原子力発電プラントの保全活動体系化における標準化-設計から運転保守まで-

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カテゴリ: 解説記事
原子力発電プラントの保全活動体系化における標準化-設計から運転保守まで- 磯貝 智彦,Tomohiko ISOGAI
1.はじめに
 本解説記事は「保全学の構築と体系化」として6回のシリーズで掲載されるものであり、これまで
? 第1回 「保全における規格・基準の意義」(保全学Vol.4-1)
? 第2回 「社会からの要求と規格・基準」(保全学Vol.4-2)
? 第3回 「設備保全における活動と標準化」(保全学Vol.4-3)
? 第4回 「リスク評価に活用するための配管破損損傷データベースの構築法」(保全学Vol.5-1)
? 第5回 「石油化学プラントにおける保全の規格・基準類の概要と課題」(保全学Vol.5-4)
が既に掲載され、今回が最終回となる。これまで、保全に係わる規格基準による標準化の位置づけ等について解説されてきたが、最終回では原子力発電プラントの設計建設及び運転保守に係わる標準化の経緯と標準化に係る今後の課題についてまとめてみることとした。
<概要> 我が国の軽水炉型の原子力発電プラントは1970年に敦賀1号機(BWR)及び美浜1号機(PWR)が営業運転を開始して以降、現在、全国で55基(BWR32基、PWR23基)が運転されており、設備総出力では4958万kW(2006年12月末)となっている。初期の原子力プラントは国外の技術導入から始まり、順次、軽水炉技術の国産化を図り、その間、設計建設、運転保守段階における不具合等の様々な経験から改良を施し、これらの改良についてプラントの標準設計として反映された。一方、運転保守段階における点検・検査についても、初期のプラントでは明確な検査項目、内容が定められていなかったが、その後の運転保守経験等を重ねることにより標準的な点検方法、点検工程等ができあがり、設備稼働率の向上が図れるようになってきた。また、現在、導入初期プラントが運転開始以降30年を経過し高経年化プラントとしてそのプラント数が増加しつつあり、これらのプラントを長期使用するにあたり設備の経年劣化に対する健全性評価方法について国のガイドライン、民間規格が整備されてきた。今後、改良標準化されたプラントも順次高経年化を迎え運転プラントの保全がますます重要となっていくが、現在検討が進められている「保全プログラム」に基づく保守管理や高経年化対策の標準化及びその成果の保全への反映、増出力を含めプラント長期使用に対する改造修理、次世代炉に向けた設計建設、技術技能の維持向上に係わる標準化の推進が課題となっていく。
2.設計の標準化
(1)機器設計の標準化
我が国の軽水型原子力発電プラントは1970年に営業運転を開始した敦賀発電所1号機(BWR)及び美浜発電所1号機(PWR)の国外技術導入による設置に始まり、その設計建設技術を国内メーカが吸収しながら後続号機の国産化を図っていった。これらの「技術導入初期プラント」では、初期故障、鋭敏化ステンレス鋼のSCC、蒸気発生器細管漏えい等による停止期間の長期化、作業効率等の問題による定期点検期間の長期化により、稼働率が当初期待していたものより低い状況であった。
このため、
? 国内技術による信頼性及び稼働率向上
? 従業員の被ばく低減
? 保守点検の効率化、的確化
を図るための改良、また、その標準化によるプラントの信頼性、経済性の向上、許認可の効率化が期待された。こうした背景より1975年から1985年にかけて軽水炉の改良標準化の検討が行われた。なお、この改良標準化は、技術的な難易度を考慮して以下のように段階的に進められた。
<第1次改良標準化(1975~1976年)>
原子炉格納容器の拡大等による従業員の被ばく低減、作業効率の向上を図る
<第2次改良標準化(1977~1980年)>
第1次改良標準化をベースに機器・システム等の改良を行い、プラント全体にわたって標準化を図る(日本型軽水炉の確立)
<第3次改良標準化(1981~1985年)>
第1,2次改良標準化の成果を基に国産自主技術による日本型軽水炉を確立し、信頼性・稼働率の一層の向上、運転性能の向上、被ばくの一層の低減、立地効率の向上、リードタイムの短縮化を図る
これらの検討成果は「改良標準化プラント」として実機の設計・建設に反映されており、以下にBWRプラントの変遷と改良標準化の例を示す(図2,3)。
(2)設計審査の標準化
プラントの設計を標準化することにより主要機器は同じ設計仕様書に基づき製作され、設計審査が効率的に行えることが期待される。このため、改良標準化の検討においてはプラントの設計・建設の標準化に加え、工事計画書の記載事項、添付書類の判断基準等の許認可手続きについても標準化の検討が行われ、以降のプラント許認可にその成果が適用されている。
3.運転保守の標準化
(1)運転保守管理の標準化
国内で軽水炉が運転を開始して間もない頃は機器の点検、検査方法等、標準的な運転保守管理の方法が整備されておらず、また、標準的な点検工程も整備されていなかった。その後、プラント数の増加及び運転保守管理経験の蓄積、設備の「改良標準化」結果の反映等により点検、検査方法、点検工程等の標準化が図られてきた。これらの標準化は事業者が自ら定めて管理している「点検周期」、「点検要領」、事業者及び国が共通的に使用する民間規格等に反映されている。民間規格としては「原子力発電所の保守管理規程(JEAC4209)」等の管理方法を定めたもの、「原子炉格納容器の漏えい率試験規程(JEAC4203)」等の検査方法を定めたもの、「原子力発電所の定期点検の手引き(火力原子力発電技術検査協会)」等のプラント系統設備の点検内容を取り纏めたもの等がある。また、運転プラント数の増加にともない、国が行う「定期検査」を合理的・効率的に実施する必要性から、規制においても定期検査の実施方法、個別検査方法の標準化が図られた。こうした標準化により分解点検作業、検査が効率的に行えるようになり、「技術導入初期」の頃に比べ点検停止期間が徐々に短くなるとともに、設備の信頼性向上により設備稼働率も改善されてきた(図4)。
以下に、プラントの各段階における規格基準による標準化の例(表1)を示すが、これらは、設計建設、運転保守経験、最新知見や標準化に対するニーズ等に基づき制改訂が行われてきたものであり、今後も充実が図られていくとともにプラントの保守管理に適用されていくものである。
例えば、プラントの系統設備は「発電用原子力設備に関する技術基準」に適合するよう求められており、従前は設備の「ひび」は許容されなかったため、技術基準に適合するよう設備の修理取替が必要であったが、「健全性評価制度」が整備(2003年)され、設備の健全性が確保される範囲において継続使用が可能となった。このため、点検停止中に設備に応力腐食割れ等のひびが確認されても当該停止期間中に修理取替を行わなくとも、設備の健全性が確保される期間内において修理取替を計画的に行うことが可能となった。これらの健全性評価及び補修方法については「発電用原子力設備規格 維持規格(日本機械学会)」に標準的な方法が定められている。また、プラントの運転年数の増加にともない高経年化に対する関心が高まり、国により「高経年化に関する基本的な考え方」(1996年)が取り纏められ、以降、事業者による高経年化技術評価が行われるようになった。当初はこれらの技術評価に対する実施方法、国の審査基準等は整備されていなかったが、評価実績・経験の蓄積、高経年化プラントへの社会的関心の高まり等から評価手法等を標準化した「原子力発電所の高経年化対策実施基準(日本原子力学会)」、国の審査基準等が整備されている。
(2)現状の運転保守管理
運転保守管理に係わる要領、規格基準類等が整備され、事業者が行う運転保守管理、これに対する国の規制内容も明確化され、標準化されてきた。これらの標準化には運転保守経験の反映はもとより、国外の動向、最新知見等の反映も含まれる。また、「技術導入初期」プラントが運転開始以降30年を経過しており、これらのプラントの高経年化対策も運転保守管理に反映されてきている。以下に現状の運転保守管理について概要を示す。
運転保守管理には、「運転中」に行われる巡視点検や状態監視、「プラント停止中」に行われる点検・検査等とこれらに対する「改善活動」がある(図5)。運転中においては運転員が定期的に系統設備の運転状態を現場で確認する「巡視点検」、中央操作室において系統設備の圧力、温度、流量等を確認する「パラメータ監視」、定期的に非常用ポンプ等を起動させて運転状態を確認する「定例試験」、ポンプ等の回転体振動診断等の「状態監視」が行われる。プラントを停止して行う点検・検査は13ヶ月毎に行われており、プラントの標準的な停止期間は、原子炉格納容器、原子炉圧力容器の開放復旧、燃料移動・装荷、制御棒駆動機構等の点検、起動前試験等のクリティカル工程により決まり、その停止期間中に各系統設備の点検、検査が行われる。各設備は点検周期に基づき点検、検査がそれぞれの設備の特徴に合わせて実施され、機器を分解して部品単位で健全性を確認する「分解開放点検」、ポンプ等の機器を含め系統全体の機能を確認する「機能検査」等が「定期事業者検査」として行われる。また、重要な系統、設備については国による「定期検査」が行われ、最終的にはプラントを起動して発電を行いながら各系統設備の機能を確認する(表2)。
一方、これらの運転保守管理に対して、点検結果や国内外の不具合情報等に基づき、点検方法、周期の見直し、設備の改造・修理、取替工事等の「改善活動」が必要に応じて行われる。また、運転・保守管理、放射線管理等の保安活動状況、国内外原子力発電所の運転経験の保安活動への反映状況等について10年毎に評価を行う「定期安全レビュー」、運転開始以降30年目迄に、機器を長期間使用することを想定した場合における経年劣化に対する健全性評価及び健全性を確保するために必要な追加保全策を策定する「高経年化技術評価」の結果が必要に応じて運転保守管理に反映される。
4.今後の課題
(1)既設炉
現在、国により「保全プログラム」による検査制度の検討が進められており、保全プログラムでは保全対象範囲の策定、保全対象の重要度、保全活動管理指標、点検・補修等の計画を定めた保全計画の策定、点検・補修等の確認・評価に基づく保全の有効性評価等が行われ、これにより保全活動管理指標などの管理基準の明確化、点検手入れ前データ、状態監視データの充実等が図られる。また、保全プログラムではプラントの運転開始30年以前からの系統設備の経年劣化傾向監視を行う等の高経年化対策との連続性を確保したものとなる。従って、今後、「保全プログラム」に従った保全を展開して行くにあたり事業者、国がそれぞれの責任において標準的な活動が行えるよう規格基準類、審査基準等の整備が必要となる。また、保全活動の改善には保全データはもとより、最新知見、国内外情報等が必要であり、そのためには保全データ、情報等の蓄積・共有化等を図るための情報基盤整備が必要となる(図6)。
一方、今後、高経年化プラントが増加していく中で、高経年化対策を的確且つ効率的に実施していく必要があり、そのためには産官学の連携による「技術情報基盤の整備」、「規格基準類の整備」、「保全高度化の推進」、「技術開発の推進(検査、評価、補修取替技術)」を行うこと、これらの成果を保守管理、規制等に反映していくこと、また、高経年化技術評価の標準化を進めていくことが必要である。
また、規格基準類に関しては、設計に関して「設計建設規格(日本機械学会)」、検査に関して「軽水型原子力発電所用機器の供用期間中検査(日本電気協会)」、評価に関して「維持規格(日本機械学会)」等が整備されてきているが、長期使用等にともない必要となる改造修理、増出力等に対する標準化も推進していく必要がある。
(2)次世代炉等
改良標準化プラントは保守性についても改良策が施されたものであるが、これらのプラントについても、運転開始以降これまでの保全実績・経験、技術の進歩等から改造修理等を通じて設計、製造から保守管理に至るまで必要に応じ改善が施されてきている。今後、これらの知見を次世代炉に反映できるようにしていく必要がある。また、次世代炉を含め今後建設されるプラントについてはプラントを長期間使用することを想定し、配管板厚等の初期データを建設段階で測定しておくことや、RPVの監視試験片数を増やしておく、試験・検査性を考慮した構造等、設計建設段階から経年劣化管理も考慮した保守管理が行えるようにすること、これらの知見、要求事項を規格基準等に反映し標準化していくことが必要である。
(3)技術技能の維持向上
設計建設、運転保守管理について手順等を規格基準類により標準化してもそれを使うのは設計者や運転保守を行う人であり、これらの人の技術技能も重要となる。例えば、原子炉再循環系配管の応力腐食割れのサイジングについては検査員の技量が必要とされており、検査装置、手順に加え検査員の技量を確認するPD認証制度が導入されている。現在、運転しているプラントの安全性、信頼性を確保することも当然ながら、今後、原子力発電プラントを長期に亘って使用していくこと、さらには、次世代炉を設計建設して行くにあたって、これらに携わる人の技術技能の維持向上が重要となっていく。
5.まとめ
 本解説記事では原子力プラントの設計建設及び運転保守管理に関する標準化についてその経緯と今後の課題をまとめてみた。国内プラントの設計建設は最新知見の反映のみならず、運転保守経験の反映による改良標準が図られてきており、これにより保守管理も改善され、運転保守経験とともに標準化がなされてきた。今後、国内では高経年化プラントが増加しますます保守管理が重要となる一方、「保全プログラム」による検査制度、保全活動が新たにスタートしようとしている。また、高経年化対策の充実施策の一つとして産官学連携による技術情報基盤整備が進められており、今後、これらの成果を規格基準化し保全活動に反映していくことが重要になっていく。
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