リスク管理と技術倫理(2)―リスク管理ツールとしての技術倫理―
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カテゴリ: 解説記事
リスク管理と技術倫理(2)―リスク管理ツールとしての技術倫理― 中安 文男,Fumio NAKAYASU
1.はじめに
組織を動かすのは人間であり、組織には、技術と倫理が車の両輪のように必要である。どちらが欠けても車は動かない。即ち、大きなリスクを負うことになる。
前稿のリスク管理と技術倫理(1)では、リスク管理の基本であるコンプライアンスについて述べ、この遵守を怠ると組織は大きなダメージを蒙る場合があることをみてきた。
コンプライアンスを法規則遵守とした時に、法と倫理がどう異なるかという疑問が生じるが、これについては図1のように考えられる。即ち、人間社会の普遍的なものから「ある時代、あるグループ、ある地域」に、特有なものとして取り出されたものが法律であり、同じように、但し別の基準で取り出されたものが倫理である。従って、法律と倫理は一部重なる部分もあり、重ならない部分もある。また、時代、グループ、地域が異なると、法律も倫理も見かけ上異なる事があるが、その根本は変わらない。図1の人間社会の普遍的なものとは、人類の数万年の歴史が築きあげてきたものともいえるし、神から与えられしものと考えている人もいる。
本シリーズでは、倫理(技術倫理)は、人に関わるものとしている。異論も存在するが別稿に譲る。
2.リスク管理
2.1 リスク管理のプロセス
前稿で述べたように、リスクはハザードの大きさとその発生確率の兼ね合いで決まる。リスク管理とは、許容できないリスクを許容できるリスクに低減することをいうが、このためには、ハザードの大きさと発生確率を定量化する必要がある。この定量評価の例を表1に示す。MIL STD 882C[1]によるとリスク低減には、時間(Schedule)と金(Dollars)が必要であるとされている。許容可能なハザードの大きさと許容可能なハザードの発生確率は各組織により異なるので表1は、あくまで参考であることを記しておきたい。
リスク管理は、ハザード除去が基本[2]であり、リスク低減は次善の策だという考えもあるが、筆者は、ハザードの発生確率は常に存在する(これを仮に、ハザードのバックグラウンドと呼ぶ)と考えているので、本稿ではリスク低減についてのみ論じる。
リスク管理のプロセスには、PDCAが用いられることが多く、これを用いる次の手順[2]が考えられる。
① ハザードの特定
② 現行管理手段でのリスク評価
③ リスクの許容性の評価
④ リスク管理手段の追加(必要とする時間および費用評価により実現可能なものを選択)
⑤ リスク管理手段がリスクを許容可能なレベルまで低減するに十分か否かの評価(否の場合、④に戻る)
⑥ リスク管理手段の追加実行による新たなハザードの有無評価(必要に応じて①に戻る)
⑦ 追加リスク管理手段の決定
⑧ 以下略
2.2 リスク管理ツール
リスク管理を行う組織は、何らかの管理ツールを使用する方が良い。種々の管理ツールが存在するが、その一例を図2に示す。ほとんどすべての管理ツールには法規則遵守の概念があり、どの手法を選んでも、それを適切に運用すれば組織の持続と発展は可能である。一つの組織で一つの管理ツールを選択するか、複数のツールを選択するかは、個別組織の事情に合わせて決定されるべき事項である。
図2の中のツールから、一つを選択するとすれば、倫理(技術倫理)が良いと筆者は考えているが、その理由を次項以下に述べる。
2.3 技術倫理の有用性
リスク管理のためのツールとして、技術倫理が何故有用かを考える。前稿で述べたように、組織、特に会社組織に属する構成員にとって、20世紀までは、安全というと「労働安全」を思い浮かべた。ところが、21世紀になると、安全というと「公衆安全」を指すようになってきた。このような変化に対応してか、品質マネジメントシステム(ISO9001)は顧客満足(安全を含む:筆者注記)を求め、環境マネジメントシステム(ISO14001)は利害関係者(組織に関心もつか又はその影響を受ける個人または団体)への配慮(安全を含む:筆者注記)を求めている。
公衆の安全を脅かす行為(不適切行為)は、何故起こるのかを整理した結果を図3に示す。不適切行為は、過失、未必の故意および故意によるものに分かれる。故意は結果の認識のある行為であり、未必の故意は、結果として不適切事象が発生してもかまわないという行為であり、過失は結果の認識がない行為である、とした。
故意および未必の故意による不適切行為には法的責任が生じ、過失に法的責任が生じるかどうかは状況による。しかし、過失は注意を欠いた又は誤解による行為であるから、技術倫理上の責任はある。この点が法律と倫理の相違点である。単なる法規則遵守ではなく、原因の如何に関わらず、不適切行為を防ぐ技術倫理は、組織に生じるリスクを低減し得るツールである。
故意もしくは未必の故意は論外だとしても、過失による不適切な行為を防ぐための技術者の注意(責任)範囲はどこまでかには次の段階がある。
① 注意範囲を自己の行為範囲とする。
② 注意の範囲を拡げ、自己が認識できる範囲(例えば、自己が関与するプロジェクトの範囲)とする。
これらは、図3の不適切行為の予防である。
最後の段階は次の通りである。
③ 適切な行為により、公衆安全を向上させる。
これは、図3の適切行為の拡大解釈ともいえるが、詳細は最終稿に譲る。
組織の存続を阻害するリスクの最大のものの一つが「公衆安全を犯すもの」であるとすれば、それに対応するツールとしては、技術倫理が最も適切であり、組織の発展には、公衆安全への寄与が必要だとすると、これもまた技術倫理が最も適切である。
3.技術倫理問題を解く方法
技術倫理は、「公衆安全をすべてに優先させる」ことだと筆者は考えている。しかし、倫理問題に直面したとき、何が正しい答えなのか、少なくとも、どれが間違っていない選択なのかの判断に苦しむ時がある。例えば「公衆」の安全という時、自国民の安全を確保しようとすると、某国の国民の一部を傷つける恐れがある場合などである。「公衆」とはどの範囲を指すのか明確でないことも問題を複雑にしている。技術倫理問題を解く方法が色々提案されているが、そのうちの数種を以下に紹介する。
3.1 Seven-Step Guide to Ethical Decision Making[3]
M. Davisは、次の7つの手順により、倫理問題を考えることを提案している。
① 問題は何か
② 事実は何か
③ 関連する要因は何か
④ 複数の手段を考えよ
⑤ 複数の手段の優劣を判定せよ
⑥ 手段の選択
⑦ ①~⑥の再検討
複数の手段の優劣の判定は以下の手順で行う。
A) その手段に何か危険はないか
B) 公表できるか
C) 公聴会などで弁明できるか
D) 立場を代えても容認できるか
E) 同僚に説明できるか
F) 自分の所属する専門職業集団に説明できるか
G) 会社のしかるべき部署に説明できるか
この手法は、次に示す品質管理の基礎的な手法「問題解決7つの手順」との類似性がある。
① 問題点のまとめ
② 現状把握と目標設定
③ 活動計画の策定
④ 要因の解析
⑤ 対策の検討と実施
⑥ 効果の確認
⑦ 標準化
3.2 線引き問題
線引き問題[4]は、倫理問題は一本のスペクトル上にあるものとみなし、図4に示すように、スペクトルの一端には肯定的模範事例を、他端には否定的模範事例を置くと、少なくとも不適切ではない事象と不適切な事象が境界線として明らかになるとしている。
次のような線引き問題を作ってみた。
① 他人の車を黙って借りて返さない
② 友人の車を黙って借りて返さない。
③ 友人の車を頼んで借りて返さない。
④ 友人から1万円借りて返さない。
⑤ 友人から100円借りて返さない。
⑥ 友人から1円借りて返さない。
⑦ 友人からレポート用紙一枚借りて返さない。
筆者は、④、⑤、⑥当りに不適切な行為と適切な行為との境界があると想定していたが、学生の回答は、バラバラで、境界は全域に渡って分布していた。
3.3 黄金律テスト
ほとんどすべての宗教に黄金律があるといわれている。この黄金律に照らして自分の行為が適切であるか、不適切であるかを判断するのが黄金律テストである。以下に、黄金律の例[4]を挙げる。
キリスト教: 自分のしてもらいたい事を人にしなさい。
ユダヤ教: 自ら憎む事を他人にしてはいけない。
回教: 自らのために欲する如くその兄弟のために欲さねば真の信仰者ではない。
ヒンズー教: 人が他人からして欲しくないと思ういかなる事も他人にしてはいけない。
仏教: 君を苦しめる他人を憎むな。
3.4 自滅テスト
自滅テストでは「すべての人が自分と同じ事をしたらどうなるか」を考えることにより行為の適切さを評価する。
3.5 E-テスト
筆者が、行為のチェック用にと学生に提示しているのは次の3項目である。
① 自分の行為を、胸を張って、同僚に伝え得るか
② 自分の行為を、胸を張って、家族に伝え得るか
③ マスコミにバレテも大丈夫か
このE-テストは、数年前、エーザイ株式会社のホームページを見て、筆者が考えたものであるが、この原稿を執筆するにあたってエーザイ株式会社のホームページを再度閲覧したが確認できなかった。
4.まとめ
最近も、北海道土産の代表「白い恋人」、伊勢土産の代表「赤福」、関西の名店「船場吉兆」などでコンプライアンス違反が続発し、「白い恋人」の石屋製菓および「赤福」では社長退任を余儀なくされている。原稿執筆時点で「船場吉兆」については不明ではあるが、「白い恋人」および「赤福」は製品の安全性には問題がなさそうである。前稿で事例検討を行った雪印乳業は、食中毒という製品の安全に直結する問題が、コンプライアンス違反発覚につながったが、最近の事例はそうではなく、内部告発が端緒となっていそうである。(注:新聞報道などからの筆者の推測)「白い恋人」には、内部通報制度がなく、もしくは機能しておらず、当初、社員の通報はお客様窓口に寄せられたが、マネジメントがこれを無視したために内部告発に至ったという報道もある。
本稿では、組織のリスク管理に使用するツールについては、技術倫理が最も妥当であるとの考えを示した。また、技術倫理問題を解く方法についても、数例を挙げて、その説明を行った。しかし、リスク管理(Risk Management)は、マネジメントそのものであり、技術倫理もリスクマネジメントを行うためのマネジメントツールである。一方、マネジメントという言葉は、経営層を指す場合も多い。リスク管理を行う場合の最重要ポイントは経営層にある。リスク管理に失敗し、破たんに至った多くの組織は、経営層に問題があったことは否定できない。
技術者にとっては、技術を有することは勿論、自分の技術判断の結果を経営層に定量的に説明できる能力が最重要であると考えている。
適切行為のより積極的な形は、社会的責任(CSR又はSR)との関連がある。また不適切行為の防止のためには、過去の過ちを繰り返さないことも重要であるが、未だ経験のないことを予測することも必要である。これらのことは最終稿で論じたい。
参考文献
[1]0MIL STD 882C (1993)
[2] 例えばOHSAS 18001 (2007)
[3] M.Davis ; Ethics and the university, NY Routledge (1999)
[4] C.E.Harris他, 日本技術士会訳, 科学技術者の倫理、その考え方と事例, 丸善 (2002)
(平成19年11月12日)
1.はじめに
組織を動かすのは人間であり、組織には、技術と倫理が車の両輪のように必要である。どちらが欠けても車は動かない。即ち、大きなリスクを負うことになる。
前稿のリスク管理と技術倫理(1)では、リスク管理の基本であるコンプライアンスについて述べ、この遵守を怠ると組織は大きなダメージを蒙る場合があることをみてきた。
コンプライアンスを法規則遵守とした時に、法と倫理がどう異なるかという疑問が生じるが、これについては図1のように考えられる。即ち、人間社会の普遍的なものから「ある時代、あるグループ、ある地域」に、特有なものとして取り出されたものが法律であり、同じように、但し別の基準で取り出されたものが倫理である。従って、法律と倫理は一部重なる部分もあり、重ならない部分もある。また、時代、グループ、地域が異なると、法律も倫理も見かけ上異なる事があるが、その根本は変わらない。図1の人間社会の普遍的なものとは、人類の数万年の歴史が築きあげてきたものともいえるし、神から与えられしものと考えている人もいる。
本シリーズでは、倫理(技術倫理)は、人に関わるものとしている。異論も存在するが別稿に譲る。
2.リスク管理
2.1 リスク管理のプロセス
前稿で述べたように、リスクはハザードの大きさとその発生確率の兼ね合いで決まる。リスク管理とは、許容できないリスクを許容できるリスクに低減することをいうが、このためには、ハザードの大きさと発生確率を定量化する必要がある。この定量評価の例を表1に示す。MIL STD 882C[1]によるとリスク低減には、時間(Schedule)と金(Dollars)が必要であるとされている。許容可能なハザードの大きさと許容可能なハザードの発生確率は各組織により異なるので表1は、あくまで参考であることを記しておきたい。
リスク管理は、ハザード除去が基本[2]であり、リスク低減は次善の策だという考えもあるが、筆者は、ハザードの発生確率は常に存在する(これを仮に、ハザードのバックグラウンドと呼ぶ)と考えているので、本稿ではリスク低減についてのみ論じる。
リスク管理のプロセスには、PDCAが用いられることが多く、これを用いる次の手順[2]が考えられる。
① ハザードの特定
② 現行管理手段でのリスク評価
③ リスクの許容性の評価
④ リスク管理手段の追加(必要とする時間および費用評価により実現可能なものを選択)
⑤ リスク管理手段がリスクを許容可能なレベルまで低減するに十分か否かの評価(否の場合、④に戻る)
⑥ リスク管理手段の追加実行による新たなハザードの有無評価(必要に応じて①に戻る)
⑦ 追加リスク管理手段の決定
⑧ 以下略
2.2 リスク管理ツール
リスク管理を行う組織は、何らかの管理ツールを使用する方が良い。種々の管理ツールが存在するが、その一例を図2に示す。ほとんどすべての管理ツールには法規則遵守の概念があり、どの手法を選んでも、それを適切に運用すれば組織の持続と発展は可能である。一つの組織で一つの管理ツールを選択するか、複数のツールを選択するかは、個別組織の事情に合わせて決定されるべき事項である。
図2の中のツールから、一つを選択するとすれば、倫理(技術倫理)が良いと筆者は考えているが、その理由を次項以下に述べる。
2.3 技術倫理の有用性
リスク管理のためのツールとして、技術倫理が何故有用かを考える。前稿で述べたように、組織、特に会社組織に属する構成員にとって、20世紀までは、安全というと「労働安全」を思い浮かべた。ところが、21世紀になると、安全というと「公衆安全」を指すようになってきた。このような変化に対応してか、品質マネジメントシステム(ISO9001)は顧客満足(安全を含む:筆者注記)を求め、環境マネジメントシステム(ISO14001)は利害関係者(組織に関心もつか又はその影響を受ける個人または団体)への配慮(安全を含む:筆者注記)を求めている。
公衆の安全を脅かす行為(不適切行為)は、何故起こるのかを整理した結果を図3に示す。不適切行為は、過失、未必の故意および故意によるものに分かれる。故意は結果の認識のある行為であり、未必の故意は、結果として不適切事象が発生してもかまわないという行為であり、過失は結果の認識がない行為である、とした。
故意および未必の故意による不適切行為には法的責任が生じ、過失に法的責任が生じるかどうかは状況による。しかし、過失は注意を欠いた又は誤解による行為であるから、技術倫理上の責任はある。この点が法律と倫理の相違点である。単なる法規則遵守ではなく、原因の如何に関わらず、不適切行為を防ぐ技術倫理は、組織に生じるリスクを低減し得るツールである。
故意もしくは未必の故意は論外だとしても、過失による不適切な行為を防ぐための技術者の注意(責任)範囲はどこまでかには次の段階がある。
① 注意範囲を自己の行為範囲とする。
② 注意の範囲を拡げ、自己が認識できる範囲(例えば、自己が関与するプロジェクトの範囲)とする。
これらは、図3の不適切行為の予防である。
最後の段階は次の通りである。
③ 適切な行為により、公衆安全を向上させる。
これは、図3の適切行為の拡大解釈ともいえるが、詳細は最終稿に譲る。
組織の存続を阻害するリスクの最大のものの一つが「公衆安全を犯すもの」であるとすれば、それに対応するツールとしては、技術倫理が最も適切であり、組織の発展には、公衆安全への寄与が必要だとすると、これもまた技術倫理が最も適切である。
3.技術倫理問題を解く方法
技術倫理は、「公衆安全をすべてに優先させる」ことだと筆者は考えている。しかし、倫理問題に直面したとき、何が正しい答えなのか、少なくとも、どれが間違っていない選択なのかの判断に苦しむ時がある。例えば「公衆」の安全という時、自国民の安全を確保しようとすると、某国の国民の一部を傷つける恐れがある場合などである。「公衆」とはどの範囲を指すのか明確でないことも問題を複雑にしている。技術倫理問題を解く方法が色々提案されているが、そのうちの数種を以下に紹介する。
3.1 Seven-Step Guide to Ethical Decision Making[3]
M. Davisは、次の7つの手順により、倫理問題を考えることを提案している。
① 問題は何か
② 事実は何か
③ 関連する要因は何か
④ 複数の手段を考えよ
⑤ 複数の手段の優劣を判定せよ
⑥ 手段の選択
⑦ ①~⑥の再検討
複数の手段の優劣の判定は以下の手順で行う。
A) その手段に何か危険はないか
B) 公表できるか
C) 公聴会などで弁明できるか
D) 立場を代えても容認できるか
E) 同僚に説明できるか
F) 自分の所属する専門職業集団に説明できるか
G) 会社のしかるべき部署に説明できるか
この手法は、次に示す品質管理の基礎的な手法「問題解決7つの手順」との類似性がある。
① 問題点のまとめ
② 現状把握と目標設定
③ 活動計画の策定
④ 要因の解析
⑤ 対策の検討と実施
⑥ 効果の確認
⑦ 標準化
3.2 線引き問題
線引き問題[4]は、倫理問題は一本のスペクトル上にあるものとみなし、図4に示すように、スペクトルの一端には肯定的模範事例を、他端には否定的模範事例を置くと、少なくとも不適切ではない事象と不適切な事象が境界線として明らかになるとしている。
次のような線引き問題を作ってみた。
① 他人の車を黙って借りて返さない
② 友人の車を黙って借りて返さない。
③ 友人の車を頼んで借りて返さない。
④ 友人から1万円借りて返さない。
⑤ 友人から100円借りて返さない。
⑥ 友人から1円借りて返さない。
⑦ 友人からレポート用紙一枚借りて返さない。
筆者は、④、⑤、⑥当りに不適切な行為と適切な行為との境界があると想定していたが、学生の回答は、バラバラで、境界は全域に渡って分布していた。
3.3 黄金律テスト
ほとんどすべての宗教に黄金律があるといわれている。この黄金律に照らして自分の行為が適切であるか、不適切であるかを判断するのが黄金律テストである。以下に、黄金律の例[4]を挙げる。
キリスト教: 自分のしてもらいたい事を人にしなさい。
ユダヤ教: 自ら憎む事を他人にしてはいけない。
回教: 自らのために欲する如くその兄弟のために欲さねば真の信仰者ではない。
ヒンズー教: 人が他人からして欲しくないと思ういかなる事も他人にしてはいけない。
仏教: 君を苦しめる他人を憎むな。
3.4 自滅テスト
自滅テストでは「すべての人が自分と同じ事をしたらどうなるか」を考えることにより行為の適切さを評価する。
3.5 E-テスト
筆者が、行為のチェック用にと学生に提示しているのは次の3項目である。
① 自分の行為を、胸を張って、同僚に伝え得るか
② 自分の行為を、胸を張って、家族に伝え得るか
③ マスコミにバレテも大丈夫か
このE-テストは、数年前、エーザイ株式会社のホームページを見て、筆者が考えたものであるが、この原稿を執筆するにあたってエーザイ株式会社のホームページを再度閲覧したが確認できなかった。
4.まとめ
最近も、北海道土産の代表「白い恋人」、伊勢土産の代表「赤福」、関西の名店「船場吉兆」などでコンプライアンス違反が続発し、「白い恋人」の石屋製菓および「赤福」では社長退任を余儀なくされている。原稿執筆時点で「船場吉兆」については不明ではあるが、「白い恋人」および「赤福」は製品の安全性には問題がなさそうである。前稿で事例検討を行った雪印乳業は、食中毒という製品の安全に直結する問題が、コンプライアンス違反発覚につながったが、最近の事例はそうではなく、内部告発が端緒となっていそうである。(注:新聞報道などからの筆者の推測)「白い恋人」には、内部通報制度がなく、もしくは機能しておらず、当初、社員の通報はお客様窓口に寄せられたが、マネジメントがこれを無視したために内部告発に至ったという報道もある。
本稿では、組織のリスク管理に使用するツールについては、技術倫理が最も妥当であるとの考えを示した。また、技術倫理問題を解く方法についても、数例を挙げて、その説明を行った。しかし、リスク管理(Risk Management)は、マネジメントそのものであり、技術倫理もリスクマネジメントを行うためのマネジメントツールである。一方、マネジメントという言葉は、経営層を指す場合も多い。リスク管理を行う場合の最重要ポイントは経営層にある。リスク管理に失敗し、破たんに至った多くの組織は、経営層に問題があったことは否定できない。
技術者にとっては、技術を有することは勿論、自分の技術判断の結果を経営層に定量的に説明できる能力が最重要であると考えている。
適切行為のより積極的な形は、社会的責任(CSR又はSR)との関連がある。また不適切行為の防止のためには、過去の過ちを繰り返さないことも重要であるが、未だ経験のないことを予測することも必要である。これらのことは最終稿で論じたい。
参考文献
[1]0MIL STD 882C (1993)
[2] 例えばOHSAS 18001 (2007)
[3] M.Davis ; Ethics and the university, NY Routledge (1999)
[4] C.E.Harris他, 日本技術士会訳, 科学技術者の倫理、その考え方と事例, 丸善 (2002)
(平成19年11月12日)