原子力発電所の安全性確保とプラント稼働率向上の両立性に関する米国の考え方(2)

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カテゴリ: 解説記事

1.はじめに
一般に産業プラントの保全は、必要最小限の保全作業を必要最小限の陣容・体制で実施するのが合理的であり、また、保全作業量が年間を通じて一定もしくは大きく変動しないように計画されることが望まれる。このため、世界の原子力発電所では一時期に大量の保全作業が集中しないように、各種の方策が考案され、実行されている(下図)。
昨年11月に日本保全学会と東北大学GCOE「流動ダイナミックス知の融合教育研究世界拠点」の主催で開催された仙台国際セミナー において、米国NRCおよび米国原子力産業界の専門家3名による招待講演が行われ、米国ではプラントの安全性確保と稼働率の向上は「両立する」との見解を持っていることが示されるとともに、原子力発電所のリスクに対する大変重要な考え方が示された。このため、それらについて筆者が理解したところを3回に分けて紹介することとし、前回はNRCのJack Grobe氏の講演内容を紹介した。今回は引き続き、INPO(Institute of Nuclear Power Operators; 原子力発電運転協会)のPeter Arthur氏による講演の内
容を以下に紹介する。
2.INPOのPeter Arthur 氏による講演の内容
Arthur氏は、「停止時保全リスクと運転中保全リスクをバランスさせる(Balancing the Risk Between Outage and On-Line Maintenance)」と題し、以下について講演を行った。
米国原子力発電事業者の典型的な保全戦略
保全戦略に不可欠な成立要素の検討
保全戦略に基づく運転中保全の結果
最近の課題
2.1米国原子力発電事業者の典型的な保全戦略
同氏の言う典型的な保全戦略とは「保守作業を運転中に行うリスクと停止中に行うリスクをバランスさせること」で、具体的には以下の4つを考慮して総合的にリスク低減を図ることである。
① 運転中に行う場合のPSA(炉心損傷頻度)
② 運転中に行う場合の実施上のリスク
③ 停止中に行う場合の深層防護の低下
④ 停止中に行う場合のコストと期間
同氏はこれらの最初のPSA結果にのみ基づく判断をせず、4つを全て勘案して運転中保全を実施するか否かを総合的に判断すべきとしている。すなわち、後述するように、PSA結果だけでなく、プラント停止中における各種の条件(原子炉の状態や作業状況など)をよく考慮して判断すべき、としている。我国ではPSA結果のみによる判断をしようとしていないか、よく足元を見直してみる必要がある。
(1)運転中に行う場合のPSA(炉心損傷頻度)
以前はプラント停止中に保全する方がリスクは少ない(より安全だ)、何と言ってもプラントは止まっているのだから「悪くなるはずはない」と考えるのが常であった。しかし、プラント停止中は下記のリスクがあり単純ではない。リスクはもっと広く総合的に考えるべきである、と同氏は指摘する。
停止時冷却機能の喪失
外部電源の喪失
不注意による炉容器インベントリーの喪失
格納容器閉鎖機能の喪失
(2)プラント停止中のリスク評価
「原子力安全」「労働安全」および「放射線安全」の観点からプラント停止時が最も努力を要し、大変であるという議論があると同氏は指摘する。なぜなら、プラント停止中は下記のような状況になるからである。
停止中は系統構成が通常とは異なる
自分の作業範囲しか知らない人がサイトに大勢来て働く(多くは原子力発電所未経験)
停止中は放射線災害が現実的なものとしてある
このように、同氏は停止時には正にプラント停止中であるが故の固有のリスクがあると言う。
(3)プラント停止時リスクの最小化
プラント停止時は前述のようなリスクがあるので、それらを最小限にするための下記の検討を行うことの必要性を同氏は説いた。
停止時から運転中へ移せる作業の識別。特に、テックスペックの制約がプラント停止時より少ない安全系の保全作業。
停止時に「固有」のリスクを増大させる作業の識別と、運転中に行うべきかの評価
冗長機器の保護。すなわち深層防護の確保
同氏はこれらの例として下記を挙げている。
燃料プールや使用済燃料プール内の崩壊熱が大きいプラント停止中の電源母線停電作業。しかし運転中に行えば崩壊熱は小さく、従ってリスクも少ない。
非常用ディーゼル発電機の運転中保全。CDF(PSA)は高くなるかも知れないが、集中した厳しい安全管理の下で運転中に行うことで待機除外期間中に、より充実した深層防護を確保できる。
運転中保全作業量の平準化にプラント停止時を使う、あるいはプラント停止時作業量の平準化に運転中保全を使う。
(4)運転中保全の実施上のリスク
運転中保全の実施を検討する場合は、実施上のリスクを識別し、それを良く理解する必要があると同氏は指摘している。
作業のCDF(PSA)が単に低いという理由で運転中に行うと、大きな「実施上のリスク」を伴うことがあり得る。
リスクはCDFだけでなく、下記に示すような別のリスクもあるので、これらについても考慮する必要がある。
? 原子力リスク (Nuclear)
? 環境リスク (Environmental)
? 放射線リスク (Radiological)
? 反応度リスク (Reactivity)
? 労働安全リスク (Personal Safety)
運転中に行うことが正しいか否かを判断するにはこれら全てを評価する必要がある。その結果、
以前には運転中に実施できると考えた作業をプラント停止時に戻すこともある。
評価により実施上のリスクが特定され、そのリスクを緩和するための措置が取られる。
識別された実施上のリスクを作業者に伝達する必要がある。さもないと、努力は全く無駄になる。
2.2 保全戦略に不可欠な成立要素の検討
同氏は運転中保全を行うには事前に不可欠な成立要素の検討を1つ1つ積み上げ、計画を具体化する必要があると説いた。
(1) 基本スケジュールの設定
まず、具体的なスケジューリング方法と考え方について以下のように述べた。運転中保全を実施するに当たり、まず基本となる12週または13週スケジュールの作成から始める。
12週スケジュールは運用が容易で、スケジューリングエラー(実施日を逃すこと)を少なくする。
テックスペックの定期試験頻度がスケジュールの背骨となる。
12週スケジュールでは月例試験を31日毎ではなく28日毎に、四半期試験を91日毎ではなく84日毎に実施する。
13週スケジュールは運用がより難しく、実施日を逃す可能性がより高い。
真の13週スケジュールは、テックスペックの月例試験を31日毎に、四半期試験を91日毎に実施する。
米国発電所では通常は4-4-5週の修正13週スケジュールを使うので、28日、28日、35日の間隔で試験を行う。
(2) 機能別機器グループ(FEG)の設定
運転中保全においては、系統間の相互関係を全て考慮する必要がある。そのため、電気機器も機械機器も機能別の機器グループ(Functional Equipment Group; FEG)に分類する。例えば、480V遮断器は、それが電源を供給するポンプとモーターと一緒にグループ化する。
FEG設定の目的は、安全系の供用除外時間を最短にすることである。
480V遮断器に予防保全作業のためにタグが掛ったら、当然ポンプも使えない。
ポンプを予防保全作業のために供用除外する時は480V遮断器にタグを掛ける。
同じFEG内の作業は、実施作業を選ぶ過程でグループ化する、すなわちひとまとめにする必要がある。
運転中保全を実行可能とするには、発電所全体が「選択、計画、工程作成」モードに移る必要がある。
米国原子力産業界はINPO AP-928 Work Management Process Descriptionを、運転中保全を管理する指導的文書として使う。
(3) AP-928
AP-928には次の7つの段階がある。
Screening(作業抽出)
Scoping/Selection(範囲決定)
Planning(計画)
Scheduling(工程作成)
Preparation(準備)
Executing(実行)
Critiquing(評価)
この内最初の2段階、すなわち
Screening(対象抽出)
Scoping/Selection(範囲決定)
が、運転中保全を成功させる上で最も重要である。
Screening(作業抽出)段階では下記を行う。
プラントリスクの概略評価 ? 実施時期は停止中か運転中か
実施上のリスクの概略評価
優先順位の設定
作業区分の設定
停止中か運転中かの決定
作業実施期間(FEG)の設定
Scoping (範囲決定)段階では下記を行う。
予防保全タスクの最適化(FEG)
作業範囲の見直しと優先順位付け
長期計画の見直し
重要機器の作業範囲の評価
作業範囲とリソースの整合性の確認
2.3 保全戦略に基づく運転中保全の結果
米国の原子力発電所では、運転中保全を導入した結果、下記の成果が得られた。
プラント停止期間の短縮
設備利用率の向上
計画外損失率の低下
計画外スクラム回数の低下
安全系の利用率目標達成
作業被ばく線量の低下
2.4 最近の課題
これまでの運転中保全の実績を踏まえ、同氏は課題として認識している下記の事項を上げた。
運転への不適切な影響 ? プラントへの潜在的/現実的影響を十分認識しない場合
組織能力に見合わない無理な工程
やり残し作業の吸収余裕がないほどの無理なやり方 ? 他の作業週やテックスペック要求試験にも影響が出る
規制マージンや安全系性能マージンの減少
不適切な停止時の作業範囲設定 - それにより運転中保全範囲が変更される
注意しないと、毎週がプラント停止時と同じになる
多くの運転中保全作業は「制約」時期(夏季運転と冬季運転)と競合する
3.まとめ
Peter Arthur氏は講演を下記のように締めくくられた。
プラント停止期間は短縮された。その一部は運転中保全に負うところがある。
「運転中保全戦略」を採用すれば、プラント停止期間をより安全にできる。
多くの場合、運転中保全を採用すれば全体的なリスクは低減する。
運転中保全はいくつかの作業戦略の一つである。しかし、リスクを認識し低減する必要がある。
プラント停止を待たずに必要な保守を行うことで機器の信頼性は向上した。
同氏の講演のポイントは、以上のように、保全作業をプラント停止中に行うリスクと運転中に行うリスクをバランスさせるという“保全戦略”に沿って必要不可欠な検討をきちんと実施し、それらの検討を積み上げた上で実施すれば、プラント運転中、停止中を問わず、全体のリスクは低減され、安全性は向上するというものであった。
前回のJack Grobe氏(NRC)の講演内容と共通する点は、決定論的アプローチでは得られない答えをリスク評価手法は与えてくれること、保全を実施する前には所定の手順を踏んでプラントへの影響はもちろんのこと、全体的なリスクを十分に評価した上で保全作業の実施時期をプラント停止時にするか、運転中にするかを決定する必要があること、さらには運転中保全を実施する場合は不測事態対応計画(Contingency Plan)の立案や保全作業の調整などを行って作業に臨めば、リスクは十分管理できる、というものであった。
以上のような安全に対する基本を重視することは極めて重要である。我国の原子力発電所でもこのような考え方に基づき運転中保全が広範囲に展開され、結果としてプラントの安全性が大幅に向上することを期待したい。
(平成23年8月3日)

「リスクベース設備管理シンポジウム」開催案内
産業基盤について、安全性確保と生産性向上を高度に両立させることが、喫緊の課題となっています。課題解決のための有力な選択肢として、RBI/RBM(リスクベースド・インスペクション/リスクベースド・メンテナンス)の方法論が挙げられます。このRBI/RBMの方法論を適切に育てて我が国に定着させることが有益です。日本学術振興会 第180委員会では、RBI/RBMの導入で先行する欧米の仕組みを活用しつつその高度化と拡張を図り、日本の現状に沿ったリスクベース設備管理システムの開発を目指した活動を行っています。本シンポジウムでは、これまでの活動の内容をご紹介すると共に展望を議論いたします。奮ってご参加ください。
プログラムの詳細は、下記第180委員会ウェブをご覧ください。
【日時】平成23年12月12日(月) 10:00~17:30(交流会18:00~)
【会場】早稲田大学 西早稲田キャンパス63号館2階
【参加費】第180委員会会員:5名まで参加費無料 会員外:一名5,000円(事前登録要)
【交流会参加費】第180委員会会員&会員外:一名3,000円(事前登録要)
【事前登録窓口】第180委員会ウェブ(http://riskbase180.org/180committee1.htm)
【問い合わせ先】早稲田大学酒井研究室(豊田悦子 e.toyoda@kurenai.waseda.jp)
【主催】日本学術振興会「リスクベース設備管理」第180委員会
■プログラム■
第一部 RBMのニーズと現状 「RBM導入のニーズ・効果・課題」他全3テーマ
第二部 RBMの技術要素 「損傷モードのスクリーニングと発生可能性評価」他全3テーマ
第三部 パネル討論 「第Ⅰ期の成果・課題と第Ⅱ期の展望」他全2テーマ
原子力発電所の安全性確保とプラント稼働率向上の両立性に関する米国の考え方(2) 青木 孝行,Takayuki AOKI,西本 隆直,Takanao NISHIMOTO 原子力発電所の安全性確保とプラント稼働率向上の両立性に関する米国の考え方(2) 青木 孝行,Takayuki AOKI,西本 隆直,Takanao NISHIMOTO
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