化学工業におけるRBIへの取り組み

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1.緒言化学工業では多種多様な化学物質を扱い、それらは自己反応性、引火性、可燃性、酸化性、混蝕反応性、毒性あるいは腐食性といった“危険性”を有する場合が多く、これを封じ込めている設備の維持管理には大きな関心が払われている。また一方では産業として厳しい国際競争に直面しておりあらゆる側面でのコスト削減が必須となっている。RBI(Risk Based Inspection)は安全性の確保とメンテナンスコストの削減といった相反する要求を同時に満足させるために開発されたメンテナンスの方法であり、このような環境下で高い関心が持たれているが、日本の化学工業にそのまま受け入れられているわけではない。本報においては現在の化学工業のメンテナンスの状況や背景、またRBIを巡る課題や取り組み状況などについて概説する。2.化学工業とリスクの概念2-1)設備とプロセスのリスク評価化学工業では前述のように多種多様なハザード物質を扱うということで、プロセス開発から建設、運用に至るすべての過程で様々な側面から安全性の審査がなされているが、その仕組みは初めから存在したわけではなくいくつかの重大な事故災害の経験から生まれてきたものThe status and quick history of the risk application to the safety activity inchemical plants are reviewed.The experiences of risk based safety reviews have been made easy to introduceRBI to maintenance.But the available RBI codes are limited and case studies revealed that theanalysis methods given in those codes are not enough to apply to the chemicalequipments. Many efforts are still required to develop current RBI to basic standardin chemical plants maintenance.である。表-1には過去に化学工業が経験した重大な災害のいくつかを示すが、その影響は地域住民にも及ぶ重篤なケースも少なくない。これらの事故の中で1976年に発生したイタリアのイクメサ社セベソ工場で発生したダイオキシンの放出事故と、インドのボパールにおけるアメリカの化学会社の現地法人で発生したメチルイソシアネートの放出事故は特に多数の被災者を生じ、図-1に示すようにそれぞれヨーロッパとアメリカにおける安全規制策定のきっかけとなった。ECでは1976年のセベソ事故を受けて1982年に加盟国の保安規制の強化と整合化を目的としてEC指令としていわゆるセベソ指令を発令した。これを受けて各国は自国の具体的な規制を作成したが、例えばイギリ197419761984198819891990199119911991199219921994199419951997英国ナイプロ社フィリックスボロ工場火災事故、死者28名、負傷者28名一般市民53名重傷、数百名軽傷イタリア、イクメサ社セベソ工場ダイオキシン放出、被害者22万名以上インド、ボパール、UC工場メチルイソシアネート放出、死者3000名以上イギリス北海、バイパ・アルファ火災爆発事故、死者167名米国フィリップス社パサデナ工場ポリエチレン装置爆発、死者24名米国BASFシンチナティ 死者2名バングラデシュ・ゴラサール肥料工場で爆発、死者8名米国IMCスターリントン、LA 死者8名。負傷者128名千葉県、メタノール精留塔爆発、死者2名千葉富士石油、水素化脱硫装置、熱交換器カバー飛散、死者10名米国、テキサコ社、ハイドロクラッカー装置爆発韓国仁川市農薬工場爆発事故、死者6名川崎市、流動接触分解装置で火災米国ニュージャージー、ナップ社薬品工場火災爆発、死者51名インド、ビシャカパトナム石油精製工場油漏れ火災、死者17名表-1 プラント設備における世界の巨大事故例- 25 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)スではHSE(健康安全庁)が1984年にCIMAH(産業重大事故危険性管理規則)を制定し、これはさらに1997年発効のセベソ指令Ⅱに合わせて1999年の改訂を受けてCOMAHとなっている。これらの規制は規制対象となる施設について事業者に対してリスクを評価し、企業、個人の秘密、国防などに関する事項をのぞいて工場の基本計画、安全管理基準、緊急時の処置計画などを公開する義務を負わせている。HSEは重大事故が発生した場合に影響を受けると想定される区域を指定し、事業者は定期的にその区域の住民に緊急時の行動などをパンフレットにより配布し広報に努めることが義務づけられており、地域住民を交えての訓練も行われているとのことである。オランダではOSR(労働安全レポート)とESR(敷地害安全レポート)の提出を企業に義務づけている。OSRは事業所内の従業員の安全確保を、またESRは敷地境界外の地域住民の安全確保を目的としたものであり、地域への影響は定量的リスク評価の結果として報告することになっている。リスク評価結果は個人が事故によって死亡する確率(個人リスク)とN人以上の死亡者が発生する確率(集団リスク)で判断する必要がある。図-2は集団リスクの限界を示した図であり、この図に照らし合わせて施設の可否を判断する。一方アメリカでは1984年に発生したインド・ボパールの事故がアメリカ現地法人の事故であり、また続いて1985年には西バージニア州で塩化メチレンの周辺住民にも影響が及ぶ漏洩事故が発生し1986年にEPCR法が制定された。その後1 9 9 0 年に改正大気浄化法(CAAA)が制定され、そこには化学物質に起因する災害発生時に工場内で作業する労働者の安全(構内安全)と、工場外、いわゆる地域社会の安全(構外安全)の両者を確保するための規則が付加され、OSHA:職業安全・健康庁 とEPA:環境保護庁の二つの機関がその規制責任を負うこととなった。これを受けて構内安全に対してはOSHAがPSM則を1992年に、構外安全に対してはEPAが1996年にRMP則を交付している。OSHAのPSM(Process Safety Management)則は従業員の安全確保を目的として表-2に示すような14の規制項目からなっている。EPAのRMP則(RiskManagement Program)は設備から流出した可燃性物質の火災、爆発、毒性物質の拡散による影響などの評価を義務づけており、企業には事故を想定し、その影響範囲の予測、事故防止プログラムと緊急時対応計画の策定などを要求している。こうした規制では昨今のテロ多発を受けて情報の公開が大幅に制限されるという方向にあるが、基本的には地域住民に必要な情報は全て開示するというのが基本であり“リスクコミュニケーション”は日本における観念的な活動とは異なり極めて現実的かつ重要な活動であることが分かる。事故例セベソ事故(伊)-1976ボパール事故(印)-1984CIMAH(英)-1984OSHA/PSM(米)-1992EPA/RMP(米)-1996DIN(独)-1989ISA S84(米)-1996IEC 61508(国際)-1998法規制基準ダイオキシン流出農薬中間体流出セベソ指令(EC指令)-1982安全性評価手法 トータル安全管理1970 1980 1990 2000各社の保安管理ガイドラインEPCR法(米)-1985セベソ指令(EC指令)-1996COMAH(英)-1999図-1 安全に関する規制、規格制定の流れ死亡者数 N10 105 4 10 3 10 22019/10/112019/10/102019/10/092019/10/082019/10/072019/10/062019/10/052019/10/0410図-2 オランダの集団リスク許容基準例許容できないリスク傾き=-2死亡者数N以上の累積発生頻度 F(/年)リスク削減が必要受容できるリスク上限下限表-2 OSHA(安全・健康局)のPSM則の構成要素§29 CFR1910.119(1992)1.従業員の参加2.最新のプロセス安全情報整備3.Process Hazard Analysisの 実施4.運転手順書5.従業員の訓練(Training)6.請負業者への責任 (選定、情報提供、緊急対応など)7.運転開始前の安全レビュー (運転開始準備完了の確認)8 . 設備の健全性(integrity)確保9 .火気使用(高潜在危険)作業 (許可手続文書化、作業許可)10.変更管理11.事故調査実施 (48時間内に調査開始、報告書保存)12.緊急措置策定と実行13.実施状況(適合)監査14.企業秘密(従業員への必要情報 の開示と守秘義務)- 26 -日本の化学工業はこうしたアメリカの規制に強い関心を持ち海外でのプラント建設時はもちろんであるが、消防法などの法による規制に加えて、自主基準としてOSHA、EPAなどの方法を取り入れているところも多い。日本のPRTR法はEPCR法の影響を受けている。韓国はPSM則をほぼ原型のまま取り入れ法制化している。さて、欧米のこうした規制で企業に公開が要求されている“危険性”や災害が発生したときの“影響の度合い”その“緩和措置の効果”などをどのように説明するかは非常に難しい問題である。すなわち災害想定に基づく緊急避難措置を開示する必要があり、場合によっては事業所周辺での公共施設や住宅建設の規制までも行うということで“危険性”は定量的に表現される必要がある。“危険性”を定量的に表現する手法は、現実には上述したような規制に完全に対応して存在してきたわけではなく、これまで多大の時間と費用をかけて構築されつつあるといったほうが適切であろう。その過程では一貫して、事象の発生確率とその影響の大きさの積として定義された「リスク」を評価指標とするという基本姿勢には変わりがなく、合理的なリスク評価手法の開発が課題であった。初期における代表的なリスク評価事例としては、原子力施設ではMITのラスムッセン教授らが1975年に実施したリスク評価結果がWASH-1400として公表されているが、非原子力施設でのパイロット的なリスク評価事例としてはイギリスのキャンベイ島に石油精製施設を新設する際に実施されたスタディーが有名であり、後の同種の評価に大きい影響を与えている。その後も各地で多くのリスク評価が実施され、単なるハザード解析からリスク解析へと理解も手法も進歩している。具体的なリスク解析手法としてはC C P S が2 0 0 0年に発刊した「Evaluating Process safety in the Chemical Industry:A User's Guide to Quantitative Risk Analysis」や、日本化学工業会が2005年に公開した新しい「化学物質のフィジカルリスク評価システム」があげられる。図-3には日本化学工業会の「化学物質のフィジカルリスク評価システム」のリスク解析手順を示す[1]。2-2)計装系のリスク評価化学設備の運転は高度に計装化、自動化がなされており、化学反応などの操作の管理のみならず、異常や不具合が発生した場合の処置もあらかじめプログラムされ管理されている。こうした役割を担うのは、状況を関知する検出系、そこで得られた情報を移送する転送系、情報を判断するコンピューター、その結果アラームを鳴らしたり系を停止させるインターロックなどの作動系といった電子、電気機器である。こうした安全関連系に関わる機器に対してIEC(国際電気標準会議)ではその機能安全に関する規格・I E C 61 5 0 8(1998、2000)を定めた。JISではこの規格をそのまま取り入れて2000年にJIS C 0508として制定している。IEC61508は電気、・電子・プログラマブル電子安全関連系の機能安全(Functional Safety)という本質安全(Inherent Safety)とは異なる概念に基づき、全安全ライフサイクルを通しての管理上、技術上の要求事項をまとめている。化学装置においては図-4[2]に示すように安全防護系は想定された事象に対して多層構造を持つ独立した防護層(安全設備)で防護されており、最終的に外部に達する災害の発生確率を制御してい* PFD : Probability of Failure on Demand図-4 IEC61508の防護層解析f3= x×y1×y2×y3Accident発生確率f2= x×y1×y2PFD1= y1 PFD2= y2 PFD3= y3f1= x×y1防護層3防護層2防護層1Incident推定発生確率fi=xf1 f2 f3外部作業環境管理図-3 日化協リスク評価全体システム構成起動メニュー事故時のフィジカル・急性暴露評価製造・輸送・貯蔵・加工プロセス化学物質・機器・取扱条件対応災害事象特定作業現場のヒト健康影響評価労働安全衛生家庭内での消費作業状況対応シナリオ・モデル決定定常放出時のヒト健康・環境影響評価放出状況対応シナリオ決定PRTR対象物質簡易影響評価システム含む暴露濃度計算 ハザードの特定 暴露濃度計算安全強化考慮体内取込量計算 頻度修正リスク指標値算出環境影響評価 健康影響評価 許容値と比較 ETAによる事故発生頻度影響評価フィジカル・急性暴露リスク判定とリスクマネージメント- 27 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)る。IEC61508では各防護層に相当する機器の安全度水準を定めており、表-3に示すように各機器が作動が必要なときに故障する確率(PFD)に応じて安全度水準(SI L)が与えられている。なお基本規格である61508に対して各産業別の個別規格が準備されており、プロセス産業に対してはIEC 61511が制定されている。2-3)機械設備のリスク評価機械設備のリスク評価はイギリスのEN1050がよく引用されている。EN1050では機械設備のリスクを「危害の発生確率」、「人への暴露頻度」、「危害に暴露される人数」と「危害のひどさ」の積として求められる。それぞれの指標のリスクポイントは表で与えられている。2-4)化学設備におけるリスク指標の位置づけこのように、化学工業では「リスク」を用いて設備やプロセス、設備の危険性あるいは安全性を定量的に評価するという手法を比較的早くから取り入れており少なくも工場の中では「リスクは、ほぼ認知された」指標といえる。しかし最近の労働安全衛生に対する取り組み標語で「リスクゼロへの取り組み」といった表現が見られるなど、必ずしもリスクの概念が正しく理解されているわけではなく、単に「危険」と同義語的な扱いがなされているのも事実である。それ以上にリスクという言葉や概念がそれが確率的に事故の発生の可能性を含んでいるということで、社会的にほとんど認知されていないというのが問題である。欧米ではリスクを指標として社会と企業の交流がなされている(いわゆるRisk Communication)にもかかわらず、日本では工場の安全性を示す具体的な指標のないまま抽象的な議論をせざるを得ないというのが現実である。また後述するが、高圧ガス設備の法的な規制においてもリスクという概念による設備の管理は認められていない。3.化学工業のメンテナンス事情3-1)現在の日本のメンテナンス環境化学工業においても国際化、特に東南アジアや中国での生産が進み、製造コストの国際競争が非常に厳しくなっており、特に労働者の人件費が国際的に比較して高い日本では、メンテナンスコスト(直接メンテナンスにかかる費用と故障や突発的なトラブルによる費用、生産減も含む)削減も国内生産の継続には重大な課題となっている。こうした国際的なコスト構造は設備の海外移転を加速し、日本国内での新規プラント設備建設の激減にもつながっている。このような製造現場の状況は素材や設備メーカー、建設・工事会社においても事情は同じであり、彼らの工場の海外移転は装置産業以上にすすんでいるために日本のメーカーブランドであっても製作は海外というものが急増している。例えば一般鋳物産業などは、日本は殆ど空洞化しているといっても過言ではない状態である。また、化学設備や機器の内外価格差はたとえ日本国内でのプラント建設であっても東南アジアなどからの輸入品の急激な採用増加をもたらしている。こうした海外生産品の品質はこれまで日本で製作されたものに比べると、今のところ多くの場合劣っている物も多く、メンテナンス担当者は材料や機器の初期品質の低下に伴って発生する不具合についても目を光らせる必要が生じてきている。このような事情に起因する日本国内での新規プラント建設の減少はメンテナンス技術者、工事技術者の貴重な経験の機会の減少にも直接的につながっているが、日本国内での生産を維持するために過去に建設された設備を長期にわたって使い続けなければならないことをも意味している。図-5[3]はアメリカと日本の製造業全体で使用されている設備の設備年齢を比較したものであるが日本の設備の老朽化がよりすすんでいることがわかる。また、例えば日本の化学工業で現役として使用されている球形タンクの多くは40年近く使い続けられて物が多い。これより設備維持のための技術が日本国内での生産を継続するためには必須であることがわかる。3-2)メンテナンスにおける労働事情化学産業におけるメンテナンス現場の人員は本体業表-3 安全計装システム(SIS)の安全度水準SI L431900/01/011高頻度作業要求モード/連続モード単位時間当たりの故障率[1/h]10-9 ~10-810-8 ~10-710-7 ~10-610-6 ~10-5低頻度作動要求モード作動要求時に故障している確率10-5 ~10-410-4 ~10-310-3 ~10-210-2 ~10-1- 28 -務の合理化やアウトソース化とともに削減が続いている所が多い。(化学工業本体のメンテナンス人員の削減は、単に外注化が進むということで必ずしもメンテナンスに関わる全体の人員が減少しているとは限らない)またそのために長期間人員が補充されず人員の高齢化が進み、いわゆる2007年問題がもっとも深刻な分野のひとつとなっている。また1970年代まではメンテナンス人員の多くは、現場での技能訓練を十分に経て、しかも高度成長時代に多くのプラント建設や多彩なメンテナンス業務を直接経験してきており、かつ高いモチベーションを持っていた。これまでの多くの民間企業におけるメンテナンス部門はこうした人々の知識、経験や知恵に支えられてきたが、現在そうした人々の最後の世代が第一線を離れようとしている。その後継者としてメンテナンス部門に配属される人は、入社年齢の高齢化も伴い、過去にあったような技能的な訓練や経験の機会が殆どないまま、メンテナンスの管理的業務に従事させられることが多い。激減する日本国内でのプラント建設、長周期化する大型メンテナンス工事、業務のアウトソース化など今後とも実地育成のための環境は失われる一方である。またメンテナンス部門の人員削減は、業務が管理中心になることを意味しており、かつ設備の計装化も進み、現場を見ないペーパードライバー型のメンテナンス員も増えている。一方、メンテナンスの実務を担う設備製造業や工事会社においても、スキルフルな技能者は激減の一途をたどり、後継者の採用補充や育成に苦慮している。特に他社、現地への出向作業・現場作業の多いメンテナンス業務は多くの若い労働者にとって魅力的ではなくなってきている。3-3)高圧ガス関連設備の規制緩和産業の国際化は法による規制にも大きな変化をもたらしている。日本の高圧ガス製造設備は高圧ガス保安法によりきめ細かい規制(保護)を受けてきたが日本独自の規制は非関税障壁であるという指摘や、一律の仕様規定は産学の活力を低下させるという認識のもと、この分野においても規制緩和が急速に進みつつある。その結果いわゆる自主保安認定制度や規制法令の性能規定化、これに伴い高圧ガス施設にかかわる保安検査方法の民間規格化等が進んでいる。4.化学工業におけるRBIの位置づけ4-1)維持基準の必要性3.3節で述べたような規制緩和に伴う法令の見直しはこれまでの規制が有する技術的な矛盾点の見直しにもつながっている。例えばこれまでは供用が開始された後の設備の検査結果(ISI)の判断は設計時の基準に基づいて行わざるを得なかったが、供用された設備材料には経年変化もあり、たとえ何らかの損傷が発生していても溶接などの手段を用いて形状的に初期の状態に修復することが設備の信頼性を回復するとは限らないこと、またそれまでの使用実績から内在される欠陥が進展するか否かの評価も出来、いわゆる静かな、あるいは無害と確認された欠陥まで手をつけるのは不合理であることなどが認識されてきた。そこから、いわゆる維持基準の必要性が認識され、アメリカやヨーロッパでは既に構築されているpostconstruction standardの調査も急速に進み、日本版での認知を得るための努力も行われている。RBIはそうした維持基準の一連のプラクティスの中に位置づけられており化学工業内ではグローバルなメンテナンス実施の方法論として認知されつつある。4-2)RBIの化学工業のメンテナンスへの導入図-6[4]は高圧ガス保安協会が公表している高圧ガス関連設備の事故発生状況を年次別に示しているが2003年からの急激な事故発生の増加が認められており、その背景には3-1)や3-2)で述べたような技術的、経済的、人的な問題があるのではないかと懸念されている。3-3)で述べた高圧ガス設備に対する規制緩和の動きは保安に関する責任を企業側が自分で負担するとい図-5 日米の製造業の設備年齢比較[2]YearJapanUSA経済産業省資料より製造業の設備年齢推移141210864201965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005- 29 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)うことを意味しており、保安維持のための企業内の組織や仕組み、また技術体系の構築が必須となっている。また企業が自己責任による保安確保を行うということは、その内容の説明責任も有するということで、設備管理に対する技術的な論理性を有する方法論も必要となってきた。さらにプラント建設の国際化はメンテナンスの国際化も意味しており、海外プラントのメンテナンスのためにはグローバルに通用する合理的なメンテナンスの方法論や標準化が必須となっている。このようにメンテナンスがその機能を存分に発揮し責任を果たすことが強く求められているが、現実としてはそのコスト削減に対する強い要求が先ずある。そこでメンテナンスに投入する資源の削減が具体的に設備の信頼性や安全性にどのような効果・影響をもたらすのか定量的に評価する必要も生じてきた。こういう要求を満たすことを期待してRBIに多くの化学系企業は強い関心を示すこととなった。図-7[5]は少し古い調査結果であるが日本高圧力技術協会のRBM委員会において調査された化学工業におけるRBIの導入状況、図-8[5]はRBI導入の上での課題を示している。このようにRBIには強い関心を示しているが、公的機関による認知がない、すなわち法的にRBIの適用が認められていないことに懸念が示されている。ここで表-4[6]は前述の事業所認定審査を受ける企業に対して高圧ガス保安協会の指導等に基づき千葉県高圧ガス保安協会が作成したガイドブックに示された設備の重要度評価方法を示している。この方法によると損傷の発生を支配する諸項目と設備が停止した場合の経済損失を掛け合わせて重要度点数を求めており、この点数で重要度クラス分けを行っている。これ図-6 高圧ガス製造事業所事故件数の推移[4]図-7 化学工業におけるRBIの導入状況[5]図-8 化学工業におけるRBIの導入の障害[5]表-4 千葉県高圧ガス保安協会:自主保安管理指針による高圧ガス設備の重要度評価の例設備名判定項目1234561234567891011ウエイト1114233433111323321係数30.5125240.5重要度点数30.51810612141.51級係数230.50.520.5220.5重要度点数230.5241.52611900/01/20 12:00:002級物質温度圧力履歴生産減腐食率硫化物SCC焼き戻し脆化クリープ脆化水素侵食水素誘起割れアルカリ脆化塩化物SCC疲労・熱疲労異材継ぎ手アンモニアSCC汚れ、つまり傾向管理他法規適用7・使用環境の特殊性重要度点数合計重要度級別開放検査周期T-101 E-321- 30 -は結果としてリスクを求める方法と極似しており、こうした方法がこれまで認められているにもかかわらずRBIを認めないのはいささか矛盾がある。そこにはRBIが決定論ではなく確率論的な方法に基づくことへの懸念があるものと思われる。5.化学工業で用いられるRBI[7][8][9][10][11]5-1)RBI基準・手法の動向海外の企業ではRBIは既に実用的に用いられており、その具体的な方法やこれを支援するソフトも市販されている。化学工業を視野に含むものを例に挙げると、例えばShell. A.S、TWI、AEA、TUV、DNVなどなどのコンサルタント会社が、それぞれの手法に基づいて既に商業ベースでのサービス、コンサルタント活動を日本の企業に対しても活発に行っている。またメジャー系の石油精製会社ではそれぞれの方式によるRBIに基づいてメンテナンスを実行しているところがあると聞いている。一方我々が公的に容易に入手できる発刊済みのRBIに関する規格、基準はアメリカのAPIが刊行した基準規格API-580と具体的な実施方法の例を示すAPI-581のみである。このAPI規格は石油精製工業に的を絞った基準であるということで、現在ASMEのPost ConstructionStandardの一つとして一般化して発刊すべく準備が進められている。これに対してヨーロッパではRIMAPというコンソーシャム組織が作られ2005年末を目指した新しいガイドライン作成が行われており、これはCENの一環でなされていることからやがてはISOとしての位置づけもねらっているものと思われる。5-2)API-RBIとRIMAP-RBIの比較表-5にAPI-RBIとRIMAP-RBIの基本的な比較を示す。石油精製プラントで用いられる機器の「維持コストとリスクを同時に戦略的、かつシステマティックに低減させる方法」として開発されたた現在のAPI-RBIは、石油精製設備の中で圧力を有する静機器において、そこからの漏洩現象に対するリスクを限定して評価対象としている。一方RIMAP(Risk Based Inspectionand Maintenance Procedures for EuropeanIndustry)は、2001年3月に30以上のパートナーの参画を得てEU基金を基に発足したヨーロッパ版RBM作成のためのプロジェクトであるが、産業にこだわらず対象設備も静機器に特定せず動機器や運搬機器なども対象としており、従って評価対象となる損傷モードも特定をしていない。現段階ではRIMAPの活動は完結しておらず、またすべての内容が公開はされていないが、その構成は基本的な手順とリスク評価方法を示す文書と、化学工業、石油精製、発電、鉄鋼の4種の産業分野の設備を対象としたワークブックからなっており、このワークブックがAPI581に相当するものと見てよい。リスク評価の基本的な流れについては図-9に示すような考え方を両者ともとっており異なるところはない。具体的な発生確率と影響度の評価方法は両者とも例示しているにすぎないが現在公開されている限りではAPI-581の定量的方法に比べるとRIMAPの方がシンプルでありAPI-581の半定量法に近いといえる。6.化学工業で用いるRBIの課題6-1)一般破損確率API-581では損傷の発生確率を図-10に示すように一般破損確率を評価対象機器の固有情報に基づく修正係数API-RBIRIMAPバックグラウンド石油精製関係25社(DNV)石油、化学、鉄鋼、発電、コンサルタント対象設 備圧力を保有する静機器(石油精製設備)特定しない静、動機器(石油、化学、鉄鋼、ボイラ)対象モ ード漏洩特定しない出力基本規格-580実施例-581基本文書ワークブック(4分野)今後ASME-APICEN(ISO ?)API-RBIRIMAP1993検討開始1996Pub5812002RP5802000 2005Pub581-1ed2001検討開始表-5 APIとRIMAPのRBIの比較図-9 RBIにおける一般的なリスク評価手順何が起きるか 事象発生の影響は?防止策抑止策緩和策防護策対応策環境条件操業条件設  計使用期間検  査保  全管理状態物理的(火災)の影響毒性の影響環境への影響経済的な影響発生頻度は(発生可能性)リスク- 31 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)で補正して求めている。APIではこの一般破損確率を機器のタイプと、漏れを生じる開口の大きさごとに与えているが、その算出の根拠となったデータを公開していないためにヨーロッパや日本では無条件でAPIが示したこの確率表を用いることに抵抗感がある。RIMAPでは発生確率を一般破損確率のような数値を使わず、単純に損傷発生に対する条件の厳しさランクで与える方法も示している。またヨーロッパにはすでにOREDAのようなデータベースが存在するために、こうした公開されたデータベースから得られた一般破損確率を用いた例も示されている。図-3に示した日本化学工業会の化学物質リスク評価システムでは、消防庁、高圧ガス保安協会などのデータに基づく破損確率を用いている。今後日本版のRBIを構築するためには、またそれが国際的な認知を得るためには、幅広いソースから公平なデータを数多く収集解析していくひたむきな作業が必要である。6-2)発生確率の修正係数の求め方API581では一般破損確率の修正のために、表-6に示す5種類の補正係数を用いる。これらのうちTMSF(technical module sub factor)をのぞく4つの修正係数は修正幅も小さいがそれぞれ設問形式のワークブックで決定される。このワークブックの内容や修正係数の配分は必ずしも日本のきめ細かい管理のなされたプラントの評価に適合しているとは思えない。TMSFは3桁の修正幅を持ち最も重要な修正係数であり、表-7に示すような手順で算出される。ここで想定された損傷の進展速度が不明の場合には様々な損傷形態に対するテクニカルモジュールが付録で用意されておりここからデータを得ることが出来る。また表-7のようにベイズの定理に基づいた計算を直接しなくても検査の効果と使用期間をパラメータとしてTMSFを求めることが出来る(あらかじめ計算された)表も与えられている。しかし用意されたテクニカルモジュールが石油精製設備を念頭に置かれているために限られた環境、限られた条件となっており、例えば化学工業における複雑な腐食環境がカバーされているわけではない。また例えば応力腐食割れの場合、割れの発生のしやすさを厳しさ指数という値に転換してTMSFを求めるが、この厳しさ指数を求める根拠(基準)が示されていないために自分で得たデータを一般化して用いることが困難である。検査の有効度は専門家が判断して5段階にランク付けすることになっているが日本の化学プラントで適用されている多様な検査方法を評価するにはラフすぎる。こうした問題は現段階のRIMAP-RBMにおいてもCDD(Chemical DegradationDocument)において損傷の厳しさに関する情報を与える仕組みになっているが、同じ問題が含まれている。6-3)影響度の求め方API-581では機器の内部流体の流出による火災、毒性、環境、経済の影響を、またRIMAPでは安全、健康、環境、ビジネスの影響を評価することになっている。これらの評価指標のカバーするところは結局大差はないが、それらを評価する手法はそれぞれ異なり、結局最終的に得られた影響度も共通の値ではない。可燃性物質影響度計算毒性物質影響度計算Adjusted F.F経済損失計算漏洩量計算Equipment Mod SF・Technical Mod SF・Universal SF(プラント状態、気候、etc.)・Mechanical SF(複雑度、寿命、etc.)・Process SF(連続性、安全弁、etc.)ManagementSystem Eva. F環境への影響計算影響面積計算RISKリスク=確率×影響図-10 API581-RBI定量評価手順Generic F.F管理評価係数テクニカルモジュールサブファクター一般要因機械的要因プロセス要因1 ~5000-1 ~9-6 ~19-5.5 ~15.50.1 ~15.5機器修正係数表-6 API定量RBIにおけるGFFの補正係数の補正幅ベイズの定理限界状態関数条件付(事前)確率1.損傷モデルを決定し、損傷進展速度の予測値を求める。2.損傷進展速度の信頼度水準を決める。3.損傷の程度と損傷速度に応じた検査の有効度を求める。4.損傷速度の信頼水準の改善に対する検査の効果を計算する。5.その損傷が機器の許容限界を超えて破損を生じる確率を計算する。6.TMSFを計算する。7.全ての損傷モデルにたいしての複合TMSFを計算する。表-7 API581のTMSFの解析手順主観的確率- 32 -6-4) 実際の化学プラントに応用してAPI-581の定量的、半定量的RBI解析を多量の可燃性物質を扱うプラント、毒性物質を扱うプラントなどの典型的な設備について適用した。その評価結果をリスクマトリックス上にプロットして図-11[12]に示す。このように安定に運転されてきた設備は損傷の発生に対する対応が十分にとれており、かつ検査も厳密に行われているということでいずれも損傷の発生確率は極めて低いところにある。一方重篤な事態を想定した影響度の評価結果はいずれの設備においてもかなり影響の大きいランクにあり、特に毒性物質を扱う設備では非常に高い影響度となってしまう。当然高い影響度は防護システムをさらに評価することにより低下させることになるが、現場の感覚とは異なる結果となっている。また非常に長期間運転されたプラントの定量RBI評価結果を図-12[12]に示すがここではさらに20年間運転したときのリスクも示している。20年後のリスクを目標限界値よりも高くしないための検査のあり方についても検討しており、こうした評価は簡単に実施できる。我々はAPI581のワークブックをすべてエクセル54321●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●●●A B C D E発生確率ランク発生確率ランク5 高リスク4 中高 リスク32低リスク中 リスク1A B C D E可燃性物質を多量に扱うプラント 毒性物質を扱うプラント図-11 化学プラントのリスク解析の結果の例[12]影響度ランク 影響度ランク区分影響面積(ft2)発生確率(/年)20年後 現状等リスク線図-12 経年化学プラントのリスク評価結果の例[12]1.00E+02 1.00E+03 1.00E+04 1.00E+05 1.00E+06 1.00E+070.0000010.000010.00010.0010.01で自動計算できるようにしており、データの収集もプラントとプロセスを熟知した関係者が集まって行えば、大型プラントの定量RBI解析に非現実的な時間は必要ではなかった。7.最後に化学工業におけるRBIの実施状況と、筆者の理解の範囲での評価(感想)を述べた。化学設備のRBI評価にあたっては網羅的に発生しうる損傷をすべて評価し余寿命と検査の関係も評価するため、従来の「確定的」ということになっている保全方式の決定方法に比べて少なくも評価段階で省略するところはない。その意味では、リスク基準のメンテナンス方式決定を「確率論」に基づくという理由のみで否定する必要はない。ただ、現在の時点で、我々が公的に知ることが出来る方法で定量的に得られたリスク値を汎用的な指標とする段階にはまだ至っていない。また、各設備のリスクをいかにマネージメントするかという体制も日本は貧弱であり、結局RBI導入のコスト効果も十分には得られないと思う。しかし各界のRBIへの関心は依然高く、RBI解析方法の標準化が進み、データベースが充実して、得られたリスク値が汎用的に使えるようになればRBI導入のメリットは更に大きくなるものと思われる。しかし、日本は海外の手法のコピーのみに終始していたのでは本当のメリットは享受できないと思う。引用文献[1]若倉、高木、菊池、化学物質のフィジカルリスク評価システムの開発、安全工学、43、4(2004)240.[2]IEC 61508 Functional safety-related systems(1999).[3]経済産業省、製造業等における産業事故の防止について(要請)(2004.12.19).[4]高圧ガス保安協会ホームページ.[5]柴崎敏和、HPI専門研究委員会活動により提案される「HPIS:RBIガイド」の紹介、HPI技術セミナー:第3回リスクベースメンテナンスの基礎と応用(2005).[6]千葉県高圧ガス保安協会、高圧ガス事業所自主保安管理指針-Ⅰ(2000).- 33 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)[7]API publication 581, Risk based inspection : Baseresource document, 1st edition(2000).[8]API Recommended Practice 580, Risk Based Inspection(2002).[9]A.S.Jovanovic, P.Auekari, Survey of RIMAPProject, NIMS Meeting(Mar.2000).[10]RIMAP consortium, Report on Current Practice(2001).[11]RIMAP-Risk Based Maintenance and Inspectionfor European Industries(Chemical demonstrationProject), London,21-23 October 2002.[12]石丸他、未発表.(平成17年3月22日) 化学工業におけるRBIへの取り組み 石丸 裕,Hiroshi ISHIMARU
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