保全社会学の構築に向けて
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カテゴリ: 解説記事
保全社会学の構築に向けて 宮野 廣,青木 孝行,織田 満之,山下 裕宣,服部 成雄 【要旨】日本保全学会では、保全学の構築に取り組んでいる。保全学を構成する一つの要素は「保全工学」であり、もう一つが「保全社会学」である。この二つの要素が保全学の車の両輪としてうまく回ることが、「保全」の要と考えている。これまでの保全社会学研究会の活動の成果を取りまとめ、それが今後の活動の発展につながることを願うものである。
1.はじめに
「保全」を考えるには、保全工学の面と保全社会学の面を考えなければならない。保全工学は技術者の根幹でもあり検査・分析・評価・補修などの技術や理論で構成され、容易に理解されるものである。保全社会学は人、社会との関連により保全を議論するものである、と言うことは理解できても具体的に何を議論し、どのように集約すればいいのか、と言ったことは、まだ十分に分析されておらず、まだまだ曖昧な領域と言える。最近では、特に“リテラシー”などと、基本的な能力が求められ、「保全リテラシー」として社会学的見地からの思考が求められる時代となった。
その一助として、保全学の構築に取り組んでいる。保全工学と保全社会学のスコープを表1に示す。保全学の構築を目的とした保全に関する種々の科学をベースとして、工学や社会学と組み合わせて、保全工学や保全社会学の構築、体系化に取り組んでいる。保全のスコープは理論から実践まで幅広い範囲となる。
「保全社会学」とは、保全を社会との関連を体系的に分析・構築することと考える。まず、保全をこのような観点から分析すべく、社会学の面からこれまでに何回か研究会での議論を重ねてきた。特に、原子力利用の分野、原子力発電の分野では、あらゆる面において社会とのかかわりを考えないではすまない重要な視点である。一方、原子力発電に取り組んでいる者には、社会”と四つに組んだ議論がしにくい事情もある。従って、保全社会学の議論・構築には日本保全学会に期待するところが大きい。
他の科学・技術系の学協会のほとんどは、概ね体系化された分野での知識やデータの集積、計算機シミュレーションを駆使しての法則・公式を確立するなど、一般化を主な活動としている。日本保全学会では、「保全」という人間の社会的活動を対象とし、明白な捉えどころのない課題の体系化を目指している。当学会においてこれまで重ねてきた論議の結果として以下のように結論付けた。これまでは、「保全」というものを機械工学や電気工学の学術面、すなわちハードの面から捉えようとする傾向が強いものであったが、当学会として目指すべき重要なポイントは、そのようなハードの面ばかりではなく、人文、社会学の面、言い換えれば人間のかかわりの面、ソフトの面から捉えなければならないということである。「保全」を正しく扱うには、人とのかかわりを考慮した体系化に取り組まなければならないということである。
ここでは各界のこの分野の専門家諸氏が重ねて来たこの「人間系」に関わる論議を引き継ぎ、当学会全体での一つの潮流としたいとの思いから、試行的に実施してきた「保全社会学研究会」の実績を報告し、今後の進め方について提案することにより、読者諸氏の建設的なコメントを求め、さらには議論への参加をお願いしたいと考えるものである。
2.保全社会学についての勉強会の経緯と論議
「保全」にかかわっている人の多くは自然科学・工学・技術系であるためか、「機械系」については議論も学術論文の質もそれなりに深められ、集積されている。しかし、「人間系」への掘り下げはまだまだこれから、という段階と感じられる。用語一つをとっても「保全」にかかわる言葉の内、「機械系」については専門用語も含めてかなり共通化されているが、「人間系」にかかわるものについては、人それぞれにまちまちな用語や表現が使われているのが現状である。これは単に、言葉の問題にとどまらず、「保全」にかかわる基本的な認識や解釈が共有化されておらず、曖昧なままに議論されていることを表しているものであろう。すなわち、保全学の両輪であるハードの面とソフトの面がマッチングしていないということになっていると考えるものである。
今後、「保全学」誌での議論を中心に「人間系」への掘り下げ、つまり「保全社会学」の輪郭と概念を明らかにし「保全学」を実学として完成させていく上で、この点に関して議論を重ねることで、上記の共通認識を広げて行くことが有効ではないかと考えるものである。
以下に、勉強会で実施してきたこれまでの経緯と議論の概要を記す。
(1)第1回勉強会:’05.7.19
話題提供: 東京大学総合文化研究科、広域科学
藤垣裕子 助教授
テーマ: 「原子力等の保全活動と社会の関わりについて-科学技術社会論の立場から」2)
(2)第2回勉強会:’05.10.21
話題提供①:電中研 土屋智子 上席研究員
テーマ: 「リスク認知とリスク・コミュニケーション」
話題提供②:オクトシステムズ 玉木悠二氏
テーマ:「保全最適化について」
(3)第3回勉強会:’05.12.27
討議資料:「保全社会学の枠組みとアプローチ」1)、他
(4)第4回勉強会:’06.4.6
討議資料: 「社会科学入門 ―新しい国民の見方考え方―」(高島善哉著 岩波新書)
第1回、第2回では、いわゆる「社会学」を認識するために、科学技術に取り組んでいる社会学の専門家との意見交換を行った。原子力を含め、科学技術に付随するリスクとその社会学的な捉え方についてのこれまでの歴史と、それを一般市民と共有して合意点を探る「コンセンサス会議」や「リスク・コミュニケーション」の基本的な方法論と、その事例の紹介を受け、議論した。原子力に携わる技術者にとっては、新鮮な情報や思考方法に触れたものであった。しかし、いわゆる「社会学」と原子力技術者との溝は大きく、いきなり具体論に突っ込んだためか、一気にお互いを理解し融合することは難しく、議論は噛み合わないものであった。
第3回目、第4回目は、もう一度、保全学会内の研究会参加者で議論し、保全と人との関係の要点を確認するとともに、「そもそも社会学とは?」という点まで立ち返り、特に保全の現場から見た社会との関連を見ることに視点を置き、認識を深めることとした。「社会科学入門」の内容を、議論し順次確認するうちに「目からウロコ」とまでは行かないにしても、社会学の成り立ちと、その構成要件が理解できたように思われる。
3.保全社会学の視点
上述の勉強会での議論により、そのポイントをまとめてみた。論点は以下の二点である。
(1)社会との接点-PUの重要性
私達はこれまで「保全社会学の構築」という表現を使ってきた。しかし、このあたりにすでに思い違いがあったようである。私達が目指すのは自然科学での法則や公式のように、ほぼ普遍的に「構築」される学問体系ではなく、絶えず質的に変貌し、相対的な価値や力関係も変化するもので、立場によっては180度変わり得るもの、つまり「保全」というものは人間の社会的行為を対象としている、ということを改めて認識するものである。このように理解するならば、「保全行為」の社会学的側面も、結局は次のような観点から、光を当てるのが良いのではないかと考えられる。つまり、人間の集団が共同生活をする「社会」には、不変ではないが常に「意志」があり、その意志は個々の考えや行動の集積から形成されていながら、個々のレベルを超えたもの、社会の自己運動を方向付けるものとなっているということである。従って、この「意志」には個々のレベルでは抗いがたいものの、個々が新しい概念を共有して集まり、大勢-マジョリティー-を構築すれば、その方向を変えるのも可能である、ということである。しかし、それには大変な社会的エネルギーが必要であり、時間もかかる。場合によっては無視できない犠牲を払うことにもなる。すなわち「保全」とは、社会とのかかわりであり、個人の考えではなく、“社会の考え”、社会の意思の共有という見方が必要である、ということである。これまでの科学技術と社会との接点は、いわゆる“啓蒙モデル”でPA(Pablic Acceptance)と言われる一方向の説明、時にはAccountabilityとも言われる一方的な説明責任を果たすということであった。しかし、最近の社会科学では、上述のように、社会と意思を共有するためには、お互いの立場での意識、知識、思考を共有する双方向コミュニケション(双方向モデル)PU(Public Understanding)が重要であると言う認識となっている。
(2)保全での社会学的体系論-物言わぬ羊
上述では、技術を社会学的見地から捉え議論した。ここで、社会科学の面から分析を進める。現代社会に強く影響を及ぼしているのは「体制」、「階級」、「民族」の三種の対立と言われている。このあたりは、保全の分野ではまだ理解されるまでには至っていない。これらの対立、矛盾が膨れ上がり、限界に達した時に本質的な社会の変化、改革であったり革命であったりするものが生じるものとも言われている。「保全」については、特に前二者の、「体制」、「階級」的対立状態について検討をしてみるのも意義があることと考える。例えば、現在の(日本での)「原子力発電施設の保全」がおかれている状況は「体制」、「階級」でいえばどのような段階のものであろうか。封建体制に近いのか資本主義体制(民主主義が基礎)といえるのか。階級としては概ね中流化しており、今や資本対労働という対立構造、意識は希薄化し、均質な社会となった。一方、「勝ち組み」と「負け組み」、「地方」と「中央」と言った新たな対立の構図が生まれており、このような変化をケース・スタディーとして議論してみることも、保全社会学を議論するには避けて通ることはできないものであろう。議論の価値がありそうである。
明確な結論は出ていないが、「保全」を考えると、社会との関連で考える必要があることから、まず「民族」、あるいは「共同体」と言う見方、すなわち、国としての違い、地域の違い、業界の違いなどの考慮である。共通項はあるであろうが、明らかに国により、地域により、業界により異なることがわかる。次に、上記に上げた二項目についての議論を紹介する。まず「階級」的な見方である。先にも述べたように、すでに労働者階級、資本階級というような旧態的なものは存在しない時代ではあるが、新たに現場で働くもの、計画とフォローするもの、と言った階級が生じてはいないだろうか。この階級の違いが、新たな齟齬を生み出しているようにも見える。次に、「体制」と言う見方で「原子力発電施設の保全」について見てみる。明らかに、規制の官から事業者としての電力、一次下請のプラントメーカ、機器の供給者などの2次供給者、3次、4次と続く工事、保守の下請け業者の体制が延々と続く、封建的な体制がいまだに存在する。この「封建的な体制」があると言うのは、上下の関係であり、下から上には“もの”が言えない-物言わぬ羊となっている、という権力構造が存在する、ということである。保全活動が経済に依存する資本主義的な体制に移りつつあるとは言え、それぞれに内在する矛盾を抱えている状況である。保全社会学を論ずるには、このような課題が存在し、議論を制限していることについてまず考えなければならない。
「保全」を考えるには、このような見方を念頭において保全社会学の議論を進めなければ、“役に立つ保全”に結びつく、「保全社会学」の構築はできない、と言う結論である。
今後は、以上の議論を踏まえて、自由な意見交換を前提として、以下のような「保全社会学」への取り組みへの試みを実施して行きたい。
(a) 資料または他の文献等を用いた原子力発電施設の保全の視点から「社会科学」の見方を分析し、理解と認識を共有する。
(b) ケース・スタディーとして、例えば「日本における原子力発電施設の保全」の社会学的位置づけを議論し、有用な学会での社会学的な研究活動を提案する。
(c) 保全社会学の理解を深めた上で、ケース・スタディーの結果を介して、社会学との交流などの活動を展開し、「保全社会学」の構築を目指す。
4.おわりに
私達はこの短い「提言」の中で、「考える」、「思われる」、「であろう」を多用した。工学系の論文では、あまり使わない表現である。これはこの新しい分野の研究について興味を抱きつつも、いかに議論に自信が無いかということの表れでもある。しかし、“未熟を恥とせず互いに、フランクな自由に意見を交換する場を持ち続けたい”と考えるものである。
「保全学」の「保全工学」に対するもう一方の車輪である「保全社会学」を十分に回させなければ、車は進まない。「保全」を確実なものとする基盤として「保全学」の構築を目指している。そのためには、読者諸氏の力が必要である。諸氏の提案と研究会への参加を強く願う。
謝辞
日本保全学会の研究活動の一環として、「保全社会学研究会」の活動の成果をまとめた。何回かの議論を行ってきたが、難しい課題でもあり、遅々として進まない状況である。しかし、個々で述べたように、「保全」の高度化を目指し、有用なものとすべく、その体系化を進める上では重要な位置付けを持つことは多くの保全に関わる技術者の認識でもある。これまでの何回かの「保全社会学研究会」に参加いただいた方々の意見を含めての成果である。今後の活動に役立たせていただければ幸甚である。改めて研究会に参加いただいた方々に感謝すると共に、話題をご提供いただいた先生方にお礼申し上げる次第である。今後とも、私達、保全技術者へのご支援をお願いする。
参項文献
[1] 宮 健三ほか:保全学の構築に向けて、フォーラム保全学Vol.1,N0.4,2003
[2] 織田満之ほか:保全社会学の枠組みとアプローチ、保全学Vol.3,No.4,2005
[3] 青木孝行ほか:保全学の構造と体系に関する検討、保全学Vol.2,No.2,2004
[4] 設楽 親ほか:保全の体系化について(第3回)-保全の最適化の考え方-、フォーラム保全学Vol.1,No.3,2003
[5] 千種直樹ほか:保全学の構築に向けて(3)-実務からみた保全学のテーマ-、保全学Vol.2,No.2,2004
[6] 藤垣裕子:「保全学と社会」保全学, Vol.4, No.4. p17 (2006)
(平成19年5月14日)
(あとがき)
これまでの議論の中で、現代社会における大きな社会構成要素の1つ即ちマスコミ、マスメディアについての議論が無かったことに驚き反省している。特に原子力の分野だけが特殊なものではないと思うが、原子力に携わるメンバーの多くが、マスコミ、マスメディアの攻勢に晒されてきたにもかかわらず、同時に、この問題を十分議論してきたとはいい難い。
松下電器の石油ヒーター不具合のように、経年化に対する許容が無いこと、シュレッターや瞬間ガス湯沸かし器のような取扱ルールを逸脱した事例に対しても全て製造責任を一方的に追及するやり方など、情報化社会となったが故の情報化社会におけるルールメイキングの必要性と言った新たな社会学の課題が生じてきている。
人間系を取り扱う保全学、特に保全社会学においては、このマスコミ・マスメディア/報道・解説・広報等に関する問題についても分析・検討を加えていく必要があると考える。
1.はじめに
「保全」を考えるには、保全工学の面と保全社会学の面を考えなければならない。保全工学は技術者の根幹でもあり検査・分析・評価・補修などの技術や理論で構成され、容易に理解されるものである。保全社会学は人、社会との関連により保全を議論するものである、と言うことは理解できても具体的に何を議論し、どのように集約すればいいのか、と言ったことは、まだ十分に分析されておらず、まだまだ曖昧な領域と言える。最近では、特に“リテラシー”などと、基本的な能力が求められ、「保全リテラシー」として社会学的見地からの思考が求められる時代となった。
その一助として、保全学の構築に取り組んでいる。保全工学と保全社会学のスコープを表1に示す。保全学の構築を目的とした保全に関する種々の科学をベースとして、工学や社会学と組み合わせて、保全工学や保全社会学の構築、体系化に取り組んでいる。保全のスコープは理論から実践まで幅広い範囲となる。
「保全社会学」とは、保全を社会との関連を体系的に分析・構築することと考える。まず、保全をこのような観点から分析すべく、社会学の面からこれまでに何回か研究会での議論を重ねてきた。特に、原子力利用の分野、原子力発電の分野では、あらゆる面において社会とのかかわりを考えないではすまない重要な視点である。一方、原子力発電に取り組んでいる者には、社会”と四つに組んだ議論がしにくい事情もある。従って、保全社会学の議論・構築には日本保全学会に期待するところが大きい。
他の科学・技術系の学協会のほとんどは、概ね体系化された分野での知識やデータの集積、計算機シミュレーションを駆使しての法則・公式を確立するなど、一般化を主な活動としている。日本保全学会では、「保全」という人間の社会的活動を対象とし、明白な捉えどころのない課題の体系化を目指している。当学会においてこれまで重ねてきた論議の結果として以下のように結論付けた。これまでは、「保全」というものを機械工学や電気工学の学術面、すなわちハードの面から捉えようとする傾向が強いものであったが、当学会として目指すべき重要なポイントは、そのようなハードの面ばかりではなく、人文、社会学の面、言い換えれば人間のかかわりの面、ソフトの面から捉えなければならないということである。「保全」を正しく扱うには、人とのかかわりを考慮した体系化に取り組まなければならないということである。
ここでは各界のこの分野の専門家諸氏が重ねて来たこの「人間系」に関わる論議を引き継ぎ、当学会全体での一つの潮流としたいとの思いから、試行的に実施してきた「保全社会学研究会」の実績を報告し、今後の進め方について提案することにより、読者諸氏の建設的なコメントを求め、さらには議論への参加をお願いしたいと考えるものである。
2.保全社会学についての勉強会の経緯と論議
「保全」にかかわっている人の多くは自然科学・工学・技術系であるためか、「機械系」については議論も学術論文の質もそれなりに深められ、集積されている。しかし、「人間系」への掘り下げはまだまだこれから、という段階と感じられる。用語一つをとっても「保全」にかかわる言葉の内、「機械系」については専門用語も含めてかなり共通化されているが、「人間系」にかかわるものについては、人それぞれにまちまちな用語や表現が使われているのが現状である。これは単に、言葉の問題にとどまらず、「保全」にかかわる基本的な認識や解釈が共有化されておらず、曖昧なままに議論されていることを表しているものであろう。すなわち、保全学の両輪であるハードの面とソフトの面がマッチングしていないということになっていると考えるものである。
今後、「保全学」誌での議論を中心に「人間系」への掘り下げ、つまり「保全社会学」の輪郭と概念を明らかにし「保全学」を実学として完成させていく上で、この点に関して議論を重ねることで、上記の共通認識を広げて行くことが有効ではないかと考えるものである。
以下に、勉強会で実施してきたこれまでの経緯と議論の概要を記す。
(1)第1回勉強会:’05.7.19
話題提供: 東京大学総合文化研究科、広域科学
藤垣裕子 助教授
テーマ: 「原子力等の保全活動と社会の関わりについて-科学技術社会論の立場から」2)
(2)第2回勉強会:’05.10.21
話題提供①:電中研 土屋智子 上席研究員
テーマ: 「リスク認知とリスク・コミュニケーション」
話題提供②:オクトシステムズ 玉木悠二氏
テーマ:「保全最適化について」
(3)第3回勉強会:’05.12.27
討議資料:「保全社会学の枠組みとアプローチ」1)、他
(4)第4回勉強会:’06.4.6
討議資料: 「社会科学入門 ―新しい国民の見方考え方―」(高島善哉著 岩波新書)
第1回、第2回では、いわゆる「社会学」を認識するために、科学技術に取り組んでいる社会学の専門家との意見交換を行った。原子力を含め、科学技術に付随するリスクとその社会学的な捉え方についてのこれまでの歴史と、それを一般市民と共有して合意点を探る「コンセンサス会議」や「リスク・コミュニケーション」の基本的な方法論と、その事例の紹介を受け、議論した。原子力に携わる技術者にとっては、新鮮な情報や思考方法に触れたものであった。しかし、いわゆる「社会学」と原子力技術者との溝は大きく、いきなり具体論に突っ込んだためか、一気にお互いを理解し融合することは難しく、議論は噛み合わないものであった。
第3回目、第4回目は、もう一度、保全学会内の研究会参加者で議論し、保全と人との関係の要点を確認するとともに、「そもそも社会学とは?」という点まで立ち返り、特に保全の現場から見た社会との関連を見ることに視点を置き、認識を深めることとした。「社会科学入門」の内容を、議論し順次確認するうちに「目からウロコ」とまでは行かないにしても、社会学の成り立ちと、その構成要件が理解できたように思われる。
3.保全社会学の視点
上述の勉強会での議論により、そのポイントをまとめてみた。論点は以下の二点である。
(1)社会との接点-PUの重要性
私達はこれまで「保全社会学の構築」という表現を使ってきた。しかし、このあたりにすでに思い違いがあったようである。私達が目指すのは自然科学での法則や公式のように、ほぼ普遍的に「構築」される学問体系ではなく、絶えず質的に変貌し、相対的な価値や力関係も変化するもので、立場によっては180度変わり得るもの、つまり「保全」というものは人間の社会的行為を対象としている、ということを改めて認識するものである。このように理解するならば、「保全行為」の社会学的側面も、結局は次のような観点から、光を当てるのが良いのではないかと考えられる。つまり、人間の集団が共同生活をする「社会」には、不変ではないが常に「意志」があり、その意志は個々の考えや行動の集積から形成されていながら、個々のレベルを超えたもの、社会の自己運動を方向付けるものとなっているということである。従って、この「意志」には個々のレベルでは抗いがたいものの、個々が新しい概念を共有して集まり、大勢-マジョリティー-を構築すれば、その方向を変えるのも可能である、ということである。しかし、それには大変な社会的エネルギーが必要であり、時間もかかる。場合によっては無視できない犠牲を払うことにもなる。すなわち「保全」とは、社会とのかかわりであり、個人の考えではなく、“社会の考え”、社会の意思の共有という見方が必要である、ということである。これまでの科学技術と社会との接点は、いわゆる“啓蒙モデル”でPA(Pablic Acceptance)と言われる一方向の説明、時にはAccountabilityとも言われる一方的な説明責任を果たすということであった。しかし、最近の社会科学では、上述のように、社会と意思を共有するためには、お互いの立場での意識、知識、思考を共有する双方向コミュニケション(双方向モデル)PU(Public Understanding)が重要であると言う認識となっている。
(2)保全での社会学的体系論-物言わぬ羊
上述では、技術を社会学的見地から捉え議論した。ここで、社会科学の面から分析を進める。現代社会に強く影響を及ぼしているのは「体制」、「階級」、「民族」の三種の対立と言われている。このあたりは、保全の分野ではまだ理解されるまでには至っていない。これらの対立、矛盾が膨れ上がり、限界に達した時に本質的な社会の変化、改革であったり革命であったりするものが生じるものとも言われている。「保全」については、特に前二者の、「体制」、「階級」的対立状態について検討をしてみるのも意義があることと考える。例えば、現在の(日本での)「原子力発電施設の保全」がおかれている状況は「体制」、「階級」でいえばどのような段階のものであろうか。封建体制に近いのか資本主義体制(民主主義が基礎)といえるのか。階級としては概ね中流化しており、今や資本対労働という対立構造、意識は希薄化し、均質な社会となった。一方、「勝ち組み」と「負け組み」、「地方」と「中央」と言った新たな対立の構図が生まれており、このような変化をケース・スタディーとして議論してみることも、保全社会学を議論するには避けて通ることはできないものであろう。議論の価値がありそうである。
明確な結論は出ていないが、「保全」を考えると、社会との関連で考える必要があることから、まず「民族」、あるいは「共同体」と言う見方、すなわち、国としての違い、地域の違い、業界の違いなどの考慮である。共通項はあるであろうが、明らかに国により、地域により、業界により異なることがわかる。次に、上記に上げた二項目についての議論を紹介する。まず「階級」的な見方である。先にも述べたように、すでに労働者階級、資本階級というような旧態的なものは存在しない時代ではあるが、新たに現場で働くもの、計画とフォローするもの、と言った階級が生じてはいないだろうか。この階級の違いが、新たな齟齬を生み出しているようにも見える。次に、「体制」と言う見方で「原子力発電施設の保全」について見てみる。明らかに、規制の官から事業者としての電力、一次下請のプラントメーカ、機器の供給者などの2次供給者、3次、4次と続く工事、保守の下請け業者の体制が延々と続く、封建的な体制がいまだに存在する。この「封建的な体制」があると言うのは、上下の関係であり、下から上には“もの”が言えない-物言わぬ羊となっている、という権力構造が存在する、ということである。保全活動が経済に依存する資本主義的な体制に移りつつあるとは言え、それぞれに内在する矛盾を抱えている状況である。保全社会学を論ずるには、このような課題が存在し、議論を制限していることについてまず考えなければならない。
「保全」を考えるには、このような見方を念頭において保全社会学の議論を進めなければ、“役に立つ保全”に結びつく、「保全社会学」の構築はできない、と言う結論である。
今後は、以上の議論を踏まえて、自由な意見交換を前提として、以下のような「保全社会学」への取り組みへの試みを実施して行きたい。
(a) 資料または他の文献等を用いた原子力発電施設の保全の視点から「社会科学」の見方を分析し、理解と認識を共有する。
(b) ケース・スタディーとして、例えば「日本における原子力発電施設の保全」の社会学的位置づけを議論し、有用な学会での社会学的な研究活動を提案する。
(c) 保全社会学の理解を深めた上で、ケース・スタディーの結果を介して、社会学との交流などの活動を展開し、「保全社会学」の構築を目指す。
4.おわりに
私達はこの短い「提言」の中で、「考える」、「思われる」、「であろう」を多用した。工学系の論文では、あまり使わない表現である。これはこの新しい分野の研究について興味を抱きつつも、いかに議論に自信が無いかということの表れでもある。しかし、“未熟を恥とせず互いに、フランクな自由に意見を交換する場を持ち続けたい”と考えるものである。
「保全学」の「保全工学」に対するもう一方の車輪である「保全社会学」を十分に回させなければ、車は進まない。「保全」を確実なものとする基盤として「保全学」の構築を目指している。そのためには、読者諸氏の力が必要である。諸氏の提案と研究会への参加を強く願う。
謝辞
日本保全学会の研究活動の一環として、「保全社会学研究会」の活動の成果をまとめた。何回かの議論を行ってきたが、難しい課題でもあり、遅々として進まない状況である。しかし、個々で述べたように、「保全」の高度化を目指し、有用なものとすべく、その体系化を進める上では重要な位置付けを持つことは多くの保全に関わる技術者の認識でもある。これまでの何回かの「保全社会学研究会」に参加いただいた方々の意見を含めての成果である。今後の活動に役立たせていただければ幸甚である。改めて研究会に参加いただいた方々に感謝すると共に、話題をご提供いただいた先生方にお礼申し上げる次第である。今後とも、私達、保全技術者へのご支援をお願いする。
参項文献
[1] 宮 健三ほか:保全学の構築に向けて、フォーラム保全学Vol.1,N0.4,2003
[2] 織田満之ほか:保全社会学の枠組みとアプローチ、保全学Vol.3,No.4,2005
[3] 青木孝行ほか:保全学の構造と体系に関する検討、保全学Vol.2,No.2,2004
[4] 設楽 親ほか:保全の体系化について(第3回)-保全の最適化の考え方-、フォーラム保全学Vol.1,No.3,2003
[5] 千種直樹ほか:保全学の構築に向けて(3)-実務からみた保全学のテーマ-、保全学Vol.2,No.2,2004
[6] 藤垣裕子:「保全学と社会」保全学, Vol.4, No.4. p17 (2006)
(平成19年5月14日)
(あとがき)
これまでの議論の中で、現代社会における大きな社会構成要素の1つ即ちマスコミ、マスメディアについての議論が無かったことに驚き反省している。特に原子力の分野だけが特殊なものではないと思うが、原子力に携わるメンバーの多くが、マスコミ、マスメディアの攻勢に晒されてきたにもかかわらず、同時に、この問題を十分議論してきたとはいい難い。
松下電器の石油ヒーター不具合のように、経年化に対する許容が無いこと、シュレッターや瞬間ガス湯沸かし器のような取扱ルールを逸脱した事例に対しても全て製造責任を一方的に追及するやり方など、情報化社会となったが故の情報化社会におけるルールメイキングの必要性と言った新たな社会学の課題が生じてきている。
人間系を取り扱う保全学、特に保全社会学においては、このマスコミ・マスメディア/報道・解説・広報等に関する問題についても分析・検討を加えていく必要があると考える。