地震を受けた機器における塑性ひずみ検出方法の適用について

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カテゴリ: 解説記事
地震を受けた機器における塑性ひずみ検出方法の適用について 米谷 豊,Yutaka KOMETANI,伊東 敬,Takashi ITO,野中 善夫,Yoshio NONAKA,高木 愛夫,Yoshio TAKAGI,黒崎 裕一,Yuichi KUROSAKI,羽鳥 正訓,Yoshio TAKAGI,
1.はじめに
東京電力株式会社 柏崎刈羽原子力発電所は、2007年7月16日に発生した中越沖地震により被災したが、原子炉は安全に停止するとともに、耐震設計グレードの高い機器では外見上の損傷は認められなかった。また、7号機においては機器健全性の評価として地震時に観測された水平方向及び鉛直方向の地震加速度を用いた地震応答解析を行い、耐震設計グレードの高い機器については発生する応力がいずれも評価基準値以下であることが確認されている。しかし、観測された地震波は設計時に想定された加速度を大きく上回るものであり、地震により想定以上の大きな荷重が作用した可能性がある。また、局所的な変形や表面近傍のみの降伏、変形の復元等の可能性があり、外観の目視点検では微小な変形が検出できない可能性もある。このため、地震応答解析とともに機器の健全性評価および点検結果の妥当性を確認することを目的として、予め計画する追加点検(念のために実施する点検)としての塑性ひずみ検出を行った。
本稿では、柏崎刈羽原子力発電所7号機の耐震設計グレードの高い配管からサンプルを選定して実施した塑性ひずみの検出における、検出手法の調査、手法選定後のモックアップ確認及び現地測定結果について紹介する。
2.塑性ひずみ検出方法の調査・選定
塑性ひずみの検出方法については、原子力発電所施設内での適用性を含めて検討する必要があるため、手法候補の選定、性能・特性調査及び判定方法等の検討を行った。原子力発電所内で据付状態のまま地震により機器が塑性変形を受けた履歴を評価可能と考えられ
る方法、および、その概要を以下に示す。
① 材料表面の硬さから塑性ひずみを評価する方法
地震により塑性変形を受けた場合、塑性変形により生じる加工硬化を検出することにより、塑性変形を受けた履歴の有無を推定できる可能性がある。材料表面の加工硬化を検出する手法として、反発式硬さ計、ポータブルビッカース硬さ計および超音波硬さ計などがある。
② 材料表面の組織変化から塑性ひずみを評価する方法
地震により塑性変形を受けた場合、塑性変形により発生するリューダース帯やすべり線を観察することにより、塑性変形を受けた履歴の有無を推定できる可能性がある。リューダース帯の観察は、目視で可能であるが、地震時の表面が鏡面状態であることが前提となる。また、すべり線の観察は、試験部表面を鏡面に仕上げ、エッチングを行い、ポータブルタイプの光学顕微鏡を用いて直接観察する方法と、試験部表面をレプリカに転写し、実験室の光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡を用いて観察を行なう方法がある。更に、塑性ひずみによりエッチング速度が変化する特徴を利用し、エッチングの色調を観察する方法がある。
③ 材料表面の相変態から塑性ひずみを評価する方法
地震により塑性変形を受けた場合、塑性変形で発生するマルテンサイト変態を検出することで塑性変形を受けた履歴の有無を推定できる可能性がある。材料表面の相変態を検出する手法として、フェライト測定法、渦電流探傷試験及びX線回折法などがある。
④ 材料表面の応力状態等から塑性ひずみを評価する方法
地震により塑性変形を受けた場合、材料表面の格子定数、磁気的特性あるいは超音波伝播特性などが変化する可能性があり、これらの特性の変化を検出することで塑性変形を受けた履歴の有無を推定できる可能性がある。材料表面の格子定数を測定する方法として、ポータブルタイプのX線回折装置を用いたX線回折法がある。また、材料表面の磁気的特性あるいは超音波伝播特性などの変化を検出する方法として、磁歪法、バルクハウゼンノイズ法及び音速比法などの方法がある。
以上の評価方法に対し、原子力発電所施設内の狭隘な現場での作業性、市販製品レベルでの検出性能や特徴、測定装置類の入手性等について机上での検討・評価を行い、以下の測定方法を選定した。
・ 硬さ測定
・ 表面金相
・ マルテンサイト検出
・ 音速比法
・ 磁歪法
・ バルクハウゼンノイズ法
また、これらの方法に対して、塑性ひずみの検出限界、測定範囲、測定精度及び対象材料間でのバラツキについて評価を行うために、以下の特性を試験により確認した。
・ 材料、測定位置の影響
・ 検出信号等と塑性ひずみとの相関
・ 検出信号等と塑性ひずみとの相関に及ぼす応力状態の影響
(1) 試験方法
各評価対象手法の特性確認のために、試験片材料としてフェライト鋼(炭素鋼(SS400)、低合金鋼)、オーステナイト系ステンレス鋼(SUS304、SUS316L)を用いた確認試験を行った。確認試験としては、各材料の試験片に対して予め段階的に変化させた塑性ひずみを与え、各測定方法により得られた信号等に塑性ひずみと相関があること及び応力状態による影響有無の確認を行った。試験状況の例を図1に示す。
図1 塑性ひずみ検出確認試験状況(硬さ測定)
(2) 試験結果及び適用性検討結果
各評価対象手法の確認試験結果から、硬さ測定については試験実施材料全てに塑性ひずみと相関関係が確認された。また、音速比法(垂直法)についてフェライト鋼に対して信号の変化が確認された。一方、オーステナイト系ステンレス鋼に対するマルテンサイト検出法、音速比法及びバルクハウゼンノイズ法、フェライト鋼に対する音速比法(表面波法)、磁歪法及びバルクハウゼンノイズ法については、塑性ひずみの変化に対して出力信号の変化は確認できたが、塑性ひずみとの相関が確認できず識別不能であった。また、表面金相・レプリカ法では試験範囲では明確な変化が認められなかった。以上の試験結果を表1に示す。
表1 適用性検討結果まとめ表
上記試験結果より、塑性ひずみの発生有無の調査には、塑性ひずみとの相関関係が確認された表面硬さ測定が有効と考えられ、現場での測定方法としては、硬さ測定を基本として、フェライト鋼のみ補助的に音速比法を使用することが有効と考えた。
なお、機器表面の硬さ測定については、ビッカース硬さ計で測定した値を真値とした場合に、ポータブルビッカース硬さ計にて測定した値が反発式硬さ計で測定した値よりも真値に近いことを確認した。従って、現地における地震による塑性ひずみ検出には、定量測定に適したポータブルビッカース硬さ計(押付け力:49N(5kg・f))を用いることとする。
上記の試験結果の例として、図3にポータブルビッカース硬さ計による塑性ひずみの測定結果、図4に音速比法(垂直法)による測定結果(例)、および、図5にバルクハウゼンノイズ法による測定結果(例)を示す。
図3 ポータブルビッカース硬さ計による塑性ひずみ測定結果
図4 音速比法(垂直法)による塑性ひずみ測定結(例)
図5バルクハウゼンノイズ法による塑性ひずみ測定結果(例)
ポータブルビッカース硬さ計による測定については、他の硬さ計に比べて大型で重いことから、原子力発電所の狭隘な作業環境に必ずしも適したものではないが、現地での測定作業時に必要となる測定方向について、上向き、横向き等、下向きの測定以外でも測定値に影響ないことも確認できている。したがって、ポータブルビッカース硬さ計は、現地での安定した測定結果を得ることが可能な手法であると考えられる。
一方で、試験片が同一材料種別でもロットの違いにより硬さの測定結果に違いが生じることが確認されたため、発電所における実機配管等の硬さ測定においては、同一鋼種での測定においても素材の加工履歴の影響により測定結果にバラツキが大きくなり、評価困難となる事象が想定される。また、試験片の形状は平板であり、実機での配管表面等の曲面においても同等な結果が得られることを確認しておくため、配管を使用してのモックアップ試験を行うこととした。
3.配管によるモックアップ試験
硬さ測定において測定対象の製造方法の相違及び測定対象部表面形状(曲面等)の影響による測定値の信頼性確認のため、実規模模擬配管及び現地発電所の実機配管を用いたモックアップ試験を実施した。
実規模の模擬配管を用いたモックアップには測定対象として製造方法の異なる2種類の100A~500A配管のエルボ部周辺での硬さ測定を実施した。試験結果として以下の状況が確認された。
① 同一配管でもエルボ部と直管部では測定結果が大きく異なることが確認された。
② 100A配管のエルボ部での測定結果が位置に依らず同等であることから、表面形状(曲面等)の影響は小さいと考えられる。
③ 同一配管の直管部分では測定位置に依らず広い範囲で硬さが均一と考えられる。
④ 同一配管でも高周波誘導加熱+曲げにより形成されたエルボ部はその加工履歴の影響により相対的に測定値のバラツキが大きく評価困難となることが確認された。
また、実機配管を用いたモックアップ試験においても実規模の模擬配管によるモックアップ試験結果と同様に、高周波誘導加熱+曲げにより形成されたエルボ部は相対的に測定値のバラツキが大きく評価困難となることが確認された。
上記にて実施した実規模の模擬配管及び現地での実機配管を用いたモックアップ試験により、硬さ測定の手順を以下のように実施することで安定的な測定が行える見通しを得た。
<硬さ測定の手順>
① 配管材の表面加工硬化層を取除き素材の硬さ測定を可能とするために表面研磨を行う。
② その後、試硬さ測定により研磨状態の確認を行いながら、#400番手までの研磨を実施し、硬さ測定を行う。
③ 硬さの測定は測定ポイント1箇所について40点のデータを採取し、平均値をその測定ポイントの硬さ値として取扱うこととする。
4.実機でのひずみ検出対象の選定
中越沖地震を受けた後の柏崎刈羽原子力発電所7号機において、耐震設計グレードの高い機器については地震時の記録に基づく応答解析において、許容値を超える応力は発生しない結果が得られている。しかし、設備健全性の確認として、耐震設計のグレードの高い機器・配管に対して予め計画する追加点検(念のため実施する点検)として目視、浸透探傷試験、及び、超音波探傷試験の実施が検討され、合わせて、硬さ測定による塑性ひずみの検出確認を実施することとした。
(1) 硬さ測定による塑性ひずみ検出対象選定の条件
硬さ測定による塑性ひずみの検出確認は、サンプル調査対象として選定された12系統の配管系統から、以下の条件にて選定された系統の配管に対して実施することとした。
① 選定された12系統の配管の内、地震応答解析にて求められた応力の裕度が小さくなる系統を含める
② 配管素材が炭素鋼とステンレス鋼を各1系統以上とする
③ 建屋間を渡る系統を含める
④ 硬さ測定等の作業が実施可能な環境が得られること。(周囲の放射線環境が適切であること等)
(2) 硬さ測定による塑性ひずみ検出対象配管系統
サンプル調査対象として選定された12系統の配管から、前述の条件にて選定された系統の配管及び材質を表2に示す。
表2 塑性ひずみ測定対象配管系統及び材質
選定された配管系統については、評価試験にて実施した材料に対し、STS480、STPT410等の配管材料が加わることから、各材質の配管材から切出した試験片により、評価試験同様に塑性ひずみと硬さ測定結果に相関があることを確認した。ポータブルビッカース硬さ計による塑性ひずみの測定結果を図6に示す。
図6 配管材料に対するポータブルビッカース硬さ計による塑性ひずみ測定結果
(3) 硬さ測定による塑性ひずみ検出対象箇所の選定
現地配管に対する硬さ測定については、検出対象となる配管の据付完了時点での硬さに関する初期データが無いため、地震による塑性ひずみ検出のための比較基準となるデータは存在しない。
一方、実規模の模擬配管によるモックアップ試験において同一配管の直管部では広い範囲で硬さが均一となることが確認されている。
このため、現地配管に対する地震応答解析における応力裕度の小さな点を地震による有意な塑性ひずみの検出対象箇所とする「評価部」として取扱い、応力の裕度が評価部に比較して大きくなる点では塑性ひずみの発生可能性は低いと考え、塑性ひずみの「評価部」に対する「比較部」として取扱うことで、それぞれの硬さ測定値の比較から、地震による有意な塑性ひずみの検出が可能となると考えた。
硬さ測定値の比較において、地震による塑性ひずみが生じた場合、硬くなる(最大値が大きくなる)、軟らかい箇所が先に硬化する(最小値が大きくなる)、また、硬さのばらつき(最大値と最小値の硬度差)に変化が生じることが考えられる。このため、塑性ひずみ検出対象箇所における評価では、評価部と比較部の最大値の比較、及び、最小値の比較、また、最大値と最小値の差(硬度差)の比較を行い、評価部におけるそれぞれの値が小さい場合には有意な塑性ひずみが生じていないと考えられる。
なお、有意な塑性ひずみの検出に関する評価においては、測定結果のみでなく、測定のばらつき、製造履歴の影響、材料の不均一性等の可能性を考慮し総合的な評価を行う。
5.現地配管に対する測定の実施結果と評価
(1)主蒸気系配管における測定結果
主蒸気系配管の硬さ測定による塑性ひずみ検出の評価部はティー部を選定した。本ティー部については、管台部と母管で材料が異なることから、硬さ測定値による塑性ひずみの発生有無の評価は各部(管台中央部(管台a)、管台下部(管台b)、母管部)毎に実施した。各部の測定点を図7に示す。
測定結果の例として、管台aの結果を図8に示す。また、表3に比較部・評価部の最大値、最小値、硬度差を示す。測定結果から、評価部の最大値(154)は比較部の最大値(162)より小さく、評価部の最小値(148)は比較部の最小値(151)より小さい。また、評価部の硬度差(6)は比較部の硬度差(11)より小さい。これらのことから、地震による有意な塑性ひずみは生じていないと評価する。
図7 主蒸気系配管(ティー部)の測定点
図8 管台aの評価部/比較部概要
表3 管台aの硬さ測定結果
(2)原子炉隔離時冷却系配管における測定結果
原子炉隔離時冷却系配管の硬さ測定による塑性ひずみ検出の評価部は直管部(弁接続部)を選定した。表4に比較部・評価部の最大値、最小値、硬度差を示す。
表4 原子炉隔離時冷却系配管の硬さ測定結果
測定結果において、評価部の最大値(141)は比較部の最大値(151)より小さく、評価部の硬度差(13)は比較部の硬度差(30)より小さい。なお、評価部の最小値(128)は比較部の最小値(121)より大きいが、その差(7)は、ばらつき(標準偏差)以下であり、同等と考えられる。
また、比較部において、硬さのばらつきが大きかった事から、材料の不均一性の可能性を考慮し、周方向同一角度で測定値の再評価を実施した(図9参照)。
同一角度における評価部と比較部の硬度差が少ないことから、配管製造プロセスにより生じた周方向の硬さ分布と推定され、地震による影響とは考え難いことから、本対象部位において地震による有意な塑性ひずみは生じていないと評価する。
図9 原子炉隔離時冷却系配管の硬さ測定結果
(周方向の角度毎に測定結果を評価)
(3)ほう酸水注入系配管、並びに非常用ガス処理系配管における測定結果
ほう酸水注入系配管、並びに非常用ガス処理系配管の硬さ測定による塑性ひずみの検出評価部は直管部(サポート部)を選定した。
各々の比較部・評価部の最大値、最小値、硬度差を表5、表6に示す。
非常用ガス処理系では評価部の最大値が比較部の最大値より大きくなったが、その差はばらつき(標準偏差)以下であり、同等と考えられる。また、硬度差の比較では、評価部が小さいか同等であった。なお、最小値の比較では、どちらも評価部の最小値が比較部の最小値よりが大きいが、その差はばらつき(標準偏差)以下であるため、同等と考えられる。これらのことから、地震による有意な塑性ひずみは生じていないと評価する。
以上の結果から、対象とした4系統の配管には地震による有意な塑性ひずみが生じていないことを確認できた。
表5 ほう酸水注入系配管の硬さ測定結果
表6 非常用ガス処理系配管の硬さ測定結果
(4)座屈したろ過水タンクにおける測定結果
硬さ測定による塑性ひずみの検出性を確認するために座屈により変形したろ過水タンクの変形した部位を評価部、変形していない部位を比較部として測定を実施した。図10に評価部の測定点の概略位置及び各測定点の硬さ測定結果を示す。
図10 ろ過水タンク評価部の硬さ測定結果
座屈により変形した部位は、座屈していない部位と比較し、硬さが最大29HV上昇している。そのため、地震により大きな塑性ひずみが生じた可能性があることを確認できた。
6.まとめ
地震による塑性ひずみを検出する方法の検討を行い、実機での作業性等を考慮した結果、硬さ測定が最も適していると判断した。また、柏崎刈羽原子力発電所7号機における予め計画する追加点検(念のため実施する点検)として塑性ひずみの検出を硬さ測定により行い、地震による有意な塑性ひずみが生じていないことを確認した。
(平成20年9月8日)
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