特集記事「AIと保全」(4) 米国の CAP活動と AIの活用
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特集記事「AIと保全」(4)
米国の CAP活動と AIの活用
原子力安全推進協会 システム基盤部 安全マネジメントグループテクニカル・アドバイザー
渡邉 邦道 Kunimichi WATANABE
1.新検査制度の導入
原子力発電所・原子燃料加工施設など国の規制を受ける原子力施設に対する検査制度は、福島第一原子力発電所の事故の反省から、 2020年 4月より大幅に変更されることが決定している。米国の ROP(Reactor Oversight Process)制度を参考とした変更であり、これは以下のような大幅な変更になると言われている。即ち従来は、規制側は「事業者の細部にわたる活動に介入し」、事業者は
「規制対応で手一杯」という改善の進まない負のスパイラルの世界からパラダイムシフトして、 ROP適用後には、規制側は「安全にフォーカスして、問題が安全上重要でなく、事業者の強い自己評価と CAPが機能している場合には直接的な介入を保留してオーバーサイトする」もので、これに対して事業者は「自ら問題を見出して、解決することで、自主規制する」という新たな世界を志向していると言われている。この新たな ROPの世界では、是正措置活動(CAP)が重要な役割を果たすという位置づけになっており、本稿では、米国におけるこの CAPシステムの取り組みと、 CAPシステムにおける AIの活用についての調査結果を紹介するものである。なお、調査結果は、米国 Palo Verde原子力発電所の協力によるものである。
2.是正措置活動(CAP)について
2.1 CAPシステム
従来の日本の不適合管理・是正処置は、 ISOの品質保証要求を踏まえたもので、「要求事項を満たしていない事象を対象に、事象の大きさに応じた原因究明と是正処置を行う」と言うもので、米国からは管理の対象が狭すぎないかと批判を受けてきた。これに対する米国取り組みは、以下に示すプロセスとなっている ;
図1 改善措置活動に係るプロセス
以下に、この詳細について説明する。
2.2 状態報告書
状態報告書は、従来のような要求事項を満たしていない事象のみならず、以下を対象として、幅広く収集する ;・不適合の事象
・
運転員の負担増加事象(OWA)
・
OE情報(他プラントの運転経験情報)・パトロールにおける指摘、気付き
・
MOにおける指摘、気付き・ヒヤリハット事例・品質目標の未達・調達先の不適合・教育・訓練の反省事項・社員、協力会社員の気付き事項、改善提案・外部のコメント、意見・ベンチマーキングからの改善事項・監査における指摘・要望・気付き事項状態報告書に書くのか、書かないのか、という事に関
しては基準は無く、通常とは異なる事象を全て書いても
らう、という事が原則で、その徹底には数年を要したと
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いうことであった。
状態報告書への起票に際しては、事象について
・何時
・何をしている間に
・誰が
・何を見つけたか
・何に反していると思うか
・その結果はを記載するようになっており、通常はパソコンから入力されるが、登録すれば職員のスマホからでも入力できるとのことである。また、現場に入力の端末が置いてあり、構内の委託作業員(数百名の委託作業員が存在するため)も入力できるようになっている。
2.2 状態報告書に対するコーディングと AI活用
当該発電所の場合、 1年間で収集される状態報告書の数は、6千件( 1基当たり)と言われており、これをどのように分類・整理するかが課題となる。当該発電所では、運転・保守など 15の分野ごとに、期待事項が分類・整理されおり、その総数は約 900項目に渡り、 1件 1件の状態報告書に対して、どの期待事項が該当するか、対応付けが行われる。その際、計算機は、先ほどの状態報告書の情報から、用語やテキスト、文脈に基づいて、約 900の期待事項のどれに対応するか、決定する。決定に当たっては、計算機が第一次候補から第三次候補までを挙げて、担当管理職のスマホに問い合わせて、確定する。その際 AIが活用され、対応の精度を次第に上げてゆくとのことであった。 2018年 3月時点では、その精度は 70%とのことであったが、 2018年 12月では、その精度は 90%まで向上し、これを支援する要員は当初 5名必要だったが、 90%の精度まで向上した時点では、 1名の要員で充分になったとのことであった。
なお、このコーディングについては、 1基しかない B原子力発電所の場合には、プロセス・プログラムコードと、人の振舞いコード合わせて 90のコード(分類項目)で対応付けを行っている例があり、発電所によって異なっているようである。これは、コーディングの目的が、状態報告書の全数を対象にして、自らの脆弱性を評価するツールに使っているためで、自らの脆弱性を把握するために有益なコーディングとなるよう発電所毎に工夫しているということである。
2.3 スクリーニング
重要なことは、このスクリーニングにおいて、 1件 1
件の状態報告書に対して、当該発電所では、以下の状態を決めることになる ;
STEP1 「分類」
S:重要な CAQ
C:CAQ
N:Non-CAQ
STEP2 「レベルの決定」
1:根本原因分析
2:公式原因分析(簡易 RCA)
3:原因分析
4:ビジネスレビュー
5:評価対象外
STEP3 「作業活動の決定」
1:RCA
2:簡易 RCA
3:原因分析と是正処置
4:CAQのワークオーダー処理
5:Non-CAQのワークオーダー処理
6:エンジニアリングのワークオーダー処理
7:ビジネスアクション
8:強化活動
0:処置せず
上記の CAQか Non-CAQかの分類は、非常に重要で、これは発電所により基準は異なっているようである。原則的には、安全問題かそうでないか、で分類は行われているが、当該発電所では、「規制要件に係われば、CAQ」「規制要件に係わらなければ、 Non-CAQ」という分類であった。現在 Nuclear Energy Institute(NEI)で標準を発行し、基準を合わせる努力が行われており、 CAQの占める割合が 15%になるような基準となることを目指しているようである。これは、 CAQに対しては管理職の対応が必要であり、管理職の負担軽減からも出来るだけ CAQの割合を減らし、適正化すことを目指している。
スクリーニングの要員は、運転・保守・エンジニアリングなどの必要分野から、勤続 30年位のベテランを専任でアサインしているとのことであった。
2.3 是正措置とマネジメント活動
当該発電所における 2017年度 1年間の総データは、
以下のようになっている(プラント 1基あたり)
表1 2017年度 1年間の総データ表2 月例報告の纏め
レベル STEP2 作業活動の決定 STEP3 CAQ Non-CAQ
1 RCA対象 1 0
2 公式原因分析 6 2
3 原因分析 252 60
4 処置のみ 800 902
5 データ分析 4095
総数 1060 5080
この表からもお分かりの通り、マネジメント活動と分類される Non-CAQだからと言って、原因分析や是正処置が不必要と言うことではない。特に、労災は、 Non-CAQに分類されるために、公式原因分析の必要性があると言う説明であった。
2.4 パフォーマンス評価、監視及び測定
CAPシステムの真髄は、この評価にある。状態報告書の 1件 1件に捉われることなく、これを母集団として評価することが重要とのことである。毎週の評価の上に、月例報告が纏められるが、分野毎の発生件数をベースに当該月の問題を抽出して、評価を行う( 1月度は 24件)。その際の評価軸は、当該発電所の場合、
A:リーダーシップ
B:チームワーク
C:習熟度
D:リーダーシップと知識
E:技術的良心
F:安全文化
G:原子力専門性
の 7軸で評価している。
これらの評価は、計算機ではなく、関連部門の責任者と CAP担当部門の人たちが評価を行っている。
この縦軸の評価は、原因分析コードに対応するものであり、ある意味でヒューマンパフォーマンスコードとも言うことが出来る。
2018年 1月の月例報告を例に取ると、 24の問題が抽出され、これが表 2の形に整理される。表 2では、紙面の都合上 7分野しか示していないが、実際には 15分野が横軸に並んでいる。
例えば、問題 3として、放射性物質の管理の問題が考察されたが、この問題 3は、次の CAQ、Non-CAQから
保守 運転 設計 燃料 水化学 放射線 廃棄物
A 24 20 9 23 19 3 7
B 15 13
C 3 11 12
D 14
E 4
F 6
G 8
抽出された問題である。 No.3の事項対象の 2つの CR;CAQ
(1)放射線管理技術者が、放射線管理区域で、放射線物質の入った貼札のないバッグ(事務所で使う黒いバッグ)を発見(規制要件違反)
(2)当直が、高レベル貯蔵の扉が施錠されていないことに気付く(規制要件違反) No.3の事項対象の 3つの CR;NCAQ
(3)放射線物質のラベル表示のない黄色の放射性物質バッグが HEPAホースの先にまきつけられているのを、ウォークダウン中に見つけた
(4)放射性物質移動中の運転者が放射線管理区域ゲート開放を手伝うため車から離れた
(5)DOTと NRCへの廃棄物報告(積荷証明書)に誤記(廃棄物容積の記載ミス)で、 DOTと NRCの確認前に修正された(証明書の Reviewで発見された)。
問題 3は、表 2では下線で示されているが、リーダーシップの問題と習熟度に問題があったと分析されている。
このような形で、自らの脆弱性が評価され、 2018年度の総括として、リーダーシップに問題があるという評価結果から、2019年にはこれを踏まえて、400名に相当する管理職へのリーダーシップ教育が実施された。
図 1では、(5)パフォーマンス評価、監視及び測定から(1)の状態報告書に矢印が行っているが、これは、パフォーマンス評価、監視及び測定から、自らの脆弱性が把握された場合にも、状態報告書が起草されて、改善が行われることを示している。
3.AIを含む計算機の活用
当該発電所における CAPシステムは、計算機を前提に成り立っている。繰り返しになるが、
・6千(一基あたり)の Codingは、計算機が Codingを行い、CRの担当管理職に、 24時間以内にスマホのメールで問いかける
・キイワード、センテンス、テキストから計算機が第一
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次候補、第二次候補、第三次候補に絞り、担当管理職に問いかけ、確定する。この結果を計算機は学習し、 2018年 3月時点の精度は 70%。これを 2018年末に、 90%まで改善させた(2019.6時点では、99.8%)。
・過去 3年分の CRは、何時でも計算機で取り出せる(機器毎、原因系毎に)。
・リスクマネジメント、コンフィギュレーションマネジメントは、全ての機器が計算機で管理されていることを前提に成り立っている。CAPシステム、特に CAQ、 N-CAQについて原因系での整理がなされ、リスクマネジメントの対象になっている。このため、状態報告書は、リスクの観点での reviewが別に実施されている事は特記しておく必要がある。特に保全の世界では、当該発電所においては、一つの
機器の CAQ問題については、同型の機器が何処にあり、どういう状態か、計算機に問いかければ、直ぐにどうなっているか瞬時に分かるシステムになっており、このようなことを目前で操作されると、コンフィギュレーションマネジメントとともに、計算機による管理は今後の日本の大きな課題であることを痛感させられた。
4.まとめ
以上、是正処置活動(CAP)に関する米国の状況を紹介したが、その目的は、(1)重要な CAQについて真の原因を追究し、是正処置する(2)系統的な、或いは類似の機器の劣化兆候を把握して、破損して影響の出る前に、手を打つ(3)全ての CRに係わる情報を、自らの脆弱性を見出すツールに使う(4)CAPはリスクマネジメントの、リスク特定のためのツールであり、その方策を検討する必要がある。
今後、各事業者は、 CAPシステムの構築と取組むことになるが、上記の( 3)の CRに係わる全データに基づき、自らの脆弱性を把握するツールであることが必須であり、その目的を達成すべく検討いただきたい。
CAPの構築にあっては、計算機の必要性を強く言いすぎた嫌いがあるが、自らの脆弱性を評価するために、 CRの全数をコード毎に壁に張り出して、弱さを可視化して取組んでいる米国電力会社もあり、計算機の導入までに、いくらでも取り組みようはあるので、是非工夫して改善に役立てて頂きたい。
最後に当該発電所でも 10年以上前はパフォーマンス上低下した時期があり、発電所の存亡にかかる事態に直
図2 「CAPを愛そう」
面して、図 2の「CAPを愛そう」を合言葉に全職員で努力して、今の姿があるとの事なので、紹介させて頂く。
参考文献
現時点では、CAPに関しては、以下の公開文献がある ;[1]NEI16-07 Rev.0: Improving the E.ectiveness of Issue Resolution to Enhance Safety and E.ciency Prepared by
the Nuclear Energy Institute, March, 2018
[2]IAEA-TECDOC-1581: Best Practices in Identifying, Reporting and Screening Operating Experience at Nuclear Power Plants. March 2007
等があるが、更に、以下もある。
・
IAEA-TECDOC-1477 : Trending of Low Level Events and Near Misses to Enhance Safety Performance in Nuclear
Power Plants.
・
IAEA-TECDOC-1458 : Effective Corrective Actions to Enhance Operational Safety of Nuclear Installations.
また、是正処置活動(CAP)は、品質保証に係る規制要求になるとのことで、これに対応すべく日本電気協会品質保証分科会で「原子力安全のためのマネジメントシステム」を改定中であり、 2020年 3月までには発刊予定なので、参考にされたい。
(2019年 6月 24日)
著者紹介
著者:渡邉 邦道
所属:原子力安全推進協会職員であると同時に、日本電気協会原子力規格委員会 品質保証分科会副分科会長兼幹事