原子炉容器上蓋貫通部のPWSCCに関する動向について
公開日:規格基準動向1.はじめにAlloy600はPWR環境でSCC(以下PWSCC)の感受性があることから保全対策と関連規格の整備はPWR(加圧水型原子炉)の課題の一つとして認識されている。近年、Alloy600が使用されているPWR上蓋に海外で損傷事例が見られていたため、万一の場合の補修工法の確立は優先度の高い課題として検討されてきた。上蓋の補修にはき裂の存在する開先面に遠隔操作により3次元制御で健全な溶接を行う高度な技術を要する。さらに、規格についても、複雑形状のバウンダリ部におけるき裂進展評価、延性破壊評価、脆性破壊評価、き裂上への溶接、検査等の広い範囲にわたっている。そして、実機に補修を行うためには技術と規格の両方が完成することが必要である。本解説では国内外の上蓋保全、規格に対する取り組みの現状、平成16年5月4日に発生した大飯3号機の上蓋漏えい事象と補修に関する情報、最後にこれらを通して得られた今後の展望について述べる。2.上蓋補修に対するこれまでの取り組み2-1)海外での漏えい事象と国内の対応上蓋の構造は図-1に示すように厚さ約180mmの低合金鋼に約100mmの垂直の穴が空いており、Alloy600の管が蓋の内側で一部分だけがJ溶接によって固定されている。上蓋貫通部は制御棒駆動装置が取り付けられるため、制御棒挿入性の観点から、位置、傾きの精度が重要であり、溶接量の少ないJ溶接を用いることで、精度よい取り付けが可能となる。上蓋のSCCによる漏えいは1991年にフランスのブジェー3号機で発生し、その後米国でも発生した。当時国内ではECT(過流探傷検査)等の検査を実施するとともに比較的運転時間の長いプラントの上蓋は耐食性に優れるAlloy690を使用した上蓋に取替えを行い、それ以外のプラントは上蓋への冷却材の分岐流を増加させることで上蓋の温度を下げ(図-2参照)、SCCの発生を遅らせる対策を行った[1]。2000年代に入ると図-3に例を示すように米国のオコニー発電所3号機などで周方向のき裂が見られたことからNRCも監視を強めることとなった。バイパス流スプレイノズル図-2 バイパス流増加による温度低減- 14 -NRCは上蓋温度を315.6℃に換算した時の経年数(以下EDY)で表し、8EDYを検査強化の一つの目安としている[2]。また、同時期に行われていた国内の電力・メーカによる研究では温度と応力によってPWSCC発生時期を評価する手法を整備しており、NRCの手法とほぼ同等との検討結果を得ている。その結果、10年程度後に高浜3、4号機にき裂発生の可能性が否定できないため、事前に万全を期す目的で検査装置の導入や、補修工法等の保全対策の検討を進めていた。また、これら背景のもと2003年12月に保安院から検査等の指示文章[3]が発行されている[4]。2-2)規格整備の状況この時期、民間での原子炉容器貫通部の保全に関する検討は(社)火力原子力発電技術協会の炉内構造物点検評価ガイドラインで進められた。BWR(沸騰水型原子炉)については平成16年に報告書が発行され、2002年版の次回版の維持規格への反映も平行して行われている。PWRについても検討が続けられており、近日の報告書発行を目指している。なお、規格は通常、図-4に示す手順(概略)にて規制に反映されることとなっている。3.大飯3号機上蓋の漏えいと補修3-1)漏えい事象の概要について平成16年5月4日に大飯3号機で上蓋貫通部から漏えいが発生した(図-5参照)。これまでの検討においては、J溶接部の表面は製造時のPT(浸透探傷試験)の際のバフ研磨(ただし、バフ研磨自体は施工義務があった訳ではない)による手入れで圧縮応力になっていると考えていた。補修工法は管台母材部とJ溶接部の両方を対象としていたが、我々が想定していたのは非貫通き裂が検査で発見された場合の補修、検査方法であった。き裂ホウ酸オコニー発電所3号機(2001年2月発見)運転開始:1974年12月図-3 米国での漏えい事例民間検討 学会等での検討 国での検討研究開発確性試験規格案作成審議・パブリックコメント規格発行審議・パブリックコメント規格として採用図-4 技術開発と規格化の手順0゚J溶接部270゚180°90゚管台2.5mm1.7mm0.9mm1.2mm1.2mm1.3mm 4.9mm0.6mm0.7mm図-5 大飯3号機上蓋のき裂(表面3mm切削後)- 15 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)後の1ヶ月以上に亘る調査の結果、大飯3号機における漏えいはJ溶接部を貫通しているき裂によることが判明した。漏えいの発生原因は製造時のPT記録に異常がないことから、表面極近傍にブローホール等が存在していたか、局所的なバフ研磨の未実施による高引張残留応力によるPWSCCと推定されている。ただし、現状では調査の過程で傷表面部を削除したこともあり、これ以上の推測は困難であることから、原因調査は数年後に上蓋取替え後の旧蓋から当該部を切り出して実施する。3-2)補修技術の確立米国での事例を受け、上蓋管台部の補修方法として開発を進めていたのは管台母材部とJ溶接部に対する未貫通き裂の補修であるが、大飯3号機の事象発生時、既に構造強度評価方法、き裂上への溶接の技術検討が完了していたため、これらをベースに溶接部の貫通き裂に対する補修方法の決定と技術確立、規格、許認可対応を行うことができた。J溶接部の貫通き裂の補修は幾つかの大きな制約がある。一つは上蓋は低合金鋼であるため、き裂を全部除去すると、復旧は溶接後熱処理(PWHT)が不要であるテンパービード溶接工法を確立した上で溶接を行う必要がある。もう一つは狭隘なJ溶接部を削除、復旧できる遠隔装置の製作が困難なことである。このため、図-6に示すように、米国で恒久工法として施工例のある、き裂の上に直接溶接を行い、PWSCCの進展の原因である環境の隔離と、漏えいの防止を行う方法を採用した。なお、当該溶接部に必要となる強度はJ溶接部のき裂周辺の局所的な範囲に限定したものでよく、継手に用いる溶接のように、上蓋の構造強度に寄与する必要がないためコンパクトな構造ですむ。すなわち、当該溶接の実施の有無に関わらず上蓋の崩壊に関する構造強度は確保できていることが前提となる。これは、継手に用いられる溶接を河川を繋ぐ橋に例えるなら、当溶接は橋に空いた穴を塞ぐものであって、橋自体の強度は別途確保されていることが前提条件となる。このように構造強度、溶接の位置付けを明確にすることは、技術を確立する際の検討対象を明らかにするだけでなく、規格への整合の証明、ひいては許認可取得に必須となる重要な事項である。溶接条件についてはEDM(放電加工)で作成した模擬貫通き裂の表面に溶接を行い、「健全な溶接」ができる条件を実験によって確認した。なお、「健全な溶接」とは溶接の技術基準である通商産業省令第123号(以下、溶接省令)に適合することを言う。これについては以下で詳細を述べる。3-3)補修に関する規格と許認可溶接省令は平成12年7月に性能規定化され、(1)溶接部の形状、(2)溶接部の割れの防止、(3)溶接部に欠陥のないこと、(4)溶接部の強度の4条からなっている。それぞれを上蓋補修に当てはめて解釈すると、(1)溶接部の形状はもともと溶接継手の不連続形状等に起因する想定外の応力による破損防止を目的としたものであるが、当溶接では目的とする環境遮断と漏えい防止に支障のない形状とすることになる。具体的にはJ溶接部表面状態によらず環境遮断、漏えい防止が可能なように、J溶接部を周辺部まで含めて完全に覆うことである。(2)は開先面にもともと存在しているき裂が溶接によって進展して新たな割れを発生させないこと(図-7参照)、(3)は補修対象としているき裂以外の欠陥のないこと、(4)は溶接金属の引張強度確認を行うことと、漏えい防止に必要な板厚が確保されていること、をもって溶接省令への適合条件となる(図-8参照)。なお、本内容は平成16年10月22日に溶接技術基準の解釈補遺として原子力安全・保安院から発行されている。構造強度に関する規格には、き裂が存在する場合の供用中機器の規格として維持規格があるが、補修は建欠陥(推定)Embedded Flaw Process図-6 大飯3号機の補修方法- 16 -600系ニッケル基合金690系ニッケル基合金溶接方向図-7 き裂の存在する開先への溶接溶接前の開先及びき裂位置1mm【溶接後】設と同じであるので、設計建設規格を用いる(ただし、これ以外の解釈の可能性もある)。しかし、この考え方に立つと本事象に直接適用できる規格は存在しない。また、許認可については、構造の技術基準である通商産業省令第62号(以下、省令62号)及び通商産業省告示第501号(以下、告示501号)に従った設計が要求されているが、き裂の進展は告示501号に記載がない。そのため、告示501号によらない設計方法として、省令62号の第3条の特殊設計施設認可を取得した。この特殊設計施設認可はき裂部の評価のための規格に相当し、構造強度、き裂進展評価方法を実施している。具体的には、特殊設計施設認可の内容は溶接施工後のき裂形状のモデル化、上蓋部、管台母材部、溶接部へのき裂進展評価、き裂進展後の強度評価(上蓋部は脆性破壊評価と1次局部応力評価、管台母材部は塑性崩壊評価、溶接部は漏えい防止評価)を行うもので、ほぼ維持規格に沿った内容になっている(図-9参照)。4.今後の技術開発、規格化の展望本稿は上蓋を中心に説明を行ったが、Alloy600に対する保全方法としては、その他の部位に関しても、適用部位の構造、機能の特徴に合わせ、適用する検査ならびに取替え等の抜本対策と損傷時の補修対策の組合せによる安全確保と補修の効率を確保できる保全対策を確立することが必要である。また、技術開発は開発から確立までのリードタイムを適切に考慮して計画的に遂行することが必要である。特に規格に関しては、技術開発をより一般化した内容とする必要があるため、多くの議論、検討が必要である。上蓋補修に関しては、溶接の技術基準の解釈補遺が発行されておりPWRの上蓋全般に適用できるが、構造強度評価については容器と管の接続部であるJ溶接部は維持規格の評価対象部位に入っていないため、応力解析や応力拡大係数K値評価手法を一般化し、規格化しておくことが、今後の円滑な申請、許可の一助となると考えられる。さらに、省令62号と溶接省令の性能規定化が2004年6月から検討されており[5]、近い将来に民間規格がより活用されると考えられることから、(社)日本機械学会の溶接規格に当溶接方法を反映するなど、中長期的な対応が必要と考えられる。き裂のモデル化・上蓋鏡低合金鋼・管台母材部 Alloy600・補修溶接部 Alloy690図-9 補修後の疲労き裂進展評価き裂進展評価 破壊評価初期想定き裂補修による溶接部側き裂進展管台母材側き裂進展上蓋鏡低合金鋼側き裂進展溶接省令への適合技術開発解釈補遺発行第1条:形状第2条:割れ防止第3条:欠陥防止第4条:強度図-8 溶接技術の確立と規格化- 17 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)5.まとめAlloy600に対する保全に関しては、民間規格の導入が図られつつある中で、大飯3号機の漏えい事象に対し、漏えい防止、環境遮断といった工法の実機施工までの具体的な道筋が示されたこと、また、許認可においても活発な審議のもと、厳格であると同時に効率的に審議が進めれたことは、今後の民間の技術開発、規格化活動に大いにインセンティブを与えた事例であると考えられる。もちろん、平成11年に実施された東海第二発電所の中性子計測ハウジングのき裂に対する溶接補修など[6]、これまでに積み重ねられた保全の実績が大きく寄与していることは言うまでもない。今後も安全確保を第一に技術開発を積極的に進めると同時に、開発技術の適用箇所、適用条件等を明確にした規格の整備を推進し、実機に適用することで、保全に関する技術開発、規格、規制、施工の好循環の活動が促進されることを期待したい。引用文献[1]KANSAI NUCLEAR INFORMATION CENTERホームページ.[2]NRC BULLETIN 2002-02: REACTOR PRESSUREVESSEL HEAD AND VESSEL HEAD PENETRATIONNOZZLE INSPECTION PROGRAMS.[3]経済産業省原子力安全・保安院:加圧水型軽水炉の一次冷却材圧力バウンダリにおけるNi基合金使用部位に係る検査等について(2003).[4]荒川嘉孝:PWR一次冷却材圧力バウンダリにおける応力腐食割れへの対応について、保全学、Vol.3,No.2, 12-16(, 2004).[5]総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会原子炉安全小委員会性能規定化検討会 ホームページ[6]資源エネルギー庁報道発表:日本原子力発電(株)東海第二発電所の定期検査中に発見されたトラブルについて(1999).(平成17年2月13日) 原子炉容器上蓋貫通部のPWSCCに関する動向について 伊藤 肇,Hajime ITO,亀山 雅司,Masashi KAMEYAMA