原子力発電所について、複数の地点で裁判が提起 福島事故以降、原子力に関連して多くの裁判が争われ 今までも、差止めを求める裁判があったが、福島事故 問題はあるにせよ、専門機関の判断を、いわば素人であ る裁判所が覆すことが、国家体制の観点からみても望ま しいとは思われない。また、前述のように、同一原子力 発電所の差止めを複数の地裁で争えるシステムも国民経 済的な観点からみても望ましいものとは思われない。 し、公正取引委員会の判断が裁判を拘束した従前のシス テム(実質証拠法則の原則)や、知財高裁の制度(特許 関係の控訴案件を東京に集中)を、原子力の世界に導入 することも今後の課題ではないかと思われる。 このような問題を解決するためには、関係法律を改正 されているという特色もある(例えば、大飯原子力発電 第四報 原発裁判への対応 まとめ 所については、金沢(福井からの控訴)、大津、京都、大阪 の 4 地点、伊方原子力発電所については、松山、広島、 新岩国、大分の4地点)。 こうした中で、大飯原子力発電所等の差止めを認めた 以上、原発の運転差止仮処分の裁判の判決文を分析し、 技術的課題について検討してきた。 大飯原子力発電所等の差止めを認めた福井地裁判決や、 高浜原子力発電所の再稼働を差止めた大津地裁仮処分決 - 477 - (3)そのような努力を続けた結果が、マスコミの報道 定のように、裁判所が、原子力規制委員会の判断を否定 する司法判断も出てきている一方、大津地裁決定(上記 に反映されているかどうか、国民一般の理解を得て 高浜関連)を覆した大阪高裁での決定のように、新規制 いるかどうかが、裁判官の判断に大きく影響しえる 基準に基づく評価結果を全面的に認め、求めている規制 ことを認識しなければならない。 基準を十分に満足するものと言う判断を行い、運転再開 を認めたものもある。 今後、本検討会では、さらに検討を進め、技術論とし これらの判例から見えたことに基づき、少なくとも て必要な内容を補足し、判例に対する技術的対応の正論 我々原子力関係者がなすべきことを纏めれば; を提案したい。 (1)新規制基準は、福島の再発防止のためにこそ作ら れたこと、従って、これを守った原子力利用に伴う リスクは、十分に小さく抑えられることを、国(規 (解説) 制委員会、経産省)、産業界、事業者、そして学会が、 *1:「リスク」の意味は、これまではベネフィットに対す 懇切丁寧に説明する努力を尽くし、裁判の場で説明 る「リスク」として“マイナス”のイメージである「好 を尽くすことは勿論、日常のあらゆる場でその努力 ましくない事象」と言う意味で用いられてきたが、最 を続けなければならない。 近のISOなどの規格では、プラスのリスク、マイナス (2)また、社会通念上許容されている他のリスクと比 のリスクとして、いいか、悪いかの判断は別とした単 べて、原子力の安全性が高いこと(目標とする安全 なる将来に起きる可能性のある事象として扱うように レベル、つまり安全目標が厳しいこと)を、積極的 なっている。 に主張、解説、広報して行くことも大切である。 - 478 -“ “原発運転差止仮処分裁判に見る課題 第一報 原子力の裁判問題とその論点 第二報 判決に見る技術論の課題 第三報 原発裁判の判決例-原子力をめぐる司法判断 第四報 原発裁判の課題への対応-まとめ “ “堀池 寛,Hiroshi HORIIKE,宮野 廣,Hiroshi MIYANO,Takahiro SUZUKI,Harukuni TANAKA
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