石油・化学プラントにおけるRBIの活用

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カテゴリ: 解説記事
はじめに対象とするもの、ある時は石油精製プラントの装置、機器であり、ある時には化学プラントの配管、それらが機械的に破損し、ネガティブな影響が発生する場合、その破損の発生確率と破損による影響度の積として定義される「リスク」を基に保全、検査プログラムを立案し、限られた資源でより多くの安全性、信頼性を確保しようとする手法がRBI (Risk Based Inspection) である。その考え方は、アメリカの原子力発電産業において既に1980年代から用いられてきた確率論的リスク評価(PRA : Probabilistic Risk Assessment)手法を石油、化学などのプロセスプラントにも拡張しようとして提案されたものである。その背景には、アメリカにおける1960年代後半から1980年代において、増える一方の耐圧部材の機械的損傷を原因とする破損による重大事故を如何に防止するか、減少させるか、と言う命題への回答が求められていた。その対応として、アメリカ石油学会(API)が中心となり、1993年からRBI手法の標準化が推進された。当初は19の石油・石油化学会社をスポンサーとして活動が開始されたが、2002年の時点では、更に24のスポンサーと増加している。その結果、1996年、RBI手法に関する参考資料としてAPI Publication 581がBaseResource Document on Risk-Based Inspection(ドラフト版)として出版され、2000年6月、その第一版が出版された。また、これに関連し各種の基準や機器・配管などについての検査マニュアルが整備された。当初、1999年を目標としたRBIについてのRecommendedPractice(RP) 580は予定から3年ほど遅れ2002RBI(Risk Based Inspection)was developed for process plants(Petrochemicaland Chemical plants)since 1990. However, it is applied in many industrial fieldsand used worldwide. This paper describes the condition of RBI application in thepetroleum and chemical plants.年初旬に公刊された。その結果、現在唯一の公表されたプロセスプラントのRBIガイドラインとなり、世界的に最も引用されている。なおASMEにおいてもプロセスプラントにおける使用材の検査手法としてリスクを基礎とした手法のガイドが作成中であった。しかし、それについては2004年、APIとの共同作業として作成することが決まった。さらに、ヨーロッパにおいてはRIMAP(Risk Based Maintenance and InspectionProcedure for European Industries)プロジェクトとしてリスクによる保全手法のガイド作成が2000年から開始され2005年で終了予定であったが、延長されている。しかし、日本国内においてはリスクを前面に出した検査、保全手法の提案は緒に就いたばかりであるが、同じような考えは「重要度分類」により検査部選定の優先順位付け等を行う手法として実施されている。RBIはそれをより定量的に体系化したものと考える事も出来る。ここでは、現在公表されているプロセスプラントのRBIとしては唯一のAPI RP580の内容を紹介し、次いで世界的に見たプロセスプラントにおけるRBIの活用状況を示す。1.APIのRBIについて破損の発生確率と、それにより被る種々の影響度の積として定義されるリスクを基準に、石油精製、石油化学プラントに代表されるプロセスプラントにおいて、その耐圧部からの内流体の漏洩を破損と定義し、それを防止する手法として提案されたものがAPIのRBIである。しかし、そのRBIはプロセスプラントに限らず、パワープラント、機械類の破損、損傷にも適用- 19 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)され、また耐圧部に限定せず、静止機器全般、回転機器を含む動機械にも範囲を広げている。RBIはリスク解析の結果を検査実施の判断基準とするもので、耐圧部のリスクの高い機器・配管はどれか、リスクに対して不要なコストを掛けないで有効な検査プログラムを如何に作成するか、許容出来ないリスクを緩和する方策は何かを提案するものである。1-1)APIのRBI手法APIが提唱しているRBIには定性RBI、半定量RBI、定量RBIの3つのレベルが設定されている。定性RBIでは、プロセスユニットあるいはプロセスシステムのリスク順位を、ワークブックを用いて評価し、5×5のリスクマトリックス上に示す。半定量RBIでは、さらに評価対象を個々の機器・配管レベルまで細分化し、それらのリスク順位を評価するもので、定量RBIを単純化した手法で評価し、結果を定性RBIと同じ5×5のリスクマトリックス上に示す。更に定量RBIでは、プロセスユニット各機器、配管のリスク順位を、より詳細に、より精度高く評価するもので、プロセスユニット各機器、配管のリスクを数値として求めるものである。ここでは定性、半定量、定量RBIに共通する手法の概略を示す。図-1にRBI解析の一般的なフローを示す[1]。前準備として、RBIの対象とするものの検査記録、機器の設計仕様および保守記録を収集するだけではなく、プロセスの安全に関する記録、プロセスユニット各機器、配管の健全性、安全性に関する全ての記録が調べられ収集される。それらは通常、機器・配管資産データベース(Assets Data Base)としてまとめられ、整理される。破損発生確率はプロセスプラントそれぞれの耐圧部の機器・配管について評価される。定量RBIでは、図-2に示されるように、当該機器・配管の一般的な破損発生瀕度(generic failure frequencies : GFF)を、それぞれの機器・配管固有の製作・使用状況から求められる機械的修正因子(Fe)および管理状況から求められる管理的修正因子(Fm)により補正することで、実使用条件に適合した破損発生瀕度(adjusted failureプロセス運転条件プラントの管理システム機器・配管の健全性評価検査方案・検査履歴機器・配管の損傷に関わる知見機器データファイル破損の発生確率図-1 RBIの一般的な解析の流れ破損による影響度リスク順位の決定影響度低減策の立案検査方案の改良・作成プロセスの安全性管理システムの改善一般的な損傷発生瀕度(Generic FailureFrequency)機器修正因子(EquipmentModificationFactor)(FE)管理システム評価因子(System Evaluation Factor)(FM)X X一般的な損傷発生瀕度回転ポンプ塔圧縮機熱交換器1配管0.060.00080.000040.000010.00050.00020.0010.00010.00010.000020.00010.000010.0000060.0000060.00000031/4 1 4 破壊技術モデュール副因子(Technical Module Subfactor)損傷速度検査の有効性プラントの運転状況プロセスの安定性安全弁の管理状況機器 or 配管の複雑度建設時の適用規格寿命からの余裕度安全性評価振動に対する評価プラント管理状況冬季の過酷度地震発生条件プラント立地条件副因子(Universal Subfactor)機械的副因子(Mechanical Subfactor)プロセス副因子(Process Subfactor)管理システムの評価点数比(%)1900/04/091900/01/091899/12/312:24:000 25 50 75 100図-2 API 581における破損の発生確率の求め方表 種々の機器、配管における管理システム評価因子数- 20 -frequency : AFF)が求められる[2]。すなわち、AFF =GFF×Fe×Fmと示される。Feには以下のものが含まれる。(1)予想される損傷のタイプと損傷速度(腐食、割れ、材料特性劣化進展速度など)、(2)検査の手法と範囲(検査回数、検査方法、検査治具など)から導かれる有効度、(3)保守および補修の品質管理プログラム(ワークマンシップの管理など)、(4)設計および建設に当たっての規格の適用状況(有効なコードが適用されているかなど)、(5)機器およびプロセスの履歴(検査記録の品質)、(6)予防保守プログラム(PSV、外部保温の保守など)である。また、Fmは安全管理プログラムを評価するワークブックを使用し求められる。その大部分はAPI RP750Management of Process Hazardsから引用されたもので以下のものが対象となる。(1)保守方法とその訓練状況、(2)プロセスの安全に関する情報、(3)オペレーターの交代方法と管理実施状況、(4)運転方法、(5)プロセスの危険性解析である。1-2)使用中機器の損傷・劣化評価Feの主たるものは予想される損傷・劣化機構(全面腐食、局部腐食、アルカリ割れ、シグマ脆化など)の抽出と損傷速度(腐食速度、割れ進展速度など)、あるいは感受性(応力腐食割れなどの発生し易さ)の評価となる。その評価は損傷・劣化状況を検知するための検査方法の有効性も含めて検討することになる。それらはテクニカルモジュールとしてまとめられる。検査の有効性は次のように5段階にランク付けされている。(1)非常に有効(Highly effective):殆ど常に損傷を検知する、(2)有効(Usually effective):大体において損傷を検知する、(3)普通(Fairly effective):半分くらいの確率で損傷を検知する、(4)僅かに有効(Poorlyeffective):殆ど損傷を検知する事はない、(5)効果無し(Ineffective):損傷を検知する事はない、である。API 581においてはテクニカルモジュールとして用意されているものは、全面腐食および局部腐食、応力腐食割れ、水素誘起割れ、高温における水素損傷などがあり、クリープ、疲労、脆性破壊については機器を特定し、例えばクリープであれば加熱炉管と機器・装置を特定して準備されている。なお、テクニカルモジュールの内容の善し悪しがRBIの信頼性を決定する大きな要因の一つである事は十分認識すべきである。また損傷・劣化を評価する場合、全ての機器・配管について、漏れなく列挙し、その損傷速度あるいは感受性を評価する事が重要である。その一つの方法としてAPIのRBIにおいては、同じ環境条件、同じ材料選定が行われている部分は同じ損傷・劣化発生の傾向を持つとして、当該装置のプロセスフロー上でグループに分割し、解析を進める事を推奨している。これにより想定される損傷・劣化を特定し易くし、漏れなく、全てを対象として解析出来る。図-3にAPI 581において示されている影響度の求め方の概略を示す[1]。APIにおいては内流体の漏洩を破損と定義しているため、影響度評価の基礎は漏洩した内流体の種類と量となる。すなわち、内流体の種類、組成、機器の容量、組み込まれている遮断、除害システムの内容を考慮し評価される。APIでは4種類の影響度、すなわち、(1)火災、爆発に関する影響度、(2)人に対する毒性物質の影響度、(3)環境汚染に関する影響度、それと、(4)事業中断、営業損失などの経済的影響度、である。1-3)リスク評価リスクは破損の発生確率と影響度の積として定義されるが、それぞれの機器、配管に想定される破損原因となる損傷・劣化に対するリスクの合計が、それぞれの機器、配管についてのトータルリスクとなる。リスクの単位としては、定量RBI解析では火災、爆発、毒性物質による場合は面積で、事業中断による損失あるいは環境汚染の場合は金額で示される。流出流体の物理的特性(沸点、発火温度など)プロセスに関する情報(温度、圧力など)機器に関する情報(構造、内容量など)流出速度あるいは流出量を計算事故の結果の予測評価火災・爆発モデル(Flammable EffectModel)毒性モデル(Toxic Effect Model)環境汚染モデル(Environment EffectModel)事業中断モデル(Business InterruptionEffect Model)影響度評価(面積)影響度評価(面積)影響度評価(復旧費用)影響度評価(損失金額)図-3 API 581における破損の影響度の求め方- 21 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)1-4)半定量RBIAPI 581における半定量RBIは定量RBIの一部分を単純化し解析時間、労力を軽減させたものである。破損の発生確率は想定される損傷・劣化機構および当該損傷・劣化に対する検査方法の有効性だけで決定される。そのため定量RBIで扱われるプロセスの安全性に関する評価、機械的健全性に関する項目についての評価は省略される。影響度の評価は定量RBIと同様の方法が適用される。しかし、データ収集と影響度の計算は幾分単純化されている。半定量RBIの評価結果は定性RBIで使用されるリスクマトリックスを用いてそれぞれの機器・配管について表示される。現在、欧米のユーザー、プロセスオーナー、コンサルタント会社あるいはシステムソフト会社によりRBIのソフトが開発、実用化されている。それらの殆どは、このAPIRP 580で言う半定量RBIに相当するものである。ただし破損の発生頻度の評価内容については、それぞれの提供会社の特徴が出されている。解析は各ユニットに含まれる全ての機器・配管を対象とし、その結果の表記は縦軸あるいは横軸に破損発生頻度あるいは感受性と影響度を取ったリスクマトリックスを用いてなされる。リスクマトリックスの枡目は3段階から6段階のリスクに分類される。API 581では4段階に分類されている。図-4にリスクマトリックスの例としてAPI581で使用されるものを示す。1-5)検査によるリスクの低減それぞれの機器、配管についてのリスクが求められると、次は、予め決められている許容されるリスクに対し、高い順に、如何に対処するかを決める。リスク低減方法は色々ある。ただ、一番リスクの高いものが明確化された場合、それに焦点を当て検査、モニター計画を作成する事が出来、無駄が省け効率的である。検査・モニター計画作成の初めは、検査・モニター周期の決定である。また検査方法の変更も考慮される。検査の範囲、種類、期間および結果の取り扱い、損傷のモニタリング方法の採用についても検討される。それにより、検査を予想される損傷・劣化発生領域に焦点を当て実施する事が出来る。以上の結果として、単に損傷が発生する危険性を低減し、資産の損失、生産の無駄を低減するのみならず、それらを少ない検査コストで達成することが可能となる。RBIはリスクと検査コストの最小化を両立するよう検査プログラムを最適化する。それを実現するため、ユーザーは限られた検査資源を、現状では過剰検査になっている低リスクの機器・配管から、現状、検査不足になっているより高リスクの機器・配管へ移行させる。リスクを低減する方法は検査以外でも実施出来る。例えば、漏洩が発生した時、直ちにそれを検知し漏洩を遮断する装置の導入、あるいは流出した物質の影響を最小にする除害設備を設置するなどである。2.API RBIに対するユーザー、ソフト会社の対応石油、化学プラントにおいて、RBIは1990年代中ごろからメジャー系石油会社、大手化学会社を中心に適用、実施されて来ている。また、欧米においては、RBIを適用することが、検査周期延長を監督官庁が承認するための条件としている国もある。その場合、ユーザーはAPIのRBI手法に準拠したソフト会社が提供するデータベース&解析ソフトを使用している。表-1は1999年10月アメリカのヒューストンにおいてWeldingResearch Council, Inc.が開催した「RBIに関するワークショップ」で紹介されたRBIについてのソフトを列挙したものである[3]。また表-2はそれらのソフトが活用されている状況を示す。さらに、表-3と表-4に1999年、2000年と開催された同ワークショップで紹介されたRBIの実プラント、設備、装置への適用事例を示す[3][4]。RBIソフトを適用することによりプラント、装54321A B C D E図-4 API 581におけるリスクマトリックス(リスクを4段階で表示)- 22 -表-1 1999年のRBIワークショップで紹介された欧米のRBIソフト表-2 1999年のRBIワークショップで紹介された欧米RBIソフトの活用状況表-3 1999年のRBIワークショップで紹介された欧米のRBI適用事例紹介表-4 2000年のRBIワークショップで紹介された欧米のRBI適用事例紹介- 23 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)置の信頼性、安全性を損なうことなく、検査周期の延長がなされ、10~30%の検査コストの削減がなされている。と報告されている。また、国内の石油会社においても、メジャー系石油会社が開発したソフトを使用してRBIが実施され、検査位置の確認、検査手法、検査周期の検討などに使用され、評価されている。おわりにここ数年、世界の石油、化学プラントの保全業務において多用され、その効果が認められ、国内においても石油精製プラントを中心に実施されているRBIについてその特徴、目標とするもの、手法の概略、実施状況等について解説した。この手法は一種のプラントの品質向上運動と捉える事も出来ると考えられ、より合理的に各種プラントの装置、機器、配管などの保全業務を実施して行く上で有効かつ、必要な要素である[1]。そのためにも、実際、プラントを運転、操作している部門、従来から検査・保全を担当していた部門、プラントのプロセス・生産技術を担っている部門、さらに材料の劣化・損傷に対し専門的知識と経験を有する部門、それら相互の協力が欠かせない。今後、それら部門間の協力によりRBIが益々改良され、適用範囲が拡大されて行くことを期待したい。また、ヨーロッパの産業界(石油、化学、電力、製鉄)においてはRBI、RCMをそれらのプラントの保全業務へ適用し、プラント運転の安全、高信頼性に寄与するとともに、国際競争力も付けることを目的に2000年より開始されたRIMAPの活動は注目すべき所である。図-5にその活動概要と作成される提供資料を示す。配布文書にはこの三角形が添付される。また、これは文書を入手出来る資格をも示したもので、レベル1、2は自由に入手可能であるが、レベル3、デモ版については制限が加えられている。既に2004年の時点でヨーロッパのイギリス、フランス、ベルギー、オランダ、デンマーク、フィンランド、ノルウェー、では公認され、ドイツ、スウェーデン、スペインでは現在手続き中である。それに比較し、日本国内での対応はこれからであり、各学協会等での活動に協力し早い段階での公的機関による認知を受けたい。そのためにもRBI・RBMの利用者を含めた、過去の検査実績、検査結果と実際の損傷・劣化データ収集と整理が望まれる。参考文献[1]API Committee on Refinery Equipment, “BaseResource Document on Risk-Based Inspection”, APIPublication 581, May 1996.[2]John T. Reynolds, “The API Methodology for Risk-Based Inspection (RBI) Analysis for The Petroleumand Petrochemical Industry”, PVP vol. 360(1998) 63-71.[3]The Pressure Vessel Research Council of theWelding Research Council, Inc., “RBI Workshop onRisk Based Inspection Notes”(, 1999)1-195.[4]The Pressure Vessel Research Council of theWelding Research Council, Inc., “RBI Workshop onRisk Based Inspection Notes”(, 2000).[5]2004年12月HPI(日本高圧力技術協会)において紹介されたRIMAP活動概要でDr.R. Kauerにより提示されたもの.(平成17年3月18日)添付書類RIMAPの実施ツール損傷メカニズムNDT有効性発生確率(POF)影響度(COF)ヒューマンファクター検査方案の作成と最適化ベンチマークテスト電力 石油 化学 製鉄試用結果とデモンストレーション報告図-5 RIMAP活動概要と提供資料を示す三角形(各配布資料文書に添付される)RIMAP文書レベル1フレームワークの解説RIMAP文書レベル2RIMAPツールRIMAPデモンストレーションRIMAP文書レベル3各産業向けワークブックの解説RIMAPの手法概要RIMAPの原則 石油・化学プラントにおけるRBIの活用 柴崎 敏和,Toshikazu SHIBASAKI
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