我国の原子力発電所の運転期間40年制限に関する規制上の課題と提言

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1. はじめに 我国の原子力発電所の運転期間 40 年制限に関する規制上の課題と提言 東北大学流体科学研究所 高木 敏行 Toshiyuki TAKAGI 東北大学大学院工学研究科 青木 孝行 Takayuki AOKI 2. プラント運転期間と寿命に関する考え方 福島第一原子力発電所事故を踏まえて平成 24 年に改正 された原子炉等規制法において、 我国で原子力発電所が 運転できる期間は 40 年間と規定された。 また、 原子力規 制委員会の認可を受ければ、 その期間を 1 回に限り 20 年 を超えない期間、 延長できるとされた。 この原子炉等規制 法の改正は議員立法で行われたものであり、 この改正の是 非を審議した第 180 国会 参議院 環境委員会の会議録で見 ると、 政治色の濃い内容であり、 運転期間 40 年には技術 的根拠、 理由がないことがわかる [1]。 軽水型原子力発電所は設計の成立性を確認するため、 評価上の条件として運転期間を仮定して主要機器の経年劣 化評価を行うが、 建設当時は設計上十分に成立すると考え られ、 税制上も問題がないと考えられた 「40 年」 を仮定し て評価を行った経緯があった。 その後、 先進各国では良好 な運転実績を踏まえて、 より長期の運転期間を仮定して評 価が行われ、 長期的健全性が証明されたものは少なくとも 60 年間の運転継続が認められている。 米国では 80 年間の 運転を認めるための規制方法が議論されている。 以上のように、 発電所機器の長期健全性が技術的に証 明できれば、 40 年を超える長期間の運転を認める考え方が 世界的潮流であり、 世界の常識となっている。 これは、 原 子力発電所に係わらず全ての人工構造物の供用期間は当 該構造物の状態を検査で把握し、 その結果を用いてその後 の健全性を技術的に予測評価した結果に基づき決定される という普遍的な考えに基づくものである。 それにもかかわら ず、 我国では原子力発電所の運転期間を原則として 40 年 に限定することとなった。 この運転期間 40 年制限はこれまでの人工構造物管理の 考え方を否定するだけでなく、 後述するように、 様々な問題 を生じさせる可能性がある。 このため、 原子力発電所の運 転期間制限に関する問題の調査、 検討を行った。 2.1 初期のプラントの設計 ・ 建設段階において想定していた プラント運転期間と寿命 (1) 原子力発電業界の認識 我国の初期の原子力発電プラントでは、 建設時 40 年等 の一定の運転年数を仮定した設計上の評価がなされてき た。 しかしながら、 この運転年数は、 原子炉 (圧力) 容器 等の重要な設備の設計において、 機器に発生する経年劣 化事象の累積量や進展量を評価し、 その設計の妥当性や 保守性を確認するために想定した年数であり、 いわゆるプラ ントの寿命ではない。 一方、 実際に発生する経年劣化は、 設計時の想定よりも 一般的に少ないか遅いため、 実機条件での評価や劣化進 展の監視を行うとともに、 運転経験や試験研究等により得ら れた知見を反映した予防保全や経年劣化状況に応じた機 器取替等の保全活動を的確に実施することで、 プラント全 体としては、 当初の設計評価期間を超える運転は十分に可 能との認識が初期のプラントの設計・建設段階においてあっ た。 この事は後述するように、 初期プラントの運転開始後、 15 年を過ぎた頃から運転期間 40 年を超える運転を想定し、 長寿命化技術開発などが行われるようになったことからも窺 える。 (2) 海外の認識 1 国際原子力機関 (IAEA) における認識 IAEA が発行している関連文書を調査した。 その結果、 いくつかの文書にプラント運転期間と寿命に関する記載が あった。 その一例を以下に示す。 1999 年に発行された IAEA の INSAG-14[2] には 「1970 年代や 80 年代に運転開始した原子力発電所は一般に 30 ~ 40 年間の運転寿命を想定して設計されているが、 いくつ かの運転組織は現在、 一部の発電所の運転寿命を 45、 50 保全学 Vol.14-3 (2015) または 60 年にまで延長する可能性を検討している。」 との 記載がある。 24解説記事「我国の原子力発電所の運転期間 40 年制限に関する規制上の課題と提言」 25 2 米国における認識 1976 年頃から電力共通研究等を通じて未解決の経年劣化 米国では、 原子力発電所の運転認可期間は最長 40 年 事象のメカニズム解明やその対策、 大規模な機器取替工法 間であり、 期間満了後は更新が可能となっている。 その更 の検討等、 産学官をあげての積極的な取り組みがなされて 新延長期間は原子力法下では制限がないが、 NRC は 20 きている (表 1)。 年と制限している。 このように、 産業界、 国ともに、 初期プラントが運転開始 当初の 「認可期間 40 年」 の根拠は、 運転認可更新規 して 15 年程度経過した頃から既にプラント建設時に機器の 則を最初に発行した際の官報(1991 年 12 月 13 日付) で 健全性を評価するために仮定した運転期間 40 年を超えて 次のように述べられている。 すなわち、 「司法省及び電気共 運転することを想定して各種の研究を開始している。 同組合は、 独占禁止の観点から 20 年の認可期間を支持し たが、 電気事業者は、 原子力発電所の減価償却の観点か (2) 高経年化技術評価の枠組みを確立した理由 らより長い認可期間が必要であるとの見解を示し、 議会が プラント建設時点で仮定した運転期間 40 年を超えて長期 40 年の期限を決定した。」 ということである。 運転を行うことを想定して、 いわゆる高経年化対策が米国 また、 NRC の認可更新に関するホームページ (Fact や英国など比較的早く商業運転を開始した国において開始 Sheet) では、 「最初の認可期間 40 年は、 原子力技術の され、 整備されてきた。 米国では 1991 年 12 月に原子力規 制限によるものではなく、 経済性と独占禁止の点から決めら 制委員会(NRC)の運転ライセンス更新規則が策定 (1995 れたものである。」 との記載がある。 そして 「しかしながら、 年 5 月一部改訂) され、 1998 年 5 月には、 カルバートクリ このように決定された期間から、 いくつかの系統、 構築物、 フ及びオコニーが最初の運転ライセンスの更新申請を行っ 機器では想定される 40 年の供用期間をベースに工学的な ている。 評価が行われてきた。」 との記載がある。 海外では、 このように長期運転に伴うプラントの高経年化 また、「なぜ 40 年間か?」と題する NRC の別のホームペー に対応するため、 一律に運転期間を制限するのではなく、 ジには、 以下の記載がある。 プラント毎に運転期間の認可更新や 10 年毎の技術評価に 「原子力法はコミュニケーション法 1934 年版をモデルにし 基づいて長期運転への対応を図っている。 その結果、 たと ており、 そこでは放送局の操業が数年間の期限でライセン えば、 米国では平成 26 年 12 月末時点で、 99 基の運転プ スが与えられていた。 そして、 そのライセンス条件に適合し ラントのうち 9 割以上の 92 基で 60 年運転へ向けたライセン ていれば、 認可の更新が認められるとされていた。 原子力 ス更新を行っており (残り 7 基のうち、 4 基は申請予定、 3 法においてもこれと同様に、 原子力発電所に対してそのライ 基は比較的新しいプラント。)、 73 基で既に 60 年運転の認 センスを更新することを認めた。 議会が原子力発電所のライ 可更新を取得済みである。 センスに対して 40 年間を選択したのは、 その期間であれば 国内においても 1990 年頃から国、 電気事業者で軽水炉 通常は電気料金によって費用回収が完了するからである。 の高経年化対策検討に関する調査 ・ 検討を開始し、 適切 40 年の認可期間は、 安全性、 技術面あるいは環境面に基 な保全活動を実施していくことが重要であることが認識され、 づいたものではない。」 1994 年 6 月、 国の総合エネルギー調査会原子力部会中間 報告等にて高経年化への対応の重要性が指摘された。 こ 3 他産業の認識 れを受け、 国内の高経年化に関する検討は、 2 つのフェー 火力発電プラントや化学プラントにおいても、 予防保全対 ズ (パート) に分けて開始された (表 2)。 象である機器の疲労やクリープなどの経年劣化に着目して、 適切に検査、 劣化評価、 補修等の保全活動を実施し、 安 (3) 新規制基準 (運転期間延長制度) 導入後の認識 全性を証明できるのであれば、 40 年を超える長期運転も可 平成 24 年に改正された原子炉等規制法において、 我国 能と考え、 そのような運用が行われている。 で原子力発電所が運転できる期間は 40 年と規定され、 原 子力規制委員会の認可を受ければ、 その期間を 1 回に限り 2.2 運転保守実績を蓄積した時点におけるプラント運転期間 20 年を超えない期間、 延長できると規定された。 と寿命の考え方 運転期間延長手続きに関連して発行された 「実用発電 (1) 運転開始後 30 年を迎える前の認識 (国内外の寿命延 用原子炉の運転の期間の審査基準 (平成 25 年 11 月 原 長評価プロジェクト等) 子力規制委員会)」 では、 運転期間延長申請の認可のた 電気事業者とプラントメーカは、 長期的視点に立って、 めには技術上の基準に適合させるために必要となる工事の 保全学 Vol.14-3 (2015) 26計画が認可等の手続きにより確定していること、 および原子 炉等の設備の劣化評価結果が延長しようとする期間におい て規定の要求事項に適合することが求められている。 また、 「実用発電用原子炉の運転期間延長認可申請に 係る運用ガイド(平成 26 年 8 月改正 原子力規制委員会)」 では、 運転期間延長申請時に必要となる 「当該申請に至る までの間の運転に伴い生じた原子炉その他の設備の劣化の 状況を把握するために実施した点検 (特別点検)」 の詳細 要求事項として、原子炉 (圧力) 容器の炉心領域 100% (母 材及び溶接部) に対する中性子照射脆化に着目した超音 波探傷試験要求や一次冷却材ノズルコーナー部 (給水ノズ ルコーナー部) の疲労に着目した表面検査要求などの試験 要求が記載されている。 同じく、 平成 25 年 6 月の新規制基準施行に伴い 「実用 発電用原子炉施設における高経年化対策実施ガイド (平 成 25 年 6 月 原子力規制委員会)」 も公表された。 従来 の高経年化技術評価からの主な変更点は、 対象範囲に常 設重大事故等対処設備等を追加すること、 40 年を超えるプ ラントの高経年化技術評価では特別点検の結果を適切に反 映すること、 などである。 2.3 現在の規制制度と高経年化への対応の考え方 原子力発電プラントの高経年化に係る新規制制度として、 これまでの高経年化対策制度に加えて新たに運転期間延 長認可制度が設けられた。 新規制基準では、 福島第一原子力発電所事故への反省 を踏まえ、 津波をはじめ地震や竜巻、 火災、 溢水等の自 然災害を含む外部事象への設計要求が大幅に強化され、 さらに厳しい重大事故等対処設備の設置と対処のための体 制整備が求められるようになったが、 高経年化技術評価に おいても、 常設重大事故等対処設備に対する劣化評価を はじめ福島第一原子力発電所事故を踏まえた技術評価要 求が強化されている。 高経年化対策制度は、 基本的にこれまでと同様、 運転 期間を 60 年と仮定し、 30 年目以降 10 年毎に機器の高経 年化に関する技術評価を行い、 長期保守管理方針を策定 して保安規定の変更認可を得ていくものであり、 30 年目、 40 年目のみならず、 運転期間延長認可後、 50 年目以降も 同様に実施することが求められている。 一方、 新規制基準とともに導入された運転期間延長認可 制度は、 前述の通り、 発電用原子炉の運転できる期間を一 律運転開始から 40 年と制限し、 その満了までに原子力規 制委員会の認可を受ければ、 1 回に限り最大 20 年の運転 期間延長を認めるものである。運転期間延長認可申請には、 原子炉 (圧力) 容器等に対する特別点検の結果、 延長し ようとする期間に対する高経年化技術評価及び長期保守管 上で述べた福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえ た新規制基準及び高経年化対策制度の 2 つが整備された ことを考えると、 最新知見を反映して継続的に機器設備等 の経年劣化評価を行い、 必要な保全内容の見直しを行って プラントの保全計画を立案、 実施、 検証していく高経年化 解説記事「我国の原子力発電所の運転期間 40 年制限に関する規制上の課題と提言」 表 2 我国における高経年化対策検討の歴史 27理方針の添付が求められている。 保全学 Vol.14-3 (2015) 対策のあり方は、 福島第一原子力発電所事故の教訓を踏 まえた新規制基準と相俟って、 原子力発電プラントの長期 運転に対する安全性を確保する一つの有効なやり方である と考えられる。 したがって、 プラントの運転期間を一律に 40 年と制限するのではなく、 むしろ長期的な観点から高経年 化対策制度と新規制基準に基づく安全性向上活動を徹底し ていくことが重要であると考える。 3. 原子力発電所の安全性を確保するための方 策と考え方 3.1 安全性を確保するための設計、 管理及び規制基準 (1) 安全設計と経年劣化管理 技術は日進月歩である。 建設時の最新技術を取り入れて プラントを建設した後も、 技術は常に向上し、 重要な知見が 蓄積される。 このため、 最新技術と最新知見を用いて建設 したプラントも建設が完了した時点から旧式化が始まり、 陳 腐化する。 特に運転開始後、 国内外のプラントで事故やト ラブルが発生し、 その際に得られた知見あるいは教訓が安 全上極めて重要である場合、 従来の規制基準が変更され、 新しい規制基準が制定されることがある。 もし規制基準が改 正されると、通常は既設の運転プラントにも適用 (バックフィッ ト) されるが、 安全性を決定する要素である安全設計と保 全のうち、 安全設計は既設機器の改造を必要とする場合が あり、 中にはその改造が容易でない場合がある。 このような 時に必要となるのが、 安全性評価あるいはリスク評価である。 必ずしも新規制基準の規定を満足しなくても、 機械系の系 統機器の構成や人間系による運用の見直しで、 新しい教訓 を踏まえた視点から見ても十分な安全性が確保されている と評価されることがあり得る。 このような場合は新規制基準を 満たさない既設運転プラントであっても運転継続を認めるの が合理的である。 安全確保を前提として原子力の平和利用を推進する上で は、 それを実現するための規制基準が極めて重要となる。 安全を確保するためには、 事故の発生を防止するため規制 のハードルを適切に設定すると共に、 機械系のみならず安 全文化醸成など人間系においても継続的な安全向上への 取り組みを行うことが最も有効であると考えられ、 規制のハー ドルは高くする必要がある。 しかし、 一方で原子力の平和 利用を推進し、 国民の福祉や生活水準の向上に寄与する ためには、 原子力産業を振興するため規制のハードルをで きるだけ低くする必要がある。 両者の絶妙なバランスが必要 なのである。 これまで先進諸外国においても最新知見を反 映しながら規制基準の策定に知恵を凝らし創意工夫して規 制のハードルを適正なレベルにするために努力が継続され てきた所以である (図 1)。 図 1 規制のハードル この観点からバックフィット ・ ルールを合理的に策定するこ とは極めて重要である。 なぜなら、 前述のように、 最新知見 を取り入れて建設した原子力プラントも建設が完了した瞬間 に陳腐化が始まるので、 全てのプラントが多かれ少なかれ 最新基準をバックフィットせざるを得ない状況に陥ることにな るからである。 したがって、 規制基準は安全を確保するため の最低限の要件 (Minimum Requirements) であるべきであ ること、 バックフィット ・ ルールは運転プラントに規制基準を 満足させるためのものではなく、 規制が要求している安全性 のレベルを要求するものであることが重要である。 (2) 40 年設計の意味 1 寿命の定義 プラントの存続に決定的な影響を与えるのが、 プラントの 経済性 (経済効率) と安全性 (安全機能) である。 経済 性が一定以上低いとプラントは存続できない。 安全性が一 定以上低くても存続できない。 この観点からプラントの寿命を決定する要因について検討 した。 その結果を図 2 に示す。 図 2 プラント寿命の決定要素 28解説記事「我国の原子力発電所の運転期間 40 年制限に関する規制上の課題と提言」 2 プラント設計における経年劣化の配慮 した。 米国の原子力規制当局である NRC のバックフィットに 図 2 に示したように、 プラントの寿命に影響を与えるもの 関する検討プロセスは図 3 に示すとおりである。 の 1 つとして経年劣化があり、 これはプラントの経済性にも 安全性にも影響する。 このため、 プラントの設計時点では、 当面の運転期間を想定し、 その期間内に経年劣化 (たとえ ば、中性子照射脆化や疲労) がどの程度進むかを評価する。 当該設計が運転期間中に進行する経年劣化を想定しても十 分に健全性を維持できること、 すなわち、 その成立性を確 認するのである。 その後、 運転を開始してからその実際の詳細な運転デー タおよび検査結果に基づき、 再評価を実施することにより、 機器の健全性を確認するのである。 評価の結果、 何らかの 対策が必要であれば、 物理的、 経済的に可能な範囲で機 器の更新や改造を実施し、 運転を継続する。 このような考え方は、国内外を問わず、また産業を問わず、 一般的である。 3 新知見 / 規制基準とプラント寿命 図 2 に示したように、 新知見に基づき、 規制基準が改正 されると、 これもプラントの寿命に影響を与える場合がある。 たとえば、 新規制基準を満たすために、 機器あるいは設備 を改造しようとした時、 それが物理的に不可能である場合が ある。 あるいは経済的に不可能である場合がある。 このよう な場合はそのときがプラントの寿命となる。 ここで重要なことは、 前述のように、 最新技術と最新知見 を用いて建設したプラントであっても建設が完了した時点か ら陳腐化が始まる、 ということである。 したがって、 規制基 準が新知見に基づき改められた時、 その規制基準の文面 に捉われず、 プラントの安全性に立ち戻って考えることが重 要である。 なぜなら、 プラントに求められるのは規制基準の 文面に適合することではなく、 安全性を一定以上に確保で きるか否かということであるからである。 これこそが原子力基 本法及び原子炉等規正法が求めることであると考えられる。 以上の観点から考えると、 新規制基準をバックフィットする か否かについての判断を迫られる機会は多分にあり、 その 判断は安全確保上、 極めて重要である。 したがって、 新規 制基準のバックフィットはどのような場合に行うか、 その適用 範囲、 適用方法、 判断基準などを具体的に規定することが 重要となる。 3.2 最新規制基準のバックフィット (1) 米国および欧米での考え方 1 米国におけるバックフィット 米国における最新規制基準のバックフィットについて調査 29図 3 米国 NRC の規制上の分析プロセス (NUREG/BR-0058, Rev.4) 2 英国におけるバックフィット 英国、 フランス、 ドイツにおけるバックフィットについて調 査した。 調査結果の詳細は、 紙面の制約から割愛する。 (2) 我国における考え方と課題 我国においては、 従来、 法的に明文化されたバックフィッ ト規制はなかった。 しかしながら、 例えば、 耐震については 大地震等の経験をふまえ、 安全上重要な設備に対して耐 震健全性を再確認し、 必要に応じて対策 ・ 補強し、 国はそ れを確認する仕組み、 いわゆるバックチェックにより、 プラン トの健全性を確保してきた。 しかしながら、 平成 25 年 7 月の新規制基準導入により、 原子炉等規制法第四十三条の三の十四及び同第四十三条 の三の二十三にバックフィットに関する規定が明記され、 発 電所の建設認可時期によらず、 常にバックフィットが要求さ れることとなった。 バックフィットの場合、 特に課題となるのは、 その判定基 準とバックフィットの適用時期である。 米国では、 「公衆の適 切な防護」 に影響がある場合にのみ、 コストを考慮せずに 保全学 Vol.14-3 (2015) 迅速なバックフィットを要求しているが、 これ以外は、 改造 等のコストと安全性向上によるメリットを比較し、 バックフィッ ト要否を判断することが定められている。 また、 バックフィッ ト命令時においても、 同時に電気事業者からの回答や実施 計画の提出を求め、 対策実施に必要な期間を考慮して猶 予期間を定め、 運転を止めることなく手続きを進められるよう になっている。 安全を常に維持 ・ 向上させることは重要ではあるが、 バッ クフィットについては、 米国等のルールを参考に、 科学的 技術的手法を用いてプラント全体の安全性向上への寄与度 やコスト効果等を評価した上でバックフィット ・ ルールの適用 を判断し、 その適用範囲、 適用方法、 猶予期間等を決定 する等の科学的合理性を取り入れた制度設計とすることが 必要である。 4. 原子力発電所設備管理のあるべき姿 4.1 原子力安全の構造とその構成要素 原子力安全は、 機械、 電気、 制御及び土木建築の各設 備から成る機械系と、 それを運用する人間系の 2 つの系か ら成っていると考えられる [4] (図 4)。 図 4 原子力安全の構造 機械系は想定する外部事象や内部事象などの設計条件 を踏まえて、 多重性 / 多様性、 独立性などのシステムに冗 長性を持たせる安全設計上の配慮やフェイルセーフ、 フー ルプルーフ、 インターロック等のヒューマンエラー対策など がなされており、 設計上の機能が発揮されれば、 一定以上 の信頼性あるいは安全性を確保できるようになっている。 こ れに対し、 人間系は、 通常時 (平時) においては機械系 を設計条件内で計画的に、 しかも安全安定に運用 (運転、 保全等) し、 製品を生産するが、 機械系の故障等の内部 事象や地震 ・ 津波等の外部事象により、 異常が生じたり事 故状態になったりした時 (有事) にも安全を確保しながら機 械系を停止、 収束させる、 いわゆる事故対応を行う。 言い 換えると、 原子力安全は機械系の安全機能と人間系の対応 が相俟って確保されると言える。 4.2 保全活動による経年劣化管理と安全性確保 保全とは、 機械系に劣化が生じ、 その結果として機械系 の各種機能が低下するのを人間系が修復する活動のことで ある。 この保全活動は、 劣化等の発生 ・ 進展の予測をベー スに対象機器の検査 ・ モニタリングを計画し (P)、 それを 実行する (D)。 そして、 その結果を評価し (C)、 必要に 応じて対象機器に是正措置を加える (A) 活動であり、 い わゆる保全の PDCA を構成している [4]。 以上のような、 検査技術を用いてプラントを構成する機器 や建屋の状態を把握し、 劣化評価技術を用いてその後の 運転に伴う劣化の進展を予測評価した上で、 継続運転の可 否を判断し、 必要に応じて是正措置を講じるという保全活動 は原子力発電所に限らず、 広く一般産業プラント等におい ても実施されており、 極めて普遍性の高い活動であり、 プラ ント寿命中において繰り返し行われ、 設備の健全性が維持 される。 5. より良い規制へ向けた改善提案 法律の改正までの間、 運転期間が 40 年を経過した後で 要する場合は、 電気事業者による健全性の証明 (検査と評 価) を前提に、 運転継続を認める等のルールを明確にす べきである。 5.2 規制手続き上の課題と改善提案 (1) 運転期間延長認可申請期間 運転期間延長認可申請のできる時期については、 米国 のライセンス更新申請と同様に、 運転期間満了に対し数年 以上前の早期の段階から申請ができるよう、 早期の運転期 間延長認可の審査が可能となるよう見直すことが求められ る。 5.1 本来あるべき姿から見た問題点と改善提案 (1) 運転期間 40 年制限の廃止 現在の原子力発電所の運転期間を一律 40 年に制限する 制度については、 科学的 ・ 技術的観点から、 さらには国際 的な動向からも適切なものではないと考えられ、 原子炉等 規制法を改正し、 制度の見直しを行うべきである。 (2) 運転期間延長申請の受付時期 も、 運転期間延長の申請ができるようにし、 審査に長期を 30解説記事「我国の原子力発電所の運転期間 40 年制限に関する規制上の課題と提言」 (2) 運転期間延長認可申請プラントの認可期限 すでに運転期間延長認可申請を行っており、 かつその審 査を行っているプラントに対しては、 仮に審査が 40 年満了 時点を経過したとしても、 審査が継続され、 運転期間延長 の認可を得ることができるようにすべきである。 (3) 運転期間延長認可制度の手続き等に関する改善案 運転期間延長認可制度の手続き等を下記のように改善す べきである。 ● 運転期間延長認可申請を行うことのできる時期につい ては、 運転開始 40 年満了の数年程度以上前から可能 となるようにする。 (実用炉規則の改正) ● これに合わせて、 原子力規制委員会が運転期間延長 に係る審査を行い、 認可を出す時期についても、 審査 状況に応じて早期に出すことが可能となるようにする。 ● 運転期間延長認可申請を行っているプラントは、 審査 期間が長期に及び、 40 年満了までに審査が完了しな い場合でも 40 年時点を超えて審査を継続し、 認可手 続きができるように明記する。(原子炉等規制法の改正) ● 新規制基準適合のための工事計画の認可手続き完了 を運転期間延長認可申請の認可の必須要件としないよ う見直す。 (審査基準の見直し) ● 運転期間が 40 年満了に達している、 もしくは 40 年に 近づいているプラントに対する猶予期間を見直す。 (原 子力規制委員会設置法の改正等) ● 運転期間延長認可制度は、 高経年化対策制度との重 複部分について整理し、 より効果的効率的なものとす る。 ● 特別点検は、 高経年化対策制度の側で実施する方が 合理的であるので、 そのように修正する。 5.3 運転期間延長申請に必要な特別点検の技術的問題点 高経年化技術評価や供用期間中検査との関係を整理し た上で、 各点検対象部位に対して着目する劣化事象、 点 検方法の他、 その必要性、 技術的根拠を明確にすべきで ある。 5.4 バックフィット ・ ルールへの改善提案 我国においても、 米国等のルールを参考に、 科学的技 術的手法を用いてプラント全体の安全性向上への寄与度や コスト効果を評価した上で、 その適用範囲、 適用方法、 猶 予期間等について具体的に決定できるようにバックフィット ・ ルール制度の見直しを行うべきである。 1900/01/306. まとめ 一般に産業設備はその劣化状況を検査 ・ 把握し、 その 検査結果を評価して必要な補修等を実施することにより維持 され、 運転に供される。 また、 運転保守経験や試験研究に より新たな知見が得られれば、 それらを踏まえて設備を改良 し、 必要な安全性を確保した上で運用される。 このように、 設備が健全に劣化管理され、 安全性が確保されていると評 価される限り、 運転期間に制限を加えずに設備を活用し、 国民や社会に役立てるのが本来の考え方である。 これは、 国内外を問わず、 また産業設備の種類に依らず、 普遍的 な考え方、 やり方である。 しかるに、 平成 24 年に改正された原子炉等規制法は原 子力発電所の運転期間を原則 40 年に制限するという世界 的にも極めて特殊な考え方に基づき我国の原子力発電所を 規制している。 この法改正は議員立法で提案され、 成立し たもので、「40 年」 にはまったく科学的、技術的根拠がなく、 政治的に決定されたものである。 本来、 産業設備の寿命は 科学的技術的に、 あるいは経済性で決定されるべきもので ある。 このような政治的に決定された運転期間 40 年制限は、 本文で述べたように、 むしろ原子力発電所の安全性を低下 させることに繋がり兼ねない。 また一方で優良な我国の資産 を活用することを妨げ、 それによって生じる負荷を国民に押 し付けることにもなり兼ねない。 我国の原子力基本法および原子炉等基本法はその目的 において、安全を確保して原子力を活用し、将来エネルギー 資源を確保することにより、学術進歩と産業振興とを図り、もっ て人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与すること を求めている。 この法の精神に則り、 原子力発電所の安全 性が確保される限り、 運転を許容し社会 ・ 国民に役立てら 謝辞本論文は日本保全学会内に設置された 「原子力発電所 の運転期間 40 年制限問題検討分科会」 での議論を踏まえ てまとめたものである。 同検討会の委員および関係各位に 参考文献 [1] 第 180 国会 参議院 環境委員会 第 6 号 (平成二十四 年六月十八日 (月曜日) 午前十時一分開会) (http:// kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/180/0065/18006180 065006a.html) れるようにすべきである。 感謝申し上げる。 [2] IAEA, “Safe Management of the Operating Lifetimes of 保全学 Vol.14-3 (2015) Nuclear Power Plants”, INSAG-14, 1999 [3] IAEA, “Plant Life Management for Long Term Operation of Light Water Reactors”, IAEA Technical Report No.448, 2006 [4] 青木孝行、 高木敏行、 “ 保全科学の観点から見た原 子力発電所の保全と事故対応の類似性に関する検 討 ”、日本保全学会 第 10 回学術講演会 要旨集(2013 年 7 月)、 pp.349-354 (平成 27 年 6 月 25 日) 保全学会からのお知らせ 32著 者 紹 介 著者 : 高木 敏行 所属 ・ 役職 : 東北大学 流体科学研究所 教授 専門分野 : 非破壊材料評価/機能性 材料システム/保全学 著者 : 青木 孝行 所属 ・ 役職 : 東北大学大学院工学研究科 特任教授 専門分野 : 保全学/保全科学 我国の原子力発電所の運転期間40年制限に関する規制上の課題と提言 高木 敏行,Toshiyuki TAKAGI,青木 孝行,Takayuki AOKI 我国の原子力発電所の運転期間40年制限に関する規制上の課題と提言 高木 敏行,Toshiyuki TAKAGI,青木 孝行,Takayuki AOKI
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