高騒音が保全作業者の音情報に与える影響とその改善方法

公開日:
カテゴリ: 第7回
1. 緒言
1日本は輸出入に依存している国である。その 中でも海上輸送に依存する割合が大半である ため、船舶の故障やトラブルなどが発生する事 により、その船舶に依存する企業、消費者全て に影響を及ぼすことになる。運航船の安全指標 の1つとして、「遅延時間」が採用されている。 これは、運航船が海難やトラブル等で減速、あ るいは停船により計画スケジュールがどれだ け遅れたかを示す時間である。この遅延時間の 原因は様々報告されているが、全遅延時間の内、 機関事故、機関トラブルを原因とする事例が毎 年全体の約 40%を超えており,これらのミニマ イズが海運界の大きな課題となっている。 船舶の機関室においては、主機関、発電機、その他補機類が常に稼働している状況下にあ るため、機関の燃焼音やクランク軸などの回転 音、バルブ駆動音などの様々な音が入り混じって いる。船舶の機関室で管理業務に当たっている 機関士は、事故が起きないように監視・点検な どを実施している。したがって、監視業務の中 で聴覚、触覚などの五感を働かす事により重大 な事故を回避できることから、人の聴覚と監視 業務について検討することにした。人が方位を得る要素は、1音源から左右の耳 に音が達する時間差,2左右の耳での音圧 差,3耳介、頭、肩、等による音色づけ,@音 量と音色, 6物体による音の反射、吸収、遮蔽 などを挙げる事ができる。そこで本研究では、保全作業を行う機関士が高騒音下においてど れ程方位感覚が低下するのかを調べた。また高 騒音下において、音情報を取得する事は機関の 保全作業や故障の早期発見に対して非常に役 立つと考える。従って、この音情報を機関士が どのようにすれば聴取しやすくなるかについ て音認識実験も行った。
2. 方向知覚 2.1 無騒音状況下での聴取実験 1. 船舶機関室などの高騒音下において人間の 方向感覚はどれ程低下するのかについて調査 した。暗騒音のない場合の音像定位能力を調べ るため、被験者5人に 250Hz, 1kHz, 4kHz の各周 波数の音を 60dB, 80dB の2種類の音圧で聴取さ せた。実験室内に上記の音を発生させる音響ス ピーカを被験者が座る椅子の中心を円心とす る直径 2.6m の円状に 30 度ごとに配置し、これ ら 12 個のスピーカに対し図1のようにそれぞ れ番号を付した。実験は 12 個のスピーカに対 してランダムな順で聴取音(この音を目的音と 呼ぶ)を発生させた。そして、被験者に目的音 が鳴っている音響スピーカがどれであるのか を回答させ、目的音が発生しているスピーカと 被験者の回答したスピーカがどの程度ずれて いるのかを評価することにした。目的音と合致 した場合は「1」と評価し、180度ずれた場合は 「0」と評価する。その間は 30 度ずれるごとに 0.16 減点する。
(b) 音圧 80dB 周波数 4kHz図2 各方位に対する方位評価点112/被験者表1 各音圧・周波数に対する平均方位評目的音発生スピーカー周波数(Hz) |音圧(dB)2501k600.930.920.8図1 実験室内における被験者とスピーカの配置(機関騒音なし)暗騒音のない場合、例として 4kHz における 60dB と 80dB の全被験者の方位評価点(被験者 5人の平均値)を全方位について算出したもの を図2に示す。(a)図では最大値1、最小値は 0.71、(b) 図では最大値1、最小値 0.84 の範囲 に分布している。また平均方位評価点(1番か ら12番の各方位評価点を平均した値)は 0.86、 0.93 となっている。他の周波数についても実験 を行っており、それらを纏めたものを表1に示す。11、10)(a) 音圧 60dB 周波数 4kHz11211、1表1 各音圧・周波数に対する平均方位評価点周波数(Hz) | 250|音圧(dB)1k600.930.920.860.930.940.93- 152 -表1から分かるように周波数 1kHz において 音圧が 60dB から 80dB に上がれば平均方位評価 点は 0.02 増加している。また 4kHz においては 0.07 の増加があった。一方、250Hz では変化し ていないことから、目的音の音圧が増加すると 高周波数域での方向認識の改善が見られる。2.2 騒音状況下での聴取実験 , 船舶機関室内の高騒音下において方向感覚 が どのようになるのかを調べた。この実験では、 目的音を発生させる音響スピーカとは別に、主 機関と発電機間で録音した騒音を発生させる 音響スピーカを図3のように実験室内に配置 した。この音響スピーカからは、95dB の騒音を 再生したが、これは神戸大学練習船深江丸機関 室内における騒音が 95dB であったことによる。 目的音の音圧としては 50、60、70、80、90dB の5種類に設定して聴取実験を行った。12機関騒音発生スピーカ被験者目的音発生スピーカスピーカの配置(機関騒音あり)スピ実験結果は表2に示すように、各音圧・周波 数ごとに目的音が聴取できるか、また方位を捉 える事が出来ているかという項目でアンケー ト調査を行った。表中の数字は回答者数を表し ている。高騒音状況下では周波数に関わらず、 音圧 50dB, 60dB の目的音は鳴っているという認 識すら出来なかった。音圧を 70dB に増加させると被験者の中の何人かは目的音が存在する と回答した。さらに目的音を 80dB にすると全 被験者が音の認識が可能となった。続いて 90dB に設定すると、全被験者が音の認識は勿論だが、 目的音に対する方位も認識することが可能で あった。そこで90dB の目的音で方向感覚の認 識調査を行い、方位評価点を図4に記す。250Hz では最大値が 1、最小値が 0.56、同様に 1kHz の時が 0.9 と 0.7 となり、4kHz の時が 0.85 と 0.5 の間に分布する結果となった。また各周波 数における平均方位評価点は、250Hz では 0.75、 1kHz では 0.81、4kHz では 0.73 となり、表1 と 比較すると目的音が 90dB であるにも関わらず 騒音状況下では無騒音状況下に比べ全方位に 渡って方位感覚が低下していると言える。表2 高騒音下における目的音の認識(人数)| 音圧 dB |周波数 Hz 聞こえない」わずかに聞こえる聞こえる「方位が分かる」 50250 1000 4000 250 1000 4000 250 1000 4000 250 1000 4000 250 1000 40005 5 55 5 54355 55(機関室内騒音は 95dB)3. 高騒音下における音認識 - 高騒音状況下で被験者がどの程度目的音を 認識出来るかという観点から、次の実験を行っ た。図5のように、95dB の機関騒音を実験室内 で放射している状況下で目的音を発生させ、そ の音が聴取できる最小可聴値を調べた。目的音 は金属打撃音と警報サイレンの2種類を取り上 げたが、それらの音圧を変化させる必要がある ため、それぞれの音をレコーダに録音しておき 再生させるときに音響アンプにより調整した。153目的音;90dB(a)250Hz の評価1210,目的音;90dB| 000(a)250Hz の評価」目的音:90dB(b) 1kHz の評価10目的音; 90dB(c) 4kHz の評価図4 高騒音下における各方位に対する方位評価点図4* 最初の実験として、目的音発生スピーカから 金属打撃音を発生させ被験者3人の最小可聴 値を調査した。1つの目的音に対して複数回最 小可聴値を調査し、その平均値で評価した。 - 次の実験として、同目的音に対しマスキング 低減装置を使用し同実験を行った。マスキング 現象とは非常に高い騒音レベルにある機関室内などで小さい音圧の音が騒音に妨害され聴 取しにくくなる現象である。この現象により、 機関員は音響情報を聞き逃していることもあ る。機器の放射音は多くの保全情報を持ってお り、この聴取は監視業務に欠かせない保全要素 と考える事が出来る。そこで、本研究ではこの マスキング現象を低減するために開発したマ スキング低減装置を用いて、機関騒音下での異 常音の認識を評価した。この装置はディーゼル 機関の燃焼音など瞬間的な高音圧レベルの音 と高い周波数成分に影響を与える 150Hz 以下の 騒音を抑制することにより機関の放射音を聴 取しやすくする効果を有している。被験者には 図6のように実験室内で、機関騒音と目的音をマ イクロフォンで収音し、本装置により処理した音 をヘッドホンで聴取させて目的音の最小可聴値 をアンケート調査した。また、目的音が警報サイ レンの場合も同様に実験を行った。目的音発生 スピーカ機関騒音 発生スピーカ被験塾目的音発生 スピーカ機関騒音 発生スピーカ被験者図5 音認識実験の配置図目的音発生 スピーカMIC.機関騷音 発生スピーカ被験者マスキング低減装置154 -図6 音認識実験の配置図(マスキング低減装置使用時)4. 実験結果5. まとめ 1目的音として金属打撃音を用いた実験結果 高騒音状況下では方向知覚に加え、音の認識 を図7に示すが、マスキング低減装置を装着し 力も低下する事が実験より分かった。高騒音状 ない場合、最小可聴値が それぞれ況下で方向知覚が低下するということは、もし 72dB, 66dB, 70dB という値であったが、本装置を 保全作業者に危険が迫ったとしてもその危険 装着した場合 70dB, 63dB, 63dB となり効果が見 が迫ってくる方位を認識しにくくなるという られた。同様に警報サイレンを用いた実験結果ことである。また、機関の異常音を認識出来た を図8に示すが、非装着時の場合の最小可聴値 - としても、どの方位にある機関が異常音を発し が 74dB, 68dB, 65dB という値であった。一方、 ているのかを認識することが困難である。しか 装着した場合は 62dB, 66dB, 58dB となり効果がし異常音の方位を捉えることが出来なくても、 見られ、どちらの場合も被験者の目的音に対す 異常音の存在を認識さえ出来れば、少なからず る最小可聴値が低下したと言える。すなわち、 保全作業者は過去の経験に照らし合わせ、異常 マスキング低減装置を使用することによりマ 音の原因を検索する行動に入ると考えられる。 スキングが軽減され、被験者がより小さな音を この、どこかに異常があると認識することが、 認識することが可能になったと言える。このこ 保全の向上やメンテナンスの改善につながる とから、機関放射音に対して処理を行う事によ と言える。今回の実験で、マスキング現象低減 りメンテナンス作業に寄与出来ると考えられ 装置を使用することにより、より小さい音を騒音状況下で認識することが出来た。このことは 今まで聞き逃していた音情報を認識すること が可能になったということであり、認識するこ とが出来る音圧の範囲を広げることが出来たる。最小可最小可聴値(dB)ロ非装着■装着被験者、被験者B 被験者Cすることが可能になったと言える。このこ 保全の向上やメンテナンスの改善につながる ら、機関放射音に対して処理を行う事によ と言える。今回の実験で、マスキング現象低減 ニンテナンス作業に寄与出来ると考えられ 装置を使用することにより、より小さい音を騒音状況下で認識することが出来た。このことは 今まで聞き逃していた音情報を認識すること が可能になったということであり、認識することが出来る音圧の範囲を広げることが出来た ロ非装着ということになる。機関の発する音情報を今まで以上に認識することが可能になると、機関の ■装着故障を未然に防ぐ事に大いに役立つと考えら れる。最小可聴値(dB)被験者被験者B 被験者C図7 マスキング効果低減装置の効果(金属打撃音)ロ非装着■装着被験者A被験者B被験者にロ非装着最小可聴値(dB)■装着被験者A被験者図8 マスキング効果低減装置の効果(警報サイレン)- 155 -“ “?高騒音が保全作業者の音情報に与える影響とその改善方法“ “木村 隆一,Ryuichi KIMURA,近藤 恵太,Keita KONDO
著者検索
ボリューム検索
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)