地層処分事業と保全
公開日:1.はじめに現在検討中の,我が国の次期原子力長期計画の中でも再確認されたように,原子力発電所から取り出された使用済燃料は再処理してウランとプルトニウムを回収し再度燃料として用いる原子燃料サイクルの方針を採用することとしている。再処理に伴って、放射能レベルの高い廃液が分離される。この廃液をガラス原料と混ぜて高温で融かし、ステンレス製の容器の中で固めたものをガラス固化体といい、わが国の高レベル放射性廃棄物はこのガラス固化体の形で発生することになる。ガラス固化体の放射能は時間とともに減衰しながら長く残存するため,ガラス固化体は数万年以上といった超長期にわたり人間の生活環境から隔離しなければならない。このため,超長期にわたって人間が関与しなくても安全に隔離できる地層処分を行う。我が国の最終処分に関する法律では地下300m以深の地層中に処分することとされており、海外でも同様な方法が採用されている。高レベル放射性廃棄物地層処分については,我が国では2000 年に「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律(最終処分法)」が制定され,その基本的枠組みが整備された。これに基づき処分事業の実施主体として「原子力発電環境整備機構(原環機構)」が設立され,処分地の選定や最終処分施設の建設・操業・閉鎖に向けた業務等を行っている。最終処分法に基づく国の「最終処分計画」には,平成30 年代後半(2023~2027 年)を目途に最終処分施設建設地を選定し,平成40 年代後半(2033~2037 年)を目途に最終処分を開始することが定められており,これらのマイルストーンに基づいて,地層処分事業の全体スケジュールは,概略,図1 のように想定されている。調査段階からすべての高レベル放射性廃棄物を処分した後の施設閉鎖段階までおよそ百年に及ぶ。処分地の選定は,図2に示すような3 段階の選定プロセスを経て,今後数十年をかけて行うことが定められており,原環機構は,第1 段階である「概要調査地区の選定」に向けて,2002 年12 月に日本全国の市町村を対象に「高レベル放射性廃棄物の最終処分施設の設置可能性を調査する区域」の公募を開始した。このように高レベル放射性廃棄物の地層処分事業は,地点選定に数十年,更に処分場の建設から閉鎖まで数十年とかなりの長期間を要する事業であるとともに,処分場閉鎖後,数万年以上というこれまでに経験のな図2 段階的な処分地の選定市町村からの応募 ボーリング調査 地下の調査施設日本全国 概要調査地区精密調査地区最終処分施設最終処分施設建設地2010 2020 2030 2100概要調査地区選定精密調査地区選定閉鎖第1段階 第2段階 第3段階2000 2040建設操 業応 募 公募図1 全体スケジュール最終処分施設建設地選定2い超長期の安全性の確保が求められる。以下では,地層処分事業のシステムや施設および建設・操業等の概要を述べた後,このような特徴を踏まえて最終処分事業の保全に関して考えてみる。2.地層処分のしくみ高レベル放射性廃棄物の地層処分では,長期にわたって安定し物質を閉じこめる機能を有する岩盤を選んで地下300m以深に処分場を建設しガラス固化体を埋設する。長期にわたって安定した岩盤(天然バリア)と人工的な障壁(3 つの人工バリア)を組み合わせた多重バリアシステムにより,ガラス固化体からの放射線と地下水に溶け出す放射性物質による影響を受けないよう,長期にわたって人間の生活環境から隔離することが出来る。ガラス固化体は金属製(炭素鋼等)オーバーパックに封入され埋設されるが,オーバーパックと地層の間には粘土質のベントナイトと呼ばれる緩衝材が充填される。ガラス固化体,金属製オーバーパックおよび緩衝材を人工バリアと呼ぶ。一方岩盤は,放射性物質を吸着したり移動を遅延させるといった機能を本来的に備えており,天然バリアと呼ばれる。図3に地層処分システムの構成要素を示す。図3 地層処分システムの構成要素[1]3.処分場の構成3.1 地質環境処分場の建設地は,文献調査・概要調査・精密調査の3 段階の調査を経て選定される。長期にわたる安全性の確保のため火山噴火や断層活動など直接処分施設に大きな影響を与える自然現象は避ける必要があり,これらは各調査段階で得られる,より詳細な情報を用いて影響の小さいことを確認しつつ立地を進める。選定された建設地の地質環境を十分に考慮して処分場の設計が行われる。選定される地域は,地理的には内陸部・沿岸部,地形的には山地・丘陵・平野,地質学的には結晶質岩・堆積岩など様々な可能性が考えられる。3.2 処分場のレイアウト処分場は、人工バリアと天然の安定した岩盤(天然バリア)及び地上施設と地下施設から構成される。地下施設は地下300m以深の安定した岩盤中に建設され,4 万本のガラス固化体を人工バリアとともに埋設する施設である。様々な地質環境の特徴に応じて地上施設・地下施設は建設される。例えば沿岸部に地上施設を設置し沿岸海域下に地下施設を建設することも考えられる。そのような処分場レイアウトの例を図4に示す。図4 沿岸部の処分場レイアウトの例 [1]3.3 地上施設地上施設は、ガラス固化体の受入・封入・検査施設、緩衝材の製作・検査施設、排気・排水処理施設などの地下での掘削・操業・閉鎖に必要な施設等から構成され、地下施設の建設工事で発生する岩や土砂の仮置き場も必要である。地上施設の基本構成を図5に示す。図5 地上施設のレイアウト例[1]地上施設のレイアウトは地質環境の特徴に応じて柔軟に対応でき,景観の観点から地中化することも可能地上施設 港湾施設斜坑地下施設3である。3.4 地下施設地下施設は、地上施設からガラス固化体などを搬送し人工バリアを設置するためのアクセス坑道や連絡坑道、ガラス固化体を埋設するための処分坑道と処分孔などから構成される。地下施設の基本構成を図6に示す。処分坑道や処分孔はガラス固化体の定置方式に応じて図7のような形態が考えられている。図6 地下施設の基本構成[1]図7 処分坑道の仕様(左;竪置き 右;横置き)[1]4.処分場の建設・操業・閉鎖4.1 全体スケジュール既に述べたように処分場建設地の選定までに3 段階の調査が行われるが,そのうち現地調査を行う概要調査と精密調査に25 年程度を要する。建設地選定及び国の事業許可後10 年程度で地上施設及びガラス固化体の埋設開始に必要な地下施設を建設し(建設段階,図8参照),その後ガラス固化体の受入を開始する。図8 建設段階(左;地上,右;地下)[1]地下では処分坑道の掘削,ガラス固化体の定置,定置後の処分坑道の埋め戻しを並行して行い,4 万本のガラス固化体の埋設に50 年程度を見込んでいる(操業段階,図9参照)。図9 操業段階(左;地上,右;地下)[1]4 万本の埋設終了後10 年程度をかけて,連絡坑道・アクセス坑道を埋め戻し(地下施設の閉鎖),地上施設を解体する。地下施設の閉鎖に際しては,建設および操業段階においても収集する地下の特性に関するデータをそれまでのデータに追加し,事業許可申請時に行った安全評価の妥当性を確認する。なお,地下施設の閉鎖までの期間はガラス固化体が回収できる可能性を維持しておく。処分場閉鎖後は必要に応じて,地上の環境モニタリングやボーリング孔等を利用した地下環境モニタリングといった管理を継続する。管理が必要な場合は管理棟・保安施設等が残される。管理終了後はすべての地上施設を撤去し地下のボーリング孔等も埋め戻される。4.2 施設建設敷地の造成や敷地内道路の整備から始め,地下施設の建設に必要となる排水・換気施設などの地上施設から建設に着手し,地下施設は地上での準備が整った段階で建設にとりかかる。建設には既往の原子力施設やトンネル等の地下構造物に用いられた技術・知見を応用し,地下坑道の掘削により発生する岩や土砂は地上へ搬送し坑道の埋め戻し等に利用するため敷地内に保管する。必要に応じて,ガラス固化体の海上輸送に供するための港湾施設を最寄りの沿岸などに建設する。4.3 ガラス固化体の受入から封入ガラス固化体は高レベル放射性廃棄物の貯蔵施設で輸送容器に収納され,処分場の場所に応じて海上又は陸上輸送される。輸送容器は地上施設のガラス固化体受入・封入・検査施設へ搬入され,受入検査後取り出されたガラス固化体はオーバーパックへ封入される。これらの作業は放射線管理の観点から十分な遮蔽を施した区域内で遠隔操作により行われる。ガラス固化体処分パネル処分坑道の集合した区画連絡坑道建設・埋戻用坑道/操業用坑道アクセス坑道立坑/斜坑処分坑道埋め戻し材処分孔緩衝材+オーバーパックに封入したガラス固化体処分坑道4封入・検査の概要を図10に示す。図10 ガラス固化体封入・検査の概要[1]4.4 ガラス固化体の定置検査を受けたオーバーパックはアクセス坑道から地下施設へ搬送される。オーバーパックの地上から地下への搬送には斜坑や立坑エレベータを利用する。地下では,処分パネルの建設作業,ガラス固化体の定置作業,定置が完了した処分坑道の埋め戻し作業を処分パネル単位で並行して行う。搬送・定置作業は放射線管理の観点から他の作業エリアと区別して行い遠隔操作で実施する。図11 建設・定置・埋め戻しの並行作業[1]図12 緩衝材の定置(竪置の場合)[1]ガラス固化体の定置の手順を竪置き方式を例に示す。先に定置した緩衝材(図12)の中にオーバーパックを定置し最後にオーバーパックの上に緩衝材を定置して終了となる。4.5 埋め戻し・閉鎖ガラス固化体の定置後処分坑道を埋め戻し,閉鎖の段階では連絡坑道とアクセス坑道を埋め戻す。埋め戻し材は,地下の掘削により発生した岩や土砂にベントナイトを混ぜて使用する。坑道の形状に応じて適切な方法で隙間を充填し締め固めながら埋め戻していく。処分坑道の埋め戻し例を図13に示す。図13 処分坑道の埋め戻し例[1]5.超長期の安全性の確保5.1 安全に関し想定する事象埋設されたガラス固化体に含まれる放射性物質が数万年以上といった超長期にわたり人間の生活環境から隔離されるという安全性の確保に関しては,主として下記のような想定がされている。オーバーパックによってガラス固化体は1000 年以上にわたって地下水と接触せずこの間に寿命の短い放射性物質は放射能を失う。その後ガラス固化体に地下水が接触してもガラスはもともと水に溶けにくく残存している放射性物質はガラスとともに地下水へすべて溶け出すまで数万年以上を要する。溶け出したとしても放射性物質は緩衝材や岩盤に吸着され移動が抑制される。移動する量は限られたものとなると同時に非常に時間がかかるため放射能が低減され結果として人間の生活環境に運ばれる放射性物質はごくわずかとなる。もちろんこれ以外に起こりうる様々な事象も想定され次項のように評価が行われる。5.2 安全性確保の方法地層処分の安全性の確認は,超長期にわたること,天然バリアというバラツキが大きく空間的広がりの大きな要素を含むこと,さらに人工バリアに期待する期間も従来までの工学的対策を考える期間に比べて非常に長いため,従来の工学的アプローチのように設計に基づいて試験的にシステム全体を構築しこれを実際に作動させてその安全性を実証するという直接的な方法をとることができない。そこで次のような考え方によ建設予定区画建設予定区画区画建設予定区画定置中 建設中埋戻し中放射線管理区域処分パネル斜坑処分パネル立坑建設作業定置作業埋戻し作業5り安全確保を図っている。まず,地下深部の安定な岩盤を選定しそこに人工バリアを適切に設計・施工することによって,超長期の安全性を確保するための十分な機能を有する処分場を建設する。このような処分場に対し科学的知識とデータに基づき前項で述べたような様々な想定を行い,人間の生活環境への放射性物質の移動を予測する。この予測結果を不確実性を踏まえた上で安全基準と比較して超長期の安全性を確認する。我が国の安全基準は未だ定められていないが,現状では諸外国で提案されている安全基準を十分に下回る予測結果が,様々に想定したすべてのケースに対して得られている[1]。6.地層処分事業における保全6.1 地層処分事業における保全の位置づけこれまで述べてきたように地層処分事業は処分場の建設から閉鎖まで50 年以上と一般産業と比較してもかなりの長期間を要する事業であるとともに,処分場閉鎖後数万年以上というこれまでに経験のない超長期の安全性の確保が求められる。ここで地層処分事業における保全を考えるために,時間と空間スケールを軸として地層処分事業と保全の範囲のイメージを図14にまとめた。地層処分事業の保全の範囲は操業の開始から閉鎖まで50 年以上に,広がりは数km に及び,一般産業より時間・空間ともにややスケールが大きいためにそれに応じた方策が必要とされる(図14の(ア)(イ))。地層処分事業の場合は処分場閉鎖後も,超長期の安全性の確保のために地層処分システムを構成する人工バリア・天然バリアの想定どおりの品質確保が求められる(図14の(ウ))。したがって事業を安全に進めるという従来のような定型的な保全に加え,超長期の安全確保に期待する性能を発揮できるような設計・施工(建設・操業・閉鎖)における(将来を見通した)"保全"の考え方が必要になってくると考えられる。以下では従来のような操業のための保全と超長期のための"保全"に分けて述べる。6.2 操業のための保全操業のための保全は基本的には既往の保全に関する知見,特に原子力施設や道路・鉄道トンネル,地下発電所といった地下施設の知見が活用できるものと考えられるが,通常の施設とは違って下記のような点への留意が必要であると考えられる。処分場の地下施設は大深度であるため地下水圧が高くまた坑道延長が長大であるため湧水量が非常に多いことが予想される。また,大深度であるため排水のた100101102103104105106文献調査開始時からの時間経過(年)広がり(m)100 101 102 103 104 105 106 107(A)サイティングによる超長期の"保全"(B)設計・建設・定置・閉鎖による超長期の"保全"(イ)処分場の操業中保全の範囲のイメージ(ア)一般産業の保全の範囲のイメージ□文献調査,■概要調査,■精密調査;時間は参考文献[1]p5,6,空間は参考文献[4]p2-17 参照◇建設,◆定置,◆閉鎖;時間は参考文献[1]p19~22,空間は参考文献[5] Ⅳ-305,Ⅴ-15 参照●O/P 破損;時間は参考文献[6]Ⅴ-22,空間は参考文献[6]Ⅴ-23 参照▲人工バリア▲母岩△断層;出口の核種移行率最大時;参考文献[6]Ⅴ-105,111(時間),Ⅴ-23,74(空間)参照●生物圏;時間は参考文献[6]Ⅴ-111 の評価の上限,空間はⅤ-78 参照図14 地層処分事業の時間・空間スケールと保全の範囲のイメージ(ウ)超長期の"保全"の範囲のイメージ6めのポンプの揚程が大規模となることと運転期間が長期にわたることから運転費が膨大となることが予想される。「4.3 ガラス固化体の定置」で述べたように定置作業を行う処分坑道は放射線管理区域が設定される。この区域は定置作業に伴い移動する。また管理区域では空気や湧水のモニタリングが望ましいと考えられるが,岩盤空洞では既往の原子力施設のような完全な密閉性が保証されない。6.3 超長期のための"保全"超長期の安全性の確保のためには処分場閉鎖後も地層処分システムを構成する人工バリア・天然バリアが想定どおりに機能を発揮するよう"保全"されていることが必要である。これに対して人工バリアについては,設計の段階では,本質的に長期の品質保持機能を持つ材料でシステムを構成しこれらの長期にわたる機能の評価は合理的範囲内で保守的に行う,建設・操業・閉鎖の段階では設計どおりの施工を十分に確認する,という対策がとられる(図14中の(B)参照)。人工バリアのうちガラス固化体については,もともと非常に地下水に溶けにくい材料を用いた上に,溶け出す場合の想定では保守的な溶出速度を設定している。オーバーパックについても遺跡で発見された釘等の例や金属腐食の研究により解明されたメカニズムに基づく腐食速度より保守的な値を設定している。緩衝材は元々天然に存在するベントナイトを用い浸水による膨張性といった特性を十分に把握した上で,所定の密度を設定してバリア形態を設計している。緩衝材製作・施工の工程での不具合や施工後閉鎖前の想定外の浸水等により必要な機能が発揮されなくなる可能性があるため,適切な品質保持の方策をとることとなる。天然バリアは設計・施工ではなく,段階的及び綿密な調査により天然バリアとして適切な岩盤を選び,そこに処分場を設置し廃棄体を定置するという「サイティング」により超長期の機能の"保全"を担保することとなる(図14中の(A)参照)。このような方策には「5.2 安全性の確保の方法」で述べたように想定に基づく予測により確認されるため概念的で不確実性を伴う面がある。これに対しては処分事業はおよそ百年という長期にわたることから事業の各段階で見直しを行い可能な限り不確実性を縮小していくこととなる。具体的には文献・概要・精密と調査の段階を経るにしたがって天然バリアをより詳細に把握しそれに応じて計画している地層処分システムの安全性の再確認・再検討を行う。処分場の建設・操業中もデータの取得を続け処分場閉鎖前に再度安全性を確認する。並行して最新の知見や技術開発を随時取り入れていく。また閉鎖後必要に応じてボーリング孔等を用いた地下環境のモニタリングを行い,想定した天然バリアの機能であることの確認が出来る。以上,超長期のための"保全"についての考え方を述べた。このように地層処分事業では超長期の"保全"を設計・施工段階で対応・確保するという新しい考え方を導入していく必要がある。7.おわりに地層処分は,これまで経験のない地下深部でのシステムの長期挙動評価が要求される工学技術であり,今後の事業計画は長期にわたるため,常に最新の知見や技術を把握・導入し,科学的合理性のある技術としてゆかねばならない。保全の分野についても新しい戦略が必要になると考えられる。参考文献[1]原子力発電環境整備機構,処分場の概要,2002[2]原子力発電環境整備機構,概要調査地区選定上の考慮事項,2002[3]原子力発電環境整備機構,高レベル放射性廃棄物地層処分の技術と安全性,2004[4]原子力発電環境整備機構,概要調査地区選定上の考慮事項の背景と技術的根拠,2004[5]核燃料サイクル開発機構,わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分研究の技術的信頼性-地層処分研究開発第2次取りまとめ-分冊2 地層処分の工学技術,1999[6] 同上-分冊3 地層処分システムの安全評価,1905/06/21 地層処分事業と保全 北山 一美,Kazumi KITAYAMA