磁気 AE を用いた SUS304 鋼の疲労評価に関する検討

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カテゴリ: 第9回
1.諸言
鉄などの強磁性材料に変動磁場を印加すると、材料内 部の磁区構造の変化によって弾性波が発生する。この現 象を磁気 AE (Magneto-Acoustic Emission)と呼ぶ[1]。磁 気AE の特性は、材料の形状、印加磁場の強さや周波数、 応力などの外的要因や[2-5]、結晶粒度、不純物、熱処理 といった内的要因に依存し[6-8)、低炭素鋼やニッケル合 金などの強磁性材料における応力、塑性変形、サイクル 疲労などの非破壊評価手法への適用が検討されている [9,10]。一方、代表的なオーステナイト系ステンレス鋼である SUS304 鋼は一般的に非磁性とされているが、室温で準安 定であり、応力負荷や塑性変形、疲労によって磁性を持 つマルテンサイト相が生成することが知られている。こ のことを利用して、磁気的な手法によって SUS304 鋼の 塑性変形や疲労の非破壊評価法の研究が進められている [11,12]。しかし、これまで磁気 AE の SUS304 鋼への適用 はほとんど行われてこなかった。マルテンサイト相は強 磁性を示すため、SUS304 鋼においても磁気 AE が発生す る可能性がある。そこで本研究では、SUS304 鋼の疲労評価への磁気 AE の適用を目的として、サイクル疲労試験を施した SUS304 鋼について磁気 AE を測定し、疲労評価における有効性 を検討した。
2. 磁気 AE の発生要因と性質
一般に多結晶強磁性体は磁壁で区切られた多数の磁区 で構成されており、その磁化過程では、結晶中の格子欠 陥、不純物、結晶粒界等の影響で磁壁移動が不連続にな り、磁化も不連続に進行する(バルクハウゼン効果)。こ の不連続磁壁移動のうち、主に90°磁避の移動や回転磁 化によって、磁区の自発ひずみのエネルギー変化がパル ス状の弾性波として放出される現象が磁気 AE であると されている。動的磁化過程において同様に測定されるバ ルクハウゼンノイズは主に 180°磁壁の移動に起因する 誘導起電圧パルスであり、磁気 AE とは異なる。 応力 負荷にともなう磁気弾性結合による磁区構造の変化、な らびに、塑性変形や疲労における転位やすべり線の増殖、 残留応力などによる磁壁移動の抵抗増大や磁区構造の変 化は磁気 AEに大きな影響を与えるため、磁気 AE を用い た応力・塑性変形・疲労の評価技術に関する研究が進め られている[9,10]。Fig.1 には強磁性体である SS400 鋼に三角波形状の周期 磁場を印加した際の磁化曲線、1周期における磁化の時間 変化と測定される磁気 AE イベントの分布を例示した。 図より、磁化の変化が急激な時間帯において磁気 AE も 多く測定されていることがわかる。つまり、磁気 AE イ ベントの発生数Nは磁化Mの時間変化率に対して比例関 係にあると考えられる。dMdM dHNO ocatdH dt-1ndMdM DHNoodh dt427Magnetization M(T)Current I (A)(a) Hysteresis loopT)Magnetization M(T)Time (s)Time (s)(b) M-tcurvePeak count: 13.61 Total count: 322.7Peak count: 13,6,Event countTime (s)(c) Distribution of MAE count Fig. 1 MAE distribution and hysteresis loop of SS400これより、印加磁場が三角波形状の周期磁場の場合には 磁気 AE イベントの発生数Nは微分磁化率dMdH の絶対 値に比例する。このように、磁気 AE は材料の磁化特性 と密接な関係にあることがわかる。2.実験2.1 試験片実験に使用した試験片はオーステナイト系ステンレス 鋼SUS304 である。この材料の機械的特性の一部を Tablel に示す。試験片形状は Fig.2 に示すように厚さ 10mm で、 最も断面積が小さくなる中央部で幅 20mm である。試験 片中央部には直径2.5mm、深さ 2.5mm の非貫通ホールノ ッチを設け、疲労き裂がノッチ部から発生するようにし た。Table2 には本研究で行った両振りの高サイクル疲労 試験の条件を示した。事前に同一形状の試験片について 疲労試験をおこない、その破断回数 NOが 156,178 回であTable 1 Mechanical properties of SUS3040.2% yield stress210MPaTensile strength530MPaYoung's modules200GPaTable 2 Cycle fatigue conditions and number of cycles Fatigue degree NINE Stress amplitude Number of cycles N0%(untested)0.041156500.082312500.123468500.16462,450 78,0500.2050.246185MPa936500.2871092500.3281248500.411560500.61423400081.9% 100W(failure)312,000 N=380,921R160Depth 2.Smm (drilled)20|/25t107067.6275.2Fig.2 Specimenることを確認した上で、実際に磁気 AE と磁化曲線を測 定する試験片について、測定を行う繰り返し数 N を適当 に設定した。測定は繰り返し数 N 毎に疲労試験をストッ プし、その度に試験片を疲労試験機から取り外して行っ た。測定と疲労試験を繰り返した結果、N-380,921 回で 破断した。2.2 測定方法測定装置の概略図をFig.3に示す。電磁石のコイル(2000 巻) に周期が 10s で、最大電流値が 3A である三角波形状 の電流を流すことで周期的な磁場を印加する。磁場の印 加方向は長手方向とし、電磁石の磁極間隔は115mm とし た。その際、AE 測定装置によって、試験片の磁化過程で428発生する弾性波の発生時刻、発生件数と振幅をイベント 計数法により検出する。イベント計数法では、微小な時 間帯にしきい値を超えた一連の信号を1イベントとし、 この一連の信号のうちで最も大きな振幅をイベントの振 幅とする(Fig.4)。なお、三角波電流は3周期繰り返し、 第2周期目の最小電流値から1周期間の磁気 AE を計測 した。計測はそれぞれ10回行い、その平均値を実験値と して採用した。また、試験片の磁気的変化を測定するために、試験片 中央部に探りコイル(20 巻)を巻き、電流値に対応する 磁束密度を測定した。さらに、試験片表面に設置した電 子磁気工業社製ホールセンサ T-550(空間分解能 50 μm、 測定レンジ+4T、測定感度 107Tにより印加磁場方向(試 験片長手方向)の磁界強さを測定し、以下の式から試験 片の磁化を算出した。M = Bcoil - HoH hole-2ここで、Mは試験片の磁化、Beanは探りコイルにより測定 された磁束密度、Himeはホールセンサで測定された磁界 強さ、以oは真空の透磁率(-4 元 ×107[H/m]) である。AE測定装置一式にはNF回路設計ブロック社製のもの を用いた。AE 探触子 AE-901S(中心周波数 150kHz)か らの信号はプリアンプ AE-912 (利得 40dB)によって増 幅され、AE 計測器 U-PLOT9502 によってイベント数がカ ウントされる。プリアンプとAE計測器はそれぞれ、50kHz のハイパスフィルターと 100kHz~500kHz のバンドパス フィルターを持つ。AE 計測器による発生時刻の計測は 0.1s間隔でおこなわれる。 分解時間は0.8ms、デッドタイ ムは1ms である。しきい値は50dB に設定した。3. 測定結果と考察Fig.5 に、各疲労度(本研究では、測定時の疲労試験サ イクル数 Nの最終破断サイクル数Nに対する百分率と定 義する)で測定された磁化曲線の一例を示した。一般に は非磁性とされる SUS304 鋼であるが、外部磁場を印加 することで僅かながら磁化されていることがわかる。し かし、磁化曲線はほとんどヒステリシスを示さず、疲労 度との明確な相関も見られなかった。これは、本試験片 では中央部にホールノッチを設けたため局所的に疲労損 傷が起こったこと、測定の度に探りコイルを巻き直した こと、探りコイルの巻き数が少なかったことなどが原因 として考えられる。今回のように局所的な疲労を生じるTensile stressSpecimen Electro magnetPersonal computer A/D converterGPIB boardAE counterSearch coilEvent counterHole sensor AE transducerBandpass filterPreamplifierPower supplyFig.3 Experimental systemEvent amplitudeI eventI eventDiscreminating levelMAE signalsResolution timeDead timeFig.4 MAE measurement methodMagnetization M (T)で すIconcていいかなかいい-30000 -20000 -10000 0 10000 20000 30000Magnetic field intensity H (A/m)Fig.5 Magnetization curve of SUS304試験片では、探りコイルで平均化された磁束密度および 試験片表面の磁界強度から磁化曲線を求める手法は適当 ではなかったと言える。Fig.6 から Fig.8 には疲労度 0%、41.0%、81.9%の試験片 における印加磁場1周期 10秒間に発生した磁気 AE の0.1 秒間隔毎におけるイベント分布を示した。図より、発生 する頻度は少ないものの、磁気 AE が発生していること がわかる。しかし、イベント分布には明確なピークは存 在しない。これは、Fig.1 で例示したような一般的な強磁 性体と異なり、今回の試験片においては Fig.5 に示すよう に磁化曲線が平均的にほぼ直線状となっているからであ る。疲労試験を施していない試験片についても磁気 AE が測定されたのは、試験片加工時に生じた変質層や材料429Peak count: 1.1 Total count: 42.6Event countollnutstanaturedhaudundallannellstrutatus.ui.lamilalalantain.hulheadll110 Time (s)Fig.6 Distribution of MAE event (0% fatigue)15Peak count: 1.8 Total count: 80.3Event count??????????????ul??????????? ?????lkull????????????????Fig.7 Distribution of MAE event (41.0% fatigue)15 GTPeak count: 1.5 Total count: 78.5Event count????????????????????? ????????????? ??????????? ???????6810 Time (s)Fig.8 Distribution of MAE event (81.9% fatigue)中に当初から存在する磁性相によるものと考えられる。Fig.9および Fig.10 にはイベント数の総和(以降、トー タルカウントと呼ぶ)とイベント分布における最大イベ ント数(以降、ピークカウントと呼ぶ)を疲労度に対し てプロットしたものを示した。Fig.9 からわかるように、 磁気 AE のピークカウントは全体的に少なく、疲労度に よらずほぼ一定であった。一方、トータルカウントは疲 労度が 20%を超えたあたりから急激に増加している。こ のような磁気 AE の変化は、疲労や疲労き裂の発生およ び進展に伴うマルテンサイト相の生成に対応すると考え られるが、生成したマルテンサイト相との定量的な関係 については今後検討する必要がある。また、生成したマ ルテンサイト在の形状・組織と磁気 AE との相関につい ても組織観察などを通して検討していきたい。5.結言本研究では、オーステナイト系ステンレス鋼である- 430,15remerPeak count820 40 60 80 100Fatigue degree (%)Fig. 9 MAE peak count versus fatigue degree40 - 60 - 80 gue degree (%)100Total count% -- 2040 ' 80 Fatigue degree (%)1900/04/09Fig. 10 MAE total count versus fatigue degreeSUS304 鋼を実験対象に、完全両振り疲労試験を施した試 験片について磁気 AE の測定および考察を行った。その 結果、以下のことがわかった。疲労試験片について磁気 AE が発生することを確 認した。しかし、イベント分布には明確なピーク は存在しなかった。 磁気 AE のピークカウントについては疲労との相 関は認められなかったが、トータルカウントにつ いては疲労が進行するにしたがって増加する傾向 が確認された。以上より、磁気 AE を用いたオーステナイト系ステン レス鋼 SUS304 の疲労評価の可能性が示された。今後は その発生機構や特性を把握するために、磁気 AE の具体 的な波形の解析(周波数や振幅分布等)や、組織観察を 通したマルテンサイト相の分布等についてさらに検討す る必要がある。また、今回使用した試験片ではホールノ ッチ近傍でのみ局所的に疲労損傷が生じたと考えられる。 明瞭な磁気 AE 信号を得るためにはある程度の体積が必 要となるため、疲労個所の体積をより大きくした試験片 形状についても検討を行っていきたい。[1] D.C. Jiles, “Review of magnetic methods fornondestructive evaluation” ,NDT International, Vol.21,No.5, 1998, pp.311-319. [2] 草薙、“強磁性材料の磁化過程における AE 特性とその応力依存性”、 電力中央研究所報告、278001、1978、pp.1-21. [3] 新家ら、“SS41 の磁化過程における AE の応力依存性”、非破壊検査、Vol.34、No.8、1985、pp. 8-13. [4] D.H.L. Ng etc., ““Effect of biaxial stress onmagnetoacoustic emission from nickel““, IEEE Trans.Magnetics, Vol.28, 1992, pp.2214-2216. [S] 羽根ら、“ニッケルにおける磁気AE の応力依存性”、日本機械学会論文集 A 編、Vol.65、No.534、1999、pp.1629-1634. [0] 柴田ら、磁気 AE信号とバルクハウゼン信号の関連”、非破壊検査、Vol.36、No.10、1987、pp. 772-777. [7] R. Ranjan etc., “Magnetoacoustic emission, Magnetizationand barkhausen effect in decarburized steel““, IEEE Trans.Magnetics, Vol.22, No.5, 1986, pp.511-513. [8] A. Dhar etc., “Magnetizing frequency dependence ofmagneto-acoustic emission in pipeline steel”, IEEE Trans.Magnetics, Vol.28, No.2, 1992, pp.1003-1007. [9] 新家ら、“磁化過程における AE の自動解析装置の試作と応用”、非破壊検査、Vol.34、No.8、1985、pp.506-512. [10] 宅間ら、“磁気特性と磁気 AE による疲労損傷度と疲労条件の評価”、日本機械学会論文集A編、Vol.64、No.627、1998、pp.2862-2868. [11] 中曽根ら、“マルテンサイト変態を利用した電磁的材料劣化評価”、日本AEM学会誌、Vol.9、No.2、2001、pp.123-130. [12] 槌田ら、“磁気センサによる SUS304 系鋼・SUS316系鋼の歪みおよび曲げ疲労評価”、非破壊検査、Vol.57、 No.9、2008、pp.433-436.431“ “磁気 AE を用いた SUS304 鋼の疲労評価に関する検討“ “安部 正高,Masataka ABE,松本 英治,Eiji MATSUMOTO
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