公開情報を用いた原子力発電プラントの被ばく線量の分析について
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1. 緒言
海外に比べ、日本の原子力発電プラントの計画外停止率など等運転中の安全に係るデータは非常に優れている一方で、稼動率が低く、被ばく線量も大きい。そこで、稼動率について考察を行い、定期検査と1年を超える長期停止が我が国の稼動率に影響を与えていると推定した[1]。本書では、もう一つの問題である被ばく線量について分析を行った。データは、インターネット上で公開されている我が国の原子力施設運転管理年報から得た。まず、我が国のデータを調べた。定期検査日数との関係では、270日頃までは被ばく線量は比例増加していた。その後、PWRは一定であるが、BWRはさらに増加していた。新旧プラント間では、BWR及びPWRともに設計改良前の古いプラントの被ばく線量が大きかった。しかし、被ばく線量の少ない古いプラントもあった。経年変化の観点では、古いプラントは減少し、新しいプラントは漸増傾向が見られ、差が無くなりつつあった。特にPWRでは、既にほぼ同じ値になっていた。また、蒸気発生器の交換前後で、被ばく線量の減少が見られた。しかし、交換以前から減少傾向にあり、原因を調べるには、作業毎の被ばく線量データ等非公開情報の分析が必要と考えた。
2. 分析
2.1 データの概要
(独)原子力安全基盤機構が毎年発行している「原子力施設運転管理年報」のデータを用いた。
同書には、原子力発電所の「ユニット別の定期検査結果(期間、検査等の概要や放射線業務従事者の線量)」が載っており、既に発行された同年報を見ると、昭和54年度以降の情報を得られる。
しかし、被ばく線量の記載がない箇所等もあり、適宜、原子力安全・保安院(或いは、資源エネルギー庁)から原子力安全委員会へ報告された定期検査の実施状況等を参考にしながら、分析用のデータベースを作成した。
昭和53年度以前については、定期安全レビュー報告書に記載された表「定期検査期間中の線量当量状況」を用いることとした。但し、福島第一発電所の一部の被ばく線量については、他のプラントでの被ばくも含むため、検討から除外することとした。除外したデータを表1に示す。
表1 除外したデータ
プラント名 定期検査回数(期間)
福島第一1号機 第4回(昭和49年9月~昭和51年2月)
第5回(昭和51年8月~昭和53年3月)
福島第一2号機 第1回(昭和50年4月~昭和51年1月)
第2回(昭和52年1月~昭和53年4月)
福島第一3号機 第1回(昭和52年3月~昭和52年10月)
2.2被ばく線量の分析
2.2.1 定期検査毎のデータ
最新版の原子力施設運転管理年報に記載された、平成21年度までの定期検査毎の被ばく線量データを収集した。表2に、我が国の定期検査時の被ばく線量データの概要を示す。
表2 定期検査時の被ばく線量データの概要
項 目 BWR PWR 合計
定期検査件数 487 440 927
平均定期検査日数(日) 162 140 -
平均被ばく線量(人・Sv) 3.5 1.9 -
この表によると、平均定期検査日数及び平均被ばく線量の何れも、PWRよりBWRの方が大きいことが分かる。
(1)定期検査日数及び被ばく線量の分布
定期検査日数については30日間隔で1年(365日)以内のデータについて、被ばく線量については0.5人・Svの間隔で10人・Sv以下のデータについて、それぞれ件数を求め、分布図を作成した。
図2及び3の実線に、定期検査期間及び被ばく線量の分布を示す。
図 2 定期検査日数の分布
図 3 定期検査時の被ばく線量の分布
これらの図によると、何れも非対称分布であることが分かる。一般に、機器の停止期間は対数正規分布である、と言われている[2]。そこで、定期検査日数及び被ばく線量が対数正規分布であると仮定し、分布を調べた。なお、定期検査日数については1年(365日)を超えるデータを、被ばく線量については10人・Svを超えるデータを除外した。図2及び3の破線に、対数正規分布と仮定した場合の推定件数を示す。これらの図によると、一般に用いられている正規分布のような左右対称の分布を仮定するよりは、当てはまりそうである。
しかし、表3に示すように、正規分布と仮定した場合と対数正規分布と仮定した場合の平均値を比較すると、殆ど同じであった。
そこで、以降の被ばく線量に係る分析では、対数正規分布を用いず、一般的な平均値、を用いることとした。
表3 正規分布と対数正規分布と仮定した場合の平均被ばく線量
項目 BWR PWR
正規分布(人・Sv) 2.2 1.6
対数正規分布(人・Sv) 2.4 1.6
(2)定期検査日数と被ばく線量の関係
一般に、定期検査日数が長いと被ばく線量も大きいと考えられる。そこで、これらの相関について調べた。図4に、定期検査日数と被ばく線量の関係を示す。
図 4 定期検査期間と被ばく線量
この図の平均値を見ると、270日までは増加しており、BWRとPWRで殆ど差がない。その後、PWRはほぼ一定であるが、BWRは増加し、傾向が異なっている。
また、最大値を見ると、PWRに比べBWRは全般に大きい。これは、2.2.2章で述べるように、一部の発電所の被ばく線量が大きいためである。
2.2.2発電所毎の被ばく線量
我が国の原子力発電プラントは、発電所や設計改良世代毎で、そのパフォーマンスが異なっている。
そこで、まず発電所毎の被ばく線量を比較した。
図5に、その結果を示す。
図5発電所毎の被ばく線量
この図の平均値及び最大値を見ると、古い発電所(BWR:福島第一、浜岡、敦賀、PWR:美浜、高浜、大飯)の被ばく線量の大きいことが分かる。
次に、我が国で実施された設計改良による被ばく低減効果を確認するため、世代毎の被ばく線量を調べた。図9に、結果を示す。なお、#0は設計改良前、#1~#3は設計改良第1~3世代を示す。
図 6 設計改良世代毎の被ばく線量
この結果を見ると、設計改良前(#0)のプラントの被ばく線量の大きいことが分かる。そこで、先に述べた発電所による違いと併せて、データの再整理を行った。図7及び8に、BWR及びPWRの発電所及び世代毎の被ばく線量を示す。
図 7 発電所及び世代毎の被ばく線量(BWR)
図 8 発電所及び世代毎の被ばく線量(PWR)
これらの結果より、BWR及びPWRともに、設計改良前の古いプラントの被ばく線量が概ね大きいことが分かる。しかし、以下に示す発電所では、古いプラントでも、被ばく線量が低い。
BWR:福島第二、柏崎刈羽
PWR:伊方、玄海
特にPWRのこれらの発電所は最大値も小さいことから、被ばく線量のバラツキも小さいと推定される。
そこで、これらのプラントの定期検査日数と被ばく線量の関係を調べた。
図9に、BWR及びPWRの結果を示す。
図 9 定期検査日数と被ばく線量
(被ばく線量の低い第ゼロ世代炉)
この図より、図4と同様、270日頃まではBWRとPWRで殆ど差がないが、それ以降、PWRでは停止実績がない一方で、BWRでは被ばく線量がさらに大きくなっている。
PWRに比べBWRが大きいのは、300日を超える長期停止が原因のようである。
2.2.3 被ばく線量の経年的な傾向
古いプラントの被ばく線量の大きいことを、前章で示したが、経年的な傾向(経年劣化)があるのであろうか。定期検査回数と被ばく線量の関係を調べた。図10及び11に、BWR及びPWRの定期検査回数と被ばく線量の関係を示す。
図10 定期検査回数と被ばく線量(BWR)
図11 定期検査回数と被ばく線量(PWR)
これらの図によると、明確な経年的な変化(経年劣化)は見られないようである。
そこで、前章と同様、設計改良世代毎に調べた。図12~15に、設計改良前とそれ以降に分けたBWR及びPWRの結果を示す。
図12 定期検査回数と被ばく線量
(設計改良前のBWR)
図13 定期検査回数と被ばく線量
(設計改良前のPWR)
図14 定期検査回数と被ばく線量
(第一世代以降のBWR)
図15 定期検査回数と被ばく線量
(第一世代以降のPWR)
これらの図の平均値を見ると、設計改良前の古いプラントでは減少する一方で、それ以降のプラントは増加傾向のあることがわかる。
古いプラントは最新技術を取り入れた改造を行い、減少しながら新しいプラントの被ばく線量に近づいていると考えられる。
そこで、データベースの最新定期検査から過去に遡って、被ばく線量の傾向を調べた。BWR及びPWRの結果を、図16及び17に示す。
図17 定期検査回数と被ばく線量(PWR)
これらの結果より、BWR及びPWRともに、新旧のプラントは一定の値に近づきつつあるようだ。しかし、PWRは既にほぼ同じ値になっており、古いプラントの改造効果が浸透した結果と思われる。一方、BWRはまだ両者に差がある。古いBWRの被ばく線量がさらに減少し、差が無くなることを期待したい。
2.2.4 PWRの蒸気発生器交換による影響
PWRは、蒸気発生器の伝熱管漏えいが発生すると、漏えいを起こした伝熱管の使用を止めるために、プラントを長期間停止し、高放射線環境下で検査及び補修作業を行う必要がある。また、伝熱管が破断すると、緊急炉心冷却装置(ECCS)がはたらき、重大な事故となる。
古いプラントでは、長年、蒸気発生器伝熱管の漏えいが発生し、或いは検査で異状が発見され、その検査や補修が稼動率に影響を与えてきた。そこで、伝熱管の材質変更を行うため、蒸気発生器の交換が行われた。表5に、蒸気発生器の交換時期を示す。
表5 蒸気交換器の交換時期
プラント名 蒸気発生器の交換時期
美浜1号機 第14回(平成6年7月~平成8年4月)
美浜2号機 第14回(平成3年4月~平成6年10月)
美浜3号機 第15回(平成8年8月~平成9年2月)
高浜1号機 第16回(平成8年1月~平成8年8月)
高浜2号機 第14回(平成6年1月~平成6年8月)
大飯1号機 第12回(平成6年9月~平成7年5月)
大飯2号機 第13回(平成9年2月~平成9年年8月)
伊方1号機 第17回(平成10年1月~平成10年6月)
伊方2号機 第15回(平成13年9月~平成14年1月)
玄海1号機 第15回(平成6年5月~平成6年11月)
玄海2号機 第16回(平成13年3月~平成13年10月)
川内1号機 第19回(平成20年8月~平成20年12月)
新しい蒸気発生器は、伝熱管の信頼性が優れているだけでなく、その検査頻度を減らすことにより、被ばく線量低減が可能となる。そこで、蒸気発生器交換前後の被ばく線量を調べた。図18に、その結果を示す。
図18 蒸気発生器交換前後の被ばく線量
この図によると、被ばく低減の効果があるようである。PWRでは、一次冷却材配管の数(ループ数)だけ、蒸気発生器がある。従って、ループの多いプラントでは、蒸気発生器の検査の数が多く、検査に伴う被ばく線量も大きくなると推定される。そこで、ループ数毎に傾向を調べた。図19~21に、ループ数毎の結果を示す。
図19 蒸気発生器交換前後の被ばく線量
(2ループ・プラント)
図20 蒸気発生器交換前後の被ばく線量
(3ループ・プラント)
図21 蒸気発生器交換前後の被ばく線量
(4ループ・プラント)
これらの図によると、2ループのプラントに比べ、3及び4ループのプラントで、被ばく線量が顕著に低下している。しかし、蒸気発生器交換前から減少傾向にあるように見える。この原因を調べるには、非公開である作業毎の被ばく線量データの分析が必要であると考える。
3. 結言
インターネットで公開されている、我が国の定期検査時のデータを用い、被ばく線量の分析を行った。
その結果、我が国の原子力発電プラントでは、
(1)定期検査が270日頃までBWRとPWRの被ばく線量はほぼ同等で、増加傾向にあった。しかし、BWRはその後も増加するが、PWRはほぼ一定であり、両者で傾向が異なる。
(2)BWR及びPWRともに、古い(設計改良前の)プラントの被ばく線量が多い。しかし、これらの中には、長期間に亘って、被ばく線量の低いプラントもある。
(3)定期検査回数毎の被ばく線量を調べたが、全体としては経年劣化の傾向は見られなかった。しかし、設計改良世代毎にみると、改良前のプラントは減少傾向がある一方、第一世代以降は漸増しており、差が無くなる傾向にあった。特に、PWRでは殆ど差がなく、これまでの被ばく低減に係る改造等が浸透した結果と思われる。(4)PWRの傾向分析として、蒸気発生器交換前後の被ばく線量の変化を調べた。交換前後で、被ばく線量が減少していたが、減少傾向は交換前より見られた。被ばく低減の効果を詳細に分析するには、非公開である定期検査の作業毎の被ばく線量の分析等が必要であると考える。
今回の分析は、公開情報を用いて、簡易な手法で行った。作業毎の被ばく線量等非公開の情報を用いれば、さらに詳細かつ正確な分析が可能であろう。本書が、科学的/合理的なプラントの運転及び保守に役立てば、幸いである。
参考文献
[1] 永田匡尚, 公開情報を用いた日本及び米国の原子力発電プラントのパフォーマンスの考察について, 保全学 Vol.9 No2
[2] 市田嵩他, 信頼性の分布と統計, 日科技連, p56
(平成23年2月23日)
公開情報を用いた原子力発電プラントの被ばく線量の分析について 永田 匡尚,Tadahisa NAGATA 公開情報を用いた原子力発電プラントの被ばく線量の分析について 永田 匡尚,Tadahisa NAGATA