保守管理規程(JEAC4209)に基づく保全プログラム構築の解説
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保守管理規程(JEAC4209)に基づく保全プログラム構築の解説 津田 保,Tamotsu Tsuda
1.はじめに
日本電気協会の「原子力発電所の保守管理に関する規程(JEAC4209)」は国の「検査の在り方に関する検討会」で示された保守管理に関する基本理念を受けて、それまでの「設備点検指針」を改定し、保守管理全般に渡る民間規格として2003年に誕生した。
現在、原子力発電所の高経年化等に対応するため、新検査制度の検討が「検査の在り方に関する検討会」等で行われているが、国の検討状況を背景として、新しい検査制度に向けた充実した保全管理活動を行うべく、民間として保守管理規程の改定(JEAC4209-2007)および保守管理指針の制定(JEAG4210-2007)を行った。
国では事業者の保全プログラム充実を前提とした新検査制度の議論が続いているが、保守管理規程指針は日本電気協会の場に事業者及び規制側の実務者、学識経験者等が集まり、お互いに理解できて、現場で使いやすい、新検査制度と整合した、民間規格を目指して、議論を重ねて作成したものである。
2.規程改定のポイントについて
各論に入る前に、今回の規程改定のポイントについて紹介する。
(1)品質保証規程(JEAC4111)と保守管理規程(JEAC4209)の規程内容の棲み分け
保守管理規程では、品質保証規程に規定されている事柄の記述を最小限にとどめ、重複規定による使用上の混乱を避けることに留意した。すなわち、保守管理規程は「品質保証システム」に基づいて設備の保全を計画、実施、評価および改善していくためのプロセスを規定するものであり、これに必要な教育、力量確認や調達管理などのソフト面は品質保証規程によるとした。品質保証規程(JEAC4111)と保守管理規程(JEAC4209)が旨く織り合って最適な保全を行うことを期したものである。
(2)高経年化技術評価の取り込み
保全から得られた保全データを技術的に分析・評価し、設備の保全を継続的に改善し、高度化していくことは可能であるが、設備は宿命的に経年劣化して状態が変化するものである。これまでに蓄積された設備の高経年化に関する技術的な知見を旨く保全に取り込み、設備の経年劣化に対応できるプログラムとした。
(3)新しく追加したプログラムと充実したプログラム
保全活動の有効性を客観的に監視するための「保全活動管理指標の設定・監視プログラム」と、継続的に改善していくための「保全の有効性評価プログラム」を規程に追加した。また、従来からあるプログラムについても米国の「信頼性重視保全の考え方」を取り入れ、重要度分類の設定、計画の体系化、劣化メカニズムの整理などプログラムの充実を図っている。
以下に規程の主要な改定点と指針での補足事項を説明する。(右カッコ内の番号は規程の章番号)
3.用語の定義(MC-3)
規程および指針の内容を正しく理解するため、あるいは、保守管理をより良くする議論を活性化させるために、論理展開に必要な言葉の意味を定義した。
(1)用語の定義の充実について
これまでの規程と比べて用語の定義を追加したり再定義して充実させている。新しく定義した用語の例を表1に示す。
表1 新しく定義した用語の例
用語 定義のポイント(議論したこと)
リスク情報 既に事業者がもっているPSA(Periodic Safety Review)で得られたリスク情報とした。
保全活動管理指標 保全の有効性を合理的かつ客観的に評価・改善するために設定。
予防可能故障
(MPFF) FF判定とMP判定の理解と議論を促進したい。
MPFF:Maintenance Preventable Functional Failure
非待機時間
(UA時間) MPFFとともに保全の有効性の議論を深めるための共通語としたい。(UA:Unavailable hours)
点検 理解しやすくするため試験及び検査を点検に含めると整理した。
(2)時間基準保全(TBM)と状態基準保全(CBM)の再定義
保全をする方々の間では、状態監視とか傾向監視の言葉は頻繁に使われる。これは保全を行ううえでは基本中の基本であるが、従来使われていた「状態監視保全」及び「時間計画保全」の区分では、状態監視していて保全を行うもの全てが「状態監視保全(CBM)」と勘違いしかねない。本改定では、英語を正しく訳すとの意味もあり「状態基準保全」と「時間基準保全」とし、あくまでも何を基準として保全するかで区分することと定義し直した。(図1参照)
注)時間基準保全か状態基準保全かは基本的に機器ごとに区分する。
図1 時間基準保全と状態基準保全
4.保守管理の全体フロー(MC-4)
保守管理は従来から、品質保証システムの体系の中に位置づけられているが、品質保証規程が一般的な管理の原則を規定しているのに対し、保守管理規程は保守管理に特化して、設備の保全について技術的なアプローチの方法(プロセス)を定めたものである。
今回の改定では、プログラム充実の目玉として、新しく「MC-9, 10保全活動管理指標の設定・監視」と「MC-15保全の有効性評価」を追加し、設備そのものの保全実務に関するPDCAの他に、指標の監視と保全結果を基に保全の有効性を評価し継続的に改善するPDCAを形成することを意図した。また、プログラムの骨格をなす「MC-8保全重要度の設定」「MC-11保全計画の策定」「MC-12保全の実施」及び「MC-13点検・補修等の結果の確認・評価」についても「検査の在り方に関する検討会」等の議論を踏まえて内容の充実を図っている。
現在、日本電気協会で議論した図2に示す新しい保全プログラムの流れをベースとして国の新検査制度の議論や事業者のプログラム整備が行われている。
5.保全重要度の設定(MC-8)
従来も「保守管理の重要度を決めなさい」との規程はあったものの、決め方も使い方も具体化されていなかった。今回の改定では、系統毎の範囲と機能を明確にしたうえで、重要度を設定することとし、重要度分類指針に基づく安全重要度分類とリスク情報からの重要度別けを必須とするとともに、事業者判断で決めることのできる部分についても規定している。
特に、リスク情報の保全業務への活用については、欧米では当たり前のように行われているが、わが国では初めての試みであることから、難しいことを要求するのではなく、事業者が持っているPSAのリスク情報を保全重要度の設定に活用することを規定した。ただし、リスク情報については各方面で研究されており、これらの活用を妨げるものではない。
実際の保全重要度の設定レベルはいろいろ考えられるが、図3には3段階の例を示している。一つ目は系統の持つ機能重要度から保全の重要度を決める必須の部分、2つ目は、過度に保守的にならないように事業者の判断で考慮に加えることができる部分、3つ目は、信頼性重視保全の考え方に立って分析等を行って、タスクレベルまで細かく重要度により分類し、不必要な機器の分解などはやらないこととして保全の効率化を図る部分である。全てをすぐに規程で要求するのは無理であるが、3段階まで行い最適な保全を行っていくことが理想と考えている。
6.保全活動管理指標の設定と監視(MC-9,10)
保全の有効性を合理的かつ客観性を持って評価し、継続的に改善するための機能の健全性に係わる指標として、米国の事例を参考として日本の状況に合せて具体化して導入したものである。旨く使うには、何のためにやるかの理解が必要であるが、保全の有効性を客観的に監視することであり、「見える化」して外部への説明性を高めることである。他のプラントと比較・評価するため、プラント間で共通すべき事項を規程および指針で示している。
保全活動管理指標の監視状況を見ることにより、保全の詳細部分を見なくても保全の有効性把握が可能となり、現場における事業者と規制側双方の業務の効率化やお互いの信頼醸成に繋がるものと期待している。
また、指標や予防可能故障(MPFF)及び非待機時間(UA時間)などの定義された用語を使って保全の有効性についての議論が高まり、事業者間のベンチマーク活動が活発化する呼び水となればと考えている。
なお、新しく規定したプログラムであり、指針には詳細な添付を付けているが、これに拘らず現状に合った手順を模索し、日本に合ったやり方を確立すべきと考える。(図4、表2参照)
7.保全計画について(MC-11)
これまでどおり、「点検計画」「補修・取替え計画」「特別な保全計画」の3つの計画を作成するとの規程は変わらない。改定では、保全重要度の設定や保全の有効性評価、あるいは高経年化技術評価の知見などにより、根拠に基づいた計画をたてることを定性的に規定している。
より効果的な保全に向けて継続的に改善していくためには、まず現状の立ち位置、根拠を明確にしたうえで保全計画を策定していくことが重要であるとの考え方である。
(1)保全計画の体系化ということ
規程の中に出てくる言葉ではないが、このプログラムでは、系統機能を明確にしたうえで保全重要度を決め、重要な機能を果たす機器を選定し、この機器に重点をおいた点検を行うことを体系だてて整理することを求めている。また、運転経験や技術的な知見から機器を構成する部位・部品と劣化事象とを結びつけて有効な点検を計画することなど、重要な機能を持つ機器の劣化の可能性がある部位・部品が有効な方法で確実に点検されるように保全(点検)計画の体系化を図り、継続的に見直していくことにより保全の信頼性が高まっていく仕組みを目指している。(図5参照)
図5 保全計画の体系化の例
(2)高経年化技術評価の取り込み
高経年化技術評価を行ったプラントについて、抽出された追加保全策を具体的に保全計画に反映することを規定するとともに、行っていないプラントについても、この知見を参考に、劣化の発生又は進展を確認することを計画に反映させることを推奨している。これまでの規程では、必ずしも高経年化への対応を明確にしていなかったが、重要な事項であるので明確にしたものである。また、保全の根拠として「劣化メカニズム整理表」を整備し、経年劣化への対応を効率的に行うことを指針に記載している。
(3)保全の実施中の保安確保について
志賀原子力発電所で起きた「制御棒の引き抜け事象」に鑑み、規程に保全の計画段階から保全実施中の保安確保を担保した計画とする旨の記載を追加した。これまでも、実施の段階では保安を確保したうえで保全を実施することとの解説はあったものの計画の時からの対応を求めたものである。
(4)点検と検査の関係
これまでの規程では、点検と検査の関係があいまいであったり、法で定められている「定期事業者検査」に関する規程が民間規格であるJEAC4209にあったりと混乱していたため整理した。また、定期事業者検査の規程は本文からは削除し、定期事業者検査の実施に際して有用なもののみを指針の添付として残した。
(5)運転中の状態監視について
設備診断技術を高めて運転中の状態監視を充実させ、状態基準保全の導入や時間基準保全とした機器についても状態監視を合せて行う計画を推奨した規程および指針とした。
また、保全の有効性評価のため「手入れ前データ」などの保全データの充実を促す規程および指針としている。ただし、計画に関する詳細な規程はなるべく避けて、事業者自らの創意工夫や有効性評価からの継続的な改善を導き出すこととしたつもりである。
8.保全の実施について(MC-12)
まずは、計画されたとおり実行することだけであるが、実行に際して4つのプロセスを経ることを規定している。このうち設計管理や調達管理は品質保証規程に規定されておりこれに従い実施されたい。「工事計画」、「工事管理」は保全のプロセスとして重要であるが、内容の詳細な規程をしていない、これは、工事計画や工事管理の手法が事業者によりまちまちであり、規定すること(型に嵌めること)が必ずしも良いとは限らないとの判断から、解説に注意事項を記載するに止めている。ベンチマーキングが進み皆が良いとする方法論があれば好事例として指針に記載する等を検討すればよいと考える。
実行に移すには準備が必要であり、「設備診断技術の向上」や「手入れ前データ採取方法の研究」など長期に渡る地道な現場技術の充実活動が行われることを願っている。
9.保全の有効性評価について(MC-15)
これまで規程にはなかったが、保全の有効性は各事業者がさまざまな形でこれまでも行っていた。継続的な改善を行っていく上で重要なプロセスであるとの認識から、新しくプログラムに取り込んで規定することとした。これまでの保全活動では、チェック&アクションが足りないとの反省から、検査や試験において判定基準を満足しなかった場合の「不適合管理及び是正処置」とは別に、事業者自らの改善活動を充実させることが必要と考えたものである。
評価内容は、大別して指標による全体的な評価と保全データからの個別機器の評価があり、時期的には保全計画を立てる前に保全の有効性を評価し、必要な改善を図ることを計画に盛り込むことを意図している。(図6参照)
図6 保全の有効性評価の内容
10.保全プログラムと原子炉停止間隔
原子炉停止間隔に関する記述は規程にはない。しかしながら、原子炉停止間隔を決める前提として、安全性、信頼性確保のための保全プログラムの充実が必要であり、信頼性重視保全の考え方から保全データ等をしっかり分析したうえで保全周期を決めることができていれば、原子炉停止間隔も最適化でき、信頼性に悪影響を及ぼしかねない不必要な原子炉の起動・停止や機器の分解・開放等をなくすことが出来るものと考える。
11.おわりに
保守管理規程は、現場で使う規程であるから、研究段階にある技術や、各事業者間で大きく方法が異なっている事項等は、現場の混乱を避ける意味から具体的な規程は難しいと考えている。今回の改定では、新しく追加したプログラムや充実したプログラムが数多く盛り込まれているが、骨格的なものを規定したのみで、実践してから、事業者間の議論や自主的な改善努力を積み重ねて肉付けして頂ければと考えている。
この規程と指針は保全の現場で使われるものであり、現場での意見や創意工夫を取り入れて、適切な時期に改定を加えてLiving Systemとして役割を果たせるようになることを期待している。
(平成19年12月10日)
1.はじめに
日本電気協会の「原子力発電所の保守管理に関する規程(JEAC4209)」は国の「検査の在り方に関する検討会」で示された保守管理に関する基本理念を受けて、それまでの「設備点検指針」を改定し、保守管理全般に渡る民間規格として2003年に誕生した。
現在、原子力発電所の高経年化等に対応するため、新検査制度の検討が「検査の在り方に関する検討会」等で行われているが、国の検討状況を背景として、新しい検査制度に向けた充実した保全管理活動を行うべく、民間として保守管理規程の改定(JEAC4209-2007)および保守管理指針の制定(JEAG4210-2007)を行った。
国では事業者の保全プログラム充実を前提とした新検査制度の議論が続いているが、保守管理規程指針は日本電気協会の場に事業者及び規制側の実務者、学識経験者等が集まり、お互いに理解できて、現場で使いやすい、新検査制度と整合した、民間規格を目指して、議論を重ねて作成したものである。
2.規程改定のポイントについて
各論に入る前に、今回の規程改定のポイントについて紹介する。
(1)品質保証規程(JEAC4111)と保守管理規程(JEAC4209)の規程内容の棲み分け
保守管理規程では、品質保証規程に規定されている事柄の記述を最小限にとどめ、重複規定による使用上の混乱を避けることに留意した。すなわち、保守管理規程は「品質保証システム」に基づいて設備の保全を計画、実施、評価および改善していくためのプロセスを規定するものであり、これに必要な教育、力量確認や調達管理などのソフト面は品質保証規程によるとした。品質保証規程(JEAC4111)と保守管理規程(JEAC4209)が旨く織り合って最適な保全を行うことを期したものである。
(2)高経年化技術評価の取り込み
保全から得られた保全データを技術的に分析・評価し、設備の保全を継続的に改善し、高度化していくことは可能であるが、設備は宿命的に経年劣化して状態が変化するものである。これまでに蓄積された設備の高経年化に関する技術的な知見を旨く保全に取り込み、設備の経年劣化に対応できるプログラムとした。
(3)新しく追加したプログラムと充実したプログラム
保全活動の有効性を客観的に監視するための「保全活動管理指標の設定・監視プログラム」と、継続的に改善していくための「保全の有効性評価プログラム」を規程に追加した。また、従来からあるプログラムについても米国の「信頼性重視保全の考え方」を取り入れ、重要度分類の設定、計画の体系化、劣化メカニズムの整理などプログラムの充実を図っている。
以下に規程の主要な改定点と指針での補足事項を説明する。(右カッコ内の番号は規程の章番号)
3.用語の定義(MC-3)
規程および指針の内容を正しく理解するため、あるいは、保守管理をより良くする議論を活性化させるために、論理展開に必要な言葉の意味を定義した。
(1)用語の定義の充実について
これまでの規程と比べて用語の定義を追加したり再定義して充実させている。新しく定義した用語の例を表1に示す。
表1 新しく定義した用語の例
用語 定義のポイント(議論したこと)
リスク情報 既に事業者がもっているPSA(Periodic Safety Review)で得られたリスク情報とした。
保全活動管理指標 保全の有効性を合理的かつ客観的に評価・改善するために設定。
予防可能故障
(MPFF) FF判定とMP判定の理解と議論を促進したい。
MPFF:Maintenance Preventable Functional Failure
非待機時間
(UA時間) MPFFとともに保全の有効性の議論を深めるための共通語としたい。(UA:Unavailable hours)
点検 理解しやすくするため試験及び検査を点検に含めると整理した。
(2)時間基準保全(TBM)と状態基準保全(CBM)の再定義
保全をする方々の間では、状態監視とか傾向監視の言葉は頻繁に使われる。これは保全を行ううえでは基本中の基本であるが、従来使われていた「状態監視保全」及び「時間計画保全」の区分では、状態監視していて保全を行うもの全てが「状態監視保全(CBM)」と勘違いしかねない。本改定では、英語を正しく訳すとの意味もあり「状態基準保全」と「時間基準保全」とし、あくまでも何を基準として保全するかで区分することと定義し直した。(図1参照)
注)時間基準保全か状態基準保全かは基本的に機器ごとに区分する。
図1 時間基準保全と状態基準保全
4.保守管理の全体フロー(MC-4)
保守管理は従来から、品質保証システムの体系の中に位置づけられているが、品質保証規程が一般的な管理の原則を規定しているのに対し、保守管理規程は保守管理に特化して、設備の保全について技術的なアプローチの方法(プロセス)を定めたものである。
今回の改定では、プログラム充実の目玉として、新しく「MC-9, 10保全活動管理指標の設定・監視」と「MC-15保全の有効性評価」を追加し、設備そのものの保全実務に関するPDCAの他に、指標の監視と保全結果を基に保全の有効性を評価し継続的に改善するPDCAを形成することを意図した。また、プログラムの骨格をなす「MC-8保全重要度の設定」「MC-11保全計画の策定」「MC-12保全の実施」及び「MC-13点検・補修等の結果の確認・評価」についても「検査の在り方に関する検討会」等の議論を踏まえて内容の充実を図っている。
現在、日本電気協会で議論した図2に示す新しい保全プログラムの流れをベースとして国の新検査制度の議論や事業者のプログラム整備が行われている。
5.保全重要度の設定(MC-8)
従来も「保守管理の重要度を決めなさい」との規程はあったものの、決め方も使い方も具体化されていなかった。今回の改定では、系統毎の範囲と機能を明確にしたうえで、重要度を設定することとし、重要度分類指針に基づく安全重要度分類とリスク情報からの重要度別けを必須とするとともに、事業者判断で決めることのできる部分についても規定している。
特に、リスク情報の保全業務への活用については、欧米では当たり前のように行われているが、わが国では初めての試みであることから、難しいことを要求するのではなく、事業者が持っているPSAのリスク情報を保全重要度の設定に活用することを規定した。ただし、リスク情報については各方面で研究されており、これらの活用を妨げるものではない。
実際の保全重要度の設定レベルはいろいろ考えられるが、図3には3段階の例を示している。一つ目は系統の持つ機能重要度から保全の重要度を決める必須の部分、2つ目は、過度に保守的にならないように事業者の判断で考慮に加えることができる部分、3つ目は、信頼性重視保全の考え方に立って分析等を行って、タスクレベルまで細かく重要度により分類し、不必要な機器の分解などはやらないこととして保全の効率化を図る部分である。全てをすぐに規程で要求するのは無理であるが、3段階まで行い最適な保全を行っていくことが理想と考えている。
6.保全活動管理指標の設定と監視(MC-9,10)
保全の有効性を合理的かつ客観性を持って評価し、継続的に改善するための機能の健全性に係わる指標として、米国の事例を参考として日本の状況に合せて具体化して導入したものである。旨く使うには、何のためにやるかの理解が必要であるが、保全の有効性を客観的に監視することであり、「見える化」して外部への説明性を高めることである。他のプラントと比較・評価するため、プラント間で共通すべき事項を規程および指針で示している。
保全活動管理指標の監視状況を見ることにより、保全の詳細部分を見なくても保全の有効性把握が可能となり、現場における事業者と規制側双方の業務の効率化やお互いの信頼醸成に繋がるものと期待している。
また、指標や予防可能故障(MPFF)及び非待機時間(UA時間)などの定義された用語を使って保全の有効性についての議論が高まり、事業者間のベンチマーク活動が活発化する呼び水となればと考えている。
なお、新しく規定したプログラムであり、指針には詳細な添付を付けているが、これに拘らず現状に合った手順を模索し、日本に合ったやり方を確立すべきと考える。(図4、表2参照)
7.保全計画について(MC-11)
これまでどおり、「点検計画」「補修・取替え計画」「特別な保全計画」の3つの計画を作成するとの規程は変わらない。改定では、保全重要度の設定や保全の有効性評価、あるいは高経年化技術評価の知見などにより、根拠に基づいた計画をたてることを定性的に規定している。
より効果的な保全に向けて継続的に改善していくためには、まず現状の立ち位置、根拠を明確にしたうえで保全計画を策定していくことが重要であるとの考え方である。
(1)保全計画の体系化ということ
規程の中に出てくる言葉ではないが、このプログラムでは、系統機能を明確にしたうえで保全重要度を決め、重要な機能を果たす機器を選定し、この機器に重点をおいた点検を行うことを体系だてて整理することを求めている。また、運転経験や技術的な知見から機器を構成する部位・部品と劣化事象とを結びつけて有効な点検を計画することなど、重要な機能を持つ機器の劣化の可能性がある部位・部品が有効な方法で確実に点検されるように保全(点検)計画の体系化を図り、継続的に見直していくことにより保全の信頼性が高まっていく仕組みを目指している。(図5参照)
図5 保全計画の体系化の例
(2)高経年化技術評価の取り込み
高経年化技術評価を行ったプラントについて、抽出された追加保全策を具体的に保全計画に反映することを規定するとともに、行っていないプラントについても、この知見を参考に、劣化の発生又は進展を確認することを計画に反映させることを推奨している。これまでの規程では、必ずしも高経年化への対応を明確にしていなかったが、重要な事項であるので明確にしたものである。また、保全の根拠として「劣化メカニズム整理表」を整備し、経年劣化への対応を効率的に行うことを指針に記載している。
(3)保全の実施中の保安確保について
志賀原子力発電所で起きた「制御棒の引き抜け事象」に鑑み、規程に保全の計画段階から保全実施中の保安確保を担保した計画とする旨の記載を追加した。これまでも、実施の段階では保安を確保したうえで保全を実施することとの解説はあったものの計画の時からの対応を求めたものである。
(4)点検と検査の関係
これまでの規程では、点検と検査の関係があいまいであったり、法で定められている「定期事業者検査」に関する規程が民間規格であるJEAC4209にあったりと混乱していたため整理した。また、定期事業者検査の規程は本文からは削除し、定期事業者検査の実施に際して有用なもののみを指針の添付として残した。
(5)運転中の状態監視について
設備診断技術を高めて運転中の状態監視を充実させ、状態基準保全の導入や時間基準保全とした機器についても状態監視を合せて行う計画を推奨した規程および指針とした。
また、保全の有効性評価のため「手入れ前データ」などの保全データの充実を促す規程および指針としている。ただし、計画に関する詳細な規程はなるべく避けて、事業者自らの創意工夫や有効性評価からの継続的な改善を導き出すこととしたつもりである。
8.保全の実施について(MC-12)
まずは、計画されたとおり実行することだけであるが、実行に際して4つのプロセスを経ることを規定している。このうち設計管理や調達管理は品質保証規程に規定されておりこれに従い実施されたい。「工事計画」、「工事管理」は保全のプロセスとして重要であるが、内容の詳細な規程をしていない、これは、工事計画や工事管理の手法が事業者によりまちまちであり、規定すること(型に嵌めること)が必ずしも良いとは限らないとの判断から、解説に注意事項を記載するに止めている。ベンチマーキングが進み皆が良いとする方法論があれば好事例として指針に記載する等を検討すればよいと考える。
実行に移すには準備が必要であり、「設備診断技術の向上」や「手入れ前データ採取方法の研究」など長期に渡る地道な現場技術の充実活動が行われることを願っている。
9.保全の有効性評価について(MC-15)
これまで規程にはなかったが、保全の有効性は各事業者がさまざまな形でこれまでも行っていた。継続的な改善を行っていく上で重要なプロセスであるとの認識から、新しくプログラムに取り込んで規定することとした。これまでの保全活動では、チェック&アクションが足りないとの反省から、検査や試験において判定基準を満足しなかった場合の「不適合管理及び是正処置」とは別に、事業者自らの改善活動を充実させることが必要と考えたものである。
評価内容は、大別して指標による全体的な評価と保全データからの個別機器の評価があり、時期的には保全計画を立てる前に保全の有効性を評価し、必要な改善を図ることを計画に盛り込むことを意図している。(図6参照)
図6 保全の有効性評価の内容
10.保全プログラムと原子炉停止間隔
原子炉停止間隔に関する記述は規程にはない。しかしながら、原子炉停止間隔を決める前提として、安全性、信頼性確保のための保全プログラムの充実が必要であり、信頼性重視保全の考え方から保全データ等をしっかり分析したうえで保全周期を決めることができていれば、原子炉停止間隔も最適化でき、信頼性に悪影響を及ぼしかねない不必要な原子炉の起動・停止や機器の分解・開放等をなくすことが出来るものと考える。
11.おわりに
保守管理規程は、現場で使う規程であるから、研究段階にある技術や、各事業者間で大きく方法が異なっている事項等は、現場の混乱を避ける意味から具体的な規程は難しいと考えている。今回の改定では、新しく追加したプログラムや充実したプログラムが数多く盛り込まれているが、骨格的なものを規定したのみで、実践してから、事業者間の議論や自主的な改善努力を積み重ねて肉付けして頂ければと考えている。
この規程と指針は保全の現場で使われるものであり、現場での意見や創意工夫を取り入れて、適切な時期に改定を加えてLiving Systemとして役割を果たせるようになることを期待している。
(平成19年12月10日)