中国の原子力発電産業の現状と将来
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1.はじめに
中国経済は過去30年間に急激な伸びを示した。世界的な金融危機が襲った2009年でさえ、中国は8.7%の成長率を維持した。中国の国内総生産(GDP)は4兆2220億米ドルに達し、世界で3番目の経済大国になった。全世界が中国の急速な経済発展に注目している。一方では、中国のエネルギー消費の動向を注意深く見守っている。中国は現在、エネルギーの安定供給を維持するとともに二酸化炭素の排出量を削減するための政策の一環として、多数の原子力発電所を建設しており、多数の先進国が巨大な中国市場に関心を寄せている。この中には、すでに中国の原子力発電所の建設に参入している国もあるが、核燃料の供給や原子力安全の確保に懸念を示す向きもある。
本論では、とくに原子力発電産業に焦点をあてて中国のエネルギーの現状を紹介する。国際社会が中国の原子力産業についての理解を広めると同時に、世界の持続可能な発展に向けて原子力の平和及び安全な利用を向上するにあたって、中国と一層の協力をすることを期待する。
2.中国の電力事情と政府の原子力発電政策
中国(大陸部)の2009年の発電電力量は3兆6430億kWhに達した。このうち原子力発電電力量は687億kWhで、全体に占める割合は1.9%となった。2009年末時点の合計発電設備容量は8億7800万kWで、電源別の内訳は火力発電6億5200万kW(全体に占める割合74.6%)、水力発電1億9700万kW(同22.4%)、風力発電2000万kW (同2.3%)、原子力発電890万kW(同1%)、太陽エネルギー発電20万kW(同0.02%)となっている。2008年と比べると、火力発電の設備容量は8%増加したが、クリーンエネルギーの増加によってシェアは1.5%低下した。
中国の電源規模は、エネルギーと同じく、米国よりはわずかながら小さいものの非常に大きい。急速な経済成長にともない、中国のエネルギー需要は依然として急増している。社会の持続可能な発展に向けて、エネルギーの安定供給を維持することはきわめて重要である。中国のエネルギー事情を概観すると、以下のような特徴がある。
- 13億を超える人口を抱えることから、1人当たりのエネルギー消費が少ない。
- エネルギーの大部分を石炭に依存している。炭鉱は北部と西部に分布しているが、経済発展地区は東部と南部に位置している。このため、石炭や電力を西部から東部に、また北部から南部に輸送するにあたって、多額の費用を必要とするだけでなくケースによっては多くの問題を引き起こしている。とくに異常気象の発生時には、そのことが顕著である。こうしたことから、中国ではエネルギー構造を合理化することが求められている。
- 中国は、過去30年間にエネルギー工学技術の発展につとめたが、世界的な水準と比べるとまだ開きがある。このため中国は、国際協力を必要としている。
- エネルギーの効率的な利用として省エネが推進されているものの、省エネ技術についても世界的な水準とは開きがある。
中国政府はこうした現状を踏まえるなかで、エネルギーの安定供給と地球規模での気候変動にも多大な関心を払ってきた。2010年初め、エネルギー戦略と発展計画の策定にあたって最良の調整を行うことを目的として、国として最高級レベルの「国家エネルギー委員会」が発足した。同委員会のトップ(主任)は、温家宝首相が務める。同委員会は、国家エネルギー発展戦略を決定するとともに、エネルギー安全保障やエネルギー開発に関する重大な問題と取り組む。また、国内のエネルギー開発と国際協力に関する各種プログラムの調整を行うことになっている。
中国政府は、合理的でないエネルギー供給構造を是正するため、クリーンエネルギーや再生可能エネルギーの開発を一層進めることを決定している。胡錦濤・国家主席は、2020年までに中国全体のエネルギーの15%をクリーンエネルギーで賄うことを表明している。
中国では、原子力発電がクリーンで安全なエネルギーであるという合意が得られている。原子力発電は、風力発電や太陽エネルギー発電に比べて安定した電源であると同時にコストも低い。こうしたことから原子力発電は、大規模に開発が可能な、現実的で有効な唯一のエネルギーであると考えられている。社会の持続可能な発展のための重要な政策として、原子力発電を積極的に開発することが中国政府の1つの重要な選択肢となっている。
3.原子力発電産業の現状
3.1 中国原子力産業界のマイルストーン
- 1954年:核工業部の設立によって中国の原子力時代の幕が開けた。
- 1958年:最初の研究炉(101重水炉)が完成した。
- 1964年10月16日:最初の原爆実験に成功した。
- 1970年2月8日:原子力発電計画が公表され、「728研究所」(現在の上海核工程研究設計院)が設立された。
- 1991年12月15日:秦山原子力発電所(大陸部で初の原子力発電所、728研究所が設計)が送電を開始した。
- 2006年3月22日:中国政府が「原子力発電中長期発展計画(2005~2020年)」を原則承認した。
- 2006年9月:中国は技術移転の条件付きで米国から「AP1000型炉」を輸入することを決めた。
- 2007年5月22日:「AP1000」の技術移転を受け入れ、中国独自の第3世代PWRを開発するために国家核電技術公司が設立された。
3.2 原子力発電産業の構成
中国には現在、原子力発電所の運転、設計、研究開発、建設を担っている国有企業4社がある。具体的には、中国核工業集団公司(CNNC、旧核工業部)、中国核工業建設集団公司、中国広東核電集団有限公司(CGNPC)、国家核電技術公司(SNPTC)である。また、中国には5大発電事業者がある。華能集団公司、中国大唐集団公司、中国華電集団公司、中国国電集団公司、中国電力投資集団公司の5社である。この5社のうち、原子力発電所の所有者として運転の資格を国から与えられているのは中国電力投資集団公司だけである。原子力発電機器・設備を含むプラントメーカーとして5つの企業グループがある。上海電気、東方電気、ハルビン電機、中国一重、中国二重である。
CNNCは以下の企業を傘下に抱えている。中国原子能科学研究院(研究)、中国核動力研究設計院(研究・設計)、中国核電工程有限公司(設計・建設)、核動力運行研究所(保守・運転サービス)。また、核燃料の成型加工と使用済み燃料の再処理に関連した企業のほか、秦山Ⅰ期、秦山Ⅱ期、秦山Ⅲ期、田湾、福清、三門、海南、桃花江などの原子力発電所を運営する原子力発電事業者がある。
CGNPCは以下の企業を傘下に抱えている。広東核電合営有限公司(運転サービス)、中広核工程有限公司(建設)、中科華核電技術研究院(研究開発、保守、運転サービス)。また、大亜湾や嶺澳、紅沿河、寧徳、陽江、台山、大?等の原子力発電所を運営する原子力発電事業者がある。
SNPTCは、以下の企業を傘下に抱えている。
上海核工程研究設計院(設計)、国核電站運行服務技術公司(運転サービス)、国核工程有限公司(建設)、国核自儀系統工程有限公司、国核示範電站有限責任公司、山東電力工程諮詢院。
中国電力投資集団公司は、海陽、彭澤などの原子力発電所を運営している。また華能集団公司は、石島湾などの原子力発電所を運営している。
3.3 運転中及び建設中の原子力発電所
表1に示すように、中国の大陸部では現在、11基、合計設備容量では890万kWの原子力発電所が運転中のほか、20基・2190万kWの原子力発電所が建設中である。
「原子力発電中長期発展規画(2005~2020年)」によると、2020年までに運転中の原子力発電所の設備容量を4000万kWに拡大するとともに、同年時点で建設中の原子力発電所の設備容量を1800万kWにするとの目標が掲げられている。ちなみに、現在のスピードで開発が進めば、2015年までに4000万kWの目標を達成できると見込まれている。
3.4 原子力発電の研究開発
原子力の研究開発に関連した国家計画はないが、過去50年にわたるロードマップから、中国の原子力研究開発は、「PWR-FBR-核融合炉」という3段階戦略と核燃料サイクルの完結が原則であるということは変わっていない。中国政府は2006年2月9日、「国家中長期科学技術発展規画綱要(2006~2020年)」を公表し、この中で大型先進PWR実証炉と高温ガス炉(HTGR)実証炉を16件の国家重大プロジェクトの中に組み入
表1 大陸部の原子力発電所
原子力発電所名 炉型 出力(MW) 商業運転
運転中
秦山Ⅰ期 CNP300(中国) 300 1993年
大亜湾 M310(フランス) 2×900 1994年1月,6月
秦山Ⅱ期 CNP600(中国) 2×600 2002年4月,04年5月
秦山Ⅲ期 CANDU(カナダ) 2×728 2002年12月,03年7月
嶺澳Ⅰ期 M310(フランス) 2×984 2002年5月,03年3月
田湾 VVER(ロシア) 2×1000 2004年,05年
建設中
秦山Ⅱ期拡張 CNP600(中国) 2×650 2011年,12年(予定)
嶺澳Ⅱ期 CPR1000(中国) 2×1000 2010年,11年(予定)
紅沿河Ⅰ期 CPR1000(中国) 2×1000 2011年,12年(予定)
寧徳Ⅰ期 CPR1000(中国) 2×1000 2012年,13年(予定)
方家山 CPR1000(中国) 2×1000 2013年,14年(予定)
福清 CPR1000(中国) 2×1000 2013年,14年(予定)
陽江 CPR1000(中国) 2×1000 2013年,14年(予定)
三門 AP1000(米国) 2×1250 2014年,15年(予定)
海陽 AP1000(米国) 2×1250 2015年,16年(予定)
台山 EPR(フランス) 2×1750 2015年,16年(予定)
れた。一方で、FBRと熱核融合炉については、フロンティア技術と位置付けた。
中国は、50年以上に及ぶ開発を通じた研究開発の成果として、完全な原子力発電産業体系と予備的なウラン・プルトニウムサイクル体系を構築している。中国はすでに、秦山Ⅰ期と同Ⅱ期で採用されている30万kWと60万kWのPWRを独自に設計・建設できる能力を有している。フランスのM310型PWRをベースに中国が開発した100万kW 級のPWRは「CPR1000」と命名された。同型炉は、建設中の嶺澳Ⅱ期等で採用されている。中国では現在、原子力発電の研究開発は以下に紹介する点に焦点をあてて行われている。
1)第2世代原子力発電所の運転技術
第2世代原子力発電所の運転実績(安全性や経済性、耐用年数)を改善するため、多数の研究開発が実施された。具体的には、中性子漏洩が少ない炉心設計や先進的な保守技術、18ヵ月の燃料交換設計と老朽化管理などである。
2)第3世代原子力発電所の開発
先進的な大型PWRの実証炉である「CAP1400」の設計は、国家重大プロジェクトの一環として支援を受けて実施された。実証炉は山東省の石島湾に建設されることになっている。「CAP1400」は、「AP1000」をベースに改良されたもので、設計では140万kWにスケールアップされている。実証炉は、2013年に着工し2017年に完成することが見込まれている。
3)HTGRの実証
「国家ハイテク研究開発発展計画」(「863計画」)の支援を受けた熱出力10MWの高温ガス炉実験炉「HTR-10」は、清華大学の原子力・新エネルギー技術研究院で2003年に完成した。「HTR-10」は、三重被覆燃料粒子を分散させた球状燃料要素(直径6cm)を採用している。炉心には約2万7000個の燃料要素が含まれペブルベッドを形成している。冷却材はヘリウムである。HTGRの実証炉である「HTR-PM」は電気出力20万kWで、2005年11月に承認され、華能集団公司が率いるコンソーシアムによって山東省の石島湾に建設されることになっている。
4)高速炉の実証
「国家ハイテク研究開発発展計画」(「863計画」)の支援を受けた熱出力65MWの高速炉実験炉「CEFR」(China Experimental Fast Reactor)は、北京近郊で建設中である。「CEFR」は、ナトリウム冷却のタンク型高速炉であり、1998年に着工し、2010年の初臨界達成が予定されている。
5)SCWRの基礎研究
「国家重点基礎研究発展計画」(「973計画」)の支援を受け、「超臨界圧水冷却炉(SCWR)の科学的問題についての研究」と題するプロジェクトが2007年にスタートした。被覆材と熱水力学、中性子物理に関連した3件の研究テーマが上海交通大学、華北電力大学、清華大学、CGNPC、CNNC、SNPTCによって実施されている。
6)核融合技術の開発
先進的超伝導トカマク実験装置(EAST:Experimental Advanced Superconducting Tokamak)は、超伝導トロイダル地場と超伝導ポロイダル地場を持ったトカマクである。EASTは、D形断面を持ち、トカマク型核融合炉に関連した物理的なフロンティア問題を探ることを目的としている。EASTプロジェクトは、中国科学院プラズマ物理研究所で、2000年10月に着工し2008年に完成している。中国は、国際熱核融合実験炉(ITER)プロジェクトに参加している。
7)使用済み燃料の再処理
中国は、ワンススルーではないリサイクル戦略を採用しており、民事用の使用済み燃料再処理の研究開発プログラムが実施されている。使用済み燃料を中間貯蔵するための550tHM(重金属)の容量を持つ湿式貯蔵施設が完成している。また、再処理パイロットプラント が現在、建設されている。原子力発電の大幅な拡大を踏まえ、最近、商業規模の大型再処理プラントが国の重大プロジェクトに組み込まれた。
8)高速炉と加速器駆動未臨界システムを用いたマイナーアクチニドと長寿命核分裂生成物の消滅処理
高速炉を用いたマイナーアクチニド(MA)と長寿命核分裂生成物(LLFP)の消滅処理については、理論的な研究が行われているに過ぎない。一方で、MAをより効果的に消滅処理する加速器駆動未臨界システム(ADS)の5ヵ年計画は、国の重大基礎研究開発計画の支援を得てスタートしている。
9)高レベル放射性廃棄物の処分
高レベル放射性廃棄物の処分場としては、地殻が安定した甘粛省の北山地区が暫定的に選定されている。同地区では、8ヵ所の花崗岩ブロックの調査が行われた。このうちの1ヵ所では、703.8mと500mの掘削孔が掘られた。
3.5 原子力安全
国家核安全局(NNSA)は、原子力と放射線安全に係わる中国の許認可・規制当局である。NNSAは、原子力安全に係わる政策や計画、行政規則、基準、指針等を公布している。こうした規則等はすべて、米国原子力規制委員会(NRC)の公布する規則等と一致している。中国における許認可と監督の手続きは、米国と似た形をとっている。NNSAは、許認可や設計、製造、据付のほか、原子力機器の非破壊検査の監督責任を負っている。また、原子炉運転員を含めた専門技術者の資格管理の責任も負っている。NNSAは、原子力安全と原子力施設の安全審査に際しての研究開発を行う核安全・?射安全センターを抱えているほか、諮問機関である核安全・環境保護専門家委員会がある。また、全国に7ヵ所の監督署があり現場検査を担当している。中国国内にあるすべての原子力施設の安全がNNSAによって保証されている。中国はこれまで、原子力安全に関して顕著な実績を達成している。
3.6 国際協力
中国の原子力産業の歴史は、国際協力の歴史でもある。大亜湾原子力発電所はフランスと、また秦山Ⅲ期はカナダと、そして田湾はロシアとの協力で建設されたことは周知の事実である。また、「AP1000」は、米国からの技術移転によって建設されている。中国が独自に設計、建設した秦山Ⅰ期と同Ⅱ期でさえ、原子炉圧力容器は日本から輸入した。燃料サイクル技術はもちろん、「CAP1400」や高速炉、HTGR、ADS、ITERといった次世代の原子炉の研究開発について中国は、米国やロシア、フランス、ドイツ、日本、韓国などと緊密な協力関係を維持している。
4.原子力発電産業の将来
一部専門家によると、2020年までに中国の発電電力量は7兆4300億kWh、また発電設備容量は16億5000万kWに達すると予測されている。また、2030年までに、発電電力量は10兆4500億kWh、発電設備容量は23億kWに達すると見込まれている。
一方、原子力産業界の専門家の予測によると、中国の原子力発電設備容量は2020年までに8200万kWに達し、総発電設備容量に占める割合は5%になると見込まれている。また2030年時点では、原子力発電設備容量は2億700万kW、総発電設備容量に占める割合は9%まで上昇すると予測されている。
現在の状況に加え、こうした予測を踏まえると、中国の原子力発電産業の将来は以下のようになると予測することができる。
- 「CAP1400」は、2020年において原子力発電所で採用される主要炉型となる。
- FBR実証炉は2020年に開発される。商業用FBRは2030年以降に主要炉型となる。
- 商業規模の大型再処理プラントは2020年に完成する。核燃料サイクルは2030年に完結する。
5.結論
中国では、経済成長に対応するため、エネルギー開発とエネルギー安全保障が国家戦略となった。また、地球規模での気候変動に対応するため、原子力発電を筆頭としたクリーンなエネルギー開発が最優先に行われている。
中国では原子力発電所の建設が積極的に行われているが、原子力発電シェアは依然として低い。
中国では、原子力発電の研究開発は、「PWR-FBR-核融合炉」という3段階方式に加えて、原子力の持続可能な発展に向けて核燃料サイクルを完結するという原則のもとに実施されている。
中国では、すべての原子力施設の安全性はきちんと管理されている。
世界的な原子力発電開発にとって、国際協力を維持することが不可欠である。
中国の原子力発電産業の現状と将来 陸 道綱,Daogang LU