原子力発電設備の「新検査制度」に関する論点評価(概要)
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カテゴリ: 解説記事
原子力論点評価会議 原子力発電設備の「新検査制度」に関する論点評価(概要) 日本保全学会 原子力論点評価会議
論点評価会議の趣旨と評価対象
日本保全学会(以下、保全学会)は保全分野の専門集団です。「保全」とは言葉どおり、設備を保護し、安全に維持することであります。学術的に言い換えれば「保守工学」といい、原子力発電所などのメンテナンス(点検・検査・監視、評価、補修など)の体系化などを検討の対象としています。
これまで保全学会で得られた学術的活動の成果を踏まえて、何らかの形で社会的説明責任を果たす義務があると考え、「原子力論点評価会議(以下、評価会議)」を設置するとともに、重要な原子力の論点の中で保全学会として取り上げるのにふさわしい課題について検討し、結果を適宜公表することにしました。
今回は評価対象として、原子力発電所に対する日本政府による定期検査終了から次の検査開始までの期間をプラント毎に柔軟に決める新しいシステムや保全活動の有効性評価の導入などを定めた経済産業省原子力安全・保安院の「新検査制度」に焦点を当てました。
保全学会はこれまで「原子力の保全論理」について検討を重ねてきましたが、それに基づいて、①「産業設備の故障ゼロ」は目指すべき無限目標であるが、これを実現可能な目標の和に落とし込んで解決する、②「正しい保全」を的確に実施することで、故障の発生を最小化する、③保全においては、安全性は経済性と合わせて考えるという「保全三原則」を導出しました。新検査制度に関する評価はこの「保全三原則」に基づいて行いました。
「保全三原則」の考え方
前記の「保全三原則」の第一原則は、困難な目標を達成するための問題の解決法を示しています。達成できる期間や達成できる数値目標を有限に設定して問題解決を計ることを言います。その原則に基づけば、保全をしないで故障ゼロという目標を長期にわたって実現することは容易ではないが、例えば2年という有限の期間、原子炉事故につながるような故障を起こさないことを実現することは可能である、ということになります。
第二原則は第一原則に基づき、有限の期間、原子炉事故につながるような「危険な故障」を起こさないようにする(「正しい保全」を実行する)保全計画の策定は可能である、ということを言っています。ここで、「正しい保全」とは、過去の保全活動の結果を評価し、それを次の保全計画に反映する、ことを繰り返すことで、確立されるものです(PDCAサイクルの適用)。
また、第三原則は、適切な保全計画を策定する上で安全性の向上は経済性の向上と(合わせて考える)無関係でないことを示しています。言うまでもなく、経済性を優先させることの危険性も指摘しています。経済性を優先するあまり、安全性を軽視するとどのような悲惨な結果になるかは、事業者自らが一番知っています。
また、二酸化炭素の大量放出に伴う地球温暖化問題を考えるとき、安全性の確保を前提にした原子力発電所の活用は重要な課題です。規制当局も安全性とともに稼働率に目を向ける必要があります。
保全は原子力安全をどのように確保するか
原子力発電設備の健全性は、「『原子力の安全論理』に支えられた安全設計・建設」と、「『原子力の保全論理』に支えられた運転開始後の保全設計」の二つにより確保されています。これが安全確保の基本構造です。
安全設計は、原子力発電所を建設する前の基本設計として、様々な事故を想定して、原子力発電所を安全に停止すること、周辺住民の放射能被害を防止すること、を条件として実施するものです。(「原子力安全」の確保)
一方、保全設計は、通常の運転における機器・系統の健全性を確認し、機能を維持することを目的として実施するものです。実施手段としては、設備の健全性や機能を維持するための定期事業者検査(定期検査を含む)が該当します。
「原子力の安全論理」は異常の発生防止から(故障)事故が起きた後の緩和対策を考えますが、「原子力の保全論理」は先述したように、設備の健全性や機能を維持し(故障)事故を起こさない対策を考えるものです。
このように原子力発電所の安全は大きく分けて二段階で確保されていますが、「保全論理」はこれまであまり注目されてきませんでした。しかしながら、「新検査制度」の中で主要な位置を占める保全プログラムは「保全論理」の骨格を構成しており、初めて保全を体系づけたものとして評価できます。
保全の論理からみた新検査制度
「原子力の保全論理」は達成すべき目標を、「社会通年上受け入れられる故障範囲に限定し、原子炉停止中と原子炉運転中を合わせた有限の期間、機器・系統の健全性を実現する」ことに置いています。言い換えれば、「正しい保全」を行うことで、設備の重要な機能を損なうような故障の発生を、有限の期間、防ごうとしています。
第一原則でいう「有限の期間」を設定すれば、原子炉事故につながるような故障を起こさないようにすることは可能であり、第二原則で言う「保全と運転」というサイクルを繰り返すことで「正しい保全」が実現され、原子炉の寿命中における原子炉事故は防止されると考えます。
新検査制度は、「保全論理」に沿った考え方で整備されており、定期検査の間隔を適正化することや運転中の機器監視を強めたりすることで、保全活動の細かいほころびによる故障の発生を徹底的に抑えようとしています。
特に、事業者の保全活動においても、これまで日本の原子力発電所ではほとんど適用されてこなかった状態監視技術など新しい保全手法の取り入れが進められ、故障は減少するものと判断します。
機器の点検間隔や検査と検査の間の原子炉停止間隔は、保全の方法に依存するものです。これらの「間隔」は、劣化メカニズムの情報、状態監視技術などから得られる情報を基に決められるもので、新検査制度では、こうした情報を十分に活用しようとしています。
新検査制度の包括的評価
新検査制度全体を保全三原則に照らすと、以下のことが言えます。
1 保全に関する考え方が著しく進展したこと、
2 故障の原因である劣化に適切、かつ体系的に対応する仕組みとしたこと、
3 保全の実態や有効性に照らして、機器の点検間隔や原子炉停止間隔を柔軟に決めるシステムを構築したこと、
4 現行の高経年化対策をさらに充実したこと、
5 プラントの振る舞いを評価する指標を導入したこと、
6 運転中にも規制の目が届くようになったこと
7 事業者の保全計画を事前に検討する仕組みを導入したこと、
8 保全計画を絶えず改善していく仕組み(PDCA)を導入したこと。
このような特徴を考慮すると、新検査制度は、現行の検査制度に比べ、さまざまな工夫が取り入れられ、はるかに体系的でかつ科学的・合理的になっているため、現行保全が達成している安全レベルより、より高いレベルを達成するものと評価します。「保全論理」に照らせば、現状の原子炉停止間隔の13カ月にこだわる技術的な理由はどこにもなく、保全の運用方法や実績に基づいて適正な検査間隔を決めていくのが合理的と判断します。
今後の課題について
1 新検査制度の実施に伴い、安全確保に向けた事業者の負担がますます増大します。それが社員や作業員に重くのしかかってしまうと、保全による健全性の確保に創意・工夫を凝らす余地が失われることが予想されます。新検査制度が定着するまで、事業者と規制は準備期間を十分に確保することが重要と考えます。
2 故障を安全に影響するものと、影響しないものに分類し、重要度を加味した保全を施すことが重要です。新検査制度は安全性を高めようとしていますが、過剰なまでの保全を要求すると「いじり壊し」を誘発しかねず、規制の過剰化に関するバランスを考慮した見直しが必要です。
3 ASME(米国機械学会)規格や維持規格(日本機械学会)では、小さな傷は許容されます。それゆえ、傷を「安全な傷」と「危険な傷」に分類することは判りやすいと考えます。同様に、故障も「安全な故障」と「危険な故障」に別けておくことが正しい判断をするのに役立つと考えます。
4 故障が起きたとき、専門家による正しい分析がなされる前に、社会の「空気」におもねる安易な判断が報道される場合があります。こうなると科学的判断は無視されてしまいがちになり、多大な社会的無駄が生じてしまいます。故障に対する正しい理解と専門家の見解が尊重されるべきと考えます。
5 故障が生じたとき、規制当局が事業者に過剰に原因究明を求めるために、運転再開が引き伸ばされるような事態は改善されるべきと考えます。
新検査制度の発足にあたって、運転再開とリンクする故障の形態について判定基準を確立しておくことが望まれます。
6 未踏の課題である「原子力施設の安全水準の定量化」は、大変重要な課題でありながら、問題が困難すぎるため本格的な検討は諸外国でもなされていません。今後原子力発電設備が高経年化する中にあって、規制当局や事業者は検討の先鞭を着けることが望まれます。
7 故障に対する人々の評価を「故障観」と呼ぶことにして、この故障観がチェルノビル事故と結びついて絶対化された(直感的にかつ一方的に形成された)原子力発電所に対する固定されたイメージがあります。これは「空気」となり、原子力に関する自由な考え方に強い拘束力を及ぼし続けています。このような「空気」に対してどのように「水を差し」ていくか、多くの方々に議論していただくことが最大の課題だと考えます。
なお、上に述べた考え方を図示したものを以下の図1と図2に示します。また、図3に保全三原則が新検査制度や保全計画、保全法則や保全方程式とどのように関係しているかを示します。
(平成20年9月30日)
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論点評価会議の趣旨と評価対象
日本保全学会(以下、保全学会)は保全分野の専門集団です。「保全」とは言葉どおり、設備を保護し、安全に維持することであります。学術的に言い換えれば「保守工学」といい、原子力発電所などのメンテナンス(点検・検査・監視、評価、補修など)の体系化などを検討の対象としています。
これまで保全学会で得られた学術的活動の成果を踏まえて、何らかの形で社会的説明責任を果たす義務があると考え、「原子力論点評価会議(以下、評価会議)」を設置するとともに、重要な原子力の論点の中で保全学会として取り上げるのにふさわしい課題について検討し、結果を適宜公表することにしました。
今回は評価対象として、原子力発電所に対する日本政府による定期検査終了から次の検査開始までの期間をプラント毎に柔軟に決める新しいシステムや保全活動の有効性評価の導入などを定めた経済産業省原子力安全・保安院の「新検査制度」に焦点を当てました。
保全学会はこれまで「原子力の保全論理」について検討を重ねてきましたが、それに基づいて、①「産業設備の故障ゼロ」は目指すべき無限目標であるが、これを実現可能な目標の和に落とし込んで解決する、②「正しい保全」を的確に実施することで、故障の発生を最小化する、③保全においては、安全性は経済性と合わせて考えるという「保全三原則」を導出しました。新検査制度に関する評価はこの「保全三原則」に基づいて行いました。
「保全三原則」の考え方
前記の「保全三原則」の第一原則は、困難な目標を達成するための問題の解決法を示しています。達成できる期間や達成できる数値目標を有限に設定して問題解決を計ることを言います。その原則に基づけば、保全をしないで故障ゼロという目標を長期にわたって実現することは容易ではないが、例えば2年という有限の期間、原子炉事故につながるような故障を起こさないことを実現することは可能である、ということになります。
第二原則は第一原則に基づき、有限の期間、原子炉事故につながるような「危険な故障」を起こさないようにする(「正しい保全」を実行する)保全計画の策定は可能である、ということを言っています。ここで、「正しい保全」とは、過去の保全活動の結果を評価し、それを次の保全計画に反映する、ことを繰り返すことで、確立されるものです(PDCAサイクルの適用)。
また、第三原則は、適切な保全計画を策定する上で安全性の向上は経済性の向上と(合わせて考える)無関係でないことを示しています。言うまでもなく、経済性を優先させることの危険性も指摘しています。経済性を優先するあまり、安全性を軽視するとどのような悲惨な結果になるかは、事業者自らが一番知っています。
また、二酸化炭素の大量放出に伴う地球温暖化問題を考えるとき、安全性の確保を前提にした原子力発電所の活用は重要な課題です。規制当局も安全性とともに稼働率に目を向ける必要があります。
保全は原子力安全をどのように確保するか
原子力発電設備の健全性は、「『原子力の安全論理』に支えられた安全設計・建設」と、「『原子力の保全論理』に支えられた運転開始後の保全設計」の二つにより確保されています。これが安全確保の基本構造です。
安全設計は、原子力発電所を建設する前の基本設計として、様々な事故を想定して、原子力発電所を安全に停止すること、周辺住民の放射能被害を防止すること、を条件として実施するものです。(「原子力安全」の確保)
一方、保全設計は、通常の運転における機器・系統の健全性を確認し、機能を維持することを目的として実施するものです。実施手段としては、設備の健全性や機能を維持するための定期事業者検査(定期検査を含む)が該当します。
「原子力の安全論理」は異常の発生防止から(故障)事故が起きた後の緩和対策を考えますが、「原子力の保全論理」は先述したように、設備の健全性や機能を維持し(故障)事故を起こさない対策を考えるものです。
このように原子力発電所の安全は大きく分けて二段階で確保されていますが、「保全論理」はこれまであまり注目されてきませんでした。しかしながら、「新検査制度」の中で主要な位置を占める保全プログラムは「保全論理」の骨格を構成しており、初めて保全を体系づけたものとして評価できます。
保全の論理からみた新検査制度
「原子力の保全論理」は達成すべき目標を、「社会通年上受け入れられる故障範囲に限定し、原子炉停止中と原子炉運転中を合わせた有限の期間、機器・系統の健全性を実現する」ことに置いています。言い換えれば、「正しい保全」を行うことで、設備の重要な機能を損なうような故障の発生を、有限の期間、防ごうとしています。
第一原則でいう「有限の期間」を設定すれば、原子炉事故につながるような故障を起こさないようにすることは可能であり、第二原則で言う「保全と運転」というサイクルを繰り返すことで「正しい保全」が実現され、原子炉の寿命中における原子炉事故は防止されると考えます。
新検査制度は、「保全論理」に沿った考え方で整備されており、定期検査の間隔を適正化することや運転中の機器監視を強めたりすることで、保全活動の細かいほころびによる故障の発生を徹底的に抑えようとしています。
特に、事業者の保全活動においても、これまで日本の原子力発電所ではほとんど適用されてこなかった状態監視技術など新しい保全手法の取り入れが進められ、故障は減少するものと判断します。
機器の点検間隔や検査と検査の間の原子炉停止間隔は、保全の方法に依存するものです。これらの「間隔」は、劣化メカニズムの情報、状態監視技術などから得られる情報を基に決められるもので、新検査制度では、こうした情報を十分に活用しようとしています。
新検査制度の包括的評価
新検査制度全体を保全三原則に照らすと、以下のことが言えます。
1 保全に関する考え方が著しく進展したこと、
2 故障の原因である劣化に適切、かつ体系的に対応する仕組みとしたこと、
3 保全の実態や有効性に照らして、機器の点検間隔や原子炉停止間隔を柔軟に決めるシステムを構築したこと、
4 現行の高経年化対策をさらに充実したこと、
5 プラントの振る舞いを評価する指標を導入したこと、
6 運転中にも規制の目が届くようになったこと
7 事業者の保全計画を事前に検討する仕組みを導入したこと、
8 保全計画を絶えず改善していく仕組み(PDCA)を導入したこと。
このような特徴を考慮すると、新検査制度は、現行の検査制度に比べ、さまざまな工夫が取り入れられ、はるかに体系的でかつ科学的・合理的になっているため、現行保全が達成している安全レベルより、より高いレベルを達成するものと評価します。「保全論理」に照らせば、現状の原子炉停止間隔の13カ月にこだわる技術的な理由はどこにもなく、保全の運用方法や実績に基づいて適正な検査間隔を決めていくのが合理的と判断します。
今後の課題について
1 新検査制度の実施に伴い、安全確保に向けた事業者の負担がますます増大します。それが社員や作業員に重くのしかかってしまうと、保全による健全性の確保に創意・工夫を凝らす余地が失われることが予想されます。新検査制度が定着するまで、事業者と規制は準備期間を十分に確保することが重要と考えます。
2 故障を安全に影響するものと、影響しないものに分類し、重要度を加味した保全を施すことが重要です。新検査制度は安全性を高めようとしていますが、過剰なまでの保全を要求すると「いじり壊し」を誘発しかねず、規制の過剰化に関するバランスを考慮した見直しが必要です。
3 ASME(米国機械学会)規格や維持規格(日本機械学会)では、小さな傷は許容されます。それゆえ、傷を「安全な傷」と「危険な傷」に分類することは判りやすいと考えます。同様に、故障も「安全な故障」と「危険な故障」に別けておくことが正しい判断をするのに役立つと考えます。
4 故障が起きたとき、専門家による正しい分析がなされる前に、社会の「空気」におもねる安易な判断が報道される場合があります。こうなると科学的判断は無視されてしまいがちになり、多大な社会的無駄が生じてしまいます。故障に対する正しい理解と専門家の見解が尊重されるべきと考えます。
5 故障が生じたとき、規制当局が事業者に過剰に原因究明を求めるために、運転再開が引き伸ばされるような事態は改善されるべきと考えます。
新検査制度の発足にあたって、運転再開とリンクする故障の形態について判定基準を確立しておくことが望まれます。
6 未踏の課題である「原子力施設の安全水準の定量化」は、大変重要な課題でありながら、問題が困難すぎるため本格的な検討は諸外国でもなされていません。今後原子力発電設備が高経年化する中にあって、規制当局や事業者は検討の先鞭を着けることが望まれます。
7 故障に対する人々の評価を「故障観」と呼ぶことにして、この故障観がチェルノビル事故と結びついて絶対化された(直感的にかつ一方的に形成された)原子力発電所に対する固定されたイメージがあります。これは「空気」となり、原子力に関する自由な考え方に強い拘束力を及ぼし続けています。このような「空気」に対してどのように「水を差し」ていくか、多くの方々に議論していただくことが最大の課題だと考えます。
なお、上に述べた考え方を図示したものを以下の図1と図2に示します。また、図3に保全三原則が新検査制度や保全計画、保全法則や保全方程式とどのように関係しているかを示します。
(平成20年9月30日)
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