高経年化対策に関する国際協力の推進と戦略について
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1.はじめに
原子力安全・保安院は、平成17年8月「実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について」(以下、「高経年化対策の充実について」)[1]において、原子力発電所の高経年化に対応し技術情報基盤を整備するためには、次の国際的な展開が必要であると提言した。
① 高経年化対策等に関連した国際協業・国際会議への戦略的・計画的な参加
② 米国NRC(原子力規制委員会)等の海外規制機関、IAEA(国際原子力機関)、OECD/NEA(経済協力開発機構/原子力機関)等の国際機関との政府間及び民間ベースの協力
③ 我が国を中核としたOECD/NEAにおける高経年化対策に係る協力事業の実効的な推進、連絡・連携調整
原子力安全基盤機構 (以下「JNES」という。) は、この提言を受け、平成18年3月、技術情報調整委員会の中に、安全研究ワーキンググループ、情報基盤ワーキンググループとともに、国際協力ワーキンググループ (主査:平野雅司副センター長 )(以下、「国際協力WG」という。)を設置して、国際協力に関する高経年化対応戦略マップの作成を開始した。
一方、平成17年3月に策定した第1次ロードマップでは、4大項目として、「技術情報基盤の整備」、「技術開発の推進」、「規格基準類の整備」、及び「保全の高度化の推進」を掲げた。その後、平成21年7月に発行された「高経年化対応技術戦略マップ2009」では、第Ⅱ期(初期のプラントの供用期間が40年以上)に向けて、「保全の高度化の推進」と「技術情報基盤の整備」を一体的に推進することとし、さらに、世界の情報を収集しつつ我が国の称揚すべき高経年化対策を積極的に世界に情報発信するとともに、人材育成や施設基盤の整備(JAEAの施設を含む)を進めるべきとの観点から「国際協力の推進」を4大項目の一つとして掲げることとした。すなわち、4大項目を、①「技術情報基盤の整備」(「保全高度化の推進」を含む)、②「安全基盤研究の推進」、③「規格基準類の整備」、及び④「国際協力の推進」とした。
以下に、国際協力WGの活動、即ち、産官学・学協会連携による国際協力とその戦略等の概略について述べる。
2.国際協力ワーキンググループ
国際協力WGの目的は、原子力発電所の高経年化対応としての検査、評価、予防保全・補修・取替の流れの中で、我が国の取組みが国際水準と比肩してどの様なレベルに位置しているかを検証し、称揚される我が国の産学官・学協会の様々な高経年化対策の取組みとその成果を国際標準とするため、必要な協力や情報発信を行うことにある。
基本方針としては、米国NRC等の海外規制当局、IAEA、OECD/NEA等の国際機関との政府間及び 民間ベースの国際協力を推進するとともに、材料の経年劣化等に関する国際協業・国際会議への戦略的・計画的な参加を行うこととした。
3.産官学・学協会の役割分担
【産業界】 産業界は、「原子力発電所の安全確保に関する第一義的な責任」があり、海外における運転経験情報(事故・故障情報を含む)、プラント設計・点検・補修等のプラントの運転に係る情報、および経年劣化に係る研究成果等の情報を自律的に収集する。このような海外情報を基に、原子力発電所の安全性・信頼性の確保に必要となる国際共同研究の企画およびその実施とその成果を活用した規格基準原案を「学協会」と連携しながら作成する。
【学術界】 我が国における運転経験、安全基盤研究の成果をベースに、世界の専門家が集合するIAEA、OECD /NEA等の国際機関、ASME(米国機械学会)、ASTM(米国材料試験協会)、IEEE(米国電気電子学会)等の海外の学協会等での活動に参加し、最新の知見を反映した安全基準、民間規格の策定および見直し等を行う。また、このような活動を通じ、国際的な人材を育成する。
【学協会】 日本機械学会、日本電気協会および日本原子力学会等での民間規格策定で得られた知見・経験を基に、ASME、ASTMおよびIEEE等の海外民間規格の策定、改訂に戦略的に貢献する。
【国・官界】 国・官界は、国民の負託を受け事業者の行為を監督する責務を有しており、科学的合理性を持った客観的、かつ、効果的な安全規制を行うため知識基盤の整備に必要な海外規制情報および技術的知見(データ、手法等)の収集を行う。具体的には、「経年変化技術情報データベースの整備」を行い、「実用発電用原子炉施設における高経年化対策実施ガイドライン」、「実用発電用原子炉施設における高経年化対策標準審査要領」等の改訂、および高経年化対策技術評価に必要な経年劣化事象別技術評価審査マニュアル、国内外のトラブル事例集、最新の技術的知見等を取りまとめた「高経年化対策技術資料集」の整備・拡充を図る。
4. 第Ⅰ期の自己評価と第Ⅱ期の戦略
4.1 第Ⅰ期の自己評価
第1章に記したとおり、「高経年化対策の充実について」に記載された国際協力を積極的に展開してきているが、第Ⅱ期に入ってからの成果の摘取りのものが多く、引き続き、強力に推進する必要がある。
① 我が国は、高経年化対策の先進国として、IAEA、OECD/NEA等の国際機関を通じ、引き続き、産官学・学協会が連携しつつ、高経年化対策に係るガイドラインの整備や研究等に一貫性・継続性をもって参加するとともに、材料劣化等に関する国際会議等にも計画的・戦略的に参加するなど、国際協力や国際的な技術情報交流を積極的に展開していく必要がある。
② 高経年化対策に必要とされる技術情報の国際的な集積化・共有化を図るため、原子力の安全研究及び安全規制に関する国際協力において実績があり、我が国と同様に軽水炉を保有する国々が参加し、長期間供用しているプラントの経年劣化事象等についての知見を多く得ることができるOECD/NEAを通じて、高経年化対策に係る協力事業(SCAP )を我が国が中心となって積極的に展開していく必要がある。
③ 今後、国際的な技術情報交流等が必要な分野としては、中性子照射脆化や応力腐食割れ等の材料劣化の分野があるが、そこでの国際協力活動は、高経年化対策に係るガイドラインや技術資料の策定等、多岐に亘るため、産学官・学協会の連携を図っていくことが重要である。
今後とも重要となるIAEA、OECD/NEA、米国NRC等で実施されているプロジェクトや国際会議の例を以下に示す。
? IAEA:原子力発電所の長期運転を支援するための経年管理に関するガイダンスの策定、原子力発電所の高経年化対策に関する技術的専門家会合(後述するInternational GALL 報告書の策定等)
? OECD/NEA:CSNI(原子力施設安全委員会)傘下の機器構造物健全性・経年変化ワーキンググループでの諸活動(国際的な共通問題に関するワークショップの開催や技術報告書の作成等)
? PINC :ニッケル基合金の応力腐食割れの検査等の技術的検討とデータベース構築
? PMMD :潜在的な材料の経年劣化事象の抽出を行う国際会議
? IGRDM :原子炉圧力容器鋼照射損傷メカニズム検討国際会議
? RCOP-2 :非破壊検査、評価、補修に関する技術、知的資源を共同で活用し、現場での適用性確認等を実施する事業(北東アジア地域との国際協力)
④ 引き続き、我が国の高経年化対策が国際水準に比肩してどのようなレベルに位置しているか経年劣化事象別に検証し、今後重点的に情報を収集すべき分野や、積極的に情報発信すべき分野を明確にしてゆく必要がある。現在、我が国と米国及び欧州(特に仏国)との技術水準について比較検証を試みている。まだ、情報収集が不十分であり、検討段階ではあるが、次の分野は、米国及び欧州と比べて高いレベルにあり、積極的に情報発信すべき分野と評価されている。
・ 照射脆化:メカニズムを含む予測法の規格化、監視試験結果の総合的分析、高照射量・高照射速度の影響評価
・ 応力腐食割れ:SCCき裂進展速度データ取得と評価線図検討研究、SCC発生・き裂進展メカニズムに関する研究、及びピーニング、管内面残留応力改善法等の表面残留応力改善法
・ 疲労:環境疲労評価手法及び高サイクル熱疲労評価手法
・ ケーブルの絶縁低下:熱・放射線同時劣化評価手法(マスターカーブ)
・ コンクリート劣化:コアサンプルによる強度・中性化等の評価(傾向監視データの充実化)
一方、次の経年劣化事象の分野は、今後とも、米国、欧州等から積極的に知見や経験、データ等の収集を図るべき分野と評価されている。
・ 照射脆化:破壊靱性評価法開発及び規格化及び確率論的破壊力学手法の適用
・ 1次冷却水系応力腐食割れ(PWSCC):き裂サイジング技術、超音波探傷試験システムに関する認証制度
・ 配管減肉:減肉評価予測式による減肉管理
このような比較検証を毎年度継続して実施する必要がある。
4.2 第Ⅱ期に向けての戦略
産官学・学協会連携による下記の国際協力が重要である。
① IAEA International GALL策定への対応
IAEAでは、米国NRCが開発し活用しているGALL報告書の国際版の策定を進めている。引き続きこの活動に積極的に参加・貢献し、経年劣化事象別に、我が国の称揚される高経年化対応経年劣化管理を国際標準とすることを目指す。
② OECD/NEA SCAP対応
OECD/NEA SCAPは、平成22年6月をもって終了するが、今後も継続的に国際的な知識ベースの醸成や推奨事例の抽出等を行い、我が国及び国際的な高経年化対応経年劣化管理に資する。
③ 国際フォーラムへの参加
米国NRCを中心として、80年の長期運転に対する国際的な情報基盤の整備、国際共有化ネットワークの構築、資源の有効活用と人材育成のための国際共同研究の推進等を目的とした新たな国際協力(国際フォーラム)の計画が進められている。昨年10月の韓国ソウル大学での準備会合に引き続き、本年4月には欧州で同様の会合が開催される予定となっている。その後、OECD /NEA等の国際機関での活動へと展開される予定である。ただし、その計画は流動的であり、我が国の60年の供用を仮定した原子力発電所の高経年化技術評価、或いは次世代炉設計(80年以上の長期運転)にとって有益な情報が得られるか、産官学・学協会が連携して参加すべき国際協力か等の観点から注視し、国際協力WGで決定する。
④ 廃炉材料を用いた国際共同研究
長期に運転された原子炉圧力容器、炉内構造物、ケーブル、コンクリート等の実機材料を用いた各種試験データを採取し、数多くの加速試験データと照合することにより、予測精度の向上及び経年劣化管理の高度化を図ることの重要性が国際的にも認識されている。関連する国際的な検討会議に主体的に参加する。
これらを進めるにあたっては、安全研究ワーキンググループ及び情報基盤ワーキンググループとの連携・協働が不可欠である。
4.おわりに
原子力発電所の広範囲に亘る機器の高経年化対策には、数多くの経年劣化現象の深い理解が不可欠であることから、広範囲に及ぶ技術情報基盤の整備が必要である。それは、今や、我が国の運転経験、安全基盤研究等の技術情報のみで対応する時代ではなく、世界の原子力発電所の安全確保のため、様々な情報を受発信する必要がある時代に入ったと認識している。
今後も、引続き、「高経年化対応技術戦略マップ2009」に記載されている各種国際協力の推進と新たな戦略立案、及び国際原子力安全ワーキンググループ報告書等に記載されている提言の具体化推進を産官学・学協会連携で戦略的に推進していく所存である。高経年化対応国際協力のマップ策定にご尽力頂いた関係者に深く感謝すると共に今後もご指導の程宜しくお願いしたい。
参考文献
[1] 実用発電用原子炉施設における高経年化対策の充実について、平成17 年8月、原子力安全・保安院
[2] 国際原子力安全ワーキンググループ報告書2009、2009年2月、総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会原子力安全基盤小委員会
[3] 菅野、原子力発電所の高経年化技術評価と技術情報基盤の整備、保全学、Vol.5 No.4、2007
[4] 高経年化対応技術戦略マップ2007、平成19年7月、(独)原子力安全基盤機構 技術情報調整委員会
[5] 高経年化対応技術戦略マップ2008、平成20年7月、(独)原子力安全基盤機構 技術情報調整委員会
[6] 高経年化対応技術戦略マップ2009、平成21年7月、(独)原子力安全基盤機構 技術情報調整委員会
高経年化対策に関する国際協力の推進と戦略について 平野 雅司,Masashi HIRANO,菅野 眞紀,Masanori KANNO,小山 正邦,Masakuni KOYAMA