地震PSA-原子力建屋・地盤の評価および最近の被災事例
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カテゴリ: 解説記事
地震PSA-原子力建屋・地盤の評価および最近の被災事例 中村 晋,Susumu NAKAMURA
1.はじめに
2007年7月16日、新潟県上中越地方の海域(北緯37度33分、東経138度37分)の海底下を震源とする気象庁マグニチュード(Mj)が6.8(モーメントマグニチュード:6.6)の強い地震が発生し、新潟県中越沖地震と命名された。この地震により、震源に近い柏崎市内では砂丘上の旧市街地にて家屋の倒壊、周辺の造成地や斜面の崩壊などの被害が生じた。また、震央から約16 km南に位置する柏崎刈羽原子力発電所もこの地震の影響を受けた。この原子力発電所は、東京電力が運転している世界最大の発電量(7基の発電用原子炉で構成され、ネット電気出力は7965MWである)を有しており、被災の状況はCNNなどを通じて広く世界に伝えられた。
原子力発電所の被害は、安全の根幹に関わる格納容器を含む重要な設備の損傷には至らないもの、3号機変圧から火災を含む発電所内の施設が損傷し、設計で用いられた地震作用を大きく上回る地震記録が観測された。この地震の発生時期は、10か月程前の2006年9月に原子力プラントの耐震設計審査指針が改定され、この指針に基づく原子力発電所の耐震性能のチェックが行われようとしていた時期と重なっていた。このことは、柏崎刈羽原子力発電所の周辺地域のみならず、原子力施設の立地地域の住民や安全管理の最前線にいる地方自治体、さらに技術者に対して、原子力発電所の耐震安全性や地震防災について明確な説明を行うことが必要になるという重要な意味を持っている。
地震後、原子力安全・保安院が設けた「中越沖地震における原子力施設に対する調査・対策委員会」の委員長である斑目春樹教授(東京大学大学院)は、NISA・JNES2007シンポジウム「新潟県中越沖地震より得られた知見から更なる安全性の向上へ」の中で図1に示す耐震設計の流れとそれに含まれる設計余裕の考え方を概説し、設計地震動を超える揺れに対する安全性についての説明としていた[1]。その主なポイントは、建屋、
図1 耐震設計のフロー
(斑目によるフローに加筆修正)
機器・配管系や地盤との相互作用、地盤のモデル化、入力地震動の評価、構造物や機器の照査に許容値の設定などの各段階に余裕を考慮しているので施設全体としての耐震裕度を保有しており、動的地震作用が設計値をある程度超えても余裕があったというものであった。ここで、耐震設計とは、所定の地震作用による応答と所定の許容値との関係より、目標とする安全性を有する構築物の断面諸元や使用材料を決定する行為である。このことは、設計より現実の地震作用が大きくなる状態にも配慮した許容値を設定しているので、設計の良否は、目標としている安全性を確保できたか否かについての評価によるということを示している。斑目の説明は設計の考え方を改めて示したものであるが、設計の各段階、さらに全体として配慮されている耐震余裕の具体的で定量的な説明がないため、結局、設計技術を信じて下さいというお願いになっている。
原子力発電所の耐震安全性について、今更耐震設計の考え方を力説しても説得力のある説明とはならないことは明白である。本来、設計とその評価は表裏一体であり、そのチェックを含む体系として原子力安全を考える流れの中で改定指針では「残余のリスク」、言い換えれば原子力発電所が保有する安全性の程度の定量化について言及している。現時点で地震PSAは設計された構築物の安全性評価及び地震ハザード評価の双方を考慮してプラント安全性を評価する手法として位置づけられており、原子力発電所が有する安全性を明確に説明する手法として期待されている。そのような観点から、ここでは、地震PSAと耐震設計との関係、地震PSAの中で建屋などの損傷の程度を表すフラジリティーの評価する手法について概説する。あわせて、今後の原子力安全に関する議論を行う上で必要不可欠と考えられる最近の地震に対する原子力発電所の耐震安全性に関する対応状況、及び前述の新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所の被災状況について概説する。
2.耐震設計と地震PSA
ここでは、まず耐震設計と地震PSAの関係、次に柏崎刈羽原子力発電所で被災した施設の耐震設計上の性能を規定する重要度分類について概説する。
2.1 両者の関係
耐震設計とは、前述のように確定的な入力地震動や物性値等に対応した設計応答と設計耐力を使用し、所要の耐震性能を有する構造物や機器の断面諸元や使用材料の決定を行う行為である。ここで、入力地震動や種々の構造モデル、その物性値等の評価には、炉心損傷の可能性を含み原子力発電所が所要の安全性を確保できるように、それらの設定に関わる不確定性に配慮して保守的な設定が行われる。例えば、建屋などへ作用する設計地震作用の評価は、発電所建設地点における基準地震動に対して、図2に示すように工学的基盤から基礎位置までの地震動の増幅を地盤構造の不整形性や地盤材料の非線形性を考慮した地盤応答解析により得られた入力地震動に基づいて算定される。その際、設計地震作用のうち動的地震作用は、その入力地震動を図3に示す建屋および建屋と周辺地盤との相互作用を考慮した解析モデルに作用して求めた建物の基礎や床位置における応答加速度より算定される。設計地震作用は、得られた動的地震作用のみならず、建築基準法に基づく静的地震作用も考慮し、いずれかの大きなものを用いることになる。新潟県中越沖地震の際に柏崎刈羽原子力発電所の各号機基礎位置で観測された最大加速度、設計の際に動的地震作用として求められた最大加速度値および静的地震作用を最大加速度に換算した値の比較を表1に示す。これより、観測された最大加速度は設計上の動的地震作用としての最大加速度を全て上回っているものの、静的地震作用として用いた値より推定される最大加速度480gal程度を上回っているのは1、2および4号機の東西成分680、608、492GALの3つであることに留意する必要がある。
一方、地震PSAでは、高田により示されたように地震ハザード評価、建屋・機器フラジリティー評価および事故シーケンス評価の一連の評価プロセスを経て、炉心損傷頻度を定量的に求める評価が行われる[2]。ここで、地震ハザードとは、地震の発生や基準地震動の推定に関わる種々の不確定性を考慮することにより得られる所定の地震動強さに対する超過発生頻度である。設計上の静的地震作用の大きさのうち、地域係数は地域毎の地震発生の可能性としてハザードの考え方を援用しているが、基準値の大きさや重要度分類に応じた係数は工学的な経験値である。フラジリティーとは所要の超過発生頻度を有する地震動強さに対する建屋や機器などの損傷が生じる条件付き確率を表す。対象としている建屋や機器の損傷確率は、地震ハザードで得られた地震動強さに対する超過発生頻度を乗じて得られる損傷の超過頻度を地震動強さについて積分することによりを求めることができる。
設計では、個々の過程で安全への配慮を行い、結果として目標としている性能をクリアしている。しかし、地震PSAでは建物や設備個々の脆弱さの定量評価を行うとともにそれらに基づくシステムとして脆弱さの定量評価などを行うことにより、システムの安全性や弱点などを明確に評価を行うことができる。このように、設計と評価としての地震PSAは、原子力発電所の地震安全を評価する上で表裏一体であるべきで、既に原子力学会が作成した地震PSAに関する標準と設計指針の体系化が早急に必要であると考える。
2.2 耐震設計における重要度分類
原子力発電所内の施設は、地震により発生する可能性のある放射線による環境への影響の観点から、耐震設計上の重要度をS、B、Cの順に3つのクラスに区分し、上位の分類に属するものが下位の分類に属するものの破損によって波及的破損が生じないような耐震設計が行われている。改定された耐震審査指針では、各クラスの機能上の分類を以下のように示している。
Sクラス:自ら放射性物質を内蔵しているか又は内蔵している施設に直接関係しており、その機能そう失により放射性物質を外部に放散する可能性のあるもの、及びこれらの事態を防止するために必要なもの、並びにこれらの事故発生の際に外部に放散される放射性物質による影響を低減させるために必要なものであって、その影響の大きいもの
Bクラス:上記において、影響が比較的小さいもの
Cクラス:Sクラス、Bクラス以外であって、一般産業施設と同等の安全性を保持すればよいもの
各クラスの地震作用は、以下のように異なっている。
Sクラス:基準地震動Ssを用いて、水平方向と鉛直方向について適切に算定し、合わせて基準地震動Ss に基づいて工学的判断により設定した弾性設計用地震動Sd、または静的地震力のいずれか大きい方の地震力を作用する。
Bクラス:静的地震力を作用する。また、共振のおそれのある施設については弾性設計用地震動 Sdに2分の1を乗じたものを用いて、その影響について検討を行う。
Cクラス:Bクラスの各施設と同様に静的地震力を作用する。
各クラスの建物・構築物へ作用する静的地震力のうち、水平地震力については、地震層せん断力係数Ciに、施設の耐震設計上の重要度分類に応じた係数を乗じて適切に算定する。
この重要度分類の考え方は、設計上、地震作用の程度を規定するものである。ISOなどの一般構造物の設計では、地震作用を自然地盤上の地震動として規定し、施設の損傷の程度つまり耐震性能によって構造物の重要度を考慮しており、原子力施設の重要度分類の考え方と異なっている。
3.地震PSA ? 建屋などのフラジリティー評価法
建物・構築物及び地盤のフラジリティーは、実耐力(現実的耐力)と実際の構造特性に基づいて推定される応答(現実的応答)の確率分布により評価される。それぞれの確率分布の概念を図4に示す。
3.1 現実的耐力の評価
現実的耐力を評価する為に必要な限界状態は、確率変数として評価され、構造物全体あるいは構造要素が耐えうる応力、変形の限界及び所定の機能が保持される限界が考えられる。それらの評価は、一般に実験、実験を含む経験論、解析を含む理論および工学的な判断などに基づく方法のいずれかにより行われる。
建物・構築物の現実的耐力の確率分布は、その特性値である中央値と標準偏差により表され、評価対象を適切に模擬した試験データの統計処理、数値解析、及び各種基規準類に記載された耐力式などに基づく手法のいずれかにより評価される。地盤の損傷モードとしては、支持力不足による変状、すべり、沈下が考えられる。支持力の確率分布は、原位置試験、室内試験などに基づき、粘着力、内部摩擦角等の材料物性値を確率変数として評価し、モール・クーロン式などの破壊基準により評価する。すべりに関する耐力評価では、原子炉建屋の周辺斜面などは3次元効果を有しているが、その影響を適切に考慮した2次元解析に基づき、現実的耐力を算定することができる。
3.2 現実的応答の評価
入力地震動や物性値等の不確実さや保守性等を踏まえて、図4に示す地震時の現実的な応答の確率分布を算定する。その具体的評価方法には、大きく分類して応答解析に基づく方法及び応答係数に基づく方法の2種類の評価方法があり、前者が応答解析に基づく精算解に対して、後者は設計応答値に基づく比較的簡易な近似解である。評価に用いる地盤や材料の物性、 減衰定数等の統計値は、プラント個別データに基づくことが望ましいが、標準的なデータベースを用いてもよい。
1)応答解析に基づく方法
応答解析モデルの設定は現実的なデータ諸元に基づいて行う必要がある。その応答は、物性の経時的な非線形性の変化の影響を考慮した地震応答解析により求める。フラジリティーの評価には、入力地震動の大きさを連続的に変えて応答を求めること必要であるが、一般に困難であるため、入力地震動の大きさを離散的に設定したフラジリティー評価用地震動を用いる。フラジリティー評価用地震動は、建物・構築物の応答に影響を与える不確実さ要因を考慮して設定する。建物などの基礎底面位置が解放基盤表面と異なる場合、建屋モデルなどへの入力地震動は、解放基盤から地盤材料の応力-ひずみ関係の非線形性を適切に考慮した地盤の地震応答解析に基づいて評価する。
現実的な応答の確率分布は、建物・構築物の応答解析モデルと入力地震動を用いた適切な応答解析手法による地震応答より得られた結果を統計処理して求める。その現実的応答に大きな影響を与える主変動パラメータには、コンクリート強度、支持地盤のせん断波速度及び建屋の減衰定数の不確実さを考慮する。その確率分布は、ここで選定したパラメータを確率変数とし、1次近似2次モーメント法、2点推定法、モンテカルロ法、実験計画法〔ラテン超方格(LHS)法、直交配列表〕などに基づく解析的方法と試行計算によるサンプリング法の中から適切な解析手法を選定して評価する。
建物・構築物の地震応答評価では、地盤-建物・構築物動的相互作用モデルの妥当性に関して、振動試験及び地震観測記録を用いたシミュレーション解析結果及び専門家による判断などを踏まえて、認識的不確実さを適切に評価する。
2)応答係数に基づく方法
保守性や不確実さは応答係数として評価し、(1)式より設計応答を応答係数により補正することで現実的応答を評価する。
現実的応答=設計応答÷応答係数 (1)
その際、設計応答を評価のベースとして線形応答を仮定し、非線形性による応答は、塑性エネルギー吸収係数Fμを用いて補正する。なお、補正方法として、現実的耐力と応答係数による方法では塑性エネルギー吸収係数を応答の補正係数とし、耐力係数と応答係数による方法では塑性エネルギー吸収係数を耐力の補正係数として考慮する。
地盤の地震応答評価には、原則として、地盤の安定解析と同様に形状や非線形性、不確実さ要因等を適切にモデル化できる2次元有限要素モデル等を用いた手法、一般に、①等価線形法による有限要素解析、②非線形有限要素解析などの応答解析手法を用いる。その際、地質・地盤調査結果に基づき地盤を適切に分類、モデル化することが重要である。特に、顕著な非線形性を示す軟質地盤及び破砕帯やシーム等の弱層の特性は、単位体積重量、せん断波速度から算定されるせん断剛性及びせん断剛性のひずみ依存性などの地盤物性について不確実さを考慮するなど適切に考慮しなければならない。また、地盤物性の空間相関は、地盤物性のばらつきに及ぼす影響が大きいので、その評価は調査結果に基づき適切に設定することが望ましい。
4.最近の地震被害事例
4.1 新潟県中越沖地震による東京電力柏崎刈羽原子力発電所の被害概要
東京電力柏崎刈羽原子力発電所では、2007年新潟県中越沖地震にて動的荷重作用として設計上の基礎応答値を上まわる最大加速度応答が生じたが、炉心に損傷は生じず、原子力関連施設が保有すべき止める、冷やす、閉じこめるという3つの要件は確保された。そのことはIAEAの調査[3]でも明らかとなっているものの、再稼働へ向けたチェック手法と体制や、重要度区分を含む今後の原子力施設の耐震安全性、地震防災に関わる以下の被害が生じた。
・ 3号機変圧器からの火災(写真1参照)
・ 6号機原子炉建屋内非管理区域への放射性物質を
含む水の漏えい(写真2参照)
・ 6号機原子炉建屋天井クレーン走行伝動用継手部の破損(写真3参照)
・ 重要度分類Cクラスの施設の損傷
まず、発電所3号機変圧器から発生した火災状況は NHK新潟放送局のヘリコプターによる空撮により、全国のみならず世界に報道された。1時間45分間、鎮火できなかった理由の一つは、現場近くの消火用配管が壊れていたため、職員らによる消火活動を行うことができなかったことにある。さらに、地震の影響で地元消防局との専用電話は使用できず、消防隊の到着が遅れたことも原因である。そもそも、柏崎市も被災地であり、その救急対応を行うべき自治体の消防隊に発電所内の消火が依存すること自体課題と言える。火災の発生原因は、変圧器と周囲の機器基礎面の沈下量に差(約16~18cm)が生じ、変圧器二次ブッシング碍管の損傷による漏油へダクトが落下した際に生じた大電流のアーク放電により発火し、圧器とダクトの接続部から着火した絶縁油が基礎面上に流出することにより延焼したことが明らかとなっている。
次に、6号機建屋内非管理区域への放射性物質を含む水の漏えいは、使用済燃料プールの水がスロッシングによりオペレーティングフロア床面に溢れ(映像記録より確認)、密閉性が保たれているべき燃料交換機給電ボックス内電線貫通部のシール部の隙間から非管理区域に流入して滴下し、排水口を通じ排水の収集タンクに流入した後、排水ポンプにより海に放出されたものと推定されている。管理区域内に閉じこめるべきものが、外部に漏れたことは課題であるといえる。
6号機原子炉建屋天井クレーン走行伝動用継手部では、クロスピンが3ヵ所で破損していることを確認した。調査の結果、地震により走行伝動用継手部に過大な回転力が発生し、クロスピンが破損したと推定された。原子力安全に影響を及ぼす落下との関係については今後の検証が必要であるが、地震直後の修復性に関する性能を評価する上で重要な課題と考えられる。
最後に、変圧器の火災の主原因となった建屋周辺の埋め戻し土の沈下(写真4参照)は、地中の消火配管の損傷も含む重要度区分Cクラスの損傷をもたらした。天井クレーンと同様に原子力発電施設の修復性に関する性能の評価は、地震国である我が国にて原子力発電を持続的に行う上で重要な課題であると言える。さらに、原子力発電所の各施設の耐震性能の高低を表す重要度区分に応じ、Cクラスの施設に損傷が生じたと言う意味では設計で想定されているといえる。
4.2 基準地震動について
1)最近の地震により原子力発電所で観測された記録と耐震安全性に関する対応状況
2003年三陸南地震(Mj=7.2)では、図5a)に示すように東北電力(株)女川原子力発電所において観測された記録(最大加速度233GAL)がスクラムトリガーレベルを超え、その加速度応答スペクトルの短周期帯域
で基準地震動を超えた。また、2007年能登半島地震(Mj=6.8)では、図5b)点検中の志賀原子力発電所において観測された記録(最大加速度225GAL)が、その加速度応答スペクトルの長周期帯域で基準地震動を超えた。いずれも、旧基準に基づいて設計されているが、原子力発電所建屋や機器・配管系はその地震作用に対して裕度を有していることが示された[5]。新指針による設計のバックチェックに際して、基準地震動は、適切にサイト特性を考慮した断層震源モデルに基づいて評価を行うことが教訓として示された。しかし、動的・静的地震作用に対して耐震設計が行われた構築物の安全性と動的地震作用を超えた地震動の作用に対する安全性との関係、つまり設計本来の有する意味に基づいた安全性の評価が不明確となっている。
2)柏崎刈羽発電所位置で推定された基準地震動の特性
新潟県中越沖地震により生じたと推定される柏崎刈羽発電所の基盤位置における地震動の最大加速度は図6に示すとおりであり、設計に用いた基準地震動の最大加速度450Galに対して、1.2倍から3.8倍の大きさとなっている。
ハザードまたフラジリティー評価に用いる地震動の特性を推定するためには、地震PSAの実施基準[6]にも示されているように断層の破壊過程などの震源特性の影響や、地点固有の表層、深層地盤構造の影響を適切に考慮することが必要となる。まず、新潟県中越沖地震の震源特性として震源断層モデルは、図7に示すように海域の主に南東傾斜からなる逆断層とされている。この断層より発生した地震動の強さは、経験的に得られている地震規模と地震動の大きさの関係と比較した結果、通常より1.5倍程度強い揺れを生じる地震であったことが認められている。次に、発電所位置の周辺での深部地盤の影響として、図8に示すようにその不整形性を反映した3次元地盤モデルを用いて地盤応答解析を実施したところ、柏崎刈羽原子力発電所の位置は、地震波が屈折して集まる効果により1.5倍程度 (観測値では2.0倍程度)の増幅傾向が認められている。さらに、各号機の基礎位置における地震動強さに差異は、発電所付近にみられる古い褶曲構造による1から7号機の間の地盤構造の差異により生じ、1号機の解放基盤表面での地震動は5号機と比較し、2倍程度大きくなることが確認されている。
このように、柏崎刈羽発電所で観測された記録は、震源の特性、深層・浅層地盤構造によるサイト固有の伝播特性、両方の特性に依存し、1、2号機での大きな揺れ、1から7号機の基礎位置での地震動の差異が生じている。これらのことは、基準地震動は、サイト毎に震源特性や伝播特性を適切に評価すれば一定の精度で推定が可能なこと、つまり新指針の有用性が示されたとも言える。
3)最近の震度7また6強を観測した強震記録の特性
1995年兵庫県南部地震以降、防災科学技術研究所により全国20km四方に設置されてきたK-net等に代表される地震観測網が整備され、頻発する内陸地震による震源近傍の強震記録が観測されてきた。最近発生した地震のうち、震度6強を観測した2008年岩手・宮城内陸地震による震源域内の一関西、一関東および鳴子の3カ所と1995年兵庫県南部地震、2003年新潟県中越地震で震度7を観測した神戸海洋気象台、JR鷹取、川口町、および2007新潟県中越沖地震の柏崎市で観測された加速度記録の水平成分について、数値積分により求めた速度波形の比較、それらの疑似速度応答スペクトルの比較を図9に示す。
岩手・宮城内陸地震では、一関西で観測史上最大の上下動3866cm/s2を観測したが水平成分では最大1432cm/s2と2003年新潟県中越地震による川口町で観測された東西成分の1675 cm/s2より小さい。図に示した速度成分は、構造物の破壊や損傷と関連の強く、震源域での最大値が約50?60cm/s程度であり、JR鷹取、川口町の3分の1程度、柏崎市や神戸海洋気象台の2分の1程度と小さな値となっている。疑似速度応答スペクトルを比較すると、一関西、一関東では周期約0.6秒より短周期側にて他の記録より大きいスペクトル成分を有するものの、それより長い周期では小さな値となっている。鳴子では、大きな振幅が長い時間続くという特徴を有する波形が観測され、周期2秒以上の長周期成分は他の記録と同程度であるもの、それより短周期成分では小さな値であるという特徴を有している。
4)耐震設計における基準地震動
このような強震記録の蓄積は断層の破壊機構に基づく地震動推定手法の精度の向上をもたらすとともに、規模に応じた地震動強さに上限があることを示唆している。これらの知見と地震に対する原子力発電所の影響に関するこれまでの経験とふまえ、耐震設計で考慮する地震動の強さについて原子力施設の安全性に影響を及ぼす地震動強さという観点での再考が必要であると考える。つまり、安全の名のもとで設計上の基準地震動を実地震動強さの上限として地震毎に強さの水準を上げるような見直しを地震毎に行うことに再検討の余地があると考えられる。
5.結言
本稿では、新潟県中越沖地震を含み最近の原子力発電所で観測された記録の特性が基準地震動を超えているにも係わらず、原子炉などの発電所の根幹機能は保持されていることをふまえ、原子力発電所の安全性を確保するための耐震設計とその評価に係わる地震PSAとの関係、地震PSAの中で建屋などの損傷の程度を表すフラジリティーの評価する手法について概説した。 さらに、2003年三陸南地震、2007年能登半島地震により原子力発電所で得られた記録の特性とそれらが原子力発電所に及ぼした影響、新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所の被災状況を原子力安全との関係という観点で示した。
これらのことから、今後の原子力安全を考える上で、動的作用地震動が設計上の基準地震動を超えることの意味、つまり設計行為が本来有している耐震安全に関する意味と地震PSAなどを用いた定量的な安全性評価との関係を明確にすることは重要な課題であると考える。また、原子力発電施設の耐震安全性として考慮すべき要件として、安全性のみならず修復性、さらに原子力発電所の再稼働に係わる性能の評価も、地震国である我が国にて原子力発電を持続的に行う上で重要な課題であると言える。ここで、修復性への配慮には、重要度分類B、Cクラスの施設に付与すべき性能の見直しも含まれる。また、原子力発電所の再稼働に係わる諸技術の構築と開発は急務であると考えられる。
参考文献
[1] 斑目春樹,基調講演「想定を大きく上まわる地震動を受けたにも係わらず原子炉の安全機能は維持されたか」,NISA・JNES2007シンポジウム「新潟県中越沖地震より得られた知見から更なる安全性の向上へ」,2007.11.17.
[2] 高田毅士,原子力分野における地震PSAと最近の出来事,保全学,Vol.7,No.2,pp.30-36,2008.6.
[3] 国際原子力機構(IAEA),柏崎刈羽原子力発電所において2007年7月16日の地震から得られた所見と教訓に関するフォローアップIAEA調査-報告(原子力安全・保安院仮訳版),2007.3.11.
[4] 東京電力(株),新潟県中越地震の影響について 2007年8月8日
[5] 加藤重治,兵庫県南部地震以降の国による原子力発電所の耐震安全の取り組み,1905/06/30
[6](社)原子力学会,原子力学会標準:原子力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施基準,2007
(平成20年8月25日)
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1.はじめに
2007年7月16日、新潟県上中越地方の海域(北緯37度33分、東経138度37分)の海底下を震源とする気象庁マグニチュード(Mj)が6.8(モーメントマグニチュード:6.6)の強い地震が発生し、新潟県中越沖地震と命名された。この地震により、震源に近い柏崎市内では砂丘上の旧市街地にて家屋の倒壊、周辺の造成地や斜面の崩壊などの被害が生じた。また、震央から約16 km南に位置する柏崎刈羽原子力発電所もこの地震の影響を受けた。この原子力発電所は、東京電力が運転している世界最大の発電量(7基の発電用原子炉で構成され、ネット電気出力は7965MWである)を有しており、被災の状況はCNNなどを通じて広く世界に伝えられた。
原子力発電所の被害は、安全の根幹に関わる格納容器を含む重要な設備の損傷には至らないもの、3号機変圧から火災を含む発電所内の施設が損傷し、設計で用いられた地震作用を大きく上回る地震記録が観測された。この地震の発生時期は、10か月程前の2006年9月に原子力プラントの耐震設計審査指針が改定され、この指針に基づく原子力発電所の耐震性能のチェックが行われようとしていた時期と重なっていた。このことは、柏崎刈羽原子力発電所の周辺地域のみならず、原子力施設の立地地域の住民や安全管理の最前線にいる地方自治体、さらに技術者に対して、原子力発電所の耐震安全性や地震防災について明確な説明を行うことが必要になるという重要な意味を持っている。
地震後、原子力安全・保安院が設けた「中越沖地震における原子力施設に対する調査・対策委員会」の委員長である斑目春樹教授(東京大学大学院)は、NISA・JNES2007シンポジウム「新潟県中越沖地震より得られた知見から更なる安全性の向上へ」の中で図1に示す耐震設計の流れとそれに含まれる設計余裕の考え方を概説し、設計地震動を超える揺れに対する安全性についての説明としていた[1]。その主なポイントは、建屋、
図1 耐震設計のフロー
(斑目によるフローに加筆修正)
機器・配管系や地盤との相互作用、地盤のモデル化、入力地震動の評価、構造物や機器の照査に許容値の設定などの各段階に余裕を考慮しているので施設全体としての耐震裕度を保有しており、動的地震作用が設計値をある程度超えても余裕があったというものであった。ここで、耐震設計とは、所定の地震作用による応答と所定の許容値との関係より、目標とする安全性を有する構築物の断面諸元や使用材料を決定する行為である。このことは、設計より現実の地震作用が大きくなる状態にも配慮した許容値を設定しているので、設計の良否は、目標としている安全性を確保できたか否かについての評価によるということを示している。斑目の説明は設計の考え方を改めて示したものであるが、設計の各段階、さらに全体として配慮されている耐震余裕の具体的で定量的な説明がないため、結局、設計技術を信じて下さいというお願いになっている。
原子力発電所の耐震安全性について、今更耐震設計の考え方を力説しても説得力のある説明とはならないことは明白である。本来、設計とその評価は表裏一体であり、そのチェックを含む体系として原子力安全を考える流れの中で改定指針では「残余のリスク」、言い換えれば原子力発電所が保有する安全性の程度の定量化について言及している。現時点で地震PSAは設計された構築物の安全性評価及び地震ハザード評価の双方を考慮してプラント安全性を評価する手法として位置づけられており、原子力発電所が有する安全性を明確に説明する手法として期待されている。そのような観点から、ここでは、地震PSAと耐震設計との関係、地震PSAの中で建屋などの損傷の程度を表すフラジリティーの評価する手法について概説する。あわせて、今後の原子力安全に関する議論を行う上で必要不可欠と考えられる最近の地震に対する原子力発電所の耐震安全性に関する対応状況、及び前述の新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所の被災状況について概説する。
2.耐震設計と地震PSA
ここでは、まず耐震設計と地震PSAの関係、次に柏崎刈羽原子力発電所で被災した施設の耐震設計上の性能を規定する重要度分類について概説する。
2.1 両者の関係
耐震設計とは、前述のように確定的な入力地震動や物性値等に対応した設計応答と設計耐力を使用し、所要の耐震性能を有する構造物や機器の断面諸元や使用材料の決定を行う行為である。ここで、入力地震動や種々の構造モデル、その物性値等の評価には、炉心損傷の可能性を含み原子力発電所が所要の安全性を確保できるように、それらの設定に関わる不確定性に配慮して保守的な設定が行われる。例えば、建屋などへ作用する設計地震作用の評価は、発電所建設地点における基準地震動に対して、図2に示すように工学的基盤から基礎位置までの地震動の増幅を地盤構造の不整形性や地盤材料の非線形性を考慮した地盤応答解析により得られた入力地震動に基づいて算定される。その際、設計地震作用のうち動的地震作用は、その入力地震動を図3に示す建屋および建屋と周辺地盤との相互作用を考慮した解析モデルに作用して求めた建物の基礎や床位置における応答加速度より算定される。設計地震作用は、得られた動的地震作用のみならず、建築基準法に基づく静的地震作用も考慮し、いずれかの大きなものを用いることになる。新潟県中越沖地震の際に柏崎刈羽原子力発電所の各号機基礎位置で観測された最大加速度、設計の際に動的地震作用として求められた最大加速度値および静的地震作用を最大加速度に換算した値の比較を表1に示す。これより、観測された最大加速度は設計上の動的地震作用としての最大加速度を全て上回っているものの、静的地震作用として用いた値より推定される最大加速度480gal程度を上回っているのは1、2および4号機の東西成分680、608、492GALの3つであることに留意する必要がある。
一方、地震PSAでは、高田により示されたように地震ハザード評価、建屋・機器フラジリティー評価および事故シーケンス評価の一連の評価プロセスを経て、炉心損傷頻度を定量的に求める評価が行われる[2]。ここで、地震ハザードとは、地震の発生や基準地震動の推定に関わる種々の不確定性を考慮することにより得られる所定の地震動強さに対する超過発生頻度である。設計上の静的地震作用の大きさのうち、地域係数は地域毎の地震発生の可能性としてハザードの考え方を援用しているが、基準値の大きさや重要度分類に応じた係数は工学的な経験値である。フラジリティーとは所要の超過発生頻度を有する地震動強さに対する建屋や機器などの損傷が生じる条件付き確率を表す。対象としている建屋や機器の損傷確率は、地震ハザードで得られた地震動強さに対する超過発生頻度を乗じて得られる損傷の超過頻度を地震動強さについて積分することによりを求めることができる。
設計では、個々の過程で安全への配慮を行い、結果として目標としている性能をクリアしている。しかし、地震PSAでは建物や設備個々の脆弱さの定量評価を行うとともにそれらに基づくシステムとして脆弱さの定量評価などを行うことにより、システムの安全性や弱点などを明確に評価を行うことができる。このように、設計と評価としての地震PSAは、原子力発電所の地震安全を評価する上で表裏一体であるべきで、既に原子力学会が作成した地震PSAに関する標準と設計指針の体系化が早急に必要であると考える。
2.2 耐震設計における重要度分類
原子力発電所内の施設は、地震により発生する可能性のある放射線による環境への影響の観点から、耐震設計上の重要度をS、B、Cの順に3つのクラスに区分し、上位の分類に属するものが下位の分類に属するものの破損によって波及的破損が生じないような耐震設計が行われている。改定された耐震審査指針では、各クラスの機能上の分類を以下のように示している。
Sクラス:自ら放射性物質を内蔵しているか又は内蔵している施設に直接関係しており、その機能そう失により放射性物質を外部に放散する可能性のあるもの、及びこれらの事態を防止するために必要なもの、並びにこれらの事故発生の際に外部に放散される放射性物質による影響を低減させるために必要なものであって、その影響の大きいもの
Bクラス:上記において、影響が比較的小さいもの
Cクラス:Sクラス、Bクラス以外であって、一般産業施設と同等の安全性を保持すればよいもの
各クラスの地震作用は、以下のように異なっている。
Sクラス:基準地震動Ssを用いて、水平方向と鉛直方向について適切に算定し、合わせて基準地震動Ss に基づいて工学的判断により設定した弾性設計用地震動Sd、または静的地震力のいずれか大きい方の地震力を作用する。
Bクラス:静的地震力を作用する。また、共振のおそれのある施設については弾性設計用地震動 Sdに2分の1を乗じたものを用いて、その影響について検討を行う。
Cクラス:Bクラスの各施設と同様に静的地震力を作用する。
各クラスの建物・構築物へ作用する静的地震力のうち、水平地震力については、地震層せん断力係数Ciに、施設の耐震設計上の重要度分類に応じた係数を乗じて適切に算定する。
この重要度分類の考え方は、設計上、地震作用の程度を規定するものである。ISOなどの一般構造物の設計では、地震作用を自然地盤上の地震動として規定し、施設の損傷の程度つまり耐震性能によって構造物の重要度を考慮しており、原子力施設の重要度分類の考え方と異なっている。
3.地震PSA ? 建屋などのフラジリティー評価法
建物・構築物及び地盤のフラジリティーは、実耐力(現実的耐力)と実際の構造特性に基づいて推定される応答(現実的応答)の確率分布により評価される。それぞれの確率分布の概念を図4に示す。
3.1 現実的耐力の評価
現実的耐力を評価する為に必要な限界状態は、確率変数として評価され、構造物全体あるいは構造要素が耐えうる応力、変形の限界及び所定の機能が保持される限界が考えられる。それらの評価は、一般に実験、実験を含む経験論、解析を含む理論および工学的な判断などに基づく方法のいずれかにより行われる。
建物・構築物の現実的耐力の確率分布は、その特性値である中央値と標準偏差により表され、評価対象を適切に模擬した試験データの統計処理、数値解析、及び各種基規準類に記載された耐力式などに基づく手法のいずれかにより評価される。地盤の損傷モードとしては、支持力不足による変状、すべり、沈下が考えられる。支持力の確率分布は、原位置試験、室内試験などに基づき、粘着力、内部摩擦角等の材料物性値を確率変数として評価し、モール・クーロン式などの破壊基準により評価する。すべりに関する耐力評価では、原子炉建屋の周辺斜面などは3次元効果を有しているが、その影響を適切に考慮した2次元解析に基づき、現実的耐力を算定することができる。
3.2 現実的応答の評価
入力地震動や物性値等の不確実さや保守性等を踏まえて、図4に示す地震時の現実的な応答の確率分布を算定する。その具体的評価方法には、大きく分類して応答解析に基づく方法及び応答係数に基づく方法の2種類の評価方法があり、前者が応答解析に基づく精算解に対して、後者は設計応答値に基づく比較的簡易な近似解である。評価に用いる地盤や材料の物性、 減衰定数等の統計値は、プラント個別データに基づくことが望ましいが、標準的なデータベースを用いてもよい。
1)応答解析に基づく方法
応答解析モデルの設定は現実的なデータ諸元に基づいて行う必要がある。その応答は、物性の経時的な非線形性の変化の影響を考慮した地震応答解析により求める。フラジリティーの評価には、入力地震動の大きさを連続的に変えて応答を求めること必要であるが、一般に困難であるため、入力地震動の大きさを離散的に設定したフラジリティー評価用地震動を用いる。フラジリティー評価用地震動は、建物・構築物の応答に影響を与える不確実さ要因を考慮して設定する。建物などの基礎底面位置が解放基盤表面と異なる場合、建屋モデルなどへの入力地震動は、解放基盤から地盤材料の応力-ひずみ関係の非線形性を適切に考慮した地盤の地震応答解析に基づいて評価する。
現実的な応答の確率分布は、建物・構築物の応答解析モデルと入力地震動を用いた適切な応答解析手法による地震応答より得られた結果を統計処理して求める。その現実的応答に大きな影響を与える主変動パラメータには、コンクリート強度、支持地盤のせん断波速度及び建屋の減衰定数の不確実さを考慮する。その確率分布は、ここで選定したパラメータを確率変数とし、1次近似2次モーメント法、2点推定法、モンテカルロ法、実験計画法〔ラテン超方格(LHS)法、直交配列表〕などに基づく解析的方法と試行計算によるサンプリング法の中から適切な解析手法を選定して評価する。
建物・構築物の地震応答評価では、地盤-建物・構築物動的相互作用モデルの妥当性に関して、振動試験及び地震観測記録を用いたシミュレーション解析結果及び専門家による判断などを踏まえて、認識的不確実さを適切に評価する。
2)応答係数に基づく方法
保守性や不確実さは応答係数として評価し、(1)式より設計応答を応答係数により補正することで現実的応答を評価する。
現実的応答=設計応答÷応答係数 (1)
その際、設計応答を評価のベースとして線形応答を仮定し、非線形性による応答は、塑性エネルギー吸収係数Fμを用いて補正する。なお、補正方法として、現実的耐力と応答係数による方法では塑性エネルギー吸収係数を応答の補正係数とし、耐力係数と応答係数による方法では塑性エネルギー吸収係数を耐力の補正係数として考慮する。
地盤の地震応答評価には、原則として、地盤の安定解析と同様に形状や非線形性、不確実さ要因等を適切にモデル化できる2次元有限要素モデル等を用いた手法、一般に、①等価線形法による有限要素解析、②非線形有限要素解析などの応答解析手法を用いる。その際、地質・地盤調査結果に基づき地盤を適切に分類、モデル化することが重要である。特に、顕著な非線形性を示す軟質地盤及び破砕帯やシーム等の弱層の特性は、単位体積重量、せん断波速度から算定されるせん断剛性及びせん断剛性のひずみ依存性などの地盤物性について不確実さを考慮するなど適切に考慮しなければならない。また、地盤物性の空間相関は、地盤物性のばらつきに及ぼす影響が大きいので、その評価は調査結果に基づき適切に設定することが望ましい。
4.最近の地震被害事例
4.1 新潟県中越沖地震による東京電力柏崎刈羽原子力発電所の被害概要
東京電力柏崎刈羽原子力発電所では、2007年新潟県中越沖地震にて動的荷重作用として設計上の基礎応答値を上まわる最大加速度応答が生じたが、炉心に損傷は生じず、原子力関連施設が保有すべき止める、冷やす、閉じこめるという3つの要件は確保された。そのことはIAEAの調査[3]でも明らかとなっているものの、再稼働へ向けたチェック手法と体制や、重要度区分を含む今後の原子力施設の耐震安全性、地震防災に関わる以下の被害が生じた。
・ 3号機変圧器からの火災(写真1参照)
・ 6号機原子炉建屋内非管理区域への放射性物質を
含む水の漏えい(写真2参照)
・ 6号機原子炉建屋天井クレーン走行伝動用継手部の破損(写真3参照)
・ 重要度分類Cクラスの施設の損傷
まず、発電所3号機変圧器から発生した火災状況は NHK新潟放送局のヘリコプターによる空撮により、全国のみならず世界に報道された。1時間45分間、鎮火できなかった理由の一つは、現場近くの消火用配管が壊れていたため、職員らによる消火活動を行うことができなかったことにある。さらに、地震の影響で地元消防局との専用電話は使用できず、消防隊の到着が遅れたことも原因である。そもそも、柏崎市も被災地であり、その救急対応を行うべき自治体の消防隊に発電所内の消火が依存すること自体課題と言える。火災の発生原因は、変圧器と周囲の機器基礎面の沈下量に差(約16~18cm)が生じ、変圧器二次ブッシング碍管の損傷による漏油へダクトが落下した際に生じた大電流のアーク放電により発火し、圧器とダクトの接続部から着火した絶縁油が基礎面上に流出することにより延焼したことが明らかとなっている。
次に、6号機建屋内非管理区域への放射性物質を含む水の漏えいは、使用済燃料プールの水がスロッシングによりオペレーティングフロア床面に溢れ(映像記録より確認)、密閉性が保たれているべき燃料交換機給電ボックス内電線貫通部のシール部の隙間から非管理区域に流入して滴下し、排水口を通じ排水の収集タンクに流入した後、排水ポンプにより海に放出されたものと推定されている。管理区域内に閉じこめるべきものが、外部に漏れたことは課題であるといえる。
6号機原子炉建屋天井クレーン走行伝動用継手部では、クロスピンが3ヵ所で破損していることを確認した。調査の結果、地震により走行伝動用継手部に過大な回転力が発生し、クロスピンが破損したと推定された。原子力安全に影響を及ぼす落下との関係については今後の検証が必要であるが、地震直後の修復性に関する性能を評価する上で重要な課題と考えられる。
最後に、変圧器の火災の主原因となった建屋周辺の埋め戻し土の沈下(写真4参照)は、地中の消火配管の損傷も含む重要度区分Cクラスの損傷をもたらした。天井クレーンと同様に原子力発電施設の修復性に関する性能の評価は、地震国である我が国にて原子力発電を持続的に行う上で重要な課題であると言える。さらに、原子力発電所の各施設の耐震性能の高低を表す重要度区分に応じ、Cクラスの施設に損傷が生じたと言う意味では設計で想定されているといえる。
4.2 基準地震動について
1)最近の地震により原子力発電所で観測された記録と耐震安全性に関する対応状況
2003年三陸南地震(Mj=7.2)では、図5a)に示すように東北電力(株)女川原子力発電所において観測された記録(最大加速度233GAL)がスクラムトリガーレベルを超え、その加速度応答スペクトルの短周期帯域
で基準地震動を超えた。また、2007年能登半島地震(Mj=6.8)では、図5b)点検中の志賀原子力発電所において観測された記録(最大加速度225GAL)が、その加速度応答スペクトルの長周期帯域で基準地震動を超えた。いずれも、旧基準に基づいて設計されているが、原子力発電所建屋や機器・配管系はその地震作用に対して裕度を有していることが示された[5]。新指針による設計のバックチェックに際して、基準地震動は、適切にサイト特性を考慮した断層震源モデルに基づいて評価を行うことが教訓として示された。しかし、動的・静的地震作用に対して耐震設計が行われた構築物の安全性と動的地震作用を超えた地震動の作用に対する安全性との関係、つまり設計本来の有する意味に基づいた安全性の評価が不明確となっている。
2)柏崎刈羽発電所位置で推定された基準地震動の特性
新潟県中越沖地震により生じたと推定される柏崎刈羽発電所の基盤位置における地震動の最大加速度は図6に示すとおりであり、設計に用いた基準地震動の最大加速度450Galに対して、1.2倍から3.8倍の大きさとなっている。
ハザードまたフラジリティー評価に用いる地震動の特性を推定するためには、地震PSAの実施基準[6]にも示されているように断層の破壊過程などの震源特性の影響や、地点固有の表層、深層地盤構造の影響を適切に考慮することが必要となる。まず、新潟県中越沖地震の震源特性として震源断層モデルは、図7に示すように海域の主に南東傾斜からなる逆断層とされている。この断層より発生した地震動の強さは、経験的に得られている地震規模と地震動の大きさの関係と比較した結果、通常より1.5倍程度強い揺れを生じる地震であったことが認められている。次に、発電所位置の周辺での深部地盤の影響として、図8に示すようにその不整形性を反映した3次元地盤モデルを用いて地盤応答解析を実施したところ、柏崎刈羽原子力発電所の位置は、地震波が屈折して集まる効果により1.5倍程度 (観測値では2.0倍程度)の増幅傾向が認められている。さらに、各号機の基礎位置における地震動強さに差異は、発電所付近にみられる古い褶曲構造による1から7号機の間の地盤構造の差異により生じ、1号機の解放基盤表面での地震動は5号機と比較し、2倍程度大きくなることが確認されている。
このように、柏崎刈羽発電所で観測された記録は、震源の特性、深層・浅層地盤構造によるサイト固有の伝播特性、両方の特性に依存し、1、2号機での大きな揺れ、1から7号機の基礎位置での地震動の差異が生じている。これらのことは、基準地震動は、サイト毎に震源特性や伝播特性を適切に評価すれば一定の精度で推定が可能なこと、つまり新指針の有用性が示されたとも言える。
3)最近の震度7また6強を観測した強震記録の特性
1995年兵庫県南部地震以降、防災科学技術研究所により全国20km四方に設置されてきたK-net等に代表される地震観測網が整備され、頻発する内陸地震による震源近傍の強震記録が観測されてきた。最近発生した地震のうち、震度6強を観測した2008年岩手・宮城内陸地震による震源域内の一関西、一関東および鳴子の3カ所と1995年兵庫県南部地震、2003年新潟県中越地震で震度7を観測した神戸海洋気象台、JR鷹取、川口町、および2007新潟県中越沖地震の柏崎市で観測された加速度記録の水平成分について、数値積分により求めた速度波形の比較、それらの疑似速度応答スペクトルの比較を図9に示す。
岩手・宮城内陸地震では、一関西で観測史上最大の上下動3866cm/s2を観測したが水平成分では最大1432cm/s2と2003年新潟県中越地震による川口町で観測された東西成分の1675 cm/s2より小さい。図に示した速度成分は、構造物の破壊や損傷と関連の強く、震源域での最大値が約50?60cm/s程度であり、JR鷹取、川口町の3分の1程度、柏崎市や神戸海洋気象台の2分の1程度と小さな値となっている。疑似速度応答スペクトルを比較すると、一関西、一関東では周期約0.6秒より短周期側にて他の記録より大きいスペクトル成分を有するものの、それより長い周期では小さな値となっている。鳴子では、大きな振幅が長い時間続くという特徴を有する波形が観測され、周期2秒以上の長周期成分は他の記録と同程度であるもの、それより短周期成分では小さな値であるという特徴を有している。
4)耐震設計における基準地震動
このような強震記録の蓄積は断層の破壊機構に基づく地震動推定手法の精度の向上をもたらすとともに、規模に応じた地震動強さに上限があることを示唆している。これらの知見と地震に対する原子力発電所の影響に関するこれまでの経験とふまえ、耐震設計で考慮する地震動の強さについて原子力施設の安全性に影響を及ぼす地震動強さという観点での再考が必要であると考える。つまり、安全の名のもとで設計上の基準地震動を実地震動強さの上限として地震毎に強さの水準を上げるような見直しを地震毎に行うことに再検討の余地があると考えられる。
5.結言
本稿では、新潟県中越沖地震を含み最近の原子力発電所で観測された記録の特性が基準地震動を超えているにも係わらず、原子炉などの発電所の根幹機能は保持されていることをふまえ、原子力発電所の安全性を確保するための耐震設計とその評価に係わる地震PSAとの関係、地震PSAの中で建屋などの損傷の程度を表すフラジリティーの評価する手法について概説した。 さらに、2003年三陸南地震、2007年能登半島地震により原子力発電所で得られた記録の特性とそれらが原子力発電所に及ぼした影響、新潟県中越沖地震による柏崎刈羽原子力発電所の被災状況を原子力安全との関係という観点で示した。
これらのことから、今後の原子力安全を考える上で、動的作用地震動が設計上の基準地震動を超えることの意味、つまり設計行為が本来有している耐震安全に関する意味と地震PSAなどを用いた定量的な安全性評価との関係を明確にすることは重要な課題であると考える。また、原子力発電施設の耐震安全性として考慮すべき要件として、安全性のみならず修復性、さらに原子力発電所の再稼働に係わる性能の評価も、地震国である我が国にて原子力発電を持続的に行う上で重要な課題であると言える。ここで、修復性への配慮には、重要度分類B、Cクラスの施設に付与すべき性能の見直しも含まれる。また、原子力発電所の再稼働に係わる諸技術の構築と開発は急務であると考えられる。
参考文献
[1] 斑目春樹,基調講演「想定を大きく上まわる地震動を受けたにも係わらず原子炉の安全機能は維持されたか」,NISA・JNES2007シンポジウム「新潟県中越沖地震より得られた知見から更なる安全性の向上へ」,2007.11.17.
[2] 高田毅士,原子力分野における地震PSAと最近の出来事,保全学,Vol.7,No.2,pp.30-36,2008.6.
[3] 国際原子力機構(IAEA),柏崎刈羽原子力発電所において2007年7月16日の地震から得られた所見と教訓に関するフォローアップIAEA調査-報告(原子力安全・保安院仮訳版),2007.3.11.
[4] 東京電力(株),新潟県中越地震の影響について 2007年8月8日
[5] 加藤重治,兵庫県南部地震以降の国による原子力発電所の耐震安全の取り組み,1905/06/30
[6](社)原子力学会,原子力学会標準:原子力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施基準,2007
(平成20年8月25日)
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