新規制基準があれば、福島事故は回避できたか?
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1. はじめに 新規制基準があれば、 福島事故は回避できたか? 東北大学 大学院工学研究科 橋爪 秀利 Hidetoshi HASHIZUME 東北大学 大学院工学研究科 青木 孝行 Takayuki AOKI 年 11 月までに 8 回に亘って実施された同検討会の検討成 日本保全学会では、 これまでに福島原発事故の教訓を踏 まえて 「津波対策評価ガイドライン 1」 及び 「過酷事故対策評 価ガイドライン 2」 を開発し、発行している。 これらのガイドライ ンを開発した検討会において繰り返し議論になった論点は、 「津波の高さを予め設定し、 それに耐えられるようにした対策 ではその設定高さを超える津波が来襲した時に対応できな い。」 であり、 「設定高さを超える津波が来襲することも想定 した対策の妥当性を評価できるガイドラインを策定すべき。」 との議論であった。 また一方で、 「設計想定以上の事象が来 襲した場合を想定した検討を行い、 高い安全性が確保され ていることを証明できるようにすることは対外説明上不可欠で ある。」 との指摘や 「設計想定以上の事象について検討する ことは想定外事象に対応する能力や備えを実質的にも強化 し、 結果として原子力発電所の安全性を格段に向上させるこ とになる。」 との指摘もあった。 福島事故はそれまでの原子力発電所の安全性に対する 考え方や安全確保策などに抜本的な見直しを迫るものであ り、 特に事故に対する安全機能の Robust 性や事故対応の Resilience 性を真に向上させること、 また、 事故対策の妥当 性を説得力ある形で説明できるようにすることの重要性が認 識されるようになった。 たとえば、 地震後の津波に対して想 定する津波高さ以上の津波が来襲した場合でも、 設備対策 に Robust 性が、 事故対応に Resilience 性があり、 事故に対 する高い抵抗力があることを確認し、 それを十分に説明でき るようにすることが必要である。 このような要請に応えるため、 日本保全学会東北 ・ 北海 道支部内に 「仮想的バックフィット検討会 (VBS 検討会) 3」 を設置し、 検討を行った。 本報告は平成 25 年 10 月から 26 1 Guideline for Assessing Large Tsunami Countermeasures in Japanese Nuclear Power Plants 軽水型原子力発電所の津波対策評価ガイドライ ン (http://www.jsm.or.jp/jsm/news/guideline.html) 2 我国の原子力発電所の安全性向上と安全規制の適正化に関する 提案(軽水型原子力発電所の過酷事故対策評価ガイドライン)(http:// jsm.or.jp/jsm/at/mt_report.html) 3 主査 : 橋爪秀利 (東北大)、 副主査 : 青木孝行 (東北大) VBS: Virtual Back-fit Simulation 果の概要をまとめたものである。 2. 検討内容 2.1 検討事項 本検討会の目的は、 3.11 福島事故後、 国内原子力発電 所で講じられた対策によって安全性がどの程度向上したかを 示し、 その内容を世の中にわかりやすく説明できるようにする ことである。 その具体例として今回は大地震後の津波に焦点 を絞って検討することとした。 まず、 福島原発事故後の津波対策の効果を明確にするた め、 下記の観点からシミュレーションを実施し、 対策前後の 差が明瞭に見えるように結果を整理する。 (1) 既往最大規模の東北地方太平洋沖地震 (以下、 「3.11 地震」 という) の知見を踏まえて想定した津波 (以下、「想 定入力津波」 という) が、 3.11 地震発生前の状態、 す なわち防潮堤や可搬式電源、 建屋外壁扉の水密化等 の各種の安全対策が講じられていない状態の時に来襲 した場合、 発電所の安全性は確保できるか。 (3.11 地 震発生前の状態でも安全性は確保できるか。) (2) 上記想定入力津波が可搬式電源や建屋外壁扉の水密 化等の各種の安全対策が実施されている状態の発電所 に来襲した場合、 防潮堤が無くても発電所の安全性を 確保できるか。 (防潮堤の無い状態でも安全性は確保 できるか。) (3) 上記想定入力津波よりも大きな津波が来襲した場合、 すなわち建設予定の防潮堤を大幅に超えるような大きな 津波が来襲した場合、 発電所の安全性は確保できるか。 (想定外の大津波が来襲した場合でも安全性は確保で きるか。) この中で、 発電所構内及び建屋内にどのように海水が流 入し、 そのような事態に対して 3.11 福島事故以降に新たに 講じた、 及び講じる対策により、 どのようにプラントの安全性 を確保できるか等、 時間軸に沿って事象の進展を追い、 津 解説記事「新規制基準があれば、福島事故は回避できたか?」 保全学 Vol.14-2 (2015) 波対策の充足性、 厚みなどを評価、 確認できるような検討を 行うこととした。 2.2 検討方法 以下に示す方法で検討を進めることとした。 (1) 検討するケースは大別して下記の 2 ケースを含むものと する。 1 3.11 福島事故以前の津波対策を検討条件とする ケース 2 3.11 福島事故後、 講じられた津波対策を検討条件 とするケース (2) 津波が来襲し、 発電所構内、 建屋内、 そして建屋内の 各区画へ浸入し、 各区域内の各種機器へどのような影 響を与えるか、 シミュレーションする。 具体的には下記 の手順とする。 1 3.11 地震の知見を踏まえて想定入力津波高さを求め、 さらにそれを超える津波高さを想定する。 2 3.11 地震発生前後の津波対策を条件とした各ケース に対して想定入力津波及びそれ以上の高さの津波が 来襲した場合を想定して発電所構内における氾濫解 析を実施する (図 1)。 (b) 津波による浸水深さと持続時間の仮定 図 1 氾濫解析の概要 3 氾濫解析結果から求められる建屋周辺の浸水深さを 用いてどの程度の海水が建屋内へ浸入するか評価す る (図 2)。 建屋内への浸水量は建屋開口部の面積 に比例するので、 建屋開口部 (外壁扉の隙間及び (a) 津波の発電所構内への流入 ・ 浸水 換気口(ルーバ)など) の面積を保守的に仮定する ほか、 各建屋の外壁扉を一個所開放した状態を仮定 し、 その影響 (感度) を確認する。 4 建屋浸水評価の結果から津波が安全系の機器にどの ような影響を与えるか、 Event Tree Analysis 及び Fault Tree Analysis を参考とし、 事故収束のシナリオを評価 する (図 3)。 (3) 地震発生からの津波来襲、 浸水時間、 引波時期などの 時間は、 津波解析に基づき設定し、 それらをもとに氾濫 解析や建屋への浸水評価、 事故シナリオの評価を実施 する。 その際、 一般への説明性を考慮して保守性を持 たせた想定とする。 (4) 津波が各種機器に与える影響を評価し、 当該機器の安 全機能が喪失すると考えられる場合は、 緊急時対応の 陣容で安全機能への影響を低減できる方法があるか検 討する。 図 3 Event Tree 解析による事故収束シナリオの評価 3. 検討結果 本検討会では東北電力株式会社の女川原子力発電所 2 号機 (以下、 女川 2 号という。) の情報を入手し、 上記検討 図 2 建屋への浸水評価 方法を適用して具体的な評価を行うこととした。 3.1 検討条件 検討に用いた女川 2 号の条件は下記のとおりとした。 (1) 想定津波高さ 女川原子力発電所における 3.11 地震の知見を踏まえて、 想定入力津波高さを求め、 それを超える津波高さも想定し て検討を進めた。 具体的には下記の通りとした。 これにより、 下記の想定入力津波1とそれ以外の差異を明瞭にすること ができる。 また、 極めて可能性は低いが、 想定入力津波1 を超える高さの津波が来襲した場合の発電所の耐力を評価 することができる。 ● 想 定 入 力 津 波 1 ( 女 川 の 港 湾 工 事 用 基 準 面 O.P.+23.8m) 最新の科学的 ・ 技術的知見を踏まえ、 日本海溝沿い で発生した既往最大規模の東北地方太平洋沖型地 震 (Mw9.0) を基本として、 津波水位に及ぼす影響 が大きいと考えられる波源特性の不確かさ (すべり量、 すべり分布、 破壊開始点位置等) を考慮した多数の 数値シミュレーションを実施した。 その結果、 防潮堤 に到達する津波の最大遡上水位はO.P.+23.1mとなり、 同地震に伴う地盤沈下量約 0.7m を考慮して想定入 力津波高さを O.P. +23.8m と設定した。 ● 想定入力津波2 (O.P.+29 m) 3.11 地 震 発 生 以 降 新 た に 設 置 す る 防 潮 堤 高 さ (O.P.+29m) と同等の高さを設定した。 ● 想定入力津波3 (O.P.+34 m) 防潮堤を越える津波であり、 想定入力津波1の約 1.5 倍の津波を設定した。 (2) 3.11 福島事故後の安全対策の有無 女川 2 号は、 3.11 福島事故後、 防潮堤の設置等の安全 対策を講じることとしており、 それ以前とは大きく状況が異な る。 このため、 これらの安全対策の有無を考慮して検討評価 することとした。 これにより、 3.11 福島事故後の安全対策の 有効性を評価することができる。 以下に主な安全対策を示す。 a) 防潮堤の設置 (O.P.+29 m) b) 防潮壁の設置 c) 建屋外壁扉の水密性強化 d) 高圧代替注水系 (TWL-RCIC) の設置 e) 可搬型大容量送水ポンプの配備 f) 低圧代替注水 (常設) の設置 (復水移送ポンプの強化) g) 注水車の配備 i) 原子炉格納容器圧力逃がし装置 (フィルターベント) j) 直流電源強化 k) ガスタービン発電機の設置 l) 電源車の配備 m) 淡水貯水槽の設置 (3) 防潮堤の有無 女川 2 号では、 現在、 海抜 29m 高さの防潮堤を建設中 である。 このため、 検討に当たってはこの防潮堤の有無の両 ケースについて検討することとした。 これにより、 両者の差異 (4) その他の検討条件 前述のように、 建屋内への浸水量は建屋開口部の面積に 比例するので、建屋開口部(外壁扉の隙間及び換気口(ルー バ) など) に着目し、 その影響が大きいと考えられる開口部 の影響を評価することとした。 特に、 建屋外壁扉は発電所の 運用において開閉する可能性があるので、 各建屋の外壁扉 を一個所開放した状態を仮定し 4、その影響の大きさ (感度) を確認することとした。 3.2 検討ケース 前項で述べた検討条件を組合せて表 1 に示す 5 ケースに ついて検討することとした。 それぞれのケースの狙いを以下に示す。 ケース 1 : 3.11 地震発生前の津波対策 vs 想定入力 津波1 (高さ 23.8m) の来襲 想定入力津波高さ 23.8m の津波 (3.11 津波高さ 13.8m + 場合の津波影響を評価する。 4 原子力発電所の建屋外壁扉は厳格な開閉管理がなされており、 開 放されたままにされることはない。 特に原子炉建屋の外壁扉は、 通常運 転時、 全て閉止 ・ 施錠管理がなされている。 プラント運転中及び定検 時に開閉することのある原子炉建屋大物搬入口や入口扉 (パーソナル エアロック) は二重構造になっており、 同時に開放されることがないよう にインターロックが設けられている。 厳重な管理の下、 扉を開放状態に するような特別な場合は係員が常駐するなどの厳しい管理がなされてい る。 したがって、 建屋外壁扉は開放状態を想定する必要がないと思わ れるが、 大地震後などの緊急状態を考慮し、 各建屋の外壁扉が一個所 解説記事「新規制基準があれば、福島事故は回避できたか?」 h) 原子炉補機代替冷却系熱交換器ユニット を明瞭にすることができる。 10m) が 3.11 地震発生前の津波対策の発電所に来襲した 開放されているものと仮定した場合も検討することとした。 ※ 1 想定入力津波を発生させる地震に伴う地盤沈下量を考慮した津波水位。 ※ 2 各ケースにおいて,敷地高さを 3.11 地震発生直後の O.P. + 13.8m と定義する。 ※ 3 震災前の安全対策の状態とする。 ※ 4 津波の押波時に発電所構内の取放水施設立坑の開口部等から海水が溢れ出 る可能性を考慮する。 ※ 5 来襲する津波が防潮堤を超えて発電所構内へ流入することを考慮する。 ケース 2 : 3.11 福島事故後に講じられた各種安全対 策 (防潮堤を除く) vs 想定入力津波1 (高さ 23.8m) の来襲 ケース 1 と同じ津波高さ 23.8m の津波 (3.11 津波高さ 13.8m + 10m) が 3.11 福島事故後に各種安全対策 (防潮堤を除 く) を講じた発電所に来襲した場合の津波影響を評価する。 防潮堤を除く各種の安全対策がどの程度有効であるか評価 できる。 ケース 3 : 防潮堤 (高さ 29m) を含む各種安全対 策 vs 想定入力津波1 (高さ 23.8m) の 来襲 ケース 1 と同じ津波高さ 23.8m の津波 (3.11 津波高さ 13.8m + 10m) が海抜 29m 高さの防潮堤を含む各種安全対策を 講じた発電所に来襲した場合の津波影響を評価する。 押し 波による海水ポンプ設備への影響と現在新設している防潮堤 の有効性を評価する。 ケース 4 : 防潮堤 (高さ 29m) を含む各種安全対 策 vs 想定入力津波1を超える津波 (高 さ 29m) の来襲 ケース 1 と同じ津波高さ 23.8m を超える津波 (高さ 29m:3.11 津波高さ 13.8m の 2 倍強) が来襲した場合の津波影響を評 価する。 押し波による海水ポンプ設備への影響 (海水の湧 上りによる影響) と現在新設している防潮堤の有効性を評価 する。ケース 5 : 防潮堤 (高さ 29m) を含む各種安全対 策 vs 想定入力津波1を超える津波 (高 さ 34m) の来襲 ケース 1 と同じ津波高さ 23.8m を超え、 かつ防潮堤高さをも 超える津波 (高さ 34m : 3.11 津波高さ 13.8m の約 2.5 倍) 屋周辺の浸水深さを求める必要がある。 このため、 建屋周 辺の浸水深さは下記のように定めた。 (a) ケース 4、 5 については、 時刻歴の氾濫解析結果を 用いて評価を行った。 (b) ケース 1、 2 については、 津波伝播解析で求めた津 波の時刻歴波形を参考に建屋周辺浸水状態を求め た。 ケース 1、 2 の場合、 津波周期は約 10 分であっ た (図 4)。 (c) 上記 (a)、 (b) に加え、 3.11 地震による津波の周期が 約 40 分 (想定入力津波1の 4 倍の周期) であった ことを踏まえ、 ケース 2 の建屋周辺浸水継続時間を 4 倍(60 分) とした感度評価を実施した (ケース 2 ?)。 図 4 想定入力津波1の女川 2 号取水口前における時刻歴波形 方を適用して評価した (図 5)。 ● 評価パターン 1 : 建屋内への浸水量が比較的少なく、 浸水深さが建屋カーブを越えない場合 ● 評価パターン 2 : 建屋内への浸水量が比較的多く、 浸水深が建屋カーブを越える場合 図 5 建屋内の海水の伝播経路 保全学 Vol.14-2 (2015) 表 1 女川 2 号 津波影響評価の検討ケース が来襲した場合の津波影響を評価する。 押し波による海水 ポンプ設備への影響 (海水被水による影響) と現在新設し ている防潮堤の有効性、 その他の安全対策の有効性を評価 する。 3.3 評価結果 各検討ケースの建屋内浸水評価を実施するに当たり、 建 建屋へ浸入した海水の伝播経路については、 下記の考え 建屋に浸入する海水が多量であっても必ずしも安全機能 を喪失する範囲が広いとは限らない。 逆に、 建屋に浸入す る海水が少量であっても必ずしも安全機能を喪失する範囲が 狭いとは限らない。そこで、前項まで得られた結果を踏まえて、 建屋へ浸入する海水が安全系機器へどのような影響を与える か、 その結果としてプラントの安全機能へどのような影響を与 えるか、 確認するため、 事故収束シナリオの評価を実施した。 事故シナリオの評価は下記の手順で実施した。 (1) 安全機能維持状況の評価 1 各評価ケースの建屋内浸水量および浸水伝搬評価 結果から各防護対象区画の浸水深さを算出する。 2 安全上重要な機器について、 フロント系及びサポート 系を全て抽出し、 設置フロア、 設置位置ならびに床 面からの高さについて機器リストとして整理する。 3 浸水深と浸水の流下経路上にある機器の設置高さの 比較により、 各ケースにおいて機能喪失する機器を 抽出する。 (2) プラント安全機能の評価 1 機器リストに基づき、 各評価ケースでの浸水深、 浸水 範囲から、 安全上重要な機器の機能維持について評 価を行った。 2 評価の結果を整理し、 津波~建屋内浸水発生時の プラント挙動を把握するため、 系統毎の機能喪失有 無を一覧にまとめ、 これに基づき事故収束シナリオの 評価を実施した。 以上を踏まえて、 地震発生 / 津波来襲によりプラントがど のような影響を受け、 どのように反応するか、 すなわち、 地 震発生 / 津波来襲によりプラントに発生する事象がどのように 進展し最終的に原子炉の健全性を確保できるか否か、 その 挙動を検討評価した。 通常、 BWR は地震発生により原子炉が自動停止して格 納容器が隔離される場合、 まず高圧系による注水がなされ、 原子炉の減圧が進んだ段階で次に低圧系による注水、 その 後、 残留熱除去系による原子炉及び格納容器の除熱がなさ れて、 原子炉の冷温停止状態が達成されるという事象の流 れとなる。 しかしながら、 津波によって各種の安全機能が失 われると、 その後のプラント挙動は通常の挙動から逸脱し、 あるケースでは炉心損傷に至る場合があり、 あるケースでは 冷温停止に至る場合がある。 本検討では、 前述の検討ケー ス 1 ~ 5 の条件でプラントに発生する事象がどのように進み、 最終的に原子炉の健全性が確保されるか否か、 その事故収 束シナリオについて検討評価した。 検討結果の概要を表 2 に示す。 また、 事故シナリオの評 価結果の詳細としてケース 2 の例を図 6 に示す。 4. 考察 (1) ケース 2 の結果から、 3.11 福島事故後に実施された安 全対策 (電源の強化や外壁扉の水密化等) が施され ていれば、 たとえ防潮堤が無くても、 炉心損傷を回避で き、 安全に炉心を冷温停止状態に到達させることができ ると判断された。 また、29m 高さの防潮壁があれば、3.11 の時、 外壁扉が1箇所開状態であったとしても)、 炉心 解説記事「新規制基準があれば、福島事故は回避できたか?」 津波高さ (13.8m) の 2.5 倍もの津波が来襲しても (こ 表 2 各検討ケースの事故シナリオ評価結果 × : 最終的に炉心損傷に至る。 ○ : 最終的に安全に冷温停止が達成される。 保全学 Vol.14-2 (2015) 損傷を回避でき、 安全に炉心を冷温停止状態に到達さ せることができると判断された。 このように、 3.11 福島事 故後に実施された安全対策により、 発電所の安全性は 格段に向上したと言える。 (2) 今回の津波高さに対するケース ・ スタディの結果は、 津 波が発電所の外側から内部に向かって流入し、 徐々に 各種の設備を機能喪失させるのに対し、 原子炉を中心 とした内側から外側に向かって津波に対する安全対策を 検討することの重要性を示唆していると考えられる。 な ぜなら、 津波が中心部に浸入したことを前提に検討を 開始してそれに耐える安全対策を考え、 次いで徐々に その浸入経路を遡って何段階にも安全対策を考えること は、 確実に安全対策に厚みを持たせる結果につながる からである。 逆に、 外側から検討を開始すると、 極論を すれば、 防潮堤で津波を防御できるとわかった瞬間に その他の安全対策の検討を忘却することになるかもしれ ない。 防潮提は最後の安全対策の 1 つとして抽出され るべきである。 (3) 以下に本検討で得られた極めて重要であると考えられる 事項を列記する。 1 地震により原子炉が自動停止した直後は、 通常、 主 蒸気逃し安全弁 (MS-SRV) と原子炉隔離時冷却系 (RCIC) が動作し、 原子炉を冷却する。 したがって、 この 2 つの系統は事象発生直後から一定の時間に おいて極めて重要な機能を担っていると言える。 MS- SRV はバネ直動式であり、 最終的には電源が無くて も動作するが、 RCIC は制御用電源 (直流電源) が 必要である。 このため、 地震および津波に対して信 頼性の高い直流電源 (恒設 and/or 可搬式) を確保 しておくことは極めて重要である。 2 上記 RCIC を代替できる系統には下記がある。 ● 高圧 ECCS ● ADS+ 低圧 ECCS ● ADS +消火ポンプ (あるいは可搬式低圧ポンプ) ● TWL-RCIC ポンプ 上記のうち、 TWL-RCIC ポンプのみ、 交流電源 / 制御電源とも不要である。 また PWR の蒸気発生 器冷却用として膨大な使用実績もあるので、 信頼 に足る系統であると言える。 本系統は、 水源さえあ れば、 長期に亘って原子炉状態 (高温待機状態) を維持することが可能であるので、 本系統によって 緊急時における時間余裕を十分に確保し、 その間 に発電所の状況確認やその後の対応、 資機材の 調達などを実施できるように準備しておくことは緊急 時の対応戦略上、 極めて重要であると言える。 3 防潮堤は津波が発電所構内へ浸入するのを防御す 図 6 事故シナリオの詳細評価結果 (ケース 2) るという意味で設置する意味はあるが、 これに頼って 後段の安全対策を怠ることがあってはならない。 いく ら高い防潮堤を設置してもそれを超える津波が将来 来襲する可能性を否定することはできないからである。 このため、 今後とも防潮堤に頼らない安全対策、 緊 急時訓練を行うべく努力していくことが大切である。 こ れが前段否定をその思想根拠とする深層防護の考え 方である。 4 建屋外壁扉や換気系ルーバ等の開口部からの津波 浸入対策を実施することの重要性を確認した。 これら の開口部の対策は、 如何なる高さの津波をも防御す る障壁と考えることができ、 防潮堤の高さを高くするよ りも効率的、 効果的な方法であると考えられる。 今後 は扉の開閉管理と開口部対策を、 費用対効果を勘案 して検討することが重要である。 5 建屋内に津波が浸入することは、 その多少に係わ らず、 極力回避できるようにする必要がある。 また、 万一、 浸入してしまった場合に備え、 日頃から対策を 検討しておくとともに、 緊急時対応訓練を実施してお くことが重要である。 5. まとめ 今回、 本検討会において、 現時点の知見に立ち、 過去 の状態 (3.11 地震以前) において津波が来襲したというシミュ レーションを実施し、 現時点で考えている安全対策の有効性 を評価するという試みを実行した。 「仮想的バックフィット検討 会」 と命名した所以である。 このような仮想的シミュレーションで実施した 「津波対策の 妥当性評価」 のように、 対策の効果を確認するために、 対 策以前の状態ではどうなるかを検討評価すること、 想定を上 回る事象が生じた場合、 どのような影響があるかを評価する ことは極めて重要である。 我々はこのような検討評価を、 津波以外の事象も含めて、 継続的に実施することを電気事業者に推奨したい。 規制当 局に対しては、 単により厳しい基準を満足することを要求す るのではなく、 上記のような活動を電気事業者が実施するこ とを奨励するような規制を行うことを要望したい。 また、 国民 の健康と財産を守るために、 原子力発電所のリスクの主体は どこにあるか、 電気事業者の自主的安全性向上活動に大き な間違いがないか等、 最重要事項にフォーカスし、 効率的 効果的な規制を行うよう、 規制当局に要望したい。 以上のような活動を通じて我国の原子力発電所の安全性 がより一層向上することを期待してやまない。 謝辞本検討会の成果をまとめるに当たって、 参加委員を始め、 関係各位の多大なご協力をいただいた。 ここに感謝申し上 げる。 (平成 27 年 5 月 27 日) 著 者 紹 介 著者 : 橋爪 秀利 所属 ・ 役職 : 東北大学大学院工学券研究科 教授 専門分野 : 核融合炉工学 ・ 原子炉工学 著者 : 青木 孝行 所属 ・ 役職 : 東北大学大学院工学研究科 特任教授 専門分野 : 保全学/保全科学 各機関の動向 新規制基準があれば、福島事故は回避できたか? 橋爪 秀利,Hidetoshi HASHIZUME,青木 孝行,Takayuki AOKI 新規制基準があれば、福島事故は回避できたか? 橋爪 秀利,Hidetoshi HASHIZUME,青木 孝行,Takayuki AOKI