日本原子力学会標準「原子力発電所の定期安全レビュー実施基準」の改定

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カテゴリ: 解説記事

1. はじめに
電気事業者は、原子力発電所において、中長期的な視点に立脚して評価対象期間の保安活動を評価し、必要に応じて安全性向上のために有効な追加措置を抽出することにより、今後、当該プラントが最新のプラントと同等の高い水準を維持しつつ安全運転を継続できる見通しを得ることをねらいとして、定期安全レビュー(Periodic Safety Review:以下“PSR”という。)を実施しており、現時点までに延べ74基(うち、24基は2回)で実施してきた。一方、電気事業者のPSRの経験を踏まえ、標準的な基準を提示することは、PSRに携わる人々が共通の理解をもった上で実施していくため、さらには、その他の人々がレビューの結果を理解するのを容易にするために有効な手段であることから、日本原子力学会 標準委員会はPSRの標準的な実施の基準について規定することとし、2006年に「原子力発電所の定期安全レビュー実施基準:2006」(以下、初版という)を制定・発行した。
 その後、3.に述べるようにPSRを取巻く規制に関する状況に変化があったことから、今般、上述した初版策定時の考え方を引継ぎつつ初版を改定し、「原子力発電所の定期安全レビュー実施基準:2009」(以下、PSR実施基準という)として制定・発行した。
本解説では、PSRの経緯、初版策定時以降の状況の変化、PSR実施基準の概要及び主な改定ポイントについて紹介する。
2. 初版の制定の主旨と概要
PSRは、平成4年6月に資源エネルギー庁から、既設の原子力発電所の安全性等の向上を目的として約10年ごとに最新の技術的知見に基づき原子力発電所の安全性等を総合的に再評価し、結果を報告することが電気事業者に要請されたことを契機として開始された。
また、平成11年6月には、資源エネルギー庁によってPSRの一層の充実として、高経年化に関する技術評価及び長期保全計画の策定が追加された。さらに、平成15年9月には原子力安全・保安院によってPSR実施が義務化され、原子炉施設保安規定の要求事項として位置づけられた。ただし、PSRの実施内容については、原子力安全・保安院から平成15年9月に発出された「軽水型原子力発電所の定期的な評価の実施について」1)に、(1)実施時期は営業運転開始後10年ごとであること、及び(2)評価項目は保安活動について運転経験の包括的評価を行うこと、最新の技術的知見の反映を行うことが記載されたが、具体的な要求事項には及んでいなかった。
上述の要求事項に対応して、電気事業者は、自主的な活動として平成6年8月に敦賀発電所1号機、美浜発電所1号機、福島第一原子力発電所1号機について報告書を通商産業省(当時)へ提出して以降、順次PSRを実施し、報告書を公開してきた。
初版は、このような状況を鑑みて、事業者のPSR実施経験の蓄積を踏まえ、PSRの標準的な実施の基準について規定するものとして制定した。
3. PSRを取巻く状況の変化
初版策定時以降、PSRを取巻く規制に関する状況に次のような変化があった。
(1) 高経年化対策実施ガイドラインの制定
平成16年8月の関西電力(株)美浜発電所3号機における二次系配管破損事故を契機とした高経年化対策の充実の一環として平成17年12月に、原子力安全・保安院によって「実用発電用原子炉施設における高経年化対策実施ガイドライン」2)(以下、高経年化対策実施ガイドラインという)が制定され、次の事項をPSRで評価することが要求された。
a) 原子炉の運転を開始した日から30年を経過する日以前に、高経年化対策上着目すべき経年劣化事象の発生の可能性があり、通常保守管理活動の一環として監視等を行うことが重要である経年劣化事象への保守管理における対応
b) 組織風土の劣化防止への対応
なお、高経年化対策実施ガイドラインは、平成19年6月に一部改正され、さらに、実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(以下、実用炉規則という)の改正内容に対応して平成20年10月に改めて制定されている。改めて制定された際には、実用炉規則において「安全文化を醸成するための体制(経営責任者の関与を含む)に関すること。」を保安規定に記載することが義務付けられたことを受けて、上記のb)は「安全文化の醸成活動のうち組織風土の劣化防止への対応」と記載が変更されているが、基本的には平成17年に制定されたものと同様の要求がなされている。
(2) 実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則の一部改正
原子力安全・保安院が平成18年9月にとりまとめた報告書「原子力発電施設に対する検査制度の改善について」において、保全プログラムに基づく保全活動に対する検査制度の導入など、検査制度の新たな方向性が示されるとともに、保全プログラムと高経年化対策及びPSRが連動したものとすることとされた。これを踏まえ、平成20年8月に実用炉規則が一部改正され、PSRは評価対象が品質保証についての規定であることから、品質保証を定める規定(第7条の3, 4)に続いて規定され(第7条の5)、高経年化対策検討は保守管理に関する規定のひとつと位置づけられた(第11条の2)。また、保全プログラムとPSRの連動を受け、PSRの結果を踏まえた措置を講じることについても新たに規定されている(第7条の3第2項)。
実用炉規則の第7条の5第1項では、PSRについて
・ 原子炉施設における保安活動の実施の状況を評価すること
・ 原子炉施設における保安活動への最新の技術的知見の反映状況を評価すること
が要求されている。
(3) 実用発電用原子炉施設における定期安全レビュー実施ガイドラインの制定
平成20年8月には、原子力安全・保安院によって、実用炉規則第7条の5第1項の要求について基本的要求事項を定めた「実用発電用原子炉施設における定期安全レビュー実施ガイドライン」3)(以下、PSR実施ガイドラインという)が制定され、
(1) 原子炉施設における保安活動の実施状況の評価
(2) 原子炉施設における保安活動への最新の技術的知見の反映状況の評価
(3) 確率論的安全評価
について、基本的な要求事項が規定された。ただし、(3)確率論的安全評価については、電気事業者が任意に行うことが望ましいとされている。また、(1)及び(2)の評価の対象とする保安活動は、保安規定で要求される①品質保証活動、②運転管理、③保守管理、④燃料管理、⑤放射線管理、⑥放射性廃棄物管理、⑦緊急時の措置、⑧安全文化の醸成活動について、プラントの安全性、信頼性のより一層の向上に資する事業者の自主的な取組みを含めたものとされている。
PSR実施ガイドラインは、大筋では「軽水型原子力発電所の定期的な評価の実施について」を引き継いでいるが、PSRの意義について次のとおり明確にされている。
【PSRの意義(PSR実施ガイドラインによる)】
・ 保安規定に基づく品質保証活動の一環
・ 中長期的な視点(10年程度の間隔)に立脚した評価(品質保証計画に基づき実施される短期的視点からの評価に加え、別個の新たな視点からのツールとの位置付け)
・ 安全性向上のための有効な追加措置を品質保証に反映
・ 事業者の自主的取組みも含めた保安活動を評価するもの
・ 原子力プラントの安全性・信頼性の一層の向上を図るとともに、運転開始後10年以上経過した原子力プラントについて、最新の原子力プラントと同水準の保安活動を維持しつつ安全運転を継続できる見通しを得るもの
4. PSR実施基準:2009の概要
3.で述べたPSRを取巻く状況の変化、及び電気事業者が初版を使用した経験を踏まえ、改定を検討した。
PSR実施基準の構成を表1に、PSRの流れの概念図を図1に示す。本体が規定事項であり、附属書(参考)及び解説は、本体の規定内容をなるべく詳しく説明したものである。
改定に当たっては、PSR実施ガイドラインの基本的要求事項に対する具体的な仕様を規定するように検討した。また、日本原子力学会標準委員会システム安全専門部会のPLM分科会において、実用炉規則及び高経年化対策実施ガイドラインを踏まえて改定作業中であった、「原子力発電所の高経年化対策実施基準」4)(以下、高経年化対策実施基準という)と連携して規定内容を検討した。(保全学 Vol.8 No.1「原子力発電所の高経年化対策実施基準の改定」参照)
表1 PSR実施基準:2009の構成
本体 1. 適用範囲
2. 引用規格
3. 用語及び定義
4. 実施計画の策定
5. 保安活動の実施状況の調査・評価
6. 保安活動への最新の技術的知見の反映状況の調査・評価
7. 確率論的安全評価
8. 有効な追加措置の抽出とその実施計画の策定
9. 報告書
附属書 A(参考)定期安全レビューの実施に当たっての考え方
B(参考)定期安全レビューの実施計画の策定に当たっての考え方
C(参考)保安活動の実施状況の評価の流れ
D(参考)保安活動の実施状況の評価例
E(参考)最新の技術的知見の調査・評価の考え方
F(参考)確率論的安全評価に当たって考慮する点
G(参考)報告書のまとめ方
解説 制改定の主旨及び経緯など、本体及び附属書の内容の説明
4.1 規定の概要及び主な改定ポイント
 PSRについて具体的な実施内容を規定している4章から9章について、規定内容の概要と主な改定ポイントを以下に示す。
(1) 実施計画の策定
PSR実施ガイドラインの要求事項を踏まえ、実施時期は営業運転開始以降10年毎に実施すること、及び高経年化技術評価を実施する場合は、PSRと高経年化対策検討の双方を合理的かつ有効に実施できるように同一時期に実施することを規定した。
実施計画については、初版の内容を基に、評価対象期間、実施体制及び具体的な実施手順を定めることをより具体的に規定した。
(2) 保安活動の実施状況の調査・評価
a) 保安活動の目的の明文化及び実績指標と改善活動の調査・評価
保安活動の実施状況の評価に当たっては、PSR実施ガイドラインの基本的要求事項である「中長期的な視点に立脚した評価」「保安活動の目的の達成に向けた適合状況を明確にすること」に対応して、保安活動を行う仕組みがその目的に沿って有効であることを把握し、今後とも仕組みが機能していく見通しがあるかを評価することとし、見通しについては、中長期的な視点に立脚して保安活動の適切性及び有効性を評価することで得られるとした。
電気事業者は、原子力発電所の安全を達成・維持・向上させるため、原子力発電所の保安活動に係る品質マネジメントシステムを確立し、実施し、評価確認し、継続的に改善している。また、安全規制に基づくものにとどまらず、自ら様々な工夫をして、多くの自主的な保安活動を実施している。改定に当たっては、電気事業者がこのように保安活動に取組んでいることを踏まえたうえで、PSRでは、保安活動の改善に着目して次のように評価することにより、中長期的な視点に立脚した適切性及び有効性を評価することができるとした。
保安活動の改善に着目して、保安活動を1)目的を達成するために継続的に実施されている保安活動と、2)改善した保安活動(不適合が発生し改善を行った場合と、更なる安全性の向上を目指して改善を行った場合を含む)に分けて考える。2)がこの標準でいう改善活動である。さらに、それぞれの保安活動について、実績指標と改善活動を次の中長期的な視点に立脚して評価することにより、保安活動の適切性及び有効性を評価する。
【実績指標】
① 時間的な推移が安定しているか
② 時間的な推移に著しい変化又は中長期的な増加/減少傾向があるか
③ 著しい変化又は中長期的な増加/減少傾向がある場合には、その原因が明らかにされ適切な対策が採られているか
④ 著しい変化がなく安定している場合は、安定した状態を維持するため、又は向上した状態を目指すための適切な対応がとられているか
【改善活動】
① 改善活動が保安活動に定着しているか




② 改善活動の見直しが継続的に行われているか
③ 改善が必要と判断した事象の再発又は類似の事象が発生しているか
④ 改善が必要と判断した事象の再発又は類似の事象が発生している場合には、原因が確認され、その原因に基づいて追加の改善活動が講じられているか
⑤ 改善活動が、保安活動の目的に沿って有効であったか
例えば、実績指標の③の視点を用いると、2)の保安活動のうち、不適合が発生したことから実施する改善活動の適切性が評価でき、改善活動の③の視点を用いると、1)及び2)の保安活動の有効性が評価できると整理している。なお、これらの整理については、今後の評価経験を反映していくことが重要であると考えている。
これらのことを踏まえ、保安活動の目的を明文化し、目的に沿って実績指標を選定、調査し、目的に沿った改善活動を調査し、これらの調査結果を踏まえて、中長期的な視点に立脚して保安活動の目的を達成するための活動の適切性及び有効性を評価することを規定した。また、保安活動の目的の明文化の考え方、実績指標の選定・評価に当たっての考え方、改善活動の調査・評価に当たっての考え方及びこれらの例を附属書に記載した。表2に品質保証活動の評価の例のうち、保安活動の目的の例を示す。
b) 高経年化技術評価以前の経年劣化事象の対応の追加
高経年化対策実施ガイドラインの要求事項を踏まえ、保安活動のうち保守管理の実施状況の調査及び評価の一環として、経年劣化事象に係る調査・評価を規定した。ただし、具体的な実施内容については、PLM分科会にて改定作業中であった高経年化対策実施基準改定版に規定されることとなったため、「高経年化対策実施基準に従って実施する」ことを規定した。
c) 安全文化の醸成活動の追加
 高経年化対策実施ガイドラインの要求事項及びPSR実施ガイドラインの要求事項を踏まえ、保安活動のひとつとして安全文化の醸成活動を追加した。安全文化の醸成活動は、安全規範を改善することにより安全文化を高め、その結果組織風土を良くしていく活動であり、「組織風土の劣化防止」と「安全文化の醸成」については電気事業者としての基本的な取組みのアプローチは変わるものでないため、PSRとして調査する対象となる取組みは同じであると考え、追加したものである。具体的には、電気事業者の現場に即したものとして明確にした安全文化の要素(安全文化の醸成活動を評価するための視点)に沿って改善活動について調査し評価することを規定した。
表2 品質保証活動の目的の例

(3) 保安活動への最新の技術的知見の反映状況の調査・評価
評価対象期間中の最新の技術的知見(安全研究成果、国内外の原子力発電所の運転経験から得られた教訓、技術開発成果)が、8項目の保安活動へ反映された状況を調査し、プラントの特徴を踏まえた分析及び評価がなされ、保安活動に適時及び適切に反映されていることを評価することを規定した。
また、PSR実施ガイドラインにおいて、「未だ安全規制、規格基準等に反映されていない知見を調査対象」とすることが新たに要求されたことから、「未だ具体的な安全規制、規格基準等に反映されていないもののうち、プラントの安全性又は信頼性の一層の向上を図る上で、保安活動への反映を検討することが重要な最新の技術的知見について調査する」ことを規定し、このような知見を抽出する方法の例を附属書に記載した。
(4) 確率論的安全評価
プラント出力運転状態及び停止状態における内的事象に係る確率論的安全評価を実施することにより、プラントの安全性が十分確保されているかを確認し、安全性の特徴を定量的に把握することを規定した。
なお、PSRにおける確率論的安全評価の要求に関する議論が途上であり、PSR実施ガイドラインでも新たな要求事項はないことから、今回の改定では基本的に初版から内容を変更していない。
(5) 有効な追加措置の抽出とその実施計画の策定
保安活動の実施状況の評価、保安活動への最新の技術的知見の反映状況の評価及び確率論的安全評価の結果に基づいて、プラントの安全確保上必要な措置又は安全性・信頼性の一層の向上の観点から有効な追加措置を抽出し、実施計画を策定することを、抽出の観点をより具体的に規定した。
(6) 報告書
報告書の作成及びその妥当性確認について、手順を規定するとともに、非公開情報の取扱いを規定した。
5. まとめ
 日本原子力学会標準の「原子力発電所の定期安全レビュー実施基準:2009」の概要と初版からの主な改定ポイントについて紹介した。この標準に基づき、PSRを実施した結果、反映すべき知見や良好事例が見出された場合、さらに、原子力安全・保安院のPSR実施ガイドラインにおいてPSRにおける確率論的安全評価などの記載が見直された場合は、次回の改定にて反映を検討することとしている。
参考文献
1) 原子力安全・保安院:軽水型原子力発電所の定期的な評価の実施について(平成15・12・04原院第1号 平成15年12月17日経済産業省原子力安全・保安院 NISA-161a-03-2)
2) 原子力安全・保安院:実用発電用原子炉施設における高経年化対策実施ガイドライン(初版:平成17年12月26日、最終改訂:平成20年10月22日)
3) 原子力安全・保安院:実用発電用原子炉施設における定期安全レビュー実施ガイドライン(平成20年8月29日)
4) AESJ-SC-P005:2008 原子力発電所の高経年化対策実施基準:2008(2009年2月)(社)日本原子力学会 
日本原子力学会標準「原子力発電所の定期安全レビュー実施基準」の改定 平野 雅司,Masashi HIRANO,成宮 祥介,Yoshiyuki NARUMIYA
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