安全目標の設定とリスク評価による定量化
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1.はじめに 発電設備の安全性のレベルに関して国民の間に混乱が見 本解説は、学会内の一部の人たちとの議論から取りまと めたものであり、これは必ずしも学会員の総意ではない。 しかし、これからを考える一つの手立てとなるものと考 え、ここに記載する。 今だ、原子力発電に対する国民のアレルギーが大きい。 これは、突然足元で起こる予測不能の地震への恐怖と原 子力発電所はいくら安全性を向上させても大規模事故の 発生の可能性が残っていることの2点が、人々の「不安」 を掻き立てているからに他ならない。 「不安」とはなにか。これが“原子力発電所が将来起こ すかもしれない放射性物質の放出と言う事故の可能性” である、「リスク」への不安である。 原子力への信頼を回復するためには、人々の「不安」を 払しょくして「安心」に繋がる施策を施すことが喫緊の 課題である。つまり、原子力発電を社会的に受け入れて もらうためには、次の3点について配慮する必要がある。 〇原子炉の危険性をはっきりさせる: 原子力発電には、地球温暖化防止やエネルギー安全保障 そして緊急事態時の強力な対策として多大な貢献が期待 できる一方、それが抱える事故の確率を定量的に明らか にして、利害得失の比較検討を行うべきである。 〇他産業より高い安全レベル: 日常の社会生活における他産業の社会的リスクと対比 し、原子力発電設備は高い安全レベルを保持しているこ とを安全目標・性能目標を通して明らかにする必要があ る。〇安全性向上に向けた継続的努力: 原子力発電に係る組織や人たちは、現状に満足せず常に 安全性向上への努力を実践していることを、判りやすく 説明しなければならない。 達成すべき「安全性のレベル」は科学的であると同時に 「国民に納得してもらえることが必要」である。原子力 られるのは由々しき問題である。この国民の「不安」を 払しょくし原子力発電が社会的に受け入れられるように するためには、社会的に合意されるリスクの許容レベル (安全目標)を早急に制定すべきであると考える。 リスクは「将来、ある頻度で起こりうる事象が与える損 失の大きさ(期待値)」と定義されているが、多くのリ スクには発生の不確実性が伴っており、すべての事象が 正しく定量化できるものではないことを十分に理解して おく必要がある。しかし、不確実さがあることを理解し ながら、リスクを抑えるために何をすればいいのかを考 える必要がある。すなわち、事象の発生確率と被害規模 をできるだけ小さくする対策を、ハードウェアのみなら ずソフトウェアの面(深層防護第 4 層、第 5 層)でも常 に改善していく努力を行うことが、不可欠なのである。 (注)ここでは、現実の便益、ベネフィットに対して起 き得る可能性のある不利なことをリスクと称している。 すべての事柄にベネフィットとリスクがある。リスクを 取ってベネフィットを得るものである。 一方、リスクを低減する方策をリスクヘッジと言う。 それが安全策である。 2.安全目標の設定とその効用 2.1 安全目標の制定 全てのものに、環境要因としての様々な可能性があり、 必ずリスクが伴う。このリスクをどの程度にするか、が 安全の目安、安全目標となる。 原子力発電所が社会に受け入れられるかどうかは、社会 がその利便性・便益・ベネフィットを認め、ある程度の リスクはやむを得ないと判断するかどうかにかかってお り、受け入れられるリスクを指標とする定量的な安全目 社会が持つ安全やリスクの概念に基づく定量的な目標の 設定は、安全を確保す活動に客観的に共通の目標を持つ 安全目標の設定と リスク評価による定量化 法政大学 宮野 廣 Hiroshi MIYANO 東京都市大学 村松 健 Ken MURAMATSU 標はきわめて重要な役割を持つ。 解説記事 こととなり、一致した取り組みを持ちやすくなる。リス クを定量的に表わす客観的な方法が求められる。 しかし、実際に安全目標と原子力発電所の安全確保と、 どのように結びつけるのか、重要な課題となる。社会が 目指す安全目標の達成のための具体的な手段として、安 全目標を達成するための原子力発電所が目指すべき目標 を性能目標として設定することで、目指すべき目標が明 確に示される。 2.2 安全目標に対応する性能目標を定める 技術的方法 安全目標に対応させて性能目標を定める考え方を示す。 但し、以下は、安全目標を満たす最低限の性能目標を満 足するための定め方であり、規制行政庁及び事業者は、 合理的に実行可能な限り高い安全を追求する観点から、 国際的な水準や最新の安全確保の技術を考慮して目標を 設定すべきである。 公衆のリスクに関する安全目標から性能目標を定める論 理を図 1 に示す。ここでは,上段に公衆のリスクを評価 する手順を示している。安全目標は、公衆のリスクの指 標を用いて表される。これは、格納容器が損傷した際に 放出される放出量の関数である。この関数を、できるだ け厳しく仮定して計算を行うことにより、格納容器の機 能喪失の頻度がどれほど低ければ安全目標を満足できる かが計算できる。 仮に個人の年あたり死亡確率 R で与えられている場合 には,それによる格納容器破損頻度 CFF は次のように 求める。 CFF* = Rd*/Pd(S) ここで、 CFF* = 格納容器破損頻度に関する性能目標 Rd* :個人の死亡確率で表した安全目標 Pd(x):ソースタームxに対する個人の条件付き 死亡確率。但し、防災活動の効果を保守的 に見積もって評価する。 S :格納容器破損にいたる事故を保守的に代表できる ソースターム である。 図 1 社会にもたらす影響のリスクに関する安全目標 から施設の性能目標を定める論理 2.3 安全目標制定の効用 このリスクを指標とする定量的な安全目標を定めること により、以下の効用が期待できる。 原子力の国民的理解の促進に役立つ: 原子力発電のリスクを定量的に明らかにすることで、他 産業の人工物と比較しながら便益とのバランスを考える ことができるようになり、情緒的な議論が多い原子力の 是非に関する議論を合理的な問題に落とし込むことがで きる。その際、リスクを社会に受け入れてもらうための リスクコミュニケ―ションが肝要である。リスクコミュ ニケーションを通して、原子力を推進する立場の人々も 異なる立場の人々から多くのことを学ぶことができ、相 互の考えの違いを理解したうえでの実りある議論に発展 することが期待される。 裁判官に安全性に関する判断基準を示せる: 裁判官の判決が社会に受け入れられるためには、「社会 通念」に判断根拠を求めざるを得ない。原子力発電の利 用による便益とリスクのバランスを現実的に判断する考 えが社会に浸透していれば、ゼロリスクを証明しろと 言っているに等しい大津地裁の判決の類は、社会には受 け入れられなくなることが期待できる。 また、原子力に関して素人である裁判官が誤った判断に 至らないように、国としても、原子力の安全性の考え方 や安全性の向上に向けた普段の努力の積み上げ結果を積 極的に発信していく責務がある。 規制の予見性が高まる: 規制官が規制判断を行う時の判断基準が明らかとなり、 規制行政の透明性、予見性が高まり、規制の合理化が図 れる。 現在の規制基準は性能規定である。仕様の具体化は事業 者に任されており、規制官は規制基準への適合性を判断 して許可や命令を発すればよいはずである。しかし、現 実は詳細な仕様に拘り本末転倒の規制行政を行ってい る。安全目標が定められ、それに伴う性能目標が明らか となることで規制判断の根拠をそこに求めることがで き、許可や命令等の透明性や予見性が高まる。これによ り規制行政にリスク情報を活用し、事業者の提案に対し て合理的な規制判断ができるようになる。 原子力発電と社会の接点である安全目標が示されること で、事業者は、その達成に責任を負うことは当然として、 米国 NRC)の導入とも相俟って、リスクを減らし現状 を上回る安全性の確保を目指して監視と改善を行い、原 事業者の安全意識の高揚、安全性の向上が促進される: 検査制度の見直しによる ROP(Reactor Oversight Process, 保全学 Vol.16-2 (2017) 子力安全文化を組織文化として定着させていく責務があ る。3.安全目標の定量化 3.1 PRA による定量化の試み PRA(Probabilistic Risk Assessment PRA と 略 す ) は、 確率論的リスク評価施設である。これは、事故を起こし 公衆や社会に害を与えるリスクを科学的に推定する方法 である。 PRA を行うことにより、次の 3 つの情報が得られる。 これらをリスクの 3 要素と呼ぶこともある。 ? どのような事故が発生しうるか ( シナリオ )、 ? そのような事故の発生可能性はどれほどか ( 頻 度 )、 ? そのような事故が発生した場合の被害はどれほ どか ( 影響 )。 原子力発電所では、放射性物質は炉心の燃料に閉じ込め られているので、炉心が溶融しない限り大量の放射性物 質が外に出ることはない。そこで、公衆へのリスクを求 めるには炉心が損傷する事故に焦点を当てて、次のよう な手順で評価を行う。 手順 1: まず炉心が溶融するような事故 ( 炉心損傷事 故 ) のシナリオを、系統的に全てを列挙する。このため には、イベントツリーやフォールトツリーと呼ばれる手 法が開発されている。図2に、イベントツリーとフォー ルトツリーの概念図を示す。 図2 イベントツリーとフォールトツリー イベントツリーでは、事故シナリオは、発端となる事 象 ( 起因事象 ) とそれを収束させるための安全設備の故 障や人間の失敗の組み合わせとして表現する。イベント ツリーで表した炉心溶融に至るシナリオを炉心損傷事故 シーケンスと呼ぶ。フォールトツリーでは、イベントツ リーの分岐に対応する安全設備の失敗に注目し、その原 因となる機器の故障や操作失敗をツリーの形に洗い出し ていく。 次いで、そのような事故シナリオの発生の頻度を、安 全設備を構成する機器故障の統計データや人間の失敗の 可能性の推定に基づいて評価する。こうして、炉心損傷 に至る事故の発生頻度を推定する。炉心損傷事故シー ケンスの頻度の合計を炉心損傷頻度(CDF, Core Damage Frequency)と呼ぶ。 手順 2:次に、原子炉内及び格納容器内で事故が進展す るプロセスのシミュレーションなどを行って、格納容 器の破損に至る事故のシナリオ ( 格納容器機能喪失事故 シーケンス ) を全て抽出する。また、その発生頻度を、 事故時の復旧操作の失敗の可能性や様々な物理現象に関 する検討を行って推定するとともに、燃料中の放射性物 質が燃料溶融により気体又はエアロゾルとして浮遊し、 格納容器の破損により大気中に放出・拡散されるプロセ スのシミュレーションを行って環境へ放出される放射性 物質の量 ( ソースタームと呼ぶ ) を推定する。なお、格 納容器機能喪失事故シーケンスの頻度の合計を格納容器 機能喪失頻度(CFF, Containment Failure Frequency)と呼 ぶ。手順 3:さらに、環境中の放射性物質の拡散や公衆の 被曝線量の推定、経済的な影響の推定などを行う。 これが、手順の概要である。 なお、公衆や社会に対するリスクを評価するには、以上 の 3 つの手順の全てを行う必要がある。 図3 PRA の目的とアウトプット そのような PRA は、図3に示すように何を目的として 行うのかにより、レベルを分けて示している。原子力発 電所の設備の安全性評価のための PRA をレベル1PRA と言い、炉心損傷の可能性を評価する。事故になった 場合の放射性物質の放出量を評価する PRA をレベル2 被害をもたらすのか評価する PRA をレベル 3PRA と言 う。3.2 PRA でできること これらの PRA では、地震や津波などの外的事象により、 多数の機器が同時に損傷するシナリオも考慮される。例 えば、地震に起因する事故のリスク評価では、まず施設 周辺の活断層や過去に発生した地震の情報を基に、施設 で発生する地震動の大きさと発生頻度を評価する ( これ を地震ハザード評価という )。次いで、耐震設計の情報 から個々の機器がどれほどの地震動で損傷するかを推定 する。そして、これらの情報を組み合わせて、地震によ り炉心損傷に至る事故シーケンスの発生頻度を推定す る。 PRA により、CDF や CFF への寄与の大きい事故シー ケンスを認識し、効果的な対策を講じることが出来る。 また、様々な安全対策がある場合と、ない場合の炉心損 PRA と言う。放出された放射性物質によりどのような 傷頻度を比較することにより、その対策がどれほど重要 かを知ることが出来る。 原子力発電所の安全水準を客観的な指標を用いて数字で 表現することができれば、規制者、事業者、国民の間で 理解を共有できるようになる、と期待できる。PRA は、 そのような科学的手法として世界的に認められている。 PRA の考え方を用いた安全目標は、原子力発電所の 設備としての目標とする安全の水準として、CDF(炉心 損傷頻度)、CFF(格納容器損傷頻度)などの PRA で推 定する数値を指標として表わすことができる。これを性 能目標と言う。 例えば、現在、原子力規制委員会では、 (1) CDF を 10 -4/炉年以下とする (2) CFF を 10 -5/炉年以下とする (3) ソースタームがセシウム換算で 100TBq 以上と なる事故の発生頻度を 10 -6/炉年とする という目標を提示している。しかし、ここで (1)、(2) に ついては、内的事象に対しては適用可であるが、外的事 象など広く適用するには今回の事故を踏まえて見直さな ければ適用できない。(3) については、今回の事故を踏 まえて、国の原子力規制委員会が新たに付加したもので ある。 3.3 PRA の手法 PRA の手法は、1975 年に世界で最初に適用事例の報 告書 WASH-1400 が公開された。以来、各国で研究開発 され、世界中の原子力発電所でレベル 1 又はレベル 2 の PRA が評価されている。重要な事故シーケンス情報が 安全性向上に役立っている。 わが国でも、1992 年に原子力安全委員会がアクシデン トマネジメント(AM:Accident Management)の整備を 奨励する決定を行い、その活動の一環として PRA がな された。しかし、当初はこの PRA では一部の事象のみ を扱い、地震及び津波の外的事象による事故リスクな どの評価は含まれていなかった。このことについては、 2015 年 9 月に公開された IAEA の福島第一事故に関す る IAEA 事務局長報告書において、「福島第一原子力発 電所に関して実施された確率論的安全評価研究は対象範 囲が限られており、内部又は外部の発生源からの溢水の 可能性を考慮しなかった。これらの研究が限定されてい たことが運転員に利用可能なアクシデントマネジメント 手順の対象範囲が限られることにつながった。」と指摘 されている。PRA は見落とされた弱点を発見し補強を 行うための極めて有力な方法とされているが、このよう に重要なリスク寄与因子を可能な限り包絡するという視 点がなければ効果は限定される。 原子力の安全を確立するには、まず、国の原子力政策を 司る行政庁は、国民の納得する形で、PRA から得られ るリスクの指標を用いて、守るべき安全目標を定めるべ きである。一方、原子力規制委員会は、その安全目標を 満足する条件の範囲で、現在の科学・技術により合理的 に実行可能な水準を踏まえて、PRA から得られる施設 に関するリスクの指標を用いて施設の安全に関する目標 ( 以下では性能目標と呼ぶ ) を定め、規制判断に資する ことを明確にするべきであろう。それにより、事業者の 設備や活動がこれらの安全目標・性能目標を十分に満足 しているのかを監視することが可能となる。 3.4 PRA の安全目標と性能目標への適用 安全目標及び性能目標を、このように定め、適用するこ とにより、次のような大きな役割が期待される。 〇規制行政庁にとっては、規制活動により達成しようと する安全の水準を客観的な数値として示すものとなり、 事業者、国民に対する規制判断の透明性、一貫性、整合 性、予見性、及び説明性を高めることになる。 〇事業者にとっては、安全目標、性能目標により、規制 活動が達成しようとしている安全の水準を理解し、規制 のための規則・基準に一層的確に対応することができ、 さらに、より高い安全性へのチャレンジが行える。また、 施設に関する性能目標に基づいて、安全に係わる設備の 信頼性に関する管理の目標 ( 管理目標 ) を設定し、設備 の設計や検査計画、保全活動全般の効果の監視などに役 立てることも可能となる。さらに、規制者及び国民に対 して自らの安全確保活動の妥当性を具体的に説明するた めのよりどころとなる。 〇我が国のエネルギーの確保を担う推進行政庁にとって は、様々なエネルギー生産手段のリスクとコストの情報 を国民に提示し理解を得つつ政策を進める際に、この安 全目標とそれへの事業者の対応のようすを、原子力エネ ルギーのリスクの現状として国民に提示することが出来 る。これらの情報を、他のエネルギー源のリスクと共に 国民に提示することにより、より良い形での社会的合意 形成を目指すことが可能になる。 安全目標を設定し活用する上で留意すべき事項 施設に対して PRA を実施した結果が安全目標を満た すことは、完全な安全性を保証するという意味での十分 条件ではなく、必要条件であることを忘れてはならない。 PRA の結果は、重要事故シナリオの認識や安全対策 保全学 Vol.16-2 (2017) の重要度の検討に有力な参考情報となるが、PRA で考 慮していない要因があること(例えば、自然現象やテロ などの意図的人為事象)や計算モデルの不確かさに注意 し、PRA の限界をわきまえて用いる必要がある。 安全確保のためには、自然現象やテロなど PRA では 考慮していない事象にも配慮し、事故の条件によっては 重大な影響がありうる場合は、影響を緩和する合理的な 方策を検討する必要がある。この意味で、アクシデント マネジメント及び防災対策の継続的な強化を怠ってはな らない。また、国民との対話においては、安全目標を満 足する努力と併せて、深層防護の考え方に基づく最悪の シナリオへの対策がなされていることを説明する必要が ある。 安全目標が達成できた場合であっても、運転経験の反 映や安全研究の知見を反映して継続的な安全向上の努 力を続けるべきである。また、PRA の考慮範囲の拡大、 評価手法の改善などにより重要な不確かさ要因をなくし ていく努力を継続する必要がある。 このような継続性は、明日事故が起こることを確実に防 止するうえで、本質的に重要である。原子力発電の安全 性を考えるとき、特に指摘して置きたい。 安全目標の導入は,PRA の定量的な結果を規制判断 の参考として活用することであり、そのためには PRA の結果に伴う不確かさの把握とその不確かさを考慮した 適切な活用方法を採ることが大前提である。このために は、既に日本原子力学会等において様々な PRA 実施手 順の規格が整備されているので、今後はそれを活用して PRA の品質を確保しつつ、規制行政庁及び事業者にお いて様々な試行を行い、PRA の活用技術を磨いていく 必要がある。 4.安全性向上のためのリスク情報の活用 4.1 安全目標とリスク情報活用の位置づけ そもそも、原子炉施設の安全性に対し支配的影響力を 及ぼすのは、圧力容器の中に集中して閉じ込められてい る、燃料ピンが溶融しないことである。溶融しなければ、 放射性物質の環境放出はあり得ず、住民は避難する必要 はなく、放射能による健康障害は生じない。そこで、安 全性の議論に鍵となるパラメータは、炉心が溶融する頻 度である「炉心損傷頻度」となる。 このパラメータは、原子炉施設が安全であるか否かに関 して、直感的な理解を与える。原子力安全の確保が「放 射能の閉じ込め」すなわち環境放出の防止にあること、 そしてその放射能のほとんどが原子力圧力容器の中で燃 料ピンの中に集中して存在すること、そして燃料被覆管 内にペレットの積み重ねとして閉じられていること、等 を踏まえれば、この被覆管の健全性が確保されている限 り、原子力安全は確保されているといえる。 したがって、この被覆管が溶融する場合を炉心溶融と 定義し、この事象が生じる確率に着目して安全性の議論 を進めることは、広く行われており、安全の本質を突い た議論となっている。 CDF は、炉心溶融に関与する機器やシステムに着目 して、それらがそれぞれ機能を失って、炉心燃料の冷却 に失敗する事象を樹枝状に系統化して算出する。これら の評価プロセスに注目すれば、どの機器あるいはシス テムが CDF に大きな影響力を持っているかわかるので、 重要機器とそうでない機器の見分けがつく。重要機器の 対しては、厚い手当(保全)を施せばよいとするのが、 リスク情報の活用である。 すなわち、この CDF は当該原子炉の安全性のレベル を定量的に定義することを可能にするだけでなく、原子 力安全に影響を及ぼす因子(機器、システム)の効果を 論じる際にも有力な手段となる。後者を「リスク情報の 活用」と呼んでいる。ちなみに、安全目標、それから導 出される性能目標は、原子力施設が環境に及ぼす影響を ある基準値内に収めようとする場合、その目標値である ことを旨とする。そしてその目標値を満足させようとす ると、安全性影響因子(機器、システム)の在り方に改 善を加えることになる。これが安全目標値とリスク活用 の基本的関係である。その概要を以下に記述してみたい。 4.2リスク情報の活用とその時の基本原則 あるものの活用のあり方の一般論を言えば、活用の「形 態、程度、方法」に着目することを見極めておくことが 肝要である。同時に、リスクを適用する際にははずして はならない原則に留意する必要がある。これは活用が正 しくなされるための拘束条件である。 1) リスク活用の目的: これまでの決定論的(確率論的でない)安全評価によっ て得られる情報に加えて、安全評価の科学的合理性を向 上させ、規制上の判断に一貫性と整合性をもたらすため にリスク情報を活用する。 2) 活用の形態: 規制制度 ・ 規制基準を設定する際、リスク情報の活用を 計る。個別プラントへの適合性確認が重要となる。すな わち、個別プラントの PSA から得られるリスク情報を 活用するときは、代表プラントとの慎重な比較が求めら れる。 3) 活用の程度: リスク情報の活用に当たっては、最初は「参考情報」と しての取り扱いから始まり、信頼度が高まるにつれ「重 要な情報」として使用する。さらには、リスク情報を「根 拠として」活用することなど、段階的に活用の程度を拡 大していくことが重要である。 4) 活用の方法: 炉心損傷頻度、条件付格納容器破損確率、大規模早期放 出頻度、などプランと全体の安全性を議論する場合には、 このようなリスクの絶対値が用いられる。 一方で、リスクの変化割合や全リスクに対する寄与割合 を用いる場合、リスクの相対的値が使われることになる。 あるリスク構成因子が CDF にどのような影響を有して いるのか、などの情報は保全や検査の実行に当たり、有 効性を確保する上で有益な情報である。 具体的には、RAW(Risk Achievement Worth、リスク増 加価値)や FV(Fussell-Vesely)はリスク重要度であり、 点検や定例試験、機器の故障や人的過誤の効果を定量的 に評価できる。 得ておくべき基本原則 1) 活用の手順 代表プラントから得られる情報を活用する場合には、 ・各プラントの設計仕様を見ながら、グループ化する ・代表プラントと個別プラントとの相互比較 ・それらの特性から、代表プラントの特性を定め、ばら つきを考慮したうえで、規制規則類を策定する 2) 深層防護の適用 リスク情報の活用の結果、深層防護思想が堅持されて いることの確認は重要である つまり、異常故障の発生防止、異常の拡大防止、影響 の緩和対策、が適用されていることが、要請される。そ の際、次の視点が重要である。 ・深層防護思想のバランスの取れた措置 ・多重性、多様性、独立性の維持 ・人的過誤の低減化に留意 ・潜在的な共通要因故障の防護 3) 安全余裕の確保 現行の安全規制でも、立地、設計、建設、運転などの 各段階で安全性は十分に確保されている。しかし、安全 余裕は一様でなくシステム内で分布している。過剰な安 全性、足りない安全性、これらを最適化するのに、リス ク情報は活用できる。注意すべきは、安全性を適宜に按 配するとき、安全余裕の確保は守られねばなるまい。 4) リスク指標の活用 絶対的なリスク指標とは、炉心損傷頻度、条件付格納 容器破損確率、大規模早期放出頻度、周辺公衆の早期死 亡リスク、晩期死亡リスクなどである。 安全目標は、事故時に周辺住民に与える生命への危険性 (死亡率)を一般産業以下にすることを目標に掲げ、そ れらを満たす炉心損傷頻度、条件付格納容器破損確率、 大規模早期放出頻度、の値を性能目標としており、個別 プラントはそれを満足するよう何らかの措置を講じるこ とが要請される。これらはリスクの絶対値を使った活用 方法である。 相対値を使った指標には先に述べた RAW や FV(Fussell- Vesely)があり、機器・システムの故障がどの程度安全 指標を変化させるか、定量的に評する手段を与える。 5.おわりに 原子炉、原子力発電所の安全確保に、社会は求める安全 目標を明確にしなければならない。そのためにはリスク 評価を活用することが有用である。PRA などの定量的 な手法は、これまでの決定論的手法に比べて科学的合理 性や定量性や社会、規制、設計、運用などのお式を通し た一貫性の確保などの点から極めて有用であり、その活 用は望ましいことである。 安全目標を深層防護の視点から、原子力発電所に求める 具体的な性能目標に落とし込むことで、確保しなければ ならない目標が明確になり、安全策の有効性の評価が容 易になる。安全策の妥当性の判断や選択に大いに役立つ。 不確実さの大きい領域であり、継続的に精度向上や評価 の妥当性への取り組みなどの研究が求められる。 参考文献 [1] 日本原子力学会標準委員会技術レポート「リスク評 価の理解のために」AESJ-SC-TR011:2015. [2] USNRC WASH1400,“The Reactor Safety Study” ,1975 [3] IAEA 事務局長報告「福島第一原子力発電所事故」 2017-8. [4] 原子力安全委員会安全目標専門部会「安全目標に関 する調査審議状況の中間とりまとめ」平成 15 年 8 月 [5] 原子力規制委員会「平成 25 年度原子力規制委員会第 2 回議事録、平成 25 年 4 月 10 日、原子力規制庁「安全 目標に関し前回委員会(平成 25 年 4 月 3 日)までに議 論された主な事項」平成 25 年度第 2 回原子力規制委員 保全学 Vol.16-2 (2017) 会資料5、平成 25 年 4 月 10 日 [6] ISO/IEC Guide 51:2014, “Safety aspects ?Guidelines for their inclusion in standards”. [7] 原子力学会標準委員会技術レポート , “原子力安全の 基本的考え方について 第 I 編 原子力安全の目的と基本 原則”, AESJ-SC-TR005:2012. [8] 日本学術会議 , “工学システムに対する社会の安全目 標”, 2014. [9] 原子力災害対策本部 , “原子力安全に関するIAEA 閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電力福島原 子力発電所の事故について-”, 2011. [10] 日本保全学会 , “我国の原子力発電所の運転期間 40 年制限に関する規制上の課題と提言”, http://www.jsm. or.jp/jsm/images/at/sll/sll-2.pdf [11] Health and Safety Executive, “Guidance on ALARP Dexisions in COMAH”, http://www.hse.gov.uk/foi/ internalops/hid_circs/permissioning/spc_perm_37/ [12] 原子力学会標準委員会技術レポート , “原子力安全 の基本的考え方について 第 I 編 別冊 深層防護の考え 方”, AESJ-SC-TR005(ANX):2013. [13] 原子力発電所過酷事故防止検討会 ,“皆で考える原 子力発電のリスクと安全-原子力発電所が二度と過酷事 故を起こさないために-”, 原子力政策への提言 ( 第三 分冊 ), 科学技術国際交流センター ,2017-5. (平成 29 年 6 月 15 日) 安全目標の設定とリスク評価による定量化 宮野 廣,Hiroshi MIYANO,村松 健,Ken MURAMATSU 安全目標の設定とリスク評価による定量化 宮野 廣,Hiroshi MIYANO,村松 健,Ken MURAMATSU