原子力安全の説明における非明示的知識の扱い

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カテゴリ: 第7回
1.背景
原子力技術に関する市民向けの説明は、講演会、 討論会等の形で広く行われている。このような市民 向けの説明は、原子力エネルギーに対する一般市民 の理解を得る上では非常に重要な機会の1つであり、 今後も積極的に行っていく必要がある。このような 取り組みの最近の事例としては、プルサーマル、高 経年化、耐震問題、新検査制度などがあげられる。 保全に密接に係わるテーマに関しては、東京電力柏 崎刈羽原子力発電所の再稼動に関する説明が、多様 な形で実施されている。これらの説明に際しては、 安全に懸念を持つ市民側が提示する問いかけに対し て、原子力専門家が説明のための情報提供を行うと いう形態がとられることが多い。このような取り組 みは、市民側の理解を得るためには重要な機会であ るが、問いかけと説明がかみ合わず、議論がすれち がう事態がしばしば観察されている。このようなす れ違いが起こった場合、専門家の多くは市民側の知 識不足がその原因であると考える場合が多いが、専 門家側の説明にも問題がある場合も少なくない。本 研究では、原子力プラントの安全性に関して広く技 術論的な説明を行っており、かつ内容が全て公開さ れている柏崎刈羽原子力発電所の震災後の運転再開 の是非を議論している新潟県の「設備健全性、耐震 安全性に関する小委員会」での議論を対象にして、 討論の分析を行い、市民向けコミュニケーションに 際して専門家が留意すべき点を明らかにした。本研究グループにおいては、原子力技術利用の可 能性にする議論を対象にして、対立する参加者同士
2.1 解析対象 - 前掲委員会の議事内容に関しては、議事録が一般 公開されており[1]、議事の全ての内容を参照するこ とができる。この委員会の議論を分析の対象にした のは以下の二つの理由による。 ・原子力に対して批判的な意見を持っ委員が含 まれている点、 1 原子力に対して批判的意見を持っ委員が含まれて おり、震災後のプラントの技術的な安全性に関して 広く多様な視点から詳細な議論が行われている。 ・県民への説明を前提とした議論をしている点当該分野の専門家を構成員とした委員会の場合、 ある程度の専門知識を前提とした議論が行われ、そ の結果のみが報告される場合が多いが、当該委員会 は最終的に県民への分かりやすい説明をすることを 目的としている。従って、この委員会の場での議論 は原子力に関する安全性を市民に向けて説明するた めの議論と位置づけることができる。- 当該委員会は第1回(平成20年3月14日開催) から第38回(平成 22年5月14日開催)まで開催さ れ、現在も継続中である。本研究では主に第1回か ら7号機の再開に関する県民への説明に関する論点 整理に至った第 15 回委員会までの資料を対象とし た。その後も委員会は継続しており、更なる論点が 出てきて議論は続いているが、本研究で焦点を当て る市民への説明を前提とした留意点に関しては 15 回委員会までの議論の中で分析が可能と考えられる。が冷静、かつ建設的に議論を行うことが出来る対話 場の基本要件に関する分析を行っている[2]。この中 で対話場の基本要件として以下の8個を挙げている。 (1) 相互尊重性 (2) 意見表明機会の均等性 (3) 場の目的とルールの明確化 (4) ネガティブ面に対する言及 (5) 議論の網羅性・多様性 (6) 論点の明確化と応答性 (7) 議論の深化 (8) 参加機会 これらの要件は市民参加の対話場における要件で ある。しかしながら本研究で対象とする専門家同士 の議論においても、(1)~(8)については建設的議論を 行うための場の設計要件として適用可能であると考 えられる。議事の運営という観点から(2),(3),(8)に関 しては十分に考慮されていると考えられる。また、 学識経験者としての専門家同士の対話であり、情報 を提供する側も東京電力の専門家であるという点か ら、(1),(4)に関してもある程度は考慮されていると 判断される。残る(5),(6),(7)の要件に関しては、対象 となっているような委員会においては、委員長の議 事進行の仕方によりコントロールされるべきもので あり、議事録を参照する限りにおいては十分な配慮 がなされているように見受けられる。しかしながら、 東京電力側の説明と慎重派の疑念の間には隔たりが 見られる場合が多く、必ずしも説明の内容が十分に ニーズを満たしているとは言えない場合が見受けら れている。この事態が生じる理由として、技術やそ の安全性に関して言語表現されていない知識、すな わち非明示的知識の差異が大きく影響しているでは ないかという仮説を立て、このような主張の隔たり の内容に着目して、議事録を精査することにより分 析を行った。3.結果 1 議事録を分析においては、委員からの問いと説明 がかみ合わず、繰り返し論点として取り上げられて いる内容に着目した。その結果、このような議論の 齟齬は、以下に示す二つのタイプに分けられること が分かった。3.1 評価の論理 ・解析と点検の位置づけ * 震災後のプラントの健全性の確認は、基本的には 解析による評価と点検を組み合わせて行われること になっている。解析により安全性が確認され、実際 の点検でも問題のない場合は健全と判断されてよい。 基本点検では問題がなくても解析上は問題がある可 能性が指摘された場合には、詳細点検がなされるこ とになる。この段階的処理の妥当性は、基本点検と 追加点検の実効性に依存する。この実効性または異常検出能力に関する基本的な認識が明示されなかっ たために議論がすれ違う例が散見されている。 ・「保守性」の扱い - 前項に関連する解析の「保守性」に関しては、多 数の機器・系統から成る原子力発電所を対象にした 場合、まずは簡便な方式による評価がなされること、 ここで簡便な方式と言うことは、誤差の大きい方式 と言うことではなく、大きな保守性を確保した方式 であることなどが非明示的知識の例である。この簡 便方式での評価では評価基準値に対する余裕が小さ くり基準値を超える評価結果が得られた場合には、 より詳細な評価を実施すること、その結果が評価基 準値を下回っていれば安全上問題なしと判断するこ とは、技術的には標準的な手続きである。しかしな がら、説明者側が前提としているこの点が非明示的 知識となっており、質問者側との齟齬の原因になっ ていると考えられる。3.2 現象の解釈 ・ひびわれの問題 「ひびわれ」に関しては、その成因、成長メカニズ ム、地震により影響を受ける度合いなどが多様であ ること、したがってたとえば微小な応力腐食割れが 観測されていたとしても地震に起因する振動がその 割れを成長させるとは考えにくいこと、などが非明 示的知識である。 ・塑性変形の問題 「塑性変形の調査を行う目的、ならびに「どの程度 の塑性変形が生じていればシステムの健全性に影響 を与えるのか?」という基本的な考え方があらかじ め説明側から明示されていない。このため、質問側 が「微小な塑性変形の有無」や「微小な変形に対す る検査方法の精度」を問題として提起するなど、議 論の食い違いが見られる。4.結論この結果は、発話される言語的メッセージの背後 こは、膨大な量の発話されない知識や認識が存在す るというコミュニケーション理論からの知見と整合 している。またこの知見は、非明示知識の共有に際 しては、情報の受け手である市民側の多様性に適切 こ対応することの重要性と困難さも示唆しており、 市民向けコミュニケーションに際して専門家が留意 すべき要点と考える。参考文献 1]http://www.pref.niigata.lg.jp/genshiryoku/setubitaisinntop.html 2]狩川他, “原子力技術に関する「対話場」の設計に関する研究,““ 日本原子力学会和文論文誌,Vol.9, No.2, pp.150-165 (2010).1900/01/11“ “原子力安全の説明における非明示的知識の扱い“ “高橋 信,Makoto TAKAHASHI
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