微視組織に着目した316L鋼溶融境界近傍のSCC進展遅延メカニズム解明
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カテゴリ: 第5回
1. 緒言
近年国内の沸騰水型軽水炉(BWR)において経験され ている低炭素ステンレス鋼製再循環系(PLR)配管の溶 接部の応力腐食割れ(SCC)事例によると、母材から発生 したき裂は残留応力に従い溶接金属に向けて進展し、 き裂の多くはその先端が溶融境界近傍に位置している ことから、き裂の溶融境界近傍における停留または進 展遅延が指摘されている[1]。しかしこれは比較的マク 口な観察事実に基づくものであり、溶融境界近傍の微 視組織と SCC 挙動の関係には不明な点が多い。一般的 な溶接部において、溶融境界を挟んだ溶着金属側には、 母材は溶融するが溶加材による溶着金属成分とは混じ り合わず、母材の成分のまま凝固する、いわゆる unmixed zone が存在し、一方母材側には、結晶粒が粗 大化し粒界で局部溶融した partial melted zone が存在す るため、溶融境界はかならずしも明瞭ではない場合が 多い[2]。本研究では、316L 鋼溶接試料について高温水中 SCC 試験を行い、溶融境界近傍における微視組織と SCC進 展挙動の関わりについて明らかにし、SCC 進展遅延メ カニズムを提案することにした。
2. 試験方法316L 鋼板材を突き合わせ溶接することにより 316L 鋼溶接試料を作製した。板材ならびに溶接フィラーの 化学組成を Table 1,2 に示す。SCC 感受性を評価するた め、隙間付き定ひずみ曲げ(CBB)試験を実施した。試験 片の採取方向をFig.1 に示す。治具により1%曲げひず みを負荷しグラファイトウールで隙間を付け、高温高 圧水(温度:288°C、圧力:9MPa、溶存酸素濃度:8ppm、 入口電気伝導度:約 1.7μS/cm(Na2SO, 調整))中に 762h 浸漬した。試験後は試料を断面方向から観察し、き裂 の数・深さ・経路を評価した。Table 1. Chemical Composition of 316L SS Plate (wt%) Fe | Cr | Ni | Mo | Mn | Si | c|NIP S Bal. | 17.04 | 12.18 | 2.84 | 1.18 | 0.44 | 0.014 | 0.014 | 0.021 | 0.001Table 2:Chemical composition of WEL 316L SS (wt%) Fe | Cr | Ni | Mo | Mn | Si |c|N|PIs Bal. | 19.57 | 13.72 | 2.20- | 1.79 | 0.40 | 0.018 | 0.083 | 0.021 | 0.001Weld metalBase metalSpecimenSpecimenーーーーFig.1: A schematic of sampling direction of the specimen for CBB test5133. 結果ならびに考察3.1 溶融境界近傍における微視組織の特徴 - 316L鋼溶接試料の溶融境界近傍組織を Fig.2 に示す。 partial melted zone の粒界に島状の6 -フェライトが分 布している。一方、き裂は粒界を経路として進展する ことから、溶融境界近傍ではき裂の進展経路上に高い 確率で島状6 -フェライトが分布していることになる。Weld metalBase metal2100um50μmCOMPOSITE REGIONUNMIXED PARTIALLY ZONE MELTED ZONEUNMIXED ZONEPARTIALLY MELTED ZONEFig.2: Metallographic structure near fusion boundary 3.2 溶融境界近傍におけるSCC 進展挙動CBB 試験後の溶融境界近傍におけるき裂の様相を Fig.3 に示す。き裂先端の大部分は島状の6 -フェライ トに位置している。次に、き裂の先端に形成された酸 化物に着目すると、相側の酸化物は Fe-Cr スピネル 型酸化物であったのに対し、8相側の酸化物は主に Cr2O,で構成されていた(Fig.4)。これは6-フェライト の酸化によるものと判断された。以上の結果から、き 裂進展遅延メカニズムを提案する。メカニズムの詳細 は以下の通り;1き裂は粒界を経路として進展する。進展経路上に は島状の6 -フェライトが存在する。2き裂が 8 -フ ェライトに達すると、-フェライトの一部が酸化さ れてき裂先端で Cr2O, が形成される。これが酸素の拡 散障壁として働き、き裂前方での固相酸化反応が抑制 され、結果としてき裂が停留する。3き裂停留後、き 裂は6-フェライトを迂回してから再び粒界を進展す るが、次の6-フェライトに遭遇する。 これを繰り返すことにより、溶融境界近傍において SCC き裂の進展遅延が起こるものと考えられた。Base MetalWeld MetalBase MetalWeld MetalCrack8-ferrite50um20umFig.3: Cross sectional view of cracking morphologyFeCr,04 (Space group Fd3m - no.227)~22.22019/11/03・20220-2-1-13F2と2019/02/22Bror[121]一方、000, 100m110-8 1-2-1-3オー13-22Convergent beam size is 20 nmBoxa = [8111] (Fre, car., Fig.4: Diffraction pattern of two types of oxide4.結言(1) 溶融境界近傍を進展するき裂は、その先端の大部分が partial melted zone における島状6-フェライ トに位置していた。 -フェライトがき裂を停留させる微視組織的要因であることが示唆された。 (2) SCC進展の本質が固相酸化によるものと仮定して、溶融境界近傍における SCC 進展遅延メカニズム を提案した。 -フェライトの酸化によりき裂先 端で Cr2O, が形成され、これが酸素の拡散障壁となることが進展遅延の本質と考えられた。 (3) 溶融境界近傍に分布する島状8-フェライトの出現範囲ならびに密度等がき裂進展遅延効果に大き く影響することが示唆された。「謝辞本研究の一部は、東京電力株式会社委託による(社) 腐食防食協会「再循環系配管 SCC の溶接境界部停留挙 動に関するメカニズム研究」において実施したもので あると共に、科学研究費補助金(課題番号 19・8176) によるものであることを付記する。参考文献[1] K. Kumagai, S. Suzuki, J. Mizutani, C. Shitara, K.yonekura, M. Masuda and T. Futami, “Evaluation of IGSCC growth behavior of 316NG PLR piping in BWR”, Proc. of 2004ASME/JSME Pressure Vessels and Piping Conference, ASME PVP-Vol.479, (2004),pp.217-223 [2] W.F. Savage, E.F. Nippes and E.S. Szekeres, WeldingJ., 55(9), (1976), pp.260s-268s[2]514“ “微視組織に着目した 316L 鋼溶融境界近傍の SCC 進展遅延メカニズム解明 “ “阿部 博志,Hiroshi ABE,渡辺 豊,Yutaka WATANABE,宮崎 孝道,Takamichi MIYAZAKI
近年国内の沸騰水型軽水炉(BWR)において経験され ている低炭素ステンレス鋼製再循環系(PLR)配管の溶 接部の応力腐食割れ(SCC)事例によると、母材から発生 したき裂は残留応力に従い溶接金属に向けて進展し、 き裂の多くはその先端が溶融境界近傍に位置している ことから、き裂の溶融境界近傍における停留または進 展遅延が指摘されている[1]。しかしこれは比較的マク 口な観察事実に基づくものであり、溶融境界近傍の微 視組織と SCC 挙動の関係には不明な点が多い。一般的 な溶接部において、溶融境界を挟んだ溶着金属側には、 母材は溶融するが溶加材による溶着金属成分とは混じ り合わず、母材の成分のまま凝固する、いわゆる unmixed zone が存在し、一方母材側には、結晶粒が粗 大化し粒界で局部溶融した partial melted zone が存在す るため、溶融境界はかならずしも明瞭ではない場合が 多い[2]。本研究では、316L 鋼溶接試料について高温水中 SCC 試験を行い、溶融境界近傍における微視組織と SCC進 展挙動の関わりについて明らかにし、SCC 進展遅延メ カニズムを提案することにした。
2. 試験方法316L 鋼板材を突き合わせ溶接することにより 316L 鋼溶接試料を作製した。板材ならびに溶接フィラーの 化学組成を Table 1,2 に示す。SCC 感受性を評価するた め、隙間付き定ひずみ曲げ(CBB)試験を実施した。試験 片の採取方向をFig.1 に示す。治具により1%曲げひず みを負荷しグラファイトウールで隙間を付け、高温高 圧水(温度:288°C、圧力:9MPa、溶存酸素濃度:8ppm、 入口電気伝導度:約 1.7μS/cm(Na2SO, 調整))中に 762h 浸漬した。試験後は試料を断面方向から観察し、き裂 の数・深さ・経路を評価した。Table 1. Chemical Composition of 316L SS Plate (wt%) Fe | Cr | Ni | Mo | Mn | Si | c|NIP S Bal. | 17.04 | 12.18 | 2.84 | 1.18 | 0.44 | 0.014 | 0.014 | 0.021 | 0.001Table 2:Chemical composition of WEL 316L SS (wt%) Fe | Cr | Ni | Mo | Mn | Si |c|N|PIs Bal. | 19.57 | 13.72 | 2.20- | 1.79 | 0.40 | 0.018 | 0.083 | 0.021 | 0.001Weld metalBase metalSpecimenSpecimenーーーーFig.1: A schematic of sampling direction of the specimen for CBB test5133. 結果ならびに考察3.1 溶融境界近傍における微視組織の特徴 - 316L鋼溶接試料の溶融境界近傍組織を Fig.2 に示す。 partial melted zone の粒界に島状の6 -フェライトが分 布している。一方、き裂は粒界を経路として進展する ことから、溶融境界近傍ではき裂の進展経路上に高い 確率で島状6 -フェライトが分布していることになる。Weld metalBase metal2100um50μmCOMPOSITE REGIONUNMIXED PARTIALLY ZONE MELTED ZONEUNMIXED ZONEPARTIALLY MELTED ZONEFig.2: Metallographic structure near fusion boundary 3.2 溶融境界近傍におけるSCC 進展挙動CBB 試験後の溶融境界近傍におけるき裂の様相を Fig.3 に示す。き裂先端の大部分は島状の6 -フェライ トに位置している。次に、き裂の先端に形成された酸 化物に着目すると、相側の酸化物は Fe-Cr スピネル 型酸化物であったのに対し、8相側の酸化物は主に Cr2O,で構成されていた(Fig.4)。これは6-フェライト の酸化によるものと判断された。以上の結果から、き 裂進展遅延メカニズムを提案する。メカニズムの詳細 は以下の通り;1き裂は粒界を経路として進展する。進展経路上に は島状の6 -フェライトが存在する。2き裂が 8 -フ ェライトに達すると、-フェライトの一部が酸化さ れてき裂先端で Cr2O, が形成される。これが酸素の拡 散障壁として働き、き裂前方での固相酸化反応が抑制 され、結果としてき裂が停留する。3き裂停留後、き 裂は6-フェライトを迂回してから再び粒界を進展す るが、次の6-フェライトに遭遇する。 これを繰り返すことにより、溶融境界近傍において SCC き裂の進展遅延が起こるものと考えられた。Base MetalWeld MetalBase MetalWeld MetalCrack8-ferrite50um20umFig.3: Cross sectional view of cracking morphologyFeCr,04 (Space group Fd3m - no.227)~22.22019/11/03・20220-2-1-13F2と2019/02/22Bror[121]一方、000, 100m110-8 1-2-1-3オー13-22Convergent beam size is 20 nmBoxa = [8111] (Fre, car., Fig.4: Diffraction pattern of two types of oxide4.結言(1) 溶融境界近傍を進展するき裂は、その先端の大部分が partial melted zone における島状6-フェライ トに位置していた。 -フェライトがき裂を停留させる微視組織的要因であることが示唆された。 (2) SCC進展の本質が固相酸化によるものと仮定して、溶融境界近傍における SCC 進展遅延メカニズム を提案した。 -フェライトの酸化によりき裂先 端で Cr2O, が形成され、これが酸素の拡散障壁となることが進展遅延の本質と考えられた。 (3) 溶融境界近傍に分布する島状8-フェライトの出現範囲ならびに密度等がき裂進展遅延効果に大き く影響することが示唆された。「謝辞本研究の一部は、東京電力株式会社委託による(社) 腐食防食協会「再循環系配管 SCC の溶接境界部停留挙 動に関するメカニズム研究」において実施したもので あると共に、科学研究費補助金(課題番号 19・8176) によるものであることを付記する。参考文献[1] K. Kumagai, S. Suzuki, J. Mizutani, C. Shitara, K.yonekura, M. Masuda and T. Futami, “Evaluation of IGSCC growth behavior of 316NG PLR piping in BWR”, Proc. of 2004ASME/JSME Pressure Vessels and Piping Conference, ASME PVP-Vol.479, (2004),pp.217-223 [2] W.F. Savage, E.F. Nippes and E.S. Szekeres, WeldingJ., 55(9), (1976), pp.260s-268s[2]514“ “微視組織に着目した 316L 鋼溶融境界近傍の SCC 進展遅延メカニズム解明 “ “阿部 博志,Hiroshi ABE,渡辺 豊,Yutaka WATANABE,宮崎 孝道,Takamichi MIYAZAKI