保全学の構築と体系化-保全活動と規格基準-

公開日:
カテゴリ: 解説記事
保全学の構築と体系化-保全活動と規格基準- 宮野 廣,Hiroshi MIYANO 保全学の構築と体系化
-保全活動と規格基準-
Structurization of Maintenalogy and its Systematization
- Relationship between Maintenance and Rules-
NOP法人日本保全学会会員
東芝プラントシステム㈱   宮野  廣 Hiroshi MIYANO

1.はじめに
“保全”という行為は、「事故」、「故障」と言われる不具合が明確な場合には、事故対応として元に復する行為を指し、また通常の劣化部品を取り替えるなどの行為や劣化部分の補修、修繕などの行為を指すものである。原子力発電所の運営においては、不適合としての処置の要求は、往々にして際限なく厳しく扱うことが求められる。一方、不具合の状態の定義が明確ではないことから、結果として、不適合そのものが極めて曖昧なものとなっている。それが故に、“保全”の行為も曖昧に扱われてきた。しかし、最近では材料や機器の劣化、損傷などの現象や状態が、経験や研究により、多くの現象が捉えられるようになって来ており、また、計測の精度がよくなり、その状態を定量的に扱えるようになってきた。さらに、社会としてそれらを冷静に見て判断する目が養われ、どの程度まで不適合ではなく、どこから不適合とするか、の議論ができるようになってきた。それは、有用な技術の活用としての原子力発電を推進する上では、大きな進歩である。このような状況において、原子力発電所を適切に“保全”する観点から、規制や規格基準のあり方について分析する。
2.標準化の基本的考え方
一般の装置や設備、発電プラントを設計し、製造・建設して、運用する流れを図1に示す。“もの”を作る基本は、まずニーズ、社会的要請からスタートする。人や社会が何を欲するか、これが全ての根本であり、これに技術的な条件と経済的な条件が加わり、作られる“もの”の基本仕様が定まる。企業であれば、これに事業性が加味され、コスト、納期などの仕様が決められ、総合的な基本仕様となる。“もの”は、これに従い設計、製造、建設されることになる。
一方、成熟した社会では、“もの”の設計、製造、建設においては、技術的、社会的に様々な制約が与えられている。いわゆる規制や規格基準というものである。規制や規格基準は、技術的、工学的の理論やデータにより裏付けられることは言うまでもない。しかし、第一には社会に受け入れられるものでなければならない。社会からの受容性には、経済的な要素も含まれる。この社会的受容性といったものはなにか。それは技術的事項だけではなく、人文・社会科学的な観点からの検討が求められる。
科学や工学には“決まり”や“関係”と言うものが
ある。“決まり”や“関係”には、法則や理論がある。法則とは、一つの、もしくは複数の簡単な式などの関係により現されるものであり、それらの関係を複雑だが定まった論理体系により現したものを理論と言う。このような関係は、科学における物理現象に対する取り組みにおいても、産業における工学の取り扱いや技術の確立においても、同様の定まった“関係”がある。一方、人との関わりの社会においては、このような論理体系に加えて、個人、企業、社会の判断や、時間的、経済的効果などの要素も加わり、それらが統合されて、法則や理論のような“決まり”が、規制や規格基準として定められる。従って、これら規制や規格基準とは一律なものではなく、上述のような様々な要素により定まり、国や時代、また“決まり”の対象によっても様々に違ったものとなる。科学、工学におけると同じ“決まり”ではあるが、この場合の“決まり”は普遍的なものではなく、法則や物理理論とは大きな違いがある。
図1には、発電用設備などのプラントの設計・建設から運転、検査、保修の保全の循環に至るまでの流れを示している。どの工程においても、要求される仕様のほか、公的な法令・指針などの規制や手順書からガイドライン、規格、標準、基準などの、民間での自主規制を含めて様々な“決まり”を定めて、各工程の作業を支援している。すなわち、設計・建設から運用・保全までのそれぞれの役割を分担する人の作業が、安全に、要求される機能を満足する品質を確保し、適正なコストで行えるように、ガイドするもので、この作業への要求を技術的要請や、社会的要請、経済的要請に答えるように“決まり”として与えることで、社会として安定した管理が行えるようにする「社会の仕組み」を構築しているのである。
この「各工程に適用される“決まり”」、すなわち規制や規格基準というものは、技術の変化や経験の蓄積、また研究開発により、常に変化するものであり、また向上させようとするものであり、さらにこれは社会情勢や経済情勢などにも大きく左右されるものである。従って、この“決まり”にはこれといった普遍的なも
のはなく、上述の3要素の変化により、最適化するように、これらの“決まり”も変化するものである。「変えて行く努力が求められる」ものである。
3.規制、規格基準の制定要因
規制や規格基準の設定の程度を定める要素について考える。図2は規制や規格基準により要求される判定レベル、判定基準を概念で表したものである。縦軸は、判定基準の概念として、例えば社会あるいはその設備や装置を使うことで益を得る集団の満足度で表すものと定義すれば理解しやすいものであろう。
満足度を構成するのは、基本的にはまず設備や装置の機能があり、まず第一に①その内の要求される機能を最低限に満たすものが機能要求レベルである。②次にはその機能に対して実現するための技術的な様々な裕度があり、それに③検査の量や故障の予測などによるコストへの付加見込みなどの経済的裕度の取り方や、④社会から要求される安心のための裕度などが付加されて全体を構成している。
以下にそれぞれの項目を詳しく分析してみる。
機能要求レベルについては、満足度を構成するのは基本的には技術要件である。元来の製品として設備や装置に対する要求である「ミニマムの要求機能」を基本として、製造方法の違いによるコストの違いや安全への確保の方法の違い、品質や健全性の確保への取り組みの違い、といったもので基本となる機能要求レベルが形成される。これらは技術に立脚する要件であることから、標準化により組織や団体で比較的容易に統一されたものとすることができる。
この機能要求に対して、技術的要請、経済的要請、社会的要請から求められるそれぞれの裕度が加味されて、規制や規格基準を構成するものである。これらの裕度の程度は、機能を要求するものが誰なのかによっても左右される。
技術的要請からは、裕度として安全率や破損裕度などの定量的な技術要素で表される要求が通常である。一般に、規制や規格基準ではこの要素は明確であり、分かり易い。経済的要請からはコスト要求や価格の要望、補修や検査費用などの要求などがある。これらはいずれも定量的な要求であり、一般には全てコストとして一元化して、比較することができるものである。しかし一方、社会的要請と言うのは、いわゆる「好き嫌い」のレベルになりがちで、冷静な判断が難しいものとなることが往々にしてある。この社会的要請こそが、この規制や基準の判定基準を定める最も大きな強い要素ともいえる。しかし、一般には社会的裕度は最低から最高の間に満足度が正規分布していると考えるが、定量化そのものが難しい。この裕度が何に因っているのか、を掴むことが社会的裕度を決定できようになると考える。
経済的裕度については顧客満足を得るには付加価値をどのように付けるか、また不適合を起さない処置をどのように取るか、というような尺度も考えられ、技術的裕度は、機能要求に対して不確かさの程度で裕度を持って設計したり製造したりしなければならないとも言われている。現状は比較的明確な安全率などの技術的裕度への対応を中心に、経済性、社会性に関しての要望を加味しながら規制、基準の要求が定められていると言える。
最近では、一元化できる判定尺度として“リスク”を当てる場合が増えてきた。結局は“リスク”も
コストに帰着するもので、上述の社会的要請の「好き嫌い」の定量化にはなじまない。このように総合的な裕度というものは、それぞれの要素で成り立ち、本来の機能、安全、健全の裕度は、適切なものであれば十分なはずであるが、積み上げると大きな裕度を持ち、このように見える形にすると、適切なものとしてもいいのではないか、との議論が出てくる。すなわち、これからは、これらを見える化しバランスをどのように考えるか、が大きな課題となってくるであろう。
図2の左側にはプラントの設計、建設、保全の流れとその工程に従い、それぞれの工程に含まれる縦軸の判定レベル、満足度を現している。これらのそれぞれの業務工程には、先に示した右図の場合と同様に、分散された機能要求の基本レベルが与えられ、技術的裕度、経済的裕度、社会的裕が加えられて、それぞれの業務工程要素毎の仕様が定められている。それぞれの業務要素には、要素ごとに与えられる裕度が重なっており、現状はそれぞれで明確に評価することは難しくなんとなく含まれる場合が多い状況である。まだ、詳細には分析されてはおらず、どのように構成されているかは、定かではなくイメージとしてこのようなものが与えられる。従って、これらを定量化して分析し、それぞれにバランスを考慮し、トータルで適切な裕度を与える施策ができれば、適切な規制、規格基準の尺度が与えられると考える。
このように、技術的、経済的、社会的要請を個々の業務工程に分類し分析することを提案したが、まだまだ議論ができる状況にはない。このような試みを通じて規制や規格基準での判定基準の定量化を進めて、規制、基準そのものを定量的な定義となるようにして行かなければならない、と考える。
 
4.保全・健全性確保の手順
「保全」における規制や規格基準との関連について考察する。保全とは、基本的には設備や装置が持つ“機能を健全に保つ活動”である。劣化や損傷、機能不全をいち早く捉え、これに適切、適正に対応することである。多くの場合、不具合や事故というものは予測されない事象で発生している。劣化や機能低下の現象は様々な要素に支配され、劣化や機能低下を精度よく定量的に予測することは極めて難しい。一方、劣化や機能低下の事象はあらゆるところで発生しており、これによる境界不適合や機能停止が発生する可能は避けられない。従って、図1に示すような基本計画から、設計、建設、運用、補修の流れの中では、設備が健全に維持されるように、それぞれの過程で様々な手を打つ必要がある。それらの決まりを与えるのが規制や規格基準の仕組みである。 
図3には設計・建設から運用への流れにおける健全性確保の方策としての、保全のポイントを示した。
図の左側には、設計における劣化事象、機能低下事象などの「現象の把握」し、運用に至る手順を示し、図の右側には、運用においての「現象の管理」による劣化事象の検出と対応の手順についてまとめて示している。設計においては、設計者が劣化事象や機能低下事象を把握することは、あたりまえのことではあるが、それは設備の健全性が維持されるように、材料や環境条件、構造などの設計において、様々な現象を想定して安全性を確保することである(①)。しかし、多くの劣化や機能低下の事象は、正確に予測することが難しいことから、一般に、運用に当ってはインターバルを決めた、定期的な検査や点検、部品交換などを行って、健全性を確保する方策が採られている(②)。原子力発電所のように複雑なシステムであり、長い期間の安定した運転が要求され、厳しく健全性の確保が求められる設備では、設計時にこれら全てを考慮して健全性を確保することは極めて難しく、運用に入ってからの「保全」が重要な役割を持つことになる。
「保全」とは、図1に示したように、保全計画、点検、評価、処置のサイクル、具体的には検査と必要な保修、運用のスパイラルのPDCAを回すことである。設計を起点として「機器や設備は劣化するものである」との観点に立ち、様々な情報を集めて保全計画を構築することが重要である。図3に示すように、「設計や過去のデータによる予測と対応」を加えて、より検査精度を上げて「保全」をより確実なものとすることができる(③)。すなわち、現象を推察し劣化や機能低下の予測することと合わせて検査データを統合することで、安全裕度の十分な確保を行い、適切な評価により補修や交換を施すことができるものである(③)。  
劣化、機能低下への対応において規格基準で考慮しなければならない事項について図4にそのポイントを示した。図4では、横軸の劣化事象の時間的推移に対して、縦軸に機能の変化の関係を示している。検査とは、劣化や機能の変化を要求される機能水準、基準値に対してどのように変っていくか、を捉えることである。「保全」には、この変化の予測と実際の変化の捉え方、判断基準との関係が重要なことである。すなわち、劣化や機能低下を捉えるには、検査や監視を行うが、そのためには、「いつ」、「どこを」、「どのように」、などの検査の基準や、発見された不適合や劣化、機能低下を評価する方法、健全性や後の処置をどのようにすべきかを判定する基準、その劣化や損傷をどのように修理し回復させるのかの補修基準、などの「検査」、「評価」、「補修」の3要素の基準が必要である。
図1に示したそれぞれの工程の中で、様々な技術要素を分析して適切な規制や規格基準の策定を行わなければならない、ということである。
損傷や機能停止などの不具合や事故が発生する以前に、「保全」することが重要である。
図3には劣化事象の進展の最終段階への対応として予兆事象の把握を示している。これは使用中や運転中の計測や監視により予兆を捉えることである。劣化事象や機能低下の現象が理解され、測定精度が向上すると、運用中の状態の監視などによりさらに精度のよい劣化、機能低下が把握でき、損傷や機能停止の予兆を捉えることができる。規格基準を策定し、判断の閾値を設けて、補修や交換などの保全の対策をとるようにするものである(④)。
以上は、予防的な保全の処置を念頭においたものと言える。総合的に機器の健全性を確保する手段として、検査や監視により必要な機能維持を担保する方法を採用するものである。適切な規制や規格基準を策定、制定することにより、設計時には劣化を考慮しなければならない条件や部位を、また運用中には監視しなければならない条件や部位を、適切に定め、管理する方策を定めるものである。これらの種々の方策を採用することにより、システムや機器の機能不全や境界不適合の発生が回避され、健全性が確保される。
このような、予防的な保全に加え、不具合や事故の発生に対しては、全ての知見を適用して適切な対応や処置を行うことになる(⑤)。
 以上、保全の高度化への変化と規制や規格基準などの“決まり”との関連を述べてきた。機器や設備をどこまで健全に運用するかを含めて、基本機能を基とした要求と、確保しなければければならない“決まり”、すなわち規制や規格基準をどのように定めるか、ということが極めて重要であることが理解される。
5.おわりに
規制を含めて規格基準などの標準化の果たす役割りについて考察してきた。原子力発電所の長期運用のニーズが拡大する中、「保全」の重要性が益々大きくなってきている。そこで特に「保全」との係りを中心に具体的に規格基準の位置付けを検討した。製造や運用など工学的な行為においては、それらの行為を画一化し、統合して、誰もが同じ行為を正確に行えるようにする標準化が進められてきた。このように、規制や規格標準などの“決まり”を整備し、運用する意義は、以下の3点に集約されるものと考える。
1)技術の集約:様々の分野の産業界、学術界の多くの人で開発した技術を有効に活用するために、使いやすく体系化して、使う人、誰もが間違えずに過たずに使えるようにすること。
2)コストの適正化:誰もが同じように、標準化された技術を使うことで、適正なマージンを持って様々な要求に合ったものを造ることができるようにすること。
3)安全の確保:いつでも、同じように“決まり”に従い、標準化された技術を使うことで、使う人たや周りの人々、製品や設備の使用者の安全の確保が保証されること
などがある。最近では、これらに加え、限られた資源
の有効活用の意義や社会のリスクの適正化に寄与する
面などもあげられている。
この規制を含めて、規格基準の策定すなわち標準化の目的は、学術を基本として開発、開拓された技術を社会に広く適用し、社会の繁栄に寄与することであり、またその技術の適用に当って事故や不具合を排して、安全を確保し、安心を与えるものとすることにある。すなわち、社会の繁栄と安心に寄与するために規制や規格基準などの標準化を進めていると言える。言い換えれば、これらの標準化により、更なる技術力の向上を図ることが期待され、産業構造の簡素化や経済活動の合理化、それによる国際競争力の確保といった産業への貢献と、広く安心の確保に貢献できるものと考える。
           (2007年3月1日)
(追記)
 原子力発電所がわが国で運用され始めて、もうすぐ40年を迎える。これまでに多くの不具合、不適合に対して対応してきた。これらの多くの経験を生かし、規制や規格基準に反映して始めて、経験が蓄積されたと言える。「保全」とは、これまでの経験を生かすことが基本である。多くの技術者が多くの経験を積んできている。しかし、個々の経験では力にはならない。その経験を形にし、その経験を共有することが大切である。経験を形にするのが、規制や規格基準、手順やガイドラインなどである。経験に基礎工学の知恵を融合させ、より多くの技術者に分かり易く、一般の人も納得できるものとすることが必要である。
 ここに示した保全活動と規格基準の関係は、一つの考え方であり、これを起点として議論を進め、役に立つ保全工学、保全学として構築されて行くことを望むものである。


著者検索
ボリューム検索
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (1)
解説記事 (0)
論文 (2)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (5)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)
論文 (0)
解説記事 (0)