原子力維持規格の概要-(社)日本機械学会発電用原子力設備規格維持規格2004年度版-
公開日:1.はじめに
維持規格とは、供用運転開始後の機器を対象としてその安全性・健全性を評価し、その後の運転を合理的に定める規格であり、「検査」、「評価」、「補修・取替」を3つの大きな柱として体系化される。検査によって供用中の機器に欠陥が検出された場合、破壊力学などの手法を用いた評価(欠陥評価)を行い、その後の運転継続の可否や保全(補修・取替)の是非を判定する。同規格は、設計段階における機器の安全性を供用時に再評価するものとして、設計規格と互いに補完すべき一対の規格である。
原子力発電機器に対する維持規格は、米国では米国機械学会供用期間中検査規格(ASME Boiler and Pressure Vessel Code, Section XI:以下ASME規格)として既に30年以上前に制定されている。しかしながら、我が国においては同規格は長らく整備されず、国内初の原子力維持規格は、「評価」規定に関する規格として2000年(社)日本機械学会にて制定され、その後、2002年には「検査」規定、2004年には「補修・取替」規定が追加された。これによって、我が国でもようやく諸外国と比肩し得る維持規格が構成上完備されるに至った。以下では、上記原子力維持規格の最新版である2004年版維持規格について、その概要を示す。
2.規格策定の経緯
原子力機器の維持規格については、主要各国はそれぞれ独自の規格を定めている。上述のように、最も早く開発したのは米国であり、1971年にASME規格を制定し、3年ごとの改訂版を発行して今日に至っている。その後、フランス、イギリス、スウェーデン、他でも維持規格を発行している。
米国では、最新の研究成果を規格に迅速に取り入れるため、ASME規格委員会(Code Committee)を組織し、規格原案や規格改廃等の審議・議決を行っている。我が国においては、1980年代から上記ASME規格委員会の技術的調査が活発に行われ、これらの調査結果を参考にして、(財)発電設備技術検査協会において国内維持規格の原案づくりが進められた。一方、ASME規格委員会を範として民間規格策定の体制を国内においても構築しようとする動きが見られるようになってきた。こうして策定される規格は、「公開」、「公平」、「公正」の原則を重視し、規格審議のプロセスや情報の公開性、中立性が確保されること、規格原案は公衆審査によって広く国民の意見を反映するものとしている。また、最新の研究成果を反映して規格の迅速な改訂を永続的に進めること、さらに、審議メンバーは高度の専門性を要求され、規制側、電力業界、学術団体、産業界などからバランスを持って構成されることなどの条件が課せられる。こうした動きを踏まえ、1997年、(社)日本機械学会において「発電用設備規格委員会」が組織され、同委員会下部の「原子力専門委員会」における分科会のひとつとして、1999年3月「維持規格分科会」が設置され、維持規格策定に向けて本格的な作業が開始された。そして、2000年5月には国内初の原子力維持規格「発電用原子力設備規格維持規格JSME S NA 1-2000」1)が、2002年10月には「同JSME S NA 1-2002」2)が(社)日本機械学会から発行され、さらに、2004年12月には「同JSME S NA 1-2004」3)の審議が完了し、その後発行に至っている。
維持規格2000年版では、クラス1機器の容器、管を対象とした「評価」が規定されている。さらに、2002年版では、これに、「検査」規定が追加された。「検査」規定は「標準検査」と「個別検査」からなり、個別検査では、BWR炉内構造物のシュラウド、シュラウドサポートの応力腐食割れを対象とする検査規定が示されている。さらに2004年版では、「補修・取替」規定を加えるとともに、個別検査の対象機器を大幅に拡大している。
このように維持規格策定が進む中で、2002年8月、
BWR原子力発電所の炉心シュラウドにおける応力腐食割れをめぐる問題が明らかにされ、国は(社)日本機械学会策定の維持規格を国の規格として導入する方針を決定し、電気事業法を改正し、同規格の技術的妥当性に関する審議を進めた。その結果、国としての要件を付与する形で、検査に関しては2002年版維持規格を、評価に関しては2000(2002)年版維持規格を活用することが認められ、国の新たな制度として、維持規格を用いた健全性評価制度が2003年10月に施行された。
3.2004年版維持規格の概要
既に述べたように、維持規格は、一般に「検査」、「評価」、「補修・取替」の3つの大きな柱から構成される。すなわち、「検査」によって供用期間中における欠陥の有無を調べ、欠陥が検出された場合には、破壊力学等に基づく「評価」(欠陥評価)によって欠陥を有する機器の継続運転の可否を判定し、継続運転不可の場合には、「補修・取替」に基づいて当該機器の補修・取替えを行う。2004年版維持規格ではこうした考えに基づいて、「検査」、「評価」、「補修・取替」の3つの章が設けられている。図1は同規格の構成を示す。各章の概要を以下に示す。
{図1}
3.1 検査
3.1.1 検査規定の構成と範囲
維持規格の検査規定は、「一般事項」、「標準検査」、「個別検査」の3つから構成される。「一般事項」では、供用期間中検査に関する一般事項として、検査の範囲・計画、検査手法、検査員等に関する事項が規定される。また、「標準検査」は、クラス1、2、3機器、クラスMC容器、支持構造物、炉内構造物を対象としており、検査対象部位、検査範囲、検査程度・期間、検査手法、漏洩試験等に関する詳細規定が含まれる。これら標準検査の基本構成は、(社)日本電気協会の供用期間中検査規程(JEAC-4205)に準拠した内容である。さらに、「個別検査」は、個別検査の対象とする機器に対し、検査対象部位、検査範囲と頻度、検査手法等に関する詳細規定が含まれる。ここで、個別検査とは、過去の運転経験から、経年変化が特定される機器を対象とした検査規定であり、クラス1機器や炉内構造物から11部位(BWR:中性子計測ハウジング、制御棒駆動ハウジング、シュラウド、シュラウドサポート、上部格子板、ジェットポンプ、炉心スプレー配管/スパージャ、PWR:バッフルフォーマボルト、バレルフォーマボルト、炉心そう、制御棒クラスタ案内管)が対象となっている。なお、これらは、(社)火力原子力発電技術協会で策定された「炉内構造物点検評価ガイドライン」4,5)をベースとしている。
3.1.2 検査の流れ
検査規定においては、まず検査対象機器に応じて、標準検査と個別検査のいずれかが選択される。標準検査対象機器で検査を行った場合、欠陥指示がなければ運転継続が認められ、欠陥指示があった場合には、類似箇所に対する「追加検査」、当該部位に対する「継続検査」を行うとともに、評価規定に従って、運転継続可能か補修・取替かのいずれかが判定される。個別検査対象機器の場合は、個別検査開始時期以前であれば標準検査のみが適用され、以後であれば、標準検査と個別検査が併用される。個別検査の結果、欠陥指示がなければ運転継続が認められ、欠陥指示があった場合には継続運転の可否について判定し、補修・取替を行うか、所定の検査プログラムに沿って運転を継続するかのいずれかについて判定を行う。
3.1.3 標準検査
標準検査は、検査対象機器における経年変化事象を特定せず、あらかじめ定められた検査プログラムを実施して、機器の健全性を確認するために行われる。クラス1機器に対しては、その重要性と経年変化の可能性を考慮して、第3回までの検査は10年間隔で、第4回以降の検査は7年間隔としている。欠陥指示があった場合には、「追加検査」を実施する。さらに、欠陥評価の結果、継続運転が許容されている場合、「継続検査」を行うことにより、評価の妥当性を確認しなくてはならない。
各機器に対する検査部位、検査程度に関しては、その重要度や経年変化の可能性等を考慮して定められる。クラス1機器における検査頻度設定の流れを図2に示す。
{図2}
3.1.4 個別検査
維持規格では、ASME規格にはない我が国独自の検査規定として、個別検査規定が定められている。
BWRシュラウド、シュラウドサポート溶接部における応力腐食割れに対する例を以下に示す。同機器では、これまでの運転経験から損傷メカニズムが応力腐食割れであると特定できる場合には、運転開始時に設定した応力腐食割れの進展評価、および超音波非破壊検査の欠陥検出性能に基づき、初回検査時期を定めている。シュラウドの場合は、運転開始以後5年から20年以内に、シュラウドサポートの場合は、運転開始以後15年から25年以内に、初回検査を実施するものとしている。その後の検査間隔、検査範囲については、応力腐食割れの進展予測に基づく断面積減少の影響を考慮した評価に基づいて決定される。
3.2 評価
3.2.1 評価規定の構成と範囲
維持規格の評価規定は、「一般事項」と、「欠陥評価」から構成される。「一般事項」では、評価の定義、評価の種類・方法などの一般事項が規定されている。また、「欠陥評価」では、クラス1、2、3機器、MC容器、支持構造物、炉内構造物を対象としており、クラス1機器では、第1段階欠陥評価における評価不要欠陥、フェライト鋼容器・管及びオーステナイト系ステンレス鋼管に対する第2段階欠陥評価が記載されている。これらは、ASME規格をベースに、(財)発電設備技術検査協会の国内維持規格原案を参考に、国産材料の特性を反映した我が国独自の内容を加えたものである。なお、クラス1機器以外の欠陥評価に関しては、検査結果に基づく欠陥の取扱を規定した内容であり、クラス1機器のような2段階による詳細な欠陥評価手法を用いた内容ではない。
3.2.2 評価の流れ(クラス1機器)
維持規格における欠陥評価は、クラス1容器・管に対して詳細に規定されている。欠陥としては、疲労き裂と応力腐食割れを対象としている。欠陥評価は、第1段階欠陥評価と第2段階欠陥評価とに分かれる。第1段階欠陥評価では、非破壊検査によって検出された欠陥形状をモデル化し、その寸法を評価不要欠陥の寸法と比較し、同寸法以下であれば、供用期間中において欠陥を有する当該機器の運転継続が許容され、同寸法より大きい場合には、補修・取替を行うか、あるいは、第2段階欠陥評価に進む。第2段階欠陥評価では、モデル化された欠陥に対して評価期間を設定し、評価期間末期における欠陥の進展を予測する。この予測欠陥寸法に対して破壊評価を行い、欠陥寸法、応力、応力拡大係数のいずれかに基づく許容基準を満足する場合には、当該評価期間内における運転継続が認められ、満足しない場合には、機器の補修・取替を行わなくてはならない。これら評価の流れを図3に示す。
{図3}
3.2.3 評価不要欠陥
第1段階欠陥評価における評価不要欠陥は、非破壊検査における欠陥検出性能を考慮し、圧力容器と管に対してそれぞれ規定されている。
圧力容器に対しては、参照欠陥(深さが肉厚の1/4、長さが深さの6倍の半楕円き裂)を想定し、これに10倍の安全率を付与した欠陥形状を評価不要欠陥としている。これ以外の欠陥形状に対しては、上記欠陥と応力拡大係数が等価となるような形状から評価不要欠陥を設定している。こうした考え方はASME規格と同様である。
一方、管に対しては、ASME規格とは異なり、国産材料の高靭性特性を考慮し、欠陥部の実断面応力の増加量を一定値以下となるように評価不要欠陥を設定している。なお、応力腐食割れは、管内面に複数発生する可能性があるため、第1段階欠陥評価の対象から除外し、常に第2段階欠陥評価の対象として安全側の評価を行うこととしている。
3.2.4 欠陥進展評価
第2段階欠陥評価においては、モデル化された欠陥に対して、評価期間にわたる疲労き裂の進展解析をフェライト鋼容器・管、オーステナイト系ステンレス鋼管に対して、また応力腐食割れの進展解析をオーステナイト系ステンレス鋼管に対して実施する。
評価手法は基本的にはASME規格と同様であるが、維持規格では、オーステナイト系ステンレス鋼の疲労き裂進展速度参照式、応力腐食割れ進展速度参照式が国内の独自の研究成果として採用されている。
3.2.5 破壊評価
(1) 圧力容器
圧力容器の破壊評価はASME規格と基本的には同様の手法を用いており、各運転条件に対して定まる荷重条件、安全率から導かれる許容欠陥寸法と、評価期間末期における予測欠陥寸法との比較などによって運転継続の可否が判定される。
破壊条件としては、線形破壊力学を用いている。破壊靭性に及ぼす中性子照射脆化の影響に関しては、国産材料と米国製材料の化学組成の違いを考慮し、国内研究の成果を活用している。
(2) 管
管の破壊評価手法は、フェライト鋼管とオーステナイト鋼管の両者についてそれぞれ規定されている。基本的な考え方は、ASME規格と共通であるが、国産材料の高靭性特性を考慮して、破壊条件としての線形破壊力学は除外している。また、国産材料の試験結果から、ASME規格とは異なる材料特性値(流動応力)を用いている。さらに、周方向欠陥寸法の最大許容角度については60度(ASME規格では360度)、最大許容深さは管厚の75%としている。
オーステナイト系ステンレス鋼管では、破壊条件として、母材に対しては極限荷重評価法、溶接継手に対しては弾塑性破壊力学評価法、あるいは2パラメータ法を用いている。ただし、鋳造ステンレス鋼管母材の場合には、熱時効による破壊靭性の低下の可能性を考慮し、溶接継手材と同様の破壊評価手法を用いている。
フェライト鋼管の場合には、破壊条件が材料特性、欠陥形状などによって異なるため、破壊靱性と材料の限界応力(流動応力)から定まる選択係数(Screening Criteria:SC)を採用している。これはASME規格と同等の判定手法であり、このSC値によって破壊条件が定められる。なお、弾塑性破壊力学評価法で用いる荷重割増係数(Z係数)については、国産材料特性をベースとしており、ASME規格とは異なる我が国独自の式を採用している。
3.3 補修・取替
3.3.1 補修・取替規定の構成と範囲
維持規格の補修・取替規定は、「一般事項」と、「補修技術と方法」から構成される。「一般事項」では、補修・取替の定義、補修・取替の選択、補修・取替に伴う検査などの一般事項が規定されている。また、「補修技術と方法」では、具体的な個々の補修工法について、適用範囲、適用条件、施工管理、検査などについて記載されている。
3.3.2 補修工法
維持規格では、表1に示すように、個々の補修技術として、欠陥除去、水中溶接方法、溶接後熱処理不要な溶接方法、残留応力緩和方法、表面改質方法、スリーブによる方法、キャップによる方法、施栓による方法など20件の補修工法と3件の暫定補修方法が示されている。
{表1}
4.今後の維持規格策定
既に述べたように、維持規格は2000年版、2002年版に引き続き、2004年版が刊行された。
(社)日本機械学会では、こうした規格を数年おきに発行するほか、有効期限を限定した時限的規格や正規の規格に格上げする前に試行的に適用する規格などをCoda Case(事例規格)として随時発刊することとしており、2004年、高ニッケル合金の応力腐食割れ進展速度に関する初めての事例規格6)が発行されている。
維持規格の中・長期的な改定計画についても、課題の選択や優先度の検討が進められており、今後の主な規格化候補課題を以下に示す。
(1) 検査関係
・ 容器のニッケル基合金部検査
・ リスク概念を用いた検査
(2) 評価関係
・ 容器のニッケル基合金欠陥評価
・ クラス2,3配管の欠陥評価
・ 安全係数の適正化(部分安全係数法などリスク概念を導入した手法の確立)
・ 局部減肉(非き裂状欠陥)評価
(3) 補修・取替関係
・ 検査と補修の関連明確化(補修後検査の考え方)
・ ステンレス鋼配管のWeld Overlay工法 他
なお、上記課題の一部は、ASME規格委員会でも規格化に向けた討議が進められている。
5.おわりに
本報告では、発電用原子力設備に対する最新維持規格として、(社)日本機械学会維持規格2004版における「検査」、「評価」、「補修・取替」の各章の概要、今後の動向などについて取りまとめた。維持規格は、発電用原子力設備の維持管理・保全を科学的合理的な手法を基盤とする明確な規範に基づいて実現しようとするものであり、我が国における導入の意義は極めて大きい。今後は、最新の研究成果を的確・迅速に規格に反映させていく努力を継続し、維持規格のさらなる充実と拡大を図っていくことが重要である。
参考文献
1) (社)日本機械学会:発電用原子力設備規格維持規格(2000年版)、JSME S-NA1-2000、2000年.
2) (社)日本機械学会:発電用原子力設備規格維持規格、2002年改訂版、JSME S-NA1-2002、2002年.
3) (社)日本機械学会:発電用原子力設備規格維持規格、2004年版、JSME S-NA1-2004、2004年.
4) (社)火力原子力発電技術協会:BWR炉内構造物点検評価ガイドライン[炉心シュラウド]、2001年.
5) (社)火力原子力発電技術協会:BWR炉内構造物点検評価ガイドライン[シュラウドサポート]、2000年.
6) (社)日本機械学会:発電用原子力設備規格維持規格、2002年改訂版、JSME S-NA1-2002、事例規格、CC-001、2004年.
原子力維持規格の概要-(社)日本機械学会発電用原子力設備規格維持規格2004年度版- 鹿島 光一,Koichi KASHIMA