特集記事「1F事故 10周年に当たって」(4) 保全から原子力安全を考える

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カテゴリ: 特集記事

東北大学原子炉廃止措置基盤研究センター
青木 孝行 Takayuki AOKI

(4) 保全から原子力安全を考える

1.はじめに
福島第一原子力発電所事故(以下、 1F事故という。)、あの衝撃的な事故は我々に原子力安全に対する根本的な考え方の変革を迫ることとなった。口先だけの安全第一や安全最優先といった言葉や実質を伴わないスローガンでなく、基本的な所に立ち戻って「真」の安全を追求し続けること、常に安全性の向上に取り組むという揺るぎない信念・意志が必要であることを思い知らされることとなった。
事故の発生した 2011年から 10年、米国 NRCの保安活動監視制度( ROP: Reactor Oversight Process)を参考にして構築された新検査制度が我国の原子力規制委員会(NRA)によって 2020年 4月から本格運用されている。筆者はこの検査制度は事業者が「真」の安全を追求し、効率的・効果的な保安活動を通じて継続的に安全性の向上に取り組むことを促す制度であると理解している。今回のこの検査制度の大変革は、未曾有の大事故である 1F事故の反省と教訓を踏まえた結果であるが故に、これまでの改革と違って失敗が許されない試みであり、すべての原子力関係者はその覚悟が必要となっている。原子力安全を他人事とせず自分事として考え、制度が有効に機能するよう積極的に取り組み、改善提案を継続的に行っていく必要がある。
以上を踏まえ、原子力関係者の一人として 1F事故後、原子力安全について考えてきたことの一部を以下に述べたい。

2.1F事故の原因と教訓

2.1 1F事故の原因
1F事故の調査・検討は、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)、東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会(政府事故調)、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)、及び東京電力福島原子力事故調査委員会(東電事故調)によってそれぞれ実施され、報告書が出されている。これらの報告書において未解決問題などの指摘等はあるものの、 1F事故の直接的な原因は津波の建屋内浸入による全電源喪失であるとされている。
事故後、新たに原子力規制当局として設置された NRAは 2013年に「東京電力福島第一原子力発電所における事故の分析に係る検討会」を設置し、事故原因等の分析に取り組んでいる。同検討会は 2014年に中間報告書をとりまとめ、その中で「これまでの検討において、国会事故調報告書において未解明問題として指摘されている事項については、概ね検討を終えたと考えており、本報告書においてそれぞれとりまとめている。」としており、現時点においてもこれまでに報告されている主な事象経過や直接的原因を否定するような事実は確認されていない。

2.2 1F事故の教訓
NRAは、1F事故の教訓として「福島原発事故では地震や津波などの共通要因により、安全機能が一斉に喪失したこと」「その後のシビアアクシデントの進展を食い止めることができなかったこと」を挙げ、共通原因による機能喪失及びシビアアクシデントの進展を防止するための基準を策定した。この基準は、世界の規格・基準類を網羅的に調査し、その上で NRA独自の検討を重ねた上で策定されたものであり、世界一厳しい基準であると言われている。
何が原因であり問題であったのか、それらをどう認識するかはその後の対応に大きな影響を与える。過去を振り返ると、我国の原子力界は、 TMI事故やチェルノブイリ事故などの重要な節目で卑近なハード対策とソフト対策に終始し、米国や IAEA等で画期的に進展した原子炉施設の安全に対する考え方や安全文化に関する問題の追求、実効性の高い安全管理に関する深い洞察と議論はなされなかった。あるいは希薄であった。これに対し、米国では TMI事故後、原子力安全に関する議論が継続的に実施され、そして深められ、その成果は産業界の組織改編や安全に対する姿勢の変革、産業界等の意見も取り入れた NRC規制の改革、ROP制度の成立、NRCの「良い規制の原則」や「建設的な安全文化」の明文化などに結実している。チェルノブイリ事故後は、 IAEA等の国際的な場でも原子炉施設の安全に関する議論が継続的に深められ、「安全原則」や「安全文化」を始めとする安全基準が体系的に整備され、現在でもその整備 /改定活動が継続されている。

2.3 筆者の考える 1F事故の原因と教訓
事故後の後付けで考えれば、なぜこのような重大なことを想定しなかったのか、なぜその対策を取らなかったのか、ということになる。そして事故を想定すれば、それに対応できる対策を策定するのは比較的容易であるので、なおさらのことである。したがって、 1F事故のような大事故を二度と再発させないようにするには、リスク源(あるいはハザード源)を感知あるいは想像できる能力(想像力)を鍛えておくことが何よりも大事であり、第一に必要なことである。なぜなら、まず始めにリスクに気が付かなければそれ以降の対策検討や決断・実行はできようはずがないからである(図 1)。

図 1 問題解決のプロセス

想像力を鍛えるには、原子力発電所という「機械系」とその事故対応を含む保安活動を実行する「人間系」の全体を俯瞰し、リスク源 /ハザード源を感知・想像するための知識やセンスを身に着けることが重要である。そのためには、原子力安全がどのようにして確保されているか、その構造やメカニズムはどうなっているか、あるいはどのようにすれば安全性が向上するか、その構造やメカニズムはどうなっているかを解明する必要がある。解明した内容はできるだけ可視化し、わかりやすい解説することによって原子力関係者の多くが理解できるようにする必要がある。そして、これらを原子力界で当たり前の教養として常識化し、リスク源 /ハザード源の早期発見と対策検討にできるだけ多くの人が参画し知恵を結集できるようにする必要がある。

3.安全性を向上させるための具体的提案


3.1 従来の常識に捉われない新しい発想の導入
1F事故から 10年、新検査制度の運用が開始され、我国原子力界の大変革の時を迎えた。我国原子力界には、従来の常識に囚われ何十年も停滞していたところがあった。大事故等に際してその本質を直視せず、矮小化してしまうところがあった。今まさにこのような実態を払拭し改善していくため、基本に立ち戻って安全上の課題を直視し、客観性の高い科学的・理論的アプローチで問題に取り組んでいくことが必要不可欠となっている。
以上述べたように、原子力安全の構造やメカニズム、あるいは安全性向上の構造やメカニズムを解明し、それを可視化する等の工夫により、原子力安全を誰もが理解し常識化できるようにする活動に取り組むことを提案したい。もしこれが実現すれば、リスク源 /ハザード源を探し出すために必要な視点、知識、方法等が明確になり、その結果、原子炉施設の安全性は格段に向上するものと期待される。

3.2 原子力安全の構造 /メカニズムとその理解の常識化
筆者はこれまで原子力発電所の保全現場全体を俯瞰し、原子力発電所という「機械系」と保全活動を行う「人間系」が存在しそれら 2つの「系」の間に保全活動 PDCAが展開されると考え、科学的・理論的アプローチを導入して保全目的(プラントの安全性と経済性の同時最大化)を達成できる保全最適化手法の開発に取り組んできた(図 2) [1], [2]。このアプローチを発展させ、「保全」という視野から運転や燃料を含む「通常時の保安活動全般(平時の保安活動)」という視野へ、さらには「事故対応(有事の保安活動)も含めた保安活動全般」という視野へ拡大すれば、これらと原子力安全の関係が明確になる(図 3)。
このような検討を進めると、原子力安全とそれを支えている主要構成要素との間の関係が明確になり、各要素の役割や意味がはっきりとしてくる。そして、各要素の特徴やそれらをどう改善していけば原子力安全が向上するか、その方向性が見えてくる。このような検討に基づく筆者のこれまでの検討では、たとえば、通常時の保全活動 PDCAと有事の保全活動(事故対応)PDCAの間には類似性があることを発見した [3]。これを踏まえて両者を比較検討したところ、下記を含む多くの課題が浮かび上がってきている。

(1)通常時の保全活動では、個々の機器に時間をかけて徐々に進行する経年劣化を対象にその進展挙動を予測評価し、その結果に基づき保全計画を立案して実行する。この経年劣化に関する検討は非常に詳細に体系的・網羅的に行われ、その技術基盤はしっかりと整備されている。これに対し、事故対応(有事の保全活動)では、レジリエンス・エンジニアリングでいう 4つのコア能力(予見、モニタ、対処、学習)に基づき、時間的制約の中で時々刻々と変化するプラント状態を予見し、どこの何をモニタしたらよいか、そしてどう対処したらよいかを考え行動する。すなわち、モニタや対処という行動を計画立案している暇がなく、短時間のうちに判断し行動できる能力を十分に身に着けておく必要がある。そのためには、通常時の保全活動が多種多様な機器の多種多様な経年劣化を詳細に予測評価することを前提にしているように、日頃からプラントに潜在するリスク源 /ハザード源(機能劣化要因)を見つけ出し、それらに対して多種多様なシミュレーション解析等(プラント挙動の予測評価)を実施して知見を蓄え、対処できるように訓練を実施しておく必要がある。


(2)通常時の保全活動では、「検査技術」「経年劣化評価技術」「補修等の是正技術」、いわゆる保全 3技術が体系的に整備されているが、有事の保全活動(事故対応)では、あらゆる状況を想定して対応できる有事保全 3技術が体系的に整備されているとは言えない状況にある。1F事故以降、FLEX対応のための可搬設備が配備されるようになったが、これらは有事保全 3技術の「対処技術」に位置付けられる。シミュレーション解析等に基づきプラント挙動を予測する「予見技術」、重要事象やパラメータをモニタする「モニタ技術」も含め、有事保全 3技術を定形的に整備することが望まれる。

以上のようなアプローチをさらに発展させ、我々が理解すべき対象を可視化することによって原子力安全を理解する原子力関係者を多く生み出していくことが重要である。そうすれば多くの知恵を結集し原子力発電所の安全性を効率的・効果的に向上させることができるようになると期待される。

図 2 保全の構造 (保全の主要構成要素間の関係)
図 3 原子力安全の構造

3.3 安全性向上の構造 /メカニズムとその理解の常識化
安全性を効率的・効果的に向上させるためには、以下に述べる機能が必要であると考えられる。すなわち、組織全体の安全に関する方針と抽象的な最終目標を設定するトップマネージメント。その最終目標を具体的で明確な方向と目標に変換しそれを指し示して牽引・チャレンジするリーダーシップ。多くの実務担当者による保安活動が円滑に進むように関係各所と調整するマネージメント。そして、その具体的な目標に向かって駆動力を生み出す実務担当者による保安活動 PDCA。これらが組み合わされば安全性を向上させる推進力が創出されると考えられる。これはあたかも目的地に向かう自動車のようである。保安活動の実務 PDCAがパワーの源であるエンジン、実務が円滑に進むように調整するマネージメントが潤滑油、これらで得られた推進力の方向を目標に向けて牽引するリーダーシップがハンドル、そしてトップマネージメントが設定する目標が自動車で行こうとしている目的地である。
上記をまとめると、図 4に示すようになるが、これは人間組織が運営する機械系の安全性を維持・向上させるメカニズムを表していると考えられる。
図 5に安全を推進する組織と就業環境の関係を示す。この図でトップマネージメントよる目標設定が重要であることは論を待たないが、トップマネージメントが示した目標を具体的な目標に落とし込み、それを傘下の構成員に説得力のある説明を行うとともに、それに向かって実行できる条件を確保しなければならないリーダーはたいへん難しい役割である。特にリーダーが設定する目標は新しい試みを要求するチャレンジングなものであるはずである。リーダーが設定した目標に向かって実務を円滑に進めるように調整し、それを傘下の構成員に説得力のある説明を行うとともに、実務を実行できる条件を確保しなければならないマネージャの役割も重要である。マネージャの傘下で保安活動の実務を担う数多くの実務遂行者は自分の役割を認識し、決められたことを決められたとおり迅速・着実に遂行することが求められる。この時、組織構成員がそれぞれの職位で能力を十分に発揮できるように良好な現場環境、社内環境、規制環境などを整備することは極めて重要である。なぜならこれら環境によってパフォーマンスが大きく異なるのは人間の際立った特性であるからである。
このように、安全性向上メカニズムに関する事項を分析し、できるだけ可視化すると、組織構成員の役割や機能などが明確になり、それぞれの構成員はどのような能力を持っていればよいか、具体的にどのように対応すればよいか、そして就業環境をどのように改善すればよいか等が明確になってくると期待される。
図4 安全性向上メカニズム
図5 安全を推進する組織と就業環境の関係

4.まとめ
米国 NRCの規制を勉強する度に、ハードウエアだけでなく、人間の特性をも十分に理解していると思われる様々な工夫が各所になされていることに気づく。そして驚かされる。これは各分野に原子力安全を熟知した真のプロフェッショナルな人材がいて、彼らが力を結集して事に当たっている証拠と思われる。
1F事故以前のように、「安全は安全の専門家に任せておけばよい。」といった他人事ではなく自分事にする必要がある。そのためには、原子炉施設全体を俯瞰して原子力安全の構造、メカニズム、安全マネージメント等を理解する必要がある。このようなセンスをすべての原子力関係者が身に着け、原子力界の常識とするようにしなければならない。少なくともそれに向けて努力していく必要がある。そのような状況を実現する一助とするため、原子力安全の構造や仕組み、メカニズム等を十分理解できるような情報を作り出し、提供していく活動に取り組むことをここに提案したい。

参考文献
[1] 青木孝行,他:"原子力発電所における保全計画の保全最適化検討",日本保全学会誌「保全学」,Vol.10, No.3, pp.66-73 (2011).
[2] 日本保全学会 :"原子力保全ハンドブック", Ⅰ編原子力基本工学 ,7章保全工学 , ERC出版 , 2019.
[3] 青木孝行、高木敏行 :"保全科学の観点から見た原子力発電所の保全と事故対応の類似性に関する検討"、日本保全学会第 10回学術講演会予稿集 (2013年 7月 )、pp.349-354.

(2021年 2月 22日)

著者紹介
著者:青木孝行
所属:東北大学
専門分野:保全学、保全工学、保全最適化

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