「保全における規格・基準の意義」
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(要旨)
日本保全学会では、保全学の構築に取り組んでいる。企画運営委員会のタスクにおいて、議論を重ね、保全における規格・基準への取り組みの姿勢についてとりまとめたものである。
「保全学」構築の一貫として、保全の運用に適用する"決まり"としての規格・基準を提案して行くことが必要である。保全の体系の中で規格・基準の位置付けを明確にして、取り組むことが大切である。引き続き、保全に関する規格・基準の策定のロードマップを提案して行く。
1.はじめに
人間社会は、基本的に壊れるもので構成されている。永遠のものはない。人間の歴史を見ると、過去、多くの場合は、壊れるまで使い、また新たに手に入れる生活であったが、徐々に手を入れ、修繕しながら使うことを学び、保全と言う手段を確立してきた。近年の文明社会は、多くがそのレベルの高低こそあれ、なんらかの保全の恩恵により維持されている。しかし、最近では使い捨てが横行し、資源、環境問題を引き起こしている現実がある。文明社会の保全とは、様々な装置や機械、システムなど、作り上げたものを、その時々の社会の要求や獲得した新たな経験、知見などに照らして、より良い状態で保全を学として、体系的に見直す本来の機能を維持し、安心して使えるように保つか、ということであろう。
日本保全学会では「保全」を学として、体系的に見直す取り組みを始めた。それは、図1に示すように、保全活動に寄与する活動と考えている。
取り組みが、分野を越えて、あらゆる分野に適用される保全として更に発展させ、「保全学」として確立して、より広く活用されるものとしなければならない。
昨今のトラブル事例を見ても、プラントやシステム、機器の保全にどのように取り組むのかは、極めて重要であり、難しい課題となってきている。日本保全学会の多くの会員が活躍する原子力発電事業の分野は、航空機産業と同様、またそれ以上に、安全、保安、保全が重要といわれてきた分野であり、この原子力発電業界の人達の保全への
科学や工学には"決まり"や"関係"と言うものがある。"決まり"や"関係"とは、法則、理論などである。法則とは、一つのもしくは複数の簡単な式などの関係により現されるものであり、それらの関係を複雑な、定まった論理体系により現したものを理論と言う。このような関係は、科学の物理現象においては、摂理とか、公理とか、法則といわれるもので、これらを新たに見出し、明らかにする学問が科学と言われる分野である。産業界での工学や技術においても、このような"関係"が存在する。工学では定理とか、公式とか、「・・・の式」や「・・・の法則」などとしてよく用いられる。
一方、人との関わりの社会においては、このような論理体系に加えて、個人、企業、社会の判断や、時間、経済的効果などの要素が複雑に加わり、それらが統合されてこのような"決まり"や"関係"というのは、"規格・基準"として定められる。従って、規格・基準とは一律、一定のものではなく、国や時代、また対象によっても異なるものである。
2.規格・基準の役割り
製造や運用など工学的な行為においては、それらの行為を画一化し、統合して、誰もが同じ行為を正確に行えるようにする標準化が進められてきた。その意義は、以下の4点に集約される。
1)技術の集約・・・・様々の分野の産業界、学術界の人達で開発した技術を、体系化して誰もが過たずに使えるようにする。
2)信頼性・コストの適正化・・・・誰もが、同じように適正なコストで信頼性のある、要求に合ったものを造ることができるようにする。
3)安全の確保・・・・・いつでも、同じように、その使用者や周りの人々の安全を確保することができるようにする。
4)社会資源の有効活用・・・・社会が持つ、人材や資金などの資源は有限なものであり、効果的なリソースの活用を図る。
この規格・基準の策定、すなわち標準化の目的は、学問をベースとして開発、開拓された技術を社会に広く適用して社会の繁栄に寄与することであり、またその技術の適用に当って事故や不具合がなく安全が確保されるという、安心できるものとすることにある。すなわち、社会の反映と安心に寄与するために規格・基準などの標準化を進めていると言える。また言い換えれば、この標準化により、更なる技術力の向上を図ることが期待され、産業構造の簡素化や経済活動の合理化、それによる国際競争力の確保といった産業への貢献と、広く安心の確保に貢献できるものと考えられる。
3.保全学の体系における規格・基準の位置付け
日本保全学会として取り組んでいる保全のスコープを図1に示す。保全学の構築を目的とした保全に関する種々の科学をベースとして、工学や社会学と組み合わせて、保全工学や保全社会学を構築、体系化することである。その中から適用理論としての適切な手法を選択して、規格・基準を策定し、保全計画や設計に反映して実際の保全活動に適用することである。このように保全のスコープは理論から押して実践まで幅広い範囲となる。その中で、規格・基準などの標準化と密接に関わる保全工学や保全社会学のスコープを具体的例として見ると、表1に示すように保全の現場と社会との接点との分類で表される。保全に関する規格・基準などの標準は、保全活動の統合化の形として位置づけられ、保全研究の集約した成果である。日本保全学会としての保全学の研究は緒に付いたばかりであり、規格・基準などの標準への研究成果の集約はこれからである。
日本保全学会など民間における規格・基準の策定は、規制当局やユーザなどからの要望と、規格・基準を受け入れる社会からの期待を一致させるものであり、この役割りを果たせるのが公平、公正な存在である学会を中心とした、規格・基準の制定団体としての学協会である。日本保全学会の活動は、これらの学会を補完するものであり、具体的に保全に関する規格・基準の策定活動を進めて行くにあたり、ここに示した規格・基準のあり方は、その方向性を検討するうえで重要な出発点として位置付けられる。
表1 保全工学と保全社会学のスコープ
先にも述べたように、保全においては、技術的にも社会的にも厳しい環境にある原子力の経験を生かして、一般に適用できる保全の体系化を進めている。原子力の分野では、国の技術基準の性能規定化によって、これまでの国の主導、規制による保全活動から、民間主導の柔軟な運用ができる民間規格を用いた保全活動への動きとなり、保全体系の一般化が容易となってきている。その中で、この動きに沿って規格・基準の整備も進められている。民間の規格・基準を確実なものとするには、裏付けとして公開された豊富なバックデータが必要であり、その取得のための研究活動の活用がポイントである。また、一方では民間一般としての立場での、規格・基準へのニーズを的確に提示し、民間基準の策定に貢献しなければならない。このように、規格・基準を策定する側と使う側、要求する側と答える側、用いて規制する側と用いて運用する側など、同じ規格・基準を間にして対極的にとらえた組織横断的な活動が必要である。このような活動により、原子力が抱える規制上の諸課題も解決されるものと期待される。保全の各機関の十分に連携した活動が望まれる。
4.保全における規格・基準
保全に関する規格・基準は、技術的事項、保全工学により裏付けられることは言うまでもない。しかし、一方、社会に受け入れられる配慮と社会への説明責任を意識したものでもある。この説明責任や社会的受容性といったものはなにか。それは技術的事項だけではない。人文・社会科学的な観点からの検討が求められている。プラントの建設から保全活動における運転、保全、検査の循環に至るまでの流れは、単純に一方通行ではなく、図2に示すように、新たな経験や知見を加えながら常により良いものにする、フィードバックが加えられている。どの工程においても、手順書からガイドライン、規格・基準に至るまで様々な"決まり"が、これらの活動を支援していることが理解されよう。これらそれぞれの段階、すなわち設計・建設や保全活動などの実運用の各段階では、技術的要請だけではなく社会的要請や経済的要請も同じように作用しているのである。
図2 設計・建設、保全活動への規格・基準の適用
ここで、改めて保全活動の循環の流れを見てみる。 図3に保全活動の流れと保全計画の関係を示す。実際の保全活動とは、運用されている機器やシステムは、劣化するものであり、壊れたり動かなくなったりするものである、そこに"今あるものを、いかにそのままに安心して使えるように保つか"の保全活動がある。すなわち、劣化を監視するための、"いつ"、"どこを"、"どのように"、などを決める検査基準、発見された劣化を評価し判定する基準、その劣化をどのように修理し回復させるのかの補修基準、の「検査」、「評価」、「補修」の3要素の基準が適用される。保全の活動に適用するこのような技術的な運用基準や判断基準としての規格・基準がある。図2、図3の中に示すような、それぞれの工程おいて、様々な技術要素を分析して適切な規格・基準の策定を行わなければならない。
図3 保全活動の流れと保全計画
5.おわりに
「保全学」の構築とは、科学的手法により体系的に整理、分析し構造を明らかにして、最適化することである。重要なことは、社会的な説得性や受容性のあるものとして確立することである。保全学の仕上がりは、保全科学や保全工学の体系をベースとして、社会学、経済学などの技術的要請や社会的要請、経在的要請に答えるものとすることであり、それを実際の保全活動に生かして、本来の保全の目的を達成することにある。
具体的に保全学を活用する手段の一つが、規格・基準などの標準である。技術活動において守らなければならない"決まり"の種類は、いくつかあるが、科学、工学における法則であり、理論であり、規則であるが、実際の運用においては、規格・基準などの標準となる。規格・基準とは、保全活動を行う、運用において守らなければならない"決まり"といえる。言い換えれば、技術を適用するに当り、社会的要請や経済的要請を加味して用いる"決まり"が規格・基準などの標準である。「保全学」構築の成果の一つとして、規格・基準などの標準の策定を進めて行きたい。 続報では、規格・基準などの標準化における、日本保全学会が取り組まなければならない課題を明確にし、解決のロードマップを提案する。
謝辞
日本保全学会としての研究活動の成果を規格・基準などの標準として集約するにあたりどのように取り組まなければならないかを企画運営委員会の中にタスクを設けて議論した。これまでの「フォーラム保全学」から始めた「保全学」誌を中心に議論を展開してきたものと合わせてまとめたものである。議論に参加の企画運営委員会の有志に感謝する。 (記:宮野)
参項文献
1.宮 健三ほか:保全学の構築に向けて、フォーラム保全学Vol.1,N0.4,2003
2.織田満之ほか:保全社会学の枠組みとアプローチ、保全学Vol.3,No.4,2005
3.青木孝行ほか:保全学の構造と体系に関する検討、保全学Vol.2,No.2,2004
4.宮野 廣:学協会における標準策定と役割、保全学Vol.3,No.4,2005
5.班目春樹:民間規格・基準のあり方、フォーラム保全学Vol.1,No.2,2002
6.設楽 親ほか:保全の体系化について(第3回)-保全の最適化の考え方-、フォーラム保全学Vol.1,No.3,2003
7.千種直樹ほか:保全学の構築に向けて(3)-実務からみた保全学のテーマ-、保全学Vol.2,No.2,2004
8.辻倉 米蔵:原子力の安全と保全、フォーラム保全学Vol1,No.4,2003
「保全における規格・基準の意義」 日本保全学会企画運営委員会