材料劣化潜在事象のプロアクテイブ評価

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カテゴリ: 第11回
1.緒 言
プラントの高経年化に伴い工学的に予見し難い部位で 新たに発現する可能性のある経年劣化事象及び事象の複 合作用として発現する可能性のある経年劣化事象(以下 「潜在事象」という)について科学的合理性をもってプ ロアクティブ(先見的)に予見しておくことは極めて重要 である。 より基礎的、学術的なアプローチに基づいて劣化メカ ニズムを深く掘り下げることにより潜在事象の予測が可 能になると考える。具体的には、1過去の事象の根本原 因究明に基づく帰納的アプローチ、並びに2科学的劣化 メカニズム解明に基づく演繹的アプローチをそれぞれの 側面から3体系的elicitation(潜在事象・メカニズムの思考 的顕在化へ)を通じて深耕することにより抽出できるも のと考える。 筆者らは原子力規制庁「高経年化技術評価高度化事業」 の一環として平成19年度より毎年プロアクティブ材料経 年劣化専門家会議を開催して潜在事象の抽出と評価を進 めてきた。その結果、今までに多様な潜在事象が提起さ れてきた。 [1] - [3] 本稿では今までに提起された潜在事象に対して Phenomenon Identification and Ranking Table (PIRT)手法[4] を適用してスコア付けを行い、経年劣化事象としての潜 在性及び重要度を評価した結果を報告する。
2.PIRT 再スコア付けの必要性 図1は、米国 Nuclear Regulatory Commission (NRC) が 想定する PIRT スコア付けにおける感受性レベルと知識 レベルの関係と平成24年度プロアクテイブ専門家会議で 得られた両者の関係を示す。平成24年度の結果、図1に 示されるように感受性レベルと知識レベルには米国NRC が想定した「知識の集約に基づく問題(事象)の解決」 という概念から言うと右下がりになるものに対して右上 がりの関係が示された。これは、物理化学的な現象によ ってプラントにとって不都合な事象が発生するという時 系列のなかで現象と事象を明確に定義しなかったことに よるものと考えられる。現象の理解によってその発生を 抑制することで事象の生起を抑制できる一方、現象が起 きても事象の生起を抑制(管理)できる場合もある。こ の明示が無いまま単に現象として起き得るかという視点 でスコア付けを行ったことが結果に表れたものと考えら れた。そこでH25 年度はプラントにおける事象の生起可 能性の程度を感受性レベルとして再スコア付けを行った。
3.今までに提起された材料劣化事象と PIRT 手法に基づくスコア付け結果
プロアクテイブ専門家会議において議論・提起されてき た潜在事象の中には件数は少ないが新たな劣化事象その もの、すでに例えば日本原子力学会PLM 標準に記載され ている劣化事象においてまだその影響が検討されていな 連絡先: 庄子哲雄, 〒980-8579 仙台市青葉区荒巻 青葉6-6-11 東北大学、022-795-7517, tshoji@fri.niche.tohoku.ac.jp - 189 1
い要因を含む劣化事象、また研究課題そのものが混在し ている。 表1は、今までに提起された経年劣化事象の中から潜 在事象となり得ると考えられる経年劣化事象をまとめた ものである。基本劣化メカニズムとして、1.熱時効、2. 疲労、3.照射劣化、4.クリープ、5.腐食及び水素損傷、6. 照射誘起応力腐食割れ、7.応力腐食割れ、及び8.破壊に分 類した。表1に記載された経年劣化事象についPIRT 手法 によるスコア付けを行い、これらの経年劣化事象の潜在 性を評価した。 PIRT手法のプロセスでは重要性を決定するためのスコ ア付け基準に基づいて事象のスコア付けを行う。スコア 及びそれを決定する根拠に関する情報によって米国NRC は安全関連研究の優先順位決定を行ったり、意志決定の 支援に用いたりする。PIRT 手法におけるスコア付けの基 準は以下に基づいた。 ・感受性レベル(SUSCEPTIBILITY Factor) 0 = 事象が生じるとは考えられない 1 = 異常運転条件下におけるデータあるいは潜在的発現 から概念的に問題と考えるレベル 2 = 強く問題である、あるいは知られている問題と考えら れるレベル 3 = 問題に対する証拠がある、あるいは多くのプラントで 事例があるレベル ・知識レベル(KNOWLEDGE Factor) 1 = 理解不足、少ないあるいは低い信頼度のデータがある レベル 2 = データあるいは同系における推定から定量的あるい は半定量的に傾向を知ることが出来る合理的根拠がある レベル 3 = 全ての傾向に対して広範囲で一致したデータがある レベル ・自信レベル(CONFIDENCE Level )? 感受性の判断に おける個人的自信の程度 1 = 自信がないかその現象に対して少ししか知らないレ ベル 2 = そこそこの自信はあるレベル 3 = 高い自信があるレベル(NOTE: “3” is assumed if Susceptibility Factor is 0. ・管理レベル(MANAGEABILITY Factor) 0 = 管理方法が確立していない 1 = 管理方法はあるが、有効性に改善の余地がある 2 = 劣化事象が顕在化する可能性はあるが、機能喪失に至 らないための管理方法が確立している 3 = 劣化事象が顕在化しないための管理方法が確立して いる 図 2 は、各経年劣化事象に対する感受性レベル及び知 識レベルの平均スコアをプロットしたものである。感受 性レベルと知識レベルには平成24年度と同様に正の相関 が示された。図 3 は、感受性レベルと管理レベルの平均 スコアを示す。この結果も平成24年度と同様に感受性レ ベルが高い経年劣化事象に対して管理レベルは確立して いる方向にあり、感受性レベルが低くなるほど管理レベ ルは確立していない方向が示された。 平成25年度は再スコア付けの必要性の項で述べたよう に現象の発生と事象の発生(実機での生起)を明確にし た上で再スコア付けを行ったので、知識レベルの増加及 び管理レベルが確立の方向にあれば実機における事象の 生起に対する感受性レベルは低くなると考えられた。し かしながら、結果は平成24年度と同様に両者に正の相関 が認められた。このことは実機における事象の発生感受 性が高いと認識されている事象ほど知識は集積し、予防 保全・進展緩和・機能喪失回避などが図られているもの と専門家が考えていることを示す。すなわち、実機での 事象発生感受性が高いので自ずと管理レベルスコアも大 きくなったものと思料される。 次に管理レベルのスコア付けに対する専門家の見解の 相違を見るため管理レベルの平均点が低かった「1.4照射 劣化の重畳による時効脆化の促進」と比較的高かった 「7.10 照射、表面研削及び表面残留応力による応力腐食 割れの促進」の 2 劣化事象を例に調査した。図 4 は上記 劣化事象に対する管理レベル点数の頻度グラフを示す。 管理レベルの平均点が低かった「1.4照射劣化の重畳に よる時効脆化の促進」において管理レベル0-1を付けた専 門家の見解は以下のようであった。 1十分な知見がなく劣化加速の検出や評価が難しい。 2炉内機器が対象となるため検査が難しい部位がある。 一方管理レベル2を付けた専門家の見解は以下であった。 1機器の健全性の観点からはき裂の発生及び想定荷重下 で破壊が生じないことが要求される。 2照射の重畳による脆化加速について不明な点は残され ているが得られている知見と現行の検査(き裂有無) ・取 替等の管理技術を考えるとただちに問題になるとは考え にくい。 また、管理レベルの平均点が比較的高かった「7.10 照 射、表面研削及び表面残留応力による応力腐食割れの促 - 190 2 - 劣化事象に注目する。 進」において管理レベル0-1 を付けた専門家の見解は以下 であった。 前者は現時点で感受性レベルが低いと評価されている 1長期運転後の予測・評価に十分な知見がない。 がこれは知識レベルが低いことに起因しているものと考 2ISI 等で欠陥がないことを確認していく必要がある。 えられ、知識レベルが高くなれば感受性レベルの評価も (検査の継続) 変わっていくものと考えられる。このように現時点で感 一方、管理レベル2-3を付けた専門家の見解は以下のよう 受性レベル及び知識レベルとも低く評価されている潜在 であった。 劣化事象については基礎研究により知識レベルを高めて 1表面研削部への照射の影響等、不明な点は残されてい いくことがプロアクテイブの観点から重要に思われる。 るが、現行の検査、保全、補修技術により機器・システ 図 6(1)は、感受性レベル及び知識レベルが低い領域例を ムとしての健全性は担保される。 示す。この領域にプロットされている潜在劣化事象は以 2新たな知見が得られた場合は、維持規格等への反映が 下の6事象であった。 必要だが、現時点ではそのような知見はない。 ・3.2 水素による照射脆化の促進 以上をまとめると、管理レベルを低くスコアリングす ・3.3 γ‐α核変換による脆化 る専門家と高くスコアリングする専門家で重視するポイ ・5.3 照射による水素脆化の促進 ントが異なる傾向があることが示唆される。前者は劣化 ・5.4 超多量(スーパーアバンダント)空孔と水素の作用 事象の予測・検出・評価を精度よく行えることが管理上 による物質拡散加速と組織変化の促進による経年劣化 重要との認識が優先しているのに対して後者は劣化事象 ・6.2 窒素の核変換による生成水素による腐食並びに が発現した場合でも、機器・システムとしての健全性が 応力腐食割れの加速 担保されるように管理することが重要との認識が優先し ・7.6 水素加速酸化現象に起因する腐食並びに応力腐食割 ているようである。引き続き、機器・システムへの影響 れの加速 の観点からの議論の継続が必要であろう。 6 事象の内 5 事象が水素が関連する潜在劣化事象であ 図 5 は、感受性レベル及び知識レベルが最も高くスコ ることから、水素の影響を明確にしていくことがプロア ア付けされた「7.3冷間加工(機械加工含む)による応力 クテイブの観点から重要と考えられる。 腐食割れの促進」並びに両方のレベルが最も低くスコア 次に後者の管理レベルに対して感受性レベルが比較的 付けされた「6.1窒素の核変換による炭素生成による照射 高い領域にプロットされた潜在劣化事象は将来的に実機 誘起鋭敏化」を代表例として各専門家のスコア付け結果 における発現可能性が高い潜在事象となるのではないか を示したものである。図中には25名の専門家のスコア付 と評価される。この場合、図 6(2)に示されるように以下 け結果をプロットしてあるが、自信レベルに応じて色分 の5つの劣化事象が抽出された。 けしてプロットした。黒丸は高い自信があるレベル、グ ・1.4 照射劣化の重畳による時効脆化の促進 レーの丸はそこそこの自信はあるレベル、白丸は自信が ・3.1(2) 破壊靭性の低下-オーステナイト系SS ないかその現象に対して少ししか知らないレベル、を表 ・7.2(2) 異材継ぎ手部の応力腐食割れ-BWR- している。1つの劣化事象に対して専門家のスコアはかな ・7.9 リップルストレスによる応力腐食割れの促進 り分かれているが、感受性レベル及び知識レベルともに ・7.10 照射、表面研削及び表面残留応力による応力腐食 平均スコアが高い劣化事象に対しては専門家の自信度は 割れ発生の促進 高く、一方感受性レベル及び知識レベルとも平均スコア これらの潜在劣化事象に対する管理手法の開発が今後 が低い劣化事象に対しては専門家の自信度は低いという の課題と考えられる。 傾向にある。この傾向は他の劣化事象にも認められた。 5.まとめ 4.潜在劣化事象の評価 プロアクテイブ専門家会議において今までに提示され ここではPIRT による再スコア付けされた 32 の潜在劣 た潜在事象に対してPIRT 手法を適用してスコア付けを 化事象ついて感受性レベルと知識レベルがともに低い領 行い、潜在劣化事象としての重要度を評価した。潜在事 域にプロットされた潜在劣化事象及び管理レベルに対し 象の評価は継続的に検討していくことが重要である。 て感受性レベルは比較的高い領域にプロットされた潜在 - 191 3 - 謝辞 本研究は、原子力規制庁平成25 年度高経年化技術評価 高度化事業の成果の一部をまとめたものである。プロア クテイブ材料経年劣化研究課題の抽出は附図に示す研究 体制で進めた。議論頂いた国内検討会委員及びプロアク テイブ専門家会議委員(附表)に深甚なる謝意を表する。 参考文献 [1] 庄子哲雄、竹田陽一、国谷治郎:”プロアクテイブ材
図1 米国NRCが想定するPIRTスコアリングにおける感受性レベルと知識レベルの相関と平成24年度プロアクテイブ専門家 会議におけるPIRTスコアリングにおける両者の相関 - 192 - 1900/01/03[3] Tetsuo SHOJI、Yoichi TAKEDA、Jiro KUNIYA、Peter FORD、Peter SCOTT:”Proactive Material Degradation Research Subjects for Light Water Reactors、E-Journal of Advanced Maintenance、Japan Society of Maintenology、 to be published. [4] NUREG/CR-6923, Expert Panel Report on Proactive Materials Degradation Assessment, U.S. Nuclear Regulatory Commission, Washington, DC. (2007). [5] P. L. Andresen, Emerging Issues and Funda -mental Processes in Environmental Cracking in Hot Water, Corrosion J'l, Vol.64, No.5, 2008, 439 - 464 [6] Xiaoyuan Lou, Peter L. Andresen and Tiangan Liang,, INVESTIGATION OF RAPID FRACTURE PHENOMENON IN HIGH TEMPERATURE WATER, C2012-0001186, NACE CORROSION 2012 (2012) (平成26年6月26日) 表1 今までに提起された経年劣化事象の中から潜在事象となり得ると考えられる経年劣化事象の一覧 5 - 193 - 回答者数 管理レベル 図4 2 つの劣化事象に対する管理レベル点数の頻度グラフ - 194 - 03 3 7.37.10 3.1(1) 222.1 1101 1 2 2 3 3 ????? 7.37.10 3.1(1) 3.1(2) 3.1(2) 7.2(2) 7.2(2) 4.1 2.17.8 7.8 3.33.2 4.13.33.2 6.47.2(1) 7.57.4 7.17.7 6.3 6.3 7.6 6.26.2????? 6.47.17.2(1) 7.57.4 7.7 7.6 7.9 7.9 7.11 7.11 8.1 8.1 8.2 8.2 2.26.11900/01/01 4:48:006.11.4 1.4 5.31.5 1.5 1.3(2) 1.3(2) 1.3(1) 1.3(1) 5.4 5.35.41.2 1.2 図 2 各経年劣化事象に対する感受性レベル及び知識レベル の平均点数のプロット 1.4 照射劣化の重畳による 時効脆化の促進 10 98765432101 0 1 2 2 3 3 4 Average 3 3 7.3 7.3 3.1(1) 3.1(1) 7.10 7.10 3.1(2)3.1(2)7.2(2) 7.2(2) 224.1 4.1 2.1 2.1 7.9 7.9 7.2(1) 7.2(1) 6.47.12.2 2.2 7.8 7.8 7.5 7.5 7.11 7.11 7.4 7.4 8.1 8.1 6.4 1.4 1.4 1.5 1.5 7.11.3(2) 1.3(2) 7.7 7.7 3.2 3.2 1.3(1) 1.3(1) 5.4 5.4 6.3 6.3 5.3 5.3 111.2 1.23.3 3.3 7.6 7.6 6.2 6.2 8.2 8.26.1 6.1 score from 28-31 experts 000 0 1 1 2 2 3 3 ????? 7.10 照射、表面研削及び表面残留応力に よる応力腐食割れ発生の促進 10 98回7答者654数 32101 0 2 1 3 2 3 4 管理レベル 6図 3 各経年劣化事象に対する感受性レベルと管理レベル の平均点数のプロット 6.1 ??????????????????????? ??? 1231 2 3 KNOWLEDGE 03 3 7.37.10 3.1(1) 222.1 1101 1 2 2 3 3 ????? 7.37.10 3.1(1) 3.1(2) 3.1(2) 7.2(2) 7.2(2) 4.1 2.17.8 7.8 3.33.2 4.13.33.2 7.9 7.9 6.4 6.4 1.4 7.11 7.11 7.1 7.1 8.1 8.1 6.3 6.3 6.26.28.2 8.2 ????? 2.26.11.4 2.2 6.17.2(1) 7.57.4 7.7 7.6 7.2(1) 5.37.57.4 1.5 1.5 1.3(2) 1.3(2) 1.3(1) 1.3(1) 7.7 5.4 7.65.35.41.2 1.2 (1) 感受性レベル及び知識レベルともに低い 領域にプロットされた潜在劣化事象例 - 195 - 03 3 221101 1 2 2 3 3 KNOWLEDGE KNOWLEDGE 7.3 ??ь?(??ь????????щ??л???? ??? 図5 各専門家のスコア付け結果例 3 3 7.3 7.3 3.1(1) 3.1(1) 7.10 7.10 3.1(2)3.1(2)7.2(2) 7.2(2) 224.1 4.1 2.1 2.1 7.9 7.9 7.2(1) 7.2(1) 6.47.12.2 2.2 7.8 7.8 7.5 7.5 7.11 7.11 7.4 7.4 8.1 8.1 6.4 1.4 1.4 1.5 1.5 7.11.3(2) 1.3(2)“ “材料劣化潜在事象のプロアクテイブ評価 “ “庄子 哲雄,Tetsuo SHOJI,国谷 治郎,Jiro KUNIYA,竹田 陽一,Yoichi TAKEDA
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