原子力発電所における竜巻影響評価

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カテゴリ: 解説記事
1. はじめに 原子力発電所に対する竜巻の影響評価を行うにあたり、 原子力規制委員会が定める 「原子力発電所の竜巻影響評 価ガイド」 (以下、 ガイドという。) に従うが、 この際、 観測結 果に基づいた設計上考慮する竜巻の最大風速の設定および 飛来物評価モデルの設定が重要となる。 ガイドにおいては、 米国の評価手法を参照しているものの、 その妥当性につい て検証された例は少ない。 また、 我が国の竜巻発生数は米 国と比較しても少なく、 観測の歴史も浅い。 このため、 保全学会において、 設計竜巻の設定を行う上 での考え方及び飛来物評価モデルの検証を行い、 その結果 を取り纏めたため、 ここで紹介する。 2. 設計竜巻の設定について 2.1 設計竜巻の設定の妥当性に対する検討 [1] ガイドでは、 過去に発生した竜巻による最大風速 (VB1) と 竜巻最大風速のハザード曲線による最大風速 (VB2) のうち、 大きな風速を基準竜巻として設定し、 地形影響による増幅可 能性を評価して設計竜巻を設定することとされている。 VB1 について、 ガイドでは 「日本」 で過去に発生した竜巻 の最大風速を設定することを原則としているが、 十分な信頼 性のあるデータに基づいて評価できる場合は、 評価対象地 域を限定できるとしている。 そこで、 竜巻の発生要因を総観場的に確認することに加 え、 気象庁の竜巻注意情報にも活用されている突風関連指 数による分析を実施した。 2.2 総観場の分析 過去に国内で発生した竜巻をフジタスケール別、 かつ、 総観場別に分析した結果を図 1 に示す。 総観場の分析を行 うことにより、 竜巻を発生させる環境場には、 地域により特徴 があることが確認出来る。 例えば、 図 1 からも分かるが、 日本海側では台風に起因 した竜巻の発生は確認されていない。 また、 寒候期と暖候 期では、 F3 竜巻の発生数には季節的な顕著な差は見られ ないこと並びに東北地方の太平洋側では暖候期に竜巻が発 生する傾向が見られる。 原子力発電所における竜巻影響評価 東北電力株式会社 火力原子力本部 原子力部 佐藤 大輔 Daisuke SATO 図 1 気候別竜巻の分析 暖候期(5 月-10 月) 寒候期(11 月-4 月) 2.2 竜巻検討地域の設定 総観場や突風関連指数 (CAPE、 SReH、 EHI) の分析 により、 既往最大規模 (F3) の竜巻が発生する可能性があ る環境場になりやすいか否かの観点から地域性を議論するこ とが可能である。 大気下層に鉛直シアが存在すると水平軸周りの渦が発生 し、 その渦が上昇気流に沿って親雲に取り込まれる。 これに 保全学 Vol.14-1 (2015) より、 親雲内の渦度が上昇し、 メソサイクロンと呼ばれる大き な鉛直軸周りの渦ができる。 全容は解明されていないが、 親 雲の発達や、 親雲-地表面間の急激な気圧低下等のメカニ ズムにより竜巻漏斗雲が発生する (概念図は図 2)。 SReH は親雲への水平渦度の取り込まれやすさを表しており、 以下 により算定される。 ここで、 V は水平風速ベクトル、 ω は鉛直シアに伴う水平 渦度であり、 C はストームの移動速度である 。 また、 dz は 鉛直方向の層厚を表す。 図 2 SReH の算出概念 一方、 図 3 に示すように、 空気塊が何らかの外力 (太陽 による地面の加熱、前線での風の収束等) により上昇すると、 最初は乾燥断熱線により気温が下降するが、 持ち上げ凝結 高度 (LCL) にまで達すると水蒸気が飽和して雲ができ、 そ の凝結熱 (潜熱) により乾燥時と比較して気温が下がりにく くなり、 湿潤断熱線に沿って気温が低下する。 積乱雲がたち あがり、周囲の大気の気温よりも高くなると (LFC 高度以降)、 空気塊は暖かいほど軽く上昇するため、 外力なしで上昇し、 積乱雲が急激に発達する。 積乱雲が高く発達し、 周囲の大 気の気温に等しくなる (EL 高度) と、 雲の高度方向への成 長は止まる。 CAPE は湿潤断熱線と大気の気温プロファイル で囲まれる部分の面積にあたり、 CAPE が大きいほど大気が 不安定で背の高い積乱雲に発達しうる。 実際に CAPE を算 出する際には、 以下の式を用いる。 ここで、 z は高度、 g は重力加速度、 θe はストーム周囲の 相当温位、θe’ は持ち上げ空気塊の相当温位である。温位は、 次の式に示すように気温 T と気圧 p に関する量であり、 ある 空気塊を断熱的に基準圧力 1000 hPa に戻したときの絶対温 度である。 相当温位は潜熱の影響を考慮した温位にあたる。 持ち上げる空気塊の性質に応じて CAPE 値は変わるが、 ここでは、 地表から 500 m 上空までで最も不安定な空気塊 を持ち上げることとし、 その時の CAPE は MUCAPE (Most Unstable CAPE) と呼ばれる。 以下において特段断らない限 CAPE 図 3 CAPE の算出概念 また、 SReH と CAPE の複合的な突風関連指数として EHI と呼ばれる指数がある。 これまでに発生した F3 竜巻、 および日本海側で発生した F2 竜巻に対する突風関連指数の分析結果を図 3 に示す。 図 4 における実線は、 過去の F3 竜巻を包絡する EHI に相 当するもので、 EHI としては 3.3 となる。 これを閾値として、 EHI が 3.3 を超過する頻度分布を評価した結果、 図 6 のとお り、 CAPE は MUCAPE のことを指すものとする。 りとなり、 日本海側および東北地方太平洋側は、 太平洋側 の茨城県以西に比べ、 1 ~ 2 オーダー超過頻度が低く、 異な る傾向があることが分かる。 この傾向は、 図 5 に示す CAPE および SReH の評価でも同様の傾向を示している。 図 6 EHI 分析結果 2.3 設計竜巻の設定 2.1 及び 2.2 に記した分析並びに評価により、 竜巻の発生 要因に関する類似性、 ある規模の竜巻が発生し得る環境場 になりやすい地域か否かが区別できると考えられる。 こうした評価に加え、 施設 ・ 設備の設計上、 考慮すべき、 設計竜巻を設定する上では、 評価対象施設 (発電所) が 立地する地点における地形状況を確認することが必要であ る。 これは、 地形により、 襲来した竜巻が増幅することも想 定されるためであり、 一般的には図 7 に示すとおり、 上り勾 配を移動する過程において竜巻は減衰し、 下り勾配を移動 する際には増幅することになる。 また、 竜巻は地表面を移動 する際には地表面の粗度効果 (摩擦) により減衰されるため、 図 5 同時超過頻度分布 単位 : %、 F3 規模以上を対象 ; 左 : 暖候期、 右 : 寒候期 [ 実績ベース閾値 ] SReH : 250 m2/s2、 CAPE : 1600 J/kg (暖)、 600 J/kg (寒) 図 4 突風関連係数分析結果 定度が増したと考えられている。 なお、 太平洋沿岸部のサイトでは、 暖気が丘陵地を越え て流れ込む様なことがないため、 こうした佐呂間型の竜巻が 3.1 飛来物評価モデルの比較 [2] 飛来物の評価を行うモデルとして、 米国 NRC の基準では ランキン渦モデルが例示され、 ガイド上ではこのモデルに加 え、 他のモデルについても技術的な妥当性を示すことで評 価に用いることができるとされている。 飛来物評価モデルにはランキン渦モデルの他にフジタモ デルが存在し、 フジタモデルは、 NRC およびアルゴンヌ国 立研究所からの要望により 1978 年にシカゴ大学の藤田博士 によって考案された工学モデルである。 このフジタモデルは、 1974 年 8 月の米国カンザス州 Ash Valley 等で発生した竜巻 の記録ビデオ画像を写真図化分析し、 竜巻の地上痕跡調査 および被災状況調査結果と照合することにより作成された風 解説記事「原子力発電所における竜巻影響評価」 各サイトにおいて、 竜巻の進行方向を過去の竜巻事例から 分析し検討することが必要となる。 図 7 地形影響による竜巻の増幅 ・ 減衰効果 さらに、 地形と総観場の相互作用により発生した特異的な 竜巻である佐呂間型の竜巻については、 サイト毎に検討す ることも地形の増幅効果の有無を判断する上では重要となる。 佐呂間では図 8 に示すとおり、 太平洋側からの暖気流が丘 陵地を乗り越え、 冷気の流れ込みのある平野部に流れ込ん だことによって、 上層と下層の間に強い風向差が生じ、 不安 発生する立地状態にはないということになる。 図 8 佐呂間竜巻の地形的な影響 3. 飛来物評価モデルについて 保全学 Vol.14-1 (2015) 速ベクトル図を基にした流線モデルから、 竜巻風速場を代数 式で表し作成されたものである。 なお、 LES モデルも存在するが、 これは、 流体の運動方 程式 (偏微分方程式) に対する数値解析結果を利用して 竜巻状の渦を計算し、 竜巻の風速場を模擬するが、 半径 60cm 程度の円筒容器内の強制対流の LES 解析結果にス ケール係数を乗じるというものであり、 実スケールへの適用は 難しいと考えられる。 各モデルの比較を表 1 に示す。 表 1 飛来物評価モデルの比較 3.2 飛来物評価モデルの特徴 前項で記したとおり、 LES モデルは実スケールでの取り扱 いに課題もあるため、 ここでは、 ランキン渦モデル及びフジ タモデルを対処として、 モデルの特徴の比較を行う。 はじめに、 ランキン渦モデルの特徴についてであるが、 図 9 に示すとおり、 地面から一様に吹き出しが発生しており、 風速分布に高さ依存性はなく、 全域に上昇流があることによ り飛来物が落下しにくいモデルとなっている。 このため、 飛 来物の飛散評価においては飛散高さが相当に保守的なもの となる。 図 9 ランキン渦モデルの風況イメージ 一方、 フジタモデルは、 図 10 に示すとおり、 地表面で渦 の中心に向かう水平方向の流れが最外領域にモデル化され ており、 風速分布は高さ方向に依存性をもち、 上昇流は外 部コアのみに存在する。 また、 内部コアには上昇流は存在 しないという実際の竜巻の風況場をよく再現したモデルとなっ ている。 このように、 地表面の風況場をより的確にモデル化してお り、 過去の竜巻被害実績の再現性も検証されている (検証 例については 3.3 項)。 図 10 フジタモデルの風況イメージ 3.3 実際の竜巻被害状況の検証結果 実際の竜巻の被害状況について、 ランキン渦モデル及び フジタモデルを用いた再現性について検証した結果を以下 に示す。 (1) Grand Gulf 発電所における被害事例の検証 1978 年 4 月 17 日に、 米国ミシシッピー州で建設中の Grand Gulf 原子力発電所に襲来した竜巻によって、 資 材置き場にコンクリート ・ 石綿製のパイプを収納し段積 みしていた木箱が、 浮上はせず転倒し数mの範囲で散 乱したとする被害が報告されている。 この被害状況を両 モデルで再現した結果は表 2 に示すとおり、 フジタモデ ルは実際の被害をよく再現していることがわかる。 これに対し、 ランキン渦モデルでは、 実際の被害を相 当に保守的な結果となっていることが分かる。 表 2 Grand Gulf 原子力発電所再現解析結果 初期高さ 飛散距離 飛散高さ フジタモデル 0m 1.2m 浮上なし ランキン渦モデル 40m 227m 0.34m 0m 42.6m 0.34m 解説記事「原子力発電所における竜巻影響評価」 (2) 佐呂間竜巻における被害事例の検証 [3] 2006 年 11 月 7 日に北海道佐呂間町で発生した竜巻に よる、 佐呂間町内の工事事務所敷地内での車両の飛散 等が報告されている。 図 11 は工事事務所敷地内にお いて確認された車両被害の状況及び竜巻の進行方向を 図示したものであり、 この図 11 における緑色の 4 tトラッ クを代表として、 フジタモデル及びランキン渦モデルを 用いて再現解析を行った。 再現解析の結果は表 3 及び図 12 に示すとおりであり、 前述の (1) Grand Gulf 原子力発電所の再現解析結果と 同様に、 フジタモデルは実際の被害をよく再現している が、 ランキン渦モデルでは、 相当に保守的な結果を与 えることが確認できた。 表 3 佐呂間竜巻被害の再現解析結果 初期高さ 飛散距離 飛散高さ フジタモデル 0m 86.5m 5.3m ランキン渦モデル 40m 240.5m 3.1m 0m 140.2m 3.1m 図 12 佐呂間竜巻の被害状況の再現解析結果 [4] 図 11 佐呂間竜巻の被害状況 以上の結果から、 フジタモデルは実際の竜巻被害状況を よく再現することが確認できた。 こうした、 検証例は少ないも のの、 国内外の竜巻被害記録とフジタモデルの解析結果を 比較し、 実際の飛散状況との整合性について確認することが できた。 これに対して、 ランキン渦モデルは実際の被害状況を包 絡する一方で、 その結果は相当に保守側になることも確認で きた。こうした再現解析により、 原子力発電所において、 竜巻に よる飛来物の飛散解析を行うにあたっては、 フジタモデル並 びにランキン渦モデルいずれも適用が可能であり、 事業者が 選択して適用すべきものと考える。 4. まとめ 竜巻検討地域の設定における気候条件が類似する地域の 見極めができるかという点においては、 総観場及び突風関連 指数 (CAPE、 SReH、 MHI) の分析により、 竜巻が発生し やすい環境場になりやすい地域か否か等、 日本全体でみれ 較して、 ランキン渦モデルは、 相当に保守的なモデルである げとなるだけではなく、 例えば重大事故対処設備である可搬 ばその地域性が考慮できるという結果が、 今回の分析の中で は整理ができたものと考えている。 今回の分析では、 特に、 突風関連指数の分析から、 太平洋側の茨城より西側に比べ、 日本海側および東北地方の太平洋側の地域は、 竜巻が発 生しやすい環境場という観点では、 明らかに差があるというこ とが確認できた。 また、 米国 NRC 等による要望で実際の竜巻観測記録を 基に考案されたフジタモデルは、 米国 DOE においても、 設 計基準の飛来物速度、 飛散高さの導出過程に使用されてい るモデルであり、 今回の検討で、 米国 Grand Gulf 発電所で 確認された竜巻及び佐呂間竜巻の被害状況の検証結果から も、 実現象を模擬できることが確認できた。 フジタモデルと比 ことが確認できたが、 これらはいずれも原子力発電所の飛来 物影響評価には適用できると考えられるとの結論も得た。 竜巻影響評価の目的は、 当該サイトにおいて、 襲来が想 定される規模の竜巻に対し、 竜巻防護施設が健全な状態を 維持することができ、 原子炉施設の安全性が確保されるかに ついて評価し、 必要に応じて適切な対策を必要な範囲に対 し確実に行うことにある。 このため、 保守的な結果を与えるラ ンキン渦モデルを適用することは、 現実的なフジタモデルを 適用することと同様、 竜巻防護施設の健全性を維持するため に有効な対策を抽出するものの、 一方で過剰な対応を取るこ とに繋がる可能性もある。 過剰な竜巻防護対策は、 通常時の保守性 ・ 補修性の妨 保全学 Vol.14-1 (2015) 型設備を漏れなく固縛するような対策は、 非常時に可搬設備 の機動性を妨げる可能性もあり、 全体的なリスクを増大させる ことも懸念される。 保守的に評価を行い、 対策範囲を広げることが、 かえって 他の対策の実効性を妨げることもあるため、 評価全体として 一定の保守性を確保しつつ、 現実と大きく乖離しないことも 重要と考える。 いずれにせよ、 評価の目的または用途に応じ て事業者が適切に評価モデルを選択することは重要である。 最後に今回の、 原子力発電所における竜巻影響評価に 関しては、 保全学会原子力規制関連事項検討会において、 電力中央研究所の多大なる協力のもと検討を行ったものであ り、 関係者の皆様に心から御礼申し上げる。 参考文献 [1] 原子力規制委員会, 原子力発電所の竜巻影響評価ガ イド , 2013. [2] 江口譲, 杉本聡一郎, 服部康男, 平口博丸 , 竜巻に よる物体の浮上 ・ 飛来解析コード TONBOS の開発, 電 力中央研究所 研究報告 N14002 , 2014. [3] 札幌管区気象台 : 平成 18 年 11 月 7 日から 9 日に北海 道 (佐呂間町他) で発生した竜巻等の突風 . 災害時気 象調査報告 , 災害時自然現象報告書 , 2006 年第 1 号 , 2006[4] 江口譲, 杉本聡一郎, 服部康男, 平口博丸 , 原子力 発電所での竜巻飛来物速度の合理的評価法 (Fujita の 竜巻モデルを用いた数値解析コードの妥当性確認), 日本機械学会論文集, vol.81, No.823, 2015. (平成 27 年 3 月 18 日) 著者 : 佐藤 大輔 所属 ・ 役職 : 東北電力株式会社 火力原子力本部 原子力部 副長 専門分野 : 原子力工学 著 者 紹 介 開 催 案 内 First Announcement The Maintenance Science Summer School 2015 Tokyo, JAPAN July 27-31, 2015 開催日 : 2015 年 7 月 27 日 -31 日 開催場所 : 東京大学 参加申し込み締め切り : 2015 年 5 月 31 日 詳細は本誌会議案内および 日本保全学会ウェブサイト(http://www.jsm.or.jp/jsm/at/summerschool2015.html)を御覧ください 原子力発電所における竜巻影響評価 佐藤 大輔,Daisuke SATO 原子力発電所における竜巻影響評価 佐藤 大輔,Daisuke SATO
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