火力発電設備の保全・運用最適化のためのリスク評価
公開日:
カテゴリ: 解説記事
火力発電設備の保全・運用最適化のためのリスク評価 藤山 一成 _
1.はじめに
21世紀におけるエネルギー技術の課題として、地球環境保護・CO2の排出削減、安全・安心の確保、経済性、エネルギーセキュリティがあげられる[1]。エネルギー設備のなかでも発電プラントにおいては、これらを同時に満たすことのできる工学的手法が求められている[2]。
リスクベース工学[3]は、安全性と経済性の両面を指標として、設計・製造・運用・保全に適用できる技術体系として提案されているが、発電プラントにおいてもその適用を進める試みがなされている。特に地球環境問題の観点から効率化が求められ、使用条件がますます過酷化する傾向のある火力発電プラントにおいてリスクベース工学の適用は有効な手段となりうると考えられる。
そこで本稿では、わが国の火力発電プラントを中心に、経済性と信頼性の両立を目指した保全・運用最適化のためのリスクベース工学適用の考え方と事例を紹介する。
2.リスクベース工学の適用手順
図1に、リスクベース工学の発電プラント等への適用手順を示す[3]。適用方針の策定は、経済的効果と社会安全的効果のどちらに力点をおくかによって異なる。例えば、火力発電設備は前者に力点があり、原子力発電設備は後者に力点がある。経済的効果を重視する場合には多くの部品と事象の中でプライオリティを迅速に判断することを優先するため、故障の起こりやすさについて定性的・半定量的評価が多く用いられる。社会安全的側面を考える場合には、生起確率が極めて小さい事象にも注目することから、故障・破損確率の評価に重点をおいた確率論的リスク評価(PRA: probabilistic Risk Assessment)が用いられる。
リスク評価は、(1)プラントの構成要素の展開、(2)各部品レベルでの損傷事象の定義、(3)プラントや社会への波及シナリオの作成、(4)損傷の起こりやすさ(Likelihood)の評価、(5)損傷の影響度、即ち被害の大き
さ(Consequence)の評価、(6)リスクの特定、(7)リスク対策案の作成、から構成される[4]。
発電プラントは膨大な数の部品で構成されていることから、まず重要部位の絞り込みが必要となる。まず、プラントの構成要素の展開を行う。このとき、ひとつの損傷モードに集約できるような単位にまで展開し、後述するリスクランキングなどによって絞り込んだ部位に対し詳細なリスク評価を行う。
リスクコスト比較では、想定される被害とその対策に関する総コストを算出し、故障の起こりやすさと組合せてリスクコストを求め、運用利得との比較によって種々の計画立案に役立てる。これらの意思決定は、運用、保全、設計・製造の各段階において行うことができる。
図1 リスクベース工学の適用手順
2.1 リスクベース工学の適用方針策定
表1に、各種プラントに対するリスクベース工学の適用対象の比較と規格化の動向[3]を示す。リスクベース工学の適用方針には、前述のように経済的側面と社会安全的側面があることから、金銭的被害の最小化ないしは利得の最大化を目的とする場合と、不測事態への迅速かつ適切な対応を目的とする場合とに分けられる。前者においては、潜在的危険(ハザード)として故障の起こりやすさを求め、故障の影響度との積によってリスクを評価する。後者においては、故障の確率をできるだけ正確に評価する確率論的安全評価PSA(Probabilistic Safety Assessment)が中心となる。
火力発電プラントについての規格化は、石油化学プラントや原子力発電プラントに比べて進んでおらず、プラント個別の方針を策定することになるが、現状では運用・保全コストを重視した評価を行う場合が多い[2]。
表1 各種プラントに対するリスクの比較
プラント 石油化学 火力発電 原子力発電
リスクの種類 人的、社会的、環境リスク(確率、影響度が劣化に依存) 発電機会・利益喪失リスク(確率、影響度が運用と劣化に依存) 人的、社会的、環境リスク(特に、確率小・影響度大となる場合を重視)
主な対象機器 圧力容器、配管、熱交換器、ポンプなどの機器破損 ボイラ、タービン、発電機などの部品破損 原子炉、圧力容器、冷却系などの破損、故障
規格化の動向 規格化が進む。Risk matrixを用いた定性・半定量評価法中心 (USA: API) 規格はないが、個別に運用・保全コスト削減のためのリスク評価手法を開発。 古くからPSA (UK)、PRA (USA: ASME)を適用。決定論的判定も加味
2.2 情報収集
リスクベース工学適用戦略に沿った情報収集を行う。そのためには、プラントの機器-部品展開や想定される損傷リストを作成しておき、プラント設計・製造・運用・保守管理にかかわるキーパーソンから情報を収集することが必要となる。
損害は、設計、製造、運用、保守の各段階での人的ミスや天災を除けば、機器の物理的な劣化・損傷現象が原因となる。図2に火力発電機器について多くみられる劣化・損傷現象をそのスケールに応じて示す[5]。
このように、該当する部品とその事象をあらかじめ列挙しておき、発生部位、運転履歴、検査・補修履歴、診断のデータをできる限り多く収集する。その際、同一機種の多数ユニットの情報を系統的に集めることが重要である。
図2 火力発電機器における劣化・損傷現象の例
2.3 リスク評価
リスク評価には、定性評価、半定量評価と定量評価がある。
定性評価は、専門家の経験知識などによって得られる数字で表されない記述情報である。
図3に半定量的評価に用いられるリスクマトリックスの例を示す[6]。このマトリックスは5×5または4×4の区分を用いて表される。
例えば、故障の起こり易さ(Likelihood)の区分の例としては、
・非常に起こり易い
・幾分起こり易い
・起こりにくい
・非常に起こりにくい
・実際的に起こり得ない
があり、影響度(Consequence of failure)については、
・障害なし(<1day)
・停止損失(1-3days)
・1機器の回復不能故障(4-7days)
・プラントの寿命に影響する故障(<30days)
・プラント内外部の回復不能故障(<1year)
が用いられている。
リスクの程度も図示のように極限、高、中、低、無視できる、の5段階に分けられる。
図3 リスクマトリックスの例
表2に、FMEA(Failure Mode and Effect Analysis)[7]を利用したリスク評価のための影響度評価基準の例を示す。FMEAは、重大事故の原因となる問題点の相互関係を明らかにし、安全性に致命的な関係のある故障を抽出するために用いられる。
FMEAにおけるRisk Priority Number(RPN)は、例えば発生度(Likelihood)と影響度(Consequence、 Impact)と検出度(Detectability)の積で表され、それぞれが1~10点によって評価される。影響度の判定は主観的・半定量的判断によって行う。表2のレベル数値は一例であり、さらに詳細に点数付けすることもできる。
表2 FMEAによるリスク評価基準の例
レベル 評価基準 システムへの影響 機器の影響度
10 致命的 システムに重大な損傷 保安上の事故
8 重大機能喪失 システムの一部に損傷 恐怖心が起きる事故
6 機能低下 システムに1つの重大な影響を与える 不快、不安を感じる故障
4 軽微 軽微で影響は小さい 少し気になる故障
2 極小 損傷は無視できる程度 気がつかない故障
定量リスク評価においては、故障確率の評価が重要である。そのためには、確率計算を正確に行うための統計データベースが必要であるが、十分な実機故障データが得られる場合は必ずしも多くはない。
データの解析には、順序統計が用いられる。故障の確率分布形は、ワイブル分布形が比較的良く合致するが、クリープや疲労などの損傷蓄積型の故障に対しては、対数正規分布形が適合する場合も多い。実データから確率分布を近似する方法として、累積ハザード関数法(ワイブル分布形に適合)やJohnson法などがある[7]
また、確率分布関数の母数の不確実性を含めて考慮し、実際のデータが少ない場合でも合理的に推測する方法としてベイズ統計の応用が試みられている[8]。
実機における確率を正確に求めるために、故障の波及をイベントツリー(Event tree)で展開することや、フォールトツリー(Fault tree)によって分解することが広く行われている[9]。イベントツリーは、リスクの積算に用い、頂上事象が極めて重大な事象である場合は、頂上事象の確率を求めるためにフォールトツリーを用いる。
以下では、プラントのリスク評価について手順を追って説明する。
(1)部品・事象展開
対象となるリスク事象の特定は、部品展開と事象展開の組合せによって行うことができる。図4に部品展開と損傷の波及を示すイベントツリー展開を併せて蒸気タービンについて表示した例を示す[10]。この図には、異なる部品にまたがって影響を及ぼす因子によるシナリオも併せて表示されている。なお、実際のイベントツリーはさらに細部にわたって項目をあげ、検討する必要のあることも多い。
部品展開は、ユニット-機器-部品-部位について行う。イベントツリー展開は、各部位に生じる最初の事象から始めて、その結果生じる後続事象を矢印でつないでいく。確率を評価する場合には、各事象の出口において、生じるか否かの2分岐をして、確率の数値を付しておく。また、イベントツリーにおける最終事象は運転不能となっているが、火力発電プラントにおいて経済的効果を目的とした場合、最終事象を運転不能状態としておけば経済的波及を十分考慮できるものと考えられる。
図4 蒸気タービンにおける部品展開-イベントツリー
(2)故障の起こりやすさ(Likelihood of failure)
故障の起こりやすさの定性・半定量評価は、専門家の知識などによって総合的に行われ、個別プラントに応じて協議して決める。
定量評価では、PRAにおいて必要とされる破損確率は、不信頼度関数として与えられる。ここでは、順序統計を用いて累積ハザード関数法によりフィールド故障データから不信頼度を求める方法について述べる[7]。
まず、同一機種の故障データを起動回数の少ない順、または運転時間の短い順に並べる。未故障データも総数nに含める。このとき、i番目のユニットに生じた事象の故障率λは、1/(n+1?i)で与えられる。故障率をi=1番目から対象とするk番目のデータまで足し合わせると累積ハザード関数の近似値が得られる。即ち、
(1)
ただし、tk:k番目の破損データに対応する運転時間(または起動回数)。
累積ハザード関数値をtkに対して両対数紙上でプロットし、直線近似ができたとすると、
(2)
が得られ、累積確率Fとの対応から、次式のワイブル分布に従うことがわかる。
(3)
ただし、R(t):信頼度。
リスクは、式(3)と故障の影響度の積として求められる。
なお、累積ハザード関数法を用いた場合でも、対数正規分布の方が適合すると思われる場合は、式(2)の代りに次式を用いれば良い。
(4)
ただし、Φ:標準正規累積分布関数、μLe:対数正規分布の平均、σLe:対数正規分布の標準偏差。
次に、フィールドデータが少なく、上記の近似手法を用いることが難しい場合には、ベイズ統計を用いて、分布の母数を推定する方法が適用できる[12]。即ち、確率変数を与えられた定数とみなし、母数を変数とみなして尤度に変換し、微係数がゼロとなる母数値を最尤値として採用する[11]。
(3)故障の影響度(Consequence of failure)
図5に故障の影響度の評価項目例を示す7)。具体的項目は対象とするプラントごとに変わりうるため、専門家の協議によって決める必要がある。
図5 影響度の損害コスト展開例
(4)リスク対策
図6に示すように、リスク対策には、リスク回避、リスク低減、リスク保有、リスク移転がある[4]。リスク保有には特段の措置は無く、またリスク移転は、保険などの適用があげられるが、工学的措置をとるものではない。リスク回避は、構造を改変するなどの大きな施策が必要となる場合が多い。リスク低減は、リスク対策の中でも最も現実的であり、運用、検査、補修、改良などにより実施できる。
図6 リスク対策
2.4 リスクコスト比較
全リスクコストは、損傷確率と被害額から算出したコストと、その対策のために投入した平均コストの和として考えられる。これに対して、運用利得との差が正味収益となる。また、全リスクコストはライフサイクルにわたって評価することもある。リスク対策を施した場合、リスクそのものは一旦低減することから、全リスクコストは単調増加とはならない。種々の想定運用・保全パターンを想定して目標とする期間までのライフサイクルコストとリスクコストを足し合わせ、運用利得との比較によって望ましいプラントのライフサイクル計画を立案することができる。
3. 火力発電機器のリスクベース保全方法
火力発電機器のリスクベース保全方法について例をいくつか紹介する。
3.1 ボイラのリスクベース保全
図7に、ボイラのリスク評価法の例を示す[13]。この例では、経済的評価を中心に、破損の起こりやすさと被害の大きさを多くの評価項目について総合して判定しリスクマトリックス上に表示してリスク評価を行う。また、ボイラは多数の構成要素から成るため、プラント内の機器部品の階層化を行い、優先順位を付けることでリスクベース工学の適用効果を高めることができる。
破損の起こりやすさは、現状の損傷状態、損傷メカニズム、余寿命、過去の運用履歴、現在・将来の運用状態、の各項目について重み付けを行い、総合評点によってリスクマトリックスの縦軸のランク付けを行う。一方、被害の大きさは、部位、部品、装置、設備、周囲への波及を考慮し、災害、補修、収入損失などのコストを評価して、横軸のランク付けを行う。
以上のような評価を専門家の協議をもとに実施することにより、検査レベルの調整や対策の優先順位付けなどによって、メンテナンス費削減の効果が得られる。
ボイラのリスク評価対象項目には、過熱器管の腐食減肉とクリープ、圧力容器・配管溶接部のクリープと疲労などがあり、個別の部品について膨大な部品-事象情報の展開がなされる。また、検査困難な箇所も存在するため、検査の有効性もリスク評価上重要な因子である。
図7 ボイラへのリスクベース工学適用例
(文献[13]をもとに筆者が調製)
3.2 タービンのリスクベース保全
図8に蒸気タービン保全へのPRA型のリスクベース工学適用例を示す[12]。イベントツリーで表された事象ごとに、フィールドデータに対して累積ハザード関数法を適用し、不信頼度関数を求める。ここではロータのクリープ変形を対象としていることから、時間の関数として表されている。また、保全計画の判定に、総リスクコスト最小化または期待利得最大化を用いている。保全間隔を決める場合には、リスクコストと年平均の保全対策コストを点検間隔の関数として表し、両者の和が最小となる時点かあるいは、年平均の保全対策コストがリスクコストを上回る時点を最適保全間隔として判断する。さらに、時間に比例する運転収入と総リスクコストの差を期待利得とすると、これを最大とする時点を最適保全間隔とすることができる。
図9に、ライフサイクルにわたるリスクコストの比較例を示す[12]。補修の間隔設定やリスク低減対策品の導入などの組合せをシナリオとして設定し、想定期間におけるリスクコストを比較して最適シナリオを選択する。本例では、総コスト比較では、使いきり後交換のシナリオ1や補修を繰返すシナリオ2に比べて、早期に対策品に交換するシナリオ3が長期的に優れていると判断される。
図8 蒸気タービンへのPRA適用例
図9 ライフサイクルリスクコスト評価例
(L:Likelihood、 C:Consequence or action cost)
一方、経済的効果をさらに詳細に分析するために、正味現在価値の概念が導入されている。図10は蒸気タービンにこの概念を適用してリスクベース保全を行うための手順を示す[14]。ここでは対策案として予防保全と事後保全をあげ、故障確率と損害費用の積算をキャッシュフローベースで行い、正味現在価値に変換して保全方法を選択する手順が示されている。
図10 蒸気タービンへのリスクベース工学適用例(文献[14]をもとに筆者が調製)
4. おわりに
本稿では、設備の信頼性と経済性の両方を総合して判断する手段としてのリスクベース工学導入について、火力発電プラントの例を中心に述べた。社会安全と損失の防止という重要な課題を解決するためには、リスクの概念を基にした情報基盤の確立とデータの拡充が不可欠であり、特に、火力発電設備における運用や保全データなどの整備は、定量的なリスク評価に不可欠であることから、着実に進めておくことが望まれる。また、環境へのインパクトなども含めた総合的なリスク評価を行い、運用・保全のみならず開発・設計にまでフィードバックすることが、今後のエネルギー問題への対応において一層重要になるものと思われる。
参考文献
[1]神本正行、 __エネルギー環境問題と21世紀のエネルギー技術__、 機械の研究、Vol.52, No.1, pp.87-93, 2000.
[2]高木愛夫、 __特集「リスクベースの材料工学・材料技術」火力発電設備の保全技術__、 日本金属学会誌、 Vol.66, No.12, pp.1185-1191, 2002.
[3]藤山一成、 __リスクベース工学の新展開 4.エネルギーシステムとリスクベース工学__、 材料、 Vol.56, No.8, pp.781-786, 2007.
[4]酒井信介, 構造工学ハンドブック第9章リスクベース工学、 pp.525-549, 2004, 丸善。
[5]藤山一成、 __RBMによる電力設備の保全方法__、 計測・制御・システム工学部会シンポジウム:「安全、設備保全の考え方の新潮流」、 日本鉄鋼協会、pp.61-75, 2007.
[6]A. S. Jovanovic, __Integral approach to risk-aware life management of plant components__, Transactions of the 15th international conference on structural mechanics in reactor technology (SMiRT-15), Vol.I, pp.93-116, 1999.
[7]真壁肇編、 改訂版 信頼性工学入門、 日本規格協会、 pp.110-121, 1996.
[8]酒井信介、 __リスクベース検査における機器の破損確率データ収集のためのベイズ定理の応用(第一報 ベイズの定理の原理)__、 圧力技術、 Vol.42, No.5, pp.284-290, 2004.
[9]真壁肇編、 改訂版 信頼性工学入門、 日本規格協会、 pp.125-148, 1996.
[10]K. Fujiyama, S. Nagai, Y. Akikuni, T. Fujiwara, K. Furuya, S. Matsumoto, K. Takagi and t. Kawabata, __Risk-based inspection and maintenance systems for steam turbines__, International Journal of Pressure Vessels and Piping, Vol.81, pp.825-835, 2004.
[11]繁桝算男、 __ベイズ統計入門__、 東京大学出版会、 pp.95-109, 1985.
[12]水野吉重、藤山一成、菅井雅浩、島朋寛、 __リスク評価における不信頼度の材料統計データとフィールドデータにもとづくベイズ推定法__、 第22回材料・構造信頼性シンポジウム講演論文集、 pp.94-98, 2006.
[13]富士彰夫、弥富政享、江口晴樹、福岡千枝、岡塚敬明、木原重光、 D. Worswick and B. Browne, __設備保全-火力発電用ボイラにおけるリスクベースメンテナンス(RBM)法の適用__、 圧力技術, Vol.39, No.1, pp.60-67, 2001.
[14]桜井茂雄、 構造工学ハンドブック第14章 応用事例、 pp.960-962, 2004,丸善。
(平成20年2月21日)
__
1.はじめに
21世紀におけるエネルギー技術の課題として、地球環境保護・CO2の排出削減、安全・安心の確保、経済性、エネルギーセキュリティがあげられる[1]。エネルギー設備のなかでも発電プラントにおいては、これらを同時に満たすことのできる工学的手法が求められている[2]。
リスクベース工学[3]は、安全性と経済性の両面を指標として、設計・製造・運用・保全に適用できる技術体系として提案されているが、発電プラントにおいてもその適用を進める試みがなされている。特に地球環境問題の観点から効率化が求められ、使用条件がますます過酷化する傾向のある火力発電プラントにおいてリスクベース工学の適用は有効な手段となりうると考えられる。
そこで本稿では、わが国の火力発電プラントを中心に、経済性と信頼性の両立を目指した保全・運用最適化のためのリスクベース工学適用の考え方と事例を紹介する。
2.リスクベース工学の適用手順
図1に、リスクベース工学の発電プラント等への適用手順を示す[3]。適用方針の策定は、経済的効果と社会安全的効果のどちらに力点をおくかによって異なる。例えば、火力発電設備は前者に力点があり、原子力発電設備は後者に力点がある。経済的効果を重視する場合には多くの部品と事象の中でプライオリティを迅速に判断することを優先するため、故障の起こりやすさについて定性的・半定量的評価が多く用いられる。社会安全的側面を考える場合には、生起確率が極めて小さい事象にも注目することから、故障・破損確率の評価に重点をおいた確率論的リスク評価(PRA: probabilistic Risk Assessment)が用いられる。
リスク評価は、(1)プラントの構成要素の展開、(2)各部品レベルでの損傷事象の定義、(3)プラントや社会への波及シナリオの作成、(4)損傷の起こりやすさ(Likelihood)の評価、(5)損傷の影響度、即ち被害の大き
さ(Consequence)の評価、(6)リスクの特定、(7)リスク対策案の作成、から構成される[4]。
発電プラントは膨大な数の部品で構成されていることから、まず重要部位の絞り込みが必要となる。まず、プラントの構成要素の展開を行う。このとき、ひとつの損傷モードに集約できるような単位にまで展開し、後述するリスクランキングなどによって絞り込んだ部位に対し詳細なリスク評価を行う。
リスクコスト比較では、想定される被害とその対策に関する総コストを算出し、故障の起こりやすさと組合せてリスクコストを求め、運用利得との比較によって種々の計画立案に役立てる。これらの意思決定は、運用、保全、設計・製造の各段階において行うことができる。
図1 リスクベース工学の適用手順
2.1 リスクベース工学の適用方針策定
表1に、各種プラントに対するリスクベース工学の適用対象の比較と規格化の動向[3]を示す。リスクベース工学の適用方針には、前述のように経済的側面と社会安全的側面があることから、金銭的被害の最小化ないしは利得の最大化を目的とする場合と、不測事態への迅速かつ適切な対応を目的とする場合とに分けられる。前者においては、潜在的危険(ハザード)として故障の起こりやすさを求め、故障の影響度との積によってリスクを評価する。後者においては、故障の確率をできるだけ正確に評価する確率論的安全評価PSA(Probabilistic Safety Assessment)が中心となる。
火力発電プラントについての規格化は、石油化学プラントや原子力発電プラントに比べて進んでおらず、プラント個別の方針を策定することになるが、現状では運用・保全コストを重視した評価を行う場合が多い[2]。
表1 各種プラントに対するリスクの比較
プラント 石油化学 火力発電 原子力発電
リスクの種類 人的、社会的、環境リスク(確率、影響度が劣化に依存) 発電機会・利益喪失リスク(確率、影響度が運用と劣化に依存) 人的、社会的、環境リスク(特に、確率小・影響度大となる場合を重視)
主な対象機器 圧力容器、配管、熱交換器、ポンプなどの機器破損 ボイラ、タービン、発電機などの部品破損 原子炉、圧力容器、冷却系などの破損、故障
規格化の動向 規格化が進む。Risk matrixを用いた定性・半定量評価法中心 (USA: API) 規格はないが、個別に運用・保全コスト削減のためのリスク評価手法を開発。 古くからPSA (UK)、PRA (USA: ASME)を適用。決定論的判定も加味
2.2 情報収集
リスクベース工学適用戦略に沿った情報収集を行う。そのためには、プラントの機器-部品展開や想定される損傷リストを作成しておき、プラント設計・製造・運用・保守管理にかかわるキーパーソンから情報を収集することが必要となる。
損害は、設計、製造、運用、保守の各段階での人的ミスや天災を除けば、機器の物理的な劣化・損傷現象が原因となる。図2に火力発電機器について多くみられる劣化・損傷現象をそのスケールに応じて示す[5]。
このように、該当する部品とその事象をあらかじめ列挙しておき、発生部位、運転履歴、検査・補修履歴、診断のデータをできる限り多く収集する。その際、同一機種の多数ユニットの情報を系統的に集めることが重要である。
図2 火力発電機器における劣化・損傷現象の例
2.3 リスク評価
リスク評価には、定性評価、半定量評価と定量評価がある。
定性評価は、専門家の経験知識などによって得られる数字で表されない記述情報である。
図3に半定量的評価に用いられるリスクマトリックスの例を示す[6]。このマトリックスは5×5または4×4の区分を用いて表される。
例えば、故障の起こり易さ(Likelihood)の区分の例としては、
・非常に起こり易い
・幾分起こり易い
・起こりにくい
・非常に起こりにくい
・実際的に起こり得ない
があり、影響度(Consequence of failure)については、
・障害なし(<1day)
・停止損失(1-3days)
・1機器の回復不能故障(4-7days)
・プラントの寿命に影響する故障(<30days)
・プラント内外部の回復不能故障(<1year)
が用いられている。
リスクの程度も図示のように極限、高、中、低、無視できる、の5段階に分けられる。
図3 リスクマトリックスの例
表2に、FMEA(Failure Mode and Effect Analysis)[7]を利用したリスク評価のための影響度評価基準の例を示す。FMEAは、重大事故の原因となる問題点の相互関係を明らかにし、安全性に致命的な関係のある故障を抽出するために用いられる。
FMEAにおけるRisk Priority Number(RPN)は、例えば発生度(Likelihood)と影響度(Consequence、 Impact)と検出度(Detectability)の積で表され、それぞれが1~10点によって評価される。影響度の判定は主観的・半定量的判断によって行う。表2のレベル数値は一例であり、さらに詳細に点数付けすることもできる。
表2 FMEAによるリスク評価基準の例
レベル 評価基準 システムへの影響 機器の影響度
10 致命的 システムに重大な損傷 保安上の事故
8 重大機能喪失 システムの一部に損傷 恐怖心が起きる事故
6 機能低下 システムに1つの重大な影響を与える 不快、不安を感じる故障
4 軽微 軽微で影響は小さい 少し気になる故障
2 極小 損傷は無視できる程度 気がつかない故障
定量リスク評価においては、故障確率の評価が重要である。そのためには、確率計算を正確に行うための統計データベースが必要であるが、十分な実機故障データが得られる場合は必ずしも多くはない。
データの解析には、順序統計が用いられる。故障の確率分布形は、ワイブル分布形が比較的良く合致するが、クリープや疲労などの損傷蓄積型の故障に対しては、対数正規分布形が適合する場合も多い。実データから確率分布を近似する方法として、累積ハザード関数法(ワイブル分布形に適合)やJohnson法などがある[7]
また、確率分布関数の母数の不確実性を含めて考慮し、実際のデータが少ない場合でも合理的に推測する方法としてベイズ統計の応用が試みられている[8]。
実機における確率を正確に求めるために、故障の波及をイベントツリー(Event tree)で展開することや、フォールトツリー(Fault tree)によって分解することが広く行われている[9]。イベントツリーは、リスクの積算に用い、頂上事象が極めて重大な事象である場合は、頂上事象の確率を求めるためにフォールトツリーを用いる。
以下では、プラントのリスク評価について手順を追って説明する。
(1)部品・事象展開
対象となるリスク事象の特定は、部品展開と事象展開の組合せによって行うことができる。図4に部品展開と損傷の波及を示すイベントツリー展開を併せて蒸気タービンについて表示した例を示す[10]。この図には、異なる部品にまたがって影響を及ぼす因子によるシナリオも併せて表示されている。なお、実際のイベントツリーはさらに細部にわたって項目をあげ、検討する必要のあることも多い。
部品展開は、ユニット-機器-部品-部位について行う。イベントツリー展開は、各部位に生じる最初の事象から始めて、その結果生じる後続事象を矢印でつないでいく。確率を評価する場合には、各事象の出口において、生じるか否かの2分岐をして、確率の数値を付しておく。また、イベントツリーにおける最終事象は運転不能となっているが、火力発電プラントにおいて経済的効果を目的とした場合、最終事象を運転不能状態としておけば経済的波及を十分考慮できるものと考えられる。
図4 蒸気タービンにおける部品展開-イベントツリー
(2)故障の起こりやすさ(Likelihood of failure)
故障の起こりやすさの定性・半定量評価は、専門家の知識などによって総合的に行われ、個別プラントに応じて協議して決める。
定量評価では、PRAにおいて必要とされる破損確率は、不信頼度関数として与えられる。ここでは、順序統計を用いて累積ハザード関数法によりフィールド故障データから不信頼度を求める方法について述べる[7]。
まず、同一機種の故障データを起動回数の少ない順、または運転時間の短い順に並べる。未故障データも総数nに含める。このとき、i番目のユニットに生じた事象の故障率λは、1/(n+1?i)で与えられる。故障率をi=1番目から対象とするk番目のデータまで足し合わせると累積ハザード関数の近似値が得られる。即ち、
(1)
ただし、tk:k番目の破損データに対応する運転時間(または起動回数)。
累積ハザード関数値をtkに対して両対数紙上でプロットし、直線近似ができたとすると、
(2)
が得られ、累積確率Fとの対応から、次式のワイブル分布に従うことがわかる。
(3)
ただし、R(t):信頼度。
リスクは、式(3)と故障の影響度の積として求められる。
なお、累積ハザード関数法を用いた場合でも、対数正規分布の方が適合すると思われる場合は、式(2)の代りに次式を用いれば良い。
(4)
ただし、Φ:標準正規累積分布関数、μLe:対数正規分布の平均、σLe:対数正規分布の標準偏差。
次に、フィールドデータが少なく、上記の近似手法を用いることが難しい場合には、ベイズ統計を用いて、分布の母数を推定する方法が適用できる[12]。即ち、確率変数を与えられた定数とみなし、母数を変数とみなして尤度に変換し、微係数がゼロとなる母数値を最尤値として採用する[11]。
(3)故障の影響度(Consequence of failure)
図5に故障の影響度の評価項目例を示す7)。具体的項目は対象とするプラントごとに変わりうるため、専門家の協議によって決める必要がある。
図5 影響度の損害コスト展開例
(4)リスク対策
図6に示すように、リスク対策には、リスク回避、リスク低減、リスク保有、リスク移転がある[4]。リスク保有には特段の措置は無く、またリスク移転は、保険などの適用があげられるが、工学的措置をとるものではない。リスク回避は、構造を改変するなどの大きな施策が必要となる場合が多い。リスク低減は、リスク対策の中でも最も現実的であり、運用、検査、補修、改良などにより実施できる。
図6 リスク対策
2.4 リスクコスト比較
全リスクコストは、損傷確率と被害額から算出したコストと、その対策のために投入した平均コストの和として考えられる。これに対して、運用利得との差が正味収益となる。また、全リスクコストはライフサイクルにわたって評価することもある。リスク対策を施した場合、リスクそのものは一旦低減することから、全リスクコストは単調増加とはならない。種々の想定運用・保全パターンを想定して目標とする期間までのライフサイクルコストとリスクコストを足し合わせ、運用利得との比較によって望ましいプラントのライフサイクル計画を立案することができる。
3. 火力発電機器のリスクベース保全方法
火力発電機器のリスクベース保全方法について例をいくつか紹介する。
3.1 ボイラのリスクベース保全
図7に、ボイラのリスク評価法の例を示す[13]。この例では、経済的評価を中心に、破損の起こりやすさと被害の大きさを多くの評価項目について総合して判定しリスクマトリックス上に表示してリスク評価を行う。また、ボイラは多数の構成要素から成るため、プラント内の機器部品の階層化を行い、優先順位を付けることでリスクベース工学の適用効果を高めることができる。
破損の起こりやすさは、現状の損傷状態、損傷メカニズム、余寿命、過去の運用履歴、現在・将来の運用状態、の各項目について重み付けを行い、総合評点によってリスクマトリックスの縦軸のランク付けを行う。一方、被害の大きさは、部位、部品、装置、設備、周囲への波及を考慮し、災害、補修、収入損失などのコストを評価して、横軸のランク付けを行う。
以上のような評価を専門家の協議をもとに実施することにより、検査レベルの調整や対策の優先順位付けなどによって、メンテナンス費削減の効果が得られる。
ボイラのリスク評価対象項目には、過熱器管の腐食減肉とクリープ、圧力容器・配管溶接部のクリープと疲労などがあり、個別の部品について膨大な部品-事象情報の展開がなされる。また、検査困難な箇所も存在するため、検査の有効性もリスク評価上重要な因子である。
図7 ボイラへのリスクベース工学適用例
(文献[13]をもとに筆者が調製)
3.2 タービンのリスクベース保全
図8に蒸気タービン保全へのPRA型のリスクベース工学適用例を示す[12]。イベントツリーで表された事象ごとに、フィールドデータに対して累積ハザード関数法を適用し、不信頼度関数を求める。ここではロータのクリープ変形を対象としていることから、時間の関数として表されている。また、保全計画の判定に、総リスクコスト最小化または期待利得最大化を用いている。保全間隔を決める場合には、リスクコストと年平均の保全対策コストを点検間隔の関数として表し、両者の和が最小となる時点かあるいは、年平均の保全対策コストがリスクコストを上回る時点を最適保全間隔として判断する。さらに、時間に比例する運転収入と総リスクコストの差を期待利得とすると、これを最大とする時点を最適保全間隔とすることができる。
図9に、ライフサイクルにわたるリスクコストの比較例を示す[12]。補修の間隔設定やリスク低減対策品の導入などの組合せをシナリオとして設定し、想定期間におけるリスクコストを比較して最適シナリオを選択する。本例では、総コスト比較では、使いきり後交換のシナリオ1や補修を繰返すシナリオ2に比べて、早期に対策品に交換するシナリオ3が長期的に優れていると判断される。
図8 蒸気タービンへのPRA適用例
図9 ライフサイクルリスクコスト評価例
(L:Likelihood、 C:Consequence or action cost)
一方、経済的効果をさらに詳細に分析するために、正味現在価値の概念が導入されている。図10は蒸気タービンにこの概念を適用してリスクベース保全を行うための手順を示す[14]。ここでは対策案として予防保全と事後保全をあげ、故障確率と損害費用の積算をキャッシュフローベースで行い、正味現在価値に変換して保全方法を選択する手順が示されている。
図10 蒸気タービンへのリスクベース工学適用例(文献[14]をもとに筆者が調製)
4. おわりに
本稿では、設備の信頼性と経済性の両方を総合して判断する手段としてのリスクベース工学導入について、火力発電プラントの例を中心に述べた。社会安全と損失の防止という重要な課題を解決するためには、リスクの概念を基にした情報基盤の確立とデータの拡充が不可欠であり、特に、火力発電設備における運用や保全データなどの整備は、定量的なリスク評価に不可欠であることから、着実に進めておくことが望まれる。また、環境へのインパクトなども含めた総合的なリスク評価を行い、運用・保全のみならず開発・設計にまでフィードバックすることが、今後のエネルギー問題への対応において一層重要になるものと思われる。
参考文献
[1]神本正行、 __エネルギー環境問題と21世紀のエネルギー技術__、 機械の研究、Vol.52, No.1, pp.87-93, 2000.
[2]高木愛夫、 __特集「リスクベースの材料工学・材料技術」火力発電設備の保全技術__、 日本金属学会誌、 Vol.66, No.12, pp.1185-1191, 2002.
[3]藤山一成、 __リスクベース工学の新展開 4.エネルギーシステムとリスクベース工学__、 材料、 Vol.56, No.8, pp.781-786, 2007.
[4]酒井信介, 構造工学ハンドブック第9章リスクベース工学、 pp.525-549, 2004, 丸善。
[5]藤山一成、 __RBMによる電力設備の保全方法__、 計測・制御・システム工学部会シンポジウム:「安全、設備保全の考え方の新潮流」、 日本鉄鋼協会、pp.61-75, 2007.
[6]A. S. Jovanovic, __Integral approach to risk-aware life management of plant components__, Transactions of the 15th international conference on structural mechanics in reactor technology (SMiRT-15), Vol.I, pp.93-116, 1999.
[7]真壁肇編、 改訂版 信頼性工学入門、 日本規格協会、 pp.110-121, 1996.
[8]酒井信介、 __リスクベース検査における機器の破損確率データ収集のためのベイズ定理の応用(第一報 ベイズの定理の原理)__、 圧力技術、 Vol.42, No.5, pp.284-290, 2004.
[9]真壁肇編、 改訂版 信頼性工学入門、 日本規格協会、 pp.125-148, 1996.
[10]K. Fujiyama, S. Nagai, Y. Akikuni, T. Fujiwara, K. Furuya, S. Matsumoto, K. Takagi and t. Kawabata, __Risk-based inspection and maintenance systems for steam turbines__, International Journal of Pressure Vessels and Piping, Vol.81, pp.825-835, 2004.
[11]繁桝算男、 __ベイズ統計入門__、 東京大学出版会、 pp.95-109, 1985.
[12]水野吉重、藤山一成、菅井雅浩、島朋寛、 __リスク評価における不信頼度の材料統計データとフィールドデータにもとづくベイズ推定法__、 第22回材料・構造信頼性シンポジウム講演論文集、 pp.94-98, 2006.
[13]富士彰夫、弥富政享、江口晴樹、福岡千枝、岡塚敬明、木原重光、 D. Worswick and B. Browne, __設備保全-火力発電用ボイラにおけるリスクベースメンテナンス(RBM)法の適用__、 圧力技術, Vol.39, No.1, pp.60-67, 2001.
[14]桜井茂雄、 構造工学ハンドブック第14章 応用事例、 pp.960-962, 2004,丸善。
(平成20年2月21日)
__