原子力規制を巡る最近の動向について
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カテゴリ: 解説記事
平成22年2月9日、経済産業省の審議会である総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会において、同部会のもとに設置された基本政策小委員会(委員長:村上陽一郎 東京理科大学大学院科学教育研究科研究科長)でとりまとめられた「原子力安全規制に関する課題の整理」が報告されました。
なお、報告書案のパブリックコメントを行い、19名から64件の意見が提出されています。
また、この課題の整理に対応するため、原子力安全・保安院では、個々の規制課題の内容、対応時期、対応体制等の計画を作成しています。
1.原子力安全規制の課題の検討について
(1) 課題の検討について
基本政策小委員会では、平成13年に原子力安全・保安部会でとりまとめた報告書「原子力の安全基盤の確保について」の提言に基づき、原子力安全・保安院が取り組んできた安全規制業務の遂行状況や基盤整備の状況について検討し、報告書をとりまとめました。
平成13年以降、安全規制を取り巻く環境は、表1のとおり、状況が更に進展し又は重要性が一層増すなど大きく変化しています。
このため、安全規制を取り巻く近年の大きな環境変化等を踏まえ、今後の規制の課題を整理しています。
(2) これまでの安全規制の実施状況と評価
平成13年の報告の提言項目の実施状況とその評価を原子力安全・保安院では行っています。
制度的基盤(安全規制制度)の整備に関しては、まず、事業者のマネジメントの健全性に対する確認を強化するため、保安検査、定期事業者検査の法定化及び定期安全管理審査の導入、更に保全プログラムに基づく保安活動に対する検査制度の導入を行ってきていますが、検査制度全体を俯瞰すればいまだにハード面が中心の検査も一部あり、設計段階ではソフト面に着目した規制の検討が不十分となっています。科学的・合理的な安全規制に向けた対応については、学協会規格の整備が大きく進展しているものの、運転経験等から得られる新たな知見を安全規制に活用する機能の一層の充実、リスク情報の活用方法の検討が必要です。透明性の確保・向上のための対応としては、審議会の原則公開、ホームページ等による幅広い情報提供、住民説明会等による双方向コミュニケーション、モバイル保安院による緊急情報の提供等を行っていますが、公聴・広報活動は安全規制に対する外部からの評価を受ける貴重な機会となるとの観点から、そのあり方について不断の検討が望まれます。国際的取組の強化については、米、仏国等の規制機関との定期会合、日中韓の上級規制者会合等による情報共有、国際機関での資金的・人的な面を含め積極的に参加・貢献してきており、今後は、国際原子力安全WG報告書においてとりまとめられた基本的方針と具体的取組に基づく積極的な活動が必要です。
分野別の安全規制の取組について、発電炉分野については、原子炉熱出力一定運転の導入、新しい耐震設計審査指針に基づく既存炉のバックチェックを実施中であり、また、中越沖地震等を踏まえ、耐震安全性評価に最新知見を反映する仕組みを構築しています。新たな検査制度の運用を開始(前述)したほか、高経年化対策に関して、実施ガイドライン等の策定等が行われました。核燃料サイクル分野については、使用済燃料の中間貯蔵事業、MOX燃料加工施設の安全審査を実施しています。六ヶ所再処理施設については、試験運転計画の確認の基本方針に従って使用前検査を実施するとともに、事業者の品質保証体制の確認を中心とした保安検査を実施中です。廃止措置、放射性廃棄物処理・処分については、原子炉等規制法を改正し、廃止措置計画の認可の義務付け及びクリアランス制度の整備を平成17年度に行いました。また、平成19年度に高レベル放射性廃棄物等の地層処分事業に係る安全規制制度を整備しています。原子力防災については、全国20箇所のオフサイトセンター及び防災用資機材を整備・更新するとともに、毎年、国の原子力総合防災訓練を実施しています。また、中越沖地震時の反省をふまえ、緊急時における地域住民への情報提供の体制を見直し、火災対策専門官を新たに設置し、事業者による自衛消防体制の整備を促進しています。
知識基盤の整備に関する実施状況と評価について、まず、安全基盤研究に関しては、独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)が設立され、規制当局のニーズに基づく安全研究の実施体制が強化され、原子力学会等によりいくつかの分野で研究ロードマップが作成されています。国際的な取組みについては、JNES等の関係機関が国際共同研究に積極的に参加しているほか、IAEAアジア原子力安全ネットワークによる国際協力も実施しています。また、OECD/NEAの多国間設計評価プログラム(MDEP)など安全規制の規格基準に関する情報交換や調和の推進に係る共同事業に積極的に参加しているものの、各方面から一層の取組の強化の必要性が指摘されている。
人材基盤の整備については、研究プログラムに沿った保安院の職員教育に努めるとともに、平成19年に茨城県ひたちなか市にJNESと連携しつつ原子力安全研修センターを設置し、専門的研修を実施しています。若手人材の確保策について、JNES事業において関係大学との連携を重視した安全研究や、原子力安全に関する教育を支援するため大学への専門家派遣等が行われています。
(3) 安全規制に係る今後の課題
規制課題の整理に当たり、これまでの取組により既に安全規制の基盤整備は相当程度進展したことを踏まえ、今後は、安全規制を取り巻く環境変化に対応し一層の先見性と機動性をもって的確に対応するとの視点が重要になってきます。こうした考え方に基づき、規制課題を5つの観点で分類しました。
1) 安全規制における経験と知見の活用
これまでも、相次ぎ発生した事故・トラブルや大規模地震災害等の経験と知見を活用し規制制度の充実が行われてきており、今後とも、事故・事案の原因等を的確に分析評価し、同様のことが再び生じないように努めることは勿論のこと、新たに得られた教訓を規制制度の一層の充実に繋げていかなければならない。また、安全規制に係る新たな知見を得るためには、安全研究を効果的に実施することが重要である。
① 経験と知見に基づく規制制度の充実
? 安全審査制度における品質保証の考え方の取入れ等
? 発電炉の設計段階に関し、外部専門機関の活用による規制の実効性の向上の観点も含め、事業者の品質保証活動を確認する手法について検討する
? 検査制度における品質保証の取入れの拡充
使用前検査、燃料体検査制度など建設・製造段階における品質保証の考え方の取入れについて検討する
? 保安規定の運用の改善
保安規定の項目の軽重に応じた保安検査の判断基準について、事業者とのコミュニケーションを通じて周知徹底を図る
? 新検査制度に対応した保守管理体制の充実
平成21年から導入された新検査制度の運用に当たり、事業者の保守管理体制の充実に向けた取組の一層の強化が必要になる
? 発電炉以外の原子力施設に係る安全規制手法の充実
原子力施設の多様化と運転履歴の蓄積などを踏まえて、発電炉と発電炉以外の施設の安全規制の対比を行い、双方に蓄積されている安全規制のノウハウを体系化し、規制手法の標準化を実施する
? 耐震分野における最新知見の反映等
最新の科学的・技術的知見の継続的な収集、評価への反映等の仕組みを構築したところであり、その効果的な運用を図る必要がある。また、大きな地震動を受けたプラントの点検方法の標準・マニュアル化を検討する
? 運転経験のフィードバック機能の充実
法令報告未満のトラブル等も含め、運転経験を体系的に整理分析し知見を抽出する機能の一層の充実強化を進める
② 安全研究等による新たな技術的知見の活用
? 安全研究の有効活用に係る仕組みの構築
安全研究は知識基盤の強化に最も重要な活動であり、原子力安全に投入される資源を有効に活用する観点から、安全研究を効果的に実施する仕組みを構築する
? 規格基準の体系的整備の促進
規制基準として活用できる学協会規格の整備は大きく進展したが、発電炉以外の分野を含め、整備が期待される規格はまだ多く残されていることから、関係者のコンセンサスの下で、研究ロードマップを活用しつつ、今後の整備計画の明確化を行う
? 燃料体技術基準の性能規定化と学協会規格の活用
最新の技術的知見を速やかに取り入れることができるよう、燃料体の技術基準の性能規定化と、当該性能基準を満たす学協会規格の活用を検討する
? トピカルレポート制度の運用と推進
汎用性が高い分野として燃料設計及び安全解析コードを対象としたトピカルレポート制度について、的確な運用を行うとともに、運用状況と見つつ対象分野の拡充について検討する
? リスク情報の活用方策の検討
リスク情報の活用により、相対的に重要性の高い事項に重点的に対策を講じるといったメリハリのきいた科学合理性の高い安全確保対策及び安全規制の推進が期待されることから、諸外国の最新事例も参考にしつつ、リスク情報の活用方策について更なる検討を行う
2) 規制対象の変化を見越した取組
原子炉施設の高経年化の進展、中間貯蔵事業の進展、原子炉施設の廃止措置が本格化するとともに、放射性廃棄物の処理・処分の具体化など規制対象が拡大・多様化しています。このため、規制当局は、規制対象の拡大・多様化を見通しつつ、適時的確に対応していくことが必要です。
① 発電炉の更なる高経年化への対応
? 発電炉の高経年化対策の充実
新検査制度の下、事業者による高経年化対策の確実な実施を確認することが必要である。特に、安全研究の成果を規制基準、ガイドライン、民間規格等に適切に反映する
? 高経年化対策に係る国際協力の推進
OECD/NEA、IAEAを通じた情報の発信・収集・共有をはじめ、国際協力、国際貢献を積極的かつ主体的にリードする
② 中間貯蔵事業の進展への対応
? 中間貯蔵規制制度の整備
輸送と貯蔵の兼用容器について、両規制を整合的に運用する必要があり、また、使用済燃料の所有者である原子炉設置者の責任をあらかじめ明確にしておく必要がある。さらに後続規制における基準解釈や検査要領等を整備する
③ 原子炉施設の廃止措置の本格化への対応
? 原子炉施設の廃止措置計画に係る審査要領の明確化等
原子炉施設の廃止措置の本格化に対し、廃止措置計画に係る審査要領の明確化、サイト解放基準の検討等を行う
④ 放射性廃棄物の処理・処分に係る制度整備
? 多様な放射性廃棄物の処理・処分に係る制度整備
高レベル放射性廃棄物等の立地選定段階における調査結果の妥当性のレビューを行う。廃止措置の進展に伴い、原子炉領域の解体が控えていることから、炉心等解体物の余裕震度処分等に係る事業許可申請に対応する。ウラン廃棄物については、規制制度について早急に検討する。研究施設等廃棄物について、複数の法律で規制されること等を踏まえ、安全規制のあり方を検討する。
? 放射性廃棄物の処理・処分等に関する安全研究の有効活用等
規制ニーズを踏まえた研究のあり方の検討結果を踏まえた研究のあり方について検討が進められている。
⑤ 次世代軽水炉の安全性の確保
? 次世代軽水炉の安全性の確保
国のプロジェクトとして次世代軽水炉の開発が進められており、安全性確保の観点から、規制上の要件等を適切な時期に検討する。また、中長期の観点から設計承認制度の導入の効果や必要性等について検討する
? 高速増殖炉実証炉の安全性の確保
実証炉開発の進展を踏まえた安全規制上の具体的な要件等について適切な時期に検討を行う
3) 経済的・国際的な状況変化への対応
保安院は、規制当局として事業者が行う既存設備の有効利用への積極的な取組の目的や内容を把握しつつ、当該取組の是非の判断を含め、安全確保を確実に行う観点から厳正な対応を行うことが必要です。また、原子力発電主要国のひとつとして相応の国際貢献、国内における技術力の維持・向上の観点から、戦略的に対応していくことが必要です。
① 既存設備の有効利用に対する安全規制
? 出力向上に関する安全性評価
事業者が計画している出力向上に係る安全性について予め評価検討を行う。
? 新検査制度の導入に伴う長期サイクル炉心の安全性評価
事業者が原子力発電所の特性に応じて運転間隔を変更しようとする場合に備え、代表プラントを選定し原子炉の運転期間を延長した場合の炉心への影響等の安全性評価を行う。
? 運転中保全に関する安全性評価
運転中保全(オンラインメンテナンス)について、安全性の確保の観点から導入の可否や妥当性を検討し厳正に判断するとともに、安全性への効果と影響、リスク情報の活用方法等を検討する
? 原子力発電比率の高まりに対応した運転の安全性評価
将来的に日々の電力需要の変動に合わせて出力を調整する運転を事業者が計画する場合には、当該運転方法の安全性について確認する
② 原子力利用のグローバル化への対応
? 原子力安全規制に係る国際協力の充実
安全規制に係る国際協力をより一層充実していくため、国際原子力安全WG報告書の提言について積極的に取組む
? 多国間設計評価プログラムへの積極的な参加
国際的な安全基準に反映されることも予想されること等から、規制当局だけではなく、メーカー、事業者等の産業界も積極的かつ戦略的に参画できる体制を構築することが重要である
? メーカーの製造段階における検査の取扱の明確化
原子力資機材の輸出入が進展する中で、輸入国の規制機関がメーカーの資機材製造に関する検査(ベンダーインスペクション)を行う場合があり、国際協調等の観点から、ベンダーインスペクションを含め製造段階の品質保証の確認のあり方について検討する
③ 安全規制の国際協調
? 安全審査関係文書の統合・最新化
規制当局が安全性を確認しているプラントの最新状態を把握する観点から、安全審査に係る統合的な文書を作成し常に最新化することを検討する
? 運転開始前の総合的レビューの導入
運転開始前に安全審査等で確認された各種の許認可事項が実現しているか等の総合的な安全レビューを行うホールドポイントを設けることを検討する。また、これに関連し、運転開始前に訓練、教育等の保安活動を検査する制度の検討を行う
? 放射線業務従事者の集団線量の低減対策の強化
諸外国に比べ集団線量が相対的に高いことから、実態把握と要因分析、有効な対応策を検討する
? ICRP2007勧告の我が国規制への反映等放射線防護に係る検討
放射線審議会の検討をフォローし、所掌分野への適切な反映を検討する。また、ICRPによる放射線防護の考え方やそれを踏まえた原子力安全委員会の検討を見つつ、必要に応じ安全規制の考え方についても検討する
? IAEA核物質防護に関するガイドライン改訂への対応
IAEAの核物質防護に関するガイドライン改訂作業に協力するとともに、我が国の核物質防護に適切に反映する
? シビアアクシデント対応の規制要件化に関する検討
国際動向を踏まえ、シビアアクシデント対応の安全規制における取扱に関し、規制制度の中の位置付けや法令上の取扱等について検討する
4) ステークホルダー・コミュニケーションに関する取組
規制当局が説明責任を果たすべきことは当然ですが、国民の理解と信頼を得つつ安全規制を的確に実施していくためには、立地地域の自治体・住民や産業界を含む様々なステークホルダーとの間のコミュニケーションを一層充実されることが重要です。
① 立地地域を中心とした国民とのコミュニケーションの充実
? 規制プロセスにおけるステークホルダー・コミュニケーションの充実
立地地域の関心が高い個別の安全審査・検査等の案件について、規制活動の結果の説明に留まらず、規制プロセスの途中段階におけるステークホルダーとのコミュニケーションの拡充について検討する
? 規制課題に係る先取り的な情報提供
規制活動への理解を増進する観点から、規制課題に関するステークホルダーへの先取り的な情報提供と意見交換等のコミュニケーションについて検討する
? 緊急時の情報提供機能の更なる向上
緊急時の情報提供について、常にその機能が発揮できるよう普段から周到な準備を行うとともに、一層の迅速化など更なる高度化を検討する
② 産業界とのコミュニケーションの充実
? 産業界とのコミュニケーションの活性化
安全規制を的確に実施する観点から、規制当局と被規制者である事業者を含む産業界は、透明性を確保した中で、規制課題の検討や規制課題に対する認識の共有化を図るなどコミュニケーションをより充実する。また、現場の実態を把握する観点からも、労働者とのコミュニケーションにも取り組む
5) 機能的な規制機関への取組
保安院は、規制業務の増加、複雑化に対応しつつ規制当局としての責務を果たすため、効率的で効果的な規制制度の整備と有能な人材の確保・育成を行っていくことが必要です。
① 規制当局の品質保証活動の充実
? 規制業務に係る品質の向上
業務の目的・内容の明確化や業務の均質化を徹底するため、業務マニュアルの一層の充実と体系的整備を進める。また、職員の力量や業務等の品質に関する要求水準等を明確化する
② 規制業務の適正化
? 規制当局の業務の継続的な改善
安全上重要な規制業務に重点的に資源を配分するといったメリハリのある業務運営を行うため、業務の必要性の軽重を見極め、必要性の乏しい業務は合理化を図るなど自ら業務の適正化を推進する。このため、自らの業務を評価・確認し、継続的に改善する仕組みの充実強化について検討する
? 外部専門機関の活用
規制機能の最適化の観点から、外部専門機関の活用について検討する
③ 人材育成対策の充実・強化
? 規制当局の人材育成の充実・強化
これまでの人材確保対策を継続するとともに、若手人材を安全規制のプロフェッショナルとして効率的かつ効果的に育成する仕組みを検討する
? 技術等情報基盤の充実・強化
効果的な人材育成等の支援ツールとなる各種データベースや研修資料などの内部の技術情報基盤の充実・強化について検討する
2.放射線管理小委員会の設置について
基本政策小委員会での議論において、規制当局の放射線管理に係る体制強化の指摘があったこと、原子炉施設における放射線業務従事者の集団線量の低減対策の強化等の放射線管理に係る規制課題が抽出・整理されたこと等を踏まえ、総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会の下に放射線管理小委員会を設置することが、2月9日に決定されました。
当小委員会では、原子力施設における放射性廃棄物管理、放射線業務従事者の被ばく線量管理等の原子力施設に関する放射線管理について、個々の原子力施設の状況を確認するとともに、必要に応じてそのあり方に関し調査・審議を行います。
また、当面の課題として、放射線業務従事者の集団線量の低減対策について調査・審議を行う予定です。
(平成22年2月10日)
原子力規制を巡る最近の動向について 大島 俊之,Toshiyuki OSHIMA