米国原子力発電所の大規模損傷事故時の緩和方策(B.5.b項)

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1.はじめに
今回、福島で経験したようなシビアアクシデント時の影響緩和方策の重要性が認識されている。ここでは、米国で9.11テロ以降取られてきた、いわゆる「B.5.b」と呼ばれる緩和方策(Mitigating Strategies)について解説する。
2.B.5.b要件の発行
2001年9月11日の同時多発テロを受けて、米国NRC(原子力規制委員会)は直ちに、大型の商用航空機による故意の原子力施設への攻撃の可能性とその際の物理的衝撃、環境への放射性物質の放出の可能性を、最新の構造解析と火災解析の技術を用いて評価した。その結果、原子炉が損傷し公衆の健康と安全に影響する放射性物質放出をもたらす可能性は低いことが確認されたが、リスクをさらに低減するための対策が必要であると認識された。
そしてNRCは2002年2月25日付で、EA-02-026「暫定的な防衛及びセキュリティ補償対策に関する命令」(ICM命令:非公開)を発行した。ICM命令では、運転認可を修正して暫定的なセキュリティ補償手法を実施することを要求し、特に本命令のB.5.b項で以下を要求した。
? 設計基準を超える航空機衝突の影響も含めた様々な原因による大規模火災及び爆発で施設の大部分が機能を喪失した状態でも、容易に利用可能なリソースを使用して、炉心冷却、格納容器、及び使用済燃料プール(SFP)の冷却機能を維持または復旧するための緩和方策を採用すること。
その実施期限は2002年8月末までとされ、事業者は20日以内にその実施スケジュールの回答が求められた。
その後、この要件の実施は以下の3段階で実施されてきた。フェイズ1はICM命令とともに開始された。各発電所は、既存、または容易に利用可能なリソースを使って実施可能な緩和方策を確認し、実施することが要求された。2002年と2003年にはその実施状況がNRCによって検査された。検査の結果、発電所ごとの方策に大きな差が見られたため、追加のガイダンスを作成した(フェイズ1ガイダンス、非公開)。そこには、プラントを大部分の機能喪失状態から回復して燃料損傷を緩和し、放射性物質の放出を最小に押さえるための良好事例が示された。そして、各発電所での実施は2005年8月末までとされた。
さらにNRCは、サイト固有の設計を考慮して、各プラントのセキュリティと安全を評価するようNRCスタッフに指示した。その際、使用済燃料プールに関するサイト固有評価はフェイズ2、炉心及び格納容器に関するサイト固有評価はフェイズ3とそれぞれ呼ばれた。フェイズ2、3のガイダンスは、産業界のNEI(原子力エネルギー協議会)が2006年12月にNEI 06-12,“B.5.b Phase 2&3 Submittal Guideline”として作成した。NEIのガイダンスは、各種の脅威に対して安全系の多重性のある安全系がどの程度物理的に分離されているかを、発電所個別に検討して得られた知見を基に作成されたものである。事業者は第2、3段階を2007年8月までに実施し、NRCは同年12月末までに審査とサイト検査を行った。そして、B.5.bの要求事項は、2009年3月27日にNRCの規則10CFR50.54(hh)項として成文化された。
NEI 06-12は2011年5月になって公開されたが、B.5.bの実施方策のその他の詳細は、セキュリティ関連情報(つまり、施設に攻撃を加える場合に役に立つ情報)として非公開である。
このB.5.b要件への対応状況は2011年3月の福島事故のあと、各発電所においてその準備状況が備わっていることが確認された。準備に必要なものとしては、手順書、職員、設備、そして所外組織からの協力の協定が含まれる。なお、地震と洪水の同時発生までは想定してはいない。
3.B.5.bの要求事項
NEIガイダンスの序文に書かれている、B.5.b要求事項の策定に当たっての基本的な考え方は以下のようなものである。
? 設計基準を超えたテロの脅威の潜在的な範囲は本質的に限りがない。そのため、「限界(bounding)」シナリオを定義するのは現実的ではなく、実際的なアプローチが求められる。
? 被害状況によっては簡単に無効にされてしまうので、新しく高価な機械設備を設置しても、その有用性は保証できない。
つまり、求められるのは、設備などハードの強化というより、既設または容易に利用可能なリソース(可搬式の設備や人材)を使った柔軟で現実的なアプローチである。そして、B.5.bの戦略として以下のものが規定された。
・ 使用済み燃料プール(SFP)への方策(内部・外部からの補給水、スプレイ)
・ 原子炉と格納容器への戦略(PWRとBWR向け)
・ 指揮制御・コミュニケーションの強化、緊急時対応組織の召集、初動操作
使用済燃料プール(SFP)への方策では、通常の冷却と補給システムの損害を仮定する。対策としては、内部の補給水、外部からの補給水とスプレイ、漏洩の管理、そしてサイト個別の方策がある。これらの緩和方策は、損害を受ける場所の外側からの手動の操作と可搬式設備(ポンプ、ホース、直流電源供給など)の利用を想定する。
原子炉と格納容器については、通常の系統と内部電源の喪失を想定し、そのような場合でも原子炉に注水し、タンクに補給し、手動で減圧し、手動で熱除去を行い、格納容器を満水にし、外部スプレイを施す方策を求めている。これらのB.5.b緩和方策は、手動の操作と可搬式設備を利用するものである。ガイダンスで要求される措置は、PWRとBWRについて、以下のものがある。そのほかに、サイト個別の方策作成もある。
PWR緩和方策
・ 燃料取替用水タンク(RWST)への補給水注入
・ インベントリ・ロス低減のための手動によるSG減圧
・ タービン(またはディーゼル)駆動補助給水(AFW)ポンプの手動起動
・ SGの手動減圧および移動式ポンプの使用
・ 復水貯蔵タンク(CST)への補給水注入
・ 可搬式ポンプによる格納容器冠水
・ 可搬式ポンプによるスプレイ
BWR緩和方策
・ 原子炉隔離時冷却系(RCIC)または非常用復水器(IC)の手動運転
・ 原子炉圧力容器(RPV)の減圧及び可搬式ポンプによる注水のための直流電源
・ 補給水注入用水および復水の利用
・ ホットウェルへの補給水注入
・ 復水貯蔵タンク(CST)への補給水注入
・ 最大制御棒駆動機構流量(Maximize CRD)
・ 原子炉冷却材浄化系(RWCU)の隔離手順
・ 格納容器ベント配管の手動開放
・ ドライウェルへの注水
・ 可搬式ポンプによるスプレイ
例えば「SFP給水能力」 では、その目的を「少なくとも500ガロン/分の能力を有する可搬式かつ独立電源のポンプを用いた、フレキシブルなSFP給水手段を確立する」としており、そのための特性として、以下の条件を含む規定がされている。
・ 少なくとも500ガロン/分のプール給水能力を有する可搬ポンプがあること、
・ この能力は、サイト内の消防車または可搬ポンプで担保すること。ポンプはディーゼル駆動であることが期待されるが、その代わりに、使用済燃料プール近傍から空間的に離れたサイト内の非常用交流電源を用いても良い。
・ 外部電源なしで12時間ポンプを運転できる燃料があること。
・ 必要な位置に可搬ポンプを設置できるように十分な吸込みホースがあること。
・ 意図する流量率で少なくとも12時間給水できる十分な水源があること。
・ SFP給水が必要と認識した時点から2時間以内に配備可能であること。
また、「燃料取替用水タンク(RWST)への給水(PWR)」 では、その目的を「ECCS長期運転のために、RWSTへの大規模水源を確保すること」であるとし、そのために、RWSTに少なくとも300ガロン/分で12時間給水するための方法を確立することと、給水源の確保に関する手順書/ガイダンスを策定すること、と規定されている。
また、B.5.bでは制御室の管理機能の喪失、つまり制御室、内部電源、コミュニケーションの喪失を想定し、そのような場合でもコミュニケーションを再確立し、運転部門と保安部門を調整し、指揮管理系統を再確立して、緊急時対応組織を作動可能にし、初期の運転員対応と損害評価を実施するための方策を要求している。
なお、B.5.b戦略の実施のための手順書は、一般に大規模損傷緩和ガイドライン(Extensive Damage Mitigation Guidelines: EDMG)と呼ばれている。
発電所では、これまで、異常時/事故時の対応手順書として、通常の運転手順(OP)の他に異常時操作手順(AOP)、緊急時操作手順(EOP)とシビアアクシデントマネージメントガイドライン(SAMG)が開発・導入されてきた。今回のB.5.b対応のEDMGは、これらとは別のものとなる。一般に、事故の進展に伴ってEOPからSAMGに移行していくが、EDMGの場合は、(原因の如何に係わらず)大規模な爆発または火災によって大規模損傷を受けた場合に、その使用が開始されることになる。
これらの関係をまとめてみると、図1のようになると考えられる(筆者の推定)。
また、NEIガイダンスの付録に示される、RCICまたは非常用復水器(IC)の手動運転のための方策のテンプレート(記載フォーマット)を図2に示す。
4.福島タイプの事故の場合の適用性
米国発電所では、福島と同じような事故の際に、上記のB.5.b対策について以下の点が確保されていれば有効であろうと考えている。
・ サイトに貯蔵されるB.5.b用設備が地震と津波の損害から防護されること(米国発電所はその貯蔵方法の見直しを進めている)
・ 全交流電源喪失(SBO)の時間にわたって注水可能な水量があること(ガイダンスでは12時間までの給水能力を要求しているが、米国発電所の多くはより長時間に耐久可能であると見ている)
・ 複数ユニットで対応可能なB.5.b設備が確保されていること(ガイダンスでは一ユニット用(一セット)が利用可能であることとしているが、米国発電所では複数ユニットへの対応が可能な発電所も多い)
つまりB.5.b方策を実施することで、条件として、起因事象からB.5.b設備が防護でき、十分な量の水、燃料、装置が利用可能であれば、福島事故で経験したような交流電源と直流電源及び使用済燃料冷却の喪失に対しても耐久性がある、と見られている。なお、B.5.bは運転中を想定しており、停止状態を扱ってはいない。
5.まとめ
B.5.b方策はもともとは、テロ攻撃を想定した対策であったが、事故影響の緩和という点で見れば、福島の事故のような場合にも有効な方策といえる。
米国電気事業者は、福島で経験したタイプの設計基準を超える事故に対しては、上記のB.5.b対策の実施に加えて、全交流電源喪失規則があることと、シビアアクシデント・マネージメントガイドライン(SAMG)の実施によって、これらの現状の方策についてある程度の改善は必要ではあるものの、事故影響の低減につなげることは可能と見ている。


なお、NRCは、福島事故をレビューした短期スクフォースの報告書(2011年7月)において、緊急時操作手順書(EOP)、SAMG、大規模損傷緩和ガイドライン
(EDMG)といった所内の緊急時対応能力を強化・統合すること を勧告している。つまり、SAMGとEDMGの規制上の取り扱いが今後見直されていくものと考えられる。


参考文献
[1] NEI 06-12, Rev.2, “B.5.b Phase 2 & 3 Submittal Guideline”, December 2006.
[2] Managing Beyond Design Basis Accidents, Current Capability at U.S. Nuclear Power Plants, (http://www.ans.org/misc/Root.pdf)
[3] The Evolution of Mitigating Measures For Large Fire and Explosions, A Chronological History From September 11, 2001 Through October 7, 2009, NRC

[4] Federal Register, Vol. 74, No. 58, page 13926, March 27, 2009
[5] NRC, “Recommendations for Enhancing Reactor Safety in the 21st Century - The Near Term Task Force Review of Insights from the Fukushima Dai-ichi Accident,” July 12, 2011.
[6] 日本エヌ・ユー・エス(株)LIS情報
(平成23年12月1日)
米国原子力発電所の大規模損傷事故時の緩和方策(B.5.b項) 伊藤 邦雄,Kunio ITO 米国原子力発電所の大規模損傷事故時の緩和方策(B.5.b項) 伊藤 邦雄,Kunio ITO
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