原子力発電所の安全性確保とプラント稼働率向上の両立性に関する米国の考え方(3)
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カテゴリ: 解説記事
1.はじめに
平成22年11月に日本保全学会と東北大学GCOE「流動ダイナミックス知の融合教育研究世界拠点」の主催で開催された仙台国際セミナー において、米国NRC及び米国原子力産業界の専門家3名による招待講演が行われ、米国ではプラントの安全性確保と稼働率の向上は「両立する」との見解を持っていることが示されるとともに、原子力発電所のリスクに対する大変重要な考え方が示された。これらの講演は、世界中の原子力発電所で保全作業を合理的に実施する方法として考案され、実用化されてきた各種方策(下図)の中から「運転中保全」を例にとって説明したものであった。
それら3氏の講演内容について筆者が理解したところを3回に分けて紹介することとし、前々回及び前回はNRCのJack Grobe氏、INPOのPeter
Arthur氏の講演内容をそれぞれ紹介した。今回は最終回として、世界の原子力産業界で原子炉機器設計やシステム設計、各種の調査業務を行っている米国MPR Associates社(以下、MPR社という。)のDouglas M. Chapin氏による講演の内容を以下に紹介する。
2.米国MPR社のDouglas M. Chapin 氏による講演の内容
Chapin氏は、「原子力発電所の高い安全レベルと高い利用率は両立するか(Is a high level of safety consistent with high levels of availability in nuclear power plants?)」と題し、下記の内容について講演を行った。
原子力発電所の安全性と利用率の関係について調査、検討する
原子力発電所の規制と運転に対してこの両者の関係をより深く理解し、その意味を考える
日本の原子力規制当局と原子力産業に対して検討すべきことを提案する
同氏は、「日本では原子力発電所の高水準の安全性と利用率は相反しており両立しない、あるいは同時達成は不可能と考えている人がいる。これらの人は日本の原子力発電所が最近低い利用率しか残していないことが高水準の安全性を表わす安心指標であると考えているのではないか。これに対し、高水準の安全性と利用率は両立するだけでなく、相互に支え合い、互いを強化するものであると考える人もいる。この私の講演は、これらの見解の根拠に触れ、例を示し、そして重要な適用条件を論ずることが趣旨である。」と前置きした。以下に講演の概要を記す。
2.1 利益追求は安全性と利用率にどう影響するか?
? 損害を伴う事故は安全性と利用率を大きく損なう(メキシコ湾の原油流出事故)。
? 機器の大損傷あるいは公衆の安全に影響すらない規制要求停止もプラント所有者には大損害である(デービスベッセの圧力容器上蓋腐食問題)。
? したがって、損害と問題の発生を防止することは安全性(と利益)の確保につながること。
? 高度な安全運転はボーナスと利益と仕事を失うことではなく、それらを確保すること。
? 安全で優れた運転は財政的な成功を保証する。そうでなければ事業全体を危うくする。
? 規制当局と発電会社の組織と運営方針は、安全で優れた運転を行うことが会社の責務であることを強調し、それを引き出すようなものであるべき。
? 産業界と規制当局は「安全文化」の創造、構築、育成及び強化に多くの労力を払うべきである。
? 強力で独立した産業界グループの米国原子力発電協会(INPO)は、正にこの目的のために米国に設置された。
? 安全文化が醸成されたプラントでは、
・ 従業員が安全上の問題を提起することを奨励する(罰しない)。
・ 問題を見つけたら直ちに検討し解決する
・ プラント運転の安全性と(良好な)成績を日々測定し報告する。
・ 全ての系統の機器状態は良好である
・ 発電所スタッフはよく訓練され知識が豊富。
・ 安全系には運転管理指標(PI)が設定されている。
・ 優れた保全が行われている。
・ コンプライアンスの確認と強化に自己チェックを行っている。
高い安全性と利用率を達成するには多くの投資を要するが、その成果は費用を大きく上回ることが証明されている。
2.2 安全設備をもっと増やせば安全性は向上するか?
? 問題や事故を防止する冗長多重の障壁を設けることが原子力発電プラントの根本的な設計原理である。
? 強力な防衛だがゼロ故障ではない。
? どんな障壁にも「穴」はある。
・ 系統の状態
・ 機器の故障
・ 保全を実施中あるいは供用除外中の機器
・ ヒューマンエラー
? 深層防護
望まない結果に至らないように多重の障壁を設けること。
2.1 望ましくない結果に至るまでの多重障壁
? 多重安全系は不注意で安全性を低下させることがあり得る。
・ 系統への過信で系統の相互作用や正常動作に必要な条件の理解を欠く事態になり得る
・ 影響は小さいと想定して一部の深層防護系統を故意にバイパスする。
・ 複雑さはエラーやプラント停止の機会及び他系統への脅威となる機会を増やす。
? 系統や機能を追加するのであれば、それによって十分な便益が得られるように、その長所と短所のバランスを追求すべきである。
? 安全系は多重の冗長性があるだけでは十分でない。
? 「穴が一列に並ぶ」ことを防ぐには進行中の作業の慎重で徹底的で厳密な分析、特に実証された手順からの乖離を見つけることに掛っている。
? すべてのパラメータを厳密に管理して、慎重な調査と状況分析に基づき、対応を取るべきである。
? 「安全性」だけのために入り切りしたり、適用したりすることはできない。常に標準的な運転手順でなければならない。
? 高度に訓練された要員が定められた手順を使うこと、それを同僚がチェックし、さらに管理職と規制当局が介入し効果的にチェックすること。
よく設計された系統、高度な訓練を受けた要員、それと慎重な運転が原子力発電所では常に要求され、それによって高水準の安全性と利用率の両方が保証される。
2.3 安全性/利用率の減少(リスク)と向上はどのように定量評価できるか?
? 通常は、リスクに対する理解を深めるために確率論的リスク評価(PRA : Probabilistic Risk Assessment )が用いられる。
? 米国ではPRAのモデルは認可取得者とその契約者が作成し規制当局が審査、確認、容認する。
? この技術は数値を与え、最大の利益はリスク値を他と比較することで得られる。
? 例えば、安全性リスクに限らず主要な系統の運転可能性など、あらゆる種類のリスク評価に用いられる。
? プラント停止時保全と運転中保全を比較するため、プラント運転状態のリスクに及ぼす影響を評価するのによく用いられる。
? 詳細はプラント固有であるが、以下にいくつかの例証を示す。
2.4 安全性の向上あるいは利用率の向上はどのように評価できるか?
? 以下の理由で運転中保全は大きな利用率の向上をもたらし得る。
・ 保守作業を実施している間にもプラントは電力と収入を生む。
・ 常駐している通常の職員が作業を行う。結果としてプラント停止中に必要な作業者数は減少する。
・ 作業量が減るのでプラント停止期間は短縮できる。その結果、長い運転サイクルと短い停止期間によって利用率が上がる。
? しかし、安全性の方はどうか?
・ PRAは、運転中保全によって全体的な安全性が高まるという結果をよく示すが、それはなぜか?
・ プラント停止時と運転中のリスクを比較する必要がある。どちらの状態でも崩壊熱、反応度制御、及び放射能放出は管理下におかなければならない。
・ 保全実施中の安全性は運転中の方がより高い。なぜなら
- 多くの代替系統が運転可能。
- 普通は系統構成の管理がより容易。
- 他の作業が並行して行われることなく、一つの作業を実施;作業期間は短く、最も経験のある作業者が投入される。
? 通常、下記のような更なる安全性の向上が得られる。
・ プラントの標識化が大きく改善され、ヒューマンエラーの防止につながる。
・ 運転員の訓練となり、手順書の質が向上する。
・ プラント停止時の作業量が減少するので、リスクの高い作業へ注力し、その作業品質を改善することができる。
・ プラント停止状態における大きなリスクのいつくかが無くなる。
? 利益とリスクの慎重な評価により安全性と利用率を同時に向上させることが可能。
? この方法は米国プラントの安全性と発電能力(収益)の向上に大きく貢献している。
2.5 運転中保全の評価
? 混合リスク評価:安全機能評価(SFA )、プラント過渡評価(PTA )、確率論的リスク評価(PRA)
? リスク管理用の色分け
・ 緑 ? リスク影響のない保守活動
・ 黄 ? 最小リスク影響のある保守活動
・ 橙 ? 相当なリスク影響のある保守活動
・ 赤 ? 許容できないリスク影響のある保守活動
2.6 運転中の作業管理
色 CDF/LERF (PRA) SFA PTA
赤 ≧20 ×基準値 許容できない深層防護 許容できない緩和能力と深層防護の低下、あるいは起因事象の発生頻度の増加
橙 ≧10 ×基準値 限界の深層防護 相当な緩和能力と深層防護の低下、あるいは起因事象の発生頻度の増加
黄 ≧2 ×基準値 正規の深層防護 許容できる緩和能力と深層防護の低下、あるいは起因事象の発生頻度の増加
緑 < 2×基準値 最適な深層防護 有意な緩和能力と深層防護の低下、あるいは起因事象の発生頻度の増加なし
注:発電所スタッフが評価と判断に使えるオンラインコンピューターシステムあり。
2.7 運転中のリスク対応
? 緑 ? 特別な対応は不要
? 黄 ? 連続作業スケジュールの設定で非利用時
間の制限。保護された経路を確立。
? 橙 ? 上級幹部の承認が必要。リスク低減対策
を要する。非稼働時間 の制限;事故の緩和に寄与するSSC の復旧及び/又は保護のための不測事態対応計画を確立。
? 赤 ? この状態に自発的に入ることは許容され
ない。もし緊急事態で入った場合は、直ちに復旧及び/又は緩和措置を講ずること。上級幹部に連絡すること。
2.8保全プログラムの安全性/利用率に及ぼす影響は何か?
? 日本の原子力発電所の保全はほとんどが綿密な時間基準保全(TBM)である。
・ 毎年プラントを停止して多くの機器を分解点検している。
・ 検査した部品を新品と交換する。
・ 米国プラントの保守作業の最大10倍を実施している。
? この保全形態は機器の信頼性に有害でリスクを増大し得る。
? 時間基準保全に拘泥すると、分解、組立エラーと初期故障の頻度を増やすことになる。
2.9 バスタブ故障曲線
? 一般に機器故障には、「初期故障」「ランダム故障」「摩耗故障の3つがあり、バスタブ曲線を構成している。
? 日本の原子力発電所が実施している時間計画保全は、頻繁に全分解、再組立てし、機器状態をリセットするので、運転再開後の「初期故障」を誘発することになる。
? 機器の運転状態を計測、診断し、その結果に基づき、是正措置を講じるべきである。(状態基準保全の導入)
2.10 保全に起因する故障
無闇に分解点検を実施すると、たとえば非常用ディーゼル発電機の場合、次のような場合が生じ得る。
? 正常な振動信号が得られ、機器状態が良いにもかかわらず、分解点検する。
? 分解点検し、再起動した後に機器の運転状態をチェックすると、高い振幅の事象が現れる。(再起動後、運転状態を確認しないと、保全に起因する故障が発生し得る。)
? 分解組立によってシリンダーリングに損傷を与える。
? シリンダーの膨張過程で燃焼ガスの漏洩とノイズが発生。
? 分解点検したら、保全に起因する故障であったことが判明する。
? 損傷リングとともに検査済のシリンダーライナーを交換する。
2.11 保守方針が安全性/利用率に及ぼす影響は何か?
? 実用可能な範囲で時間基準保全を状態基準保全へ変更すれば、安全性と利用率が向上する。
・ 作業量とコストが低減する。;分解/組立作業が減少し、不必要な部品交換がなくなる。
・ 機器はバスタブ曲線の「初期故障」範囲から脱して、より高い信頼性の下に稼働する。
・ 故障が少なくなるので他系統への脅威も減る。
? 状態基準保全は原子力プラントに向いている。何故なら
・ ほとんどの機器は頑丈で寿命が長く、モニターが容易である。
・ 発電所機器は故障発生の遥か手前に問題の徴候を示す。
・ 状態監視技術は十分に発達し有効性が実証されている。
時間基準保全に置き換えて状態基準保全を使うことで安全性と利用率は改善する。
2.12 要約と結論
? 原子力発電プラントで高い安全性と高い利用率は両立するか?
? 両立する。どちらか一方しか達成できないという固有な対立はない。
? 安全性と利用率がともに高く、相互によい影響を与えあっている例を多く見かける。
? 安全性と利用率の両方を体系的に追及することでどちらか一方を追求するよりさらによい結果がもたらされる。
? 安全性と収益性のある運転はお互いを強化する。安全性は収益性のある運転を保証し、収益は優れた運転とプラント機器を良好な状態に維持し安全性の継続を保証するに要する費用を賄う。
? 安全性と利用率の間の適正な均衡を確保するには、綿密で統制のとれたアプローチを必要とし、PRAはこのための有効なツールとなり得る。
? 「静的」安全システムを多用した最新の軽水炉設計には潜在的な利得がある。
・ 既存プラントより遥かにリスク値が低く、安全レベルが高い。
・ 機器数がより少ない。
・ 建設費がより少なく、建設期間が短い。
・ 利用率がより高く、運転保守コストがより低い。
? 産業界全体が安全文化を絶えることなく強調することが必要不可欠な要件である。
・ 優れた設計、運転、保守、及びトレーニングを執拗に追求すること。
・ 厳格に自己批評するプロセスを継続すること。
・ 運転管理目標を引き上げる努力を継続すること。
2.13 日本の原子力産業と規制当局への示唆
? 原子力プラントの安全水準と利用率に反映されるプラント性能水準の間の関係をより深く、より詳しく理解すること。
? 安全性の高さとプラント運転成績の間に新しい均衡点を求めること。
? 安全文化を再度強調して改善し、すべての分野の優秀性を追求すること。
? 最近の検査制度の変更で可能となった機会を活用し、下記を実施すること。
・ より高い安全水準の達成
・ 運転サイクル長さの延長
・ 停止期間の短縮
・ 安全性と運転継続に重要な保全に状態基準保全を採用すること
・ 運転中保全の拡大
? 意思決定のための情報供給と投資効率の向上のため、安全性と運転性について定量的リスク評価を広く活用すること
? その結果、日本の原子力プラントは以下を享受できるはずである。
・ 安全水準の上昇
・ 国民の原子力に対する信頼感の向上
・ 原子力プラントの利用率と導入の拡大
・ 発電コストと電気代の低下
・ 温暖化ガス放出の大幅な低減
3.まとめ
Douglas M. Chapin氏は大変よく日本の原子力界をご存知である。古くは昭和40年代からLOCAに関するプロジェクトやLOFT計画などに関連して旧日本原子力研究所を始めとする日本の関係機関や民間会社と、また近年では原子力発電所の修理工法や状態監視技術、原子炉出力向上などに関連して電力会社やプラントメーカとビジネス上の付き合いがあり、交友関係のある方々も多い。そのChapin氏が長い間、日本の原子力界と原子力発電所の状況を見、考えてきたことの一部を今回、披歴していただいたものと思われる。
今回の講演のポイントは、講演の最後にあるように、原子力発電所の安全性と利用率は両立する、むしろ両者は相互に良い影響を与えあう関係にあるというものであった。ただし、そのためには、綿密で統制のとれたアプローチを必要とし、産業界全体が安全文化を絶えることなく提唱するとともに、常に現状を改善する努力を継続することが不可欠であるとの条件付きである。同氏は日米の原子力界における状況の違いを良く理解しており、講演内容は示唆に富んでいる。内容をよく噛みしめ、提供いただいた情報を活用したい。
本解説記事では、前述のように、平成22年11月に開催された仙台国際セミナーにおいて米国NRC及び米国原子力産業界の専門家3名によって行われた招待講演の内容を3回に分けて紹介してきた。これら3つの講演から我々は原子力発電所の安全に対する姿勢や安全性を確保するための考え方、具体的アプローチなどを学ぶことができる。これらの情報が我国の原子力発電の各方面において活用され、その結果として原子力発電所の安全性が向上するとともに、利用率も向上し、それが日本社会への貢献につながることを期待したい。
(平成23年9月4日)
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