コミュニケーションを支えるもの-ある原子力発電所の現場調査をとおして-
公開日:
1.はじめに?
これまで、安全風土、すなわち組織成員を安全の配慮や安全行動へ導く組織環境について、原子力発電所の職員を対象とする質問紙調査による研究を実施してきた[1][2]。本調査は、過去の質問紙調査で良好な結果を示した職場を選定し、そこで定着している安全活動を現場調査によって見いだそうとするものである。
現場調査の対象は、加圧水型原子力発電プラントを有するA原子力発電所のタービン保修課である。A原子力発電所の組織構成は、発電プラントの運転操作を担当する発電部門と、発電プラントのメンテナンスを担当する保修部門、そして、発電計画や各部門の調整・管理を担当する管理部門に大別される。そして、発電所構内には、主に保修部門のメンテナンス業務を支えている協力会社が常駐している。
現場調査の対象としたタービン保修課は、タービンを始めとする加圧水型原子力発電プラントの二次系機器のメンテナンスを主に担当し、課長の下にタービンA係、タービンB係、土木建築係の3つの係がある。タービンA係とB係は二次系機器のメンテナンスを、土木建築係は建物や構築物のメンテナンスを担当している。現場調査は、土木建築係を除く、タービンA係とタービンB係を対象とした。タービンA係には、係長と班長の下に作業長と担当者(一般所員)3名で構成された作業グループが3つ、タービンB係には、同様の作業グループが2つある。
原子力発電所では、設備の健全性を確認するため13ヶ月に1度、発電プラントを約40日間停止して、定期検査を実施している。A原子力発電所には1号機から4号機までの4つの発電プラントがあり、タービン保修課の業務の大部分は、二次系機器の定期検査の実施計画から検査の実施、あるいは異常が認められた場合の対策の立案とその実施である。発電プラントを構成する多種多様な機器には、それぞれを専門とする協力会社があり、タービン保修課員はそれらの協力会社に工事を発注し、定期検査やメンテナンスを実施している。図1に加圧水型原子力発電のしくみとタービン保修課の担当設備の概略を示した。
現場調査は、2004年7月のオフ定検時にタービン保修課の執務室内にテーブルを用意してもらい、筆者2名が通算8日間の現場観察とインタビューを実施した。インタビューは仕事の合間に随時、面接者のテーブルに来てもらい、調査期間中に一人につき10分から15分間のインタビューを1回から3回実施した。
2.目的
インタビューの冒頭において、タービン保修課の課員全員から、一様に、課内・課間にコミュニケーションの垣根がないことが報告された。具体的には、「横とのコミュニケーションは気楽、フリーにできる。他課との垣根も低い」や「横の垣根はまったくない。他課との垣根も低い。それが、ここの特徴だ」などの発言があった。
円滑なコミュニケーションが、安全風土の必須条件であることは論をまたない。円滑なコミュニケーションの重要性は職場一般に当てはまることであるが、原子力発電所の所員(電力会社の社員)の場合、以下の理由に基づきさらなる重要性を付け加えねばならない。すなわち、彼らの一人ひとりは、発電プラントの各設備を分担して保守しているが、各設備は有機的に一体化して発電プラントを構成しているため、各担務の連携は極めて重要である。また、現場工事の施工主体は協力会社であり、協力会社から発電プラントの信頼性に係わる重要な情報がもたらされる場合がある。したがって、各担当設備をつなぐ横のコミュニケーション、および、協力会社も含めた縦のコミュニケーションは、発電プラントを安全に運営するための必須条件と言っても過言ではない。仮にこのコミュニケーションがうまくいかないと、発電プラントの状態が正確に伝わらず、誤った判断や対応を引き起こすことにもなる。
われわれは、このコミュニケーションの円滑さが、日常のいかなる具体的な活動によって支えられているのか見いだすことを目的とした。
3.分析の理論枠組み
組織集団の活動にアプローチする理論の一つにエンゲストロームの活動理論[3]がある。活動理論は、ある主体が、ある対象に働きかけ、何がしかの結果を生み出すことを、その主体を包含する、より広範な集合体の現象として捉える。対象は、主体が現状を変えようとして働きかける事物であり、物、人、事象など様々である。活動の現象は、主体が集合体との関係において、対象に働きかけるなかで、より便利で合理的な道具を生み出す。道具は利用できるものの総称であり、物的道具ばかりではなくノウハウや蓄積された情報なども含まれる。そして、主体を含む集合体は対象に働きかけるなかで分業し、主体と集合体との間にはルールが生まれる。ルールは、必ずしも文章化されたものではなく、実態として集合体内に共有された取り決めである。すなわち道具・分業・ルールは、主体・対象・集合体の関係の中で、有機的に生み出される。このことを、活動理論で用いられる構造図を使えば、図2のように表現できる。
4.結果
4.1協力的な作業グループ
前述のように、タービン保修課員は、課内や他課との間にコミュニケーションの垣根をほとんど感じていないようであった。これは課内においても課間においても協力的な関係があり、そのような関係が職場間の垣根を低くしていると考えられた。
これを受けて、質問したことは、「他課から業務を依頼されたとき、負担の程度によって、どのように対応しているか」ということである。担当者から次のような発言があった。「他課からの業務依頼で困ったときは、まず、作業長に相談する。大体それで片づいてきた」や、「依頼を受けて自分ができないときは同じグループのメンバーが助けてくれる」、あるいは「依頼を受けて、手に負えないときは作業長に相談する。作業長が依頼の処理をしてくれることもある」 また、作業長からは「グループ内の担当者から負担過重の相談を受けたときは、自分はフリーなので手伝う」や、「特定の担当者に業務が集中したときは、メインの担当者はその人にしながらも援助体制をとる。担当者の代わりに現場へ行くこともある」などの発言が聞かれた。ここで注目されたのは、タービン保修課における作業グループの機能である。
タービン保修課の作業グループは、図3に示すようにタービン、ポンプ、熱交換器、バルブなどの機種ごとに編成されている。そして、その特徴は、作業長を中心とした4名ずつの小グループとその業務分担にある。作業長の業務は、グループの運営、OJTなどが主であり、作業長自身は担当設備を持っていないか、持っていたとしてもそれほど負担とならない軽微な設備である。一方、担当者には、それぞれに担当設備が与えられ、ある程度経験を積んだ中堅担当者に重要な設備が任されていることが多い。すなわち、この作業グループの特徴は、4名という少人数のまとまりの良さと、作業長の自由度が大きいことである。作業長はグループ全体を掌握しやすく、グループ内の一担当者に業務が集中した場合には、作業長自らの裁量により他の担当者にその業務を振り分けることや、作業長自身がその担当者の支援に回ることができる。また、同種機器の担当者が集まった少人数グループは、お互いに補助に入りやすく、助け合いやすい関係にある。このようにグループ全体で業務を遂行するという仕組みができていると考えられる。
担当者は、設備の健全性を維持するため、メンテナンス業務に取り組んでいるが、それは計画的に実施されるものや、機器の状態により実施されるもの、あるいは他課からの依頼によって実施するものなど様々である。時として業務が輻輳し、過大な業務負担になる場合がある。そんな場合には、前述のように作業長を中心とする作業グループが担当者のサポートをしていることが窺えた。
一応グループ制を取り入れているとはいえ、グループ員がほとんど関係を持たずに個別に業務をしているケースもある。作業グループ制をとるだけで全てがうまくいく訳ではない。しかし、本調査の対象としたタービン保修課のグループ制は、グループがグループとして実質的に機能しているものと考えられる。そして、このようにグループが有効に機能しているのは、グループ全体で業務を遂行するという仕組みと共に、お互いに助け合い、個人単位ではなくグループ単位で業務を遂行するというルールが実態としてできているものと推定できる。この点は、「雰囲気はいい。個人ごとではなく、グループで動いている。作業グループで仕事を受ける、余力のある人が引き受ける」や「業務が特定の人に集中することは時々ある。皆、見ていたら分かる。その時は皆で分担する」という発言にもあらわれている。
これらの活動を活動理論でまとめると図4の構造図になる。業務処理を円滑にする道具としては、機器の構造図、取扱説明書、部品リスト、保修経歴、検査機器などのメンテナンスに関する様々な道具が考えられるが、ここでは道具よりも集合体としての作業グループの機能が注目された。すなわち、主体となる担当者の業務負担という対象に対して円滑な業務処理という結果を生み出すために、作業長と他の担当者は、その業務をサポートするという分業ができていること、そしてその活動がうまく機能しているのは、お互いに助け合うというルールが共有されているためと考えられた。
このようなグループ活動によって、所属グル-プに対する信頼感が個々の担当者にできていることは、前述したインタビュー結果からもうかがえるが、この信頼感が業務に対する積極的な姿勢を生みだし、コミュニケーションを促進するとともに、職場間の垣根を低くしているものと考えられる。また、作業長が担当設備をもたないことから担当者の支援が行いやすく、作業長自らが率先して担当者の支援にまわることによって、他の担当者が触発され、このような協力的な作業グループが形成されたものと考えられる。作業長が階層構造の単なる監督者に終始していたならば、このような協力的な作業グループもグループに対する信頼感も醸成できなかったであろう。
4.2発電所幹部の活動
インタビューで報告されたコミュニケーションの円滑さは、発電所の幹部である所次長の活動によっても支えられていることが見いだされた。それは、A原子力発電所の所次長が、自ら各職場に足を運んでいることである。特に技術次長は各職場を毎日のように巡回している。調査期間中にもタービン保修課で一日に数回目にすることがあった。職場の様子を肌で感じとりながら所員と談笑し、お互いの距離を縮める努力をしている。このような所次長の行動は、一般所員にとって近づきがたい存在を身近な存在にし、話しやすい雰囲気を作っているものと考えられる。
さらに書類の上申行為に対する所次長の配慮が認められた。上申書は自動的に所次長に回るようになっているが、最終承認が得られるまでに数日間を要することが多い。そのため、緊急性のある事案や口頭説明が必要な案件については、書類の持ち回りが必要となる。この書類の持ち回りには、所次長の所在を把握していなければ無駄足になることもあるが、それに対しても以下のような配慮がなされていた。第一の配慮として、所次長の予定と執務室の映像がパソコン上でいつでも見られるようになっていることである。それで在席していなければ、第二の配慮として「迷わずにPHSへ電話せよ」と指示がされている。そして、第三の配慮として、所次長は職場や現場を巡回する場合にも、常に承認印を持ち歩いていることである。たとえば、筆者がタービン保修課の室内をたまたま巡回中のA次長と雑談している時、担当者が上申書を持ってきてA次長に説明しはじめたことがあった。その時、筆者は、この場に居てはまずいと思い席を外したが、後でその担当者に確認したところ、その上申書にはA次長の承認印がしっかりと押されていた。すなわち、所次長は、承認印を常時携帯し、いつでもどこでも承認行為を可能にしているのである。
インタビューでは、「所次長が担当者の席まで足を運んでくるのは非常にいい。来ない人は来ないものだ」や「所次長と毎日会うのがいいのでは。特に用事がなくても雑談する」などの発言があった。また、A次長からも「私は何もしていないが、所員の皆さんには大切な仕事をしてもらっている」と言う趣旨の発言を聞くことができた。これは謙遜を含む発言ではあろうが、その背景には、「職位を越えてお互いの立場を尊重し合う」というルールが実態としてあるものと考えられる。
これらを活動理論からまとめたものが図5である。活動の主体となる発電所の幹部である所次長は、職位階層の垣根という弊害に対して、一般職員との近しい関係を築くために、道具として情報機器を活用し、自らの所在を明確にするとともに、いつでも遠慮せずに呼び出せることを明示している。そして集合体としての発電所員全員には、所次長自らが各職場に足を運び、一般所員と身近な存在であることを印象付ける努力をするとともに、一般所員は積極的に所次長の承認を得ながら業務を遂行する、という分業が認められる。このような分業は職位を越えてお互いの立場を尊重するというルールが共有されているからこそ可能になっているものと考えられる。
このような所次長の方から積極的に一般所員に歩み寄り、一般所員の立場に立って便宜を図ろうと努める姿勢は、従来の重々しい幹部のイメージとは異なるものである。そもそも権限の階層は、集団の効果性を促進するために作られたものであるが、次第に話し合いの手続きや、コミュニケーションの重要な過程などを阻害する傾向をもつようになる[4]。A原子力発電所の所次長の活動は、このような組織特性の弊害を低減する注目すべき活動と考えられる。
4.3 安全意識の喚起
現場観察で特に目についたのは、始業時に毎日行われている朝礼である。タービン保修課では、次のように朝礼が行われていた。課長の訓示から始まり、課員の一言スピーチ、品質方針と目標の唱和、事務連絡、そして最後は「ご安全に!」のあいさつで終わる。
課長の訓示は、原子力発電に対する社会情勢や発電所の動勢、および仕事への取り組み姿勢が主な話題となっている。課長が何に注目し、何に重点を置いて仕事を進めようとしているのかが、課員によく理解されるように配慮されている。
課員の一言スピーチは、全員が毎日順番で担当することになっている。このスピーチは、特に内容を決めていないが、発表者自身が考えたことを発表することになっていて、失敗談やその教訓に関するものが多い。以前はでき合いの「日々の安全」という小冊子を順番に読んでいたが、普段人前で話すことが少ない担当者にも人前で話す練習をしてもらおうという目的で、現在のタービン保修課長によって始められた。自ら考え自分自身の言葉で発表するということは、話す練習もさることながら課長が当初に意図した以上に課員の安全意識喚起に寄与しているものと考えられる。
スピーチの後は、課員全員により品質方針と目標を唱和する。先導するのはスピーチの担当者である。一般的に方針などは、文章や掲示により課員に知らされることが多いが、多忙な日々を過ごしている課員に文章や掲示だけでは、気にも留められないことが多い。したがって、業務の着手前に方針や目標を確認する機会をもち、これを継続することの意義は大きいと思われる。意識しなくても方針や目標が課員の脳裏にしっかりと刻みつけられ、各人の行動の基盤となっていくと考えられるからである。
このようにこの朝礼は、役職者が一方的に伝達するものではなく、全員が主体的に参加するように工夫がされている。この活動は、安全意識の低下を防ぐために、課員が各々の立場で朝礼の場を活用して、方針や課題の周知、あるいは安全に関する意識喚起を図っていると考えられる。そして、この朝礼自体は現在の課長が着任する以前から長く継続しているのは、タービン保修課員に情報を伝え共有するというルールが実態として共有できているためと考えられる。この活動を活動理論でまとめると図6の構造図となる。
5.まとめ
インタビューの結果、同課の課員全員から、課内・課間のコミュニケーションに垣根がないことが報告された。円滑なコミュニケーションが安全風土にとって重要であるのは言うまでもない。そこで、円滑なコミュニケーションが、同課あるいは発電所内のいかなる具体的な日常活動によって支えられているのかを、さらなるインタビューおよび現場観察によって検討した。
その結果、職場間のコミュニケーションについては、作業長を中心とする協力的な作業グループに対する信頼感が、業務に対して積極的な姿勢を生みだし、コミュニケーションを促進するとともに、職場間の垣根を低くしていると考えられた。そして、このような協力的な作業グループは、作業長が担当設備をもたないことから担当者の支援が行いやすく、作業長自らが率先して担当者の支援にまわることによって、他の担当者が触発され、協力的な作業グループが形成されたものと考えられる。
幹部と一般職員のコミュニケーションについては、発電所幹部が、一般職員の立場に立って便宜を図るとともに、個々の職場に足を運び、一般所員との近しい関係の形成に努めていることが明らかになった。この活動は、特に幹部の一般所員の立場を尊重するという意識によって支えられているものと考えられる。
安全意識の喚起活動では、朝礼において、課員一人ひとりが順番に自ら考えたことを、自らの言葉でスピーチするという地道な活動をとおして、情報の共有が図られていた。これは課長の強いサポートと自ら率先して毎日訓示するという行動によって支えられているものと考えられる。
以上からコミュニケーションを支えるものは、図7に示すように3つの要因にまとめることができる。第一に業務に対する上位職のサポートである。これは作業長の担当者への積極的なサポートが、グループ全体を協力的な集団にしていることからいえる。第二に所属集団への信頼感である。これは業務負担をサポートしてくれる作業グループに対する信頼感が積極的な姿勢を生み出しているからである。第三に上位職から下位職へのアプローチである。これは発電所幹部自らが各職場に足を運び、話しやすい雰囲気作りをしていること。あるいは、課内の朝礼において課長が毎日訓示するという姿勢を示しながら課員に対してもスピーチを促していることなどからもいえる。
引用文献
[1]福井宏和 吉田道雄 吉山尚裕 2001 原子力発電所における安全風土に関する研究 Journal of the Institute of Nuclear Safety System, 8, 2-12.
[2]福井宏和 2004 原子力発電所の安全風土 -質問紙調査をとおしてー 産業・組織心理学研究18(1), 41-46.
[3]エンゲストローム,Y.山住他(訳)1999 拡張による学習 -活動理論からのアプローチ- 新曜社(Yrjo Engestrom 1987 Learning by expanding: An activity-theoretical approach to developmental research. Helsinki: Orienta-Konsultit Oy, 368pp.)
[4]原岡一馬 1993 効果的コミュニケーションの創造 原岡一馬・若林満(編著) 組織コミュニケーション 福村出版 Pp.280-301.
コミュニケーションを支えるもの-ある原子力発電所の現場調査をとおして- 福井 宏和,Hirokazu FUKUI,杉万 俊夫,Toshio SUGIMAN