シビアアクシデント関連の原子力学会の標準策定の活動状況

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カテゴリ: 解説記事
1. はじめに わが国の規制基準の体系化については、これまで旧保 安院や旧原安委で検討はしてきたものの、その時々の要 請に合わせて急ぐ規制基準から整備されてきたのみであ り、パッチワーク的な手直ししか行われておらず、抜本 的整理は進んでいなかった。福島第一事故を契機として 国の規制基準は大幅に変更されたものの、バックフィッ トに関する基準、シビアアクシデントに関する基準、安 全性向上評価やリスク評価に関する基準、廃棄物の処理 処分に関する基準、などについて、さらに具体化や改善 すべき点が残されている。 原子力学会・標準委員会では、平成 23 年 9 月から、 福島第一原子力発電所の事故を教訓として、標準策定に 資するために、「原子力安全確保のための基本的な考え 方」について、もう一度原子力安全の原点に立ち返り検 討を進めてきた。現在までに、原子力安全の目的及び基 本原則 [1]、深層防護 [2]、原子力安全を達成する技術要 件 [3] について纏めてきた。原子力学会・標準委員会と しては、上記の原子力安全の目的を頂点とする統一され た安全哲学に基づき、リスク重要度に応じた、科学的合 理性、論理性、整合性があり、新知見のタイムリーな反 映が可能であるように、深層防護の考え方に沿った原子 力安全確保のために必要な規制基準、学協会規格を体系 化し、再構築する必要があると考えている。 以下では、上記の中長期的な原子力安全の確保に必要 な体系化に沿った標準策定の推進、及び短期的な新規制 基準に即した詳細仕様基準としての標準策定の現状を述 べる。 2. 原子力安全確保の規格基準体系の基本的考え方 わが国の原子力関係の規格基準は、1960 年代後半か ら原子炉等規制法と電気事業法を頂点とする体系の中で シビアアクシデント関連の 原子力学会の標準策定の活動状況 一般社団法人 原子力安全推進協会 河井 忠比古 Tadahiko KAWAI 15整備、運用されてきた。1990 年代に入り民間活力の活 用が強調され始め、2001 年の「規制改革推進 3 カ年計画」 に関する閣議決定において「安全性の確保を前提に、原 子力発電施設に係る技術基準の性能規定化及び民間規格 の活用について検討すべし」とした。これを受けて、平 成 14 年 7 月に原子力安全 ・ 保安院の原子力安全 ・ 保安 部会の原子炉安全小委員会が「原子力発電施設の技術基 準の性能規定化と民間規格の活用に向けて」とする報告 書 [4] を提言し、平成 15 年 2 月に原子力安全委員会が「安 全審査指針の体系化について」と題する報告書 [5] を決 定した。これを受けて、公正、公平、公開の原則に従っ て産官学が参画する学協会規格の活動が本格化した。電 気事業法の関連規定の性能規定化と学協会規格の策定が 一定程度進んだもののなかなか原子力安全を充実、強化 するものにはなっておらず、また、原子炉等規制法にお いて実質的な許認可基準として使われていた安全審査指 針類はその時々の要請に合わせて急ぐものから改定、策 定が行われるだけで、抜本的な整理は難しく作業は遅れ ていた。その中で福島第一事故が発生し、SA 対策を本 格的に取り組んだ新規制基準が制定された。一方で、性 能規定―仕様規定の枠組みについては、平成 25 年 6 月 に原子力規制庁が「今後の原子力規制委員会における民 間規格の活用について」を決定し、学協会規格を活用し ていくとはしたものの、学協会協議会の規格策定の委員 会等には「規格策定を行う委員ではない立場」で参加す るとするなど、福島第一事故以前の状態にまでも戻って いない。 そもそも、福島事故以前のわが国の規制基準は多くの 課題があった。すなわち、1安全規制が原子炉等規制法 と電気事業法の両方が入り組んで規制するという複雑な 体系になっていた、2原子炉等規制法の許可基準として 安全審査指針類が実質的に使われてはいたが、それらは 法定根拠を持つものではなかった、3輸入技術であった 火力発電の規制体系を基本的に踏襲したため、建設工程 保全学 Vol.14-4 (2016) に沿った段階規制が行われ、検査がしやすい構造強度に 偏ったもので、一体的に安全性評価を行うようなホール ドポイントがなかった、4段階規制のため設計標準化が 進んでも同じ許認可審査が繰り返された、5事業者規制 を基本とする法体系であるため設計、製造を担当する メーカーに国が直接的に関与できなかった、6 TMI 以 降世界各国でシビアアクシデントへの取組みが強まった のに、DBA までの事象への対応に過度な自信、自負を 持っていたために、シビアアクシデントが全く規制基準 に規定されていなかった、7安全審査指針類は多く定め られていたが、その頂点に立つべき原子力安全確保の基 本原則など原子力安全の基本的考え方を定義、規定した ものがなかった、8その一方で安全審査指針類には仕様 規定的なものを含んだものが多くあり、事業者の創意工 夫の余地を狭め審査が形骸化し、新技術による安全性向 上を阻害していた、9自然現象を含む外部事象に対して、 地震については相当に厳しい規定があったが、その他に ついては十分な規定が無かった、などの課題である [6]。 福島事故以前のわが国の規制基準の多くの課題は、福 島事故を契機とした法令改正、新規制基準の発効により、 かなりな部分が解消されてはいるが、さらに具体化や改 善すべき点が残されている。原子力安全の確保には、そ れに必要とされる機能、性能に対して、工学的判断や、 決定論的評価、確率論的評価等に基づいてハードとソフ トを的確に組み合わせて達成していく必要がある。とり わけシビアアクシデントへの対応では、設計で用意した 設備の多くが壊れた後に如何に迅速かつ的確にプラント を安全状態に復帰させる手段はあるかということを考察 するフェーズであるので、ソフトによる対応の比率が急 速に増加していく。新規制基準において安全性向上評価 届出が法定化されたことを契機に、これを活用してプラ ントのリスクレベルの状態を一体的、総合的に評価し、 リスクレベルに応じた対策を優先的、重点的に推進する という、科学的、合理的な安全対策を推進できるよう、 国の規制基準、学協会規格の体系を整備、充実していく べきである。 そのためには、先ずは、全ての基本である「原子力安全」 確保の目的、考え方に沿って技術要件を整理し体系化す ることが肝要である [1] [2] [3]。その体系の中で、目標、 機能要求、性能水準要求、容認可能な実施方法(仕様規 定)、みなし規定、として分類していき、それらに対応 して全ての国の規制基準、学協会規格が位置付けられ、 また相互に重なりが無く、一方で溝が生じないようにし ていくべきである(図 1 参照)。その際、規格基準相互 の所掌範囲はリスクをベースに検討すべきである [7]。 3. 原子力安全の確保に必要な体系化に沿った 標準策定の推進 標準委員会では、福島第一原子力発電所の事故を教訓 として、標準の策定検討には、原子力安全の基本的な考 え方、安全原則とそれを具現化するための要件が明確に なっていることが必要であるとの考えを新たにした。そ こで、標準委員会の直結タスクとして原子力安全検討会 を H23.9 に設置し、また同時にその傘下に原子力安全分 科会を設置し、原点に立ち返り、公正、公平の立場で、 図 1 規格基準類の体系化 16今後の標準策定に資するため、原子力安全の基本的な考 え方を検討してきた。 これまで、標準委員会・技術レポート「原子力安全の 基本的考え方について 第I編 原子力安全の目的と基 本原則」[1] を H25.6 に発行し、続いて別冊「深層防護」 を H26.5 に発行した。その後、これらを基盤としてさら に技術要件に展開する標準委員会・技術レポート「原子 力安全の基本的考え方について 第II編:原子力安全確 保のための基本的な技術要件と規格基準の体系化の課題 について」[3] を H26.9 に制定し(現在、発行手続き中)、 近々発行される予定である。 上記の技術要件に関する技術レポートでは、IAEA 安全レポート No.46「Assessment of Defence in Depth for Nuclear Power Plants」(SRS-46)のオブジェクティブツ リーを参考にしつつ(図 2 参照)、福島第一原子力発電 所の事故の教訓を加味しつつ、上記の技術レポートに 書かれた原子力安全の目的と基本原則から原子力安全 の確保のために必要な技術要件を導いている。次に、 IAEA 安 全 基準「Safety of Nuclear Power Plants: Design」 (SSR2/1,2)の規定との目的連鎖の整合性を確認しつつ、 IAEA の規格基準と比較して、わが国の規格基準類の体 系化の課題を整理している。そこでは、わが国で不足 するものとして、設計基準 DBA 関連、深層防護関連、 BDBA(Beyond DBA)関連、安全評価と確率論的リス ク評価関連、廃棄物処理及び廃止措置関連、運転期間延 長関連、安全マネジメント関連など、10 カテゴリーを 挙げ、それぞれを整備するに際しての考慮事項を記載し ている。 次に、IAEA は実際の許認可を行っていないので規定 は性能規定に留まっており、一方で新規制基準は詳細な 仕様規定までも結構な割合で含んでいるとともに、同様 に詳細な仕様規定までも含んでいた旧の安全審査指針類 の多くがそのままの形で引き継がれる見込みである。こ のため、規格基準類のあるべき姿について学会として提 言するには、実際の許認可の基礎になっており具体的な 仕様規定までの展開がある米国の Standard Review Plan (SRP)を参考に、さらに体系化の下層構造の検討、詳 細化を図る必要があると考えて、現在検討中である(図 3 参照)。 図 3 SRP を参考に技術要件体系の下層構造の詳細化 4. 新規制基準に即した標準策定の現状 (シビ アアクシデント関連) 福島第一原子力発電所事故の教訓を反映するシビアア クシデント関連の学協会規格の制改定計画については、 解説記事「シビアアクシデント関連の原子力学会の標準策定の活動状況」 17図 2 SRS-46 のオブジェクティブツリーの構成 保全学 Vol.14-4 (2016) 日本電気協会、日本機械学会、日本原子力学会を主な構 成員とする原子力関連学協会規格類協議会(以下、「学 協会協議会」という)において、平成 24 年 3 月から、 福島事故に関する各種報告書を基に、福島第一原子力発 電所事故後の原子力安全の向上に向けた学協会規格の整 備計画の検討を開始した。その後、わが国を挙げて福 島第一事故の原因究明及び教訓摘出を進めた結果、平成 25 年 7 月に原子力規制庁が新規制基準を発効すること に至ったことから、この新規制基準に沿って、学協会協 議会では、精力的に検討を進め、平成 26 年 3 月に福島 第一原子力発電所事故後の原子力安全の向上に向けた学 協会規格の整備計画を取り纏めた [8]。制改定する必要 のある学協会規格は総数 83 件、そのうち「優先度 高」 は 39 件となっている。新規制基準では、審査基準とし ての安全審査指針類を一旦全て削除した上で、設計指針、 耐震指針などの一部の重要なもののみを採用し、その他 については爾後見直しとしたままの状態が続いているの で、上記の学協会規格の整備計画には旧の安全審査指針 類の一部の学協会規格化も含まれている。原子力学会の 関係で制改定する学協会規格について、「優先度 高」 は下記の 14 件となっている。 (1) 原子力安全確保のための基本的考え方 (2) 安全性向上対策の意思決定に関する技術レポート (3) SAM 実施基準 (4) PSR 実施基準(改定) (5) PLM 実施基準(改定) (6) PRA 品質確保実施基準 (7) 内的事象レベル 1PRA 実施基準(改定) (8) 内部溢水 PRA 実施基準(H25.11 発行) (9) 外的ハザードリスク評価方法選定実施基準 (10) 内部火災 PRA 実施基準 (11) 地震 PRA 実施基準(改定) (12) 津波 PRA 実施基準(H24.2 発行) (13) PRA 以外のリスク評価手法のハンドブック (14) シビアアクシデント解析コードの V&V 標準 これらの進捗状況は表 1 のとおりであり、新規制基 準に即した詳細仕様基準としての標準策定はほぼ終了 しつつある。このうち筆者が直接係っているもののう ち、安全性向上対策の意思決定に関する技術レポートは H27.11 現在最終案が纏まり、今後上部委員会の審議に 諮っていく段階である。福島第一事故に関する各種報告 書の教訓や提言において、継続的な安全性向上の必要性 表 1 学協会整備計画の進捗状況 ( 原子力学会の関係 ) 18や重要性が、主要なものの 1 つとして挙げられているが、 わが国では継続的な安全性向上対策採用の考え方につい て今までのところ具体的な要件が明確に記述されたもの はない。そこで、同技術レポートでは、安全性向上対策 に関する意思決定の国内外の事例を分析、評価しつつ、 継続的な安全性向上のあり方、考え方を整理し纏め、そ こから実際に統合的意思決定プロセス(図 4 参照)に沿っ て安全性向上の意思決定を行おうとした時に解決してお くべき重要な課題を抽出している。 5. まとめ 原子力学会 ・ 標準委員会では、上記の4.に記載した 短期的活動、すなわち、新規制基準に即した詳細仕様基 準としての標準策定はほぼ終了しつつあり、今後は、中 長期的活動、すなわち、上記の3.に記載した、原子力 安全の確保に必要な基準の体系化の推進、体系化に基づ き重点化した標準策定の推進を学協会協議会との連携の 下に進めていくこととしている。 参考文献 [1] 一般社団法人 日本原子力学会、“ 原子力安全の基 本的考え方について 第I編 原子力安全の目的と 基本原則 ”(2013 年 6 月)、AESJ-SC-TR005 : 2012 [2] 一般社団法人 日本原子力学会、“ 原子力安全の基 本的考え方について 第I編 別 冊 深層防護の 考 え 方 ”(2014 年 5 月 )、AESJ-SC-TR005(ANX) : 2013[3] 一般社団法人 日本原子力学会、“ 原子力安全の基 本的考え方について 第II編 原子力安全確保のた めの基本的な技術要件と規格基準の体系化の課題 について ”(2014 年 6 月制定、現在発行手続き中)、 AESJ-SC-TR007:2014 [4] 保安院・原子炉安全小委員会、“ 原子力発電施設の 技術基準の性能規定化と民間規格の活用(H14.7) [5] 原子力安全委員会、安全審査指針の体系化について (原安委、H15.2) 変わったか 改善された課題と今後に残された課 題 ”、日本原子力学会誌 , Vol.56, No.3 (2014), p7-p11 [7] 近藤俊介、“ 原子力規格委員会への期待 ”、第1回 日本電気協会原子力規格委員会シンポジウム(2014 年 5 月 16 日)、基調講演 [8] 学協会協議会作業会、“「学協会規格整備計画52 項目」の見直し結果(報告)”、第 36 回 原子力関 連学協会規格類協議会(2014 年 3 月 11 日)、資料 36-2-1 著 者 紹 介 著者 : 河井 忠比古 所属 : 一般社団法人 原子力安全推進協会 安全性向上部 特任調査役 専門分野 : 安全設計、 PRA 解説記事「シビアアクシデント関連の原子力学会の標準策定の活動状況」 19[6] 班目春樹、“ 事故を経て原子力規制はどのように (平成 27 年 11 月 28 日) 図 4 統合的意思決定のプロセス シビアアクシデント関連の原子力学会の標準策定の活動状況 河井 忠比古,Tadahiko KAWAI シビアアクシデント関連の原子力学会の標準策定の活動状況 河井 忠比古,Tadahiko KAWAI
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