柏崎刈羽原子力発電所における耐震安全性向上のための取り組み
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カテゴリ: 解説記事
1.はじめに
平成19年7月の新潟県中越沖地震の発生から、2年が経過した。この地震は柏崎・刈羽およびその周辺地域に大きな被害をもたらした。お亡くなりになられた方々にあらためて哀悼の意を捧げるとともに、被災された皆さまの一日も早い復興をお祈り申し上げる。同地域に立地する当社の柏崎刈羽原子力発電所(図1)も、設計時の想定を超える激しい揺れに見舞われた。想定以上の揺れに対しても原子炉の安全機能は設計通り作動し、高い耐震クラスで設計された重要な設備には大きな被害はみられなかったが、低い耐震クラスで設計された屋外の設備等には被害が確認された。現在、総力を結集して柏崎刈羽原子力発電所の点検・復旧などに取り組んでおり、設備の健全性を確認する点検・評価を着実に実施する一方、復旧工事、さらに耐震安全性向上に向けた工事も順次進めている。
本稿では、平成18年に改訂された耐震設計審査指針の概要や、新潟県中越沖地震発生時の柏崎刈羽原子力発電所の状況、地震発生以降に東京電力(株)が実施してきた耐震安全性向上のための取り組み、設備健全性評価の取り組みなどについて、紹介する。
図1 柏崎刈羽原子力発電所
2.耐震設計審査指針の改訂に伴う対応
(1)原子力施設の耐震設計について
発電用原子炉をはじめとした原子力施設は、高い耐震安全性を要求される。発生が極めてまれな大地震に遭遇したとしても、原子炉を「止める」、「冷やす」、放射性物質を「閉じ込める」という3つの重要な安全機能が維持され、周辺の公衆に対して著しい放射線被ばくを与えないようにすることが極めて重要である。
我が国において原子炉等を設置する場合は、事前に国の許可を受けることが法律に定められている。事業者は、施設の安全設計に関する説明などを含めて国へ申請書を提出し、規制行政庁(経済産業省 原子力安全・保安院)が安全審査を行い、原子力施設の位置、構造、設備などが災害の防止に十分であることが確認され、さらに原子力安全委員会、原子力委員会への諮問・答申を経て、原子炉等の設置が許可される。
この安全審査のうち、耐震設計方針の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下、耐震指針)が原子力安全委員会により定められている。耐震指針の基本方針によると、敷地周辺で発生する可能性があると想定される地震動に対し、耐震設計上重要な施設はその安全機能が損なわれることがないよう設計されなければならない。すなわち事業者は、地質調査結果などに基づいて耐震設計の基準とする地震動である「基準地震動」を策定し、重要施設についてはその地震動による地震力に対して十分耐えられるよう設計することが求められている。
(2)耐震設計審査指針の改訂
平成18年9月、発電用原子炉施設の耐震安全性に対する信頼性を一層向上させることを目的に、耐震指針が改訂された。最新の地震学及び地震工学に関する科学技術的知見ならびに耐震設計技術の改良・進歩を反映させたものである。主な改訂内容は、以下の通りである。
① 地質調査・活断層評価の高度化
② 基準地震動の策定方法の高度化
③ 耐震安全に係る重要度分類の見直し
④ 確率論的安全評価手法活用に向けた取り組み
耐震指針の改訂を踏まえ、原子力安全・保安院より原子力事業者に対して、既設の原子力施設についても新耐震指針に照らした耐震安全性の評価を新たに実施するよう指示が出された。新耐震指針は今後の安全審査等に用いることを第一義的な目的としているが、既設の原子力施設についても、耐震安全性の一層の向上を図っていくことを目的としたものである。これにより、わが国のすべての原子力発電所において、新耐震指針に基づく新たな基準地震動に対しても、「止める」・「冷やす」・「閉じ込める」の機能が満たされるかどうかを確認する、所謂「耐震バックチェック」の作業が行われている。新潟県中越沖地震は、この作業のさ中に発生した地震であり、上記「耐震バックチェック」にも一定の影響を及ぼした。
3.新潟県中越沖地震の発生
平成19年7月16日午前10時13分頃、新潟県上中越沖の深さ17kmを震源とするマグニチュード6.8の強い地震が発生した(図2)。気象庁の発表に拠れば、柏崎刈羽原子力発電所が立地する新潟県柏崎市および刈羽村では震度6強を記録し、死者15名、被災家屋は4万戸以上と、この地域に甚大な被害をもたらした。
一方、震源から柏崎刈羽原子力発電所敷地までの距離は約23km(震央距離約16km)と非常に近く、揺れの大きさも1号機原子炉建屋基礎版上で680ガル(ガルは加速度の単位であり、980ガルが重力加速度に相当)という、恐らくこれまで原子力発電所が経験したことがないであろう揺れであった。この揺れの大きさは、地震の規模(マグニチュード(M)6.8)から経験的に予想されるものを大きく上回り、かつ設計時の基準地震動をも上回っていた。このため経済産業省は各事業者に対し、今回の地震から得られる新たな知見を耐震バックチェックに反映させるよう、改めて指示を出した。以下では、今回の地震で揺れが大きくなった要因の分析を含め、これまで実施してきた柏崎刈羽原子力発電所に対する耐震バックチェックの実施状況について述べる。
図2 新潟県中越沖地震の震源と発電所の位置関係
4.新たな基準地震動の策定
(1)敷地周辺での地質調査・活断層の評価
新耐震指針に基づき、発電所敷地周辺で想定される地震動を評価して基準地震動を策定するため、周辺海域・陸域において入念に地質調査を行い、地震を発生させる可能性のある活断層を評価した(図3および表1)。最新の手法を活用して、海域においては海上音波探査、陸域においては空中写真判読、地表地質調査、地下探査などを実施している。耐震設計上考慮する活断層については、旧耐震指針においては5万年前以降に活動したものとしていたところ、新耐震指針では後期更新世(13~12万年前)以降の活動が否定できない
図3 敷地周辺の主な活断層
ものにまで拡張されている。柏崎刈羽原子力発電所における基準地震動の策定においては、安全評価上、断層の長さ、近接する断層の同時活動などについて安全側となるように設定することとした。
(2)新潟県中越沖地震の分析
新潟県中越沖地震には、2つの特徴があった。
・ 実際の揺れの大きさが、地震の規模(M6.8)から経験的な評価方法により算出される値を大きく上回った。
・ 原子炉建屋基礎版(原子炉建屋の最地下階部)で観測された最大加速度が、敷地南側に位置する1~4号機(680~384ガル)と、約1km離れて北側に位置する5~7号機(442~322ガル)とで大きな差が存在した。
これらの特徴について、地震後の地質調査や新潟県中越沖地震の地震観測データ、また新潟県中越地震(平成16年)などの過去の地震観測データを詳細に分析した結果、この地域では海側から到来する地震においては地震動が強まる要因があることがわかってきた。今回の地震には、以下のような増幅メカニズム(図4)が考えられた。
【増幅の要因1】
観測された地震動を基に震源における地震動レベルを推定し、経験的に得られている地震規模と地震動の大きさの関係と比較したところ、今回の地震は震源において通常より強い揺れを生じる地震であったことが認められた。
【増幅の要因2】
深部地盤の不整形性(海から陸に向かって非常に厚くせりあがるような複雑な形状をした地層)により、地震波が屈折するとともに、先に伝播速度が遅い地盤に伝わった地震動が減速していく間に、後ろから伝わった地震動が追いつき集まる効果により2倍程度に増幅した。
【増幅の要因3】
地盤中の古い褶曲(しゅうきょく)構造により地震波が屈折し、1号機側に集まったことにより、1号機側が5号機側に比べて2倍程度増幅した。
(3)基準地震動の策定
活断層評価結果を基に、前述の地震動の増幅に関する知見を考慮すると、発電所敷地への影響が大きい地震として、海側ではF-B断層、陸側では長岡平野西縁断層帯による地震が他のものを上回る。これらの活断層について、新耐震指針に定められた方法に基づいて、新潟県中越沖地震の知見を反映した地震動評価を実施し、新たな基準地震動を策定した(表2)。
また、基準地震動は、「解放基盤表面」と呼ばれるほぼ水平で相当な拡がりをもつ地盤の表面(基盤面上の表層や構築物がない自由表面と仮定する)において策定するよう定められている。柏崎刈羽原子力発電所では、号機によって異なるが、地中深さ146~290mの位置に解放基盤表面を設定している。地震による設備への影響を考えるには原子炉建屋基礎版(原子炉建屋の最地下階部)での地震動が重要であるため、各号機について解放基盤表面から原子炉建屋に地震動が伝わる間の減衰を考慮し、基準地震動に対する原子炉建屋基礎版上での地震動を評価した(同じく表2)。
5.耐震強化工事の実施
東京電力(株)では現在、柏崎刈羽原子力発電所において、地震後の設備健全性評価や損傷した設備の復旧と平行して、耐震バックチェックおよび耐震強化工事を各号機ごとに順次実施しているところである。耐震バックチェックでは、新耐震指針に基づき新たに策定した基準地震動による揺れに対しても、安全上重要な設備の機能が確保されることをコンピュータ解析によって確認している。また、安全上重要な設備の耐震強化工事として、この基準地震動による揺れのほかに、新潟県中越沖地震で観測された原子炉建屋基礎版上の全号機での最大加速度の1.5倍に相当する1,000ガルの揺れにも耐えられるよう、必要に応じて工事を実施している。8月17日現在、6号機ならびに7号機において、既に耐震バックチェックと耐震強化工事の作業を完了している。以下では、6号機ならびに7号機で工事を実施した重要配管、原子炉建屋屋根トラス、排気筒、原子炉建屋天井クレーン、燃料取替機を例に、耐震強化工事の内容を述べる。
(1)重要配管の耐震強化工事
重要度の高い配管のうち、コンピュータ解析の結果余裕が比較的少ない箇所について、配管本体に発生する応力を低減するために、配管支持構造物を追加設置し、配管の地震に対する応答振動の低減を図った(図5)。また、配管支持構造物に対しては、地震による配管反力の増大が懸念されることから、配管支持構造物そのものの強度の向上も図った(図6)。なお、配管支持構造物を追加設置することで配管本体の拘束が厳しくなることにより、配管の熱膨張による応力が著しく増幅しないよう、配慮する。
図5 配管へのスナバ追加
図6 配管支持構造物の強化
(2)原子炉建屋屋根トラスの耐震強化工事
原子炉建屋の屋根トラスについては、コンピュータ解析の結果、主トラスについては余裕があることが確認されたものの、それと直交するサブトラスの一部や下面水平ブレースなどの二次部材(設計時においては非構造部材)には余裕が少ないことが確認された。このため、これらの余裕の少ない部材について、補強材の追加や、耐力の大きな部材への取替など、いくつかの耐震強化工事を実施した(図7)。この補強を行うことにより、主トラスの負担応力も低減されるので、屋根トラス全体としての安全余裕も向上することとなる。
図7 原子炉建屋屋根トラスの補強
(3)排気筒の耐震強化工事
排気筒については、支持鉄塔の部材の一部で余裕が少ないことが確認された。ただし、これらの部材を直接的に取り替える場合には大規模な工事が発生し、工程も長く必要になるため、比較検討の結果として制震装置を導入することとした(図8)。制震装置は、排気筒が揺れる際の振動エネルギーを油の流体抵抗によって吸収し、排気筒の揺れを抑えるものである。
図8 排気筒への制震装置の設置
(4)原子炉建屋天井クレーンの耐震強化工事
原子炉建屋天井クレーンは、使用の際、耐震重要度の高い使用済燃料貯蔵プールの上を一時的に通過する場合がある。地震動に対して当該クレーンが使用済燃料貯蔵プールに落下しないことを確実にするために、耐震強化工事を実施するものである。
当該クレーンは、原子炉建屋の天井付近の高さに設置されているレール上を走行する構造であり、走行時の脱線を防止する目的で脱線防止金具が設置されている。この脱線防止金具の大型化や、走行レール支持部の補強を行った(図9)。
図9 原子炉建屋天井クレーンの強化
(5)燃料取替機の耐震強化工事
燃料取替機については、使用済燃料貯蔵プールの上に常時待機していることから、原子炉建屋天井クレーンと同様、地震動に対して使用済燃料貯蔵プールに落下しないことを確実にするために、耐震強化工事を実施するものである。
燃料取替機の本体は、使用済燃料貯蔵プールの縁に設置されているレール上を走行する。また、燃料取替機のブリッジ上に設置されているレール上をトロリが横行する。本体あるいはトロリには、走行時の脱線を防止する金具が設置されている。耐震強化工事では、この脱線防止金具を大型化、あるいは追加設置し、また燃料取替機本体についても一部構造部材を追加して強度を増している(図10)。
図10 燃料取替機の強化
6.地震後の設備健全性評価の実施
設備健全性評価では、新潟県中越沖地震で原子力発電設備にどのような力がかかったかを、地震当日の観測地震波を用いてコンピュータ解析し、それぞれの機器に発生する応力がほぼ弾性範囲内に納まっていることを確認している。あわせて、各設備の目視検査、漏えい検査、機能試験等の機器点検により各機器の機能に問題が無いことも確認している。これらの作業により機器単位の健全性を確認した後に、各機器を組み合わせた系統機能試験、さらには実際に制御棒を引き抜き蒸気を発生させて行うプラント全体の機能試験という段階を経て、総合的に健全性を確認していく。特にプラント全体の機能試験は、20%、50%、75%、100%それぞれの出力段階で、蒸気や給水による流体振動に異常が無いことや、プラントデータをつぶさに分析して健全性を確認した後に次のステップに進むという慎重な方法を採用している。
8月17日現在、7号機の100%出力での健全性評価が、また6号機の系統機能試験が終了し、原子力安全・保安院および原子力安全委員会に安全性の確認を頂き、新潟県での審議をいただいているところである。今回7号機に採用した健全性評価の手法は、地震による被災後のプラント再起動基準を持たないわが国の基準化のひな型となるべきものであり、国際原子力機関IAEAや、米国の電力中央研究所EPRIからも高い評価を得ている。
7.おわりに
柏崎刈羽原子力発電所において地震発生直後より継続して実施している設備の健全性評価や復旧工事とあわせて、このような耐震安全性向上の取り組みを着実に実施していくことが、災害に強い発電所づくりにつながるものと考えている。このたび、地元の皆さま、国や地元自治体といった関係機関、学協会等のご理解ご協力を賜り、7号機について安全上問題がないことを確認し、運転を再開することができた。今回の被災により得られた教訓を活かし、今後も安全を最優先とした取り組みを続けていく。また、これらの教訓を発信し共有することにより、国内外の原子力施設の安全性向上に生かされるよう、取り組む所存である。
(平成21年8月17日)
柏崎刈羽原子力発電所における耐震安全性向上のための取り組み 山下 和彦,Kazuhiko YAMASHITA
平成19年7月の新潟県中越沖地震の発生から、2年が経過した。この地震は柏崎・刈羽およびその周辺地域に大きな被害をもたらした。お亡くなりになられた方々にあらためて哀悼の意を捧げるとともに、被災された皆さまの一日も早い復興をお祈り申し上げる。同地域に立地する当社の柏崎刈羽原子力発電所(図1)も、設計時の想定を超える激しい揺れに見舞われた。想定以上の揺れに対しても原子炉の安全機能は設計通り作動し、高い耐震クラスで設計された重要な設備には大きな被害はみられなかったが、低い耐震クラスで設計された屋外の設備等には被害が確認された。現在、総力を結集して柏崎刈羽原子力発電所の点検・復旧などに取り組んでおり、設備の健全性を確認する点検・評価を着実に実施する一方、復旧工事、さらに耐震安全性向上に向けた工事も順次進めている。
本稿では、平成18年に改訂された耐震設計審査指針の概要や、新潟県中越沖地震発生時の柏崎刈羽原子力発電所の状況、地震発生以降に東京電力(株)が実施してきた耐震安全性向上のための取り組み、設備健全性評価の取り組みなどについて、紹介する。
図1 柏崎刈羽原子力発電所
2.耐震設計審査指針の改訂に伴う対応
(1)原子力施設の耐震設計について
発電用原子炉をはじめとした原子力施設は、高い耐震安全性を要求される。発生が極めてまれな大地震に遭遇したとしても、原子炉を「止める」、「冷やす」、放射性物質を「閉じ込める」という3つの重要な安全機能が維持され、周辺の公衆に対して著しい放射線被ばくを与えないようにすることが極めて重要である。
我が国において原子炉等を設置する場合は、事前に国の許可を受けることが法律に定められている。事業者は、施設の安全設計に関する説明などを含めて国へ申請書を提出し、規制行政庁(経済産業省 原子力安全・保安院)が安全審査を行い、原子力施設の位置、構造、設備などが災害の防止に十分であることが確認され、さらに原子力安全委員会、原子力委員会への諮問・答申を経て、原子炉等の設置が許可される。
この安全審査のうち、耐震設計方針の妥当性について判断する際の基礎を示すことを目的として、「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(以下、耐震指針)が原子力安全委員会により定められている。耐震指針の基本方針によると、敷地周辺で発生する可能性があると想定される地震動に対し、耐震設計上重要な施設はその安全機能が損なわれることがないよう設計されなければならない。すなわち事業者は、地質調査結果などに基づいて耐震設計の基準とする地震動である「基準地震動」を策定し、重要施設についてはその地震動による地震力に対して十分耐えられるよう設計することが求められている。
(2)耐震設計審査指針の改訂
平成18年9月、発電用原子炉施設の耐震安全性に対する信頼性を一層向上させることを目的に、耐震指針が改訂された。最新の地震学及び地震工学に関する科学技術的知見ならびに耐震設計技術の改良・進歩を反映させたものである。主な改訂内容は、以下の通りである。
① 地質調査・活断層評価の高度化
② 基準地震動の策定方法の高度化
③ 耐震安全に係る重要度分類の見直し
④ 確率論的安全評価手法活用に向けた取り組み
耐震指針の改訂を踏まえ、原子力安全・保安院より原子力事業者に対して、既設の原子力施設についても新耐震指針に照らした耐震安全性の評価を新たに実施するよう指示が出された。新耐震指針は今後の安全審査等に用いることを第一義的な目的としているが、既設の原子力施設についても、耐震安全性の一層の向上を図っていくことを目的としたものである。これにより、わが国のすべての原子力発電所において、新耐震指針に基づく新たな基準地震動に対しても、「止める」・「冷やす」・「閉じ込める」の機能が満たされるかどうかを確認する、所謂「耐震バックチェック」の作業が行われている。新潟県中越沖地震は、この作業のさ中に発生した地震であり、上記「耐震バックチェック」にも一定の影響を及ぼした。
3.新潟県中越沖地震の発生
平成19年7月16日午前10時13分頃、新潟県上中越沖の深さ17kmを震源とするマグニチュード6.8の強い地震が発生した(図2)。気象庁の発表に拠れば、柏崎刈羽原子力発電所が立地する新潟県柏崎市および刈羽村では震度6強を記録し、死者15名、被災家屋は4万戸以上と、この地域に甚大な被害をもたらした。
一方、震源から柏崎刈羽原子力発電所敷地までの距離は約23km(震央距離約16km)と非常に近く、揺れの大きさも1号機原子炉建屋基礎版上で680ガル(ガルは加速度の単位であり、980ガルが重力加速度に相当)という、恐らくこれまで原子力発電所が経験したことがないであろう揺れであった。この揺れの大きさは、地震の規模(マグニチュード(M)6.8)から経験的に予想されるものを大きく上回り、かつ設計時の基準地震動をも上回っていた。このため経済産業省は各事業者に対し、今回の地震から得られる新たな知見を耐震バックチェックに反映させるよう、改めて指示を出した。以下では、今回の地震で揺れが大きくなった要因の分析を含め、これまで実施してきた柏崎刈羽原子力発電所に対する耐震バックチェックの実施状況について述べる。
図2 新潟県中越沖地震の震源と発電所の位置関係
4.新たな基準地震動の策定
(1)敷地周辺での地質調査・活断層の評価
新耐震指針に基づき、発電所敷地周辺で想定される地震動を評価して基準地震動を策定するため、周辺海域・陸域において入念に地質調査を行い、地震を発生させる可能性のある活断層を評価した(図3および表1)。最新の手法を活用して、海域においては海上音波探査、陸域においては空中写真判読、地表地質調査、地下探査などを実施している。耐震設計上考慮する活断層については、旧耐震指針においては5万年前以降に活動したものとしていたところ、新耐震指針では後期更新世(13~12万年前)以降の活動が否定できない
図3 敷地周辺の主な活断層
ものにまで拡張されている。柏崎刈羽原子力発電所における基準地震動の策定においては、安全評価上、断層の長さ、近接する断層の同時活動などについて安全側となるように設定することとした。
(2)新潟県中越沖地震の分析
新潟県中越沖地震には、2つの特徴があった。
・ 実際の揺れの大きさが、地震の規模(M6.8)から経験的な評価方法により算出される値を大きく上回った。
・ 原子炉建屋基礎版(原子炉建屋の最地下階部)で観測された最大加速度が、敷地南側に位置する1~4号機(680~384ガル)と、約1km離れて北側に位置する5~7号機(442~322ガル)とで大きな差が存在した。
これらの特徴について、地震後の地質調査や新潟県中越沖地震の地震観測データ、また新潟県中越地震(平成16年)などの過去の地震観測データを詳細に分析した結果、この地域では海側から到来する地震においては地震動が強まる要因があることがわかってきた。今回の地震には、以下のような増幅メカニズム(図4)が考えられた。
【増幅の要因1】
観測された地震動を基に震源における地震動レベルを推定し、経験的に得られている地震規模と地震動の大きさの関係と比較したところ、今回の地震は震源において通常より強い揺れを生じる地震であったことが認められた。
【増幅の要因2】
深部地盤の不整形性(海から陸に向かって非常に厚くせりあがるような複雑な形状をした地層)により、地震波が屈折するとともに、先に伝播速度が遅い地盤に伝わった地震動が減速していく間に、後ろから伝わった地震動が追いつき集まる効果により2倍程度に増幅した。
【増幅の要因3】
地盤中の古い褶曲(しゅうきょく)構造により地震波が屈折し、1号機側に集まったことにより、1号機側が5号機側に比べて2倍程度増幅した。
(3)基準地震動の策定
活断層評価結果を基に、前述の地震動の増幅に関する知見を考慮すると、発電所敷地への影響が大きい地震として、海側ではF-B断層、陸側では長岡平野西縁断層帯による地震が他のものを上回る。これらの活断層について、新耐震指針に定められた方法に基づいて、新潟県中越沖地震の知見を反映した地震動評価を実施し、新たな基準地震動を策定した(表2)。
また、基準地震動は、「解放基盤表面」と呼ばれるほぼ水平で相当な拡がりをもつ地盤の表面(基盤面上の表層や構築物がない自由表面と仮定する)において策定するよう定められている。柏崎刈羽原子力発電所では、号機によって異なるが、地中深さ146~290mの位置に解放基盤表面を設定している。地震による設備への影響を考えるには原子炉建屋基礎版(原子炉建屋の最地下階部)での地震動が重要であるため、各号機について解放基盤表面から原子炉建屋に地震動が伝わる間の減衰を考慮し、基準地震動に対する原子炉建屋基礎版上での地震動を評価した(同じく表2)。
5.耐震強化工事の実施
東京電力(株)では現在、柏崎刈羽原子力発電所において、地震後の設備健全性評価や損傷した設備の復旧と平行して、耐震バックチェックおよび耐震強化工事を各号機ごとに順次実施しているところである。耐震バックチェックでは、新耐震指針に基づき新たに策定した基準地震動による揺れに対しても、安全上重要な設備の機能が確保されることをコンピュータ解析によって確認している。また、安全上重要な設備の耐震強化工事として、この基準地震動による揺れのほかに、新潟県中越沖地震で観測された原子炉建屋基礎版上の全号機での最大加速度の1.5倍に相当する1,000ガルの揺れにも耐えられるよう、必要に応じて工事を実施している。8月17日現在、6号機ならびに7号機において、既に耐震バックチェックと耐震強化工事の作業を完了している。以下では、6号機ならびに7号機で工事を実施した重要配管、原子炉建屋屋根トラス、排気筒、原子炉建屋天井クレーン、燃料取替機を例に、耐震強化工事の内容を述べる。
(1)重要配管の耐震強化工事
重要度の高い配管のうち、コンピュータ解析の結果余裕が比較的少ない箇所について、配管本体に発生する応力を低減するために、配管支持構造物を追加設置し、配管の地震に対する応答振動の低減を図った(図5)。また、配管支持構造物に対しては、地震による配管反力の増大が懸念されることから、配管支持構造物そのものの強度の向上も図った(図6)。なお、配管支持構造物を追加設置することで配管本体の拘束が厳しくなることにより、配管の熱膨張による応力が著しく増幅しないよう、配慮する。
図5 配管へのスナバ追加
図6 配管支持構造物の強化
(2)原子炉建屋屋根トラスの耐震強化工事
原子炉建屋の屋根トラスについては、コンピュータ解析の結果、主トラスについては余裕があることが確認されたものの、それと直交するサブトラスの一部や下面水平ブレースなどの二次部材(設計時においては非構造部材)には余裕が少ないことが確認された。このため、これらの余裕の少ない部材について、補強材の追加や、耐力の大きな部材への取替など、いくつかの耐震強化工事を実施した(図7)。この補強を行うことにより、主トラスの負担応力も低減されるので、屋根トラス全体としての安全余裕も向上することとなる。
図7 原子炉建屋屋根トラスの補強
(3)排気筒の耐震強化工事
排気筒については、支持鉄塔の部材の一部で余裕が少ないことが確認された。ただし、これらの部材を直接的に取り替える場合には大規模な工事が発生し、工程も長く必要になるため、比較検討の結果として制震装置を導入することとした(図8)。制震装置は、排気筒が揺れる際の振動エネルギーを油の流体抵抗によって吸収し、排気筒の揺れを抑えるものである。
図8 排気筒への制震装置の設置
(4)原子炉建屋天井クレーンの耐震強化工事
原子炉建屋天井クレーンは、使用の際、耐震重要度の高い使用済燃料貯蔵プールの上を一時的に通過する場合がある。地震動に対して当該クレーンが使用済燃料貯蔵プールに落下しないことを確実にするために、耐震強化工事を実施するものである。
当該クレーンは、原子炉建屋の天井付近の高さに設置されているレール上を走行する構造であり、走行時の脱線を防止する目的で脱線防止金具が設置されている。この脱線防止金具の大型化や、走行レール支持部の補強を行った(図9)。
図9 原子炉建屋天井クレーンの強化
(5)燃料取替機の耐震強化工事
燃料取替機については、使用済燃料貯蔵プールの上に常時待機していることから、原子炉建屋天井クレーンと同様、地震動に対して使用済燃料貯蔵プールに落下しないことを確実にするために、耐震強化工事を実施するものである。
燃料取替機の本体は、使用済燃料貯蔵プールの縁に設置されているレール上を走行する。また、燃料取替機のブリッジ上に設置されているレール上をトロリが横行する。本体あるいはトロリには、走行時の脱線を防止する金具が設置されている。耐震強化工事では、この脱線防止金具を大型化、あるいは追加設置し、また燃料取替機本体についても一部構造部材を追加して強度を増している(図10)。
図10 燃料取替機の強化
6.地震後の設備健全性評価の実施
設備健全性評価では、新潟県中越沖地震で原子力発電設備にどのような力がかかったかを、地震当日の観測地震波を用いてコンピュータ解析し、それぞれの機器に発生する応力がほぼ弾性範囲内に納まっていることを確認している。あわせて、各設備の目視検査、漏えい検査、機能試験等の機器点検により各機器の機能に問題が無いことも確認している。これらの作業により機器単位の健全性を確認した後に、各機器を組み合わせた系統機能試験、さらには実際に制御棒を引き抜き蒸気を発生させて行うプラント全体の機能試験という段階を経て、総合的に健全性を確認していく。特にプラント全体の機能試験は、20%、50%、75%、100%それぞれの出力段階で、蒸気や給水による流体振動に異常が無いことや、プラントデータをつぶさに分析して健全性を確認した後に次のステップに進むという慎重な方法を採用している。
8月17日現在、7号機の100%出力での健全性評価が、また6号機の系統機能試験が終了し、原子力安全・保安院および原子力安全委員会に安全性の確認を頂き、新潟県での審議をいただいているところである。今回7号機に採用した健全性評価の手法は、地震による被災後のプラント再起動基準を持たないわが国の基準化のひな型となるべきものであり、国際原子力機関IAEAや、米国の電力中央研究所EPRIからも高い評価を得ている。
7.おわりに
柏崎刈羽原子力発電所において地震発生直後より継続して実施している設備の健全性評価や復旧工事とあわせて、このような耐震安全性向上の取り組みを着実に実施していくことが、災害に強い発電所づくりにつながるものと考えている。このたび、地元の皆さま、国や地元自治体といった関係機関、学協会等のご理解ご協力を賜り、7号機について安全上問題がないことを確認し、運転を再開することができた。今回の被災により得られた教訓を活かし、今後も安全を最優先とした取り組みを続けていく。また、これらの教訓を発信し共有することにより、国内外の原子力施設の安全性向上に生かされるよう、取り組む所存である。
(平成21年8月17日)
柏崎刈羽原子力発電所における耐震安全性向上のための取り組み 山下 和彦,Kazuhiko YAMASHITA