漏えい事象評価研究分科会の活動

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カテゴリ: 解説記事


1.はじめに
近年、米国の原子力発電所は原子炉安全に係わるような大きな事故も無く、高い設備利用率と経済性を誇っている。これは、規制の考え方や内容を大幅に変更してきた米国規制当局(NRC)の規制と電気事業者の施策が功を奏した結果であると考えられる。すなわちNRCは、原子炉安全確保の重視に加え、パフォーマンスベース規制、リスクベース規制などへ規制方針を転換し、電気事業者はNRCの規制に従って原子炉安全の確保を前提に、合理性を追及した結果として運転中保全や状態監視保全などの大幅導入、プラント停止期間の短縮などを実行した結果であると考えられる。
こうした米国の良好な事例から我が国が学ぶべきことを抽出するため、米国の状況と我が国の現状を比較、分析した結果が報告されている。(1)それによると、我が国の原子力発電所の保全活動は、必ずしも技術的、経済的に最適化されているとは言えず、合理化の余地が残されていると考えられ、特に、原子力発電所のトラブル発生時に行う対応措置の最適化という観点から両者を比較すると、以下に示すような課題が挙げられるというものである。
① トラブルの技術的側面と社会的側面を峻別してそれぞれ適切に取扱う手法が明確でなく、標準化されていない。
② 安全性はもとより、経済性も勘案して具体的措置を選定する手法と判断基準の開発が必要。
③ 原因調査と運転再開の切り離しを可能とする技術的条件が明確でない。
④ トラブル事象や機器の安全重要度などに応じた調査検討内容、取扱い基準などが明確でなく、標準化されていない。
⑤ トラブル等の不適合を過去の類似トラブルから得られた知見や経験を生かして合理的に取扱う手法が明確でなく、標準化されていない。
⑥ 設備・機器からの冷却材等の漏えい事象に関する許容基準が明確でなく、標準化されていない。
これらの課題に共通して言えることは、我が国には社会のコンセンサスが得られるような手法で決められたルールあるいは規格、標準といったものが十分ではないということである。米国には標準的ルールを明文化し、公表することにおいて多くの良好事例があり、日本がこれらの実例に学ぶべき点は多い。
ここでは、設備機器からの冷却材等の漏えい事象を対象に、科学的合理性を有する分かりやすい標準的な漏えい管理のルールを策定し公表することを目指して、日本保全学会「保全研究会」の傘下に「漏えい事象評価研究分科会(主査:東大 関村直人教授)」が設置され、「漏えい事象の評価等に関するガイドライン案」が検討されているので、その検討状況について次節以降に述べる。なお、本件は上記保全の課題のうち、⑥の「冷却材等の漏えい事象に関する許容基準」に対応するものである。
2.漏えいに関する維持規格の必要性
一般に、いかなる構造物であっても時間の経過とともに経年劣化(き裂、減肉など)が生じるものであり、産業に用いられている設備機器も同様に、供用の開始とともに徐々に経年劣化が生じる。このため、構造物に経年劣化が発生、進展しても当該構造物の「機能」が常に確保されるように機器を維持管理する必要があり、機能の確保を確実にするために各種の基準が提案されるようになっている。
配管や容器のような機器は、冷却材等の内包流体に対する圧力障壁機能、すなわち当該機器に作用する荷重に耐えようとする役割の「構造強度」機能と、内包流体を外部に漏らさないようにする役割の「水密性」機能という2つの機能を有している。日本機械学会の「維持規格」(2)は「水密性」を前提に「構造強度」に着目し、き裂等の欠陥がどの程度まで進展しても機能(安全性)を維持できるかについて評価できる手法を規定している。これに対し、日本保全学会の漏えい事象評価研究分科会では「水密性」の観点から、どの程度の漏えいまで当該機器の機能を維持できるかなどについて評価できる手法の開発に取り組んでいる。(Fig.2-1)これは、設備機器からの漏えいに如何に対処し、それを管理するかを規定した標準的なルールが我が国に見当たらないためである。たとえば、原子力発電所機器からの冷却材等の漏えいは比較的発生頻度の高い事象であるが、それにどのように対応し、管理するかなどについて標準的なルールが決められておらず、そのために一般社会への説明が容易でない場合がある。これは、原子力発電所の場合、たとえ僅かな漏えいであっても発電所の安全性に関係なく社会的な関心を集め、マスコミ等に大きく取りあげられる傾向があることにも起因していると思われる。これを解決するには、漏えいに対する安全確保の考え方や、漏えいにどのように対処すべきかを判断する基準を明確にし、公表することが必要であり、そのニーズは比較的高いと言える。
3.研究活動の概要
(1) 目的
 漏えい事象評価研究分科会の活動目的は、下記の通りである。
・ 原子力発電所等の機器に発生する冷却材等の漏えいに対し、安全確保を前提に、効果的かつ効率的に対応できる基準を明確にしたガイドラインを策定すること。
・ 上記を通じて、機器にき裂や漏えい等の経年劣化が生じても、当該機器の機能が維持され、安全性が確保されるということを、科学的合理性と明確な技術的根拠をもって説明できれば、その事が許容されるような社会を作ることに貢献すること。
(2)研究スケジュール
 本研究の検討内容及び検討スケジュールは、下記の通りである。
  第1年目(平成16年度)
  ・国内外の関連法規制等の調査検討
 ガイドラインの策定にあたり、漏えいに関連する国内外の法規制の詳細内容、及び実プラントへの適用事例等に関する調査検討を行う。
  ・ガイドライン策定の具体的方針等の検討
策定するガイドラインの内容に関する具体的な方針の検討及びガイドラインの骨子の作成を行う。具体的にはガイドライン化、実運用を考えた場合の技術面、法規制面等に関する課題の抽出及び対応策等を項目毎に検討する。
  第2年目(平成17年度)
・ ガイドラインの条文案を作成する。
・ 策定されたガイドライン案は、国内で認知されている規格策定組織にて規格化されることを想定し、公表する。
4.これまでの検討状況
4.1 漏えい事例の調査、分析
(1) 以下の点を踏まえて、原子力発電情報公開ライブラリー(NUCIA)に登録されている
  漏えい事象の調査を実施した。なお、今回の研究対象はフランジやシール部からの漏えい、配管等の部材からの漏えいであるため燃料リーク事象は除外することとした。また、調査対象期間は至近10年間とした。
・ NUCIAは我が国で公開されている情報源の中で、最も幅広く、かつ多くの情報を集約しているシステムである。法令に基づく報告事例以外に、二次系や周辺機器等の比較的、重要度の低い機器類からの漏えい事例も多く含まれている。
・ 登録されている情報が広く一般的に公開されており、将来的に、本ガイドラインの策定メリットを第三者へ説明するのに有効である。
(2) NUCIAに登録されている各漏えい事象について調査・整理した項目とその調査理由を
  以下に示す。
① 漏えいの発生時期:
プラント運転中に漏えいが発見されると運転を継続するか停止して修理するかの判断を迫られる。運転継続を判断できる基準を策定する価値があるか確認するため、漏えいを検知したときのプラント運転状態を調査する。
②漏えいの形態、漏えいの発生箇所、漏えい箇所の周辺条件:
   漏えい箇所の条件が高温高圧なのか、どのような系統に漏えいが多いのか、運転中に漏えい箇所を修理できる物理的条件があるか等について調査し、優先的に検討すべき対象を特定する。
③漏えいの発見方法:
漏えいを検知するための特別なシステム等を設置する必要があるか判断するため、既設の計装系や巡視点検等にて漏えいが発見でき、場所も特定できたか漏えい事例を調査する。
④漏えい量(率)と対処方法:
漏えいが発生した際に、どのような判断基準に従い、どう対応したかを調査し、判定基準開発の必要性を確認する。
⑤漏えいの発生原因:
   優先的に検討すべき経年劣化事象を確認するため、漏えいの原因がシール部の機能低下かSCC等の欠陥によるものか、あるいは人為的ミスによるものかを調査する。
(3)上記の調査結果を分析評価した結果を以下に示す。
 ①漏えい事象の発生件数
 NUCIAに登録されている漏えい事象は157件(2004年11月時点)であり、ほとんどの原子力発電所で漏えいトラブルを経験していることが分かった。また、漏えいの発生頻度は比較的高く、年平均10件程度発生しており、特に2003年度は18件発生していることが分かった。
②漏えい管理基準の必要性
 漏えい箇所が狭あいであったり放射線量率が高かったりすると、当該部に接近することができない。このため、漏えい箇所の周辺条件について調査した。その結果、約60%の機器が接近及び工事が可能であるので、漏えい管理の規格化により補修工法等の適用が可能となれば、容易に漏えいに対処できる可能性のあることが分かった。また、残りの40%は周辺条件の制約で運転中に漏えい箇所へ接近することが限定され、修理できない場合である。この40%という割合は無視できないほど大きいので、安全上支障がなければ漏えい状態を監視しながら運転を継続する等により対応できる道、すなわち規格化を検討する意義があることが分かった。
 漏えい発見後の対処方法について調査した結果、原子炉を停止せずに修理や漏えい監視をしたものが約60%、原子炉停止に至ったものは約40%あった。原子炉停止に至った場合の1/3は念のための停止であり、対応基準の規格化によってプラント停止件数を減らせる可能性は高いと考えられる。
③優先的に検討すべき漏えいの発生箇所及び原因
 漏えいの発生箇所についてはター
ビン設備での発生が全体の約40%を
占めるなど、原子炉近傍の機器では
なく、周辺機器からの発生が多く、
法律に基づくトラブルの報告対象と
なっていない重要度の低いものが多
いことが分かった。また、比較的補
修のしやすい低温低圧部からの発生
が多いことも分かった。
 漏えい事象全体を発生原因で分類
した結果をFig.4-1に示す。この図
から分かるように、漏えいはシール部からのものが最も多く、60%以上を占めていた。
④新たな漏えい検知システムの追設等の必要性
 漏えい事象の発見方法について調査した結果をFig.4-2に示す。漏えいは、特別な漏えい検知システムを用いることなく、運転員の巡視点検、作業員の現場点検、警報の発報、運転パラメータの変動のいずれかによって全て発見されていた。また、発生した漏えい事象が安全問題に発展するようなことがなかったかを確認するため、各事象に対するINES(国際原子力事象評価尺度)の評価結果についても調査した。Fig.4-3に示す通り、深層防護の劣化(運転制限範囲の逸脱)に該当するレベル1の事例が1件あったが、この事象は既設の警報の発報により発見され、その後は既設の計装系で漏えい量を把握しながら通常時手順書に従って安全にプラント停止されていることが分かった。以上より、現状の漏えい検知システムや運転員の対応で漏えいに安全に対処されているため、過去の漏えい事象の経験からは、新たな漏えい検知設備の追設等は必要ないことが分かった。
 ⑤まとめ
 以上の調査結果から下記の結論が導出された。今後、これらを考慮してガイドライン案を策定する予定である。
・ 対応の判断基準を明確にできる機器が多く、合理的でないプラントの停止件数を減らせる可能性があるため、漏えい許容基準の策定は意義がある。
・ 原子炉近傍の機器ではなく、周辺機器を優先的に規格化することが効率的、効果的である。
・ シール部からの漏えい事例が比較的多いため、シール部を優先的に検討対象とすることが効率的、効果的である。
・ 既設の漏えい検出系や運転員の巡視等により、漏えいを問題なく検知できているため、新たな漏えい検出系や装置等を設置する必要は無い。
4.2 漏えい事象関係法令等に関する調査、検討
 現行の法令等により、漏えい事象がどのように規定されているかを明確にするため下記法令等を調査した。その結果、現行法令等は原子炉圧力バウンダリー機器(クラス1機器)を除き、漏えいの発生を許容しないものではないことが分かった。(Fig.4-4)
・ 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(略称;原子炉等規制法)
・ 電気事業法
・ 実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則(略称;実用炉規則)
・ 発電用原子力設備に関する技術基準を定める省令(通商産業省令62号,最終改定:平成13年10月1日経済産業省令第201号)(略称;省令62号)
・ 国内商用原子力発電所の保安規定
・ (社)日本機械学会 発電用原子力設備規格 維持規格(2002年改訂版)JSME S NA1-2002
・その他:原子力発電所の機器設備の設計思想
4.3 その他の検討
 原子力発電所における機器設備からの内包流体の漏えい事象について、対応措置最適化の観点から検討した対応ステップ、及びその流れを明確化したフローを作成し、本研究分科会が策定しようとしているガイドラインの基本的なコンセプトを明示した。(Fig.4-5)その結果を踏まえガイドラインの構成案を検討した。また、漏えいに対する補修については、補修施工前に検討すべき事項や施工基準、施工後の監視方法等について検討した。
 既に漏えいに関する合理的な対応がとられている米国の状況調査も有効であると考えられたため、米国の漏えい事象に関するパフォーマンス基準の内容やその背景、技術的根拠等の調査も行った。その結果、米国では予め流体の漏えいが起こることを想定し、その安全上の重要度に応じたタイムリーかつ効果的な対処・管理が可能となるよう対応措置が決められているこ
とが分かった。また、規制に直接関わらない部分に対しても、その安全上の重要度に応じた対策が可能となるよう、自主的な対策が講じられていることが分かった。
5.まとめ
 漏えい事象評価研究分科会では、漏えい事象に対応するための標準的ルール作りの重要性を認識し、ガイドライン案の策定に着手した。今後は、これまでの検討成果を踏まえて、まずはパッキン等を有するシール部分の漏えい管理に関するガイドラインの条文案の策定に取組み、併せてき裂等からの漏えいや重要機器からの漏えいなど将来の課題について整理、検討する予定である。
参考文献
(1)RC198軽水型原子力発電所保全研究分科会(フェーズ3)報告書、日本機械学会
(2)発電用原子力設備規格 維持規格(2002年改訂版)、日本機械学会
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