IAEAにおける安全基準策定の動向について
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2005年より、IAEAの安全基準策定を技術的専門家の立場から議論する原子力安全基準委員会(NUSSC)等の委員会が新たに新たなタームを迎えている。ここでは、NUSSCに2回出席した経験を踏まえ、IAEA安全基準とは何か、IAEA安全基準策定動向等について簡単に報告したい。
1.IAEA安全基準とは
(1)IAEA安全基準とは
IAEA安全基準とは、加盟国における原子力の安全規制が有効に行われるよう、我が国の標準策定機関のように一定の手続き、すなわち、加盟各国の専門家及び加盟国としてのコメントを踏まえて、IAEA事務局により策定され、ウェブサイト等を通じて公開されるものである。
IAEAの安全基準の各国での適用に関しては、IAEA憲章(第3条第6項)に「加盟国自身の原子力エネルギー分野の活動において、その国の規制基準類として、その国の裁量で選択して使用することができる」とされているが、実際には、IAEAの技術援助活動が本IAEA安全基準との適合性確保を前提に行われることもあり、原子力導入を新たに進めている多くの国において本IAEA安全基準が活用されている。このような背景から、我が国においては、ややもすればIAEA安全基準は途上国向けのものであるとの認識を有している者も多いが、前述したとおり、先進国の幅広い意見を踏まえた透明性の高い手続きを経て策定されているため最新の知見等を反映していること、WTO(世界貿易機関)TBT(貿易の技術的障害に関する協定)においても、IAEA安全基準のような国際規格を国内基準・規格類の基礎として使用することが原則として勧奨されており、我が国のような先進国にとってもその安全規制基準・規格類の整備に当たって極めて重要な考慮事項となっている。
(2)IAEA安全基準の構成
IAEA安全基準の体系を図1に示す。
Safety Fundamentalsとして、原子力に関するIAEA安全基準の基本原則を定めた上で、テーマ別及び施設・事業活動別に数多くのIAEA安全基準が策定済みまたは策定作業中である。
分野としては、原子力施設関連、放射線源関連、放射性廃棄物関連、放射性物資の輸送に関する4分野の安全基準に大別され、また、それらに共通する事項としてマネージメントシステム等の安全基準が策定されている。
テーマ別及び施設・事業活動別に、1つの安全要件が策定され、その具体的実現方法としてガイド(Safety Guide)が策定されている(原子力発電施設に関する安全要件及び安全ガイドを図2に示す)。
(3)IAEA安全基準の策定手順
IAEA安全基準の策定手順を図3に示す。
安全基準案策定計画(DPP)、安全基準案(DS)の2つの段階にわけて、担当専門家委員会(NUSSC等)の審議、さらに外交ルートを通じた各国コメントの反映と、透明性の高い手続きを経て策定している。また、IAEA安全基準案等についてはIAEAホームページにおいても公開されている。
このように、専門家の立場・国としての立場から策定段階における意見提出の機会は与えられているが、実際に安全基準案の内容が決定されるのは、原案策定段階時に開かれる当該分野の技術専門家による少人数会合(TM等)である。我が国からも、安全規制担当官庁・研究機関等のみならず、事業者の方にも技術少人数会合に出席いただき、我が国の経験をIAEA安全基準等に反映されるよう努力しているところである。
2.IAEA安全基準に関する動向(1)- 加盟国における活用推奨
現在、IAEA安全基準関連委員会の中で、一つのテーマとして議論が行われている事項は、加盟国でIAEA安全基準がどのように活用されているか、さらにその活用を進めるためにはどのような対策が必要か、がある。本IAEA安全基準の活用については、規制当局の規制・規格類だけでなく、事業者活動も含めてその検討がなされることも考慮している。
前述したとおり、その活用に当たって技術的援助等のメリットが多い途上国、IAEA安全基準をEU内の規制調和に活用したいと考えている欧州諸国では、IAEA安全基準の活用が様々な段階で行われている。我が国においても、原子力安全・保安院が行った原子力発電施設に関する技術基準見直しの議論の中で、当該技術基準に最新知見を反映する観点等から、IAEA安全基準の該当する安全要件(Safety of Nuclear Power Plants: Desig ==NS-R-1)との整合性を検討したところ*1であり、また、我が国保安規定のレビューに当たっても、運転に関する安全要件(Safety of Nuclear Power Plants: Operation)との整合性を検討したところである。
原子力施設の開発状況、新規プラント建設のある国、廃止措置が中心となっている国、保全面の対応が求められている国等相違があり、関心事項が異なるのは事実であるが、IAEA安全基準を我が国に適用できるか否かは、既に原子力の安全規制に関する我が国にとっては、我が国の安全規制に関する考え方を考慮したものであるかということが重要なポイントとなっており(新たな知見は別として)、そのためにもIAEA安全基準策定活動に今後とも積極的に取り組む必要がある。
3.IAEA安全基準に関する動向(2)-IAEA安全基準体系
(1)共通した基本原則の策定
IAEA安全基準は、原子力施設、放射線源防護、放射性廃棄物管理等の分野毎に基本原則を定め、その下に、安全要件、安全ガイドを規定してきた。
現在行われている検討は、これら分野別の基本原則要件を統合し、輸送も含め、一つの安全原則として「原子力、放射線、放射性廃棄物及び輸送に関する基本原則(DS298)」を策定しようとするものである。
各分野に関連する事項も多く統合した基本原則を策定することのメリットは大きいが、他方、
・臨界管理等の運転が重要な要素となる原子力発電と異なり、放射線防護は結果としての放射線障害防止が重要な要素となる、等の各分野毎の要求事項の違い
・現在改訂が進められているICRP勧告との整合性
等について活発な議論が行われている。
こうした基本原則は、今後、原子力関係者により共通の原則として認識を持たれることが予想される。現時点で、統合した原則は図4のとおりである。
(2)マネージメントシステムに関する共通安全要件の策定
別紙1にあるように、マネージメントシステムに関しても、原子力発電所から放射性廃棄物関連施設等、また規制当局にも適用されるものとして、その共通要件の策定が進められている。
基本原則同様、活動内容について相当程度異なるものについて要件を定めることは難しい面もあり、現在その点も含め議論が行われている。
(3)核燃料サイクル関連安全ガイドの策定
加工・濃縮・再処理等の核燃料サイクルに関する安全基準の策定が新たに進められており、5月の安全基準策定委員会でもその原案が議論された。サイクル施設に関しては、世界においても特定の分野のものは施設数が少なく、その必要性についても議論が行われたが、IAEAとしては再処理等を含む原子力施設の安全基準の体系を構築すべく策定作業が開始された。
一つの論点としては、サイクル施設については、原子炉と異なり臨界をどう考えるか、設計基準事象とすべきか否かという議論があり、今後当該論点について十分な議論を行い整理する予定である。
4.第19回安全基準策定委員会(2005年5月)に出席して
5月18日から20日にIAEA本部(オーストリア・ウィーン)で開催された第19回安全基準策定委員会(年2回開催)に出席した。
米英仏独及び我が国、旧東欧・ソ連、現在原子力発電を有しない政策国等約30か国からの代表が出席し、安全基準案の審議、安全基準計画案の審議に関して活発な意見交換が行われた。
会合の詳細は省略するが、我が国の興味深い事項としては、高経年化対策、既存プラントの耐震評価の今後の基準策定計画の提案であった(これらの情報はhttp://www.ns.iaea.org/committees/nussc.aspで閲覧可能)。こうした我が国の安全規制に影響のある安全基準策定については、基準案策定計画の段階においても、基準案の対象等にコメントするとともに、規格原案策定における我が国の貢献(専門家派遣)を積極的に表明している。
5.おわりに
IAEA安全基準と聞くと、日本は別途しっかり安全基準に対応しているから特に関係ないと考える方も多いが、実際にはIAEA安全基準案については世界の知識を反映したものでありそれを考慮する意義は大きく、また、安全基準案の策定に当たっても、我が国専門家はIAEA事務局の1員として、または技術的専門家としての規格原案策定者等として様々な段階で関与してきている。具体例をあげれば、マネージメントシステムに関する安全基準案の原案策定段階には、規制当局のほか事業者の方にも技術専門家として原案策段階で我が国の経験を反映させるべき技術専門家会合に出席しており、また、高経年化対策の基準策定を担当している事務局員は日本の事業者の方(IAEA事務局出向)であった。
また、今回の安全基準策定委員会出席に当たっては、JNESが中心となり、学識経験者、研究機関、事業者、メーカーの方に、我が国の意見を反映させるべき点について貴重なご意見をいただいた。
最後に、我が国においては、学協会において原子力安全規制に関連する規格整備が進められているが、IAEA安全基準は学協会規格策定に当たっても有効な情報であることを強調し、また、安全基準によっては関係者が原案段階から参画されることを希望したい。
IAEAにおける安全基準策定の動向について 青木 昌浩,Masahiro AOKI