日本原子力学会標準「原子力発電所の高経年化対策実施基準」の改定

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カテゴリ: 解説記事
1.はじめに
原子力発電所を長期にわたって運転していく場合、安全性・信頼性を維持していく上で、運転年数の増加に伴い発生又は進展する経年劣化事象に主眼を置いて技術的検討を行い、必要な対策を講じることは不可欠である。「原子力発電所の高経年化対策実施基準:2007」(以下「初版」という。)は、平成19年3月に発行された。初版が検討された以降の環境の変化としては、高経年化対策について“実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則”の改正や “実用発電用原子炉施設における高経年化対策実施ガイドライン”及び“実用発電用原子炉施設における高経年化対策標準審査要領”の制定及び改正がある。また、国では原子力発電所における検査制度の改善(新検査制度)に向けた検討が進められ、保全活動の実施体制、保全の対象となる機器・構築物の範囲、保全活動の実施計画を具体的に記載した「保全プログラム」に基づく保全活動の充実について検討され、民間では保全計画の策定方法などを定めた「原子力発電所の保守管理規程(JEAC4209-2007)」がとりまとめられている。本解説では、このような動きと連動して改定された「原子力発電所の高経年化対策実施基準:2008」の主要な改定箇所について紹介する。
2.主要改定点
初版は高経年化対策の実施方法について、具体的には高経年化技術評価、長期保全計画の策定、長期保全計画に基づく保守管理等を規定している。今回の改定でもこれらについては30年目以降の経年劣化管理として規定されており、基本的には同様である。
今回はまず、高経年化対策の定義を見直し、運転期間に応じた経年劣化事象に対する活動内容を整理し、保全プログラムと連携した実施内容を規定した。
さらに、高経年化技術評価を実施した原子力発電所の知見を基に原子力発電所を構成する機器ごとに想定される経年劣化事象を「経年劣化メカニズムまとめ表」として取りまとめ、附属書(規定)とするとともに、それに基づく経年劣化管理を運転初期から実施することを要求事項とした。また、10年ごと及び運転開始30年以降の高経年化対策について、それぞれ経年劣化事象に対して実施する標準的な評価の手法を規格化し、附属書(規定)とした。
なお、原子力発電所の高経年化対策実施基準:2008は表1に示すように、本文、附属書、解説から構成されている。
表1 原子力発電所の高経年化対策実施基準:2008 の構成
本文 1 適用範囲
2 用語及び定義
3 最新知見及び運転経験の反映
4 運転初期からの経年劣化管理
5 10年ごとの経年劣化管理
6 高経年化対策検討
7 長期保全計画に基づく保守管理
8 高経年化対策検討の再評価
9 高経年化対策検討の変更
附属書 A(規定)経年劣化メカニズムまとめ表に基づく経年劣化管理
B(規定)10年ごとの経年劣化管理の実施方法
C(規定)経年劣化事象に対する技術評価の実施方法
D(規定)耐震安全性評価の実施方法
E(参考)経年劣化事象一覧表
F(参考)経年劣化事象の特性に応じた経年劣化管理の考え方
解説 (本文及び附属書の解説)
以下に各改定内容について述べる。
2.1 高経年化対策の定義の見直し
初版では高経年化対策は高経年化対策検討と長期保全計画に基づく保守管理であったが、今回の改定では、運転初期からの経年劣化管理及び10年ごとの経年劣化管理も含むこととし、高経年化対策とは、原子力発電所の安全・安定運転を第一として、供用期間に拠らず、長期間の供用に伴う経年劣化の特徴を把握して、これに的確に対応した保守管理を行うことであることとした。見直した定義を図1に示す。
図1 見直した高経年化対策の定義
2.2 経年劣化メカニズムまとめ表活用による運転初期からの経年劣化管理
新検査制度においては高経年化技術評価と保全プログラムは連携する必要があるため、高経年化技術評価で得られた知見を「経年劣化メカニズムまとめ表」として活用することとした。具体的には平成11年2月の敦賀発電所1号機、美浜発電所1号機、福島第一原子力発電所1号機以降、最新知見・運転経験の反映、国の審査を経て、平成19年10月末の福島第一原子力発電所5号機まで積み重ねてきた14基の高経年化技術評価の知見を基に、原子力発電所を構成する構築物、系統及び機器に想定される経年劣化事象を包括的に取りまとめた。
「経年劣化メカニズムまとめ表」とその使用法については以下のとおりであり、表2にその一例を示す。
① 該当する「経年劣化メカニズムまとめ表」のシートの特定
「経年劣化メカニズムまとめ表」の中から、分類(型式、流体、材料など)に該当するシートを特定する。
② 考慮する必要のある部位・経年劣化事象の特定
特定された「経年劣化メカニズムまとめ表」のシートを用いて、“機能達成に必要な項目”、“材料”に記載された内容に基づいて、「経年劣化メカニズムまとめ表」の部位に対応する経年劣化事象を抽出することにより、運転初期からの経年劣化管理として考慮する必要がある部位・経年劣化事象を、特定する。
③ 運転初期からの経年劣化管理の実施
抽出した部位・経年劣化事象については、「原子力発電所の保守管理規程(JEAC4209-2007)」に従い、運転初期からの経年劣化管理を行う。
2.3 経年劣化事象の特性に応じた経年劣化管理の考え方
原子力発電所の運転年数の増加に伴う経年劣化の進展による機器等の状態を的確に捉えた保全を行うことは、機器等の安全機能の喪失を未然に防止する上で重要である。これを一層適切に行うには、従来から行ってきた高経年化技術評価に加えて、原子力発電所の運転年数、経年劣化事象の特性に応じた経年劣化管理を行うことが有効である。今回の改定では経年劣化事象の整理を行い、10年ごとの経年劣化管理、運転開始30年以降の経年劣化管理で評価する経年劣化事象を規定した。
(1)経年劣化事象の整理
経年劣化事象の発生や進展の特性を把握するため、割れや減肉などの劣化形態の観点で経年劣化事象を整理し、その劣化形態を監視するために必要な点検・評価の内容及び時期について以下のステップで整理した。
① 経年劣化事象ごとの劣化形態の整理
経年劣化事象には、中性子照射脆化などの材質変化として現れるもの、応力腐食割れのように割れとして現れるもの、配管減肉(流れ加速腐食など)のように減肉として現れるもの等がある。この劣化形態により傾向監視の方法も異なるため、経年劣化事象ごとの劣化形態を、「材質変化」、「割れ」、「減肉」、「その他」に分類した。なお、照射誘起型応力腐食割れのように、照射量による材質変化の結果、事象の発生が割れとして把握できるようなものにはそれぞれの劣化形態を考慮した。
② その劣化形態を監視するために必要な点検・評価の整理
経年劣化事象ごとに、その劣化形態を監視するために必要な点検、評価の内容を整理した。
③ 劣化傾向監視の可否についての整理
劣化形態ごとに、その傾向を監視できるかどうかについて整理した。傾向監視ができない例としては、粒界型応力腐食割れのように、割れの有無の確認は可能であるものの、発生の予測が困難で、割れが発生する前段階においては傾向監視ができない事象が挙げられる。傾向監視ができない事象については、計画的に点検を実施することにより、割れのないことを確認していく必要がある。
(2)経年劣化事象の整理結果
経年劣化事象を整理して、以下の3つに分類した。
① 計画的な点検による経年劣化管理が必要な経年劣化事象
粒界型応力腐食割れのように、その発生が時間経過とともに大きく増加する傾向が認められないもの、又は、ニッケル基合金の応力腐食割れにように、その発生頻度が時間経過に伴って増加する可能性が考えられるが、その発生時期の予測が困難なものについては、計画的に点検を実施することによって割れのないことを確認していく必要があることから、計画的な点検による経年劣化管理が必要な経年劣化事象に分類した。
② 継続的な傾向監視による経年劣化管理が必要な経年劣化事象
劣化傾向監視が点検により可能であり、点検結果に基づき保全計画を策定するものは、点検結果を起点として、保守管理の継続的改善を行うことができ、点検結果が予測から乖離した場合には、保全計画に反映可能であり、適正化することができる。これには、劣化形態が減肉、変形などであり、劣化形態そのものを直接的に把握可能なものが該当し、非破壊検査や分解点検時に目視により確認することが有効である。配管内面からの減肉など、目視による点検が困難な場合は、非破壊検査などによる劣化状況の把握が必要である。また、劣化程度が小さな肌荒れなどに対してはスケッチや写真にて、劣化程度が比較的大きな減肉などに対しては肉厚などの寸法計測にて結果を保存しておき、前回の分解点検時の記録と比較することで傾向監視を行うことが有効である。
③ 実施時期を定めた劣化傾向の評価による経年劣化管理が必要な経年劣化事象
傾向監視を、評価対象期間を設定した解析評価により実施し、その解析評価結果から保全計画を策定するものは、点検結果などの実機からの情報がないため、評価時期を定めて保守管理の継続的改善を行う必要がある。これには、中性子照射脆化や熱時効など、劣化状態が材質変化として現れる事象に対する評価が当てはまる。
これらの整理結果は経年劣化事象ごとに実施時期を定めた劣化傾向評価が必要な経年劣化事象の抽出結果として表にまとめられており、一例を表3に示す。
(3)運転開始30年以降の経年劣化管理
(2)項の①及び②については、運転初期からの経年劣化管理として実施していく必要があり、「原子力発電所の高経年化対策実施基準:2008」においては通常保全における管理を求めている。
また、(2)項の③として整理された経年劣化事象は、低サイクル疲労、中性子照射脆化、照射誘起応力腐食割れ、高サイクル熱疲労、電気・計装品の絶縁低下、2相ステンレス鋼の熱時効、コンクリートの強度低下及び遮蔽能力低下並びにフレッティング疲労の8事象であり、高経年化技術評価の対象である。
(4)10年ごとの経年劣化管理
(2)項の①及び②については、運転初期からの経年劣化管理を行なっていることから、10年ごとの経年劣化管理は不要である。一方、③の経年劣化事象のうち、劣化進展特性が比較的緩やかで中長期的な視点に立脚
した評価を行うことが有効な事象については、高経年化対策検討よりも前段階から行うことが有効であると考えられる。それらについては、10年ごとの経年劣化管理として監視・評価を行うこととし、次に示す【抽出1~2】の考え方に従って対象とする経年劣化事象を抽出した。図2に10年ごとの経年劣化事象抽出の概要を示す。
また、抽出した経年劣化事象に対する評価対象部位を抽出する際の考え方を【抽出3】に示す。
【抽出1】対象機器に想定される経年劣化事象を抽出する。
(考え方)(2)項の③で抽出した経年劣化事象のうち、10年ごとの経年劣化管理として監視・評価を行う事象は、劣化進展特性が比較的緩やかであることから、原子炉施設の代表として重要機器に想定される経年劣化事象を抽出し評価を行い、評価結果に基づいて必要に応じてその経年劣化事象における評価の対象を拡大していくことが有効である。そこで、これまでの高経年化技術評価の経験に基づき、対象機器として、原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する機器及び炉心支持構造物を選定し、想定される経年劣化事象を抽出することとした。
【抽出2】中長期的な劣化傾向の監視が有効な経年劣化事象を抽出する。
(考え方)【抽出1】にて抽出された経年劣化事象のうち、その劣化進展特性から中長期的な視点に立脚した評価を行うことが有効な事象として、低サイクル疲労、中性子照射脆化、照射誘起型応力腐食割れ及び高サイクル熱疲労を対象とした。
なお、コンクリートの強度及び遮へい能力低下については劣化進展特性が非常に緩やかであること、2相ステンレス鋼の熱時効については材料成分や使用温度による評価を行っているが、いずれも原子力発電所の運転状態によって変動するものではないことから、対象外とした。
【抽出3】評価対象部位を抽出する。
(考え方)【抽出2】にて抽出された経年劣化事象が想定される部位のうち、評価上厳しくなる部位を評価部位として抽出する。
2.4 経年劣化事象に対する技術評価の実施方法
2.3(3)項の8事象及び耐震安全性評価につい
ては、初版では経年劣化事象に対する技術評価の実施
方法は附属書(参考)としていたが、今回改定した「原子力発電所の高経年化対策実施基準:2008」では、仕
様規定が望ましいこともあり、附属書(規定)とした。
なお、それぞれの評価手法については、現状実施している高経年化技術評価を踏襲しており、民間規格等の明確な基準に基づき定めている。表4に一例を示す。


3.おわりに
日本原子力学会標準の「原子力発電所の高経年化対策実施基準:2008」の概要と初版からの主要な改定点について紹介した。
この標準に基づき運転初期からの経年劣化管理、10年毎の経年劣化管理、運転開始30年以降の経年劣化管理を行った結果、さらに改定すべき箇所が見られた場合は速やかに改定するととともに、「経年劣化メカニズムまとめ表」については、今後も高経年化技術評価の
実績をはじめとして最新知見・運転経験を適時・適切に反映し、継続的な改定を図っていく必要がある。
 (平成21年1月28日)
日本原子力学会標準「原子力発電所の高経年化対策実施基準」の改定 藤田 博之,Hiroyuki FUJITA,柴田 健,Ken SHIBATA
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