PD制度の動向について
公開日:規制動向1.はじめに平成15年10月に施行された改正電気事業法により事業者に新たに実施することが義務付けられた定期事業者検査において、欠陥が検出された場合に、その設備の健全性を評価しなければならないこととなった。これは、健全性が確認できれば補修や取替を行わずに運転継続が可能となることであり、発電プラントの合理的な運転に大きく寄与するものである。健全性評価は、「日本機械学会 発電用原子力設備規格 維持規格(2002年改訂版)JSME S NA1-2002 」(以下「維持規格」という)に従って行うこととなっており、評価の流れを図-1に示す。この評価を適切に行うためには、超音波探傷試験(以下「UT」と言う)等による欠陥の寸法測定が適切に実施され、一定の精度で欠陥深さが測定されることが極めて重要であることは論を待たない。ところで、寸法測定の精度は、検査員の技量は当然のことであるが、測定に用いる探傷装置及び探傷要領にも左右されることは、これまでの試験等から明らかとなっている(例えば、PISCプログラム)。従って、寸法測定性能を評価する上では、検査員、探傷装置及び探傷要領を一体として評価することが必須である。海外では、既に米国及び欧州で欠陥の検出性及び寸法測定精度に関する資格認証試験(Performance Demonstration(以下「PD」という))制度が構築され運用されている。日本でも漸くPD制度構築のための検討が開始され、平成17年度からの運用開始を目指して検討が進められている。以下に、その動き等を解説する。2.PD制度の必要性平成14年に、BWRの原子炉再循環系(以下「PLR」という)配管(材質SUS316L系)でSCCが検出され、横波を用いた端部エコー法(以下「従来UT」という)により欠陥寸法の測定が行われた。測定した配管を切断し欠陥寸法を実測したところ、従来UTにより測定した深さが過小評価となる欠陥がいくつか認められた。これは、SCCが屈曲し複雑な形状となっていることに加え、SUS316L系配管溶接部では、SCCの先端部が溶接金属内部にまで進展している場合があった[2]ことに起因している。SCCの形状が複雑なことから超音波のエコーが散乱しやすく先端部からのエコーを捉えることが困難な上に、当時の知見では、SCCは溶接継手の溶接熱影響部で発生して溶接熱影響部の中を進展すると理解されており、検査員はSCCの先端が溶接金属中にあることなど夢にも思わず、ひたすら溶接熱影響部内で先端を探していたためである。上記に記すように、従来UTでは先端が溶接金属内部まで進展したSCCの深さを十分な精度で測定できない場合があったことから、欠陥の先端が溶接金属部に達していても十分な深さ測定精度が得られるように改良したUT手法(以下「改良UT」という)の適用が検討された。改良UTとは、横波に比べて溶接金属内の透過性に優れた縦波と反射特性の優れる横波を組み合わせ、欠陥の先端部からの散乱波/回折波を捉えて欠陥形状の把握が容易になるようにした手法である。満足する満足する満足しない満足しない欠陥進展評価破壊評価評価不要欠陥寸法許容基準継続使用 評価期間中継続使用 補修・取替図-1 健全性評価の流れ[1]欠陥検出- 9 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)改良UTによる欠陥深さの測定に当たっては、横波を用いた従来法の超音波探傷により欠陥エコーがあると判定されたものについて、2次クリーピング波法で欠陥があることの確認を行い、欠陥が確認された場合にその深さをフェーズドアレイ法又は端部エコー法により測定する。その際、UTを使用してSCCを含む欠陥の深さの測定を系統立てて実施した我が国最初のプロジェクトといえる「超音波探傷試験による欠陥検出性及びサイジング精度に関する確証試験」(以下「UTS」という)等における経験を踏まえ、モード変換波法により欠陥形状の大まかな把握を行う、超音波の複数の入射角により探傷しデータを比較する、などを行い測定精度の向上を図ることとしている。改良UTによるBWRの PLR配管等におけるSCCの深さ測定及び切断による深さの実測は、東京電力(株)柏崎刈羽原子力発電所1号機における「超音波探傷試験による再循環系配管サイジング精度向上に関する確性試験」並びに東北電力(株)、東京電力(株)及び中部電力(株)の各プラントにおいて実施されている。これらの深さ測定精度は、UTSで平成14年度までに得られた従来UTによる深さ測定精度(「平均-2σ」=-4.4mm)を超えるものはなく、改良UTは、SUS316L系材製の原子炉再循環系配管等のSCCによる欠陥深さの測定に有効であると評価された[3]。図-2に上記確性試験及び各プラントにおける測定結果を示す。しかしながら、改良UTによるSCC深さの測定は、複数の測定手法を組み合わせるなど高度な技術を要するものであり、しかも上記結果は十分に訓練を積んで高い技量を有する検査員によって得られた結果であることから、実機で検査を行う場合は、検査員の技量が一定レベルに達していることが必要となってくる。こうした経緯を踏まえて、原子力安全・保安院は、総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会原子炉安全小委員会(平成16年8月10日開催)に提出した報告書「原子炉再循環系配管当の検査への改良超音波探傷試験の適用について」の中で、PD制度構築の必要性を以下のように記述している。0510150.0 5.0 10.0 15.0UT測定深さ (mm) 図-2 確性試験及びプラント個別試験における寸法測定データの分布測定データ[3]改良UT全データ(端部エコ-法+フェーズドアレイ法)誤差平均 : +0.5mm標準偏差 : 1.99mmRMS誤差 : 2.04mmA社端部(縦+横)A社PA+端部(横)A社PA(1)A社PA(2)B社端部(縦)B社端部(横)B社PA(1)B社PA(2)C社端部(縦+横)D社PAE社端部(縦+横)UTS平均-2σ切断調査による深さ (mm)6.UTに係る性能実証(1)必要性 改良UTを含めたUTの十分な検査精度を確保するための客観性の高い認証制度(Performance Demonstration、以下「PD制度」という)は、UTに係る装置、要領書及び試験員からなる試験システム全体(以下「UTシステム」という)を対象として行われ、模擬試験体を使用してUTシステムがこれに付与した模擬欠陥を正しく検出し、その寸法測定ができるかどうかで、原子力発電所の供用期間中検査で行われるUTに係る能力を認証するものである。健全性評価のためには、検出されたひび割れの寸法を正確に測定する必要があるが、特に深さについては、これまでのBWR再循環系配管での事例に見られたように、配管の溶接金属部にひび割れが進展している場合もあり、その正確な測定のためには、種々の試験方法を組み合わせるなど、高度な技術を要するものとなっている。このため、ひび割れの寸法を正確に、かつ、客観性のあるデータとして測定するためには、海外において行われているPD制度を参考にして我が国においてもこれを構築し、当該試験によるひび割れの寸法測定等に係る能力を確認する必要がある。これまで、改良UTを含むUTによるひび割れの寸法測定に係る試験の手法及びデータが蓄積されてきており、これを踏まえたPD制度の構築が望まれる。(後略) (下線は執筆者付記)- 10 -上記報告書の中で、PD制度のシステムのイメージも示されており、PD認証機関及びPD実施機関が独立性を確保しつつ運営されるべきであるとしている。さらに、教育・訓練は一定の能力があることを確保するために重要な役割を果たすとして、このPD制度の中に、教育・訓練機関を位置付けている[4]。(財)発電設備技術検査協会 溶接・非破壊検査アカデミーでは、疲労き裂やSCCを付与した実規模のSUS配管試験体を用いたUT欠陥検出/寸法測定の訓練コースを開設しているが、訓練を積み重ねることによって検出性及び深さ測定精度は確実に向上しており[5]、上記の訓練の重要性を裏付けるものと考えられる。このように、PDという資格認証試験によって技量を評価するとともに、訓練によって技量の維持向上を図ることが、健全性評価の基となる欠陥寸法の測定精度を向上させ一定水準に保持する上で必須と考えられる。 3.海外におけるPD制度の動向[6]海外では、既にPD制度が運用されており、その概要は以下の通りである。3-1) 米国ASME Sec.XI 1989年版のAddenda に、Appendix Ⅷ"PERFORMANCE DEMONSTRATION FOR ULTRASONICEXAMINATION SYSTEMS"としてPDが取り入れられたことから、米国産業界は、1991年EPRI(米国電力研究所)においてPDI(PerformanceDemonstration Initiative)プログラムの検討を開始し、EPRI/PDIプログラムを開発した。これは、ASMESec.XI Appendix Ⅷ を実施するに当たっての問題点等を検討し、改良したものである。一方、NRCは、1997年12月のASME Sec.XI AppendixⅧ の法律化案の発表以降、実施に当たっての問題点等やEPRI/PDIプログラムとの調整等についてEPRIと協議を重ね、連邦規則10CFR50.55.aに、ASME Sec.XIAppendix Ⅷ 又はEPRI/PDIプログラムを反映しAppendixⅧを補足,修正した規定のいずれかでPDを実施することを定めた(1999年9月)。これにより、米国の原子力発電所のISIにおいては、実施に当たって対象部位のPD認証を取得することが必要となった。認証試験は、超音波探傷装置、手順書及び検査員の技量を一括した形で行われ、試験体に付与されている欠陥の検出性、欠陥の寸法測定精度について判定が行われる。試験は、試験体に付与された欠陥に関する情報が受験者には知らされない形(ブラインド試験)で行われる。EPRI/PDIプログラムには、ベルギーや韓国、台湾といった国々も参加している。3-2) 欧州 欧州では、ISIで行われる非破壊検査の評価と資格に関する欧州における共通の枠組みを構築するという目的のもと、ENIQ(European Network for InspectionQualification)の取り組みが、ECのネットワークプロジェクトとしてECの共同研究機関であるJRC(JointResearch Center)で1993年に開始された。当初ENIQは、JRCが管理する試験体を欧州各国に回送するラウンドロビン試験による資格認定システムを構築することを目標にしていたが、その後、各国が実情に合った資格認定制度の構築を行うのをサポートすることに主眼を移し、そのための共通の考え方や手順を示すこととし、推奨手法(Recommended Practice)が1998年以降順次発行されている。A SMEと異なり、認証は技術確認(Te c h n i c a lJ u s t i f i c a t i o n)と試験体による評価(P r a c t i c a lAssessment)の二つの方法を組み合わせて実施している。技術確認は、試験が要件に適合可能であることを示す根拠(実験または理論による)や測定に当たっての重要なパラメータ及びその有効範囲等を申請者が提示し、その妥当性を確認するもので、装置と手順書の認証に用いられる。検査員は、認証された探傷装置と手順書を用いて、欠陥が付与された試験体によるブラインド試験等により認証を受けるもので、試験体による評価を最小限ですませる意図があると言われている。4.日本におけるPD制度構築の動き日本におけるPD制度の構築の必要性を記述した上記報告書「原子炉再循環系配管等の検査への改良超音波探傷試験の適用について」が総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会原子炉安全小委員会(平成16年8月10日に開催)で了承されたことから、PD制度構築に向けての動きが加速された。制度検討のためのPD認証制度準備委員会(社)日本非破壊検査協会に設置。以下「PD準備委員会」という)が平成16年12- 11 -保全学Vol. 4, No. 1(2005)月1日に関係機関を集めて開催された。PD準備委員会の発足に当たっては、原子力安全・保安院が「経済産業省のNews Release-ひび割れ深さの測定能力に関するPD認証制度発足のための検討開始について-(平成16年11月30日)」で、PD認証制度の意義と課題を述べている。少し長くなるが、以下に引用する。上記News Release に記されているように、国としても喫緊の課題として早期にPD制度を構築することを目指している。但し、その制度は民間主体で構築、運営されるべきものとしており、これを受けて、PD認証機関として(社)日本非破壊検査協会、PD資格試験機関/PD試験センターとして(財)電力中央研究所、PD研修センターとして(財)発電設備技術検査協会等が役割を分担する案で検討が進められている。現在検討中のPD制度の全体構成を図-3に示す。PD制度の必要性はBWRのPLR配管に発生したSCCの深さ測定に端を発していることから、まずは、オーステナイト系ステンレス鋼配管(ステンレス鋳鋼を除く)の欠陥深さ測定を対象として運用を開始することとしている。また、PD制度の運用に必要な規格を早期に作成する必要があることから、オーステナイト系ステンレス鋼配管(ステンレス鋳鋼を除く)の欠陥深さ測定に関しては、(社)日本非破壊検査協会の規格(NDIS)として全産業分野を対象とした規格を作成し原子力設備に係る規格はその付属書として作成することで検討が進められている。こうした検討を踏まえて、平成17年度にPD制度の運用開始を目指して準備が進められている。5.おわりに日本において、漸くPD制度が構築されることとなった。原子力プラントの高経年化が進む中で、「検査」の重要性が認識されるようになり、原子力プラントの保全において「検査」は欠かせない存在となりつつある。これまではどちらかと言うと縁の下の力持ちであった「検査」が、機器の健全性評価の要に位置することとなり、「検査」に対する社会的な評価もより高まってくるものと思われる。こうした背景を踏まえ、「検査員」は自らの仕事の重要性を認識するとともに、それが社会に与える責任を自覚して、自己研鑚に励むことが肝要と思われる。PD制度は、原子力プラントの健全性確保に貢献する「検査員」の資質向上に大いに寄与するものである。そして、PD制度の発足が、単なる資格認証ということだけに留まらず、「検査員」の自覚を促し、延(前略)(PD認証制度の意義)昨年(平成15年:執筆者注)10月の改正電気事業法等の施行により、原子力発電所配管等の健全性評価制度が創設され、本年(平成16年:執筆者注)9月には適用除外されていたSUS316LC系の原子炉再循環系配管を対象とする関係省令等の改正が行われました。健全性評価は、超音波探傷試験により測定されるひび割れ深さを基に行いますが、適切な評価を行うためには、当該測定が所定の測定精度を有することが重要です。米国等では、・・・・・・・PD認証制度が確立されていますが、我が国においては、ひび割れ等の欠陥の有無の検出を目的とした非破壊試験技術者試験(社団法人日本非破壊検査協会がJIS規格に基づき実施)は存在するものの、PD認証制度は未確立です。このような状況を踏まえ、PD認証制度が整備されるまでの間、SUS316LC系の原子炉再循環系配管の健全性評価に当たっては、ひび割れの深さ測定値に保守性を考慮する(測定値に4.4mmを加える)こととしています。したがって、超音波探傷技術の現状,諸外国を含めた関係規格等を踏まえたPD認証制度の確立が喫緊の課題となっています。(PD認証制度確立に当たっての課題)PD認証制度は、試験体の調達に多額の費用を必要とする高度な検査技術の確認を行う一方、その認証対象は限られることから、単独の機関ではその円滑な実施は困難となっています。本年(平成16年:執筆者注)8月10日に開催された総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会原子炉安全小委員会で了承された報告書「原子炉再循環系配管等の検査への改良超音波探傷試験の適用について」においては、PD認証制度について、中立性、透明性及び関係機関の独立性が確保される限り、国の認証制度として設ける必要はなく、民間主体で構築、運営されればよいとし、国は、認証に係る民間規格が適切であることの確認、PD認証制度運営関係の委員会等への参加、UTS等の実証試験を通じ蓄積したデータをPD認証における判定基準の検討のために提供する等により本制度が公正かつ適切に運営されるよう関与することが適切としています。・・・(後略) (下線は執筆者付記)受験・認証訓練規格の作成規格の作成データ等の提供データ等の提供データUT要員 の提供UT装置 UT容量PD認証機関UTシステム PD資格試験機関PD研修センター電気事業者規格作成機関PD試験センター図-3 PD制度の全体構成- 12 -いては「検査員」の社会的地位の向上につながるものとなることを願う次第である。引用文献[1]日本機械学会「発電用原子力設備規格 維持規格(2002年改訂版)JSME S NA1-2002」.[2]鈴木俊一 他6名「原子炉再循環系配管のSCC損傷評価」保全学、Vol.3, No.2, pp65-70.[3]総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会、原子力発電設備の健全性評価等に関する小委員会(第8回)資料8-2「(財)発電設備技術検査協会"超音波探傷試験による再循環系配管サイジング精度向上に関する確性試験について"」平成15年6月.[4]原子力安全・保安院「原子炉再循環系配管当の検査への改良超音波探傷試験の適用について」(平成16年8月10日).[5]米山弘志他2名「超音波探傷試験による疲労き裂とSCCの検出及び深さ測定に関する教育訓練の効果」平成16年度火力原子力発電大会論文集、平成17年2月.[6]古賀功介「欧米における認証システムPerformanceDemonstration(PD)の調査報告」火力原子力発電、Vol.54, No.560, pp.615-624, 2003.(平成17年2月28日) PD制度の動向について 山口 篤憲,Atsunori YAMAGUCHI