リスク情報を活用した原子力安全規制の実現に向けて
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カテゴリ: 解説記事
リスク情報を活用した原子力安全規制の実現に向けて 吉田 智朗,Tomoaki YOSHIDA
1.はじめに
平成17年5月に原子力安全・保安院がリスク情報を活用した原子力安全規制に関する一連の文書「原子力安全規制への「リスク情報」活用の基本的考え方」「原子力安全規制への「リスク情報」活用の当面の実施計画」を発行して約2年半が過ぎた。その間、我が国のリスク情報活用への準備はどれほど進展したのだろうか?
リスクインフォームド規制の先駆けである米国原子力規制委員会(US.NRC)は、2000年に最初のリスクインフォームド規制実施計画(Risk-Informed Regulation Implementation Plan, RIRIP)を策定して以来、毎年、目標達成状況の自己評価と実施計画の更新結果を詳細に公開しており [1]、それを見れば計画の進捗状況がかなりよくわかる。そもそも、米国には、公的機関に上のようなPDCA活動と情報公開を義務づける法律-Office of Management and BudgetのThe Government Performance and Results Act-があり、それが忠実に実行されている証左であろうと思われる。我が国にも類似の政策評価法があるが、我が国の規制当局がこのような内容の情報を公表したことはなく、当事者以外の第三者が、自国のことでありながら米国並みの現況情報を得ることは容易ではない。規制活動における自己評価において一層の充実が望まれる。
これまで我が国では、国の委員会・検討会や学会等の場でリスク情報活用の国内検討結果が紹介されたことはあったが、何ができていないのかあまりはっきり指摘しないことが多かったようである。あまり否定的な印象を持たれたくないという配慮からであろうか。しかしながら、本気で実現を目指すならば、現在何が不足していてどうやってそれを克服していくのか、正面から見据える必要があろうかと思う。
以上のような問題意識から、本稿では、現状で何が足らないのか、それをどうすれば克服できるのか、に
ついて、敢えて明示的に議論してみた。いきおい、現状不十分と思う点を列挙することとなってしまうが、それは決して批難が目的なのではなく、体裁を飾らずにあくまでも実現に不可欠な課題を的確に把握したいがためである。内容としては、大まかに以下の3つの視点でまとめてみた。最初は確率論的安全評価(PSA)-または別の呼び方として確率論的リスク評価(PRA)-の技術に関わる視点、2つめは、規制当局の活動に関する視点、最後は電気事業者の活動に関わる視点である。筆者の専門知識の限界から、本稿で述べる範囲も非常に狭く限られることをお断りしておく。可能であれば、様々な専門分野の方々が同じような意識で問題の整理をしていただければよいのではないかと考える。
2.確率論的安全評価(PSA)技術に関わる視点
我が国における確率論的安全評価(PSA)の技術論的課題は、当面、原子力安全・保安院、原子力安全基盤機構の「原子力発電所における確率論的安全評価(PSA)の品質ガイドライン(試行版)」(平成18年4月)に示される品質保証要件を満足することで解決されると考えられよう(米国安全規制委員会NRCが発行した規制指針[2]の詳細さと分量に比べれば極めて基本的な内容である)。上記ガイドラインの中では、品質確保上の基本的要求事項として以下の3つの観点が示されている。
① PSAの範囲
② モデル及びデータ等の妥当性
③ 解析結果に対する分析・評価の妥当性
ここではすべての観点について網羅するわけにいかないので、筆者が現在関わっているデータ分析を中心に、②の問題に限って重要と思われる点を指摘したい。
2.1 信頼性パラメータに関わる問題
現在日本で実施されているPSAの信頼性パラメータ(機器故障、共通原因、人間信頼性等の発生確率に関わるパラメータ)の大部分が、いまだに約20年も前の米国評価のパラメータを使用して炉心損傷頻度(CDF)を計算しており、しかもBWR、PWRの炉型の中ではそれぞれほとんど同じ値を使用している。そのような評価結果が、いわゆる “正式”なPSAとして認知されているということは、考えてみればかなり特異なことではないだろうか。例えば、我が国のある工場の排ガスによる公衆の健康リスクを評価しようというときに、他国の20年前の排出ガスデータを用いた評価が当該工場の排ガスリスクを表したことになるのか? 恐らく誰もが、まず当該工場の排ガス成分を測定しなければお話にならないと考えるだろう。品質保証マネジメントシステムの考え方が主流となりつつある現代では、工場オーナー会社自らが排ガス成分を把握しリスク低減に努めることが要求されるはずである。ところが、国内の原子力発電所PSAの場合は、同様のことがPSA実務者の間でこれまでほとんど問題にされることがなかったようである。その理由について明文化されたものはないようだが、ⅰ)米国では故障件数が多いので故障率が計算できるが、我が国では徹底した予防保全のため故障件数がほとんどなく故障率の統計処理ができない、ⅱ)我が国の発電所は設計が標準化されているので発電所個別の機器信頼性評価をしなくてもよい、などの説明がされることが多い。しかし、いずれも学術的あるいは実証的な根拠を土台とした議論ではないようである。
上記ⅰ)については、程度の差こそあれ米国でも故障件数が少ないという事情は同じであった。WASH-1400(ラスムッセン報告)[3]やNUREG-1150[4]などで使用されたPSAでは、信頼性データの評価において、統計的数字があてにならず「主観的」な専門家判断に頼らざるを得ない場面が多かったようである。我が国では、故障率の算定は「客観的」データに基づかなければならない、という意識が強いので、国内データがないからには実績のある米国のデータを使用するという理屈になっているのであろうが、実はその米国データ自体、「客観的」データではなく「主観的」に導出されたものがかなり多かったのである。ここでいう「主観的」は、単に個人の独りよがりという意味ではなく、人間が対象物に対して持つ合理的価値判断をさして言うもので、様々な人間との議論を経ることで修正補強されながら一定の合意に達することで、その合理性が強化されていく。そのような主観的判断は、信頼性評価やリスク評価の本質的な要素と考えられている[5]。現在の我が国では、「科学的・合理的」という合言葉の下、PSAを「客観的」データのみで構成しようという方向に向かいつつあると思われるが、それではリスク評価の本質からはずれてしまうであろう[5],[6]。共通原因事象や人間信頼性の評価には、機器故障率の推定とは比較にならぬほどの専門家判断を必要とする場面があり、これらを「科学的・合理的」な「客観的」データ中心で行おうとすれば、いつまでたっても国内運転経験を反映したリスク評価はできないのではないかと思われる。
なお、主観的な要素と客観的な要素を組み合わせて信頼性を評価する数学的枠組みとして、ベイズ統計学というものがある。ベイズ統計学は、そもそもラスムッセンがベイズ統計学の概念の下にPSA手法を開発したこともあり[6],[7]、欧米のPSA先進国では常識的に使用されている。ベイズ統計学は、我が国で通常習う頻度論統計学とは基本概念が異なることもあって、我が国の信頼性・リスク評価分野での認知度は高くない。しかし、信頼性パラメータ評価において、希少な客観的データと人間の知識を相互補完しその不確かさを確率として扱うベイズ統計は、リスク評価と極めて親和性が高く、我が国PSAへ本格的に導入することは必須であると考える。
次に、ⅱ)の理由については明らかな齟齬があるように思われる。たとえ発電所全体の設計が標準化されていたとしても、その構成要素である個々の機器まで標準化されているわけではないので、発電所毎に個々の機器の信頼性パラメータは異なるという前提で議論するのが妥当であろう。
結局、我が国のPSAにおいて、どの発電所にも一律に古い米国信頼性データを使用することの正当性はあまりはっきりしていない。現状では、発電所の現場で納得してもらえるPSAとはなっていないのではなかろうか。欧米のように専門家判断を積極的に活用しつつ個別発電所の運転経験データを蓄積して地道に信頼性評価・リスク評価を行うのが本来の姿であろうと思われる。
2.2 信頼性モデルに関わる問題
我が国のレベル1 PSAにおける炉心損傷頻度は、一般に米国のそれよりも1~2桁低いと言われている。我が国の評価は先にも述べたように米国の古い信頼性パラメータによる結果であるから、故障件数の低い我が国のパラメータを用いた「感度解析」注1)のPSAでは、さらに1桁程度CDFが小さくなってくる。しかしながら、ここで、米国のCDFや原子力安全委員会の安全目標委員会で議論されている性能目標に比べて我が国のCDFが低いという理由だけで日本の原子力発電所の安全性は高い、と結論するのはやや早計と思われる。
一般に、信頼性モデルの詳細度はCDFの結果に影響するが、人間信頼性、共通原因事象をはじめとする様々なリスク源が我が国のPSAで適切にモデル化されているかどうかは、PSAの品質保証活動が充実していない現状ではまだ明らかになっていない。現状我が国のPSAでは、評価に用いるパラメータはほとんど旧米国データに依存している関係上、それが適用できる範囲にモデル化が限定されてしまうので、リスク源のモデル化にはまだ詳細化の余地がかなりあると考えられる。リスク源のモデル化を詳細化すればするほど結果のCDFは大きくなる可能性があると思われるが、それが安全性の低下を意味しないのは明らかである。重要なのは、PSAの中で様々なリスク源を綿密に考慮し、それに基づいて発電所の適切なリスク管理ができているかどうかであって、単にCDFの値を小さくすることではない。
このように考えると、CDFの大小を云々する以前にモデル化の詳細度が重要であることがわかるが、我が国のPSAではまだモデル化の詳細度が適切かどうかを評価する枠組みは確立されていないだろう。内容的にも、人間信頼性解析における人間操作手順シナリオの構築、共通原因事象の国内分析などは十分ではないと考えられる。
3.規制当局の活動に関わる視点
米国NRCが1995年に発表した、原子力安全規制へのPRA(米国NRCではPRAと呼んでいるのでここでは「PRA」という語を使う)の利用に関する政策声明[8]を見ると、PRA利用の利点を心底実感していることが読み取れる。声明の冒頭には、PRAは決定論的評価の拡張・展開であって、体系的に安全上の優先順位と対策への示唆を与える有効な手段である、というNRCのPRAに対する明確な考え方が述べられている。例のTMI事故後にPRAの有効性が高く評価されているのは、原子炉安全研究WASH-1400の中にTMI事故同様の事故シナリオがきちんと分析されていたことから、PRAを用いれば従来の決定論的評価よりも詳細な安全関連情報が得られること痛感したからであろう[9]。そのため、NRCは、電気事業者のPRA利用を審査するだけではなく、自らの規制活動において安全性に寄与しない要件を廃し規制効率を向上させるため、PRAを積極的に利用しようとしている。その代表が2000年から改訂された原子炉監視プロセス(Revised Reactor Oversight Process, 改訂ROP)[10]で、安全性の観点から事業者監視の項目(ベースライン検査項目、パフォーマンス指標Performance Indicators, PIs)を決めたり、監視指摘事項の安全上の寄与度を判断したりする(重要度決定プロセス、Significance Determination Process, SDP)際にPRAを利用している。また、改訂ROP以前においても、事故シーケンス前兆プログラム(Accident Sequence Precursor Program, ASP)[11]、バックフィットルールなどでPRAが利用されてきている。
米国NRCにおけるPRA利用の特徴は、「安全重要度の軽重によって優先的に実施すべき規制活動の内容を取捨選択すること」と言えよう。ここで、やるべきことの「取」の判断は保守的な態度の下では比較的容易だが、「捨」の判断にはかなりの自信が必要である。判断材料であるリスク評価の内容をよく理解し、かつ万が一判断に誤りが判明したり状況が変化したりした場合には適切に修正が効くようなPDCAサイクルが確立していなければ、「捨」の判断は容易にはできない。この点、毎年改訂されているRIRIPの進捗や、おびただしい数の情報公開文書を参照すると、米国NRCがPRAの信頼性向上のために多大なる資源を投入してその信頼性を高める一方、(他の政府機関もそうであるように)規制活動としての品質保証体制を確立することで、判断への自信を育んでいるように思われる。
一方、我が国の規制当局の活動においては、残念ながらPSA(我が国ではPSAと呼んでいるのでここでは「PSA」の語を使う)の出る幕はまだほとんどないように思われる。これは、やはり我が国には、TMI事故からPSAの有効性を再評価する、という実体験がなかったからかもしれない。また、電気事業者が実施する個別プラント評価や定期安全レビュー、アクシデントマネジメント対策におけるPSAについても、単に決定論的評価に基づく方策の妥当性を追認するだけの役割がほとんどのように思われる。これは、我が国のPSAからは重要な判断ができるほどの有効な情報は得られない、と規制側が判断しているということだろうか。最近の検査制度改革で、事業者に対する検査結果の安全重要度を評価するためにSDPが実施されることになったが、その中でPSAがどの程度の役割を果たすのかはまだ明確ではない。
我が国でリスク情報を安全規制に活用していこうという方向性は示されたが、今のところ、安全規制の中でPSAからの情報を重視していることを窺わせるような規制活動の計画はあまり明確に示されていないと思われる。我が国の規制当局が、米国NRCのように自らPSAの活用を推進し、安全重要度に基づく規制活動の効率化を図れば、被規制者である電力会社の側でもPSA利用による安全重要度を重視した発電所運営が促進されるであろうと考える。
4.電気事業者活動に関わる視点
リスク情報を活用した原子力発電所の運転保守合理化とは、運転保守活動の中で安全重要度の軽重による優先順位を判断し、その順位に応じて人的・経済的リソースを配分することである。これには、安全重要度の評価と優先順位の判断が的確であることと、判断の誤りが判明したり状況が変化したりした場合には適切な修正が効くことが必要であろう。従って、運転保守活動の現場である発電所が自らリスクの現況を把握する必要があり、また、それらの活動が適切なPDCAサイクルの下で展開されなければならないと考えられる。
このことを踏まえると、我が国の原子力発電所の現状では、PSAを利用して運転保守合理化を図る段階にまだ至っていないのではないかと思われる。なぜなら、第一に、2.で述べたように、我が国のPSAで使われている信頼性パラメータはまだほとんどが一律に米国の過去の評価値を流用したものであるため、PSAの結果が現発電所のリスクを適切に表現したものとは言えないからである。第二に、我が国の原子力発電所では、リスク評価に必要な系統機器の定量的信頼性評価も行っていないので、現場がPSA的観点からのリスクを把握しているとは言えないからである。米国におけるリスクインフォームド応用のNRC規制指針を参照すると、発電所にリスクインフォームド応用を許可する基準は、単純に炉心損傷頻度や炉心損傷確率の増分が許容範囲内にあるかどうか、というよりも(定量的リスクである限りそれも重要ではあるが)、むしろ、当該発電所が自らのリスクを十分に把握し、リスク管理を適切に実行する体制を持っているかどうか、というところにあるように思われる。このように考えると、リスクの数字自体はモデル化にかなり依存し、また不確かさの幅も存在するので、許容範囲を超えるか超えないかというような数字のせめぎ合いは安全確保の主旨からはあまり細かく議論しても意味のないことであろう。まして、機器信頼性評価やPSAを現場の関与しない別の場所で行なっていたのでは、現場によるリスク状況の把握についてもリスク管理体制の確立についても何も説明したことになっていない。
以上から、リスク情報活用の推進という立場から重要なことは、電気事業者が機器系統の信頼性分析、およびそれに基づくPSAを発電所の現場で実施し、リスク管理が適切に実行できることを規制側にアピールすることではないかと思われる。
5.結言
我が国の原子力発電において必ずしもリスク情報活用が順調に進んでいるように見えないため、現在具体的に何が足りないのかを陽に考えてみた。すなわち、
? 技術的には、国内運転経験を反映した信頼性評価がほとんど手つかずになっていること
? 規制当局においてPSAの有効性に関する実感が不十分で、PSAを利用した安全重要度に基づく規制活動への方向が不明瞭であること
? 電気事業者は発電所の現場でリスク評価を行っておらず、リスク管理が適切に実行できることを示せていないこと
今後、リスク情報を有効に活用していくためには、これらを明確に意識して克服する方策を考え、実行することが不可欠であると考える。本稿で述べたこと以外にも様々な関連分野で問題があると思われるが注2)、それぞれの分野に関わる方々がそれぞれ問題点を直視して解決を図ることが望ましい。
最後に、本稿の内容についてはいろいろな方からの異論もあるかと思うが、他の問題点も含めて、盛んな議論が行われることを是非とも期待したい。
注1) 本来、感度解析は、どのモデル、どのパラメータ、どの前提条件が重要か、を決定することを目的としており、その方法は、モデルやパラメータ、前提条件等の中の不確定な要素を「個々に」大きく変動させてみて、どの要素が系全体に大きな影響を及ぼすかを調べるものである。ところが、我が国のPSA分野では、機器故障パラメータをすべて日本のものに入れ替えてリスク評価することを「感度解析」と呼んでいる。これではどの要素の感度が高くてどの要素がが低いのかがわからず、本来の意味での感度解析になっていないのではないかと思われる(本来の感度解析も行われているのかもしれないが)。
注2) 例えば、PRA品質保証のための民間規格のあり方も一つの問題であろう。米国機械学会のPRAスタンダード(ASME-RA-2002 & Addenda ASME-RA- Sb-2005)では、PRAを活用するにあたって、PRAへの依存度に応じた段階的な技術的要求事項を定めているが、我が国のPSA実施基準では、そもそもPSAの活用が陽に前提とはされておらず、要求事項も一律最低限の要件となっているため、この実施基準に適合してもどういうPSA活用が可能なのかがあいまいになっている。
参考文献
[1] 最初の実施計画は、US.NRC, “RISK-INFORMED REGULATION IMPLEMENTATION PLAN,” SECY-00-0213, Oct.26,2000. 、最新の計画は、US.NRC, “Implementation and Update of the Risk-Informed and Performance-Based Plan,” SECY-07-0191, Oct.31,2007.
[2] US.NRC, “AN APPROACH FOR DETERMINING THE TECHNICAL ADEQUACY OF PROBABILISTIC RISK ASSESSMENT RESULTS FOR RISK-INFORMED ACTIVITIES,” Regulatory Guide1.200 Rev.1, Jan.2007.
[3] US.NRC.“WASH-1400: Reactor Safety Study,” (NUREG-75/014), 1975.
[4] US.NRC, “Severe Accident Risks: An Assessment for Five U.S. Nuclear Power Plants,” NUREG-1150, Dec.1990.
[5] G.Apostolakis, “The Concept of Probability in Safety Assessments of Technological Systems,” SCIENCE, VOL.250, Dec.1990.
[6] N.Rasmussen, “The Application of Probabilistic RiskAssessment Techniques to Energy Technologies,” the Annual Review of Energy, Vol.6,1981.
[7] Martz, & Waller, “Bayesian Reliability Analysis,” Wiley, 1982.
[8] USNRC, Use of Probabilistic Risk Assessment Methods in Nuclear Regulatory Activities: Final Policy Statement, Federal Register, Vol. 60, p. 42622 (60 FR 42622), August 16, 1995.
[9] Keller, & Modarres, “A historical Overview of Probabilistic Risk Sssessment Development and Its Use in the Nuclear Power Industry: A Tribute to the Late Professor Norman Carl Rasmussen,”Reliability Engineering and System Safety, 89, 2005
[10]http://www.nrc.gov/NRR/OVERSIGHT/ASSESS/index.html
[11]Ad Hoc Risk Assessment Review Group(Lewis, Chair), “Risk Assessment Review Group Report to the Nuclear Regulatory Commission,”NUREG/CR-0400, US.NRC, Sep.1978.
(平成19年12月12日)
1.はじめに
平成17年5月に原子力安全・保安院がリスク情報を活用した原子力安全規制に関する一連の文書「原子力安全規制への「リスク情報」活用の基本的考え方」「原子力安全規制への「リスク情報」活用の当面の実施計画」を発行して約2年半が過ぎた。その間、我が国のリスク情報活用への準備はどれほど進展したのだろうか?
リスクインフォームド規制の先駆けである米国原子力規制委員会(US.NRC)は、2000年に最初のリスクインフォームド規制実施計画(Risk-Informed Regulation Implementation Plan, RIRIP)を策定して以来、毎年、目標達成状況の自己評価と実施計画の更新結果を詳細に公開しており [1]、それを見れば計画の進捗状況がかなりよくわかる。そもそも、米国には、公的機関に上のようなPDCA活動と情報公開を義務づける法律-Office of Management and BudgetのThe Government Performance and Results Act-があり、それが忠実に実行されている証左であろうと思われる。我が国にも類似の政策評価法があるが、我が国の規制当局がこのような内容の情報を公表したことはなく、当事者以外の第三者が、自国のことでありながら米国並みの現況情報を得ることは容易ではない。規制活動における自己評価において一層の充実が望まれる。
これまで我が国では、国の委員会・検討会や学会等の場でリスク情報活用の国内検討結果が紹介されたことはあったが、何ができていないのかあまりはっきり指摘しないことが多かったようである。あまり否定的な印象を持たれたくないという配慮からであろうか。しかしながら、本気で実現を目指すならば、現在何が不足していてどうやってそれを克服していくのか、正面から見据える必要があろうかと思う。
以上のような問題意識から、本稿では、現状で何が足らないのか、それをどうすれば克服できるのか、に
ついて、敢えて明示的に議論してみた。いきおい、現状不十分と思う点を列挙することとなってしまうが、それは決して批難が目的なのではなく、体裁を飾らずにあくまでも実現に不可欠な課題を的確に把握したいがためである。内容としては、大まかに以下の3つの視点でまとめてみた。最初は確率論的安全評価(PSA)-または別の呼び方として確率論的リスク評価(PRA)-の技術に関わる視点、2つめは、規制当局の活動に関する視点、最後は電気事業者の活動に関わる視点である。筆者の専門知識の限界から、本稿で述べる範囲も非常に狭く限られることをお断りしておく。可能であれば、様々な専門分野の方々が同じような意識で問題の整理をしていただければよいのではないかと考える。
2.確率論的安全評価(PSA)技術に関わる視点
我が国における確率論的安全評価(PSA)の技術論的課題は、当面、原子力安全・保安院、原子力安全基盤機構の「原子力発電所における確率論的安全評価(PSA)の品質ガイドライン(試行版)」(平成18年4月)に示される品質保証要件を満足することで解決されると考えられよう(米国安全規制委員会NRCが発行した規制指針[2]の詳細さと分量に比べれば極めて基本的な内容である)。上記ガイドラインの中では、品質確保上の基本的要求事項として以下の3つの観点が示されている。
① PSAの範囲
② モデル及びデータ等の妥当性
③ 解析結果に対する分析・評価の妥当性
ここではすべての観点について網羅するわけにいかないので、筆者が現在関わっているデータ分析を中心に、②の問題に限って重要と思われる点を指摘したい。
2.1 信頼性パラメータに関わる問題
現在日本で実施されているPSAの信頼性パラメータ(機器故障、共通原因、人間信頼性等の発生確率に関わるパラメータ)の大部分が、いまだに約20年も前の米国評価のパラメータを使用して炉心損傷頻度(CDF)を計算しており、しかもBWR、PWRの炉型の中ではそれぞれほとんど同じ値を使用している。そのような評価結果が、いわゆる “正式”なPSAとして認知されているということは、考えてみればかなり特異なことではないだろうか。例えば、我が国のある工場の排ガスによる公衆の健康リスクを評価しようというときに、他国の20年前の排出ガスデータを用いた評価が当該工場の排ガスリスクを表したことになるのか? 恐らく誰もが、まず当該工場の排ガス成分を測定しなければお話にならないと考えるだろう。品質保証マネジメントシステムの考え方が主流となりつつある現代では、工場オーナー会社自らが排ガス成分を把握しリスク低減に努めることが要求されるはずである。ところが、国内の原子力発電所PSAの場合は、同様のことがPSA実務者の間でこれまでほとんど問題にされることがなかったようである。その理由について明文化されたものはないようだが、ⅰ)米国では故障件数が多いので故障率が計算できるが、我が国では徹底した予防保全のため故障件数がほとんどなく故障率の統計処理ができない、ⅱ)我が国の発電所は設計が標準化されているので発電所個別の機器信頼性評価をしなくてもよい、などの説明がされることが多い。しかし、いずれも学術的あるいは実証的な根拠を土台とした議論ではないようである。
上記ⅰ)については、程度の差こそあれ米国でも故障件数が少ないという事情は同じであった。WASH-1400(ラスムッセン報告)[3]やNUREG-1150[4]などで使用されたPSAでは、信頼性データの評価において、統計的数字があてにならず「主観的」な専門家判断に頼らざるを得ない場面が多かったようである。我が国では、故障率の算定は「客観的」データに基づかなければならない、という意識が強いので、国内データがないからには実績のある米国のデータを使用するという理屈になっているのであろうが、実はその米国データ自体、「客観的」データではなく「主観的」に導出されたものがかなり多かったのである。ここでいう「主観的」は、単に個人の独りよがりという意味ではなく、人間が対象物に対して持つ合理的価値判断をさして言うもので、様々な人間との議論を経ることで修正補強されながら一定の合意に達することで、その合理性が強化されていく。そのような主観的判断は、信頼性評価やリスク評価の本質的な要素と考えられている[5]。現在の我が国では、「科学的・合理的」という合言葉の下、PSAを「客観的」データのみで構成しようという方向に向かいつつあると思われるが、それではリスク評価の本質からはずれてしまうであろう[5],[6]。共通原因事象や人間信頼性の評価には、機器故障率の推定とは比較にならぬほどの専門家判断を必要とする場面があり、これらを「科学的・合理的」な「客観的」データ中心で行おうとすれば、いつまでたっても国内運転経験を反映したリスク評価はできないのではないかと思われる。
なお、主観的な要素と客観的な要素を組み合わせて信頼性を評価する数学的枠組みとして、ベイズ統計学というものがある。ベイズ統計学は、そもそもラスムッセンがベイズ統計学の概念の下にPSA手法を開発したこともあり[6],[7]、欧米のPSA先進国では常識的に使用されている。ベイズ統計学は、我が国で通常習う頻度論統計学とは基本概念が異なることもあって、我が国の信頼性・リスク評価分野での認知度は高くない。しかし、信頼性パラメータ評価において、希少な客観的データと人間の知識を相互補完しその不確かさを確率として扱うベイズ統計は、リスク評価と極めて親和性が高く、我が国PSAへ本格的に導入することは必須であると考える。
次に、ⅱ)の理由については明らかな齟齬があるように思われる。たとえ発電所全体の設計が標準化されていたとしても、その構成要素である個々の機器まで標準化されているわけではないので、発電所毎に個々の機器の信頼性パラメータは異なるという前提で議論するのが妥当であろう。
結局、我が国のPSAにおいて、どの発電所にも一律に古い米国信頼性データを使用することの正当性はあまりはっきりしていない。現状では、発電所の現場で納得してもらえるPSAとはなっていないのではなかろうか。欧米のように専門家判断を積極的に活用しつつ個別発電所の運転経験データを蓄積して地道に信頼性評価・リスク評価を行うのが本来の姿であろうと思われる。
2.2 信頼性モデルに関わる問題
我が国のレベル1 PSAにおける炉心損傷頻度は、一般に米国のそれよりも1~2桁低いと言われている。我が国の評価は先にも述べたように米国の古い信頼性パラメータによる結果であるから、故障件数の低い我が国のパラメータを用いた「感度解析」注1)のPSAでは、さらに1桁程度CDFが小さくなってくる。しかしながら、ここで、米国のCDFや原子力安全委員会の安全目標委員会で議論されている性能目標に比べて我が国のCDFが低いという理由だけで日本の原子力発電所の安全性は高い、と結論するのはやや早計と思われる。
一般に、信頼性モデルの詳細度はCDFの結果に影響するが、人間信頼性、共通原因事象をはじめとする様々なリスク源が我が国のPSAで適切にモデル化されているかどうかは、PSAの品質保証活動が充実していない現状ではまだ明らかになっていない。現状我が国のPSAでは、評価に用いるパラメータはほとんど旧米国データに依存している関係上、それが適用できる範囲にモデル化が限定されてしまうので、リスク源のモデル化にはまだ詳細化の余地がかなりあると考えられる。リスク源のモデル化を詳細化すればするほど結果のCDFは大きくなる可能性があると思われるが、それが安全性の低下を意味しないのは明らかである。重要なのは、PSAの中で様々なリスク源を綿密に考慮し、それに基づいて発電所の適切なリスク管理ができているかどうかであって、単にCDFの値を小さくすることではない。
このように考えると、CDFの大小を云々する以前にモデル化の詳細度が重要であることがわかるが、我が国のPSAではまだモデル化の詳細度が適切かどうかを評価する枠組みは確立されていないだろう。内容的にも、人間信頼性解析における人間操作手順シナリオの構築、共通原因事象の国内分析などは十分ではないと考えられる。
3.規制当局の活動に関わる視点
米国NRCが1995年に発表した、原子力安全規制へのPRA(米国NRCではPRAと呼んでいるのでここでは「PRA」という語を使う)の利用に関する政策声明[8]を見ると、PRA利用の利点を心底実感していることが読み取れる。声明の冒頭には、PRAは決定論的評価の拡張・展開であって、体系的に安全上の優先順位と対策への示唆を与える有効な手段である、というNRCのPRAに対する明確な考え方が述べられている。例のTMI事故後にPRAの有効性が高く評価されているのは、原子炉安全研究WASH-1400の中にTMI事故同様の事故シナリオがきちんと分析されていたことから、PRAを用いれば従来の決定論的評価よりも詳細な安全関連情報が得られること痛感したからであろう[9]。そのため、NRCは、電気事業者のPRA利用を審査するだけではなく、自らの規制活動において安全性に寄与しない要件を廃し規制効率を向上させるため、PRAを積極的に利用しようとしている。その代表が2000年から改訂された原子炉監視プロセス(Revised Reactor Oversight Process, 改訂ROP)[10]で、安全性の観点から事業者監視の項目(ベースライン検査項目、パフォーマンス指標Performance Indicators, PIs)を決めたり、監視指摘事項の安全上の寄与度を判断したりする(重要度決定プロセス、Significance Determination Process, SDP)際にPRAを利用している。また、改訂ROP以前においても、事故シーケンス前兆プログラム(Accident Sequence Precursor Program, ASP)[11]、バックフィットルールなどでPRAが利用されてきている。
米国NRCにおけるPRA利用の特徴は、「安全重要度の軽重によって優先的に実施すべき規制活動の内容を取捨選択すること」と言えよう。ここで、やるべきことの「取」の判断は保守的な態度の下では比較的容易だが、「捨」の判断にはかなりの自信が必要である。判断材料であるリスク評価の内容をよく理解し、かつ万が一判断に誤りが判明したり状況が変化したりした場合には適切に修正が効くようなPDCAサイクルが確立していなければ、「捨」の判断は容易にはできない。この点、毎年改訂されているRIRIPの進捗や、おびただしい数の情報公開文書を参照すると、米国NRCがPRAの信頼性向上のために多大なる資源を投入してその信頼性を高める一方、(他の政府機関もそうであるように)規制活動としての品質保証体制を確立することで、判断への自信を育んでいるように思われる。
一方、我が国の規制当局の活動においては、残念ながらPSA(我が国ではPSAと呼んでいるのでここでは「PSA」の語を使う)の出る幕はまだほとんどないように思われる。これは、やはり我が国には、TMI事故からPSAの有効性を再評価する、という実体験がなかったからかもしれない。また、電気事業者が実施する個別プラント評価や定期安全レビュー、アクシデントマネジメント対策におけるPSAについても、単に決定論的評価に基づく方策の妥当性を追認するだけの役割がほとんどのように思われる。これは、我が国のPSAからは重要な判断ができるほどの有効な情報は得られない、と規制側が判断しているということだろうか。最近の検査制度改革で、事業者に対する検査結果の安全重要度を評価するためにSDPが実施されることになったが、その中でPSAがどの程度の役割を果たすのかはまだ明確ではない。
我が国でリスク情報を安全規制に活用していこうという方向性は示されたが、今のところ、安全規制の中でPSAからの情報を重視していることを窺わせるような規制活動の計画はあまり明確に示されていないと思われる。我が国の規制当局が、米国NRCのように自らPSAの活用を推進し、安全重要度に基づく規制活動の効率化を図れば、被規制者である電力会社の側でもPSA利用による安全重要度を重視した発電所運営が促進されるであろうと考える。
4.電気事業者活動に関わる視点
リスク情報を活用した原子力発電所の運転保守合理化とは、運転保守活動の中で安全重要度の軽重による優先順位を判断し、その順位に応じて人的・経済的リソースを配分することである。これには、安全重要度の評価と優先順位の判断が的確であることと、判断の誤りが判明したり状況が変化したりした場合には適切な修正が効くことが必要であろう。従って、運転保守活動の現場である発電所が自らリスクの現況を把握する必要があり、また、それらの活動が適切なPDCAサイクルの下で展開されなければならないと考えられる。
このことを踏まえると、我が国の原子力発電所の現状では、PSAを利用して運転保守合理化を図る段階にまだ至っていないのではないかと思われる。なぜなら、第一に、2.で述べたように、我が国のPSAで使われている信頼性パラメータはまだほとんどが一律に米国の過去の評価値を流用したものであるため、PSAの結果が現発電所のリスクを適切に表現したものとは言えないからである。第二に、我が国の原子力発電所では、リスク評価に必要な系統機器の定量的信頼性評価も行っていないので、現場がPSA的観点からのリスクを把握しているとは言えないからである。米国におけるリスクインフォームド応用のNRC規制指針を参照すると、発電所にリスクインフォームド応用を許可する基準は、単純に炉心損傷頻度や炉心損傷確率の増分が許容範囲内にあるかどうか、というよりも(定量的リスクである限りそれも重要ではあるが)、むしろ、当該発電所が自らのリスクを十分に把握し、リスク管理を適切に実行する体制を持っているかどうか、というところにあるように思われる。このように考えると、リスクの数字自体はモデル化にかなり依存し、また不確かさの幅も存在するので、許容範囲を超えるか超えないかというような数字のせめぎ合いは安全確保の主旨からはあまり細かく議論しても意味のないことであろう。まして、機器信頼性評価やPSAを現場の関与しない別の場所で行なっていたのでは、現場によるリスク状況の把握についてもリスク管理体制の確立についても何も説明したことになっていない。
以上から、リスク情報活用の推進という立場から重要なことは、電気事業者が機器系統の信頼性分析、およびそれに基づくPSAを発電所の現場で実施し、リスク管理が適切に実行できることを規制側にアピールすることではないかと思われる。
5.結言
我が国の原子力発電において必ずしもリスク情報活用が順調に進んでいるように見えないため、現在具体的に何が足りないのかを陽に考えてみた。すなわち、
? 技術的には、国内運転経験を反映した信頼性評価がほとんど手つかずになっていること
? 規制当局においてPSAの有効性に関する実感が不十分で、PSAを利用した安全重要度に基づく規制活動への方向が不明瞭であること
? 電気事業者は発電所の現場でリスク評価を行っておらず、リスク管理が適切に実行できることを示せていないこと
今後、リスク情報を有効に活用していくためには、これらを明確に意識して克服する方策を考え、実行することが不可欠であると考える。本稿で述べたこと以外にも様々な関連分野で問題があると思われるが注2)、それぞれの分野に関わる方々がそれぞれ問題点を直視して解決を図ることが望ましい。
最後に、本稿の内容についてはいろいろな方からの異論もあるかと思うが、他の問題点も含めて、盛んな議論が行われることを是非とも期待したい。
注1) 本来、感度解析は、どのモデル、どのパラメータ、どの前提条件が重要か、を決定することを目的としており、その方法は、モデルやパラメータ、前提条件等の中の不確定な要素を「個々に」大きく変動させてみて、どの要素が系全体に大きな影響を及ぼすかを調べるものである。ところが、我が国のPSA分野では、機器故障パラメータをすべて日本のものに入れ替えてリスク評価することを「感度解析」と呼んでいる。これではどの要素の感度が高くてどの要素がが低いのかがわからず、本来の意味での感度解析になっていないのではないかと思われる(本来の感度解析も行われているのかもしれないが)。
注2) 例えば、PRA品質保証のための民間規格のあり方も一つの問題であろう。米国機械学会のPRAスタンダード(ASME-RA-2002 & Addenda ASME-RA- Sb-2005)では、PRAを活用するにあたって、PRAへの依存度に応じた段階的な技術的要求事項を定めているが、我が国のPSA実施基準では、そもそもPSAの活用が陽に前提とはされておらず、要求事項も一律最低限の要件となっているため、この実施基準に適合してもどういうPSA活用が可能なのかがあいまいになっている。
参考文献
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[10]http://www.nrc.gov/NRR/OVERSIGHT/ASSESS/index.html
[11]Ad Hoc Risk Assessment Review Group(Lewis, Chair), “Risk Assessment Review Group Report to the Nuclear Regulatory Commission,”NUREG/CR-0400, US.NRC, Sep.1978.
(平成19年12月12日)