「原子力発電所の設備診断に関する技術指針ー赤外線サーモグラフィー診断技術(JEAG4223-2008)」の制定

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カテゴリ: 解説記事

1.はじめに
本文 1 総則
2 測定
3 評価及び対策立案
4 記録
5 力量要件
附属書 1 赤外線サーモグラフィーによる測定、評価の例
2 評価時の留意点(測定値補正の例)
3 赤外線の放射率について
日本における設備診断は、一般産業界では広く活用されてきてはいるものの、原子力発電所での適用実績が少なく、その方法や施策等が必ずしも確立されていない。日本電気協会では、原子力発電所で設備診断を導入する際の参考として各種診断技術を適用する際の指針を検討してきており、既に回転機械振動診断技術(JEAG4221)、潤滑油診断技術(JEAG4222)、赤外線サーモグラフィー診断技術(JEAG4223)を制定している。
なお、放射線肉厚診断技術(JEAG4224)についても公開審査が終了し、発効準備中である。
本解説では、制定された「原子力発電所の設備診断に関する技術指針-赤外線サーモグラフィー診断(JEAG4223)」について紹介する。
2.JEAG4223の構成
JEAG4223の構成は、今後新たな診断技術が指針化される場合でも、制定が容易なようにJEAG4221、JEAG4222と同様の構成とし、共通的に記載すべき事項を本文、赤外線サーモグラフィー診断を行う際の具体的説明に関する部分を解説、例示として記載している。
また、診断を実施する際、実務として役立つように具体的診断例を附属書としている。JEAG4223の構成を表1に示す。
2.1 JEAG4223の概要
2.1.1 総則
総則としては、赤外線サーモグラフィーの診断フローを明確にすると共に、劣化モードと故障モードとして赤外線サーモグラフィーで捉えることが可能な事象を示している。診断フローを図1にサーモグラフィーで捉えることが可能な事象を表2に示す。
表1 JEAG4223の構成
図1 赤外線サーモグラフィーの診断フロー
2.1.2 測定
赤外線サーモグラフィー診断を実施する際、測定対象設備の温度を正確に測るには、放射率の測定温度に対する反射の影響、赤外線サーモグラフィー装置が検出する放射エネルギーの関係、屋外測定の天空反射等考慮すべき重要な事項があることを明らかにしている。赤外線サーモグラフィーを用いる場合、放射エネルギーを正確に測ることが重要であるが、実際には反射エネルギーの影響を受けることになる。測定エネルギーと、

劣化モード
故障モード 事象の例 温度変化の状況
電気設備 端子部の接触抵抗増加
端子の締め付け緩み、
(酸化皮膜形成等) 分電盤又は制御盤等で、端子の締め付けの緩み又は酸化皮膜形成による接触抵抗の増加。 当該端子の温度が上昇する。
過負荷 電気機器、電気回路等で定格負荷を上回る負荷がかかること等による、電流値の定格電流超過。 電気機器(電動機、開閉器、遮断器等の電気回路)の温度が上昇する。
負荷アンバランス 三相電源負荷において断線や短絡等による各相間電流差の発生。 各相間に温度差が生じる。
配管系 シートリーク 弁の弁体-弁座間に異物等のかみこみにより弁体-弁座面に間隙が生じ、当たりに一部不良が生じたことによる、流体(逃し弁等では蒸気)の微小漏洩。 弁の上流と下流の配管の温度差が減少する。
閉塞 系統中の錆び、異物等による配管の閉塞。 弁、配管の上流と下流に温度差が生じる。
回転機器 軸受損傷
(傷、割れ、摩耗等) 回転機器の軸受部の転動体、内外輪、保持器が傷等の発生により振動、異音が発生。 ポンプ、電動機等回転機器軸受部付近の温度が上昇する。
軸受部潤滑不良 回転機器の軸受部の潤滑油、グリースが過充填又は不足。 ポンプ、電動機等回転機器軸受部付近の温度が上昇する。
ミスアライメント カップリングで結合されている複数本からなる回転軸回転中心線の調整不十分。(ミスアライメントの形態としては偏心、仰角、偏心と仰角の組合せがある。) ポンプ、電動機等回転機器軸受部付近の温度が上昇する。

放射、反射エネルギーの関係は下式のとおりとなる。また測定エネルギーに対する反射の影響を図2に示す。
E(Tm)=εE(T0 )+(1-ε)E(Ta )
E:エネルギー
Tm:赤外線サーモグラフィーの測定温度
T0:測定対象設備の温度
Ta:環境温度
図2 反射の影響
2.1.3 評価及び対策立案
設備診断を行う上では、測定されたデータに基づき適切な評価、対策を講ずることが必要となってくる。   このため、表3に示す評価方法により設備の劣化、故障の兆候を捉え、その評価結果から測定対象設備の有意な温度変化、温度分布の変化傾向が発見された場合には、対策立案として測定頻度の増加、監視強化を行うこととしている。
2.1.4 記録
赤外線サーモグラフィーによる評価を適切に行うために、また適切に記録、保存されるように記録項目を定めている。具体的な記録項目は下記のとおりであるが、設備診断は測定時の運転状態、負荷の状況等から結果
表3 相対、相互、絶対評価の概要
相対評価 同一測定部位における測定結果について傾向監視し、設備の劣化又は故障の兆候の有無について確認する。
相互評価 複数測定部位(端子aと端子b、A号機とB号機等)における測定結果を比較し、設備の劣化又は故障の兆候の有無について確認する。
絶対評価 設備の仕様等から温度の管理基準(絶対値)を定め、これと測定結果を比較し、設備の劣化又は故障の兆候の有無について確認する。
が変わるため、測定時の状況を記録することとしている。また、赤外線サーモグラフィー診断は、サーモグラフィー装置を使用することから測定装置の校正結果の記録を残すこととしている。
(1) 発電所名及び対象設備名
(2) 測定者及び測定年月日
(3) 測定装置
(4) 測定部位
(5) 測定時の状況
(6) 評価者及び評価年月日
(7) 測定及び評価の結果
(8) 対策立案の内容(対策を立案した場合)
(9) 測定装置名
(10) 測定装置の校正者及び校正年月日
(11) 測定装置の校正の記録
2.1.5 力量要件
赤外線サーモグラフィーのデータを適切に測定、評価するためには、測定者、評価者の力量が重要であり、対象設備およびサーモグラフィーに関する十分な知識や経験を有することが必要である。
このため、力量要件として、測定者、評価者は事業者または調達先が定めた教育訓練を受講し、認定を受けた者とし、更に米国非破壊検査協会のSNT-TC-1Aで定められた資格を有する者も認めている。本来はISO機械状態監視診断技術者を要件とすべきであるが、赤外線サーモグラフィーについては、昨年ISO化がされたばかりであるため、米国非破壊検査協会の資格を可能なものとした。
2.1.6 附属書
附属書では、実際に赤外線サーモグラフィー診断を実施する場合に、実務者の参考となるようにサーモグラフィー装置を用いて測定、評価を行った事例と、評
価する上で重要な留意点として、測定値の補正、赤外線の放射率を記載している。以下にその事例を示す。
(1) 相互評価による端子の接触抵抗増加の事象例
図3は同型の配電盤が同条件(同電流値)で使用さ
れている場合において、片側の電磁開閉器に温度上昇が確認された事例である。
本事象の場合は左の電磁開閉器の温度上昇が右の電磁開閉器に比べて大きく、左の電磁開閉器2次側S相端子接触面(①部分)の温度が上昇していることより、酸化皮膜形成又は端子接続部締め付けの緩みによる接触抵抗の増加が原因として考えられる。
(2) 絶対評価による端子の接触抵抗増加の事象例
図4は分電盤内の電磁開閉器に管理温度値(盤内機器の仕様より、ここでは75℃と設定)を超える温度上昇が確認された事例である。
本事象の場合、電磁開閉器の主回路1次側S相端子接続部(約120℃)を発熱源とし、熱伝導によって配線の温度も上昇している(①部分)。原因としては、主回路1次側S相端子接触面の酸化皮膜形成、又は端子接続部締め付けの緩みによる接触抵抗の増加が考えられる。
(3) 相互評価によるシートリーク事象例
図5は温水仕切弁においてシートリークが確認された事例である。温水配管の仕切弁上流側配管(左側)は内部温水の充填により表面温度が高くなっている。(①部分 赤色)

下流側配管(右側)は、正常な場合は奥の配管と同じ温度(青色)であるが、図で見られるように温度上昇(緑~赤色)が確認できるため下流側配管(右側)にも温水がありシートリークが発生していると推定される。
なお、この診断では、対象配管材質の放射率が低いため、実際の温度分布と熱画像上の温度分布は異なっている(①部分)ので、放射率の影響を考慮しておく
ことが必要である。
また、弁2次側配管の支持鋼との接触部などの放射率が局所的に高くなる部位(楔効果)での温水の有無を確認することが必要である(②部分)。
(4) 測定値の補正による評価例
評価にあたっては、設備の運転状態、周囲環境等、赤外線測定値に影響を与えるパラメータの変化を考慮することが重要であり、診断の結果に影響を与えるパラメータについては、当該パラメータを用いて測定値を補正する。その際、補正の精度についても考慮の上、測定、評価を行うことが重要である。
極初期の段階での劣化の兆候を補正により検知した例として、電動機のケーシング温度における外気温と負荷電流による影響の測定例を図6に、また測定値の補正による評価例を以下に示す。
1) 測定値補正前のトレンドグラフ
図7は、測定値(補正前)のトレンドグラフである。3回の熱画像のデータ、各々の外気温、負荷電流が違うため、単純にケーシング温度についての測定値を比較することは難しいため測定値の補正が必要である。
2) 測定値補正後のトレンドグラフ
図8は、外気温30℃、負荷電流54Aを基準として、各回のケーシング温度を補正したトレンドグラフである。
これより、2回目から3回目にかけて外気温や負荷電流とは異なる要因によりケーシングの温度が上昇していることがわかる。(   部分)
  図7 ケーシング温度、外気温、負荷電流値
図8 ケーシング温度
(外気温30℃、負荷電流54Aを基準とした補正後)
図9 アルミ缶の温度測定
(5) 放射率の大きい物質を貼付した場合の測定例
図9は、放射率の小さいアルミ缶(表面は梨子地)に湯を入れて温度を測定した例である。
ここで、放射率 は補正前値として を使用し、①部分はビニールテープ、②部分はアルミテープ(表面は鏡面)を貼付している。
また、アルミ缶の表面温度は41.5℃である。
アルミ缶の温度測定結果では、ビニールテープは放射率が約0.96程度であり、測定温度 (①部分)はほぼ真温度の約40℃を示しているが、アルミテープは放射率が0.1以下であり、測定温度 (②部分) は約22℃と外気温の反射を示している。
また、アルミ缶表面は梨子地であり、その測定温度 (③部分) は約35℃を示している。以上のデータを用いてアルミ缶表面の放射率は約0.6と推算することができる。
この例からも放射率の大きい物質を貼付しての温度測定は非常に有効であり、測定対象部位の表面状況も考慮して放射率が最大となるように赤外線サーモグラフィー診断を行う必要がある。
3.おわりに
赤外線サーモグラフィー診断は原子力発電所での適用は未だ導入初期の状況である。この技術は一見熱画像を取得すれば、設備の温度を簡単に測れるようなイメージが強いが、機器の温度を正確に測るためには、放射率の補正、反射の影響等考慮すべき事項が多々あるため、正確な測定が出来ている事例は少ない。
このため、現場の実務者がサーモグラフィーを用いて診断を実施する上で、赤外線サーモグラフィー診断技術指針(JEAG4223)を役立ててくれることを期待している。
更に将来的には、対象機器の拡大、経験の積み重ねにより設備の異常の予兆段階での診断が可能となるよう知見の充実をはかると共に、回転機械振動診断、潤滑油診断等の診断技術との組合せによる精度の向上を図っていくことを期待している。
             (平成21年4月24日)
-関連規格-
1) JIS C 1612:2000 放射温度計の性能試験方法通則
2) JIS Z 2300:2003 非破壊試験用語
3) JEAC4209-2007 原子力発電所の保守管理規程
4) JEAG4111-2003 原子力発電所における安全のための品質保証規程
5) The American Society for Nondestructive Testing, Inc. (米国非破壊検査協会)SNT-TC-1A 2006

「原子力発電所の設備診断に関する技術指針ー赤外線サーモグラフィー診断技術(JEAG4223-2008)」の制定 中村 茂雄,Shigeo NAKAMURA,長谷川 彰,Akira HASEGAWA
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